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2:2012年3月14日

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2012年3月14日(水)7時30分

 やや古びたアパートの居住者専用ドアを開けて駐車場に出ると、冷たい空気が落ちていた。
 アスファルトと街路樹が発する湿った空気がわずかに心地よい。

 橿原一如は、そこから10メートルほど歩き、車のリモコンキーを押した。
 3メートル先にある白色の2006年型ダイハツ・ムーヴからドアロックが外れる音がする。
 乗り込むと同時に通勤用のバッグを助手席に投げ置いた。
 この慣れた一連の流れの円滑さとは違い、車のキーは鍵穴にスムーズに入らない。
 何度か押し込み直してからキーをひねる。
 乾いたスターターの音がしてエンジンがかかった。

 すでにこの場所では自動化されているアクセルワークとハンドリングで、いつものようにアパートを出る。
 橿原はムーヴを勤務先である青葉大学に向けた。

 途中のコンビニでの朝食購入を含めて、約30分の道のりである。

 橿原が青葉大学に赴任して2年目。年齢は今年でちょうど29歳になる。
 助教として赴任しており、この大学では立場、年齢共に最も下である。

 青葉大学は学生数およそ2000人の文系小規模大学。
 教育福祉系の領域を主軸とすることで、学生募集をアピールしている。
 橿原はそのなかのウェルフェアプロデュース学科に所属している。
 健康、スポーツ、福祉というキーワードで青葉大学に設置された学科で、現在の日本の大学ではポピュラーな戦略と言って良い。

 午前8時。
 ムーヴは勤務先の青葉大学に着いた。
 橿原は大学の近くにある駐車場に車を停め、大学の東側にある勝手口のような門から敷地内に入った。

 ただ、勝手口といっても勝手に使える時間は限られてきている。
 最近、本学女子学生への盗撮が疑われる事案があったこともあり、敷地を囲む塀の再点検が行われ、鉄条網も新たに張り巡らされた。
「塀を乗り越えて入ってきてまで盗撮はしないんじゃないの。盗撮するのって、出入りの業者とか学生自身だろうし」と橿原は思ったが、そんなことは表立って言えない。

 橿原が学生時代を過ごした南海大学では、こうした外界との隔離をしていない。
 いつでもどこでも、誰もが自由に往来できる空間にキャンパスがあった。

 一方の青葉大学では、この1年間だけでもセキュリティ対策が強化され続けている。
 その結果、学内への入場がとても煩雑なものになっていて、学内への入場は午前8時からしか受け付けられない。
 退場時間も設定されていて、午後9時以降にも居続けるためには、事前に申請書を提出して許可をとらなければいけない。

 昨日も、午前8時ちょうどに着いたと思ったら、数分早かったので勝手口が開かなかった。
 些細なことだと自分に言い聞かせるも、そんな面倒臭さが日に日に強まることにストレスを感じている。

 橿原の研究室は体育館内の2階に設置されている。
 研究室に入ると、パソコンと湯沸かしポットの電源を入れる。
 起動したパソコンでネットニュースを物色しているうちに沸いた湯でコーヒーを淹れる。
 この行動が毎日続いている。
 これが橿原のルーティーンになっていた。

 円錐形のペーパーフィルターに、手回しミルで挽いたコーヒー豆を入れる。
 大きく粗挽きにした甘さの強いコーヒーが橿原の好みだ。
 熱湯をドロップ、少し蒸らして、その後はお湯を「の」の字に注いでいく。
 およそ3人分をドリップし、これを保温タンブラーに入れて飲むのが常である。
 砂糖やクリームは入れない。
 入れたら負けだと思っている。

 今朝は少し冷え込むようだ。
 吐いた息がこの部屋のなかでも白くなっている。
 冷えた部屋に、コーヒーの匂いが柔らかく広がった。


9時35分。
 藤堂道雄(とうどうみちお)が眉間にシワを寄せつつ、ショルダーバッグを抱えて大学キャンパスの外を歩いている。
 暖かくなってきたとはいえ、それほど暑くもない気温であるのに、汗ばみながら青葉大学の東門から入ってくる。
 出勤してきたのだ。
 どうやら大学の裏手の駐車場に自動車を止め、少し上り坂である道を早足で歩いてきたのだろう。
 息も少しあがっている。

 藤堂はウェルフェアプロデュース学科の准教授。
 年齢は今年で50歳になる。

 今日、彼には大学教員なら誰しもが不満をいだく事務作業と教授会会議が待っている。
 本日中に提出しなければならない資料があるのだが、今日まで手付かずで放ったらかしにしていた。
 早く作業に取り掛からねばならないが、何から手を付けていいのか考えていなかったし、考えることができない。
 もとい、考える能力が彼にはなかった。

