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24:2012年10月11日

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2012年10月11日(木)11時30分

 教授会の次の日、兵藤芳裕は廊下で東郷洋二に会った。
 周りには誰もいない。
 2限目の授業中ということもあって、人通りが無いのだ。
 なんとも絶好の機会と言えるだろう。
 東郷の研究室を訪問しようかと考えていたが、それだと仰々しいと思っていたところである。

「ああ、東郷先生」
 兵藤はなるべく自然に振る舞うよう気をつけたつもりだ。

「はい、兵藤先生」
 東郷は口を半開きにして、すっとぼけた表情である。
 いつも通りだ。

「東郷先生、ちょっといい? いやね。先生、年末のシンポジウムをやることになったでしょう」

「はい」
 表情は変わらない。
 東郷のこの顔は、見る者によっては極めてイラつくものである。
 兵藤はイラつく方だ。

「いやぁー、なかなか先生には不慣れなことを、ねぇ、突然やることになって。なんかあったんですか?」
 少し刺のある表現かと思ったが、ウカウカしてると誰か来るかもしれない。
 返答や結論を急ぎたかった。

「いえぇー、やってみようかなぁって思ったんですよ」
 表情は変わらない。

「えっ。先生があの時に自分で立候補したんですか?」

「はい」
 まだ表情は変わらない。
 すっとぼけた顔のままだ。

「そうですか。でも、大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですかって、大丈夫ですよ」
 少し笑った。

「まあ、それでしたら・・・」

 歩いてくる事務員が見えた。
 3人だ。
 近づいてくる。

「誰か、補助の先生とかいるんですか? 委員会を立ち上げるんでしょうけど、どんな人を入れるんです?」

「いやぁー、どうしましょうね。なんとかなるんでしょうけど」
 東郷の顔は元に戻っている。
 あのすっとぼけた顔だ。

「そうですか。まあ、また何かあったら。それじゃ」

 兵藤はそう言って東郷と別れる。

 大丈夫なのか? 東郷は。
 なんのつもりなんだろう。

 自分で立候補した。
 そう言っていた。

 なぜ今年になってそんな気になったのか。
 あの東郷がイベントの担当をする。

 あの東郷が、である。




25:2012年11月9日