2009年12月31日木曜日

大晦日

2009年も残すところ3分となりました.
この調子で2010年も焦らず楽しくやっていけたらと思います.

高知も例年に無く雪が降り,すっかり外が白くなりました.
元旦である明日はもっと冷え込むそうです.
全国的にも寒い正月を迎えそうですね.


今年は自動車で実家に帰ってきたのですが,途中の高速道路でアクシデント.
事故というかトラブルです.
走行中にタイヤがパンクしてしまったのです.

車になったら自転車とは違ってパンクに悩まされることから開放される思いきや,さっそくパンク・トラブルにお世話になっております.
どうやらパンクに付け回される人生のようです.

走っている間に少しずつ空気が抜けてきたらしく,後輪が2つともやられていました.
ある時からカーブするたびに激しく左右に揺れ始めた車体.
120km/hで走っている時なんかブレーキ踏んで減速するだけで車線をはみ出さないといけないくらいブレまくっていました.
「なんかおかしい」とサービスエリアで確認したら,案の定タイヤがつぶれていまして.
まぁそれでも,命があっただけ良かったというものです.場合によっては普通にあの世に行ってましたからね.

そのサービスエリアのおばちゃんが親切な人で,高速を降りてからの修理工場までの場所も紹介していただき,スムーズに回復できました.
「兄ちゃん,あんたよく生きてたねー」
と言われるほどしっかりと空気が抜けていて,右後輪は完全に死んでいました.

修理工で見てもらったところ,やっぱり両後輪ともタイヤや虫ゴムが老朽化していたようで,自然と空気が抜けておりました.
いらんところでの出費に「チッ」と思いながらも,虫ゴムやタイヤの修理費がどんなもんか分かったりと勉強にはなりましたが,今となってはゾッとするような出来事です.

今年もいろいろとアクシデントや事故が身の回りにありましたが,なにげに今年一番の危機一髪事件だったといえるでしょう.
年の瀬・年末に拾ったこの命,大事に来年につなげて行き(生き)たいと思います.

では良いお年を.

2009年12月28日月曜日

本屋

過日,自宅近くにあった本屋が潰れました. 学生時代からずっと長きに渡ってお世話になってきた本屋だったのですが,残念です. 立地もさることながら,比較的大きな店構えでしたので当然ながら品揃えも結構なものでした.

本屋は時代の潮流を見る恰好の場所です.
本を買わなくても,並ぶ本のタイトルを眺めたりチョッと立ち読みすることで楽しめます.
これは古本屋では味わえない楽しみです.

その本屋が店じまいをした日,その最後の客が私だったのではないかと一人で噂しています.
その本屋はいつもなら夜の10時に店を閉めるのですが,その日は9時に閉めていました.
10時までやるものだと思っていた私は,次々と内装が片付けられていく様子にちょっと焦ってしまいました.
そして適当にいくつか本を選んでレジへ.そうした時には店の奥のほうの蛍光灯が消されていっていました.
やっぱり今日は様子が変だと感じたものです.
で,次の日からその本屋に蛍光灯がつくことはありませんでした.

こうして気軽に立ち読みする本屋を自宅近くに失ったわけですが,ちょうど自動車を購入するタイミングと重なりました.
少し遠くなってしまいますが,大きなショッピングモールに大規模な本屋がありますので,今後はそっちに車で出かけることにしました.
今日も行ってきましたが,もの凄い量の品揃えにその場にいるだけで満足できます.

Amazonとはまた違った本の買い方ができるのも本屋の楽しいところです.
ロバート・R・H・アンホルト 著『理系のための口頭発表術』も,そうして今日手に入れました.
パワーポイントでのスライドの作り方から,発表の仕方,身振り手振りに至まで丁寧に解説されています.理系の口頭発表をする機会がある私としてはとても参考になります.
授業や口頭発表をする機会がある人は一読をオススメしますよ.

こういった本はAmazonでは購入を躊躇します.
なぜならHow to本は内容が重要です.繰り返し読み返すだけの価値があるものを購入したいわけですから.
How to本は適当に読んでエッセンスをすくい取るだけでは目的は果たせません.
やっぱり,その本の全体をざっと読んで納得して買いたいのがHow to本だと思います.

