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この国難をなんとかするために大学教育

難儀な教育評論家が世間から叩かれていることに乗っかり,前回は「キッチュ」の話をしました.
現在の日本を覆う病原菌,それがキッチュです.

キッチュについては,評論家の佐藤健志氏のブログで取り上げているのでそちらをどうぞ.
氏いわく,キッチュとは,
『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』で述べたように政治用語としてのキッチュは以下のように規定されます。1)明らかに無理があるタテマエを、2)〈みんなが共有している(はずだ)〉という点を根拠に「崇高にして達成可能な、美しい理想」のごとく絶対化し、3)そのような姿勢を取るうえで都合の悪い一切の事柄を、汚物のごとく見なして排除したがる態度。
これは教育論に限らず,日本社会のあらゆるところに現れています.

左翼・革新勢力が陥っている精神態度であることはもちろんのこと,私がここ最近の記事で名指しするようになった「ウヨク」もキッチュに陥っているのです.


例えば左翼はこんなキッチュに陥っています.
「憲法9条があれば戦争を防げる」
という無理のある建前を,
「戦争反対こそが美しい理想だと誰しもが共有している」
と考え,
「憲法9条を守ることが戦争をしない道」
だと絶対化し,
「他国から攻めてこられたらどうするの?」
といった都合の悪い事柄を排除したがる.
というもの.

逆にウヨクが陥っているキッチュとは,
「改憲・軍備強化すれば普通の国になれる」
という無理のある建前を,
「日本が普通の国になることが理想だと誰しもが共有している」
と考え,
「改憲・軍備強化によって世界的な地位が得られる」
と絶対化し,
「憲法9条を盾にすることで武力介入を回避してきた歴史」
という都合の悪い事柄を排除したがる.
ということになります.


ここで問題となるのは,
「誰しもがそれを理想だと共有していること」
と,
「都合の悪い事柄」
に対する考察が非常に弱いということです.

「戦争反対」は絶対的な美しい理想ではありません.
同様に,「普通の国になること」が理想なわけがない.

ちょっと想像力を働かせれば分かることですが,いずれも両陣営から
「そんなわけねーだろ! これが理想じゃないとしたら,何が理想なんだ!」
と文句が出ることです.

勢い,「だったら対案を出せ!」などと言ってくるかもしれません.
対案を出しても咀嚼するつもりなんかないくせに.


キッチュは国難です.
今,国民の多くに物事を噛み砕いて飲み込む咀嚼力が低下しています.
いや,そもそも多くの人間には咀嚼力はありません.
生来,咀嚼力ある者がその責務を負っていたのです.

かつて,民は統治者が噛み砕いてくれたものを食べればよかった.
しかし今は違います.
自分の力で噛み砕く必要があります.
民主主義だから仕方がない.

この咀嚼力をつけるのが大学の使命でもあります.
そんなことを論じているのが,ホセ・オルテガ・イ・ガセット 著『大学の使命』です.
御一読をオススメします.

オルテガは『大衆の反逆』でこんなことを言っています.
まえもって一つの意見を作りあげようという努力をしないで,その問題に関して意見をもつ権利があると考えるのは,私が《反逆する大衆》と呼んだ人間のばかげた生き方で,その人が生きていることを明らかに示している.(中略)愚か者は,自分を疑ってみない.自分が極めて分別があるように思う.ばかが自分の愚かさのなかであぐらをかくあの羨むべき平静さは,ここから生まれるのである.
ここに出てくる「ばか」とは,咀嚼力の無い左翼やウヨク,尾木ママと彼を支持する人たちのことを言います.

そんな「ばか」を克服するため,オルテガは大学教育に期待しています.
大学は,まず第一に,平均人が受けるべき高等教育として存立する.
ここでいう「平均人」とは大衆のことで,さっきの続きで言うなら「ばか」のことです.
この平均人を何よりもまず,教養ある人間にすること,すなわち,その時代の高さへと導くことが必要である.それゆえ,大学の第一の,かつ中心的な課題は,大きな教養学科の教授にある.
大学が使命を果たせなくなった時,この社会は一気に野蛮な世界へと逆戻りします.
これは誇張ではありません.
野蛮な人間社会を諌めるため,大学は誕生したのです.
人々はきわめて安易な,気まま勝手な世界を自分のまわりに作り上げて暮らしているのだ.だが彼らは不安を抱いている.今日の平均人は,大言壮語の身振り手振りをしてはいても,心底ではひどくものおじしている.彼らは,非常に多くのことを要求しきたるであろう真実の世界が現れるのを恐れている.だから彼らは,むしろ進んで生をいつわり,最も安易な,虚構の世界の殻の中へ,おのれの生を深く封じ込んでしまうのである.
そこに,大学の使命の歴史的重大性が存している.人間を啓発すること,時代の全文化を伝達すること,生が真正であるためにそこへ生がはまり込まねばならぬところの巨大な現代の世界を,明瞭かつ正確に露呈すること.この中心課題を大学は取り戻さねばならない. 
でも,具体的にどうすればいいの?
うちの学生に,そんな高尚なこと言っても通じないよ.

そのように嘆きたい人もいるかもしれません.
だから,レポート課題によってそれを克服する方法を記事にしたこともあります.
危ない大学に奉職してしまったとき:レポートの書かせ方
超便利:授業内レポート(小レポート,リアクションペーパー)作成のコツ
こちらも暇だったら御一読ください.


オススメ書籍