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15:1986年7月22日

3:ショートケーキ療法


大学は、民族の表現なのです。
しかし、大学は、真理を追求し、人類に奉仕することを願い、人間性を端的に表出しようとするものです。
それ故、なるほどそれぞれの大学は、一つの民族に属しているのではあるのですが、しかし民族を越えるものを把握し、実現しようと努めるのです。
カール・ヤスパース『大学の理念』


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1986年7月22日(火)21時22分

「いやぁー! もう一軒行きましょう! 皆さん、もう一軒ですよ!」
 56歳の小柄な男が、居酒屋の前で楽しく吠えている。
 人通りが多いことを気にしない程度に泥酔状態だ。
 雑味のない満面の笑みを浮かべているのがわかる。

 彼は南海大学教授の大平誠一郎(おおひらせいいちろう)。
 南海大学のなかでもリーダー格の人物だ。
 大平は若い頃、東ドイツの大学で研究をしていた経歴がある。
 これは非常に珍しいことであり、かつ、当時の世界情勢からして日本の研究者が東側勢力下で研究することの危うさもあった。
 あまりおおっぴらにできずに現在に至るが、非常に優れた研究業績を残している。
 その後の大平は、ベルリンの壁崩壊と東西冷戦時代の終結によって、日本とドイツの架け橋のような仕事をすることになる。

 そんな大平を囲むように8人の男女がいる。
 年齢構成はバラバラだ。
 平均45歳といったところか。

 ネオンサインが綺羅びやかな繁華街。
 そんな中の赤提灯の居酒屋から、一行が出てきたのが1分前だ。

「先生っ、もうやめときましょう。これ以上は奥さんにも怒られますよ!」
 40代半ばに思える男が、大平の肩を抱き寄せて語っている。
 この男も泥酔状態に見えた。
 呂律が回らず、一緒になって笑っている。
 彼も南海大学に所属する教員で、助教授の峯岸健一(みねぎしけんいち)。
 大平とは研究グループが同じで、共同研究も多い。

「峯岸君、君はなんという根性無しかね。俺が家内からいつもなんて言われてるか知ってるか? 『帰らぬ人』だよ。傑作だろ。うちの主人は今日は帰らぬ人になりましたぁ、だって。だからまだまだいける。まだ9時じゃないですか。これからだよ」

「いや、先生。もう足元がダメですよ。って、ああああぁぁっ!」
 そう言って二人は歩道の自転車置場に倒れ込んだ。
 自転車数台が音をたてて崩れていく。

「先生っ、大丈夫ですか」
 そう言って峯岸は笑う。

 大平も自転車を背に敷き、仰向けになって笑っている。

 50歳の女性が二人に呆れた表情を見せながら言う。
「あぁ、もう、お二人ともダメになってしまいましたね。ケガしてませんか? 大丈夫ですか?」

「大丈夫。大丈夫、ああ、持ち主に悪い事しちゃったな」
 大平は元気そうだ。

「あっ、大平先生、今日もありがとうございます。これお釣りです」
 そう言いながら、会計を済ませてきた33歳の男が大平に釣り銭を渡している。

 彼は梨田祐介(なしだゆうすけ)。
 南海大学で講師をやっている。
 大平たちとは研究グループが異なるが、月に何回か開催される大平主催の飲み会に顔を出すことが多い。

 立ち上がった大平はなんとかそれを受け取り、ジャケットのポケットにつっこんだ。「よしっ、これでお金はもらいましたよ。梨田君、ありがとう!」

 梨田は笑いながら言う。
「いや、先生がお金を出して頂いていますので。これはそのお釣りですよ」

「いや、それでも貰えるものは貰うからね」
 大平は目をつぶり、足元はふらついている。

 玄関先まで、店の大将が顔を出す。
「どうも、毎度ありがとうございます! 先生方、また是非お願いします。あっ、大平先生、大丈夫ですか? だいぶお飲みになられてましたからねぇ」

 大平は片手を挙げて、「大将、ありがとう。じゃあ、また明日!」

 周囲の取り巻きは、それを聞いて笑っている。


 大平が店の脇から原付バイクを手で押しながら現れた。
 それを見た峯岸が、梨田に肩を回して小声で耳打ちする。
「おい梨田君、あれ、ダメだぞ!」

「はい? なんですか?」

「大平先生、今日は原付で来ただろ。あれで帰ろうとしてるんだけど、毎回、必ず誰かを後ろに乗せて帰ろうとするんだよ。それを全員から断られたら、えらく機嫌が悪くなるんだけどさ、それ、可哀想だと思って乗っちゃダメだからな。絶対に放置だぞ。絶対だからな!」