2009年12月27日日曜日

核の平和的利用


そろそろ2009年も終わりに近づいてきました.

私もそろそろ実家に帰る支度をしなければなりません.
今年は初めて(当然ですが)自動車で実家に帰ってみようと思います.

大学の先生には「朝一番で出ればあっという間に着くぞ」と言われましたので,そのご意見を参考に朝早く出るつもりです.

今年最後の記事は高知で書くことになりそうですね.


さて,これが今年最後の軍事ネタということにしまして,日本における国防で最も重要なテーマを取り上げたいと思います.

「日本・核武装化」が取り沙汰されて久しくなりました.
以前は,といっても数年前までは,“核武装” の論議すらしてはいけないという空気が日本には漂っていたことを思い起こせば,だいぶ議論がオープンになってきました.

日本の核武装論ですが,主に核ミサイルを日本が配備するという趣旨の論争なんですけど.
私は核ミサイル配備には反対の立場です.

日本が自前で核ミサイルを持つことは国際的なコンセンサスが取り付けられないことがその第一の理由.
維持管理がめんどうであることが第二の理由です.

核ミサイルを自由に撃てる状態にしたいというのであれば,ニュークリア・シェアリング(核兵器共有)という方法を用いることが現実的な手段です.
現在,ドイツ,イタリア,オランダ,ベルギーがこの方法を採用して核武装しています.

ニュークリア・シェアリングというのは,有事の最には核ミサイル保有国のミサイルを借りて撃てるようにしておくシステムのことで,自国は核ミサイルの管理をしなくていいというメリットがあります.
それに,建前上は自力で核武装していないってことになっているので体裁もいいですし.
けっこう良いシステムでしょ?

ただ私としては,まだ日本はそんなに核ミサイルに依存しなければいけないような情勢ではないのではないか?という気もするのです.
むしろ,下手にこのシステムに手を出してやり玉に上げられ,国際政治的に弱い立場になる危険性もありますので気をつけなければなりません.


それでですね,私としては核を別の使い道にすることをオススメします.
原子力潜水艦の建造がそれです.

先日は戦闘機の今後を取り上げましたが,視点を変えて目先のことを考えるならば,今,国防にとって最大の効果をあげるのは “原子力潜水艦配備” だと思います.
核の動力源利用ですので,そんなに国際的非難はされないと踏んでいます.

実は,日本は世界随一の潜水艦建造技術を持っています.隠密性に定評がありまして,つまり船体から発せられる音が小さいのです.
しかし,日本の潜水艦の最大の弱点はディーゼルエンジンが動力であること.
息継ぎのために定期的に浮上しなければならないし,動力源としてはパワー不足が否めません.
原子力潜水艦であれば,海水から空気を作りながら潜りっぱなしができるし,船内生活も快適です.

これを日本の海のどっかに漂わせておけば,日本にとっては強力な盾になってくれます.

知ってましたか?日本の海は,そこらじゅうで某国の潜水艦が不法侵入してるんですよ!
(某国といっても,十中八九,最近は軍備拡張が著しい「日没するところの国」で確定的ですが)
これもまたメディアは大々的に取り上げませんね...

潜水艦というのは,潜ってしまえば最強のステルス兵器ですから.愛媛県沖にも某国の潜水艦が漂っていたこともあるそうです(もちろん某国は認めていませんが).

向こうが密かに国内を航行してるんなら,こちらも密かに航行しておいて,見つけ次第,密かに沈めてやればいいのです.

それに,核ミサイルでないにしても対地・対艦ミサイルを積んで,いつでも発射できる状態にしておけば,これまでのような横暴な行為はしてこないはず.

東シナ海の沖合にずっと潜らせとけば,頼もしい盾になってくれます.
日本製の原子力潜水艦ですから,浮上しない限り見つかることはありません.
もし歯向かってくるようなら技術力の差を見せつけ,轟沈させればいいのですし.

