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桃太郎(AIアレンジ)

桃太郎(AIアレンジ)


第一章 川から来たもの


むかしむかし、山あいの村に、年をとった夫婦が住んでいました。
村の人たちは、男を爺さま、女を婆さまと呼んでいましたが、二人には、若いころからずっと名前で呼び合う習わしが残っていて、爺さまは婆さまを「おえん」、婆さまは爺さまを「さくべえ」と呼んでいました。

「おえん、今日は川の水が澄んどるなあ」
「そうですねえ、さくべえさん。こんな日は洗濯物も気持ちよく乾きますよ」

春も終わり、山の緑が少しずつ濃くなっていくころでした。 
おえんは、たらいに洗濯物をのせ、村の外れを流れる川へ向かいました。 
その川は、上流では岩を打ち、下流ではゆるやかに光を集め、山の気と里の気をつなぐ川だといわれていました。
子どものいないおえんは、洗濯をしながら、ときどき川面に向かって胸のうちをこぼすことがありました。

「川の神さま、山の神さま。うちにも、もしもご縁があるなら、にぎやかな声をくださいな」

その日もまた、そんなふうに小さく願いごとを口にしたときでした。 
上流のほうから、どんぶらこ、どんぶらこと、何か大きなものが流れてきました。

最初は倒木かと思いました。 
けれど、それは日に照らされるたびに、やわらかな桃色に光りました。 
近づくにつれ、丸く、ふくよかで、見たこともないほど大きな桃であることがわかりました。

「まあ、なんてこと。桃が……川を流れてくるなんて」

おえんは目を丸くしました。
しかもその桃は、ただ大きいだけではありません。 
あたりに、ほのかに甘い香りを漂わせ、川の流れに逆らうでもなく、まるでおえんのいる岸へ自ら寄ってくるようでした。

「こっちへおいで。そうそう、もう少し」

おえんがそう言うと、桃はくるりと向きを変え、岸辺の石に軽く当たって止まりました。

「これは一人じゃ運べませんよ」

おえんは急いで村へ戻り、さくべえを呼びました。 
さくべえは最初、話を半分しか信じませんでしたが、川辺に着くと、腰を抜かしそうになりました。

「こりゃあ桃じゃ。だが、こんな桃、見たことがない」 
「でしょう。神さまのおすそ分けかもしれませんよ」 
「神さまかどうかはわからんが、腹いっぱいになることはたしかだな」

二人は苦労してその桃を家まで運びました。 
庭にござを広げ、その真ん中に桃を置くと、家の中がぱっと明るくなったようでした。

「さて、割ろうか」 
「待ってくださいな。せっかくですもの、塩をひとつまみ持ってきます。昔から、授かりものには礼をしてから手をつけるものでしょう」

おえんが塩をまき、二人で手を合わせた、そのときでした。

ぱかり。

桃は、包丁も入れていないのに、ひとりでに割れました。

中から現れたのは、みずみずしい果肉でも大きな種でもなく、白い布にくるまれた赤子でした。 
赤子は大きな声で泣くでもなく、ゆっくり目を開いて、二人の顔を見上げました。

「おぎゃあ」ではなく、 「ふあ」 と、小鳥のような息をもらしたその子に、おえんは両手を口に当てました。

「さくべえさん……」 
「ああ」 
「この子は……」 
「ああ。きっと、うちに来ることになっていた子だ」

赤子は頬がほんのり桃色で、肌は水のように透きとおっていました。 
おえんが抱き上げると、体はあたたかく、桃の香りがしました。 
さくべえが指を差し出すと、小さな手がそれをぎゅっと握りました。

「桃から生まれた子なら、桃太郎でしょうか」 
「それがよかろう。桃太郎だ」 
「桃太郎。うちへよう来たねえ」 
「今日からおまえは、わしらの子だ」

こうして、川から来た桃の子は、桃太郎と名づけられました。

けれど、その夜のことです。 
寝かしつけた桃太郎の枕元で、おえんはふと不思議なものを見ました。 
開いたままの桃の内側に、うすく金色の文字のようなものが浮かんでいたのです。 
文字とも模様ともつかぬものは、水に揺れる月影のようにゆらめいて、すぐ消えてしまいました。

「山から来た子か、川から来た子か、それとも空から落ちた子か」

おえんは思わずつぶやきました。 
すると、眠っていた桃太郎がまぶたも開けずに、小さな声で言いました。

「みんなから来た」

その声を聞いて、おえんは胸がじんと熱くなりました。


第二章 桃の子ども


桃太郎は、ふつうの子よりも少し早く育ちました。 
だからといって、いきなり大人のようになるわけではありません。 
笑い、転び、泣き、眠り、よく食べ、よく見つめる子でした。 
ただ、その目には、ときどき年寄りのような静けさが宿りました。

