2010年6月10日木曜日

W杯と核兵器


まったく盛り上がらないまま明日 開幕するサッカー・ワールドカップ.

TVを持っていないのでTV界ではどのような扱いになっているのか分かりませんが,少なくともネット界では無視されています.
あまり記事を目にしません.

チョッと調べてみました.
Yahoo!では「監督の支持率」なるものがワールドカップのページのメインに居座っており,その扱いには虚しさを感じます.
日本人のワールドカップへの想いというのは,代表の動向よりも,監督をいじることの方が楽しいようです.
やっぱり愚民です.


さて,明日は例の「漢字の書き取り」と「大学でのノートの取り方」とを講義します.
「漢字の書き取り」っていうのは,どっかの新聞の社説を読ませて,そこに出ている漢字を書けるか?読めるか?をテストするのです.
「ノートの取り方」では,各先生方の専門分野に関する適当な講義を聴かせて,それをノートさせるというもの.
あっ,そうです.この授業には指針とかマニュアルがあって,全クラスがそれに沿ってやっていきます.

ところが,
教材を作るのが面倒になった新任の私は不敵にも,「漢字の書き取り」で課題として使う社説を,「ノートの取り方」に流用してしまおうと画策しています.
大丈夫でしょう.
っていうか,新聞の社説の解説をしてあげた方が,きっと役に立つし頭にも入りやすいと思うんです.

自分の専門分野をミニ講義するのもいいですが,年金問題やオバマ大統領のプラハ演説の解説の方がタイムリー(少しズレているが)だし.

ところで,このプラハ演説ですが,オバマ大統領が「核兵器のない世界に向けた働きかけ」を評価されてノーベル平和賞受賞に至った きっかけとなった演説として有名です.
このプラハ演説に関する社説の解説を明日しますが,その内容をここでも書いておきます.

まず,このプラハ演説ですが,それに至った経緯と現在のアメリカの立場が重要です.
核兵器のない世界を訴えることはセンセーショナルですが,まず実現は不可能です.これを大前提として話を進めなければいけません.

核兵器は現在においても世界のパワーバランスを決める上で絶対の存在として君臨しています.
核保有国に非保有国が大きな口を聞くことはできません.

しかし,行き過ぎた核開発は倫理的,そして経済的問題を起こします.
ロシアとアメリカが核軍縮を行なった理由はそこにあります.過剰な核兵器は運用・経済的に邪魔でしかないのです.
このような状況の核兵器を,両国間で「せぇーの!」という具合に同時に一定量まで段階的に廃棄することを戦略兵器削減条約(START)と言い,今年も4月に第四次条約が両国間で署名されています.
これがプラハ演説を生み出した土壌の一つです.

次に,核兵器の拡散が国家間ではなく個人間レベルで発生する危険性が高まっていることが挙げられます.
もはや国同士による核兵器でのにらみ合いではなく,テロリストが実際に使用してしまうレベルになっていることです.
テロリストの手に渡る前に核兵器の量を減らし,自分たちが管理できる範囲に抑えてしまいたい.オバマ大統領,ひいてはアメリカ他,核保有国としては,そういう意図があると私は考えています.

そもそもの解説をしますと,国家間での核兵器の位置づけとしては「“使用を前提としていない” が,使用すると大変なことになるぞ」と思わせることにあります.
なぜなら,“核の使用=地球の崩壊” を意味しているからです.「我が国,我が国民が消えるくらいならば,地球もろとも消えてしまおう」という発想です.

これにより他国からの侵略を絶対的に防ぐことが出来ます.無駄な血を流すことも無くなり,無用な干渉や外交的圧力も防げます.
費用対効果が高いのです.

血で血を洗う泥沼のインド・パキスタン間の紛争も,両者が核兵器を持つことで終息しました.核兵器にはそれだけの威力があります.
こういったプラスの面があるものを無くすことなど不可能です.
現段階では.

“現段階では”というのは,核兵器に代わる超絶兵器が誕生すれば,核兵器のない世界が誕生するでしょう.
核兵器を上回る経済性と非人道性を持つ兵器です.
つまり,核兵器を持っていても意味が無いと思わせるような兵器が開発されない限り,核兵器なき世界は誕生しません.

手っ取り早く,そして皮肉めいた「核なき世界」に向けた取り組み.それは,核以上の経済性と残忍さを持つ兵器の開発により達成されます.

課題となている社説が出している色とはだいぶ離れますが,「これが現実」ということを知ってもらうことも重要です.