 良く言えば体格の良い中年オヤジ。
 頬が特徴的に膨れ上がっており、通常の感覚で言えば肥満である。
 上がった息を整えつつ研究室に至るまでの道すがら、まだ春の気配が見当たらない花壇に水を撒いていた用務員の中年女性と、元気に挨拶をかわす。

「おっはよーゴザイマース」
 強い張力をもった声に、用務員の女性も思わず笑顔で返す。
 そういう朗らかな光景にしたかった。

 藤堂は、自分の出身地が関西地方ということもあって、豪快で世話好きな性格というキャラ設定にしている。
 そして、田中角栄や小沢一郎といった、清濁併せ呑むカリスマ政治家に憧れもある。
 それを意識した言動をとるようにしていた。

 藤堂はテニスコートとグラウンドの間を横切り、自分の研究棟である8号館に着いた。
 3階建ての小じんまりとしたビル型の建物である。
 竣工してから3年ほどであり、塗りたてのペンキのような新築の香りがまだ残っている。
 玄関から入った研究棟の空気には、まだ冬の気配が色濃く残っていて肌寒い。
 だが、汗ばみながら足早に着いた藤堂の体には快適に感じた。

 傷とホコリにまみれたバーバリーの茶色い革靴を脱いでスリッパに履きかえ、エレベーターに向かい、上昇ボタンを連打。
 3階からリフトが降りてきた。

 ドアが開くと、そこには藤堂の向かいの研究室で同じ学科所属の講師・穂積里香(ほずみりか)が載っていた。
 穂積は、5年前に藤堂と同期で青葉大学に赴任した。
 年齢は34歳。
 小柄で、周りからはおっとりとした性格と評されているが、かなり強い口調で持論を主張することを知っている者達も少なくない。
 それゆえに穂積は、意識的にしろ無意識的にしろ、無能で知られる藤堂に対しては、彼の向こうずねを打つような発言をすることもままある。

「あ、藤堂先生、おはようございます」すました顔で挨拶してきた。
「おぉ、穂積先生か。はい、おーはよーさぁーん」
 いつも通りの元気な挨拶だが、穂積のことを快く思っていない藤堂としては、穂積と入れ替わるようにそそくさとエレベーターに乗り込み3階のボタンを連打した。
 彼の研究室は3階である。

 上昇するリフトの中で藤堂は眉間に強くシワをよせて目をつぶり、大きくため息をついた。
 さっき食べた味噌ラーメンの匂いがわずかに広がる。

「なんで俺がこんなに大変な目に合わなあかんのや。それに比べて、あいつは俺より下の人間やのに、楽して生きよんなぁ」
声には出さなかったが、そう思わなければ自分のおかれている状況を肯定できない。

 彼はウェルフェアプロデュース学科の学科長であった。
 正確には来年度、つまり2週間後からである。
 藤堂にとって学科長とは、たしかに職務の量が増えるのかもしれないが、きっと偉い役職なのであるから、周りからの羨望の眼差しを集めることができる理想の職であった。

 どこかで聞いたところによれば、大学で出世するためには教員だけでなく、職員からの評判を高めなければならないらしい。
 藤堂は、この役職を得るために、赴任してからのこの5年間、大学幹部や教職員にひたすら媚びた。
 つらい日々だったが、こうして学科長になれたのだから良しとしよう。

 それに、学科長になって職務が増えるといっても、それほど大したことではないと踏んでいたし、羨望の目を集める職務なのであるから当然、権威があるのであり、それにより威張ることができ、威張れることで仕事を円滑に進めることができるのだと確信している。

「学科長である俺が、ドーンって言うたら、皆が『あ、素敵、学科長に従います』ってなるはずなんや」
 声に出さなかったが、そう思っていた。

 いつも藤堂は頭のなかでストーリーを作っている。
 ストーリーというよりも妄想による画像だ。
 目を閉じればいつもそこに、アステカ文明のピラミッドのようなものの頂点で、部族や奴隷たちを前に雄叫びをあげている自分の姿があった。
 さっきの穂積里香も、もしかすると、そのうち俺の前でひざまずくかもしれない。
 全ての者を統べる王になること。それが藤堂の夢である。

 エレベーターの電光表示は、2階から3階へと切り替わった。
 拳を握りしめ、右腕をちょっと高く挙げてみた。
 また大きく溜息。

「俺は専任教員なんや」
 暗示のようにいつも唱えている。
 これは声に出ていた。


 エレベーターのドアが開く。
 この階は、藤堂が学科長をしている体育学の教員の研究室群である。
 そのエレベーターから一番近い研究室は、水本誠二(みずもとせいじ)の研究室である。
 ドアの小窓から中の明かりが見える。
 水本が研究室にいるようだ。

 藤堂は水本の研究室のドアをノックした。
 豪快な性格を目指している藤堂である、彼なりに「これこそが豪快な行動だ」と画策して、中にいる水本が返事をする前にわざとらしくドアを開けた。

