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体育学的映画論「ファースト・マン」

今日,久しぶりに「手に汗握る」映画を見ました.
現在(2019年2月8日〜)公開中の「ファースト・マン」がすこぶる面白い.
以前から楽しみにしていたのですが,この度ようやく視聴.
「月の映像がきれい」と評判が良いので,せっかくなのでIMAXで見てきました.

アポロ計画における「ニール・アームストロング船長の姿」を描いた作品で,決してニール・アームストロング船長の目から見た「アポロ計画」ではないことに注意が必要です.
てっきり「アポロ計画」のお話だと思ってしまうと,
「アポロ計画がどのようにして成し遂げられたのか」
という見方をしてしまい,肩透かしと足払いをくらうので気をつけましょう.
この作品は,あくまで「ニール・アームストロング」という男の生き様を描いたもの.

さっそく勘違いして見てしまった文化的素養の無い人が,映画を低評価しているようです.
トランプ大統領が「観ない」と宣言。人類初、月に行った男を描く映画『ファースト・マン』がアメリカで物議をかもす理由(ハフポスト 2019.2.7)
誰もが知る偉人を「1人の人間」として描く。この挑戦は想像以上にハードなものだった。
月に降り立ったアームストロング船長が月面に星条旗を立てるという歴史的に有名なシーンが、映画の中で描かれなかったことがアメリカ国内で大きな物議をかもしたのだ。
トランプ大統領は「この偉業がアメリカ発のものであることを恥じているようで残念だ」「映画を観るつもりはない」などと発言。
騒動に対してチャゼル監督は、映画の中には星条旗も映り込んでいると明言し、星条旗を立てるシーンを入れていない演出に「政治的な意図はない」という声明を発表するに至った。
人の振り見て我が振り直せ.
日本にもこういう系統の映画を見て「日本発のものを隠すような表現は残念だ」と言い出す人は結構います,否,たくさんいます.
そんなこと気にせず見ればいいのに.

映画は,アームストロングがX−15実験機のテストパイロットとして試験飛行をしているシーンから始まります.
このシーンの緊張感からして凄い.そして,アームストロングの冷静さと危機対処能力がいかに優れているのかを端的に描いています.
これがそのままジェミニ8号での姿勢制御と,アポロの月着陸船での着陸操作につながっているわけです.

とにかく,この映画を見れば宇宙飛行士がいかに過酷な仕事をしていたのかを追体験できるんです.
「一歩間違えば死」なんてことは頭では分かっているつもりでも,こういう映画にしてもらうと捉え方が全く違ってきます.
それと同時に,アームストロングという人物がいかに特殊な性格をしていたのかも窺える仕掛けになっているのです.

「一歩間違えば死」というか,実際のところ宇宙飛行士はしょっちゅう犠牲になっています.
次は誰が死ぬのか? という感じ.
むしろ,この作品は「死」をアームストロングの目を通して見つめている映画です.
映画の冒頭では,自分の娘の病死が描かれます.同時に,その時アームストロングは試験飛行したX−15でギリギリ生き残っています.
次にジェミニ計画では,親友の宇宙飛行士・エリオットが訓練中の事故で死亡します.一方,アームストロングはジェミニ8号の事故でギリギリ生き残るのです.
そしてアポロ計画では,これまた親友の宇宙飛行士・エドがアポロ1号の火災事故で死亡し,その影響からアームストロングは繰り上がって月着陸船のついたアポロ11号のクルーになるわけです.
このように,アームストロングは「大切な誰かの命を失ったあとに,自分自身は九死に一生を得る」ことを繰り返しているわけです.
事実は小説より奇なりと言いますが,これがアームストロング氏にとってのアポロ計画なのですね.
つまり,「自分が今生きているのは,誰かの命をもらっているからではないか」という意識があったのかもしれません.
だからこそ,死んでいった人のためにも,自分はなんとしてでも月に行く,と.月着陸船の操縦訓練も,異様な熱の入れようでした.

実際,映画では常に「墓穴」が意識的に描かれます.「死」が漂っている映画なのです.
アームストロングはいつも,事あるごとに「墓穴」を見ることになります.
映画冒頭では,娘の墓穴.
ジェミニ計画では,ジェミニ8号のドアが墓穴か棺のように不気味に撮られています.
そして最後のアポロ11号では,まさに月着陸船で着陸しようとする最中にあって,アームストロングの眼前に立ちはだかるように特大の「墓穴」が現れます.この演出にはしびれました.

というか,アポロ11号の月着陸があんなにギリギリの劇的な着陸作業だったとは知りませんでした.調べてみましたが,実際あんな感じだったらしいです.ウィキペディアには,燃料は25秒分しか残っていなかったとあります.
これで思い出したんですけど,かつてのパニック映画に「ディープインパクト」というのがありますが,そこで「アポロ計画に携わっていたパイロット」という爺さんキャラが登場します.彗星に着陸するための神業を持っているからということでクルーに選ばれた味のある役でしたが,これってニール・アームストロングをモチーフにしているんでしょうかね?

月に着陸したアームストロングは,劇中に最後の「墓穴」を見つめることになります.
そこに,娘の遺品であるアクセサリー(ブレスレット?)を投げ入れ,地球に帰還するのです.

月に最初に立った人がどういう人物であったのか,映画を通してその魅力に迫ることが出来ます.
ファースト・マンはオススメできる映画です.