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力蔵の力石 〜中世日本における体力測定評価〜

先日の記事で,私の実家の近くにあるお宮の新年準備を取り上げました.
新年への準備,お宮とか田の神とか

そこで,こんな写真をお見せしましたよね.

この写真の手前にあるこの「石」.
今回は,この石の話です.
実は,我々の研究領域であるスポーツ科学にとっても関連のある,結構興味深い話なんですよ.

この石は「力石」と呼ばれています.
以前の記事でも紹介したように,この力石をお宮の境内前に飾ろうと言いだしたのは私の父です.
それまではお宮の社の近くに放って置かれていたものですが,言い伝えのある面白い石なのだからと,この地域の住民とかけあって寄付金を集め,展示用の台石を用意しました.

その台石に書かれている内容を写すと,以下のようになります.
※読みやすく読点括弧を入れ,明らかな誤植は訂正しています.
当石は131kgで,江戸末期より明治にかけ「力じまん」と呼ばれ活躍した力蔵が63歳の時,当時60歳以上の者は仲歩に出してはならぬと言う部落の決議を不服として,天神橋下の川より境内まで担ぎ上げて見せ,部落の決議を取り消したという力石です.
江戸末期から明治ですから,幕末の時代を生きた人ということになります.

以下,解説を入れますね.

「仲歩」というのは,今で言う地区代表者のことです.町に出て各地区の意見を反映する役割を担っていたのだそうです.

60歳以上の者を代表者にしてはならないというルールは,還暦オーバーの爺さんが会議用の資料などの荷物を背負って町まで歩いていけないから,という説が有力.当時は今のように舗装道路があったわけではないですし,行先によってはかなり過酷な山道があるからです.
本来なら老練な知恵者を会議に送り出したいところでしょうが,そのような事情から安全性を考慮して「代表者にできるのは60歳まで」としていたのですよ.

ところが,ずっと地区代表者を勤めていた力蔵としては,このルールが自分には当てはまらないはずだと憤慨したわけです.
俺は荷物を担いで遠くの町まで行って,戻ってこられるんだと.

このお宮の前には川が流れていまして,力蔵はその川からこの大きな石を担いで登ってきたということです.
その石を「力蔵の力石」と名付けて,記念にこのお宮(の脇)に置いて現在に至るというわけです.

つまりこれは,重荷を背負って山道を登れることを証明するための「体力テスト」として機能した石なのです.
131kgの石を担いで川岸を登ってくる,っていうのは半端じゃない運動能力です.これができれば,地区の代表者として遠出することができると言えるでしょう.

現在の文部科学省や厚生労働省がやっている「体力テスト」にしても,評価していることは結局のところ「力石」と同じことです.体力年齢を評価したり,活動レベルを測ったりしているわけですからね.
新体力テスト(文部科学省)
「これができたら◯◯だ」というテストとしては,むしろ,この「力石」はかなり実践的で判断も明瞭な測定方法だと言えるでしょう.やや過酷な方法だけど.

以来,このお宮でお祭りなどのイベントをやる際には,若者の通過儀礼や力比べとしてこの力石を担ぐことがあったそうです.
担いで歩ける人はそうそういなかったそうですが.
その度,「力蔵の爺さんは63歳で担いで歩いたそうだ」という伝説が,この村人の間で語られるわけです.

これと似たような話は日本各地に,いえ,世界各地にありますよね.
こうした伝説を,いわゆる「体力測定評価」の歴史として見てみるのも興味深いものです.
むしろ,今の体力測定評価にしたって,あと何十年・何百年かすれば,「昔の人たちは,ボールを投げたり走り回ったり,ストレインゲージを握りしめたりして,その人がどれだけの運動能力があるか測ったらしいよ.面白いね」と言われるようになるのかもしれません.