2013年3月31日日曜日

学生とのやり取り その2

前回の記事の学生から,先日メールがありました.
良いブログのテーマになるかと思い,以下にその学生への返信文を掲載します.

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◯◯さん
メールありがとうございます.
本当にご自身で考えられたメール内容ですか?
失礼ながら,私の想像以上にしっかりした学生のようです.
それだけに,ちゃんと返信しないとと思いました.

私の考えを返すわけですから,メールだと長くなるし,テーマをその他大勢の人と共有したい意味でももったいないので,ブログの記事にさせてもらいました.


> ボランティアって英語だけど海外(とくにアメリカなど)ではあまり推進されたイメージがありません.

◆おそらく日本人と海外(欧米)とで,「ボランティア」に対する捉え方が違うからでしょう.
多くの日本人にとっての「ボランティア」とは,その訳である「義勇兵」や「慈善活動家」ではありません.
誤解を恐れずに言えば「無償の作業員」という捉え方が強いのです.

本来の「ボランティア volunteer」の訳である「義勇」や「慈善」の意味を考える必要があります.
そこに,ボランティアを取り巻く欧米と日本の文化の差が表れています.
ヒントとしては,「キリスト教文化と神道文化」です.「日本の福祉」を勉強する上では重要だと思いますので,勉強してみてください.

◯◯さんの言うように,欧米ではボランティアは「推進」されるものではありません.
「義」があり,「善」なものを「推進」する必要は無いわけで,まさに本来の「ボランティア」として行なうべきものだからです.
ところが日本では,「ボランティア」を,ただなんとなく「義」があり,「善」なものとして捉え,そこから「推進」されて然るべき活動だという認識になっているように思います.

簡単に学校教育に「教材」や「実習活動」として取り入れられる動機もこれです.「義」があり,「善」だという共通認識があるものを,拒否する理由は小さいからです.

しかし,「ボランティア」という名称をつけた「使命と理念なき無償の作業」が横行してしまうと,本来「ボランティア」が持っているはずの「義」と「善」の意味が力を失ってしまわないだろうか?私にはそういう危惧があります.
ボランティア活動をするのであれば,まず最初に活動の「理念」と「使命」が明確になっている必要があり,この点に注意して実施されなければならないと考えています.

日本のボランティア活動が,社会的な渦を作り出せないのも,そういった活動理念がない「ボランティア」が氾濫しているからだと思います.
つまり,何が「義」で「善」なのか?といったことを深く考えずに取り組まれていることが,日本におけるボランティアの活動限界だと思われます.


> 日本もアメリカも資本主義ですが日本はみんなで協力するイメージが強く社会主義のイメージもあります.
> あと年功序列?(年齢によって階級を決めるやつ)が日本ではあるけど海外ではイメージがありません.
> そのせいで中国などは貧富の差が問題になるなどもありますが,個人的には海外の考え方に賛成です.
> 大物政治家や会社の何代目社長などは実力がなくても地位を確立しています.
> 責任を負うというプレッシャーも大きいですが,なにかボロが出ない限り実力がなくても権力を握っているからです.

◆資本主義と社会主義のバランスがとれた世界最高レベルの社会,私はそれが「日本」だという認識です.
『資本論』で有名なマルクスが目指した理想郷「共産主義社会」とは,実は日本のことではないかと言う人もいるくらいです.

実力社会や,努力した者の価値に見合った報酬が推奨される社会は,ある意味で歓迎されるべきものですが,その代償も大きいのです.
人間の欲望とは果てしないもので,自分の実力を伸ばすため,そして報酬を得るための「努力」は,その果てに「公共の福祉」を脅かしかねません.
人間というのは「身分をわきまえる」とか,「分相応」ということも大事です.
聖徳太子が日本社会の根幹を見事に表現した「和をもって貴しとなす」には,もちろん弊害もありますが,「いろいろあるけど,なんか幸せだよね」と言える社会が日本で生まれ育った者にとって最適なのではないでしょうか.

政治家や社長が世襲的であることも,そんなに悪い面ばかりではありませんよ.
純粋な資本主義や民主主義の社会では,政治家や社長も自分の実力をアピールしなければならない社会になります.
そうなると,政治家は「当選」するために世間ウケの良い言葉を振りまき,社長も「業績」のために金儲けに走ります.それが純粋な資本主義と民主主義なのですから.

つまり,政治にとって,商売にとって,本当に重要なことや道徳・倫理が損なわれるのです.
世襲的であれば,そういった「世間ウケ」や「金儲け」に走る必要も少なくなります.
年功序列も同様で,本人の「実力」とは別の,こうした余裕のある安定した地位が,正義や道徳を貫くための下地になる面もあります.


> 天皇など血縁で特別扱いされている人が嫌いなのも事実です.
> ただ天皇は国の神?としてのプレッシャーは計り知れないとは思いますけど笑

◆天皇のことについて改めて勉強してみましょう.
学校でちゃんと教えることはないですからね.
私には単純に「凄い」存在だとしか表せないものです.

世襲については前述した通りですが,それ以外にも,天皇には「日本国の象徴」としての意味があります.
好きになれとは言いませんが,日本がこの天皇制から受けている恩恵は計り知れないものがあると思っています.


> グローバル化が進んでいるとよくきくけど,世界が一体化しても根本的な社会の仕組みが変化しないならあまり変わらない気もします.

◆良い洞察です.その通り.グローバル化しても何も変わりません.変える必要もありません.
むしろ,社会の仕組みを変化させようという者と,維持しようという者との間で争いが起きます.
グローバル化するということは,ある一定のルールで交渉しようという動きです.
しかし,誰もが納得するルールや交渉などありはせず,価値観や宗教観,文化の違いを無視したものになりがちです.
しかも出来上がるルールは「強者」の側にとって有利なルールになるのは当然です.
そして,強者に有利なルールのもとでは,弱者が搾取される構図になるのは必然です.
つまり,グローバル化によって「貧富の差」ができてしまうのです.
しがたって,それに抵抗しようとする者が出てきて「争い」になるわけです.

というか,現代の戦争や紛争の多くはグローバル化のせいです.
もっと言うなら「戦争」とは,グローバル化する動きによって発生する「争い」と言っても良いと思われます.
誤解を恐れずに言うなら,戦争をしたがる勢力がグローバル化を推進しているとも言えるのではないでしょうか?
さて,グローバル化を推進している勢力(国)を挙げてみてください.
「グローバル,グローバル」と言ってる勢力の周りには,常に戦争と貧富の差があるはずですよ.

ちなみに,グローバル化を推進している企業も,社員の扱いに問題があるのではないですか?
つまり,社員に「競争」をけしかけ,社員間にも「貧富の差」が大きいということです.
どことは言いませんから,ニュース等を検索してみてください.

少なくとも私は,過度なグローバル化によって各国の国民が幸せになるとは思いません.
過度なグローバル化は,人々を争わせ,格差を作り出すものなのです.
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以上が,メールへのコメントです.
私の考えは私のモノですから,◯◯さんなりの考えを見出していってください.
実際,私も明日には上記の考えとは違うものになっている可能性もあります.