「はい、わかりました」
 梨田は苦笑いしながら応えた。

 大平は店の外で、まだ大将としゃべっている。

 峯岸はタイミングを見計らって、「よしっ、俺、ここで帰るから。こっちの駅だから。じゃ、皆さん、大平先生に捕まる前に、退散ですよ。じゃ、お疲れ様!」

 蜘蛛の子を散らすようにとはよく言ったもので、その場から皆が四方八方に去ってゆく。
 ベテラン教員ほど逃げ足が早かった。

 梨田は他の者と違って、バスで帰ることになっている。
 速歩きでバス停を目指した。


 5分ほど北の方へ向かっただろうか。後ろから声がする。

「ほぉーい! 梨田くーん。梨田君だねぇ」

「はい?」と梨田は振り返る。

 大平が原付バイクに載って声をかけている。
「大将と話しててさ、気が付いたら、みーんな居なくなっちゃってさ。いやぁー、やっと誰かに会えたよ。梨田君。僕と同じ方向?」

「いえ、いやぁー、わからないですけど」

「君、どこに帰るの?」

「あ、はい。自宅です」

「そりゃそうだろう。むしろ、違ったらヤバいよ。え? もしかして、これから違うところにいくのかって」と笑っている。
 まだベロ酔い状態だ。

「あ、大平先生もお帰りですか? お疲れ様でした」

「うん、僕も帰るんだよ。方向が同じなのかな?」

「いえ、わからないですけど」

「僕もね、自宅に帰るんだよ。いいですよ。後ろに乗っていきなよ。同じ方向だよね」

「え? いや、私はいいです」

「まあまあ、そんなこと言わずに。乗りなさい。せっかくなんだからさ」


 梨田は大平の原付バイクの後ろに乗って、道路をフラフラと走っている。

 大平は前を向いたまま話をする。
 エンジン音と風を切る音にギリギリ負けない程度で、聞き耳を立てなければ聞こえにくい。

「梨田君。君は専門は何をしているんだったけ?」

「はい、サッカー部の監督です」

「いや、そうじゃなくて、大学で何をしてるの?」

「はい、ですから、サッカー部の監督で雇われています」

「え? 違うでしょ。君はたしか、教員で雇ってるはずだよ」

「はぁ・・・。はい。そうですけど、授業でもサッカーなので。たまにトレーニング実技ですとか、バドミントンとか水泳を教えることもありますが、専門はサッカーです」

「あのねぇ、梨田君。君はたしかに体育・スポーツの教員だけどさ、大学教員として雇われてるんだよ。たしかにサッカーが専門なんでしょうけど、だったら、サッカーの研究をしてることになるよね」

「はい・・・、まあ、そうですね。どうやって指導するかとか、戦術とかを研究しています」

「うん、まあ、それも研究なのかもしれないですけど・・・。せっかく大学教員として雇われてるんだからさ。大学教員としてサッカーに取り組みなさいよ。ねぇ、どうですか? サッカーをもっと、学術的に、そうだなぁ、自然科学的に捉えることはできないですか?」

「えぇ、はい。そうですねぇ。たしかに、私も大学院の時はそういうことをしました。シュートエリアと決定率の相関関係を分析しています。ですけど、やっぱりサッカーは現場と研究って違うんですよ」

「そんなこと百も承知ですよ。現場と研究が違うなんて。それはスポーツに限りませんね。全部そうです。けどね、それをどうやって科学するか、それが研究者である大学教員に求められていることですよ」
 そう言いながら大平は梨田の方を振り返る。
 すると原付バイクは、左のガードレールに吸い込まれていく。

「あっ! 先生!、大平先生っ! 前っ! 前っ!」

 大平はギリギリで立て直した。
 そして続ける。「君さぁ。そうだなぁ。・・・首藤先生って知ってますよね。君と同じ階にいる。あの角部屋のところの。頭が見事にピッカピカに禿げてる人」

「あ、はい。知ってます」と言って軽く笑った。

「首藤先生にね、私から言っておきますよ。梨田君と一緒に共同研究してよって。首藤先生だったら、きっと梨田君のサッカー研究に対応してくれると思うなぁ。お互い専門は違うけど、そんなもん、研究を始めればどうにでもなるものですよ。首藤先生はね、私もちょっと理解できないような複雑な研究をやっていますよ。それこそ、複雑系とか言ってなかったかな。私もね、全然わからないんだよ。けどね、きっとサッカーの研究も同じアプローチができると思うんだよ」

「いやぁー、でもぉ、首藤先生のやっていることって、なんだか凄くて。私みたいな体育教師と一緒に研究なんかしてくれませんよ。いや、逆に失礼だと思いますけどね」

「梨田君。君ねぇ、研究をするのに分野なんて関係ないですよ。梨田君は梨田君の視点でサッカーを見れば良いんです。そこに、首藤先生の知恵と知識を借りるんですよ。君ねぇ、サッカーをバカにしちゃいけないよ。私はね、スポーツ指導者こそ、これからの時代における重要な研究者だと思ってますよ」

