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万引き容疑者の写真公開について

こういう事件があったので, ■ まんだらけ、「万引き犯」の写真公開中止 警視庁が要請 で,こんなサイトが有ります. ■ 万引き犯に「顔公開する」と警告、どう思う? 「ダメだろ」 と思いつつ,選択肢を見ると, 「1.やり過ぎだと思う」 「2.妥当だと思う」 「3.分からない/どちらとも言えない」 というもので,「ダメ」という選択肢すら無いことに少し不安を覚えつつ結果を見てみると. 「妥当だと思う」が91.6%(得票数:111.636票)[2014年8月13日現在]でぶっちぎっていました. 今回の記事は,この話題についてです. これまでにも,近いところですと ■ 続・STAP細胞研究の件 ■ 子供の自殺原因「いじめ」は2%,という記事への反応への反応 で似たような話をしてきたので,結局同じようなことなのですが. 万引き容疑で写真公開,そりゃダメです. 罪状や事情,背景といったものが確定していないのに,大衆にこういう刺激を与えてはいけないのです. 推測でしかないのですが,お店側としては,もしかすると写真公開する気なんてなかった,そんなところかもしれません. だけど,それでも褒められた話ではありません. ご覧ください.この世間の狂いっぷり.凄いですよねぇ. こんな中で写真公開なんてしようものなら,喜び勇んで大はしゃぎして,キチ◯イ・モードに突入するに決まっています. 「一億総白痴化」というのは本当なんじゃないかと,最近は本気でそんな気がしている私にとっては,「妥当だと思う」が圧倒的な世論であることを見ると確信に変わっていく思いです. 「万引きはダメだからぁ」とか「犯罪者なんかに名誉も人権も無いんだぁ」という感情が沸き起こることは認めます. でも,そういう浅はかな感情で評価・判断しようとするところを制するのが,警察という機関が存在する意義でもあります. もし何かの間違い・勘違いで,実は写真の人物が万引き犯ではないということになったらどうするんですか? これについては,「それは店側の責任なんだから,店が賠償金を払えばいいんだぁ」 なんていうネットのコメントも見かけます. もし何かのっぴきならない事情があったり,なかなか表には出せないが深刻な事情があったりしたらどうするのでしょう. 「いやいや,それでも...

続・STAP細胞研究の件

以前,「論じるための材料が揃っていないから」ということで記事にすることをためらっていたくせに,その騒動が収まる気配がないということに興味をもって 感想 を書いた記事があります. ■ STAP細胞研究の件 です. この度,その収まらない騒動の中で一人の研究者が自殺をするという事態に至ったので,ここでも一つ,論じることはせずとも 感想 を述べておきたいと思います. そのニュースについては,以下のサイトなどで ■ http://www.asahi.com/articles/ASG853DJ9G85PIHB005.html?iref=com_rnavi_srank とは言え、私としてはこういった「自殺」の話をあれこれつつき回すことは避けたいところではあります. 件の大学教員の自殺ですが,今回のSTAP研究騒動が自殺の原因の大きな要素になったことは,ほぼ間違いないことなのでしょう. ですが,他の記事でも書いているように「自殺」という行動に至らせた要因について,何か一つに特定して論じることはできない可能性があります. ■ 子供の自殺原因「いじめ」は2%,という記事への反応への反応 ですので,この大学教員の自殺についてSTAP研究騒動との関連で論じるのは難しいですし,慎重でなければならないと思います. 少なくとも事情を知ることができていない私は論じることはできません. ただ,今回の自殺とSTAP研究との関連性がどれほどのものか不明であったとしても,この機会にもう一度ブログ記事として著しておきたいと思い,ここに記しておきます. 今回の騒動を眺めていて感じたところを改めて書くと,とにかく度が過ぎたバカ騒ぎを皆して続けたという点です. この騒動の中心に据えられている研究リーダーの女性についてもそうです. 論文執筆においては擁護しきれないほどにポカをやらかしていることが分かってきたのですが,詳細が分かっていないその他の何から何までをひっくるめて叩きまくっているのが,はっきり言えば私としてはムカつきます. そして肝心の「STAP細胞」の有無ですが,まだ調査中だというのに煩く騒ぎ立てました. 黙って調査結果が出るのを待てよ,と. だいたい,何をそんなに大勢の人々がいきり立っているのか,そのエネルギーの源は何なのか,それが私としては興味深...

