2017年11月7日火曜日

私の天皇論

今上陛下が生前退位の意向を表明されてからというもの,ネット上でもこの議論をよく目にするようになりました.
平成30年を節目として譲位することが計画されているようです.
元号が変わることが決まっていると,なんだか楽しみですね.

私は生前退位には賛成します.
死ぬか心身がボロボロになってからじゃないと譲位できないというのは惨い話です.
歴史的には天皇の生前退位はいくらでもあったのですから,あとは在位中の天皇の意向に沿っても良いのではないかと思います.

私としては「天皇」のことについて何か論じるほど知識も関心も無いので扱ってこなかったのですが,一臣民として天皇をどのように捉えているかブログしておくことも良いかと思いキーを叩いています.
今回は,生前退位の件で取り沙汰されることの多かった,「万世一系」「男系継承」という点について.

まず明らかにしておいた方がいいであろう私の考え方として,日本に天皇をおくことについては諸手を挙げて賛成しています.
今の日本の在り方を象徴する存在として,天皇と皇室は無くてはならないものです.

しかし,天皇と皇室を廃止するような動きがあったとしても,これに頑なに反対するつもりはありませんし,何かしらの事件・事故等で皇室の皆さんがいなくなったとしても,日本が混乱して立ち行かなくなるような事態にはならないだろうと楽観してもいます.

右翼系の人のなかには情熱的に皇室を捉えている方々がいます.皇室がなくなったら日本ではなくなる,と考えている人も少なくありません.
別に彼らを批判しようってわけではありません.
むしろ,熱心な人達だなぁ,と感心している次第です.

逆に,皇室や天皇制を廃止しようと訴えている人たちを批判するつもりもありません.
彼らは彼らで,天皇に代わる何かを用意して日本国と日本人をやっていけるのでしょう.
別にそれでも構わないと思いますよ.

作家で元東京都知事の極右政治家とされる石原慎太郎は,「皇室は役に立たない」とか「天皇を最後に守るべきものではない」と言っているようですが,これは私も別の意味で賛成します.賛成するというのは,石原氏の考え方にではなく,表現に対してであって,私は真逆の意味で言っています.
つまり,皇室は役に立つためにあるのではないし,天皇よりも守るべきものは日本にはある.天皇や皇室とは,そういう「機能」とか「価値のランキング」にかけるようなものではない,というのが私の考えです.
もし,皇室や天皇が今の日本からなくなったとしても,おそらく日本人は「天皇のようなもの」を新たに創造して「日本」であることを確立させる.今,天皇制に反対している人たちは,そういう日本が見えているのかもしれません.

もちろんこれは今の日本であって,遠い将来においては,日本は天皇を戴いていたとしても「日本」ではなくなるであろうし,その時が,おそらくは天皇制を廃止する潮目なのかもしれません.
言い換えれば,「皇室があるから日本たりうるのではなく,日本たりえているからこそ皇室がある」ということ.
私は天皇と皇室の存在をそのように捉えていますし,どちらも遠い将来においては消えゆく定めをもっているものと考えています.
日本が近代に入ったことで,「消える」ことは決定的になったとも言えるでしょう.
そういう意味で,天皇制反対を唱えている人は,私からすれば時期尚早だし,せっかちだと思います.そんなに急がなくてもいつか必ず「天皇制の廃止」はやって来きますので,のんびり待っていてはどうでしょうか.

さて,そんな天皇の跡継ぎ問題ですが,私はこれにも楽観的で,むしろ男系であれば誰でも天皇にしていいのではないかと考えています.
これについては男系男子にこだわる右翼系の人たちとも意見が一致すると思います.

でも,私はそもそも歴代の天皇が男系だけで継承されてきたとは思っていません.
だからもっとゆるく捉えてもいいのではないかと,そういうことです.

皇位継承ですが,神話である神武天皇からのつながりはもちろんのこと,実在が有力視されている応神天皇や,一度途切れているのではないかされる継体天皇からの血筋も怪しいものです.
おそらく,明治天皇から現親王までの皇統は,メディアにさらされているので本当なのでしょう.
ですが,それ以前なんてかなり適当だと思いますよ.

