2016年6月19日日曜日

鳥無き島の蝙蝠たち(6)島村速雄

こうしてシリーズにしている四国の偉人話ですが,たまに授業でも脱線話としてすることがあります.長宗我部元親はもとより,やなせたかしとか空海とか.

勘の良い学生は気づくんです.私がこの手の話で伝えたい事,実は授業とは “脱線していない” のだと.
リアクションペーパーにそんなことを書いてくる学生がいます.こういう学生はその後一切授業をサボったとしても「優」にします.
そもそもテストをやらせても高得点を取ってくる.

一昔前までの大学では,教員が一見授業とは関係のなさそうな脱線話をすることが常習的でした.
普通の授業よりもそうした脱線話の方を面白がる学生の方が多かったと思います.
そして,この脱線話のなかに重要な考えるヒントが隠されている.私の恩師の授業を思い出してみても,そういうものが散見されます.

今,少なくない大学の学生はこうした脱線話をうっとうしがります.
「話していることのどれが重要なことなのか,判別しやすくしてほしい」
などと冷たい要望を小レポート用紙に書いている者までいる.
こういう学生はたいてい成績も良くありません.色眼鏡で見ているわけではありません.自然とそうなるんです.

物事を抽象的に捉え,普遍性をもたせて考えることができる能力.
学生が大学で鍛えていることの一つです.
もしこれを読んでいる貴方が学生でしたら,ぜひ先生の脱線話を注意深く聞くことをオススメします.授業の内容よりも,ノートテイクの価値はこっちにあるかもしれません.

今回は,前回の秋山真之に関連して,彼の上司である「島村速雄」を取り上げてみたいと思います.
島村速雄(wikipedia)

高知県出身の海軍人.最終的には大将にまで出世します(死後,元帥となる)

先般のNHK長編ドラマ『坂の上の雲』では,舘ひろしが演じていました.ちょっとカッコ良過ぎた人です.

ウィキペディアの人物評にはこうあります.
「非常な秀才で智謀は底が知れない、軍人には珍しいほど功名主義的な所が無い、生涯はつねに他者に功を譲ることを貫いた、天性のひろやかな度量のある人物」

毎年,芸能人とか架空のキャラクタなどを対象として「上司にしたい人ランキング」なるものが企画されますが,この島村速雄こそ「上司にしたい人ナンバーワン」かもしれません.

彼の写真をじっくりと御覧ください.舘ひろしほどハンサムではありません.
しかし,自らのポテンシャルを隠し,飄々と振る舞う漢の顔.撮影するにあたり,周りから威厳のある顔を強要され,渋々そんな顔をしたことが推察できます.

私は島村速雄のような人物を鑑としています.
彼と,あとは「酒井忠次」が私の人生の目標です.
酒井忠次(wikipedia)

島村速雄とはどんな人物だったのか.
まず,「秋山真之の業績」とされているものの多くが,実はそのオリジナルは島村速雄だったという話です.
まさに,「つねに他者に功を譲ることを貫いた、天性のひろやかな度量のある人物」です.
彼は新聞などの取材があるたび,「あんな天才的な作戦は,天才である秋山君だから思いついたのだ」と触れ回っていたそうです.そうした資料を真に受けたのが司馬遼太郎でした.

その一方で,組織の失態を前にすると,自らにその咎がなくとも,進んでその責任をとるのが島村速雄です.
旅順港閉塞作戦が失敗したことの全責任を,メディアで評判の良かった自分が負えば海軍他に波及しなくなるだろう判断して自ら被り,参謀長を辞任しています.
「僕が参謀長を辞めれば丸く収まるよ」って,そんなこと簡単にできることではありません.

他にも彼の性格をよく表しているのがこれ.日本海海戦の戦闘終了後,妻に宛てた手紙の内容は,
「拙者儀はこのたびは別して閑にて何の御用もなく,ただ空前の大海戦の光景と大勝利を拝見いたし候のみにて,生来これくらい愉快を覚え候事はこれなく候」
なんだか楽しいオヤジじゃないか.あんたが暇だったわけなかろうに.

そして,海戦勝利を祝う艦内パーティーでの一コマ.
激しい戦闘でシャンパングラスが割れて無くなり,仕方なく別の入れ物(ワイン用,ゼリー用など)も代用したそうですが,なけなしのシャンパングラスを司令官である自分ではなく,艦長に渡してこう言います.
「僕は今日の戦は見物していただけだから,よく働いた君がこれを飲めばいい」
妻への手紙とネタがかぶっています.お気に入りのギャグだったのでしょう.可愛らしいオヤジです.

無論,このオヤジはギャグを飛ばしていただけではありません.
彼は,まさに決定的な「一言」で日本国存亡の危機を救っているのです.
バルチック艦隊を迎撃するための作戦会議.艦隊は太平洋ルートで来るだろうから,宗谷海峡に網を張ることに賭けようという意見が大勢を占めていた会議に遅刻してきた島村速雄は,発言を求められてこう言います.

「敵に海戦というものを知っている提督が一人でもいるのならば,必ず対馬を通る」

それを聞いた東郷平八郎は,対馬海峡でバルチック艦隊を迎撃することにします.
「日本海海戦」は島村速雄が導いたものでした.

島村速雄は土佐の国の男です.酒の席でのエピソードがやっぱりあるのです.
彼は客人が来ると,全力でもてなします.
「オ・モ・テ・ナ・シ,おもてなし」
などという軽薄なものではありません.
あまりに全力でもてなすため,彼は海軍大将だったのに貧困生活をしていました.
生粋の土佐の男ですね.
こういう気概は東京者にはありません.その代表が,彼らが選んだ都知事です.

自分の上司が,ボロ着て安アパートに住んでいるのに,お邪魔するたび響21年をグラスになみなみと注ぎ,極上カラスミの茶漬けを出して「遠慮なく食べたまえ」なんて言ってきたらどう思いますか.
 
そんなバカなと思うかもしませんが,これは史実です.

私も,酒の席では後輩・学生に大盤振る舞いを心がけています(って,端金だけど).
それもこれも,少しでも島村速雄に近づくためです.
もちろん実力が伴わなければいけませんが,形から入ることも大切だと思うのです.

人間は何を拠り所として生きていくべきなのか.
そんなシリアスな命題を,アッケラカンと体現しているのが島村速雄ではないでしょうか.