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映画「空母いぶき」の見どころを徹底解説

結局見てきました.若松節朗 監督「空母いぶき」
空母いぶき(wikipedia)

いつだったか,満員電車に揺られながら,ふと見上げた広告画面に映っていたのが本作.
その時は,「絶対おもしろくねぇよコレ」と思って無視.

そうこうするうち,出演している俳優・佐藤浩市の発言がなにやら問題を起こしているとかでニュースになり.
そこでどうやら,本作が結構な意気込みで作られた邦画であることを知りました.


「大作映画は観てあげなければいけない」
そんな義務感にかられる私です.

原田眞人 監督の「関ヶ原」も,そんな理由で観て撃沈した一つです.
体育学的映画論「関ヶ原」
日本の大作映画の打率は低いし,当たっても飛ばなかったりアウトになるのが特徴です.

今作がいよいよ公開となった時に,どれほど期待されているのかと思って調べてみました.
Yahoo映画とか映画.comのレビューを見ると,試写を見たという人たちによる,その時の評価は5段階中の「2.5」
恐ろしく低評価ではありませんか!
こんな低評価の映画,なかなかお目にかかれない.

そんなわけで,逆に興味が湧いてきたのでどんな映画なのか調べてみたんです.
映画.comの解説にはこうあります.
「沈黙の艦隊」で知られるかわぐちかいじ原作のベストセラーコミック「空母いぶき」を、西島秀俊と佐々木蔵之介の共演で実写映画化。国籍不明の軍事勢力から攻撃を受ける中、それぞれの立場で国民の命と平和を守るため奔走する者たちの姿を描く。世界が再び「空母の時代」に突入した20XX年。日本の最南端沖で国籍不明の軍事勢力が領土の一部を占拠し、海上保安庁の隊員を拘束する事態が発生。未曾有の緊張感に包まれる中、政府は初の航空機搭載型護衛艦「いぶき」を中心とした護衛艦群を現場に派遣するが……。
そんな映画です.
この時点で嫌な予感がしますが,そのあとに続けてこんな解説があります.
監督は「沈まぬ太陽」「ホワイトアウト」などの大作を手がけてきた若松節朗。脚本は「機動警察パトレイバー」の伊藤和典と「亡国のイージス」の長谷川康夫。「ローレライ」「亡国のイージス」などで知られる作家の福井晴敏が企画に携わっている。
ダメだ.
これはダメ映画になるに違いない.
私が嫌いな映画を作った人ばかりじゃないか.


しかし,人間というのは不思議なもので,「絶対ダメだ」と予測をした手前,それが本当にダメなのかどうか調べたくなるのです.
怖いもの見たさというのか,研究者気質というのか.

そんなわけで,さっき池袋で見てきました.
結果,やっぱり残念な作品でした.

むしろ,映画レビューサイトの評価が現時点(2019年5月27日)で「3.0」になってるんですけど,これって高いですね.
私の評価は「1.5」くらいかな.


ただ,映画というのは簡単に一元的評価ができるものではないですし,それなりにエネルギーを使って制作された映画ですから,ここから得られるものが必ずあるはずです.
映画に限らず,私は何事もそのように捉えようとしています.

「残念」「ダメ」と思うからには,それなりの理由があり,その理由をきちんと整理することに実りがあるとも思えます.

今作は極めて残念な出来の映画ではありますが,以下のことを頭に入れて観に行けば,ガッカリせずに,むしろ楽しむことができるはずです.
「どうせ面白くないだろうから観ない」と思っている人は,見方が少し変わります.

ただ,ネタバレも含まれているので,これから観ようと思っている人は注意してください.





(1)シン・ゴジラと比べてしまう
仕方がないことかもしれませんが,作風やシチュエーションとして,どうしても庵野秀明監督「シン・ゴジラ」と比べてしまいます.

もしかすると,「シン・ゴジラ」よりも前に作られていれば,それなりの評価を得たかもしれません.
しかし,いかんせん「シン・ゴジラ」のあとでは,今作のクオリティの低さがより目立ちます.

