2016年5月28日土曜日

ウヨクの知能を諦める(移民政策編)

前回の記事,
ウヨクの知能を諦める(沖縄基地問題編)
でも書きましたが,ここで言う「ウヨク」というのは,「本来の意味での右翼・保守」ではなく,右翼・保守的な意見に寄り添うことが好きな人のことを指しています.
彼らは実質上,右翼や保守ではないのです.

なお,「ウヨク」をネットで調べると,こういう解説がありました.
ウヨク(はてなキーワード)
国家主義的、排外的、好戦的、人種差別的言動や、理想を理解せずに既得権にしがみつく反動的な思考停止状態を揶揄するためのレッテルとして用いられるが、反「サヨク」の立場の表明として自称する例もある。
概ねこれで説明できているとは思いますが,私なりにもう少しこの「ウヨク」について,典型例を交えながら考えてみたいのです.
前回は「沖縄基地問題」,今回は「移民政策」です.

ところで,一昔前からネットを中心として左翼のカタカナ表記「サヨク」が使われていました.
サヨク(ニコニコ大百科)
そこでの説明を引用してきますと,
明確な定義について見解は分かれるが、一般的には左翼思想及び共産主義体制の近隣国家にシンパシーを示すが、正面からマルクス主義的な社会革命を標榜することはなく、「平和・国際協調・人権・民主主義・環境保護」といった口当たりのよいスローガンを掲げて活動する思想・立場のことを言う。
とあります.
私の言う「ウヨク」というのは,その右翼・保守版と捉えてもらって良いかと思います.
つまり,
明確な定義ではないが,一般的には右翼思想及び新自由主義体制または国粋主義にシンパシーを示すが、正面から右翼・保守思想を考察することはなく、「自己責任・愛国心・皇室・世界ランキング」といった俗物根性をくすぐる事象に乗っかって活動する思想・立場のこと。
という説明で良いかと思います.

実のところ,サヨクとウヨクは同じもの.単に時代が彼らを「左翼的」「右翼的」にしているだけのことで,一般大衆の付和雷同する心の現れだという話もしたいのですが,それは今回脇に置きます.

でも,それが証拠に,彼らは中国人や朝鮮人の問題にアレルギー反応を起こすくせに,なぜか現政権が進めている「外国人労働者」の受け入れには寛容です.
受け入れる外国人労働者のほとんどは中国人になる予定なのに.

本来の右翼は,「より安定した社会を目指すための社会制度を支持する層(wikipediaより)」だとされていますから,外国人労働者を増やす移民政策を指示する彼らが右翼ではないことは明らか.

右翼ではない「ウヨク」である彼らにとって,「より安定した社会を目指すための社会制度」よりも重要なのが,ここでは「世界ランキング」と「自己責任」です.
移民を入れなければ世界ランキングが脅かされる.移民で苦労する奴がいるとしても,それは自己責任だ.
つまり,日本が世界ランキング上位にいられるためには,社会的弱者が発生したとしても,自己責任だから仕方ない.外国人労働者を受け入れることの方が,より安定した社会を目指すことになりはしないか?
という理屈を作ります.

だから,自分たちが支持しているリーダーが,
などと「サヨク」を通り過ぎて,ド真ん中直球の「左翼・革新」発言をしても,
「きっとこれが,これからの時代の右翼・保守の在り方なんだ」
「移民国家になることが,これからの時代の右翼・保守政治なんだ」
などと自己暗示をかけてしまいます.

ここに見えるのはウヨクの特性,悪質な俗物根性です.
安倍晋三も悪性の俗物です.
自分の俗物根性の捌け口を,「右翼・保守」という虚像に求めている.それがウヨクなのです.

ところで,俗物とは何かというと,「世間に対する自己の関係に不安を感じ,その不安を解消するために,劣弱な自己を拡大修飾して現実の自己以上の見せかけをつくろうとする」人のことです.
これは私の定義ではありません.福田恆存が言っていることです.
今回の記事との関連が強いので,ご一読ください.

より身近な例にすれば,だんだん体力がなくなってきた男が虚勢をはって「まだまだ俺はバリバリ動けるんだぜ」と言っているようなもの.
歳相応に体力がなくなるのは当然で,体力がないからといって誰もその人の価値を疑ったりなどしませんが,本人はそのことをやたらと気にしてドーピングにまで手を出す.
移民政策はドーピングと言っていいでしょう.

そういえば一昔前,右翼・保守のことを「マッチョ」などと称する左翼系オバサン達がいましたが,これは言い得て妙なのかもしれません.
でも,そういう左翼系オバサン達が求めていたものもまた,「マッチョ」が求めていた「男社会の権力や栄誉」だったのが皮肉でなりませんが.

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