2009年1月15日木曜日

授業の反応 (水曜日)


我が母校である黄柳野高校の喫煙ルーム(禁煙指導室)問題を,自身が担当する高校(黄柳野高校ではない)の授業で話してみました.今年度最後の授業,しかも体育の授業だというのに,本来とはてんで違う授業展開に,むしろ生徒は興味津々だったよう(に見えました).その反応とそこで考えたことをお話します.


一連の事件の経過,私なりに事件をどのように受け止めたのか,そして,1月6日の記事 h ttp://imnstir.blogspot.com/2009/01/blog-post_06.html にあるようなことを話し,その後,生徒からの意見を聞いてみました.


生徒も自分達の身の回りに近い(?)話題であったことからも,私の未熟な無茶振りにも臆さずいろいろと意見を言ってくれて,楽しい一時でした.

生徒から出た意見は,概ね以下のようなこと.

「高校なのだから,やっぱり喫煙はいけないのでは?」

「高校で喫煙室がいけないのであれば,大学ではなぜ喫煙エリアがOKなのか?同じ未成年を扱った教育機関ではないか?」

「高校として,『喫煙室』と受け止められる・報道されるようなやり方がマズかった.もっとソフトなやり方はなかったのか」...など.


生徒としては,先生が自分の意見を述べている上でさらに意見を言えと言われているわけですから,かなり慎重な言い回しになっていますが,せっかくの意見交換の機会.それぞれの意見に対して私の方からも補足をしながら聞いて回りました.


たしかに,「高校なのだから,やっぱり喫煙は...」との意見はもちろんごもっともで,黄柳野高校には喫煙をするために入学しているわけではないのだから,『禁煙教育』云々の前に,『禁煙』自体が学生生活の絶対条件としてあるべきだとの考えは当然です.

『喫煙について考える』などと悠長なことを言っている場所ではないんだということ.今回のように『喫煙問題』が取り沙汰されることで,非喫煙生徒が損害をこうむるわけですから,「喫煙」については断固とした処置がなされるべき.


「大学ではなぜ喫煙エリアがOKなのか?」という意見はなかなか鋭い.これについて私は今すぐ法的・社会学的な補足説明をすることはできないのですが,「高校」と「大学」という教育施設の設立哲学のようなものが関与しているかもしれません.まだ調べていないので,月曜日の授業までには用意しておきたいです.

単純に考えても,大学には必ず20歳以上の学生がいることになるわけですから,必然的に喫煙に関するマークが甘い雰囲気・習慣・文化が根付き,それが問題とならない土壌になっていることは考えられます.それらの問題は自己責任というなんとなく捕らえどころない「空気」で済まされる不思議な空間です.ここで思ったのは,「短期大学」ではどうなんでしょうか?20歳以下の学生が少ない空間では,どのような空気があるのでしょう?

短大出身の人が職場にいますので,明日にでも聞いてみたいと思います.


「もっとソフトなやり方はなかったのか」とは,なかなか面白い意見.「タバコを吸える部屋」という位置づけにしなければ,もっと問題も大きくならなかったのでは,とのこと.たしかにニュースのネタになりやすいとは思います.「原則禁止」という姿勢は崩さず,それでいて,いい意味でなあなあにやっていくというバランスを大切にするという.ただちょっと高度で危険な気もするが...


いろいろな意見が聞ける機会をつくった今回の事件は,高等学校における生徒の喫煙についての議論を少し進ませることになっているのかもしれません.

今度は月曜日にも別のクラスでやります.また違った意見が聞けるといいですね.