2009年12月26日土曜日

頭が良くなる方法


水をたくさん飲めば頭が良くなるのではないか,という考えのもと研究室の学生が実験に取り組んだのですが,うーん,まぁ,複雑な結果となりました.

水を飲んだら頭が良くならないわけではないのです.良くなる可能性はあります.
なんでかはわかりませんけど,少しでも頭の働きを良くしようと思ったら水を飲むことをオススメします.飲まないよりはマシです.
卒業論文,修士論文をまとめている学生諸君は常日頃から水をしっかり飲みましょう.

あと,まだ疑わしいレベルの実験報告ですが,高濃度酸素を含む空気を吸入するのも良いと言われています.これは,“脳のオーバークロック” と題して 夏目大 訳『Mind パフォーマンス Hacks ―脳と心のユーザーマニュアル』 にも紹介されています.



“オーバークロック” というのは,パソコンのCPUを製品規格以上のクロック数に改造することで,発熱,不安定,機器破損のリスクを受容しながら行なうマニアックな手法です.
これに引っ掛けて,脳の通常以上の働きを期待することを “脳のオーバークロック” と表現しています.
今のところ,高濃度酸素の吸入による人体へのリスクは低いと思いますが,その効果も怪しいですけどね.
最近は酸素もコンビニで売っている時代です.活用してみてはどうでしょうか.

ジョン J. レイティ 著『脳を鍛えるには運動しかない』 では,文字通り身体運動や体力トレーニングによって脳の働きを改善することができることを紹介しています.
スポーツ・体育の分野に身を置くものとしては,運動指導をする上で強力な味方です.

実際,身体運動によって脳の働きが活発になることは数多く報告されています.
本の中では,とある高校で朝,授業前に運動を取り入れたらテストの成績が改善された例を紹介したり,動物実験や人体実験など学術的なデータを織り交ぜながら信頼性の高い考察を展開しています.
それらを丁寧にまとめてくれていますので,非常に参考にしやすい本.運動指導をする時に重宝するネタが満載です.


身体運動が脳に良い影響を与えるということですけど,よくよく考えれば運動やトレーニングをすれば身体に酸素をよく取り込むことになりますし一石二鳥ですよね.
これに水分補給を入念にすれば文句なしということになります.

それに,「水分をたくさん摂れば・・・」 という報告と「酸素をたくさん吸入すれば・・・」という報告も,水分摂取によって血液粘度が低下して循環が良くなり,結果的に脳への酸素供給量が増加するといったメカニズムが推測されます.
そんな実験もレビューもありませんので私の完全な推測ですけど,調べてみても面白いかもしれません.どうやって調べるかわかりませんけど.


ところで,そもそも「頭が良い人間」とはどのような人か? ということも重要です.
頭が良くなるには目標設定が必要ですからね.

で,その「頭が良い」ということについては,「つなげる能力」ではないか,という意見があります.
つなげる能力っていうのは,端的に言えば「たとえ話が上手いこと」です.
池谷裕二・糸井重里 著『海馬』 において,気鋭の若手脳科学者である池谷氏と,コピーライターの糸井氏が脳について対談しています.

そこでは,学習能力や単純な知能では人間の頭の良さは評価できないとし,頭の良い人というのは “説得力がある人”,“意外なもの同士をくっつけて考えられる人” のことではないか?,というやりとりがあります.

頭の良い人の代表である宗教や思想の開祖であるソクラテス,孔子,ブッダ,キリストといった面々は,いずれもたとえ話の上手い人たちです.
難しいこと,つまらないことを平易な表現でやさしく説明できる能力,意外性のあるたとえ話を使って説得力ある表現ができなければ,世界中の人々に慕われることはできません.

以前に紹介したブッダのたとえ話を使った言葉を以下に,

孤独に歩め,悪をなさず,求めるものは少なくあれ
林の中の象のように

上段の話だけだと つまらない小言になってしまいますが,下段の “林の中の象のように” というたとえ話で,なんだか関連性がなさそうだけど解るような気がしてしまいます.
しかも,たとえ方がとても上品.

こんな表現ができるような人になりたいものです.


