2016年6月18日土曜日

鳥無き島の蝙蝠たち(5)秋山真之

これで4人目.とりあえず四国を一周しておきました.
今回は愛媛の秋山真之です.
秋山真之(wikipedia)

かなりメジャーな人ではないかと思います.
バルチック艦隊を打ち破った日本海海戦.東郷平八郎に「智謀如湧(ちぼうわくがごとし)」と言わしめた日本海軍きっての作戦参謀.
「本日天気明朗ナレドモ波高シ」
「皇国ノ興廃此一戦ニ在リ.客員一層奮励努力セヨ」
と言われれば,あぁこの人かと思い出す人も多いでしょう.

兄・好古も含め,四国人としては「坂本龍馬」並に歴史的厚遇を受けた人物です.
それもこれも司馬遼太郎の影響ですね.
最近もNHKにて『坂の上の雲』が長編ドラマとして作成され,世間を賑わせていました.
坂本龍馬も秋山兄弟も,もともとは歴史に隠れていた存在でした.それを司馬遼太郎が掘り出してくれたとも言えます.

それだけに阿波国の「三好長慶」の冷遇っぷりが際立ちます.
この鳥無き島の蝙蝠たちシリーズの閲覧数をみましても,三好長慶への無関心さが悲惨です.
鳥無き島の蝙蝠たち(3)三好長慶
世の皆様,とても正直なようで.
恐るべし司馬遼太郎.

さて,秋山真之ですが,彼は前述のように「印象に残るフレーズ」を作る才に秀でており,東郷元帥が読んだ『聯合艦隊解散之辞』の草稿を担当したのも秋山真之だとされています.
原文はこちら↓
聯合艦隊解散之辞(wikisource)
見事なまでの簡潔さで「軍人」の存在意義と心構えが述べられています.

ところで,この解散之辞ですが,原文と現代語訳を読み比べた時に気になる点がいくつか.
特にこの部分.
而シテ武力ナル物ハ艦船兵器等ノミニアラズシテ、之ヲ活用スル無形ノ實力ニアリ、百發百中ノ一砲能ク百發一中ノ敵砲百門ニ對抗シ得ルヲ覺ラバ、我等軍人ハ主トシテ武力ヲ形而上ニ求メザルベカラズ。
武力とは兵器の性能だけではなく,それを活用する者の能力にある.百発百中の砲は,百発一中の砲100門に匹敵するのだということが分かれば,我々は主として武力を実体の無いところにも求めないわけにはいかない.
という意味なんですけど.
後世,これが拡大・暴走解釈されて「武器が貧しくても根性でなんとかなる」という,帝国軍人の心意気に結びついていったのではないかと邪推したくなるものです.
ハードよりもソフトを重視.日本の悪い癖です.
最後にある,
古人曰ク勝ツテ兜ノ緒ヲ締メヨト。
という言葉が哀しく聞こえます.
その後の日本は,兜がグラグラで前が見えていなかった.

「百発百中の砲は百発一中の砲100門に匹敵する」
この言葉の意味するところが,秋山真之や東郷平八郎が考えていたことと,後世の帝国軍人や一般人が受け取ったこととに相違があったように思えてなりません.

事実,この現代語訳としてネットに出回っているものの多くがこのパターン↓
連合艦隊解散の辞(名言格言集)
戦力なるものはただ艦船兵器等有形の物や数によってだけ、定まるのではなく、これを活用する能力すなわち無形の実力にも実在する。百発百中の砲は、一門よく百発一中、いうなれば百発打っても一発しか当らないような砲なら百門と対抗することができるのであって、この理に気づくなら、われわれ軍人は無形の実力の充実、即ち訓練に主点を置かなければならない。
装備が貧弱でも,訓練を積んで扱いが上手になれば渡り合えるようになる.
そんなふうに捉えることもできます.むしろ,そう捉えた節があります.