学校教育対談

先日,このブログでもご紹介させていただいている和田慎市先生と直接お会いして対談することができました. ■ いじめ問題は解決できるものではない などの記事を読んでいただいた和田先生からメールが届いたのがちょうど一年前のことです. それからもメールのやりとりを続けていたのですが,この度,直接お会いすることができたのです. 猛暑の中,足を運んで頂きありがとうございました. 和田先生は現在は定年退職されていますが,それまではずっと高校教師として教鞭をとられておりました. 現場の教師の立場から,地に足をつけた議論をしたいという思いがあります. 「実際の教育現場ではイジメ・ゼロは無理.理想論を現実にはできない.教師も人間.限界がある」 という,よくよく考えてもらえれば分かってくれるだろう当たり前のことを,そうではない世論に向かって勇気を出して訴えている方です. もう一度そのご著書を紹介しておきたいと思います. 和田慎市 著『実録高校生事件ファイル』 実際の学校でどのような事件が起きていて,その対処がどのようになされているのか.その体験談や事件の流れをまとめられている本です. 現役の学校の先生にとっては,とても参考になるでしょう. 一般の方にとっては,ここで記されている事件に日々追われる教師が,メディアから流れる理想論で本当に対応できるのかどうか,それを考えさせられるはずです. ほとんどの日本人が,「卒業生の半分くらいが大学や専門学校などに進学する」という,ありふれた,そして恵まれた高校の卒業生かと思います. そうした高校を卒業した(大半の)人々にとっては,実は決して少なくはない「指導困難校」で繰り広げられる教育活動への理解が難しくなってしまいます. 私が勤務している大学の学生であれば,ほぼ全ての生徒が大学に進学しているような高校を卒業した者たちばかりです. 「大学進学率は約50%」なんていう話をすると「え! 80%くらいじゃないんですか?」って驚くくらいですから.こっちは逆にそういう認識に驚きますよ. (ちなみに,私の母校は2000年当時,10%くらいでした) ということですから,人々の間にある「高校生活」とか「高等学校とはかくあるべきもの」という認識に大きな違いがあるはずです. そして,メディアで発...

井戸端スポーツ会議 part 5「グローバリズムはスポーツ」

前回の記事では,「スーパーグローバル大学」という顔から火が出るほど恥ずかしい名称の企画を,実は文部科学省というお堅い役所が本気出して要求してきたんですよ,なんていう話にも触れました. 今回はその「グローバル」についてのお話です. 先日,大学院の後輩にあたる人とお会いした時,「スーパーグローバル大学」をネタに笑っていたら,その人が「最近はスーパーグローバルハイスクールっていうのがあるようですよ」って教えてくれました. そうなんです.もはや「高等学校」などと言わないんですね.ハイスクールです. 「嘘だ」「そんなのネタに決まっている」という人は,以下の文部科学省の資料をどうぞ. ■ http://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/sgh/ でも,こうした「イタい」名称をつける癖が文部科学省には元々あるらしく, そう言えば,「スーパーサイエンスハイスクール」なる企画もやっていました. 「んあアホな」「全力で笑いを取りにいってるだろ」という人は,以下の文部科学省の資料をどうぞ. ■ http://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/gakkou/1309941.htm そんなわけで,“スーパー” じゃなくても “グローバル” がもてはやされる昨今,「グローバル化は不可避の潮流だ」と言わんばかりにグローバリズムがブームになっております. 無駄な前置きが長くなりましたが,今回の井戸端スポーツ会議のテーマである「グローバリズム」の話に入ります. 「スポーツにおけるグローバリズム」とか,「グローバリズムがスポーツに及ぼす影響」という論調の解説やニュースは多いものです(多くはないか・・). 概ね以下のような論調だと思います. 「スポーツの領域にもグローバリズムの波が押し寄せている.例えば,国境を越えて選手が活躍し,ネットワークの発達に伴いスポーツコンテンツや市場が地球規模で展開されている」 というやつです.あとは, 「スポーツがグローバル化することで,ルールに明記されることがない不文律のところで摩擦が起きている(我が国では柔道,剣道といった伝統文化にまつわる議論)」 だいたいこういう話です. このように, スポーツとグローバリズムに関する話は,その多くがスポーツで起きている事象をグローバ...

