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前回記事の補足|JAを介した農作物の価格について

前回の記事では,栽培・流通・販売という一連の流れに詳しい農業法人の方を招いた,日本記者クラブでの記者会見の様子を紹介しました.

その内容を聞いていただければ,現在の米騒動への理解度がだいぶ高まりますよ,というものです.

端折って言えば,米の価格は当面の間下がることはないだろうし,備蓄米の放出は(現状の政策と仕組みでは)価格低下への影響は微々たるものでしかないし,むしろ不安定化するとさらなる高騰を招きかねないというものです.

ただ,この状況というのは,米に限らず日本の食料品価格を考える上で重要なきっかけとなっているのかもしれません.

そこで今回は,前回でも少しだけ私のJA(農業協同組合)に関する現状の補足を入れましたが,この「JAを介した農作物の価格決定のプロセス」について,その現状を補足したいと思います.


前回の記者クラブ会見動画を紹介したのは,「これを見てもらえれば理解できる」というものだったので,今回も「これを見てもらえれば...」をご紹介します.

他にも詳しく解説している記事はあるのかもしれませんけど,以下が良いのではないかと思います.

『令和のコメ騒動』(2)コメ価格の一般的な決まり方 食料自給率と安全保障 第11回(三井総合研究所コラム)

一般論は上記記事に譲るとして,これについて一農家からの意見をいくつか述べていきます.
特に,世間一般に流布している「噂」との乖離とか,もっと言えば,なにかと目にする「JAに対するマイナス評価や不満」の発信ですが,そうした発信がされる背景や,実態とのズレを取り上げます.

※なお,私は農協の組合員ですが,農協所属の職員ではありませんし,近しい身内に農協の者はいません.


よく,こんな話を聞きますよね.

JAが農作物を安く買い叩いているので,農家が困っている
JAは農家から安く買い取っているのに,供給量を調節して高く売っている

というものです.

特に今回の米騒動でよく耳にするようになりましたが,もともと農業に携わる人達からもよく聞かれる話でしたね.
いわゆる,「JAが日本の農業を衰退させている」論の典型です.

これは私としては,かなり実態とのズレがある話だなと思っています.

特に,上記記事を読んでもらえると理解できることですが,「栽培・流通・販売」の一連の流れを手掛けている方々からすると,「おまえは一体何を言ってるんだ?」な話です.

本件について,ネット記事とかYouTube動画などで解説している方もいろいろいますが,「この手の話は実態とはズレている」という解説をしている人の多くは,
(1)栽培・流通・販売をすべて経験したことのある,それでいてJAに(にも)出荷している農家
もしくは,
(2)堅実な経営を目指して流通・販売に携わっている農業支援者
というところでしょうか.その方の素性や経歴など,調べてみるのもいいでしょう.

実は,私の身の回りでも,この「JAに出荷すると安く買い叩かれる!」「農家の味方になってくれていない!」という言説はたくさん聞かれるんですが,概ね,そういう不満を口にする人達は「栽培(出荷)」しかしていない農家です.

「いや,私は地元のスーパーとか,道の駅,地場産店にも出品しているよ」
という人もいるでしょうが,では,そういう出品物でその人の農園が経営できているかというと,極めて厳しいし,怪しいでしょう.

私も地域の多数の地場産店に出品している者ですが,ここからの収入で安定した経営が成り立つことはありません.
経営の足しになる程度で,お小遣い稼ぎみたいなものです.

私自身としては,こういう活動は「消費者拡大の広告」であり,「マーケティングの勉強」だと思って取り組んでいます.

なので,どう考えても一般農家としてはメイン収入としてJA出荷が必要になってきます.

JA出荷以外だけで成り立つようにすることは不可能ではないのですが,おそらく,
(1)大きな消費地である大都市が近くにある
(2)経費削減と生活費をメチャクチャ工夫する
といった状況でないと,難しいです.
(これについて詳しく話すときりが無いので,この話はまた別の機会に)


そんなわけで,こういう「JAは安く買い叩いている」と訴える農家さんは,JAが提示してくる農作物の買い取り価格がどのように決まっているのか,もっと言えば,なぜその価格になっているのかが理解できていません.

もっと身も蓋もない話をすれば,そもそもこの手の農家さんは「JAが価格を決めているわけではない」ことを知らずに文句言っている場合が多いです.
もしかすると,農家以外の方々も,そのように勘違いして農業問題を考えている人も多いのではないでしょうか?

