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37:2013年2月6日

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2013年2月6日(水)17時56分

 教授会の終盤。
 田之浦理事長が神妙な面持ちで話している。
「・・・というわけでございまして。今回の大学を揺るがした学生に対するセクハラ事件を、我々教職員一同、真摯に受け止めて参らなければいけません。学生、保護者というお客様の信頼を損なう事態を、我々は起こしてしまったのだ、人権の著しい侵害を侵している、そういう大学なんだ。この自覚から再スタートしなければならないわけです。私としましても、悲しみと同時に、虚しさが込み上げて参ります。今回の清水先生に対する憎しみなど、むしろありません。恥ずかしさが込み上げて参ります。・・・、以上。そのようなわけで、今回の教授会の最後のお時間を、私のほうで使わせていただきました。もうすぐ卒業式でございます。今一度、学生のための大学という自覚をもっていただき、精進していただけたらと切に願います」

 田之浦はゆっくりと座った。
 そして腕組みをして目をつぶる。

 河内寛はマイクをとって話しだす。
「はい、田之浦理事長、ありがとうございました・・・。えー、私も、今回の事件は大変な事態だったと思いますし、なにより、学生たちの信頼を損なうことは、大学教育の、そして大学運営の根幹にかかわることを痛感したわけでございます。学生たちの噂話だ、ネットでの戯言だと無視してしまうのが、今までの大学だったかもしれません。しかし、これだけの高度情報化社会においては、信頼される教員と、そうでない教員が明確に炙りだされるとも言えるわけです。学生から好かれない教員が、なんでこの世界で生きていけましょうか。この度の事件では、まさにこの点を突きつけられたわけでございます。理事長もおっしゃられましたように、今回の犯人を憎もうというわけではございません。この場に出てきてもらって謝罪の弁を、などということもしません。ですから、皆さん、それぞれの胸に今回の事件を刻んでいただきまして、学生指導にあたっていただければと思います」

 河内は手元の資料を見回し、「では、これにて教授会を終了します」と言った。


 当然のことながら、清水明史はこの日の教授会を欠席している。

 教授会に先立ち、事務局長の菅沼幹浩から清水に対して、他大学への転職が提案された。
 これを受け入れてくれれば、残りの青葉大学における教授会や入試業務、その他委員会の活動へは不参加で良いとの指示も出した。
 これは、昨年の井野綾子の騒動から学んだことと言える。

 清水はその提案を飲んだ。
 セクハラ教員として青葉大学で過ごすよりも、新しい大学で残りの教員生活を送ったほうがマシだろう。


 教授会から返ってきた永山義春は、内線で橿原一如の番号を押す。

「あ、橿原君? 今日の教授会、大変だったね。すごく白々しい。なんかミッションコンプリートって感じじゃない?」

「そうですねぇ。理事長の政治力、ここに見たり、って感じですよね。っていうか、永山さん、この電話、理事長の組織が盗聴してるかもしれないんでしょ?」

「もういいよ。聞いてるなら聴かせとけばいいよ。それよりさ、橿原君の話からすれば、清水先生のセクハラ事件って、河内先生が仕組んだってことでしょ? それって本当なの?」

「たぶんですけど、僕が得られた限りの情報からすると、そんなところです。今回の被害者だった学生の友達っていう子が、そんなことを私に漏らしていました。結構意図的に事件をつくったところがあるようですよ。ハラスメント防止委員会の報告では、まるで清水先生と学生3人の間だけで完結しているように整理されてましたけど、どうやら様々な教員がいろいろと関与してるみたいなんですよ。福祉の鈴木先生が言うにも、なんだか複雑怪奇な手続きが繰り返されてて、とてもキナ臭い事件だって言ってました。それに、福祉学科の助手さんが言うにも、ここ1週間における学科への問い合わせが不気味過ぎて怖かったって。なんか、清水先生を嫌ってる勢力が、火に油を注いだというのが実情なのかなって。もちろん、清水先生もヤバいことしてるんでしょうけど、それを大火事に仕立てたのが、いわゆる理事長派閥だったんじゃないですかね」

「清水先生ってさ、兵藤学長と仲良かったんでしょ? なんか怖いね。凄く怖いね。このまま、俺たちも葬り去られるんじゃないの?」

「そう言えば、兵藤学長ってどうなるんですかね。ずっと自宅謹慎ですか? それって良い身分ですね」

「そのうち、4月くらいから普通に出勤になるんじゃないのかなぁ。なんせ、学長を降ろされてるわけだからねぇ。はい、じゃあ今日から平社員でがんばりましょうってわけにはいかんでしょう」

「スキャンダルを起こした政治家の入院みたいなもんですかね。ところで永山さん、来週からのウインタースポーツ実習、準備できてますか?」

「あっ、もう実習の時期かぁ。忙し過ぎるよね。で、野外活動に引き続いて、今度のウインタースポーツの担当者も穂積先生でしょ。これってイジメだよね。穂積先生はキャンプとかウインタースポーツが得意なわけでもないのに」

「学生のことを考える学科にならなあかん。とか言ってるんだったら、実習を担当する教員も適切な人材を当てるべきですよね。それがどうして、『これくらいのことは教員はできなきゃいけない』って理屈で通るんですかね。完全なバカですよね。不適格な人を採用する方が、なんぼか学生のためにならないでしょうに。どうせ採用するにしても、しっかりトレーニングを積んで、担当できるだけのスキルを持っていることを確認してから担当させるのが筋ってもんです」

 永山は笑いながら話す。
「いや、でもさぁ。それ言い出したらアイツ自体がまさに大学教員として不適格だよね。それを採用している時点で青葉大学がヤバいんだよ。水本先生もそうだし、そもそも増田先生もそう。源流をたどっていけば、やっぱり増田先生がこの大学に採用された経緯に行き着くんだよ。ホント、マジで適当に採用したんだと思うよ、大学教員として全く能力が無いのに。そして、大学教員に必要な資質がなんなのか知らない連中が、次々と生み出されて、また次の不適任者を登用するようになる。こういうのが原因で、大学教育の世界では体育・スポーツがバカにされるようになったんだし。ホント、マジで罪深いと思うよ」

「そうですよね。さらに付け加えれば、能力が無いからこそ採用したっていうのが実情だと思うんです。そういう奴らこそが、大学の基幹的な立場にいるのが、なんとも哀しいですね」




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