自主的に学ばせるには?…っておかしいでしょ

先日,ニコニコ動画で興味深い論考を耳にしました. 佐藤健志氏による「言葉の使われ方」に関するものです. YouTubeでは, ■ https://www.youtube.com/watch?v=_MSpYNDibxQ で見ることができます. 30分25秒ぐらいのところから,氏の論考を聞くことができます. どういう話かというと,「現政府の言葉の使われ方が,デタラメになってきている」というもの. 例えば集団的自衛権行使容認については,「これは,憲法解釈の一部変更であるが,解釈改憲ではない」 とか, 成長戦略については,「もはやデフレ状況ではなく,デフレ脱却に向けて着実に前進」 とか, 「私の第三の矢は,日本経済の悪魔を倒す」 とか. 言いたいことは分からないではないが,真っ当な日本語になっていないわけで. そうした真っ当ではない言葉の使われ方を目の当たりにしても,それがまかり通ってしまうような日本社会というのは,これもまた真っ当なものではないのだろう.という話なのです. それでですね, これを聞いた時に「我々もそうなんだよなぁ」と思わされたのが,この国の学術活動を司っている大学も同じであるということなんです. 大学こそ「言葉の使われ方」にひときわ敏感でなければいけない集団なのに,その大学自らが使う言葉に「なんじゃこりゃ?」と思わされるような話がたくさんあるのです. この前,他大学の先生と雑談していた時に出てきたのが,昨今の大学のFD(ファカルティ・ディベロップメント)があまりに酷い,ということ. ※FDというのは,教員の教育能力向上に向けた取り組みのことです. 最近,(多くの大学で)注目されているのが, 「学生たちが自主的な学びに向かうにはどうすればいいか?」 というテーマでして. えぇ,もうね・・.既にこの時点で終わってるんですけど. ピンとこない人のために笑いどころを解説しておくと, 「自主的に学ばせようとしてる時点で,それって自主的じゃないやん」 っていうツッコミなわけです.外野としてはそれが聞いてて面白いんですけどね. FDに全くと言っていいほど取り組まない大学に移ってきた私なので,ちょっと懐かしい香ばしさに出会えて嬉しい気分になったと同時に,悲しみと哀れみの情が生まれたというか,シュールと...

井戸端スポーツ会議 part 4「自転車は車道を走らない方が安全だろう」

最近のニュースで, 「東京五輪までに倍増」 舛添知事が自転車専用レーン視察 というのがありました. 自転車通勤をしている私としても,こうしたことは自転車の利便性が高まる動きですので喜ばしいことだと思っています. 自転車専用レーンを増加させようという動きは,なにもオリンピックが決定したからではないことは,知る人ぞ知るところです. 昔から自転車専用レーンを望む動きはありまして,特にここ最近,「 自転車と歩行者の事故」がクローズアップされた こともあって,それに拍車がかかっているように思えます. 「 自転車と歩行者の事故が増加している! 」というニュースや記事をみることがあります. 例えば,この 大阪市のホームページ でも「急増している」ということになっているのですが. さて,大阪市のHPを見る前に,ここで問題. このように「急増している」と報じられる自転車と歩行者の事故件数,全国で一体どれくらいだと思いますか? って,うちの学生にも聞いてみたんです.そういうニュースを良く聞くでしょってことで. 「1万件」とか「10万件」だとか答えていましたが. 正解は2605件(2013年)です. んでさらに,死亡事故にまで至る事故はどれくらいか?って聞くと, 「200件」とか「1000件」だとか答えていましたが. 正解は3件(2013年)です. これの重大性をどのように思うかですが,それはとりあえず置いといて. 次に,自転車事故全体を眺めてみますと, 自動車・バイクとの事故:約11万件(うち死亡:500件) 自転車同士の事故:約3000件(うち死亡:3件) 自爆(単独事故):約2500件(うち死亡:87件) その他:約3800件(うち死亡:4件) ということになっております. ※詳細は⇒ 警察庁の交通事故統計 を御覧ください ちなみに,この割合は年を追ってもそんなに大きな変化はなく,幸いなことに全体的には自転車事故は減少傾向にあります. ※自転車と歩行者の事故が増加したのは10年前までのことで,最近は減少傾向にあるわけです. 今回の記事で井戸端会議したいのは, 「自転車は車道を通る」を徹底させたり, 自動車道の直ぐ脇に自転車専用レーンを作っても, 死亡事故...