ということで,頭が良くなるためには,
“水をたっぷり飲んで,有酸素運動として林の中を独りでウォーキングする”
という結論に至りました.
  

2009年12月24日木曜日

これからの科学


科学の変遷とこれからをテーマにした村上陽一郎 著『科学の現在を問う』
日本で随一の科学哲学者が,今の科学を取り巻く事象を解説します.

この本のテーマを一言で表すと,そうですねぇ,
“科学の社会化”
というような感じでしょうか.

そもそも「科学」というのは「知を愛する」という,ある種の趣味を突き詰めたオタクの活動だったものです.
これはいわゆる絵画や音楽といった「芸術」と同列にある営みです.

科学という活動が誕生したのは19世紀.
当時,科学は人が生きていく上では特に役に立つものではなかったのですから,「科学」という活動ができる人は裕福で暇な人に限られていました.
これは今でも変わっていません.科学を専門に仕事できるのは大学教員くらいのものでしょう.

科学を仕事にしても,事実上の利益は生まれません.科学をするにはスポンサーが必要なのです.
王室音楽家や,貴族お抱えの画家がいたように,昔は科学者もそんな生活をしておったそうです.
貧乏を続けながらそれでも科学に精進して成功した...なんてストーリーがないのはそのためです.

これがいつの日か生活や国家の運営に “役に立つ” ということが前面に出てくるようになります.
科学で得られた知見が,実は薬品や兵器,機械の発明に便利であることがわかってくると,ここで “科学の社会化” が発生します.科学者が科学を社会に売り込むようになるわけです.
すると科学者の数も増えてきて競争が激しくなりました.

実際のところ,当時は化学以外の科学は役に立つものではなかったそうですが,それでもスポンサーが欲しい科学者は,いかに自分の研究が社会に役立つかをアピールするようになります.
役立ってこその科学だと売り込んだわけです.

が,しかし一方で科学者は,“科学とは知を愛する営みである” という看板は下げませんでした.これは今でも基本姿勢は変わっていません.博士号を英語でDoctor of Philosophy (PhD) と言うのはそのためです.
理学博士でも医学博士でも哲学博士でも,英語は全てPhD(哲学博士)と呼ばれます.
哲学 (Philosophy) というのは「知を愛する」という言葉に源流があります.

「科学は純粋に知の追求なんだよー...しかも,科学はあなたの生活に役に立つこともあるよー」
っと,いいとこ取りを目論んだのです.つまり,“科学は社会のためになるはずであるし,その追求は純粋な知の追求であるからして社会的な制約は受けたくありません” という立場を得たわけです.

しかし,原子爆弾の開発や地球環境を劇的に変えるほどのテクノロジー,生命のあり方まで左右するほどの知見を得るまでに達した現在の科学に対し,上記の主張を素直に受け入れるだけの余裕は社会になくなりました.


そして村上氏は著書でこれからの科学,こと科学者の姿勢を問います.私も人ごとではないので姿勢を正して聞いておかなければなりません.

氏は,大学教員にこそ教養教育,人間社会に関する教養が必要になっていると主張し,特に自然科学の教員に見られる特徴として,学生に対し,早く自分の専門とする学問の内容を理解させたいという願望が強く,一般的な教養や人間性についての考察が不足していると指摘します.

科学を基に動くようになった現代社会.つまり “社会化された科学を備えた社会” では,理科系の人間には社会と人間についての成熟した理解が不可欠のものとして要求されるとしています.

自然科学を専門と自称する研究者は,自らの専門だけを学問として考える傾向が強く,自らの専門が社会にとってどのポジションにあるか,人類にとってどれほどの価値があるかを抜きにして,ただ科学的な価値だけで自らの専門を語ろうとします.

自らの専門,だけであればいいのですが,さらには自らの研究テーマから少しでも外れることへの考察は極力避けたがるこの姿勢.自らの研究テーマだけで科学を語ろうとする科学者は少なくありません.
氏は,このような姿勢はこれからの科学者としては不十分なのだと主張します.

つまり,ぶっちゃけた話が「PhD」という称号に象徴される “知の純粋な追求” を美徳とする姿勢,すなわち哲学博士という枠ではこれからの科学者は務まらないと言ってるわけです.

