2013年5月28日火曜日

どうしても教職課程の改善をしたいなら

前回の投稿中に以下の内容を盛り込むと長文になり過ぎると思いましたので,こちらに分けて書かせてもらいます.
教職課程や教員養成の改善についてのお話です.

「課程」や「研修」を充実させることが重視される流れに,「それだと学校や大学の負担が増えるだけで,効果は低い」ということを前回の記事で取り上げました.
事前に,
ようするに,余裕のない現場が大学に求めている
を読んどいてもらうと分かりやすいかと思います.

ザッとおさらいしておくと,
教育や教育改革の話題は,焦点がボヤけたまま議論されるので右往左往してしまいがちでして.
「教員の質が下がっている」とか,「養成や研修を充実させる」といった政策の話をするのであれば,教員に求められる能力と責任,そして権利・権力を明確にしなければなりません.

端的に言うと,今の学校の教員は,求められるものや責任が増えて複雑になっているのに,権利・権力が削がれてしまっているのです.それも尋常じゃないほどに.
それなのに,(教育職という)反論できない構造である教員サイドに甘えて,「求められる能力」とやらがドンドン積み上げられている.それが現状です.

何度か記事にしましたが,例えば「いじめ問題」にしても,誤解を恐れずに言えば,
「教員が関与できないシステムを大衆が望んで作り上げた」
にもかかわらず,いざ刺激的な事件が連続して報じられると
「教員が関与しなかったのは何故か?」
という議論がしゃーしゃーとまかり通ることです.

本当ならマスメディアがこうした議論に対し,
「しかし,生徒の間に教員が入っていくことを拒む教育環境や学校文化を,長年にわたってジワジワと作ってきたのは我々だとも言える」
と報じればよいものを,そうしないものだから大衆が求める嗜好に合わせて「悪者は誰か?」という不毛なドンチャン騒ぎに終始します.

そうは言っても,マスメディアという言葉の意味を辿れば,mass(大衆)のmedium(媒体)なのですから,マスメディアは大衆・世論が求めるものを広めるものとしての機能を“残念ながら”果たしてしまっているとも言えるわけで.

この話はこの話で長くなるので,
大津いじめ問題で大衆の愚かさに絶望しています
喫煙ルーム(黄柳野高校のこと)
を読んでもらうとして,本来のテーマに戻ります.
教職課程の改善について(本当に必要であればだが).

私が最も効果が高いと考えているのは,現政権も推している「インターン制度の導入」です.もちろん,これがちゃんと機能するように教育現場の構造を改善(「元に戻す」と言っても良い)することが条件ですが.
その理由を説明しましょう.

採用しようとする教員に “本当に” 指導力があるかどうか?そんなもの,誰もわかりゃしないのです.私の主張(そしてインターン制度の導入の理屈)は,この大前提からスタートするものです.

いくら高度な筆記試験でも面接でも,ましてや質の高い教職課程とやらを経ていたとしても,子供たちを相手にした際の「仕事としての教師」がどんなものか,採る側だって本人だって分かるはずもありません.
だったら,現場の先生たちと長期間一緒に仕事してもらい,その働きぶりで採用の可否を決めるのが当然の理屈ではないでしょうか?

自民党案のインターンはこういうものです.
まず学生は「准免許」を取得して卒業します.教採に合格した人は普通の教師と同じ扱いで,学級担任や部活動も受け持ちながらインターンとして学校に勤務(この期間は3年〜5年とのこと).
このインターン期間中に,校長が勤務態度や課題への対処能力を見極め,基準を満たしたと判断すれば,めでたく「本免許」が交付されて,いわゆる常勤講師になるというもの.

私はこれ以外に,いわゆる「教育実習」をもっと有効機能させるためにも,教育実習の長期間化(半期間化)も良いのではないかと考えています.つまり,大学の授業の「15週:半期」を教育実習としてのみ実施するというものです.でもまぁ実習期間は10週間くらいでもよいと思われます.あとの5週分は事前・事後指導として用意するということで.

当然,その半期は他の授業がとれません.学生にとっては卒業所要単位取得のピンチです.
しかしこれにより,
(1)実習希望学生は教員志望者&余裕をもって単位を取得している学生ばかりになる
(2)つまり教育実習希望学生が大幅に減ることにもなる
(3)実習校は長期の実習受け入れにはなるが,意欲の高い実習生を受け入れるわけだから,実は普段の業務の助力になってくれて,むしろ負担は減る
という寸法です.
オプションとして「教育実習の評価点が教員採用試験の採点に影響する」というのを盛り込むことも考えられますが,ちょっとこれは黒過ぎるのでペンディングです.

