2010年5月5日水曜日

研修活動報告

昨日・一昨日の研修活動のまとめをやっておきます.

日本神話では,日本をつくったのはイザナギとイザナキという二柱(神様の数を数える場合,「柱」という助数詞が使われる)の夫婦神です.イザナギが男神,イザナキが女神です.
名前の由来ですが,「イザナ」というのが “いざなう(誘う)” という意味で,おそらくは国をつくる,つまり,“国を誘う神” という意味が込められいると思われます.それに男を意味する “ギ” と,女を意味する “キ” が付けられているという推測がされているそうです.

この二神が天浮橋(あめのうきはし)から天沼矛(あめのぬほこ)を使って混沌とした大地をかき混ぜたところ,天沼矛から滴り落ちたもので島ができました.それがオノゴロ島.これが一昨日に行ってきた自凝島(おのころしま)神社の由緒です.
名前の由来は「自ら凝り固まってできた島」ということだそうです.

二神はオノゴロ島に降りて天御柱(あめのみはしら)を立て,それから様々な国産み,神産みを始めていきます.その時,最初にできたのが淡路島です.だから自凝島神社は淡路島にあるのでしょうか.


その後,二神はすったもんだあって別れますが,イザナギは神産みを続け,最後に「アマテラス」「ツクヨミ」「スサノオ」という有名な三神を生みます.
この中で昨日行ってきた出雲大社と縁が深いのはスサノオです.

スサノオは故あって禊の旅をしている途中で出雲に立ち寄った時,ヤマタノオロチに悩まされる人々と出会います.
スサノオは見事オロチを退治して人々を救うのですが,オロチを退治した時に尾を切った際,中の硬い物に当たって自分の十拳剣(とつかのつるぎ)が欠けます.
中から出てきたのが三種の神器のひとつ, “天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)” です.

この逸話ですが,“出雲” という場所とヤマタノオロチがどんな姿をしていたか.実はこの解釈が重要だという説があります.

“8つに別れた頭と尾を持ち,ホオズキ色の眼をしていて,背には木々とコケが生い茂っている.体は8つの山と谷を這い渡り,その腹は絶えず血がただれていた.”

というものです.
一説によると,スサノオが当時のヤマト王権を,オロチが出雲国を表しており,両者の関係を示している話ではないか?というのです.

“8つの頭と尾” は出雲地方の山々を縫う川の数を示し(実際,島根・鳥取の川をまとめて「オロチ河川群」と呼ばれている),“ほおづき色の眼” や “その腹が血でただれていた” というのは鉄器文明の黎明が早かった出雲国の川を染める鉄の色(昔の製鉄所の近くの川は赤く染まった)ではないか?というもの.つまり出雲国を示しているということ.

スサノオが持っていた十拳剣が天叢雲剣に当たって欠けたのも,十拳剣が青銅製,天叢雲剣が鉄製だったからというのです.

総合して解釈すると,かつてヤマト王権(スサノオ)と出雲国(オロチ)が対立して紛争があった.その対立の結果は,ヤマト王権に出雲国が降伏するというものになった.その際,出雲国は降伏の証としてヤマト王権に製鉄技術を教えた.
スサノオがオロチを退治して天叢雲剣を獲得するエピソードは,ヤマト王権側から見た歴史を象徴しているのです.

その後,出雲の国はヤマト王権の支配を受けることになりますが,そう簡単に支配体制を作れるわけもなく.製鉄というハイテク兵器を持った国を相手に戦争し,平定するというのはヤマト王権にとって一大プロジェクトだったはずです.
その際に活躍した人々のことを大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)と神格化して語り,出雲大社の祭神として祀っているのではないかというのです.事実,大国主大神はスサノオの息子でして,出雲地方の支配体制づくりの引き継ぎ状況を表したエピソードと考えられます.
こうしたことを “大国主大神の国づくり” というエピソードとして残したのではないでしょうか?


ただ,出雲大社には異説も存在しておりまして,それは自凝島神社や伊勢神宮との位置関係が深くなるのですが.
例えば,一般的な注連縄(しめなわ)は右巻きですが,出雲大社をはじめとする出雲地方の注連縄はなぜか左巻きといったことがキーです.
でもまぁ,この話はまた別の機会に.