まず,舞台演劇じゃないんですから,邦画特有のあのセリフ回しはいい加減やめた方がいい.
これは声を大にして言いたいですね.

そういうのが好きな人もいるでしょうから,嗜好の問題かもしれません.
しかし,セリフをすべて聞かせることを前提とした映画は,その画面から緊張感を薄めます.

今作でも,抑揚と感情を込めた喋り方をするキャラクターが多く,これは役者さんの頑張りによるものですが,それが仇となっています.
特に,外務大臣役の中村育二や,潜水艦長の高嶋政宏,コンビニ店長の中井貴一あたりは酷いですね.

いえ,もっと酷いのは,艦内のモブキャラ達です.
「ミサイル接近!」とか,「撃てぇー!」とか怒鳴りまくるんですよ.
緊張感を出したいが故の演技でしょうが,これだと興ざめ.
逆に緊張感を奪っています.
なお,関西弁の艦長は論外です.

これは役者さんが悪いんじゃありません.演技の指示(演出)が良くないのです.


昨年末に,日本のP−1哨戒機が韓国軍の駆逐艦からレーダー照射を受けた事件がありましたよね.
その時の,自衛隊・哨戒機内の様子がメディアやユーチューブに公開されましたので,その映像を見た人も多いかと思います.

機内で交わされる会話や情報伝達は,抑揚のない機械的なものでした.
これについて「自衛隊員は危機的状況にあっても,落ち着いていて素晴らしい」といった声もありましたけど,仕事としてやっている以上,それが普通のはずです.

他にも,日航ジャンボ機墜落事故におけるコクピット内の音声もユーチューブなどで公開されています.
墜落寸前では怒鳴り声も聞こえますが,終始落ち着いた丁寧な会話です.

もっと身近なところでは,ニュースや密着番組などで,消防士や警察官の会話を聞いたこともあるでしょう.

大声をあげたところで聞こえやすくなるわけじゃないし,感情を抑えてしゃべらないと正確に伝わりません.
特に,危険が伴う業務をする人は,迅速で正確に情報を伝えるため,機械のようになる訓練を積んでいます.
そんな「業務」としての背景が全く見えてこない,「歌舞伎」か「舞台」のような演出でした.

役者さん達は,「業務」の演技ができないわけじゃないと思います.
実際,シン・ゴジラでは早口で棒読みの,情報伝達だけの会話が展開されましたが,あれによって画面にリアリティが生まれました.
今作にはシン・ゴジラに出演していた役者さんもたくさん出てきますので,こういうのはやっぱり演出の問題です.

「空母いぶき」を見る前に,「シン・ゴジラ」を観ておくと,その差を楽しめると思います.





(2)いちいち安っぽいし,シュール
代表的な安っぽさは,やっぱりCGです.
これは映画レビューサイトでも酷評されています.
一部のシーンでは,マジで声出して笑いかけました.
館内では実際に笑い(嘲笑)が起こった場面もあります.

例えば,一番最初の見せ場である飛行甲板へのミサイル着弾.
「え!? 今のがミリタリー大作映画の着弾シーンなの?」
っていうくらいしょぼい.
あれなら,プレイステーション2とかのゲーム映像の方がまだマシです.
あのしょぼさは,ぜひ映画館で見るべきです.


で,我慢できずに,思わず吹き出してしまったのが,クライマックスの国連加盟国の潜水艦隊・浮上シーンのCG.
アレは無いわ.
アレは無い.
潜水艦が海上に船体を現す時に泡と波が立つんですけど,それが酷いのなんのって.
恥ずかしくて直視できませんでした.
もしかすると,DVDにする際に修正されるかもしれません.
なので,そうなる前にぜひ映画館で見ておくべきです.