三つになるころには、山道を一人で駆けのぼり、 五つになるころには、薪を背負ったさくべえを手伝い、 七つになるころには、村の悪童たちが束になってもかなわぬほど元気になっていました。

「桃太郎、おまえはほんとうに丈夫だな」 
「父さま、ぼくは山の風を吸うと、胸の中が鳴るんです」 
「胸の中が鳴る?」 
「うん。川のそばへ行くと、水の音も、空の鳥の声も、みんな近くなるみたいで」

おえんはそれを聞いて、少しだけ心配そうにしました。 
村には古くから、川に拾われた子は水の子、山に授かった子は山の子、桃や瓜から生まれた子は境の子だという言い伝えがありました。 
人と神さまの境、里と異界の境、その狭間から来る子だというのです。 
そのような子は、幸をもたらすこともあれば、遠くへ行ってしまうこともあるとされていました。

ある年の秋、村に異変が起こりはじめました。 
山の畑が荒らされ、納屋の米俵がなくなり、夜更けに金棒を引きずるような音が聞こえるのです。

「鬼だ」 
「鬼が山向こうに出たらしい」 
「人さらいもするって話だ」 
「島に住む鬼どもが、舟で来るんだとよ」

噂は日に日に大きくなりました。 
見た者は赤い顔の鬼だと言い、青い肌だと言う者もいました。 
角が一本だったという話もあれば、三本だったという話もありました。 
ただ、一つだけ、誰の話にも共通していたことがあります。

鬼は、米や金だけでなく、人の大事なものを奪う、ということでした。

ある家では、亡くなった母の形見の櫛がなくなりました。 
ある家では、先祖代々の守り刀が消えました。 
またある家では、物は何も盗まれていないのに、父親が突然、末の娘の名を思い出せなくなったのです。

「鬼に、思い出まで盗まれた」 
そう言って、村人は震えました。

桃太郎は、囲炉裏の前でその話を聞いていました。 
火がはぜる音の向こうで、村人の声は暗く沈んでいました。

「このままでは、冬を越せん」 
「誰か退治に行ける者はおらんのか」 
「行けるものか。鬼だぞ」

そのとき、桃太郎が立ち上がりました。

「ぼくが行きます」 

「桃太郎」
おえんの声が震えました。
さくべえは黙って息をのみました。 
村人たちは、一斉に少年を見ました。

「ぼくが鬼ヶ島へ行って、鬼を退治します」

まだ若いとはいえ、桃太郎はすでに肩幅も広く、目にも力がありました。 
けれど、それでも親にとっては子どもです。 
おえんは思わず桃太郎の腕をつかみました。

「だめです。鬼なんて、どれほど恐ろしいか」 
「母さま」 
「おまえを授かったのが夢みたいだったのに、また失うなんて、そんなの、そんなの耐えられません」 
「失いません」

桃太郎は静かに言いました。

「ぼくは、行かなければならない気がするんです。鬼が何を盗んでいるのか、どうしてこの村にまで来るのか、確かめたい。もしもぼくが境の子なら、境へ行く役目がある」

その言葉に、さくべえが低くうなりました。

「役目か」 
「はい」 
「ならば、止めても行くのだな」 
「はい」

囲炉裏の火が一つ、大きくはぜました。 
さくべえはその火を見つめ、やがて言いました。

「おえん。腹をくくろう」 
「でも」 
「この子は、うちに来た日から、わしらの子だ。だからこそ、行く道を自分で選ばせよう」 
「さくべえさん……」 
「桃太郎。行くなら、ただ強いだけではいかん。飯を食え、よく眠れ、よく考えろ。怒りだけで鬼を打つな。目をそらすな」

桃太郎は深く頭を下げました。

「はい、父さま」 
「母さま、きび団子を作ってください」 
「鬼退治の供にするためかい」 
「それもあります。でも、道連れに会ったとき、分けるためです」 
「……わかりました」

おえんは涙をぬぐいながら、そう答えました。


第三章 きび団子と三つの声


旅立ちの朝、空は晴れていました。
おえんは夜明け前から起きて、きび団子をこしらえました。 
ただの団子ではありません。
畑で採れたきびをひき、山の湧き水でこね、少しの塩と、ほんの少しの桃の汁を混ぜた特別な団子です。
桃の汁は、桃太郎が生まれたあの桃の皮を干し、煎じてとっておいたものでした。

「これを食べれば、腹持ちがいい。けれど、食べる相手はよく見なさい」 
「はい」 
「本当に飢えている者にだけ渡すんですよ」 
「はい」 
「それから」 おえんはそこで少し笑いました。 「無茶をする前に、一つ食べるんです。おまえ、夢中になると何も食べないんだから」 
「はい、母さま」

