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フォトジェニック症候群の具体的な発症例|「美術館女子」への批判

さすが,芸術の世界にはまだ常識がある


先日,現代社会では「フォトジェニック症候群」罹患者が多発しているという話をしました.
フォトジェニック症候群というのは私が作った用語で,簡単に言えば「フォトジェニック(写真映え)」,つまり「見た目のオシャレやクールさ」を重要な評価対象と考えてしまい,それに対する承認欲求が強い「俗物根性」のことを指します.
詳しくは以下の記事をどうぞ.
フォトジェニック症候群|現代社会と教育を蝕む思考


この病状が進行すると,健全な社会と文化が破壊されていくことが予想されます.
ようするに,フェイスブックやツイッターは人類の敵です.


そんなテーマに関するニュースがありました.

「美術館女子」は何が問題だったのか。「美術界のジェンダー格差を強化」「無知な観客の役割を女性に」(芸術手帖 2020.6.15)
美術館連絡協議会(以下、美連協)と読売新聞オンラインによる新企画「美術館女子」が、開始早々SNS上で大きな批判に晒されている。
本企画は、「読売新聞で『月刊チーム8』を連載中のAKB48 チーム8のメンバーが各地の美術館を訪れ、写真を通じて、アートの力を発信していく」(公式サイトより)というもの。その第1弾では、小栗有以が東京都現代美術館を訪れる様子を画像メインで伝えている。 この企画に対し、6月12日の公開後の週末、SNS上では批判の声が相次いだ。指摘されている主な問題は、「〇〇女子」という言葉に含まれるジェンダーバランスへの意識の欠如と、美術館がいわゆる「映え」のみの場所としてとらえられかねない見せ方をした点にある。
(中略)
美術手帖で「統計データから見る日本美術界のジェンダーアンバランス」を執筆した社会学者の竹田恵子は、美術館の楽しみ方は多様であることが前提としつつ、「『美術館女子』企画は、ほとんどの女性が美術のなかで『描かれる側/視られる側』=客体化されてきたという議論を無視しているかのように、女性観客をも客体化したつくりになっている」と指摘。

読売新聞が企画している「美術館女子」というのは以下のサイトです.
美術館女子(読売新聞)
画像:https://www.yomiuri.co.jp/s/ims/bijyutukanjyoshi01/より

やっぱりというか,当然というか.
この企画ですが,
「各地の美術館を訪れ、写真を通じて、アートの力を発信していく」
とあるように,まさに「芸術コンテンツをフォトジェニックで発信しよう」というものです.

気になる方は,上記リンク先の「美術館女子」をご覧になってください.
私も見てみましたが,酷いのなんの.

可哀想なのはモデルとなっている女性の方です.
このコロナ禍における貴重なお仕事なんでしょうけど,とんだ依頼を引き受けてしまいましたね.


冒頭のニュース記事はこう続けます.
キュレーターとしてジェンダーの問題に多角的に取り組んできた小勝禮子は、「今回の『美術館女子』は読売新聞社の企画を、美術館関連ということで美連協も関わることになったのだろう、美連協には気の毒なところもある」としながら、「企画者側のおじさん目線から考えられているため、残念ながらアウトな部分しかありません」と批判する。
(中略)
「『作品』としての小栗有以、という言葉が(サイト内で)流れていましたが、それは彼女を被写体として撮るカメラマン目線からの台詞でしょう。ここには、あくまで女性を創造の主体(芸術家)ではなく、撮影の対象としてみる旧態依然のジェンダー意識しかないのです。『映える写真』を撮られることが『女性目線』であるとされていて、女性の興味関心は『自分を映え』させること、見た目(外見)の美しさだけに向けられているかのような、女性の内面(知性や専門性)に思い及ばない、男性の企画者の固定概念による『目線』が如実に現れているとしか言いようがありません。ここにアートや美術館が介在する意味が、まったく考えられていないのです。

ですよね.
この企画に見えるのは,美術・芸術を「自分を映えさせるためのツール」と考えていることです.
もっと言えば,「アートを愛でる私を愛でて」というもの.

ケーキ屋さんのショーケースに並ぶケーキを見て,「キャーッ可愛い!」とわめく女子の心理と一緒です.
ケーキなんぞが可愛いわけがない.
ケーキごときを可愛いと言っている私が可愛いでしょ,ということ.

分析している小勝氏は,この企画を「おじさん目線」と捉えていますが,私はそうは思いません.
むしろ,おじさん目線だったほうが,なんぼか救いがあります.
もはや,おじさん目線を通り越して,多くの一般人の目線なんじゃないか,そんな危惧があるんです.


ニュース記事では,さらにこう続ける.
東京大学教授で同大芸術創造連携研究機構副機構長を務める加治屋健司は、「美術作品を見るのに知識は必要ではなく感動があればよいと、作品に対する理解を軽視している点が問題だと思います」と語る。
「美術館を『映えスポット』と呼んで、作品を鑑賞する場所である美術館を、インスタグラムなどの撮影場所のようにとらえているところも非常によくないと思います。こんなふうに館内各所で撮影したら、他の来場者の作品鑑賞の妨げになってしまうのではないでしょうか。さらに、無知な観客の役割を女性に担わせているところも、ジェンダー公正の点で大きな問題だと考えています。まさに、このような無理解や不公正を問題にして批判してきたのが近年の美術であることを考えれば、大きな問題がある企画だったと思います」。

その通り.
こんな調子で芸術と向き合っていたら,ドミノ倒しの如く次々と人類の文化が破壊されていきます.

以前,卒業論文発表会の打ち上げとして,ゼミの学生を寿司屋に連れて行ったことがあります.
このブログでも話題にしたことがありましたね.
そこで出てきた寿司を,カメラで撮影しようとしていた学生がいたので叱りつけました.
寿司を撮る学生とテレビのない学生

お店の大将はニコニコ笑って対応してくれていましたが,これを野放しにしてはいけません.
それは我々大人の責任と義務です.

百歩譲って,グルメ雑誌の取材記者だとか,それを生きる糧にしているなどという覚悟があるならわかります.
そうでないのなら,黙って美味しくいただくことです.

ちなみに,その寿司屋の大将は,グルメ系メディアの取材は一切お断りしている人です.





このニュースが炎上しただけ救いがある


なんにせよ,「美術館女子」は批判の的になりました.
これは,美術・芸術の世界には,まだまだ常識的な判断ができる人が多いということでもあります.

結局,人類最後の砦は「アート」なんだろうなと,そんな想いを強くした話題でした.


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