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18:2012年9月1日
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2012年9月1日8時30分
今日は、青葉大学としては規模の大きいオープンキャンパスを開催するということで、大学教員のほとんど、おそらくは7割くらいの者が大学に招集された。
すべての参加教職員は、開場を前に事前打ち合わせのため4号館の大講堂に集合している。
この講堂は、このあと9時からオープンキャンパス来場者を招き入れる場所になるから、ゴミや所持品の置き忘れがないようにと、マイクを持った職員が繰り返し壇上でアナウンスしていた。
入試広報課の職員5人が教壇の周りでプリント物などの資料を教職員に配っている。
広報という組織名になっているからか、資料配布という地味な作業ですら、その職員達はイヤに丁寧でへりくだった動きをしている気がする。
普段の習慣がここでも出ているのか。
まあ、それは気のせいだと言われればそうとも言えるが、所属に応じて行動が変わるのが人間の面白いところだ。
配られた資料は、オープンキャンパスのスケジュールや、各学部学科で行われるイベントの概略が載っていた。
これを受け取ったところで、私たちが考慮できることなどないと誰しもが思うが、それを口にすることはないほど些末なことだ。
橿原一如は、午前中は9時15分と10時30分から始まる2コマの体験授業を受け持つことになっていた。
高校生や保護者を相手に、大学の授業を体験できるという趣旨の説明で広報されている。
体験授業用に使用する講義スライドや備品の準備は済ませているので、この集合には出席確認のために気楽に参加していた。
講堂出入口前で名前を申し出て、ラインマーカーでチェックをしてもらって入場する。
知り合いの教員が誰かいないか探しながらも、誰もいないので中央部のやや右側に陣取った。
穂積里香は、終日ずっと学科別相談コーナーの対応を担当する。
ここは重労働になる場合があるため、本来なら3班体制でローテーションするのだが、穂積たちの学科はもともと教員数が少なく、また、この学科を目当てに相談しにくる高校生・保護者は例年少ないから大丈夫だろうということだ。
適度に休憩を取りながら、むしろ他の学科にヘルプに入ってくれとも言われれている。
講堂に入って教壇に向かって進んでいると、橿原を見つけた。
橿原に声をかけながら、彼の斜め後方の席に座った。
少し覗き込めば、橿原の顔が見える位置だ。
「橿原先生、先日まではありがとうございました」
「あ、お疲れ様でした。無事に野外実習が終わってよかったですね。とにかく無事であることが大事ですよ。学生、楽しそうでしたね」
橿原も少し横を向けば、穂積が見える。
「はい、ありがとうございます。お陰様で」
「穂積先生は相談コーナーですよね。今日一日ずっとでしょ。大変ですね。午後からは私も顔を出しますんで」
「ありがとうございます。先生は体験授業ですよね。体験授業は何をされるんですか?」
「私がやっている研究分野のなかで、一般ウケしそうな話題を垂れ流しです。その方が体験授業としては適切ですから」
「一般ウケしそうな内容ですか。橿原先生って、一般ウケすることを授業でやるのは嫌なんじゃなかったですか?」
「ああ、それは普通の授業のときですよ。これはオープンキャンパスの体験授業ですから。体験授業だからって、本当に大学生向けの授業を体験させたら向こうも困りますからね」
「まあ、そうですね」
「昔は私も棘があったので、いっそのこと開き直って、出席を取るところから体験させてやろうかと思ったこともあります。まあ、今となっては、大学のコマーシャルをやることに徹せるくらい、丸くなりました」
「そうですね、オープンキャンパスって大学の本当の姿を見れるところではありませんよね。あくまでも勧誘ですから」と穂積は腕時計を見ながら言う。
「お見合いに似てますよね。お互い、相手の本当の姿は分かりません。こんな大学に『ぜひこの大学に入りたいです』って言ってくる高校生もいるけど、ほぼ間違いなく第3、第4希望ですからね。あんなこと言わなくてもいいのにって、こっちは思うんですけど、高校生側からすると、言っといて損はないって感じなんですかね。高校の先生たちも、生徒に変な処世術を教えるなよって思います。なんにしても、不気味で不毛なイベントだと思いますよ」