さくべえは古い脇差を一本、桃太郎に渡しました。

「これは、わしの父の、そのまた父が使っていたものだ。重すぎず、短すぎん。守りにもなる」 
「ありがとうございます」 
「だが、刀は最後だ。できれば言葉で終わらせろ」 
「鬼に、言葉が通じますか」 
「通じん相手かどうか、それを見きわめるのも役目だ」

桃太郎は荷を背負い、きび団子を腰に下げ、家を出ました。 
振り返ると、おえんが戸口で手を振っていました。 
さくべえは腕を組んだまま、けれど誰よりまっすぐに息子を見ていました。

山道に入ってしばらく行くと、草むらから低いうなり声が聞こえました。 
灰色の大きな犬が、片足をかばうようにして立っていました。 
ただの野犬ではありません。 
毛並みは荒れていても目が鋭く、人のことばをよく聞いている顔でした。

「止まれ」 と、犬が言いました。 「おまえ、うまそうな匂いをさせているな」

桃太郎は足を止めました。

「きび団子の匂いだよ」 
「一つよこせ」 
「どうして」 
「腹が減っている」 
「それだけか」 
「それだけでは足りんか」

犬は唇をめくって牙を見せましたが、その後ろ脚は震えていました。 
桃太郎はしゃがみこんで、犬の足を見ました。 
木のとげが深く刺さり、化膿しかけています。

「まず、とげを抜こう」 
「噛むぞ」 
「痛ければ噛んでいい。でも、抜かないともっと痛くなる」

犬は怪訝そうに桃太郎を見ました。 
けれど、その目に嘘がないとわかると、しぶしぶ足を差し出しました。 
桃太郎がとげを抜き、湧き水で傷を洗ってやると、犬はふるふると体を震わせ、大きく息を吐きました。

「……礼を言う」 
「団子をあげよう」 
「いいのか」 
「うん。君は腹が減っていて、しかも足を痛めていた」 
「名を聞こう」 
「桃太郎」 
「ならば、俺は犬丸だ。桃太郎、その団子一つで、おまえの家来になってやる」

桃太郎は笑いました。

「家来じゃなくて、仲間になってくれ」 

犬丸は少し黙り、それから鼻を鳴らしました。
「変なやつだな。まあいい。仲間だ」

二人がさらに進むと、今度は木の上から声がしました。

「おーい、下のふたり。そこの団子、甘いか」

見上げると、尾の長い猿が枝にまたがっていました。 
栗の殻を頭に乗せ、目をきらきらさせています。

「甘いよ」 
「一つくれたら、いいことを教えてやる」 
「どんないいこと?」 
「この先の崖道で、落石がある」 
犬丸が唸りました。 「聞こえ透いた嘘だ」 
猿はけらけら笑いました。 「半分ほんと、半分うそ」 
「じゃあ、信用できないな」 
「そう怒るなよ、犬。おれは猿吉。腹が減るとちょいと口がすべるだけさ」

桃太郎は猿吉を見上げました。 
猿の腕には、縄の痕のような傷がありました。 
どこかで捕まっていたのかもしれません。

「一つあげるから、正直に話して」 
「正直に?」 
「うん。どうしてほしいのか」 
猿吉はしばらく黙っていましたが、やがて肩をすくめました。 
「ほんとはな、鬼ヶ島へ行く道を探してる。おれの山に、鬼が来た。木の実をごっそり持っていっただけじゃない。うちの年寄り猿が守ってた祠の鈴まで盗んだ。あの鈴がないと、山の道が静かすぎて落ち着かない」 
「祠の鈴?」 
「山ってのは、音が要るんだよ。風の音、葉の音、鈴の音。鬼はそういうのをわからない」

桃太郎は団子を差し出しました。

「じゃあ、一緒に来る?」 
猿吉は目を丸くしました。 「追い払わないのか」 
「どうして?」 
「おれ、ちょろまかすし、口も軽いし」 
「でも、さっき本当のことを言った」 

猿吉は団子を受け取ると、にやっと笑いました。 
「よしきた。おれは賢いから、役に立つぞ」 
犬丸がぼそりと言いました。 「騒がしいだけだろうが」 
「なんだと犬」 
「やるか」 
「やめなよ、二人とも」

そうして三人になりました。

峠を越えた夕暮れどき、今度は空から影が落ちてきました。 
一羽の雉が、傷ついた羽で地面に降り立ったのです。 
雉は胸を上下させながらも、気高く首を伸ばして言いました。