井戸端スポーツ会議 part 3「サッカー日本代表」

このブログを見てくれている人の多くが,スポーツとは無縁だったり関心がない人だったりすることが窺えることがあります. ですので,そういう人でもなんとなく分かった気になれる「サッカー日本代表論」を井戸端会議してみようというものです. あんまり外野がゴチャゴチャ言うことではないのかもしれませんが,そこは「井戸端会議」ということで(以下略 今回のサッカー日本代表について,その総評ですが. 率直に言えば「よくやった」というところです. それに付け加えて「メディアが煽るだけで,日本の実力はこんなもの」といった話をしようという気はありません. その手の話は飽きました.今回はもっと建設的な話をしたいのです. 私が子供の頃(Jリーグ発足当時)の日本代表と比べると,雲泥の差があります.明らかに上手になっています.それは過去のプレー映像を見れば一目瞭然です. だからこそ,やっぱり日本代表の実力というのも見えてくるわけでして. 他の代表チームの試合を見れば,それこそ一目瞭然です. では何が違うのか? というところが気になるかと思いますが. 私見としては, 「判断力」 というところに違いあると感じます. 技術と体力は十分世界で通用するレベルです. 判断力(勝負勘とも言える)の強化は,これからの日本代表(というか日本人選手)の課題だと思います.でも, 一朝一夕で身につけられることではありませんから,ジュニア期の選手をあずかるサッカー指導者の健闘を期待したいところ であります. それでは以下,それほど目新しくもないサッカー日本代表論ですが,興味があればどうぞ. ※それに,これはスポーツ指導論としては基本的な話だったりするので.「体育系大学を卒業した人はこう考える」ということで読んでください. よく日本代表は「体力(フィジカル)が弱い」などと言われますが,実のところ体力レベルは他の代表チームの選手と違いがあるわけではありません. もちろん,体力要素の中でも「背の高さ」というのは越えられない壁かもしれませんが,それを言い出したら強豪国でも背の低い選手はたくさんいます. 日本代表の体力的な強みは,敏捷性(スピード)の高さと豊富な運動量(持久力)だとされています(もちろん,それは平均的な特徴のこと.選手個々人で差があります). いずれもサッカーという競...

子供の自殺原因「いじめ」は2%,という記事への反応への反応

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短い記事になるかと思いますが,一応このブログでは反応しておこうと思いました. 子供自殺原因、いじめ2%=初の実態調査公表-文科省 http://www.jiji.com/jc/zc?k=201406/2014061900923&g=soc で,その記事に対するネットのコメントの例を画像として左図に示してみました. これは2014年6月20日現在のヤフーニュースの画像です. 撮ってきて良いものかどうか迷いましたが,想像以上に低次元のコメントが並んでいるので,ご参考までにと思い掲載させてもらっております. えーと・・, これについて私から言えることは,もうこの国の大勢,少なくともネット閲覧者の多くが,想像を絶するほどに◯◯だということです. ※上記の◯◯には,考えられる最も侮蔑的表現を想像で入れてもらって結構です. 本当に諦めました.やっぱりこの国はダメかもしれません. やばいです. 「日本代表がグループリーグ突破できるかも」なんて騒いでる人達が可愛らしいくらいです. ※もちろん私もグループリーグ突破を夢見ている者の一人ではありますけど.あくまで夢だよね. どういうことかと言うと,『子供の自殺原因において「いじめ」は2%である』という調査結果のことを「信じられない」「もっと多いはずだ」「隠蔽している結果だ」というもので埋め尽くされているのです. 皆さんの訴えたいことは分からんでもないのですが,クレームらしきコメントがあまりに酷いので思わずブログの記事にしてしまいました. 少なくとも,もうちょっと根拠に基づいたクレーム,建設的な批判をしてほしいものです.これではただの◯◯です. どうやら,世論の皆様がお気に召す結果ではなかったようです. ということは,もっと多めに数字を出しておけば良かったのでしょうか. どれくらいだったら世論は納得するんでしょうね. 20%くらいでしょうか? それはちょっと多すぎるかな. 10%くらい? ここまで大問題になる前から,事あるごとに私は「 子供の自殺は,いじめよりも進路や家庭の問題を取り上げる方が重要 」ということを説いてきていました. 統計データを見る限り,そういうアプローチが重要であることが示されているからです. 今にして思えば不謹慎かと思うようなネタを記事に...