穂積は、折りたたみテーブルを取り出し、そこに左手で頬杖をついて橿原を見ながら言う。
「今回のオープンキャンパスは、サマーオープンキャンパスですよね。私、赴任してビックリしたのが、この大学って、春からスプリングオープンキャンパスと題してやってるんですよね。で、サマー、オータム、ウインターと。年中オープンキャンパスやってますよね。いつもこれに付き合わされるの、ホントしんどいなぁ」
穂積はそう言いながら、頬杖を両手にして壇上の方を見つめた。
「ですよね。そんなにオープンにしたいなら、年中高校生の見学をOKにしとけばいいのにって思うんですけどね。っていうか、僕の記憶が確かなら、それが本来のオープンキャンパスだったような気がするんですけどね。いつからか、妙なイベントを催すようになりましたよね」
「それはそれで嫌なんでしょ。普段の大学の様子を見られたら、いろいろと不都合が多いから」
「今となっては、相談コーナー開いたり、お土産とかクーポン券を配ってますからね。今日なんか、どこぞのお笑い芸人を呼んでトークショーしてます。このあと、この大講堂でやるんですよね」
「そうやって、高校生とかその親に、有る事無い事、必死でアピールしてるんですよ」
穂積はそう言ってニヤけた。
「ですよね。やっぱりお見合いに似てるんですよ」
「そう言えば、橿原先生って、お見合いしたことあるんですか?」
「え? ああ、はい。ありますよ」
「え! そうなんですか? どんな感じだったんですか?」
「オープンキャンパスみたいでした」
事前打ち合わせが終わり、橿原と穂積は大講堂のある4号館から出て、それぞれの持ち場に向かうことにする。
4号館エントランスに差し掛かると、そこに着ぐるみが立っていた。
青葉大学のマスコットキャラクター、「青葉君」である。
広葉樹の葉に顔と手足をつけた、至ってシンプルな造形だ。
青葉君は、橿原と穂積が現れたことに気がつくと、そのずんぐりむっくりな体型とは似つかわしくない、極めて人間的な歩行動作で二人に近づいた。
「どうも。青葉君です。橿原君、穂積先生、おはようござます」
橿原は真顔で返事をする。
「あ、どうも。永山さん。なんで永山さんがこんな担当になってしまったんですか?」
そんな会話を聞きながら、穂積は我慢しきれず後ろを向いて笑っている。
「あのさぁ、俺が思うに、この着ぐるみはちょっと予算を削り過ぎだよ。中のフィット感が悪いね。もう少しタイトにしておいてほしかったなぁ。そうじゃないと、疾走動作に入った時に、いちいち腰の部分を手で抑えないといけないからさ。ここだよ、ここからここにかけてゴムが必要」
そういって指差している。
「なんでそんな玄人じみた要求をしてるんですか。そもそも、着ぐるみってオープンキャンパスにいります? 以前、FDで話していたことが現実のものになっちゃいましたね。なんでこんなバカみたいな事態になったんですかね」
青葉君は胸の前、もとい顔の前で腕を組み、片膝を折り曲げてクールに立った。
マスコットキャラクターがとるポーズとしては、極めて異様だ。
「それがさあ、俺、前の大学で着ぐるみを着て走り回ってたことがあるんよ。それをどっかで口走っちゃっててさ、入試広報課の奴等が聞きつけたらしいんだよね。俺としては、そんなことしてる大学はダメだっていう趣旨だったのにね。今年のオープンキャンパスから、マスコットキャラクターを全面に押し出したい、ってことになってるらしくて、だから着ぐるみを使おうってことになったらしいんだよね。その一発目として、経験者である俺に白羽の矢が立ったわけ」
「なるほど、まさに『白羽の矢が立つ』の本来の意味ですね」
「ん? そうなの? どういう意味? まあ、実際のところ誰でもいいんだろうけどさ、やれって言われたら、断れないでしょこの大学も。それに、なぜか学長がノリノリで俺にやらせようとするんよ。あのさぁ、皆、狂ってるよ」
「そうでしょうね。着ぐるみがキャンパス内を練り歩いてるような大学が、まともな大学なわけないですからね。まともな高校生から順に脱落していきます」
「そうだよ。バカだけを掬い取るフィルターとして強力に機能するよ」
穂積が笑いを我慢しながら尋ねる。