それに,こういう提案を続けると「フィンランド化」し過ぎるきらいもあるので,なんだか日本としてのプライドに傷がつきます(逆に言えば,それくらいフィンランド方式は合理的です).

もちろん,このようなインターン制度や教育実習の長期化に取り組むためには,学校や教師を守る制度も用意しなければいけません(フィンランドのようにね(笑)!).
というか,現状でも以下のことが必要とされています.
いちいち挙げていたらキリがないので,大きな事項を3点. 

(1)教員のやり方を尊重する.今は教員のやることに外野がいちいち口を出し過ぎです.聖域にしてしまえ,というくらい,つまりは教員の権力を元に戻しましょう.
(2)業務を減らす.いらない雑務や書類作成がありすぎです.授業以外の細かい学生対応(部活動とか)なんかは,それこそ教育実習の長期間化が実現したら,実習生にやらせてはどうでしょう.
(3)報酬の増額.公務員叩きに余念がないルサンチマンにまみれた大衆がウザいですが,気にせず報酬を上げることです.逆に言えば,大衆が酔っ払いオヤジの如く叩きまくるくらい責任ある業務をしてくれているのですから,それ相応の対価が必要なのでしょう.バカはほっといて増額です.

神は細部に宿るのですが,今回はそういう記事ではないので,上記のようなざっくりとした提案でご容赦ください.

ただここでどうしても楔を打っておきたいのは,上記の(1)について.
教員のやり方を尊重するといっても,好き勝手やらせるというわけにはいきません.
日本ならではの教育理念や,日本国民を象徴する強力な道徳に基づく教育が求められます.
 さっきからフィンランド化し過ぎるのを懸念して(ちゃかして?)いるのはそういう理由からです.

教育に限らないですが,こういうことを突き詰めていくと,理屈や正論だけではない「何か」を頼りに物事を判断しなければならないところに行き着きます.
日本であれば,それは何になるのでしょうか?

私としては,一言で言えば「義を見てせざるは勇なきなり」を教えるのが日本の教育だと考えています.
つまりは「武士道」
体育における武道の必修化,なんてチャラいことせずに,堂々とやればよろしい.
体育だけじゃなく,国語や数学を通して,これを教えることができれば教員としての御役目を果たしたと言ってよいわけです.

大津いじめ問題で大衆の愚かさに絶望しています
でも書きましたが,こういう部分が日本の教育に復活するべきことではないでしょうか.「机の上での勉強より大事なことがある」といったことを口先だけのものにしないためにもね.
敢えて言いましょう,「“いじめ問題”を教師が解決?ふざけるな」です.
むしろ,これを堂々とやれるような場にしなければいけないですし,目下,これが最大の課題だと私は考えております.

こういうのって,左翼系の人たちからするとムカツクんでしょうが,残念ながらこれを譲るわけにはいきません.公教育のことですから,それくらいの気概が必要です.

ここで前回の記事の話に触れておきます.「そもそも,なぜ教職課程を改善しようとする流れがあるのか?」そして,この流れを辿ったところにある「大学を改革すればなんとかなる」について,いささか愚痴めいた,しかし高等教育を考える上で大事な話を述べました. 

教員養成を本気で考えるなら,インターン制度の導入,そして教育実習に本気で取り組む学生しか行けないような仕組みにする,この理由を端的に言えば,「餅は餅屋」ということです.
「学校(での)教育の専門家ではない大学教育の専門家に,なぜ学校の教師が養成できましょう?」という当たり前のはずの議論がすっぽかされて,「学校の先生の親分は大学の先生」という図式を成り立たせてしまっていることが問題です.
いろいろと問題がある免許更新制がその典型です.

教育現場には教育現場なりの流儀があって,私立も含めれば様々な教育環境があります(黄柳野高校のようにね).
透明性や世間の要求に耳を傾けることも大事なことではありますが,それに右往左往することは教育現場としては良くない状態です.
まずは,教師が存分に活躍できる状態にもっていくことが先決ではないでしょうか.

さて,
途中でも話題にしたフィンランドの教育を,特に教員養成について知るためには,以下の増田ユリア 著『教育立国フィンランド流教師の育て方』が参考になります.
付け焼刃な日本の教職課程改革がダメな理由と,教員養成の頑張りどころがどこなのか考えるヒントになります.ご一読ください.