「水本先生、おっはようございまぁーす」藤堂は大声を張り上げる。
「なんですか、水本先生。えらい早い出勤ですなぁ」これでもかと笑顔を振りまいてみた。

 水本はデスクに向かっていたが、藤堂の突然の侵入に驚いてこちらを向く。
 水本のデスクの周りには資料や雑品が山のようにつまれているが、そうした窮屈な部屋をさらに狭くするほど、本人はかなりの巨体である。
 特に頭と顎が桁外れに大きい。

「おう、藤堂は今日も元気元気、チンコビンビンだなぁ。そのうちドアがぶっ壊れるんじゃねえのか」
 藤堂はバイアグラを服用することがある。
 ただこれはあまり多くの人には話していない事だ。
 ときどきゼミの学生に向けて笑いを取るために話す程度。
 藤堂はそれが水本にはバレているのではなかと焦るも、まさかそんなはずはないと思い直した。

「そんなことありませんて先生。もうしんどいですわぁ。ほんまにほんま、学科長になって仕事がぎょうさん増えましたわ」

「それだけ学科長手当を、他の人より余計に給料をもらってんだから、ぎゃあぎゃあ言うなよ。そういえば、学生課の課長が、藤堂先生になってから、前の学科長よりは仕事しやすいですよ、って言ってるぞ。知ってるか?」
 そう言って水本は大げさに笑った。

 藤堂はあわてて水本の研究室に体を入れ、ドアをしっかりと閉めた。

 水本は内緒話を大声で言う癖がある。
 今の話にしても、その声が廊下にダダ漏れだった。
 前任の学科長を務めていた教員は、同じこのフロア、それも藤堂の隣がその研究室だ。
 そして、藤堂はその前学科長とは反りが合わない。

 こういう水本誠二の配慮のない言動にイラつくも、藤堂よりも2歳年上である彼には強く出られない。

 藤堂は自身が体育会系であることを売りにしており、任侠の人間関係を理想としていることを吹聴している男である。
 苦々しく思いながらも、笑顔のままで会話を続けた。

「ほんまにほんまですわ。私は事務の人には気を回して、配慮してますからね。前の、へへっ、前の学科長やったら、みんーな恐怖で震え上がってますわ。なんかあったら、ピシャーって圧力をかけてましたからね。まあ、人の上に立つもんは、そんなんじゃあきませんわ。こういう小さい大学では、事務の人は大切にせなあきませんねぇ」

 藤堂は、学内ではこの水本誠二との関係を特に大事にしていた。
 同じ学科で似たような授業を担当しているという理由もある。

 水本も藤堂のことを気に入ってくれているらしく、いつも学内政治の話し相手をしてくれる。

 藤堂は自分自身に研究能力が無いことを承知しており、そのコンプレックスを自覚している。
 学内においては研究活動に関する話題は避けていた。

 一方、水本はそんな藤堂の研究能力には気づいていないようで、学内では藤堂の研究業績の少なさを擁護するような振る舞いをしてくれることも多い。
 水本と話を合わせていれば、自分自身も研究者の仲間入りができて、立場を守ることができると踏んでいる。

 藤堂は、水本の手元を見た。
 iPadを使っているのが目に入った。

「あれ、水本先生、それiPadですか?」

「おう、そうだよ。これ、今年出たやつ。新しくバージョンアップしたんだ」
 水本はiPadの話題ができることが正直嬉しかった。

「なんですの。水本先生、また新しいの買ったんですか。先生そういうの好きですなあ。次はそれでどんなことを考えてるんですか」

 水本はiPadのネット接続の初期設定で手間取っていた。
 これ以上、藤堂と話すのが面倒になっている。
「まぁ、お前も買えよ。めちゃくちゃ使いやすいぞ。これ買ったら研究もはかどるからな。これからはiPadを使った授業も展開しなきゃダメだからな。大学によっては専用のiPadを用意して、それを学生全員に配って、専用のソフトで大学のネットワークを使って、各大学でクリエイトしてプログラミングされた専用のソフトを開発して、リアルタイムに学生との双方向性の、インタラクティブな授業をクリエイトしてやってるところもあるからな。これからは学生の思考力、シンクするマインドを鍛えなきゃいけないのに、この大学ではまだ黒板にチョークでチーチーパッパをやってるからな」

「ははぁーっ、先生、なんでも知ってますなぁ。最先端ですね。そうですなぁ、これからは大学もiPadを使わなあきませんね。いやぁ、インターネットも大事ですわ。ほな、わたし、仕事がありますんで。昼までに、ほら、これ、昼までに資料出さなあきませんねん。学科長が出さなあきませんよ、って言われまして。ほな、また後ほど」