「永山先生、それ、暑くないですか?」
青葉君は穂積の方を向く。
「暑いよ。半端じゃない。それも予算をケチってるところだね。あと5万円くらい出せば、もうちょっと暑さ対策ができるのにね。あのさ、オープンキャンパスだけじゃなくて、この大学の学生募集全般に言えることなんだけどさぁ、どうせやるんだったら、ちゃんと利益のあることをやれよって思うんよね。中途半端にやってますアピールはいらないよ。俺に着ぐるみ着せたら、それなりにちゃんと動くよ。特に女子高生あたりを、思わず『この大学は魅力的!』って思わせるように頑張るよ。でもさ、暑いんよ。暑くて暑くて動けんのよ。このエントランスから一歩も出たくない。外に出てったら、マジで死ぬよこれ。そのあたりの考慮がなんで出来んのかな」
「それ、製作費はいくらくらいですか?」
「聞いてないけどさ、多分、一体型タイプのオプションなしで作ってるから、40万円くらいじゃないかな。俺が前の大学で作ったときは、そんな感じだった」
穂積は青葉君をモフモフ触りながら言う。
「微妙な金額ですね。高いのか、安いのか、判断がつきかねます」
「俺としては安いかなって思ったよ。でもね、そもそもが無駄金だよ。いらんもん、こんなもの。バカじゃねぇの、これ考えた奴。入試広報課の奴らさ、とりあえず盛り上がっとけばいいって感じで動いとるやろ。普通に考えてさ、真っ当な高校生がさ、着ぐるみが走り回ってるような大学に来るわけないじゃん。考えなくても分かりそうなことだよね」
橿原も笑いながら続ける。
「そうですよね。今日もお笑い芸人がトークショーしますから」
「はあ? そうなの? 俺、ちゃんとスケジュール読んでないから知らんかった。何から何まで狂ってるよね。もういっそのこと、相談コーナーのところで穂積先生がキャットスーツ着て鞭持って立ってたら、それなりに人が来るんじゃない? 『写メ撮らせてください』っていう高校生もいっぱい出てくるよ。これがSNSで広まったら、参加者もどんどん増えるよね」
「それ、体験授業とかでもいいかもしれませんね。本学には本物の『女王の教室』がありますよってアピールできます」
盛り上がって笑う2人を、穂積は睨みつけた。
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19:2012年9月5日
2012年9月1日8時30分
今日は、青葉大学としては規模の大きいオープンキャンパスを開催するということで、大学教員のほとんど、おそらくは7割くらいの者が大学に招集された。
すべての参加教職員は、開場を前に事前打ち合わせのため4号館の大講堂に集合している。
この講堂は、このあと9時からオープンキャンパス来場者を招き入れる場所になるから、ゴミや所持品の置き忘れがないようにと、マイクを持った職員が繰り返し壇上でアナウンスしていた。
入試広報課の職員5人が教壇の周りでプリント物などの資料を教職員に配っている。
広報という組織名になっているからか、資料配布という地味な作業ですら、その職員達はイヤに丁寧でへりくだった動きをしている気がする。
普段の習慣がここでも出ているのか。
まあ、それは気のせいだと言われればそうとも言えるが、所属に応じて行動が変わるのが人間の面白いところだ。
配られた資料は、オープンキャンパスのスケジュールや、各学部学科で行われるイベントの概略が載っていた。
これを受け取ったところで、私たちが考慮できることなどないと誰しもが思うが、それを口にすることはないほど些末なことだ。
橿原一如は、午前中は9時15分と10時30分から始まる2コマの体験授業を受け持つことになっていた。
高校生や保護者を相手に、大学の授業を体験できるという趣旨の説明で広報されている。
体験授業用に使用する講義スライドや備品の準備は済ませているので、この集合には出席確認のために気楽に参加していた。
講堂出入口前で名前を申し出て、ラインマーカーでチェックをしてもらって入場する。
知り合いの教員が誰かいないか探しながらも、誰もいないので中央部のやや右側に陣取った。
穂積里香は、終日ずっと学科別相談コーナーの対応を担当する。
ここは重労働になる場合があるため、本来なら3班体制でローテーションするのだが、穂積たちの学科はもともと教員数が少なく、また、この学科を目当てに相談しにくる高校生・保護者は例年少ないから大丈夫だろうということだ。