「旅の者、その団子を一つ恵んでください」 
「もちろん」 
「理由は聞かないのですか」 
「聞くよ。けれど、まず水を飲んで」

桃太郎が竹筒の水を差し出すと、雉は静かに飲みました。 
羽には焼け焦げた跡がありました。

「私は空見と申します。鬼ヶ島の上空を飛んでいたところ、火の矢で射られました」 
犬丸が耳を立てました。 
「鬼ヶ島の上だと?」 
「ええ。あの島は、ただの島ではありません。海霧に隠れ、近づく者の心を乱します。怒っている者はますます怒り、怯えている者は立てなくなる」 
猿吉が顔をしかめました。 「いやな島だな」 
「けれど、高いところから見れば、道筋はあります。私はそれを知っています」

桃太郎は団子を渡しました。 
空見はそれをくちばしで受け取り、深く頭を下げました。

「この恩は忘れません。どうか、私もお供させてください」 
「ありがとう。仲間が増えるのはうれしい」 
「仲間、ですか」 空見は少しだけ目を細めました。 「よい言葉です」

こうして、桃太郎は犬丸、猿吉、空見とともに、鬼ヶ島を目指すことになったのです。


第四章 海へ向かう道


四人の旅は、にぎやかでした。 
犬丸と猿吉はすぐ言い争いをはじめるし、空見は空から見えるものをいちいち報告するし、桃太郎はそのあいだで笑ったり、止めたり、考えこんだりしていました。

けれど、夜になると、それぞれの寂しさが火のまわりに集まってきました。

ある晩、浜辺の松林で焚き火をしていると、猿吉がぽつりと言いました。

「なあ、桃太郎。鬼って、みんな退治されるべきだと思うか」 
犬丸がすぐに顔を上げました。 「何を言い出す」 
「いや、ちょっとな。おれは鬼に腹が立ってる。でも、山で見た小鬼は、でっかい鬼の後ろでびくびくしてた」 
空見も静かに言いました。 「私も見ました。大鬼の命令で火矢を運ぶ小鬼を」 
桃太郎は火を見つめました。 「わからない。だから見に行くんだと思う」 
「見に行って、もし事情があったら?」 
「事情があっても、人から奪っていい理由にはならない」 
「じゃあ、やっぱり戦うのか」 
「必要なら」 桃太郎はそこで顔を上げました。 「でも、必要じゃないなら、終わらせ方を考える」

犬丸は鼻先を火に向けたまま、低くうなりました。

「俺は鬼が嫌いだ。だが、おまえのその言い方は嫌いじゃない」

翌朝、海辺の漁村に着くと、村人たちは桃太郎たちを見てざわめきました。 
若者一人に犬、猿、雉という取り合わせが、ただものではないとわかったのでしょう。 
桃太郎が鬼ヶ島へ行くのだと告げると、年老いた船大工が前に出ました。

「若いの、鬼ヶ島へ行くなら、この舟を使え」

それは小さいながら頑丈な木舟でした。 
波に削られたような曲線をもち、船底には古い護符が貼られていました。

「昔、わしの息子も鬼退治に行った」 船大工は言いました。 「帰ってはこんかった。だが、むだ死にだったとは思いたくない。おまえさんに託す」 
桃太郎は深く頭を下げました。 「必ず帰ります」 
「帰れ。勝つことだけが勝ちじゃない。帰ることも勝ちだ」

その言葉は、桃太郎の胸に重く残りました。

海へ出ると、鬼ヶ島はすぐには見えませんでした。 
霧が低くたれこめ、波は穏やかなのに、どこへ向かっているのかわからなくなるほどでした。 

空見が上空へ舞い上がり、叫びました。
「右です、桃太郎。右へ。黒い岩礁を避けて」 
「よし」 

犬丸が船首に立って匂いをかぎました。 「潮のにおいの向こうに、鉄の匂いがする。あれが鬼ヶ島だ」

 猿吉は櫂をこぎながら、歯を食いしばりました。 「早く終わらせたいな」 
「怖いのか」 と、犬丸。 
「怖いに決まってるだろ」 
「正直だな」 
「おまえこそ、しっぽが膨らんでるぞ」 
「これは潮風だ」 
「へえへえ」

桃太郎は二人のやりとりに少し笑い、それから前を見ました。
 霧の向こうに、ようやく黒い影が浮かびました。 
切り立った崖、歪んだ松、赤黒い門。 
鬼ヶ島でした。


第五章 鬼の門


鬼ヶ島に上陸すると、地面は赤茶け、ところどころに白い骨のような石が転がっていました。 
風は吹いているのに、どこか息苦しく、耳の奥で低い唸りが続いているようでした。