そんな農家さんがJAに文句を言うと,JA職員さんはこう返します.
「そんな事言われても,私達が価格を決めているわけではないので」
すると怒鳴り散らす農家はこう言います.
「だったらどこで決まっているんだ!」
JAはこのように答えます.
「市場です.市場で決まっているんです.市場でついた価格を皆様にお支払いしているんです」
と.

私が所属している組合で実際に起きたことを話しますね.

常日頃から高圧的な態度をとりがちな農家さんがいるんですけど,折からの農業資材高騰のあおりを受けて経営が行き詰まったのか,JAのところに凄い剣幕で怒鳴り込んだことがあります.
で,どうやら上記のような話になったようなんですね.

そしたら,高齢でもあり親分的立場にもあるこの農家さんは,
「だったら市場の人間をここに呼んでこい! そこで交渉しようじゃないか!」
ということで,主な取引先である市場の方々をお呼びして「価格交渉会議」ということになりました.

私も組合員なので会議開催の趣旨の説明と,出席の指示がきたんですけど,全く意味不明です.
それで私,聞いたんです.
「こんな会議,本当にやるんですか? 大丈夫ですか?」
と.
JA職員さんは困った顔をしながら,絶望を諦めたように笑っていました.

なんかその,こういうことこそが本当の「農業の闇」「JAの闇」なんだと思うんですが,あまり表には出てきません.


農家に支払われる価格は市場で決まっている.
それは本当です.
でも,その価格自体を決めているのは「市場の人」ではないですよね.
卸業の人がつけているんです.

一般の方であっても,それはご存知かと思います.
よく,季節のニュースなんかで,漁業市場に買い付けに来た卸業の人が,マグロとかカニとかをせり落す場面があったりするじゃないですか.
農作物であっても,あれと似たことをやっています.

ですから,より丁寧にいえば,市場で卸の人がつけることによって,価格が決まっているんです.


で,その会議は地獄でした.
意味不明な文句を言う高圧的な農家と,事情説明に必死な市場の方との全然噛み合わない1時間.

会議後,市場の方と名刺交換したんですが,
「頑張ってください.若い人には期待しています」
と言ってくれました.

本当に心の底から言ってくれているようでした.

このブログを読んでくれているような,比較的理解力が高い人達にはむしろ理解できないかもしれませんが,それが農業の現場です.


もっと言えば,卸業の人にしても,自分たちが農作物に「その価格」をつけているつもりはないのかもしれませんよね.
だって,卸業としては,小売店(スーパーとか飲食店とか)に買ってもらえる価格をつけることになります.

つまり,農作物の価格を決めているのは小売店および消費者自身ということになるんです.
その点について,米価格の観点から解説してくれているのがあの記事です.


ここまで読んでくれた上で,前回記事の動画を見返してくれると,より理解が深まると思います.

じゃあ,一体誰がこの米価格の高騰を招いているのか? ということですが.

会見に出ていた齋藤氏は,それを「消費者」だという趣旨を匂わしていましたよね.
そして,実態的には「小売店」や,その小売店に近い位置の「卸業者」だということです.

消費者が高くても買うのだから,それに合わせて小売店が高く値をつける.
小売店が高く値をつけるようになったから,それに合わせて卸業者が値段を釣り上げる.

そして,それに合わせて農家やJAが値段を釣り上げ...,と言いたいところですが,動画内で齋藤氏もおっしゃっていたようにそれはないんです.
なぜなら,もうすでに2024年度の米の買い取りは終わっているからです.

なんなら,契約栽培をしている米農家さんは,すでに2025年度の契約は終わっているところもあるようです.
つまり,今年の秋の米価格も,すでに決まっていると言っていい.

そんなわけで,JA出荷されることになる2025年度の米の価格も,おそらく先程の契約農家さんたちの価格が今年度用として参考にされると思いますので,よって,今年の秋も現在と同じような価格になるだろうな,というところまでは分かるわけですよ.

だから,一般的な農家の見解としては,米価格は高止まりのまま1〜2年は推移するだろうというものになります.
(輸入米の導入とか,買い取り契約なしの備蓄米とかがなければね)

これを変えられるのは政治しかないんですが,さあ,どうなることやら,というわけなのです.

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