危ない大学に奉職してしまったとき「教員評価制度対策」

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最近の大学には教員用の通信簿みたいなやつ,いわゆる「教員評価制度」というのがあるんです. 教育活動が何点,研究活動が何点,運営業務が何点,あなたはトータル何点でしたぁ,みたいな通信簿です. これまでの大学教員は,何をやっても何をしなくても野放し状態でした. さすがにそれじゃマズいだろう,教員自身も評価される時代になったんだ,ってことで教員個人を評価するため導入されたのが「大学教員評価制度」というものです. さまざまな問題点を抱えながらも,お上や世間の圧力に抵抗する理由が見つからないからという理由で続けている活動です. その議論はとりあえず横に置いといて, 今回の記事では,「危ない大学での教員評価」ということでお話します. 大学界全体のことですと,以下の様な, http://www.niad.ac.jp/ICSFiles/afieldfile/2010/01/05/no9_16_shimada_no10_04.pdf という資料も合わせて読んでもらうといいかと思います. これを見ましても,教員評価制度がどれだけ無駄な努力なのかが分かります. (上記の論文ではそのような論旨にはなっていませんが,データ自体をみる限り悲惨です) 一言で言うと, 苦労して取り組んでみたけど,・・で?っていう. そんな感じなわけですね. 危ない大学では,これに輪をかけて大変になるのですが.     ここで注意しなければいけないのは,教員評価の評価基準や項目,結果の利用方法,意味付けといったものが,各大学によって非常にバラつきがあるということです. 危ない大学においても教員評価の位置づけはバラバラでして. 大きく分けると,以下の2つのパターンになると思うんです. (1)教員評価制度で首が飛ぶ大学の場合 一にも二にも,まずは転職を考えておきましょう. そういう大学に勤める先生方のお話しを聞いてみましても,大学に奉公する,学生のことを考える,なんてことをするだけ無駄であることが推察されます. そもそも大学教員の評価や処遇を,定量化システムでやってしまおうとする組織が,まともな高等教育機関としての理念を持っているわけがありません(この詳細は過去記事をどうぞ). ここは心を鬼にして,転職するために JREC-IN (...

井戸端スポーツ会議 part 2「スポーツ庁の必要性」

今回の記事のネタ元は,以下の, ■ スポーツ庁,選手強化へ予算一元化・・・五輪にらみ というものです. そのニュースを以下に要約しておきます. 【スポーツ庁計画の概略】 文部科学省の外局を検討.2015年度からの発足を目指す. スポーツ振興に関する予算を一元的に管理.各種競技団体などに配分することで、戦略的な選手強化策につなげることが目玉. 団体に対する監督・指導を強め、相次ぐ不祥事の再発防止につなげる狙いもある. 【担当する業務】 〈1〉トップ選手の強化策 〈2〉学校体育・運動部活動の支援 〈3〉地域スポーツの振興 〈4〉障害者スポーツ推進 〈5〉国際大会招致やスポーツを通じた国際交流 以前からスポーツ庁やスポーツ省を作りたいという話はあってですね. 「省」が本当は理想的なんですけど,これは大掛かりだから,せめて「庁」でいいから作ってほしいというスポーツ関係者の要望は昔からあったんです. こういう話が出ると,一般の人からよく聞かれるのが, 「スポーツごときで省庁を作るのは・・・,なんかぁ」 というものです. スポーツ庁の必要性について,ネットで検索すると, 毎日新聞の社説 http://mainichi.jp/opinion/news/20131104k0000m070104000c.html が出てきます. 逆に言うと,それくらいしか出てこないということでして. なのでこのブログでも取り上げておこうと思いました. ちなみに,話す内容は上記の毎日の社説とそんなに違いませんのであしからずご容赦ください. 「今のままじゃダメなの?」「天下り先をつくるだけじゃないか?」 というところですが,たしかに,今のままでもダメじゃないし,天下り先になるとは思います. でも,そんな瑣末な大衆ルサンチマンにまみれた戯言を気にするよりも,スポーツの省庁を作るメリットのほうが圧倒的に大きいのです. (1)スポーツに興味がある人の就職先ができた のっけから挑発するようですけれども,でも重要だと思います. スポーツの価値を国民がより良い形で享受できるよう,国の政策に活かしていきたいと考えている人達のポストができるという部分では,非常に歓迎されるところです. そう簡単にはいかないことは承...