「ここは、島そのものが怒っているみたいだ」 桃太郎が言うと、空見が翼をすぼめました。
「怒りだけではありません。悲しみも、恨みも、長く積もっています」

門の前には、二体の見張り鬼が立っていました。 
一体は赤鬼、もう一体は青鬼です。 
赤鬼は大きな金棒を持ち、青鬼は目つきの鋭い槍を持っていました。

「何者だ」 赤鬼が吠えました。 
桃太郎は一歩前へ出ました。 「桃太郎だ。村々から奪ったものを返してもらいに来た」 
青鬼が鼻で笑いました。 「返してほしければ力づくで来い、というわけか」 
「できれば話がしたい」 
赤鬼がけらけら笑いました。 「人間が、鬼と話だと?」 
「聞ける耳があるなら」 
「ないと言ったら」 
「なら、通してもらう」

その瞬間、赤鬼が金棒を振り下ろしました。 
けれど、犬丸が飛びついて腕に噛みつき、猿吉が背中へまわって目をくらませ、空見が青鬼の顔面を翼で打ちました。 
桃太郎は身をひるがえして金棒をかわし、脇差の鞘で赤鬼の手首を強く打ちました。

「うぐっ」

金棒が地面に落ちました。 
青鬼が槍を突き出すと、桃太郎はそれをすれすれで避け、柄をつかんで引き寄せました。 
よろめいた青鬼の膝裏に犬丸が体当たりし、猿吉が槍を奪い取りました。

「どうだ」 猿吉が槍を逆さに持って言いました。 「まだやるか」

二体の鬼は地面にひざまずき、荒い息をつきました。 
桃太郎は脇差を抜きませんでした。

「もういい。命まで取る気はない」 
赤鬼が驚いたように顔を上げました。 「とどめを刺さんのか」 
「門番を倒しに来たんじゃない。奪ったものを返してもらいに来たんだ」 
青鬼が低く言いました。 「……鬼の頭領は、奥だ。だが気をつけろ。あの方は、昔からこんなではなかった」

「昔からこんなではない?」
 桃太郎が問い返すと、青鬼は苦い顔をしました。 「飢えたものを束ね、捨てられたものを集め、島を作った。最初は、奪うためではなかった」 
赤鬼がうつむきました。 「だが、長く恨みを抱えすぎた。恨みは腹を満たさんのに、腹より重い」

桃太郎は門の向こうを見ました。 
黒い城のような建物が、島の中央にそびえていました。

「教えてくれてありがとう」 
「行くのか」 と、赤鬼。 
「行く」 
「なら、せめてそのままの目で見ろ。鬼だからと、最初から決めるな」

桃太郎はうなずき、門をくぐりました。


第六章 鬼の宝


城の中には、村から奪われた数々の品が積まれていました。 
米俵、反物、鍋釜、刀、櫛、鈴、数珠、玩具、古い手紙。 
そのどれもが、人の手のぬくもりを失い、ただ並べられているだけでした。

「こんなに……」 空見が声を落としました。 
「物だけじゃない」 犬丸が言いました。 「匂いが変だ。涙の匂いが染みついてる」 
猿吉は薄暗い棚の奥から、小さな鈴を見つけました。 「これだ。山の祠の鈴だ」 
振ってみると、澄んだ音がひとつ鳴りました。 
その音を聞いた瞬間、城の奥で何かが動く気配がしました。

「来るぞ」 桃太郎は言いました。

広間の扉が開き、巨大な鬼が姿を現しました。 
角は二本。
髪は荒波のように長く、赤黒い肌には無数の傷が走り、目だけが燃えるように金色でした。 それが、鬼ヶ島の頭領でした。

「人間の子」 鬼は低く響く声で言いました。 「よくここまで来たな」 
「あなたが頭領か」 
「そうだ。おまえが桃太郎か」 
「知っているのか」 
「知っているとも。川から来た桃の子。山と里のあわいに生まれた者」

桃太郎は目を細めました。 「どうして知っている」 
鬼はゆっくり笑いました。 「おまえだけではない。境から来る者の匂いは、鬼にはわかる」

犬丸が唸りました。 「能書きはいい。盗んだものを返せ」 
鬼の頭領は犬丸に目を向けました。 「犬、猿、雉。昔話のとおりだ」 
猿吉が叫びました。 「昔話どおりなら、おまえはここで負けるんだよ」 
「そうかもしれん」

鬼は否定しませんでした。 
そのことが、かえって不気味でした。

桃太郎は一歩前へ進みました。 「なぜ奪う。米も、宝も、思い出まで」 
鬼の頭領はしばらく黙っていました。 
やがて、背後の高い窓へ目をやり、海のほうを見ながら話し始めました。