あともう一つ思い出しました.
本田翼演じるジャーナリストがカメラ持って甲板に出ると,目の前で護衛艦「はつゆき」が大炎上しているCGがあります.
危険物質をたくさん積んで大炎上している護衛艦に,艦載機を積んだ空母が接舷するくらい近づいてて大丈夫なんでしょうか?
それとも,接舷して救助してるのかな? なんにしても操艦ミスだと思います.
もしかすると,これもDVDにする際に修正されるかもしれません.
なので,ぜひ映画館で見ておくべきです.

とは言え,CGはお金がかかると言います.
ですから,そんな部分を指摘するのも酷ですね.
ただ,安っぽい映像になるくらいなら,CGではなくミニチュアで特撮した方が良かったと思います.


それより,お金がかからないのに安っぽい部分があるのが残念です.
総理記者会見がその典型です.

総理記者会見は,実際のその様子を国民の多くがよく目にする光景です.
なのに,あの安っぽさはいただけない.
15年くらい前から記者会見の会場には,記者達による「パソコンのタイピング音」が響き渡るようになりました.
それを再現しようと,佐藤浩市演じる総理大臣の発言中にはタイピング音が入っているのですが・・・.
それがどう見ても(聞いても),パソコン1台の音が虚しく響いているだけなんです.

実際の記者会見では,怒号のようなタイピング音がするでしょ.
でも,今作では「ペチペチペチペチ,ッパッーン!ペチペチペチペチ,ッパッーン!」って.
それはちょうど,意識高い系サラリーマンが,だだっ広い体育館で一人ノートPCをタイピングしているようにしか聞こえません.

この映像のあまりのシュールさに,笑いが込み上げてきて耐えるのが大変でした.
これは映画館でしか味わえないシュールさです.
本作最大の見どころと言えるでしょう.





(3)佐藤浩市の演技は悪くない
この映画が公開されるに先立ち,総理大臣役の佐藤浩市の発言が問題視されました.

首相をやゆと騒動、佐藤浩市「空母いぶき」インタビューは誤読と指摘(BLOGOS 2019.5.15)
24日公開の映画『空母いぶき』に総理大臣役で出演する佐藤浩市が、同作が連載されている『ビッグコミック』で答えたインタビューが波紋を呼んでいる。
インタビューの中で、「最初は絶対やりたくないと思いました(笑い)。体制側の立場を演じることに対する抵抗感が、まだ僕らの世代にある」と明かした佐藤。自らが演じる首相の役柄について「ストレスに弱く、すぐにおなかを下す設定にしてもらった」と話し、これが安倍首相をやゆしているとネット上で騒動になっていた。
実際,佐藤浩市の演技が最も光っていたのが本作です.

「ストレスに弱く,すぐにおなかを下す」という性格を隠しながら,必死に総理大臣の職務をまっとうしようとする姿が伝わります.
ラストシーンで,佐藤演じる総理が,友人でもある官房長官に向かって「あと3年やっていいか?」というシーンがあるのですが,そういった「設定」がちゃんと活きて,厚みのあるキャラクターとして演じられています.
役作りとして完全に成功しているのです.

この映画を「佐藤浩市が台無しにした」というレビューもありますが,全く違うと思います.
むしろ,佐藤浩市が最もまともでした.
反体制とか反戦イデオロギーとか,そんなものは全然出てきません.
とにかく大惨事にならないよう,慎重に国家の舵切りをする男の姿が演じられています.





(4)危機の本質が分からない
「敵対勢力を中国人民解放軍ではなく,架空国家『東亜連邦』に変えた」
という原作改変も話題です.

スポンサーに中国関連があるとか,配給・上映を国際的に展開する上では障害になるといった理由が想像されていますが,そんなことは分からないので論じようがありません.

ですが,「敵対する勢力がどんな国なのか?」というのは,こういう映画を見る上で最大のテーマのはずです.
なぜなら,日本とその敵対勢力の置かれている立場や状況によって,とるべき行動が全く違ってくるからです.

ところが,本作ではその敵対する国家勢力の素性がまるでわからない.
そんな映画がかつてあったでしょうか?
ロード・オブ・ザ・リングくらいじゃないですか.