「おう、そうだな。今日は昼から今年度最後の教授会だからな。おい、新学科長、頼むぞ。この学科の将来は、お前が握ってるようなもんだ」

 後ずさり気味にドアに向かい、笑いを残した顔で水本の研究室を出ると、藤堂はその右隣の自分の研究室に入った。

 藤堂は研究室に入ると、まずは大学のグラウンドが見下ろせる窓を開けてみた。ワイヤーをたぐってブラインドも引き上げ、窓を全開にする。

 大きく息を吸い込み、そして吐く。
 多分これは、溜息だと思う。
 頭をかきむしる。
 耳の後ろを大げさに素早くかいてみた。
 髪がバサバサと大きく揺れた。

 窓を全開にすれば、気分が晴れていくような気がする。
 だが、期待とは裏腹に、気分は晴れていかない。

 彼の前には、昼までに学内資料を作成しなければならない作業が依然として存在する。
 これは窓を開けても消えはしない。

 風が吹いた。
 ホワイトボードに磁石で貼っていたプリント資料が外れ落ちて中を舞う。

 窓から見える大学の時計台を見つめるでもなく眺め、およそ3分経った。

 現実に戻る時だ。

 そして・・、そうだ、なにをしようか。
 まずはできるところから取り掛かろう。
 とりあえず藤堂はデスクトップパソコンの電源ボタンを押す。
 これなら直ぐにできる。

 溜息。

 頭をかく。
 痒いわけではない。
 とにかく頭を大げさにかいてみたかった。

 もう一度、溜息。

 デスクの椅子に座り、何から手を付けるか考える。
 だが、藤堂には作業の段取りをする能力はない。
 気がつくとパソコンはパスワード入力画面になっていた。
 人差し指、たまに中指の2本を使ってキーボードをつつく。
 7秒ほどかかって入力、そしてエンターキー。

 エラーメッセージが出た。
 どうやらタイプミスらしい。
 もう一度。
 今度はうまくいった。

 大学事務から届いた2ヶ月前のメールに、エクセルで作った書式ファイルが添付されていた。
 これに必要事項を入力しろということなのだが、藤堂には何のことかさっぱりわからなかった。
 しかし、何のことかさっぱり分かりません、と返事をすることは彼のプライドが許さない。
 なんであれ、「分かりません」と発言することは、自分の学内における立場を危うくしかねない、と考えている。

 だが、時間は無情に過ぎていく。
 試しに、メールに添付されたエクセルのファイルをクリックしてみた。
 何の反応もない。
 ダブルクリックしてみた。
 画面にメッセージが出る。

「このファイルを開くためのアプリケーションがありません。ファイルを開けませんでした」

 藤堂の頭にクエッションマークが乱立した。
 見たことのある単語が並んでいるが、藤堂にその組み合わせを日本語の文章として理解することができない。
 そのメッセージの画面の片隅には、今の彼の気持ちそのままに、「ヘルプ」と書かれたアイコンもあった。

 「添付ファイル」とやらをダブルクリックしていれば、上手くいくこともある。そうした過去の経験から、彼は7回くらいダブルクリックをしてみる。
 餌を求める心理学の実験用チンパンジーのような作業を繰り返したが、まったく埒が明かないことに気がついた藤堂は、ほぼ無意識のうちに内線に手が出ていた。

 電話機のボタンを慣れた手つきで押す。
 これなら藤堂にも入力できる。
 人差し指だけで1秒かからず入力できた。


 橿原一如は自分の研究室のパソコンを前に、来年度に学生が参加する予定のボランティア先をデータベース化していた。
 地味な手作業が多いため、かなり面倒な作業ではあるが、これで3回目にもなるので要・不要の基準ができているため苦にはならない。
 それに、次の年で3年目にもなるのだから学生の反応にも慣れてきているし、彼らを預けるボランティア先の人達との関係もできているので、なにかと融通が効くようにもなっていた。

 しかし、こんな作業に時間をとられていて大丈夫なのだろうか。
 最後のボランティア先のデータベース入力を終えようとしながら、橿原は霧のように立ち込めてくる焦燥感に苛まれていた。

 すると内線が鳴り出す。
 3回目のベルで受話器をとった。

「おぉ、先生、おったかぁ。ちょっと確認してほしいもんがあんねや」
 藤堂の声は、受話器を顔の前まで離しても十分に聞こえる。
 自分の顔がひん曲がるのを自覚しながら橿原は相槌を打つ。

「はい、なんでしょうか?」

 藤堂はいろいろと回りくどく話してくるが、橿原に何か作業をさせたいから内線をかけてきているのである。
 橿原としては面倒な前置きに付き合いたくないのだが、深刻な状況に陥っている自分をアピールしたい藤堂は、説明を長く続ける。
 電化製品メーカーの修理サービスのオペレーターも、こんな思いをしているのだろうか。

「なんでなんかなぁ、俺のパソコンはメールが開かへんのや。事務から来た文章は読めるんやけどなぁ。開かんのや。どう思う?」

 藤堂は依頼内容の正体をなかなか明かさない。
 テニスコートのそばに植えられている松の木では、スズメが3羽跳ね回っていた。
 橿原は窓から見えるテニスコートに目をやりながら、もう一度聞いた。

