2010年2月11日木曜日

学力低下


神永正博 著『学力低下は錯覚である』 という,学力低下論についての明快で納得できる本に出会いました.

ちょうど1年前,このブログでも,
「大学生の学力が低下するのは当たり前ではないか?」
という趣旨の記事を書いたことがあります.

神永氏もこの著書の中で述べているように,少子化,または大学の定員数が増えれば,大学生の学力が下がったように感じるのは当然のことだということです.
意見を同じくする人がいたことに勇気が湧いてきました.

この「学力低下錯覚説」の内約はというと,そもそも日本の学力は下がっているわけではないというところから始まります.
実際,OECD(経済協力開発機構)56カ国による学力調査(PISA)においても,日本はおおむね上位に位置しており,まだ特に気にするほどの差があるとも感じません.
“日本は前回のPISAの結果よりも順位や得点が低下している” との指摘もありますが,出題方法の変更や調査参加国数の増加など,縦断的な比較ができない代物ですので意味のない議論です.

学力低下が「錯覚」というのは,日本で高校や大学に進学する人の数が昔に比べ圧倒的に増えたことが原因です.
以前は高校,大学に進学する人というのは勉強を頑張った一部の人であり,定員数も今よりずっと少なかったので,大学生の学力が高かったのは当たり前なのです.
「大学生の・・・」というところがミソで,多くの学力低下論争では大学生や高校生の学力が低下していることが争点になります.

一部のエリートや頑張り屋さんだけが進学するわけではなくなった現在,おまけに少子化,ましてや大学の数や定員数も昔よりずっと増えているという “大学全入時代” になったのです.
こうした流れは,「大学生=エリート」ではなく,「大学生=日本の平均」になったといっても過言ではないのかもしれません.

だから,「大学生の学力が低下している」というのは嘘ではありませんが,そこから「日本の子どもの学力が低下している」という結論は導けません.
そもそも,何一つとして学力が低下していることを証明するデータはないのですから,適当な印象操作は避けてまじめに議論するべきだと思います.

ならどうすればいいかって?
そんなの簡単です.社会人に学力調査を行えばいいのですよ.
各年代ごとに2,000人くらいを用意して,20代〜60代の計5群,総計10,000人規模の学力調査を行うのです.
そうすれば,どの年代が学力が最も高いかわかります.

え?歳とった方が不利だって?
そんな頭の固いバカな考えはやめてください.
そもそも学校教育において獲得しようとしている学力というのは,優秀な国民,幸福な国民をつくることに意義があるのですから.
人生や社会人生活においても活かされている程度の学力でなければ意味がありません.
どの程度の学力が日本に必要なのかを知る上で,非常に有益な調査になるでしょう.

フザケた話はここまでにしても,こういった考え方は重要だと思うのです.
つまり,どういった社会人を目指すのか?という目的を明確にした教育でなければロスが多くなってしまいます.
幼少期にやっておかなければならない学習,大学から勉強すればいい学習など,時期に応じた学習を計画するべきです.

最近の脳・学習研究においても,幼少期では単純暗記力(脈略なしに記憶する力)が優れているのに対し,高校生くらいからは単純暗記力が低下する代わりに関連記憶力(物事を論理立てて記憶する力)が向上することが知られています.この関連記憶力は歳をとっても衰えることは少なく,30代でピークを迎えるとされています(歳をとったら記憶力が低下するというのは迷信なんだそうです).

教育は国家戦略のひとつでもありますから,どういう国づくりをするのか,という視点で教育する必要もあります.
コンピューターやインターネット,次世代技術の開発など,時代が変わっているのだし,変えてゆかねばならないのですから,これに対応するためのリテラシーを身につけることは重要です.

例えば,大学に来てからパソコンを勉強しているようでは遅い気がします.
世間には自動車を設計する能力がなくとも運転できる人がたくさんいるのと一緒で,基礎よりもまずは技能を身につけることが先決なものは多いはずです.
体育・スポーツはその良い例,スポーツ科学は,体を動かすことやスポーツに興味を持ってから後で勉強すればいいのですから.

理想的な教育としてフィンランドの例がよく出ますが,フィンランドの小学校はまさしく「ゆとり教育」なのです.
しかし一方,大学に進むためには “進学可能水準” までの点数をとることが条件であり,日本のように競争による相対評価ではありません.ですから,日本のように定員に応じて倍率が変わったり場合によっては絶対入れたりするようなものではないのです.

神永氏は,フィンランドを見習って少人数クラス制度や教員を増やして手厚い対処をすることは得策ではないと述べます.
もし,今のまま教員を増やすと,大学生の学力が低下したことと同様の現象が教員にも起こることになるのです.
すなわち,教員採用枠を増やすことで質の低い教員まで合格することになります.教員は増えたが質が低下したということになりかねません.

それに,田舎の学校では過疎による影響で自然に少人数クラス制になってしまっています.これによって田舎の学力が向上したということは聞きませんし.


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