適度に休憩を取りながら、むしろ他の学科にヘルプに入ってくれとも言われれている。
講堂に入って教壇に向かって進んでいると、橿原を見つけた。
橿原に声をかけながら、彼の斜め後方の席に座った。
少し覗き込めば、橿原の顔が見える位置だ。
「橿原先生、先日まではありがとうございました」
「あ、お疲れ様でした。無事に野外実習が終わってよかったですね。とにかく無事であることが大事ですよ。学生、楽しそうでしたね」
橿原も少し横を向けば、穂積が見える。
「はい、ありがとうございます。お陰様で」
「穂積先生は相談コーナーですよね。今日一日ずっとでしょ。大変ですね。午後からは私も顔を出しますんで」
「ありがとうございます。先生は体験授業ですよね。体験授業は何をされるんですか?」
「私がやっている研究分野のなかで、一般ウケしそうな話題を垂れ流しです。その方が体験授業としては適切ですから」
「一般ウケしそうな内容ですか。橿原先生って、一般ウケすることを授業でやるのは嫌なんじゃなかったですか?」
「ああ、それは普通の授業のときですよ。これはオープンキャンパスの体験授業ですから。体験授業だからって、本当に大学生向けの授業を体験させたら向こうも困りますからね」
「まあ、そうですね」
「昔は私も棘があったので、いっそのこと開き直って、出席を取るところから体験させてやろうかと思ったこともあります。まあ、今となっては、大学のコマーシャルをやることに徹せるくらい、丸くなりました」
「そうですね、オープンキャンパスって大学の本当の姿を見れるところではありませんよね。あくまでも勧誘ですから」と穂積は腕時計を見ながら言う。
「お見合いに似てますよね。お互い、相手の本当の姿は分かりません。こんな大学に『ぜひこの大学に入りたいです』って言ってくる高校生もいるけど、ほぼ間違いなく第3、第4希望ですからね。あんなこと言わなくてもいいのにって、こっちは思うんですけど、高校生側からすると、言っといて損はないって感じなんですかね。高校の先生たちも、生徒に変な処世術を教えるなよって思います。なんにしても、不気味で不毛なイベントだと思いますよ」
穂積は、折りたたみテーブルを取り出し、そこに左手で頬杖をついて橿原を見ながら言う。
「今回のオープンキャンパスは、サマーオープンキャンパスですよね。私、赴任してビックリしたのが、この大学って、春からスプリングオープンキャンパスと題してやってるんですよね。で、サマー、オータム、ウインターと。年中オープンキャンパスやってますよね。いつもこれに付き合わされるの、ホントしんどいなぁ」
穂積はそう言いながら、頬杖を両手にして壇上の方を見つめた。
「ですよね。そんなにオープンにしたいなら、年中高校生の見学をOKにしとけばいいのにって思うんですけどね。っていうか、僕の記憶が確かなら、それが本来のオープンキャンパスだったような気がするんですけどね。いつからか、妙なイベントを催すようになりましたよね」
「それはそれで嫌なんでしょ。普段の大学の様子を見られたら、いろいろと不都合が多いから」
「今となっては、相談コーナー開いたり、お土産とかクーポン券を配ってますからね。今日なんか、どこぞのお笑い芸人を呼んでトークショーしてます。このあと、この大講堂でやるんですよね」
「そうやって、高校生とかその親に、有る事無い事、必死でアピールしてるんですよ」
穂積はそう言ってニヤけた。
「ですよね。やっぱりお見合いに似てるんですよ」
「そう言えば、橿原先生って、お見合いしたことあるんですか?」
「え? ああ、はい。ありますよ」
「え! そうなんですか? どんな感じだったんですか?」
「オープンキャンパスみたいでした」
事前打ち合わせが終わり、橿原と穂積は大講堂のある4号館から出て、それぞれの持ち場に向かうことにする。
4号館エントランスに差し掛かると、そこに着ぐるみが立っていた。
青葉大学のマスコットキャラクター、「青葉君」である。
広葉樹の葉に顔と手足をつけた、至ってシンプルな造形だ。
青葉君は、橿原と穂積が現れたことに気がつくと、そのずんぐりむっくりな体型とは似つかわしくない、極めて人間的な歩行動作で二人に近づいた。
「どうも。青葉君です。橿原君、穂積先生、おはようござます」
橿原は真顔で返事をする。