「昔、鬼と呼ばれる前、我らは山の向こうの民だった。戦に負け、土地を失い、名を失い、里から追われた。角があるだの、顔が恐ろしいだのと言われてな。だがほんとうに恐ろしかったのは、腹の減りと、居場所のなさだ」 「だから奪ったのか」 「最初は、落ちてくるものを拾っていた。流れ着くものを集めていた。海は多くを捨てる。人は忘れたいものを、川や海へ流す。だが、あるとき気づいた。忘れたいものばかりではない。大事なものまで手放させる世の中だと」

鬼の頭領の目がぎらりと光りました。

「ならば、こちらで奪ってやろうと思った。人間どもが失って泣くなら、失う痛みを知るだろうと」 
空見が鋭く言いました。 「それで、無関係な村人からまで奪ったのですか」 
「無関係だと?」 鬼は笑いました。 「人の世に、本当に無関係な者などいるものか。誰かが豊かである影で、誰かが捨てられておる」

桃太郎は黙って聞いていました。 
鬼の言葉には、たしかに苦しみがありました。 
けれど、その苦しみが、他人の苦しみを生んでよい理由にはならないことも、またはっきりしていました。

「あなたは間違っている」 桃太郎は言いました。 
「そうだろうな」 鬼の頭領はあっさり答えました。 「間違っているとも。だが、恨みだけでここまで生き延びたものが、正しさへ戻る道を見失うこともある」 
「なら、戻ってください」 
「簡単に言う」 
「簡単じゃない。でも、続ければもっと戻れなくなる」 
「人間の子に言われたくはない」 
「人間の子だから言うんだ」

鬼の頭領は、じっと桃太郎を見つめました。 
その視線は怒りよりも、何かを測るようでした。

「桃太郎」 
「なんだ」 
「おまえは、自分がどこから来たと思っている」 
「川から来た桃から生まれた」 
「それだけか」 
桃太郎は息をのみました。 
鬼の頭領は続けました。 「おまえは、人に望まれ、神に押され、境から流された子だ。人の世が失いかけたものをつなぐための子だ」 
「そんなこと……」 
「知らずともよい。だが、もしつなぐ役目を負うなら、斬るだけでは足りん」

桃太郎の胸の奥で、あの日、桃の中に見えた金のゆらめきがよみがえりました。 
山から来た子か、川から来た子か、空から落ちた子か。 
そして、自分が眠りながら答えたことば。 みんなから来た。


第七章 戦いの果て


沈黙を破ったのは、鬼の頭領の咆哮でした。 
広間が震え、壁の松明が揺れました。

「だが、それでも」

鬼は金棒をつかみました。

「ここで何もせずに頭を垂れれば、我らは何者でもなくなる!」

その一撃は、門番の鬼たちとは比べものにならないほど重く、速く、荒々しいものでした。 
桃太郎は横へ飛び、床板が割れる音を背後に聞きました。
犬丸が足に噛みつき、猿吉が柱を伝って肩へ飛び、空見が鬼の額を鋭く打ちました。 
けれど頭領はびくともせず、三人を振り払いました。

「下がれ!」 桃太郎が叫びました。

脇差を抜くと、刃が松明の光を受けて白くひらめきました。 
鬼の金棒と桃太郎の刃がぶつかり、火花が散りました。 
何度も何度も打ち合ううち、桃太郎の腕はしびれ、息は熱くなり、視界の端が赤く染まりました。

そのとき、耳の奥で、鈴の音がしました。

ちりん。

猿吉が、山の祠の鈴を振っていたのです。 
澄んだ音が、広間の重い空気を一瞬だけ切り裂きました。 
鬼の頭領の目が、わずかに揺らぎました。

「その鈴は……」 
「返してもらうぜ!」 猿吉が叫びました。

つづいて、空見が高く鳴きました。 
その声は朝の空のようにまっすぐでした。 
犬丸は低く、腹の底から吠えました。 
それは土を踏む獣の確かな声でした。

山の音。 空の音。 野の音。

桃太郎は気づきました。 
鬼が奪っていたのは、物だけではない。 
それぞれの場所が持つ音、記憶、つながりまで、奪っていたのです。 
そして頭領自身もまた、失った音の中で長く生きすぎたのだと。

桃太郎は刃を押し返しながら叫びました。

「あなたは、何者でもなくなるのが怖いんじゃない!」 
鬼の頭領の動きが止まりました。 「……なに」 
「忘れられるのが怖いんだ! 捨てられたままになるのが怖いんだ!」 
「黙れ!」 
「でも、奪っても忘れられた痛みは消えない! 増えるだけだ!」

