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42:2013年2月19日

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2013年2月19日(火)19時15分

 藤堂道雄は、4年生ゼミの学生たちを集めて卒業パーティーを開いていた。
 越ヶ浦駅の近くにある小さなレストランを貸し切った。

 学生たちは15人ほどいる。
 お店とのやり取りは学生が進めた。

 藤堂は卒業プレゼントを手さげ紙袋の中に用意してレストランに入る。
「おぉ、元気か?」
 いつもより声を下げ、気取った挨拶をしてみる。
 気分はなんとなくロバート・デ・ニーロだったが、やっぱり気恥ずかしいからおどけて笑ってみせた。


 テーブルを囲んで、なごやかにパーティーは進んだ。
 これであとは卒業式でしか会えないかもしれないね。
 そんな会話が始まりだした。

 そろそろ終わりの時間か。藤堂は時計を見てみた。
 8時40分だ。

 藤堂の右斜め前に座っていた中田梨沙(なかたりさ)が聞く。

「先生、私たち4年生、みんな卒業できるんですか?」

 できない。

 各種会議で名前が上がっている学生がいる。
 ウェルフェアプロデュース学科では萩原香代だ。

「まあな。どうやろぉな?」
 笑いながら、思わせぶった返事をする。

「先生、この中にいるんですか?」
 笑いながら聞いてきた。

 99%の学生は卒業が見込まれている。
 本人からの希望がない限り、大学としては卒業させる方向で作業されているものである。

 しかし、何名かの学生は卒業できないことがほぼ確定している。
 他にも、教員免許や資格の付与ができない学生もいる。
 教務上、逆立ちしたって無理な状況にある場合、この時期ではどんなことをしたって無理である。
 そういう学生がいる。

 塩焼きにされた鯛を、炊き込みご飯にすることはできるが、活け造りにすることはできない。
 この時期にできる教務上の作業というのは、そんなところだ。
 葉大学としては、萩原香代を活け造りにすることはできない。

 藤堂はもったいぶって見せて、
「まぁ、こん中にはおらんな」と言った。

 良かった。
 これは藤堂もそう思っている。
 学生に感謝しなければならない。
 もし卒業できない学生を抱えていたら、やっぱり格好が悪い。
 卒業できない学生がゼミにいると、そのゼミの教員の指導力を問われるだろう。
 俺は学科長だ。
 教育能力が問われることがあってはならないのだ。

「えぇ! じゃあ、他のゼミにはいるんですか?」
 中田は本当に驚いた顔をしている。

「まぁ、そうやな」

 中田は、隣に座っている森元咲子(もりもとさきこ)の肩を叩く。

「チョットちょっと、ねぇ。私たちの学年に卒業できない人がいるらしいよ」

 森元は野菜スティックを食べていたが、それを口にしたまま驚いた顔をしてみせる。

「え! ほんと?」

 中田は藤堂に振り向く。

「ねぇ、先生、誰ですか? えぇー、私たちと一緒に卒業できないのぉ?」

「まぁ、そうやな。でも名前は言われへんな」

 それを決める卒業認定会議は来週の2月25日である。
 そこで最終的に決定される。
 それが終わったら発表。
 そういう流れだったような気がする。
 でも、萩原香代はどう頑張ったって無理だ。

 萩原香代はどこのゼミだったか。

 知らないわけがない。
 忘れるわけがない。
 あの穂積里香が受け持っている学生だ。

 へへへ、残念やったな。
 あんたは無能な教師やと思われるぞぉ。

 そんな妄想と願望を足して2で割ったような思いが、藤堂の顔を笑顔にさせる。

「先生! そんな笑ってないで、教えてよぉ」

 どうしようかな~。
 気がつくと、テーブルを囲んでいるゼミ生がみんな藤堂の方を向いている。

 気持ちいい・・・・

 最高だ・・・。

 このために大学教員をしているんだ俺は。

 学生たちの羨望の目を一身に浴びている今、俺はこの街の夜空を飛び回ることができる。

「ねぇ、それって学科長の先生しか知らないんですか?」
 森元が野菜スティックを頬張りながら聞いてきた。

 刹那。

 藤堂の中で何かが押された。
 淡く、甘く、鮮やかに。
 桃色の景色が広がっていく。

 藤堂はソファに深く沈み、湯船につかるように両肘を背もたれにかける。
 俺はまさに大空に舞う鷲のようだ。

「まぁ、そうやな」
 天井にぶら下がるライトを見上げる。

 眩しい。
 今の俺と一緒だ。

「学科長しか知らへんわこれは。大学の中でも、上の者しか知らされてないんや」

 ゼミ生たちは笑っている。喜んでいる。
 俺はこの日をずっと待っていた。
 足元の紙袋に入っているバラの花束よりも、もっと素晴らしいプレゼントを君たちに与えよう。
 そして、この僕を褒めてくれたまえ。

「これは問題になってるんや。卒業できへん奴がおる。なんでなんや。ゆうてな」
 なるべく穂積が不利に思われるように仕向けてやれ。
 言語選択が無意識に働く。
 自動化されたスキルだ。

「そしたら・・、まぁ、そうやな」
 ウーロン茶を一口飲む。

「穂積先生のところや。穂積先生のところから出たんや、卒業できへん子が」

 すごい。
 威厳があるぞ。
 全てがカッコいい。
 これが学科長だ。

「誰や、ってなったんや。・・・。そしたら・・・萩原や」

 決まった・・・・。

「えぇ!香代ちゃん卒業できないのぉ?」

「たしかにあの子、授業出てなかったもん」

 学生たちは口々に萩原のことで騒ぎ始めた。
 今、俺は最強にカッコいい。
 俺は今、最高に輝いている。

 このまま畳み掛けよう。
 これはスポーツの必勝法と一緒だ。
 俺はスポーツマンだ。

「あとなぁ、細木(ほそき)は教員免許が取れへん。教職の授業があかんかったわ。上島(うえしま)は指導員の資格があかんねん。アイツ、なんであの授業落としたんやろうなぁ」

 学生たちはさらに騒ぎ出した。
「先生、私は教員免許は大丈夫なんですか?」
 すがるような目に問いかけてくる。
 そのままお前を抱きしめてやろうか。
 俺は学科長だ。

 天井にぶら下がるライトを見上げる。
 眩しい。
 眩しいから眩しそうな顔をしてみた。
 だけどきっと笑っていたと思う。

 それを見た森元は、「きぃッしょ」とつぶやいた。




43:2013年2月25日