「何をすればいいんですか。どういう状態なんですか?」

「わからへんのや。これは学科長としての仕事やねん。来年から学科長になる俺に書いて出してほしい書類なんやて。学科長になる俺が出さなあかんらしいわ。事務が言うてたわ。けどなぁ、いつもは普通に使えるんやけどなぁ。俺のパソコンはメールが開かへんのや。どう思う?」

 橿原は受話器を右手から左手に持ち替える。

「メールは読めるんですよね。何が開かないんですか。添付ファイルですか」

「そうやなぁ、わかった、今から先生ところに転送するわぁ。確認してほしいねん」

「はい、わかりました。はい。そのまま送ってください。はい・・、はい・・、はいどうもぉ」

 すぐにメールが転送されてきた。
 藤堂のメール転送技術は高いようである。
 キーボードに触れず、マウスのクリックだけで済むからであろう。
 転送されてきたメールの添付ファイルを開いてみた。

「このファイルを開くためのアプリケーションがありません。ファイルを開けませんでした」と表示される。

 橿原は添付ファイルを直接デスクトップにダウンロードし、拡張子を一旦「.txt」に変更、再度「.xls」と入力した。
 こうしたエラーの場合、たいていこういう処置で元に戻る。
 事実、今回もうまくいった。

 原因は分からないが、多分、学内のメールシステムの影響を受けて添付ファイルの属性にエラーが発生するのだと思われる。
 それ以上のことを調べようとは思わない。
 それは専門家に任せることである。
 自分は自分の仕事をするだけだ。
 だが、これは私の仕事ではないはずだ。

 橿原は修復したファイルを藤堂のアドレスに送り、内線を入れた。

「こっちのパソコンでは直ったので、そちらでも確認して下さい。今送信しました」

「おぉー、サンキューぅ、早いなぁ。もう終わったんか」

 大学の情報処理センターに、内線かメールでもして問い合わせれば良い話ではないのか。
 そのための情報処理センターなのだから。
 だが、藤堂はこの手の話を決して情報処理センターに問い合わせようとしない。
 パソコンのことを知らない教員だと思われたくないからだ。

 どうやら、教員同士の話の中で、それも水本誠二との世間話の中で、この大学に少数ながらパソコンが全くできない教員がいて、情報処理センターにしょっちゅう問い合わせを入れる奴がいるとか、それで業務に支障が出ている奴がいる、という話題があるようだ。
 そのような話題の中において、自分自身がパソコンができない教員のリストには並びたくないという思考が藤堂には働いている。
 そんなわけで、彼はどうしても情報処理センターに問い合わせようとはしない。

 再度、藤堂から橿原に内線が入った。

「橿原せんせー、あかんわぁ。でけへん」

 この調子である。
 おそらく「こっちの研究室に来て確認してくれ」などと言い出すはずである。
 案の定、そうなった。


「おお、すまんなぁ、とりあえずコーヒーでも飲んでくれぇ」
 橿原が藤堂の研究室に入るなり、藤堂がそう切り出した。

「そこに出来てるから、どれでもえぇからコップに入れたらえぇねん」

こうして研究室に誰かを招き、そこで豪快な態度でコーヒーを振る舞う大学教員、というものに憧れてやっている行動である。

「誰がモデルなんだろう」と橿原はいろいろと想像したが、恰幅の良い油ギッシュな中年男が思い浮かんだだけで、具体性は乏しかった。

 橿原はコーヒーを紙コップに入れて飲んでみた。
 コーヒーの味には少しうるさい橿原である。
 ことのほか不味かったのでそれ以上は口にしなかった。
 そんなことよりも、何をやらせたくて研究室に呼んだのか、橿原にはそれが気になっていた。
 早く作業に取り掛からせてもらったほうが嬉しい。

