2016年4月30日土曜日

満員電車と宣教:苦行の日々なのか?

昨日の記事で「エホバの証人」について触れました.巡回員の方々とのやり取りについてです.
今日は珍しく昼まで自宅にいたのですが,そしたらエホバの証人がチャイムを鳴らしてきたのです.昨日の今日ですから少々驚きました.
久しぶりだったので話だけでも聞いてあげようかと思いましたけど,面倒なので切りました.

かなり以前,教育教材の訪問販売をやったことがあるのですが,あの販売員にとって最も嫌な客の対応は,話を聞くだけ聞いて最後の最後に「でも買いません」と断られることなんです.
自分たちだって自信のある商売をしているという自覚はありませんから,脈ありかもしれなければ藁をも掴む思いで万策を弄します.その上で断られるのはけっこう堪えます.
お客さんとしては断るタイミングを逃してしまい,たまたま時間もあるし話だけでも最後まで聞いてやろうか,という温情をかけているのでしょうけど,それは販売員にとって最も心身へのダメージが大きい対応です.
断るつもりなら最初から「とっとと帰れ!殺すぞ!」と言われたほうがマシなんです.
「あぁ,間違いなく脈なしだ」とスッキリ判断できますので.

だからその後(学生時代以降)は,エホバの証人みたいな人たちが訪問してきても手厳しく追い返すことにしています.その方が巡回員のためでもあると思うんです.
別に彼らが嫌いなわけじゃありません.彼らには彼らの信じる道があるのでしょうけど,私はその道を歩むつもりはありませんから,これは仕方がない.

でも,よくあんな宣教の巡回をやってられるな,と思います.むしろ尊敬するくらい.
今回の巡回員は若く美人な女性と,朗らかな雰囲気の老女とのペアでした.
若い方が説明を始めたのですが,これがまたたどたどしい話し方です.「えーっと,あーっと,そのぉー」と困った表情をしながら必死で宣教してきます.目も泳いでるし.
まだ慣れていないんですね.就活を前にした大学3年生の面接練習をしているようでした.

あちらからすれば,私は至ってぶっきらぼうな男に見えたでしょうけど,心の中では「がんばれ,もっと明るい雰囲気を出して.セリフも抑揚をつけてスムーズに」と応援しているのです.
態度と心中は必ずしも合一しません.

それにしてもツラい活動ではないでしょうか.苦行です.
これから暑さが厳しくなってきますので,どうかお体に気をつけてくださいとしか言えません.言ってないけど.


ところで,私は本務校での勤務以外に非常勤講師として他大学の授業にも出講しています.
担当するコマが1限目なのものですから,普通に向かえば通勤ラッシュと重なります.

実は私,関東にずっと住んでいながら,非常勤講師を始めるまでは「東京の通勤ラッシュ」というものを経験したことがありませんでした.
本務校には自転車か徒歩で通っています.勤務地と自宅は近いほうがいい.これが私の持論ですので.

これまで通勤ラッシュというものから一切関わってこなかったものですから,いよいよ皆が忌み嫌う「通勤ラッシュ」デビューだと思ってちょっとワクワクしながら駅のホームに立ちます.
そしたら,おぉっ凄い凄い,溢れんばかりの人だらけ.最初から気分が悪くなります.

で,電車に乗り込むと,これまた滅茶苦茶な状態.これでもかと言わんばかりに詰め込む詰め込む.
人人人.
身動き一つ取れないとはこのことです.

そして乗り換え.改札口の間を行き交う人の往来が半端ない.肩やバッグが当たるのは当たり前.それでいて周りには無関心.とんでもない所だなここは.
改札で行列ができています.改札を通ってホームまで降りる階段.そこも行列ができています.
さすが東京,行列のできる街です.

やっとこさ電車に乗れたと思っても,そこもやっぱりぎゅうぎゅう詰め.
目の前にいる中学生の顔が歪んでいる.今にも死にそうだ.

到着.
降車してホームに降り立つ開放感といったらありません.
エホバの証人の皆さん聞いてください,これが神の王国ですよ.神の王国はここにあった.

我思う.
よくこんなことを毎日やってられるな,と.
無性に,無意味に,わけも分からず腹が立ちました.何をしているんだ私は,と.

次の週からは,7時半頃に非常勤先に着くように設定しました.
すると途端に人が駅から消えたではありませんか.余裕で座席に座れます.
1時間ズラすだけでこんなに違うのかと感動です.
以後,大学近くの喫茶店で1時間ほど時間を潰してから出講することにしています.

あの苦しみを毎日味わっていると,そのうち慣れてくるんでしょうか.とてもじゃないけど人間のやることじゃない.私は慣れない.慣れない自信がある.だから1回で懲りました.
他の皆様も,こうして楽に通勤すればいいのにと思いますが,人には人の生き方があります.それを強要するつもりはありません.
死ぬかと思うような満員電車を選ぶのも,その人の生き方です.
なんだかこの国の政治経済と似ていますね.否,その国の世相や政治経済が,通勤電車にも現れるのです.
態度と心中は合一しませんが,行動と心中は合一します.

エホバの証人の宣教巡回も一緒なのかもしれません.
ああやって苦行をすることで,自分に何かをに言い聞かせているのかもしれない.
通勤ラッシュに耐える人々の顔も,それと似たものがありました.
圧迫と拘束,無秩序な錯綜の中で人は,しっかりと前を向いて生きている.
恐ろしい.
人は苦しみに虐げられることで,自分を肯定できるようになるのです.

そして分かったことがもう1つ.
昨今話題となっている「組体操」とか「人間ピラミッド」ですが,きっとこういう通勤ラッシュに耐える心身を鍛えているんだなと.
危険を覚悟の上でも,東京都周辺の学校では必修にする必要があるかもしれません.

逆に,地方では組体操は不要です.