もの凄くデカイこと言ってるように見えますが,“社会化された科学を備えた社会” の一員である一般庶民の感覚からすれば,
「うん,そりゃそうだ」
という感想に至ることは容易に想像できるわけでして.

なんか拍子抜けな主張のような気もしますが,多くの科学者が意識的にしろ無意識的にしろ持ち合わせている「私は一般人とは違う.なぜなら科学的な考察ができる素養を身につけているから」という,社会や人間に対する考察が不十分な科学者の優越心を批判しています.

「私は自分を客観的に見ることができるんです.あなたとは違うんです」と啖呵をきった首相がいました.そんな首相を哀れむような目が,科学者にも注がれる日が来ています.

氏のご意見は耳が痛いです.
科学を専門にしている人には一読の価値がありますよ.

2009年12月23日水曜日

極楽風呂とサンタの覚悟

いやー,極楽極楽.

いつか自動車を買ったら行ってみようと思っていた場所の一つに,風呂屋があります.
自宅からもそう遠くない場所にあり,けっこう大きいお店です.

以前一度行ったことがあるのですが,その時は健康運動指導のバイトの帰りにちょっと寄っただけでした.
その時は自転車だったこともあり,ゆっくりと長風呂できるわけでないし,帰りに湯冷めするということもあって,「車で来れたら最高だなー」 っと考えていた所です.

今日はその想いを目一杯解放.
お気に入りはスチームサウナと寝ころび風呂.

スチームサウナは乾式サウナとは違って,ゆるーい感じが落ち着きます.気合いを入れなくても構わないところがいいですね.

寝ころび風呂っていうのは,水深15cmくらいで枕が用意されている風呂です.まさに寝ころんで入ることができるわけですが,これまたゆるーい感じが落ち着きます.
冬だということもあってか,熱いお風呂に人気があって寝ころび風呂に入っている人はいませんでしたが,そのぶん私一人でこの空間が楽しめました.
寝ころんで風呂入るって最高の贅沢だと思いますよ.

やっぱり車だと行動範囲が段違いですね.


で,帰りにファストフードのドライブスルーに立ち寄ったんですが,店員の女の子がサンタの格好をしています.
街はクリスマス一色.この店でもクリスマスの雰囲気作りをしようって魂胆なんでしょうけど.
わたくし,この季節の街に蔓延るこのサンタの格好をした女の子がどーしても解せんのです.

ぜんぜん “サービス精神” というのを感じないからです.
サンタの格好されてレジの前に立たれても,
「で?」
って感じだし,得るものは無いし,むしろ見せられるこっちが恥ずかしくなるくらいで実に不愉快.

どーせサンタの格好をするなら気合いを入れて,
「Merry X'mas!!」とか大声張り上げ,
「注文くらい黙って受けろ!」
って,私にブログ書かせるくらいの覚悟をもっていただきたい.

あれだけ派手な格好してる割に普段と変わらない対応されるとシュールな空気が流れます.

そうそう,先日行った名古屋城でも武将の格好をした人がいろいろイベントしてましたけど,彼らはちゃんと,
「拙者は織田信長じゃぞ! 何でも買ってゆけ! ガッハッハッハ!」
ってしゃべってましたよ.
これがサンタの女の子みたく,
「私は織田信長です.ご注文の方はお決まりでしょうか?」
なんて言われても,間違ってないけど間違ってる気がします.

そう!サンタの女の子にもこれくらいの気概を持っていただきたいのです.
「Ho-Ho-Ho!, 御注文は?」
「Merry X'mas!! and have a safe drive back!」
くらい言ってほしいです.

でも,かなりサンタになりきって言わないと,危うくバルタン星人か笑うセールスマンのモノマネじゃないかと間違われる女の子もでるでしょうから,事前にバイトへの綿密な発音指導の必要がありますが.

ちなみに欧米では最近はMerry X'mas!じゃなくて,
「Happy Holidays!!」って言うのがメジャーらしく,キリスト教色を薄らげる努力がなされているようですよ.