昼ドラ的な話で,その女性が皇族ではない男性の子を身籠ってしまい,その子かその子孫が天皇になってしまった,なんて事態は容易に想像できます.
昼ドラ的な話じゃなくても,皇室がどうしても男子が欲しいという事態に迫られた時に誤魔化した場合だってあるでしょう.例えば,キチガイ地味た天皇やその側近が「男子が生まれなかったら殺すぞ」などと側室の女性を脅していたとしましょう.で,産まれたはいいけど残念ながら女子だった時に,その周囲の人達がこの女性を憐れんで,昨日どこかで産まれた男子を拾ってきて入れ替えた,なんて歴史ミステリーも想像できます.
こんなに複雑な話じゃなくても,都合に合わせて子供を用意したというのはあり得たのではないでしょうか.

なんにせよ,天皇の血統が男系だけで「本当に」継承されているというのは,人間模様を含めて考えれば確率的に言って非常に怪しいと思うんです.
私はなにも「皇統はデタラメだ」と言いたいわけじゃなくて,「万世一系」「男系継承」について,もっと遊びを持って捉えたほうがいいのではないかと言っているんです.

天皇の存在は,万世一系,男系継承されてきたから価値があるわけではない,ということ.もっと別のところにあるのではないか,私はそのように考えています.
現段階で私が捻り出せる言葉としては,「日本人が天皇という存在を共有する」という状況それ自体に,その存在価値があるのではないかと思うんです.そしてそれが,天皇を中心とした国の在り方と評される.

福田恆存が書いた『芸術とは何か』の冒頭に,「呪術について」という評論があります.
「呪術を用いていた原始人は,その効果を本当に信じていたのか? いや,彼らは呪術に効果などないことを知った上で,それでも呪術を用いていたのではないか」という趣旨なのですが,これが天皇を戴く日本にも同じこと言えるのではないかと思います.
これは,天皇が「君主」という側面よりも,「祭主」としての存在が強いことも親和性が高くなることに影響しているでしょう.

私が天皇を「役立つもの」でも「守るべきもの」でもないと言うのは,福田氏のこの文章で説明できます.
呪術は自然を客観的に説明するためのものでもなく,また直接的に自然を支配するためのものでもありません.それは人間が自然と合一するための行為であり,より純粋に,そしてより強烈に,みずからが自然物であることを意識し,その自覚に酔うための行為であります.
天皇は,世界に誇れるから残した方がいいわけでも,万世一系を保ち続けているから価値があるわけでもない.ましてや,価値があるから守るべきだとも思っていません.
天皇には何かの機能があるわけではない.我々日本人が,日本人であることを確認するために見つめているもの,それが天皇ではないかと思うのです.

その「見つめ方」には人それぞれあるでしょう.
天皇に国家の伝統を見る人もいれば,世界への自慢を見る人もいる.存在に反対する人もいれば,抹殺を企てる人もいる.彼らは各々の理由でもって天皇を見つめ,考え,それに酔っている.
でも,そういう見つめ方がたくさんあること自体が,この日本を形作っていることの証左であり,だからこそ私は天皇に「存在理由」などいらないというわけです.

天皇と皇室がどれだけ偉大なのかを,あれこれ理由をつけて説明したがる人がいます.
でも,そういうのに私は気持ち悪さが湧くんです.なんか違う,と.
これについても福田氏の文を引いておきます.
われわれ現代人が原始人を嘲笑することなど,もってのほかだ.かれらは知っていたのです.なにもかも知っていた ― すくなくとも現代の文明人以上に.つまり,かれらはだまされることを意識してだまされた.が,われわれはだまされまいとして,いや,だまされていないと安心していて,その結果,けっこうだまされている.
今の日本ほど,天皇のことを騒ぎ立てている時代はないのではないか? そして,その騒ぎ方は小賢しい理屈にまみれていて,天皇を戴いていることの本質から外れているのではかいかと感じています.