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テレビのない生活のすゝめ

前回の記事は,私がここ15年間にわたりテレビのない生活をしていたという話でした.
そこで今回は,テレビのない生活をしてみたいんだけど,その一歩をなかなか踏み出せないという人のために一つ記事を書いておこうというものです.

まず,テレビのない生活を私は奨励しません.
本記事の趣旨の根幹を切ってくるようで申し訳ないのですけど,これは本当です.

別にテレビのない生活だからといって良い事があるわけでなく,メリットもデメリットもないので好きにすればいいというのが実際のところ.
その上で以下をお読み下さい.
私の実体験に基づいた「テレビを放棄するための手順」です.

テレビのない生活:第1段階
テレビの話題をせずに1ヶ月過ごしてみる
テレビから得た情報を基にした世間話やトークをしないようにしてみましょう.
意外と問題なく過ごせるものです.
ニュースなんてネットや携帯・スマホのアプリから得られるし,ドラマとかバラエティの話題になったら「あ,私その番組見てないんですよ」と言えばいい.
そんなことが1ヶ月ほど続けば,周りの人もあなたのことをテレビの話題を好まない人だと認識するようになります.
人の適応能力は優れていますので,あなたにはテレビ以外の話題をふってくるようになるでしょう.

私の場合は,先にテレビが故障したので見れない状態にあり,なのでテレビの話題を避けるようにしていました.最初のうちは「テレビ見てないの?」っていう反応でしたが,そのうち周囲の方も慣れてくるものです.
テレビの話題なんてどうでもよくなります.

「営業トークや雑談に影響が出るのではないか?」という懸念もあるかもしれません.
でも,それは杞憂というものです.
テレビでしか得られない情報なんてほとんどありませんし,テレビ独自の情報なんてカスみたいなものです.
考えてもみてください.テレビで扱っているものを,あたかも世間の一般常識であるかの如く振りかざす奴に,まともな奴はいませんよね.テレビの話題を前面に押し出してくる奴は,たいていバカと相場が決まっています.
営業トークにしたって,賢い人であれば指向性が高いテレビの話題なんかは避け,普遍性の高い話題で勝負します.まっとうな社会人なら,この意味をご理解いただけるかと思います.
バカをフィルタリングできるという意味において,むしろポジティブに働くのかもしれません.

先にテレビを捨ててしまってからでもいいのですが,ちょっと不安だという人はこの第1段階を踏んでからテレビを捨てましょう.

テレビのない生活:第2段階
テレビを捨てる
不法投棄はしないように.各地域の指定の方法に従って下さい.

テレビのない生活:第3段階
世間のニュースに対する独自の見解を持つ
ニュースやなんかの話題をする際,どんなことを話すでしょうか.
テレビを持っていた時には,テレビ番組のキャスターやコメンテーターがしゃべっていたことを自分の意見として使ったりすることもあるでしょう.
でも,テレビを捨てるとこれができなくなりますから,それこそ「雑談用」のためにも独自に見解を用意しなけれならなくなります.

私の場合,学生の頃には新聞の社説を読むようにしていました.思想的立場の異なる新聞(朝日・毎日と,読売・産経)を跨いで読むことで,ニュースを複眼的に捉えようと頑張っていたものです.
所属していたゼミの先生も同じようなことをしているということで親近感もあり,そこから自分なりの見解をつくるよう努力していたのですけど,大学4年生くらいからは新聞も読まないようになりました.
2年ほど読んでみて,各社,結論ありきで書いていることが分かってきたからです.朝日だからこう書いているんだ,産経だからこんな見解なんだ,って.つまり,ニュースに対する各社の記事の姿勢が予想できるようになってきたんですね.
なんだかバカバカしくなったので,もう新聞もやめようということにしたのです.

だからこう考えるようにしました.
報道されている情報を整理・分析するのではなく,ニュースになっている出来事それ自体に目を向けて,それに対する自分の考えを出すようにしようと.
つまり,賛否両論を聞いて,そこから自分の意見を選ぶというのではなく,賛否そのものを自分で紡ぎ出すようにするのです.

