2017年1月9日月曜日

とある美人姉妹の仇討ち物語

実家の近くにあるお宮のお話をしました.
新年への準備,お宮とか田の神とか

このお宮には,こんな絵が飾られています.

もともとこのお宮.私の父が子供の頃(70年前)には保育所として利用されていたそうです.
「保育所」といっても,この田舎です.当時は保育所専用の建物を建てるわけではなく,雨露をしのげる既存の建物を利用するのが普通だったとのこと.

そんなお宮にあるのがこの絵です.アップで撮るとこんな感じ.

約120cm×60cmの木の板に描かれています.
かなり劣化していて見づらいので,レベルやコントラストなどをいじってみました.お手持ちのディスプレイの加減で,見やすい方をご覧ください.


中央に白い着物の女2人と,赤い着物の男1人,その周りをたくさんの人達が囲んでいるのがわかります.
中央左の女は右手に薙刀を,右の女は紐(実際は鎖鎌),男は刀を持った侍です.

もともと3枚1セットの絵だったそうです.しかし,父が子供の頃,この絵があまりにグロテスクなので子供が怖がって泣いてしまうことから,保母さんがお宮の隅に仕舞い込んでいたところ,気がついた時にはシロアリに食われていたそうです.かろうじて残ったのがこの1枚なんです.

左下の部分に作者や書かれた日付,誰に向けて書いたのか,といった情報がありました.
掠れて見えにくくなっていますが,文久元年(1861年)にこの地域の団体に向けて描かれたことが確認できます.
作者の名は確認できなくなっていますが,父曰く,狩野派の一人がこの地を訪ねてきた際に書いてもらった,と言い伝えられているそうです.
狩野派(wikipedia)

奇跡的に生き残った1枚なので,父が再度このお宮に飾ったとのこと.
今では,小学校の地域見学などで「力蔵の力石」やこの絵の説明をしているようですね.

ところでこの絵,いったい何を描いているのかというと,この地域に住んでいた「美人姉妹による仇討ち」です.実際に起きた事件を描いています.

絵の右上をご覧ください.白い雲のような吹き出しに青い着物の侍と,黒い着物の男がいます.これは,黒い着物の百姓の男が,侍に無礼討ちにあっていることを描いています.
過去に起きた出来事を,こうした吹き出し雲で現しているのが面白いですね.現代の漫画のようです.
そして,無礼討ちにあった百姓の子供が,この姉妹2人なのです.

その事件が起きた詳しい時代は分かりません.おそらくは江戸時代中期ではないかとされています.
事件の場所は,実は私の実家がある場所のすぐそばなんです.
こういうところ.今も田畑しかありません.

その「無礼討ち」ですが,百姓相手とは言え理由があまりにひどかったとのことで,姉妹は父親を殺された悔しさに耐えきれず,この地を治めていた役人に「仇討ち」を申請します.
ところが役人は「女2人が敵う相手ではないから,やめておきなさい」と断ります.

それでも諦めきれない姉妹は,しつこく懇願.
そこで役人はこんな提案をします.
「では,この侍を1年間逃げないように軟禁しておくから,2人はその間に武術に励んでおくように.それなら仇討ちを認めよう」

最近もネット記事にありましたが,江戸時代は「無礼討ち」とか「仇討ち」のルールがかなり厳格に決まっていました.
そして,役人や領主の裁量でいろいろな条件が課されていたようです.
無礼討ち(wikipedia)
仇討ち(wikipedia)

さて,そうと決まれば姉妹は仇討ちトレーニングを始めます.
女2人とはいえ,普通に戦ったのでは勝ち目がありません.この地域で道場を開いている武術師範に相談したところ,「薙刀と鎖鎌を使うのが良いだろう」というアドバイスを受け,その師範のもとで修行をすることになりました.
ちなみに,この武術師範も絵に掲載されています.中央右部・吹き出し雲のすぐ下にいる茶色い着物を着た男です.
なお,その右にいる赤い服の男が,決闘を見届けている役人ですね.

そんなわけで,姉は薙刀,妹は鎖鎌の稽古をすることにしました.
1年も修行していれば,いくら父の仇とは言え姉妹が「もう仇討ちはやめよう」と言い出すのではないかという算段が役人にもあったのかもしれません.
しかし,姉妹は仇討ちのため1年間の修行を積んだのです.

そして決闘の日を迎えます.
1年がかりで,しかも日取りが決まっている仇討ち,さらには美人姉妹による侍相手の決闘ですから,見物人が大勢つめかけたようですね.

開始早々,姉が侍に左肩を切られてしまいます.絵にも,姉が左肩が切られている描写があります.
手負いで逃げまわる姉を助けようと,妹は必至の思いで鎖鎌の鎌の方を投げつけます.普通,鎖鎌での戦法は分銅の方を投げますが,鎌は投げません.鎌を投げつけるのはアニメや時代劇だけです.
妹はそれだけテンパっていたのかもしれませんし,姉を助けるための,やぶれかぶれの一撃だったのかもしれません.

それでも運良く,鎌は男の襟元に引っかかりました.
怯んだ侍に対し,姉は切りかかります.それでも侍,これを切り払って体勢を整える.
その時,武術師範が妹に向かって大声で「今だ! 鎖を引っぱれ!」と言ったのです.
襟元にかかっていた鎌は,侍の首を掻っ切りました.

首を切られた侍は絶命.
ここに姉妹の仇討ちが成ったのです.

小さな農村で起こった華々しいこの話は,時代がくだっても伝えられていたようで,たまたまこの地を狩野派の絵師が通りかかったからということで,記念に描いて残したものと考えられます.