2016年2月5日金曜日

大学のこれから(1)

私はこれまで3つの大学に赴任したことがあるのですけど,それぞれの大学において,それぞれの特徴を見てきました.
そんな経緯だからなのか,学生を含め,大学というところで働いている人達の行動とか組織について,一定のパターンを見つけることが多いものです.

以前勤めていた大学の方からも,私がそこに居た時に話していた「この大学は何年後かに◯◯みたいなことをやり出しますよ」といったものが,現在,実際にそうなっているということも聞きます.

※そんなドタバタしていた3年前に,大学の在り方に不満をぶつけるつもりで書いてたのが,
とか,
とかです.

“実際にそうなっている” と言いましても,たいていは悪い方向の話なのですけど,私のように30歳そこそこの人間であっても,ツボさえおさえれば大学組織の将来の姿がかなりの精度をもって予測できるのだと感じている次第です.

「ツボさえおさえれば」というところが大事な部分でして,そのツボをおさえられていない人が案外多いものですから,現在の大学は,その思惑と期待とは裏腹に高等教育崩壊への道を突き進んでいるのです.

「ツボ」ってなんなんだ? と思われたでしょう.
なので今回の記事からは,それがどのようなものなのかお話しすることにします.

今回のツボ:整理整頓,スペースの有効活用を叫ぶ大学に未来はない
未来のない大学ほど,不要なものを処分しようとします.スペースを有効活用できないかと議論したがります.

とは言え程度の問題でもあります.どんな状況になったら危ないのか,その線引きですが.

例えば図書館の蔵書.古くなったものは捨てようとか言い出すのが典型的です.
古い蔵書を捨てたら即未来がないと言っているわけではありません.
そういうことを井戸端会議や教授会で言い出す教授陣がいることをもって,その大学に未来はないと言っているのです.

図書や雑誌は,大学における重要な教育資源です.それを「最近は読まなくなったから」とか「学生も興味を持っていない」とか「古い本がスペースを圧迫している」などと言って購読中止させたり廃棄しようとします.

なかには,不要なものを思い切ってバッサリ捨て去ることの有効性(?)を力説する教員もいます.しかもドヤ顔で.
たぶん,なんかの自己啓発本からの受け売りなのでしょうけど,とにかく浅はかな事この上ない.

古い本や資料がスペースを圧迫しているのであれば,それらを書架から降ろしてダンボール箱にでも入れて倉庫をつくって積んでおけばいい.まともな学者・大学教員ならそう思うはずです.
ところが,大学の未来を閉ざす教授陣は,「そんなことしたって骨折り損のくたびれ儲け,結局は誰のためにもならないよ」などと一般人と同じようなことを言い,いとも簡単に教育資源である古書や資料を「捨てる」という選択をする.
活用されていないものは無駄である,無駄を省くことで,活性化すると言い出します.
そう言えばこういうの,どっかで聞いたことがあるセリフですね.こういうものの根は一緒だと私は思います.

繰り返しになりますが,程度の問題ではあります.
それに,古い蔵書を捨てることそれ自体が悪いことと言っているわけでもありません.

そのプロセス,その着想に至る経緯に,学術性を重んじている集団としての態度が無いということが問題なのであって,そうした集団が運営する大学には未来がないと言っているのです.