今はネットを使えば公的資料や一次資料も簡単に見れますので,事実を知った上で自分自身の中にある価値判断の基準に任せればいい.そういうことにしています.
独自の見解の作り方は,以下の記事を参考にしてください.大学生向けのものです.
超便利:授業内レポート(小レポート,リアクションペーパー)作成のコツ
【最終奥義】超便利:授業内レポート(小レポート,リアクションペーパー)作成のコツ

テレビのない生活:第4段階
スポーツの話題は意識的に取り込まないと分からない
前回の記事でも取り上げましたが,テレビを見ないようになると「スポーツ」の話題が全くできなくなります.
それだけ,「スポーツ」がテレビや新聞などに依存したものであることが分かります.

私は体育・スポーツ系の研究者ですが,スポーツの話題についていけません.
職場で「昨日,日本代表が勝ちましたね」って言われても,「はい,そうですねぇ」って愛想笑いで返すものの,一体なんのスポーツでどういう試合だったのか実は分からないという状況はよくあります.
そのあと,急ぎネットで確認するっていう流れが日常茶飯事.
スポーツの話題は意識的にチェックしておかないと,見事なまでに浦島太郎になるので注意が必要かもしれませんね.

以前はプロ野球も見ていたのですが,今ではどこのチームにどんな選手がいるのかも知りません.
今年の日本シリーズは盛り上がったようなので,広島カープと日本ハムだったことは知っていますが,去年や2年前の日本一のチームは調べないと分かりません.
そう言えば,大谷翔平っていう選手も今回初めて知りました.有名選手なんですってね.そんな感じになってしまいます.

Jリーグや大相撲なんて悲惨なものです.何も分からない.
両国国技館に職場の人達と相撲を見に行ったことがありましたが,知っている力士が一人もいませんでした.
人気力士がどうのこうのと話題になっていましたが,さすがに私も場の空気を読んで「知らない」ということはカミングアウトしませんでした.そこで遠藤っていう力士を初めて知ったというのもウソではありません.
Jリーグは・・,Jリーグはもういいや.

仕事柄,スポーツが嫌いなわけではありません.むしろ研究対象なわけですから.
試合展開や選手のパフォーマンスやコンディションについて分析するとなれば,それはそれで本気出せます.
そんな私でもスポーツニュースには疎くなるので,スポーツ好きが多い職場や取引先でお仕事されている方は,ちょっと注意が必要です.

テレビのない生活:第5段階
映画や音楽,読書といった好きなものに興じよう
テレビのない生活が始まると,世間のことなんてどうでもよくなってきます.
上の方では「世間話」だとか「ニュース」だとか「スポーツ」だとかの話をしてきましたが,肝っ玉が座ってくると我が道を行くことができるようになります.
こうなるとテレビのある生活には戻れません.

テレビのない生活が始まると,テレビを見る時間分の余裕が生まれます.
この時間で映画や音楽,読書などができるようになります.ブログも書ける.
一昔前なら映画もレンタルしなければいけませんでしたが,今ではネットで見れます.
音楽も無料で聞けちゃったりする.

よくよく考えてみたら,テレビって一方的な情報提供ですよね.実は,自分が面白いと思っているものだけ愉しみたい,というワガママを叶えるものではないのです.
妙な話です.本能の赴くまま,己の欲望を満たすための行動を取る上では,テレビは障害にしかなっていないのですよ.

前回の記事で,「盆正月に実家に返ったらテレビを見ることがある」っていう話をしましたが,実際のところほとんど見ません.
動画であればニコニコ動画やYouTubeのほうが好きな時に好きなだけ見れるし,音楽や読書のほうが場所も時間も制約されない.
まさに「物珍しさ」のためにテレビのスイッチをつける感じです.出張先のホテルでもそう.地方のテレビ放送に興味があるからつけてみるだけで,ものの数分で消しますから.

ここまで,「テレビのない生活のすゝめ」としてお話してきましたが,テレビのない生活がどうのこうのというよりも,むしろ「実は,テレビのある生活は苦行ではないか?」というところで検討したほうが興味深いのかもしれません.


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