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例の「大学ファンド」の話

意味不明な政策として,他の追随を許さない


大学問題を取り上げることが多い本ブログですから,やっぱりこの話題もしときます.
「大学ファンド」です.

詳しくは文部科学省のホームページで紹介されています.
JST法の一部を改正する法律案の成立/大学ファンド創設で若手研究者の安定した研究環境の確保を(文部科学省HP 2021.1.29)
萩生田大臣は本日(1月29日)の閣議後会見で、
「本法案の成立により、我が国の研究力向上に対する本気度が国内外に示されたと思います。速やかに大学ファンド運用を開始すべく、しっかりと準備を進めてまいります。大学ファンドによる研究基盤の抜本的強化と大学改革を両輪として一体的に進めていくことで、我が国の研究大学を世界トップレベルに引き上げてまいります。さらに、優れた学生が、経済的な不安を抱えず安心して博士後期課程へ進学できるよう、強力に支援してまいります」
と力強く述べました。


なお,近々,文部科学省が大学ファンドについてシンポジウムを開くようです.
国立研究開発法人による資金調達活性化のためのシンポジウム (令和3年2月17日(水曜日)開催)(文部科学省HP)


この件,昨年末から何本かニュース記事になっています.
なかでも,この朝日新聞の社説で概要がわかります.
(社説)大学ファンド 裾野の拡大にも活用を(朝日新聞 2021.1.7)
政府は、大学の研究力強化のため10兆円規模のファンド(基金)を創設することを決め、補正予算案などに計4兆5千億円を計上した。運用益で、大学の施設整備や若手研究者の育成を進めるとしている。
10兆円という額が多いのか少ないのか.
まあ,少ないとは思うんですが,なんにせよ「無い」よりはマシか? と思わせますよね.

ところが,その中身が結構ヤバい,っていうか終わってる.
朝日新聞の社説の続きを読んでいきましょう.
意義深い取り組みではある。しかし設備費が配分されるのは「世界に比肩するレベルの研究開発を行う大学」とされ、少数の有力校に絞られる見込みだ。

つまり,このブログで何度も繰り返し批判している,教育業界の「選択と集中」です.
選択と集中を口酸っぱくダメ出ししてきた私としては,もう疲れました.

代わりに,朝日新聞の社説がこう言ってくれています.
資金の割り当てで「選択と集中」を進め過ぎたことが、最近の日本の研究力低下を招いた要因だと、多くの研究者や大学関係者が指摘している。
国立大への運営費交付金など基盤となる経費が削られ、若手を中心に身分が不安定な任期付き研究者が増えた。そして、研究内容を国などが評価・選定して支給する競争的資金を得ようと、短期間で成果が出るものにテーマが傾斜し、基礎研究がおろそかになっている。

さらに問題なのは,資金を有力大学に集中するとして,じゃあどんな大学が「有力」だと判断するのか?
それが極めて悪質なのです.
社説でもこのように指摘されています.
配分先の決定などには、文部科学省とともに政府の総合科学技術・イノベーション会議が関わる。首相が議長を務め、財界人も参加する。選考基準には、政府が定める大学改革の進捗(しんちょく)状況も盛り込まれる予定だ。
このため、政府が望む研究課題や大学像に誘導するため、基金が利用されるのではないかと警戒する大学関係者もいる。日本学術会議をめぐる問題で、学問の自由への無理解を露呈した菅政権である。学界はもちろん社会全体でチェックの目を光らせなければならない。

っていうか,間違いなく「政府に都合のいい大学と人材・コネクション」に配分されるでしょう.
なんせ,昨年大いに話題をさらった「日本学術会議」に,口だけでなく手を出してきた政権ですから.

今後もずっと,この大学改革を推し進めようという魂胆なのです.


なんなんでしょうね.
どうして,
「有力大学に資金を集中投下すれば,イノベーションが生まれやすい」
などと考えてしまうのか.

バカなのか,無能なのか,それともその両方なのか.

以前も何度かブログ記事で述べたことですけど,仮に日本の学術研究を競争的にさせて活発化を狙うのであれば,今のようなやり方ではダメです.
「ダメだって言うなら,じゃあどんな方法だったらいいのか?」
って言い出す素人さんがいるかと思いますので,一応お答えしときます.

今のやり方というのは,研究能力が高く,実現可能性が高い計画性を有していると評価された「研究グループ」に資金を集中的に与えています.
その評価の際,申請書とかに「自分たちの研究グループがどれほど優れているか」を書かせることで,「研究競争をさせているのだ」という理屈です.

これがダメダメなんですよ.

普通,研究競争というのは,例えばある研究テーマがあったとすると,それを複数の研究グループが成果を争って実験・調査・解析・考察を頑張るものです.
ところが,今,日本の大学等が取り組んでいる「競争」っていうは,その前段階である「計画」の部分なわけです.

