2009年9月28日月曜日

三十路前からの社会学


2日前にまた飲み会がありまして,フラフラで帰ってきました.
一緒に飲んだ人といつ分かれたのか記憶もまばらです.
でもまぁ,確実に気持ちよく酔う方法を身につけたようで,つらい飲み方はしなくなりましたので良しとしましょう.

それよりも最近は研究や実験について野放しになっているので今後どうするか焦ってきました.
明日はゼミの集まりがあります.学生が何か言い出してきて進展があるかもしれません.
私一人の 力 ではどうしようもない事なので,彼らにも頭回してもらいましょう.


宮台真司 著『14歳からの社会学』 というのをやっと読み終えました.
難解で時間がかかったのではなく,布団に入ってから読もうとしていたら,すぐに眠くなって本をワキに抱えて寝てしまうのです.気がついたら朝.それの繰り返し.
別に眠くなり易い本というわけでもないのです.眠たい時に,眠る時に読もうとしていた私の判断ミスです.
それを,かれこれ3週間くらい続けて,やっとさっき読み終えました.

なかなかよくできた本です.
現代社会学のことがなんとなく掴めたような気がします.というか,宮台氏の考え方が大掴みできる本と言ったところでしょうか.

この宮台氏ですが,わたくし,氏のしゃべり方や言い回しが嫌いで ついでに考え方も嫌いになっていたのですが,最近はそこらへんを無視して考え方だけ聞けるようになりました.
なかなか頭の良い人だと思います.
youtubeやニコニコとかで氏の討論番組なんかを見れるので暇な時にはどうぞ.

所々「?」とか「!?」という部分はあるにせよ,大雑把には賛同できる考え方で,やたら難しい表現を好む氏にしては,タイトル通り14歳に語りかけるような優しい言葉で語っており,そしてとてもじゃないけど14歳にこの内容は酷だろうという結果も生んでいます.さすがです.

氏の解釈として気に入ったのは 「みんな」 という言葉の範囲について.
私の中でも整理がついたのでなかなか気に入っています.
氏の主張を噛み砕いて言うと,最近は誰しもが “みんな” をイメージできなくなっている時代.昔は “みんな” と言えば共に生活をしている街のみんなだったし,それはすなわち地域の人だったし,つまりは日本人だった.
そんな時代の “みんなのために” といったメッセージはイメージが容易であったし共感を得やすかった.しかし,価値観の個別化や情報通信技術が高度化した現代で “みんなのために” といったようなメッセージを送っても受け入れられない,としています.

いまだに「みんな仲良し」という教育をしているのは日本だけだとも言います.
“みんな” という定義が曖昧ななかで「みんな仲良し」というメッセージは意味をなさないわけで,破錠をきたすメッセージだということです.

ならどういう教育をすれば良いか? つき合いたい人とだけ仲良くし,嫌いな人とはつき合わなければ良いのだそうです.寂しい教育ですけどね.
でも,ちょっとわかる気がします.
“みんな仲良し” はあまりにも正論のように聞こえるのに理想的過ぎて,現実的な人間関係の礎をつくる上で,つまりは大人の付き合いを習得する上でのハードルになってしまっているかもしれません.

これらについての詳細は,また別のテーマや題目の時に一緒に書きたいと思います.