鬼の頭領が再び金棒を振り上げました。
桃太郎は脇差を捨てました。

「桃太郎!」 犬丸が叫びました。 
おえんの声、さくべえの声、旅で出会った人々の顔が一瞬、胸をよぎりました。 
それでも桃太郎は逃げませんでした。 
真正面から鬼に向かって走り、その懐へ飛び込みました。

そして、鬼の胸を、強く抱きしめたのです。

鬼の頭領の体は岩のように硬く、熱を持っていました。 
金棒が、がらんと床に落ちました。

「なんのつもりだ」 鬼の声が震えました。 
「終わらせる」 
「なにを」 
「あなたが奪うことも、奪われたままでいることも」

鬼の頭領の肩が、初めて、わずかに震えました。

「……できるものか」 
「やってみる」 
「人間に」 
「ぼく一人じゃできない。でも、あなたがやめるなら、始められる」

長い沈黙がありました。 
やがて、鬼の頭領は膝をつきました。 
その巨体が崩れる音は、雷ではなく、長い冬が終わるときの雪崩のようでした。

「負けだ」 鬼は言いました。 「力でも、意地でも、おまえに負けた」 
桃太郎はゆっくり腕を離しました。 
鬼の頭領の金色の目には、もう怒りだけではない色がありました。


第八章 返すもの、残るもの


その後、鬼ヶ島の鬼たちは、奪った品々を蔵から運び出しました。 
米俵も、反物も、櫛も、鈴も、守り刀も。 
そして、不思議なことに、目には見えないはずのものまで、少しずつ戻りはじめました。

ある鬼が、布袋を抱えてきました。 「これは、名だ」 
「名?」 と、桃太郎。 
「泣きながら眠った子から、こぼれ落ちた。返せば思い出すだろう」

別の鬼は、貝殻のような小箱を差し出しました。 「これは、ある母親の子守歌だ。しまっておいたが、夜になるとうるさくて眠れんかった」 
猿吉があきれたように言いました。 「そりゃそうだ」

鬼たちは悪びれながらも、どこかほっとした顔をしていました。 
頭領が変われば、子分たちもまた変わるのです。

桃太郎は頭領に言いました。 「全部返したあと、あなたたちはどうする」 
「この島で生きる」 
「また奪う?」 
「……飢えれば迷うかもしれん。だが、もう同じやり方はせん」 
犬丸がじろりと睨みました。 「信用しろってか」 
鬼の頭領はうなずきませんでした。 「信用は、返してもらうものではない。積むものだ」 
空見が静かに言いました。 「ならば、まず海の道を守りなさい。難破した舟を助け、流れ着くものをただ拾うのではなく、持ち主へ返しなさい」 
猿吉も言いました。 「山へ来たら、鈴は盗るなよ」 
「わかった」 
犬丸は鼻を鳴らしました。 「里に降りたら、鶏をさらうな」 
「善処する」 
「善処じゃ困る」 
そんなやりとりを聞いて、桃太郎は思わず笑いました。

帰りの舟には、奪われた品が山のように積まれました。 
鬼の頭領は浜辺まで見送りに来ました。 
海風の中で、その姿は以前より少し小さく見えました。

「桃太郎」 
「なんだ」 
「おまえはこれから先も、境の者として生きるだろう。人の側にも、鬼の側にも、完全には立てぬことがある」 
「うん」 
「だが、それでよい。境に立つ者がいなければ、世はすぐに二つに割れる」 
桃太郎はしばらく黙り、それから言いました。 「また会うかもしれない」 
「会わんほうがよい世なら、それがいちばんだ」 
「それもそうだ」

舟が岸を離れるとき、鬼の頭領は深く一礼しました。 
桃太郎もまた、立ち上がって頭を下げました。


第九章 村へ帰る


村へ帰り着いたとき、浜も道も人でいっぱいでした。 
「桃太郎が帰ったぞ」 
「生きて帰った」 
「鬼退治はどうなった」 
歓声と涙とざわめきの中で、おえんが人垣をかきわけて走ってきました。

「桃太郎!」 
「母さま」 
おえんは息子の顔を両手で包みました。 
「けがは」 
「少しだけ」 
「少しでも、けがはけがです」 そう言いながら、おえんは泣き笑いをしていました。

さくべえは少し離れたところで腕を組んでいましたが、その目は真っ赤でした。 
桃太郎が近づくと、ぶっきらぼうに言いました。

「遅い」 
「ごめん」 
「帰ったなら、よし」 
「うん」

犬丸、猿吉、空見も村人に迎えられました。 
最初は警戒していた者たちも、取り戻された品々を見て、三匹に頭を下げました。

奪われた櫛を受け取った老婆は、その場で泣き崩れました。 
守り刀を抱いた男は、声もなく空を仰ぎました。 
そして、名を忘れていた父親は、布袋からこぼれた一片の光に触れると、震える声でこう言いました。