これだと,資金を配分してもらえたグループが研究に取り組めるようになるだけで,ぜんぜん「研究競争」にはならないんです.
資金がもらえなかった他のグループは,その研究テーマを諦めて別のものにしたり,研究規模を小さくするなどして,確実に業績(論文など)が出ることをしておき,次の申請書の準備をするなどします.
こんなことをしていたら,イノベーティブな研究なんてできませんし,競争状態になりません.

「選択と集中」という概念がダメだと言っているわけではありません.
誤解を恐れずに言えば,選択と集中をすべきなのは,研究グループではなくて,「研究テーマ」の方です.
それこそ,日本学術会議に「今,集中すべき研究」を出させればいい.
(逆に言えば,政府や財界の息がかかった研究テーマになることは避けるべき)

政府や文科大臣は,大学ファンドによって「日本の研究レベルを高める」と息巻いていますが,こうやって研究環境を悪化させることで,研究レベルが高まる可能性は非常に低い.


さらに,大学ファンドは,運用方法それ自体にも課題を抱えている,という指摘もあります.
コロナ補正予算になぜか「5000億円の大学ファンド」…財務省「金の延べ棒」まで急浮上した「不都合な真実」(Yahoo!ニュース|現代ビジネス 2021.2.2)

10兆円規模のファンドを運営するというのですが,よくよく考えみれば,ここでブチ込む「10兆円」というのは,これがそのまま日本の研究費にあてがわれるものではありません.
あくまで「ファンド」のための予算なのです.
では、実際にファンドはうまくいく見込みはあるのか。 
「文科省はGPIFに倣って3%程度の利回りを確保することを考えていると言っています。しかし、GPIFは株の売買も含めての運用益で3%程度になっているだけで、配当によるインカムゲインに限ると1.6%程度でしかない。しかもGPIFは途中でキャッシュアウト(現金化)しないが、大学ファンドはキャッシュアウトして大学に分配するため複利が期待できない。 
その上、利益を上げた時はキャッシュアウトする反面、損失を出した時には一体どうするのか。その時は一切配分ができないことにもなる。当然元本割れをするリスクもあり、そのリスクは決して小さくない」(前出・牧議員)  
実際、萩生田大臣もこのファンドについて、「財務省もかなりリスクがあると思ったんだろう」と説明しており、その5千億円については「リスクヘッジ」とも表現している。 
不鮮明なのは原資だけではない。今後の運用に至るまでのプロセスもまだ決まっていないことが多いのだ。 
「決まっているのは、4兆5千億円でファンドを始めるということと、運用元はJSTであるというだけです。JSTが誰を運用担当者に選ぶのか、運用益はどういう基準で配分するのか、責任体系はどうなっているのかなど、何も決まっていない。順番が逆だと思います」(前出・牧議員)

ヤバいことこの上ない計画です.
科研費申請でこんな研究計画書を出してきたら,絶対に通らない.
「科研費なんて,宝くじみたいなもの」
と揶揄されることがありますが,大学ファンドは宝くじどころの話じゃない.

そもそも論として,こんな指摘もあります.
そもそもなぜこのような「大学ファンド」が必要なのか。
同じく衆議院文部科学委員会に所属する自民党の安藤裕議員は「緊縮財政の発想から抜け出せていないことが根本にある」と指摘する。
「予算に制約がある中でなんとか高等教育の予算を確保したいという発想で作られた。だから5千億円の原資も本予算ではなく補正予算に入れ込んだのでしょう。財務省が金の延べ棒を5千億円に換えて支出したのも、あくまで特別会計でやりたいということだと思います。
しかし、そもそも財源がないと思っていることが間違いです。国債を発行して財源を確保すればいいだけです。10兆円ファンドがたとえ3%の利回りを実現できたとしても3千億円にすぎません。それよりも本予算に3千億円を増額して組み込むべきです。緊縮的な考えで政策を作るから大学ファンドのような奇策が出るわけです」

ごもっともです.
10兆円を運用して3千億円を出すよりも,普通に3千億円の予算を組めばいい.
そっちの方がリスクも低いでしょうし,そもそもリスクを覚悟して組むような予算ではありません.
だってこれ,日本の学術研究を推進するための予算ですよ.


さらに,もっと呆れ返る「そもそも」の話もあります.
そもそもこの大学ファンドは文科省が発案したものではない。
「総合科学技術・イノベーション会議」の基本計画専門調査会で提起されたものである。 
萩生田大臣を直撃すると、「文科省のような弱小省庁が予算の増額を勝ち取るというのは困難。10兆円のファンドで堅実に運用し、たとえ1%の利回りでも1千億円の運用益が出る。どういう形であれ予算を獲得できるのは大きい」と文科省の抱える苦しい懐事情を語った。
 「大学ファンド」に多くの疑問があっても、文科省を責めるのは酷な話だろう。だが、先進国を標榜する日本がこのような形でしか「将来の日本を背負って立つ研究者」の育成のための資金を生み出せないというのではあまりに寂しい。 
「将来世代に投資する」ためにも、未知数のファンドではなく、国債を原資として予算の増額を認めることが「科学技術立国」を実現するためには不可欠なのではないだろうか。

いよいよ,この国の学術の末期です.

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