「あ、どうも。永山さん。なんで永山さんがこんな担当になってしまったんですか?」
そんな会話を聞きながら、穂積は我慢しきれず後ろを向いて笑っている。
「あのさぁ、俺が思うに、この着ぐるみはちょっと予算を削り過ぎだよ。中のフィット感が悪いね。もう少しタイトにしておいてほしかったなぁ。そうじゃないと、疾走動作に入った時に、いちいち腰の部分を手で抑えないといけないからさ。ここだよ、ここからここにかけてゴムが必要」
そういって指差している。
「なんでそんな玄人じみた要求をしてるんですか。そもそも、着ぐるみってオープンキャンパスにいります? 以前、FDで話していたことが現実のものになっちゃいましたね。なんでこんなバカみたいな事態になったんですかね」
青葉君は胸の前、もとい顔の前で腕を組み、片膝を折り曲げてクールに立った。
マスコットキャラクターがとるポーズとしては、極めて異様だ。
「それがさあ、俺、前の大学で着ぐるみを着て走り回ってたことがあるんよ。それをどっかで口走っちゃっててさ、入試広報課の奴等が聞きつけたらしいんだよね。俺としては、そんなことしてる大学はダメだっていう趣旨だったのにね。今年のオープンキャンパスから、マスコットキャラクターを全面に押し出したい、ってことになってるらしくて、だから着ぐるみを使おうってことになったらしいんだよね。その一発目として、経験者である俺に白羽の矢が立ったわけ」
「なるほど、まさに『白羽の矢が立つ』の本来の意味ですね」
「ん? そうなの? どういう意味? まあ、実際のところ誰でもいいんだろうけどさ、やれって言われたら、断れないでしょこの大学も。それに、なぜか学長がノリノリで俺にやらせようとするんよ。あのさぁ、皆、狂ってるよ」
「そうでしょうね。着ぐるみがキャンパス内を練り歩いてるような大学が、まともな大学なわけないですからね。まともな高校生から順に脱落していきます」
「そうだよ。バカだけを掬い取るフィルターとして強力に機能するよ」
穂積が笑いを我慢しながら尋ねる。
「永山先生、それ、暑くないですか?」
青葉君は穂積の方を向く。
「暑いよ。半端じゃない。それも予算をケチってるところだね。あと5万円くらい出せば、もうちょっと暑さ対策ができるのにね。あのさ、オープンキャンパスだけじゃなくて、この大学の学生募集全般に言えることなんだけどさぁ、どうせやるんだったら、ちゃんと利益のあることをやれよって思うんよね。中途半端にやってますアピールはいらないよ。俺に着ぐるみ着せたら、それなりにちゃんと動くよ。特に女子高生あたりを、思わず『この大学は魅力的!』って思わせるように頑張るよ。でもさ、暑いんよ。暑くて暑くて動けんのよ。このエントランスから一歩も出たくない。外に出てったら、マジで死ぬよこれ。そのあたりの考慮がなんで出来んのかな」
「それ、製作費はいくらくらいですか?」
「聞いてないけどさ、多分、一体型タイプのオプションなしで作ってるから、40万円くらいじゃないかな。俺が前の大学で作ったときは、そんな感じだった」
穂積は青葉君をモフモフ触りながら言う。
「微妙な金額ですね。高いのか、安いのか、判断がつきかねます」
「俺としては安いかなって思ったよ。でもね、そもそもが無駄金だよ。いらんもん、こんなもの。バカじゃねぇの、これ考えた奴。入試広報課の奴らさ、とりあえず盛り上がっとけばいいって感じで動いとるやろ。普通に考えてさ、真っ当な高校生がさ、着ぐるみが走り回ってるような大学に来るわけないじゃん。考えなくても分かりそうなことだよね」
橿原も笑いながら続ける。
「そうですよね。今日もお笑い芸人がトークショーしますから」
「はあ? そうなの? 俺、ちゃんとスケジュール読んでないから知らんかった。何から何まで狂ってるよね。もういっそのこと、相談コーナーのところで穂積先生がキャットスーツ着て鞭持って立ってたら、それなりに人が来るんじゃない? 『写メ撮らせてください』っていう高校生もいっぱい出てくるよ。これがSNSで広まったら、参加者もどんどん増えるよね」
「それ、体験授業とかでもいいかもしれませんね。本学には本物の『女王の教室』がありますよってアピールできます」
盛り上がって笑う2人を、穂積は睨みつけた。
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