「おはる……おはる、どこだ」

末の娘が飛びつき、父親は何度も何度もその名を呼びました。 
その光景を見て、桃太郎は胸のつかえがすっとほどけるのを感じました。

その夜、村では大きな祝いの席が設けられました。 
けれど、桃太郎はただ勝った者として座ることはしませんでした。 
村人たちに、鬼のことを話したのです。 
なぜ鬼が奪いはじめたのか、どんなふうに長く恨みを抱えていたのか、そして、奪われた痛みは奪い返しても消えないのだと。

最初、村人の中には渋い顔をする者もいました。 
「鬼に情けをかけたのか」 
「退治しきらなかったのか」 
そう言う者もいました。

けれど、さくべえが立ち上がって言いました。「退治とは、命を絶つことだけではない。悪い行いをやめさせ、二度と同じことをさせぬことも退治だ」
 おえんも続けました。 「帰ってくる道を一つも残さないのは、人のやることじゃありません」

その言葉に、村はしだいに静まりました。 
やがて、誰からともなく杯があがりました。

「桃太郎に」 
「犬丸に」 
「猿吉に」 
「空見に」

宴は夜更けまで続きました。


第十章 その後の話


それからのことは、村ごとに少しずつ違って語られました。

ある村では、桃太郎は鬼をこらしめて宝を持ち帰った英雄だと言われました。 
ある村では、鬼の頭領を改心させた賢者のように語られました。 
またある土地では、桃太郎は実は神の子で、役目を終えたあと山へ帰ったとも言われました。 
川べりの村では、桃太郎は桃から生まれたのではなく、桃を食べて若返った爺さまと婆さまのあいだに授かった子だという話も残りました。 
海辺では、鬼ヶ島は本当の島ではなく、人の心の荒れ地のことだと語る者もいました。

けれど、さくべえとおえんの家に残った話は、もっと静かなものでした。

桃太郎は村にとどまり、畑を耕し、子どもたちに剣より先に言葉を使うことを教えました。 
犬丸は家の前で昼寝をしながら、見知らぬ旅人が来ると誰より早く気づきました。 
猿吉は山と村を行き来し、実りのいい年も悪い年も、騒がしく知らせに来ました。 
空見は季節の変わり目ごとに空から舞い降り、遠くの様子を伝えました。

鬼ヶ島からは、ときどき不器用な贈り物が届きました。 
潮で磨かれた石、難破船から助けた荷の一部、海藻で編んだ縄、そして一度だけ、大きな魚が丸ごと一匹。 
添えられた札には、ぶっきらぼうな字でこうありました。

「盗んでいない。捕った」

それを見て、桃太郎たちはみな笑いました。

年を重ねたある晩、おえんが囲炉裏端で言いました。

「ねえ、桃太郎」 
「なに、母さま」 
「おまえはあの日、ほんとうに桃から生まれたのかい」 
桃太郎は少し考えてから答えました。 「どうかな」 
「わからないのかい」 
「うん。でも」 
「でも?」 
「ぼくは、母さまと父さまに見つけてもらって生まれたんだと思う」

おえんは目を細めました。 「そうかい」 
「もし桃から出てきても、誰にも抱かれなければ、ぼくは桃太郎じゃなかった」 
さくべえが向こうで鼻をすすりました。 「年寄りを泣かせるな」 
「泣いてるの、父さまでしょ」 
「囲炉裏の煙だ」 
犬丸がぼそりと言いました。 「今日は火が弱いぞ」 
猿吉が大笑いし、空見が翼を震わせました。

その笑い声の向こうで、外の川が静かに流れていました。 
あの川は今も、山の気と里の気を運び、忘れられそうなものをそっとつないでいるのでしょう。

人は何かを失います。 
物を失い、名を失い、時には心の置き場所まで失います。 
けれど、見つけなおすこともできるのです。 
取り戻すだけではなく、誰かに呼ばれ、抱きしめられ、もう一度、自分の名を受け取ることで。

桃太郎の話が長く語り継がれたのは、鬼を倒したからだけではありません。
川から流れてきたひとつのいのちが、人と獣と鳥と鬼のあいだを渡り、切れかけたものを結びなおしたからです。

だから、今でも川辺で大きな桃を見つけたなら、すぐに包丁を入れてはいけないと年寄りたちは言います。 
まず手を合わせなさい。 
そこに入っているのが赤子でなくても、忘れていた願いかもしれないから。 
あるいは、もう一度呼びなおすべき名前かもしれないから。

どんぶらこ、どんぶらこ。

そうして今日もまた、どこかの川を、何か大切なものが流れていくのです。

――おしまい――

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