 藤堂がパソコンのディスプレイを見つめて、独り言のようにしゃべり出す。
「ここに書いてあることは、なんや。なんやねん。どう思う?」

 ファイルはなんの問題もなく開かれているようだ。
 ディスプレイに表示されたエクセルシートを、何事も無かったかのように覗きこませながら藤堂が聞いた。

 教員の自己評価票だった。
 ざっと画面に目を通すも、藤堂自身のことなのだから橿原には知りようがない。

 そもそも、この書類は1ヶ月前が提出期限だったはずだ。
 事務から督促されているんだろう。

 ディスプレイに目一杯顔を近づけ、藤堂がつぶやく。
「ここには何を書いたらええねや。なんやこれ。どう思う」

 藤堂は、山のように積まれた書類の一端から、シワくちゃになったプリントを引っ張り出してきた。
 なんだかよくわからないリストを指さしながら、

「たぶん、ここに書いてることを、こっちのエクセルに入力するんやろなぁ」

「えぇ、そうでしょうね」

「そうやな。そしたらここに書いてることを、こっちのエクセルに入力していったらええねやな」

「えぇ、そうでしょうね」

 無意味な問答を何度か繰り返した後、とりあえずそこでコーヒーでも飲んでおけという指示を受けた橿原は、研究室に設置されているテーブルを前にし、コーヒーには手を付けずにボーっと宙を眺めていた。
 藤堂の事務作業の「お守り」として橿原は呼ばれたのだろうか。
 自分はこの部屋にとって招き猫か大黒様の人形のようだ、と橿原は思った。
 おもむろに右手だけ招き猫のように挙げてみた。
 シュールだ。
 壁の時計が目に入った。11時15分を指していた。


11時30分。
 頭をかきむしりながら藤堂が叫ぶ。

「アカン。きっついわぁ、橿原先生、代わって。ここや、ここに書いてあることを、こっちのエクセルに入力していってくれへんか」

 橿原を研究室に呼んだ時点で、最初からそう言えばいいはずなのだが、どうも藤堂は人の時間を奪うことが好きなようである。
 人の時間を奪うことに頓着がないのかもしれない。

 藤堂のこうした言動に3年間つきあってきて、今では憐憫の情すら覚えているので気持ちは切り替えやすい。
 自分の仕事もつい先程終わったところでもある。
 橿原はテーブルの下で足をプラプラ振り回しながら、無表情で「あ、いいですよ」と答えた。

「これ、学科長が出さなあかん、て言われてんねん」

 頭をかきむしりながら、藤堂はパソコンデスクから立って橿原と代わる。

「橿原先生、何時頃に出来上がりそうや。これ、昼までに出さなあかんねん。12時までや」

 それを最初に言ってほしいものである。

 いや、むしろ藤堂としてはこういう状態になることを狙って時間を引っ張ったのだろう。
 つまり、「頑張って努力を重ねたけど、締め切り直前になってしまったから、お前と交代するんだ」という理由を作ってやろうとしているわけだ。

 当然のことながら、この論理は言い訳として成り立ちようがない。
 締め切り間際という緊迫状況だから、誰かに作業を頼んでも許されるはず、という思考が働いている。

 こうした「解決困難で失敗しても仕方がない、許しが乞えるかもしれない課題を前にした、同情したくなる男」というシチュエーションを作り出すことによって、自分が無能であるという評価を少しでも緩和しようと必死なのだ。
 藤堂が良く使用する戦術だ。

 焼き肉を作れという課題と、ビーフストロガノフを作れという課題であれば、ビーフストロガノフを作ることに失敗した方が、バカにされる度合いは低いということ同様である。

 危機に陥り、そこでパニック状態になれば、その時、困ったときはお互い様という義理人情が発生する、それを利用して自分自身はズルしてサボろうという魂胆。
 こういう思考回路は精神心理学でちゃんと定義されていたような気がするが、詳しくは知らない。

 おそらく、藤堂は彼の人生のうちのどこかで、こうした計略が有効であることに気がつき、身につけたのだろう。
 パニック状態に陥った時、周りの人が彼を助けてくれたのだ。
 どんなに自分に非があろうと、パニック状態に陥れば、「あんな状況なら仕方ないね」と、自身の非が緩和されることを体験した。
 同時にこれは、彼に甘く接してきた人々にも罪がある。

「こいつは、どこかで痛い目に合わなければいけない」と橿原は思った。


 橿原は資料の作成を遅らせた。
 わざと。

 この資料の作成にどれほどの時間がかかるか知りようがない藤堂は、焦りながらも救済を求めている手前、橿原を怒鳴りつけることはできない。
 何もすることがない藤堂は研究室をうろつき、頭をかきむしっては、溜息をついて天井を見上げていた。

 ちなみに、この資料の作成は橿原がやれば15分ほどで終わるものだった。
 ほぼ転記と事務的文言を入れる作業だったからである。

 過去2年間において橿原は、大学の円滑な運営の一端を担うために、こういった教員間のサポート業務は大事だと考えていた。
 そうしたことが橿原自身の役回りではないかと自負していた時期もある。
 しかし、これでは結局本質的な状況の改善にはつながらない。
 本質的な改善? 本質的な改善とはなんだろうか。


 予定の12時から10分ほど遅れて完成させた。

「おぉ! できたかできたか! 印刷して」
 少年のような笑顔で藤堂が喜ぶ。

 橿原はコントロールキーとPキーを同時押しして、ディスプレイにダイアログボックスが表示されることを確認せずに、エンターキーを連打する。
 インクジェットプリンタが印刷を始めた。
 忙しそうに印字を終えたエプソンのプリンタは、最後はぶっきらぼうな動作で用紙を排出した。