では,今回の映画の「東亜連邦」とは何なのか?
まずおかしいのが,日本政府が東亜連邦と交渉している様子がありません.

通常の自衛隊であれば,よく分からない振興国家がミサイルを撃ってきたなら,それを迎撃した後は,まずは退避行動をとるものです.
そして,初島(架空の島)で人質となっている海上保安官については,交渉で取り返すのが筋ってものです.

ところが,この空母いぶき艦隊は,なぜかそのまま「直進・進行」し,やる気満々です.
そこでまず「え〜!!」ってなっちゃう.

事を荒立てず,まずは状況確認するのが通常のはず.
しかも,相手の戦力も分からないのに,こちらは予備兵力も無いまま,圧倒的な情報不足のなかで,なぜか空母いぶき艦隊を運用します.
めちゃくちゃです.

戦闘するにしても,一旦,東亜連邦と交渉してからでしょう.
もし東亜連邦が国として「ここは俺たちの領土だ」と主張するのなら,アメリカや中国と交渉しながら領土奪還の手続きに入りますよね.
ちょうど,クウェートに侵攻したイラクを相手にした湾岸戦争のように.
空母や大量の艦載機,長距離巡航ミサイルとかを持っている勢力と,行き当たりばったりでやり合うのは,いくらなんでもおかしい.

逆に,東亜連邦が「そいつらのことは知らん.ただの下っ端の暴走だ」というのなら,まずは東亜連邦にその海賊どもの処理を押し付けてみて,それがダメなら初めて「(国ではない)海賊からの領土奪還作戦」を立てるはずです.
そこに東亜連邦を味方として引き入れれば,日本としては島の領有権を明確に宣言できるので一石二鳥.

本作には,そういう政治的駆け引きや,現実的なやり取りがまったく抜け落ちた中で「2時間くらいに収めたい」という映画的都合でシチュエーションが用意されています.


原作通りに敵対勢力を「中国」にしていないからダメというわけではないのです.
中国のままで喜ぶのは反中のウヨクくらいのものでしょう.

そうではなくて,日本国政府と自衛隊における島嶼奪還のシミュレーションとして非現実的だという話.

「いや,たんに艦隊戦をドンパチやりたかったんだ」
というのであれば,それでも構いません.
でも,それだとなおさら酷い映画です.

危機がなんなのか分からないのに,コンビニに人が殺到するのもおかしいんですよ.
オイルショックじゃあるまいし,今どきあんな庶民はいません.
北朝鮮がミサイルを撃っても,ビーチでバーベキューしているのが日本です.


ここで思い切って,本作のテーマを私なりに定義しますね.
私は原作未読なので,あくまで映画「空母いぶき」を見た中で考えたものです.
この映画のテーマであり,その「危機」の正体とは・・・,
離島を人的被害がなく占領された日本国が,国家の威信をかけて領土奪還を検討するものの,そのためには相手の人命を奪う先制攻撃が必要であり,それが憲法上も人道上も国際関係上も躊躇する事態に陥る.
というもののはずなんです.
つまり,領土奪還の名目と正義ために自衛隊員や相手国の兵士をどこまで殺していいか?
が,日本国政府と艦隊司令につきつけられるはずなんですよ.

ところが,本作では「戦闘と戦争の違い」とか,「自衛隊の心構え」とか,「世界はみんな友だち」といったどうでもいい話が展開します.

本作で掘り下げなければいけなかったのは,
無人島の争奪に彼我の命をかける意味とは何か?
についての解釈や考察なのです.


ただ,上記のテーマを扱っていると思って本作を見れば,批判的に見てしまうシーンや発言も合点がいきます.
CGにしても,これはアクション映画ではなく,無理やり可視化したものと思えば気分が落ち着きます.


もっと気になることもありましたが,1回見ただけでは誤解してるかもしれないので,動画配信されるようになってから,また確認してみます.