私はこの部分について,「それって統計学的には負けますよ」などと野暮なことを言いたいわけではありません.
秋山真之が言いたかったことは別にあるのではないか.それは,
「より有利な状況を作ることが大事」
ということです.

日々の訓練が大事なのは承知の上,それは相手も同じなのだから,より有利な状況を作ることが軍人たる者の「無形の実力」であろう,と.
考えてみれば,訓練されているかどうか,優秀かどうかは別としても「兵士」とて無形の実力ではありません.有形の実力です.

では,彼の言う「無形の実力」とは何か.
それは兵器を活かす戦術や兵器の開発研究.戦局を有利に展開する戦略眼のことを言っているのではないでしょうか.
たとえ物質的には劣勢であっても,こちらを相手よりも有利な状況に置けば勝機はある.そうなることを我々はこの戦争で学んだはずだ.
それが彼の言う「百発百中の砲は百発一中の砲100門に匹敵する」であり,「我々は主として武力を実体の無いところにも求めないわけにはいかない」という軍人としての姿勢です.

秋山はアメリカに留学し,海外の軍隊がどんなものなのか肌で感じてきたはずです.どれだけ西洋の軍隊の練度や兵器性能が高いかも知っています.

そんな彼の眼前で奇跡的に勝てた日露戦争.
だから彼は上記の文章に続けてこう述べる.
近ク我ガ海軍ノ勝利ヲ得タル所以モ、至尊ノ靈徳ニ頼ル所多シト雖モ、抑亦平素ノ錬磨其ノ因ヲ成シ、果ヲ戰役ニ結ビタルモノニシテ、若シ既往ヲ以ツテ將來ヲ推ストキハ、征戰息ムト雖モ安ンジテ休憩ス可カラザルモノアルヲ覺ユ。
先般,我が海軍が勝利出来たことは,天皇陛下の霊徳に頼る所が多かったと言えども,兵達の日々の訓練により得られた終戦であった.もしこの事例をもって将来を考えた時,たとえ戦争が終わったとはいえ,安閑としてはおれないような気がする.
という意味です.
これはこう言い換えてもいいでしょう.
「たしかに日露戦争には勝てた.だが,その勝利は天皇陛下の祈りのおかげであり,兵隊の訓練の賜物だった.だが,もしそうだとしたら,これでは将来が危ぶまれる」

秋山真之は「兵士の訓練が大事」などと言っているわけではないのです.

以下,その後にある文章を現代語訳だけ載せます.
昔,神功皇后が三韓を征服して後,韓国は四百余年間日本の支配の下にあったが,ひとたび海軍が衰えるとたちまちこれを失い,また近世では徳川幕府が太平になり兵備を怠ると数隻のアメリカ艦に国中が苦しみ,またロシア艦が千島樺太に来ても対応できなかった.翻って西洋史を見れば,十九世紀初めにナイル及びトラファルガー等に勝った英国海軍は,祖国を安泰なものとしただけでなく,以後もその武力を維持し世界の進歩に遅れず,今に至るまで永く国益を守って国権を伸張している.
彼は戦略的な軍備と兵器開発の重要性を説いているのです.
作戦参謀であった秋山真之であれば尚の事,そう考えたに違いありません.
前回の空海と通じるところがありますね.
鳥無き島の蝙蝠たち(4)空海

兵器の性能も大事だが,それを活用する能力が問われる.
たしかにそう書いているし,そう捉えやすい.
ですが,この「活用する能力」のことを,後世の者は素直に「兵器を活用する能力」と読んでしまった.「無形の実力」のことを,「兵の練度」のことと思ってしまったのではないか.

「百発百中の砲は百発一中の砲100門に匹敵する」
「我々は主として武力を実体の無いところにも求めないわけにはいかない」

なんとも印象的な言葉です.それだけに秋山真之の,もしかすると東郷平八郎の真意が誤って広まってしまったのかもしれません.
そしてそれが,第二次世界大戦へ,さらには現代にまで尾を引きずっているのではないか,そんなふうに思うのです.