「ちょっとここで待っといてくれ。すぐもんてくるから」
 印刷された資料を片手に、藤堂は急ぎ研究室を出る。

 が、戻ってきてドアを半開きにし、その隙間から静かに研究室を覗き込んでニヤリと笑う。

「俺みたいに専任になったら大変やぞ、橿原。お前にもそのうちわかるわ」

そしてドアは乱暴に閉められた。


 橿原は窓から外を見下ろす。
 研究棟から事務棟の間にあるグラウンドを横断する藤堂の姿が見えた。

 今日は少し風が強い。
 きっと春の風だ。
 藤堂の片手にある資料がペラペラとはためき、そのうち、もみくちゃになった。

「クリアファイルに入れて持って行くもんだろ普通」と橿原は一人つぶやいた。

 藤堂が帰ってくる前に、橿原は自分の研究室に戻ることにした。
 もうすぐ教授会が始まる。


12時53分。
 青葉大学 第一会議室。
 今年度最後の教授会。
 いつもより早めのスケジュールになっている。
 午後1時からだ。

 教員たちは会議室に入って席に座っていく。
 会議進行係の教員以外、これといって席が決まっているわけではない。
 だが、皆それぞれが座る席というのは決めているものである。

 予定より早く席についている教員たちは、手元に配られた会議資料に目をやっている。
 静かな会釈と快活な笑顔が入り乱れた。

 会議開始の時間になる。
 まだ会議室に来ていない教員も数名いるようであるが、それを待つことはない。
 時間通りに開始される。

 進行係、つまり議長が声を出す。
「皆さん、まずはお礼を言わせてください。今年度も本学の運営にご尽力くださいまして、誠にありがとうございました」と言って頭を下げる。

 それに合わせて会議室の全員も頭を下げている。

 議長をしているのは河内寛(かわちひろし)という文学部文学科の教授で、学部長をしている。
 年齢は55歳。
 体格は小柄で華奢。
 スーツやネクタイ、メガネまでもがその体に不釣り合いなように大きく見えた。

 河内は来年度への意気込みを語る。
 どこの組織でも聞けそうな内容が1分ほど続く。

「それでは教授会を進めて行きたいと思います。ではまず、本年度最後ということもありますので、理事長からの挨拶でございます。では理事長、どうぞ」

 大学理事長の田之浦順通(たのうらまさみち)の挨拶が始まる。
 年齢は67歳。
 振る舞いと肌ツヤのせいか、歳の割にはシャキっとした印象を与える。
 その場に立って咳払いをし、話し始めるとスラスラと言葉が出てきた。
 場慣れしているといった感じだ。

 田之浦からの年度最後の挨拶らしき内容は文字にして200字程度だった。
 あとは、大学・学園の経営難、少子化による学生募集の奮起など、そしてその突破口はなんなのか、といったことに終始する。
 テーブルを見渡してみると、俯いて目を閉じて聞く者、ノートパソコンの画面を眺めている者、焦点が合わず宙を眺めている者などいろいろだ。
 総じて誰も胴体は動いていない。

 聞いていて楽しいものではないが、耳に残らない話でもない。
 その場にいる者達は黙って聞いている。
 だいたい4分くらいしゃべっただろうか。

「・・・というわけでして、教職員の皆様には、これからさらに過酷となるであろう学園と大学の生き残りにおきまして、さらなるご尽力を賜りたいと考えておる次第です。これで理事長挨拶とさせていただきます。ありがとうございました」

 拍手が予定調和のように起こる。
 河内は着ているジャケットの前を少し引っ張り、身を整えた。
 そして体を少し前に傾かせてしゃべりだす。

「理事長、ありがとうございました。続きまして、次は学長よりご挨拶です」

 学長の兵藤芳裕(ひょうどうよしひろ)が立ち上がる。
 田之浦理事長と同様、まずはどこにでもある挨拶からだった。
 理事長よりは少し短い気がした。

「・・・というわけで、大学とは何か? ということを日々問うことを皆様には期待したいと思っております。先ほど理事長からもありましたように、本学は非常に経営難となっておりまして、高校生に本学の魅力をアピールしなければなりません。本学がアピールすべき点とは何か、そしてやはり、大学が社会に果たすべき機能というものを再確認しなければならないわけです。小手先のマーケット戦略にならないよう、高等教育の重要性を訴える力を、皆様にはお願いしたいわけであります。私としては以上です。ありがとうございました」

 これも拍手が予定調和のように起こる。

「それでは教授会を始めたいと思います。審議事項の一番目から進めていきたいと思います。まずは教務についてです」

 教授会は進む。
 担当の教員がそれぞれ議題をこなしていく。
 議場を見渡せば、会議資料に目を通す者、表紙を閉じたまま放っておく者、いろいろだ。

 
 だいたい3時間くらい経っただろうか。
 時計の針は午後4時に近づいている。
 教授会の議題も新年最初ということもあってか、いつもより少なめだ。
 資料も最後の方にさしかかっている。

