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53:2013年3月18日

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2013年3月18日(月)9時7分

 藤堂道雄は、青葉大学の理事から簡素な電話連絡を受け、事務棟に顔を出した。

 青葉大学として、辞表を正式に受け取ったことが藤堂に伝えられた。

 伝えたのは、理事長秘書の土居紗代子だった。
 事務棟に現れた藤堂を、事務職員たちはよそよそしく一瞥している。
 土居は、藤堂を大学事務室の応接スペースへ導き、「藤堂先生からの退職のお願いを正式にお受け致しました。これまで本学のためにありがとうございました。藤堂先生の今後のご活躍をお祈り申し上げます。では、失礼します」と言った。

 土居の振る舞いは事務的で冷たかった。


「なんでや・・・」
 藤堂は、何が起きているのか理解するために時間がかかった。

 正確に言えば、結局理解できなかった。

 水本誠二は笑っていた。駅前の喫茶店でiPadを使いながら一人笑っていた。

 増田信吾は笑っていた。大学の近くの寿司屋で大将と一緒に笑っていた。

 これは藤堂の妄想であり、そして実際もそうであった。


 その夜、藤堂は水本に電話をした。
「水本先生・・、辞表が受け取られましたわぁ。ええ、ちょっとこれは」

 水本は、あわてて藤堂の話を遮って話し始める。
「まあ、今回の件で、お前もこれ以上のボロが出る前に幕引きになって良かったよな。あのままズルズル行ってたら、そのうちお前は、社会的に抹殺されることになってたからな。地べたを這いずりまわって、穢多非人のようにして生きていくことになってただろ? それに比べたらまだマシだぞ。あのまま行ってたら、お前が学生を脅迫してたことを、それを増田や理事長から、グチグチ、グチグチ言われて、もっと重い処分を言い渡されてたからな。アイツら弁護士を雇ってるだろ。それで司法的にも手を打って、大学の中で口裏合わせをして、あの手この手を使ってお前を社会的に抹殺するために、教育界から葬り去るために用意周到にやってただろうな」

「はい」

「とりあえず、今年の非常勤の口はあるのか?」

「えぇ、扶桑大学の実技の授業が2コマあります。でも、今のところそれだけですわ。後期から増やせるように、いろいろな人をあたってみますけどね」

「そうか、まあ、がんばれよ。また連絡くれよ。じゃあな」

 電話は切られた。
 なんだか納得がいかない。
 やっぱり水本は俺をハメたんか?

 いや、水本が言うことと逆の行動をしていたとしよう。
 水本の言う通りになってたんやないか?
 俺は青葉大学に潰されとったんやないか?
 では俺は何をやったら良かったんやろうか?

 携帯電話の連絡帳から「増田」の名前を検索してみたが、電話をかける気にはならなかった。
 電話をかけたとして、こんな時、増田に何を話せばええんやろう?
 それで、何が改善していくのやろう?

 しかし、藤堂の指先は無意識下で増田に電話をかけていた。
 呼び出し音が鳴る。
 にわかに緊張感が高まった。

 増田が着信した。
「あ、藤堂先生か。今回の件は大変やったけどなぁ・・・。まぁ、しゃあないぞ」

「ええ、分かってます。えらいご迷惑をおかけしました。正式に辞表になりましたんで。そういう連絡が、さっきあったんですわ」

「そうか、まあ、何かあったらまた連絡くれや」

「はい、えらいご迷惑おかけしました。ほんますんませぇーん」

 電話は切られた。
 俺はどうすれば良かったんやろうか?
 結局、俺は誰のせいでこんなことになったんやろう?

 理事長か?
 岩崎か?
 増田か?
 水本か?
 穂積か?
 永山か?
 いや、萩原や森元、他のゼミ生か?
 アイツらの親がなんかしたんか?
 いや、橿原かもしれへん。アイツはエクセルやSPSSを使いよるからな。

 待てよ、事務の誰かか?
 学生課が怪しいわ。
 高石が何かしたんか?
 教務もなんか隠しとるみたいや。
 庶務か?
 企画広報もなんかしとるはずや。
 図書館も、図書館は・・、図書館は、ないな。




54:2013年3月20日