「いやいや先生、またまたぁ」

「あのねぇ、一般の人はね、いや、君たちスポーツ指導者自身もそうですけどね、『人に身体の操り方を教える』っていうことが、どれだけ尊いことか分かってますか? それだけで、十分一つの領域ですよ。これを身体教育、つまり『体育』と呼ぶんです。しかしね、これをバカにしてる奴らが本当に多いですね。体育の奴ら自身が、自分たちをそんな目で見てますからね。だからですよ、研究をちゃんとしないんです。大学教員からして、体育・スポーツの人たちは研究しませんね。『研究してる』って言ってる人たちも、私に言わせれば、体育の研究をしていません。やれ、工学の人に褒められただの、やれ、医学の人に認めてもらえただの、生理学の人に引用してもらえた、なんて感じで喜んでますよね。そんな間借り、居候気分で研究してる人って多いですよ。ですけど、本来はサッカーならサッカーでガッチリ研究できるはずだし、サッカーのパフォーマンスをいかに高められるか? というテーマだけで十分に成り立つはずですよ。それを、他のメジャーな研究領域の観点から分析してみました、っていう態度で研究する人が多いですね。そこまで自分たちを卑下する必要はありませんよ」

「はい、そうですかねぇ。でも、サッカーなんて、スポーツの世界でも日陰者ですよ。野球とかバレーボールなんかに比べれば、ぜんぜん盛り上がらないスポーツですから」

「梨田君、そんなの時の運ですよ。たしかに今は盛り上がってないかもしれませんけどね。そんなの、将来どうなるかなんて分かったもんじゃありませんよ。それを理由に研究しないなんて、研究者のすることじゃありません。君たちサッカーのコーチもそうでしょう? 今、野球と比べて流行ってないからって、選手を指導しないんですか? 違うでしょ? 研究活動も一緒ですよ。華やかだとか、金になるからとか、名誉が得られるからとか、そんなことを気にしちゃいけない。そのために大学は存在するんだし、だからこそ、大学教員はどんなにバカなことをしても一定額の給料を貰える身分なんですよ。でも、それにアグラをかいていちゃいけません。梨田君、君はそういうアグラをかく人にはなってほしくないですね。君がさっきの飲み会で話してくれてた、サッカーのポジショニングの話。あれ、面白かったですよ。あっちに来たら、こっちに走る、そっちに行ったら、あっちに集まるって。それにパターンがあるっていう話。こういうの、きっと首藤先生の研究とマッチするはずです。首藤先生と一緒に、バカなことをしてくださいよ。時代を塗り替える知見というのはね、バカなことから始まるもんなんです」
 そう言って大平は梨田の方を向いてしゃべっていた。

「そうですかねぇ。じゃあ、首藤先生に・・・・、先生! 前! 前ぇーっ!」


 梨田と大平は5秒間の空中浮遊を体感した。
 しかし、実測では0.7秒だった。

 原付バイクは田んぼの畦に突っ込んで大破している。
 最後に情けない音を出して、エンジンが止まった。

 街頭も少ない郊外の田園地帯。
 人通りもなく、静寂に包まれている。
 虫の声だけが響いている。

 梨田と大平は、原付バイクから放り出されて、田んぼの中に落ちていた。

「先生、大丈夫ですか?」

「うん・・・」

「ビショビショですね。いや、ベトベトです」
 梨田はひとまず、顔にへばりついた泥を手でぬぐった。

「梨田君、こんなこともあろうかと」
 そう言って大平は、ポケットから小銭を取り出す。
 さっき梨田から受け取った、飲み会のお釣りだ。

「あそこにさ、公衆電話があるでしょ」

 大平が指差したのは、神社の鎮守の森と思しき場所に備えられていた公衆電話だった。
 約100m先、暗闇の中にぽっかりと浮かんでいる。

「そうですねぇ、ここらへんだと、月読タクシーかな。置いてある電話帳に番号があると思いますよ」

「分かりました。ちょっと待っててください」


 30分後、タクシーが到着した。
 大平と共にそのタクシーを待っている時間は、梨田の人生にとって、黄金の30分だった。

 タクシーの運転手が2人を見つける。
「ありゃー、お客さん、どうしたんですか? 田んぼに突っ込んじゃったの? あれ? ありゃー、大平先生じゃないですか。またですか」


 原付バイクは2日間そこに放置されていた。
 警察の調査および連絡を経て、農家からも南海大学にクレームが入った。

 大平に減俸処分が言い渡されたのは2ヶ月後だった。

 その後、定年退官までの間、大平は田んぼに3回、水路に2回突っ込んでいる。
 いずれも軽症だった。

 飲酒運転に対する警察の取締、および学内処分が厳罰化されたのは、大平が定年してから間もなくのことだった。




16:2012年8月29日