 そうは言っても教授会の出席者にはそろそろ疲れの色が出てきている。
 河内はできるだけ早く議題を進めるような口ぶりである。
 そうした方が誰もが嬉しい。
 あまりに早口なので、口がもつれてしまう場面も多々あった。

「えーと、では続きまして、これが本日の最後ですね。報告事項の5番目、学生ボランティア斡旋についてですが、これはどなたが報告の担当でしょうかぁー・・、あっ、佐野(さの)先生ですか? お願いします」

 河内と目が合い、肘から先で挙手をしていたのは佐野と呼ばれた教員である。
 佐野は議場全体を対象とした軽い礼をする。
 年齢は50歳前後、少し太めの体格で、頭髪の右側半分に白髪が多いのが目立つ男性教員だ。

 佐野は手元に資料を見ながら話し出す。
「えぇー、それでは、昨年末にですね、学生に斡旋したボランティアの件をですね」

 佐野がしゃべり始めた、その直後だった。
 中年女性の声が会議室に響き渡った。

「なんなんですか! この会議は!」
 そう叫んで席を立ち上がったのは、教員の井野綾子(いのあやこ)だった。
 化粧が厚めの50歳代半ば。
 背が高く、非常にほっそりとした体格である。
 シワが深いようで、それを隠そうとした化粧が余計に不自然であった。

「なんなんですか! 理事長!」
 井野は怒り狂ったように斜め下を向いて吠え立てる。
 そのあとも何か言葉を発しているようだが、しっかりとは聞き取れない。
 涙声になっているようだ。

 そして理事長である田之浦の方を向くと、彼を睨みつけた。
 目は真っ赤だ。
 会議室は凍りついたように沈黙する。

 河内は目を丸くしていたが、そのうち穏やかな顔にして井野に向かって話しだした。
「あ、井野先生、なんなんですかとは、どうされました? 少し落ち着いてください。教授会の途中ですよ」

 井野は河内の方を向く。
「何が『どうされました』ですか! 河内先生、あなたは!」
 井野は震えているように見える。

 会議室のほとんどの参加者は事の次第を知っている。

 井野は今年で青葉大学を退職する。
 理由は、井野が学内で起こした不祥事である。
 昨年の秋のことだった。
 教授会でも当時は匿名だったが議題に何度もあがった。
 井野がその責任をとって退職することを発表したのが昨年末の時点の教授会。
 その後、井野は別の大学に移ることになったとの噂だ。

 その不祥事についての詳細を知っている人は少ない、というのが建前ではある。
 しかし、少なくない教員の間では、理事長が井野に圧力をかけて退職させる方向になった、という話がある。
 しかも、井野が起こした不祥事というのも、もともとはボヤのようなもので、これを理事長や河内が大火事にしたとも言われている。
 教授会に出てきた資料によると、井野はゼミの学生に暴言を吐いたというものだった。
 それが保護者にも飛び火し、他大学をも巻き込む事件になった。という経緯である。

 もともと井野綾子という教員はエキセントリックな性格で通っていた。
 学生からの評判もプラスとマイナスの両極端だ。
 面白がる人も多いが、敵も多いという典型である。

 井野は10秒ほど立ち尽くし、そのまま崩れるように椅子に座った。
 その両脇の席の教員は居心地が悪そうにする。
 直後、井野はまた席から立ち上がり、嗚咽に似た声を短く発すると会議室を出て行った。

 それを横目で見ながら、河内はなるべく平静を装う。
「はい、えぇー、では、教授会を続けさせていただきます。佐野先生、すみません。では、佐野先生からのご報告を」

 佐野の話が終わると、河内の「最後にその他ですが、特に他に何かございませんでしたら、これで教授会を終わらせてもらいますが。どうでしょうか、はい、ありがとうございました」という言葉で教授会が終わった。


 ちょうど教授会が終わった時間。
 正門を井野綾子がショルダーバッグを肩にかけて足早に立ち去っていた。
 守衛が井野の横顔に向かって「お疲れ様です」と言いながら敬礼をしている。
 井野は振り返らなかった。


 河内は脇に会議資料を挟んで小走りに廊下を進む。
「あ、理事長、もう少し打ち合わせたいことがありまして」と河内は言いながら、田之浦を追いかけ、一緒に理事長室に向かう。

 河内は田之浦に追い付くと、息を整えながら話しだす。
「井野先生ねぇ。なにしに今日は出席したんでしょう、という感じですね」
 河内は横を歩く田之浦だけに聞こえる声でつぶやく。

「今日くらい、出席せずに辞めていけば良かったんですけどねぇ。あてつけのように叫んでいきましたね。迷惑ですよ、ホント」

「まあ、断末魔の叫びというのは、あれのことだな」田之浦は少し笑った。




3:2012年3月17日