2009年12月21日月曜日

F-X


昨日の続きではないですが,比較的重苦しいテーマをひとつ.

民主政権の痴態ばかりが目立ち始めた政局ですけど,すっかりなおざりになってしまっている重要懸案があります.

次期主力戦闘機(F-X)についてです.
いまだ難航している戦闘機の機種と注文先.普通の買い物として考えても非常に難しい決断が迫られています.
2011年から導入することになっており,2010年には注文先を決定してなきゃいけないという状況ですが「あれでもない,これでもない」と優柔不断にモタモタしています.

一時期,次期主力戦闘機の有力候補として名が挙がっていたF-22ラプター(写真)ですが,そのあまりに強力過ぎる戦闘力にアメリカ政府が出し惜しみ.ロッキード・マーティン社としては売りたかったようですが,政治的理由でおじゃんになっています.
そもそも,今のご時世にF-22ほどの性能(1機で3機の戦闘機を撃墜できる)が必要なのかという部分もあり,べらぼうに高価格だったりもして私としてもこの機体はいらないと思います.

で,代替案として出てきたのが同じくロッキード・マーティン社が販売しているF-35ライトニングⅡ.
最有力候補として知られていますが,納入が早くとも2010年代中頃になるというのが最大の懸念材料.
航空自衛隊としては,老朽化したF-4が2006年から退役し始めていることもあり,早めに主力戦闘機の数を揃えたいという事情もあるのです.
対地攻撃能力,垂直離着陸機能,ステルス,最新アビオニクス,それでいて低価格と至れり尽くせりの機体ですが,いかんせん納入が遅い.

そこで対抗馬として最近注目の商品が,ユーロファイター・タイフーン.
採用がぽしゃったF-22ほどの戦闘力はありませんが,それに肉薄する性能を有するヨーロッパ(ドイツ,イタリア,イギリス,スペイン)で開発された最新主力戦闘機です.しかも,即納OKときています.
低速の対空ミサイルであれば楽に振り切るエンジンを持ち,操縦・兵器操作システムも斬新でクールなものを取り入れています.
実はこの機体,採用すれば日本にとってメリットがたくさんありまして.
開発元のユーロファイター社は日本でライセンス生産するにあたり,機体設計のブラックボックスを設けない契約にしてくれるようです.つまり日本で独自開発した部品・機器を搭載することも可能であるということです.
これはめちゃくちゃ凄いことで,このタイフーンを買えば,もれなく世界最新の戦闘機技術が手に入り,しかもカスタマイズ自由という美味しい契約です.
ヨーロッパ(ユーロファイター社)としても,日本の科学技術を分けてくれることを望んでいることが考えられ,win-winの関係を期待しているのでしょう.

ただ,タイフーンを買うとなったらアメリカが怒りだすかもしれませんね.
また何かヤクザみたいなこと言い出してくるやも知れません.


戦闘機一つ買うのも慎重にならなければならないのです.「あれ一つ,これ一つ」と適当にはできんのです.

他にも,不敗神話を持つ「改良型F-15イーグル」や,米軍活躍度No.1の「F/A-18スーパーホーネット」が候補に挙がっていますが,それぞれに短所もあり.
F-15は最も信頼できる性能である反面,設計思想がかなり古く,「次期主力」としてはどーか?という不安があります.
F/A-18は高性能である反面,もともと米海軍の艦載機であることから多数の艦上用機能がついているので,空母を持っていない日本用に再設計して輸入しなければならないという手間があります.

性能だけで選ぶならF-35でしょうけど,これからの “日本の翼” を憂うならタイフーンの購入がベストな気がします.
かつて日本は,「傑作」と呼ばれ世界の航空機界で伝説になっている戦闘機を作った歴史があります.
今でこそ日本は航空機開発からははじき出されていますが,日本の航空技術の向上にタイフーンが “台風の目” になってくれるかもしれません.
これを足がかりに,日本の主力戦闘機 単独開発を夢見るのもいいのではないでしょうか.いやむしろ今後の日本の航空技術の発展と国防にとっては重要な機会になるはずです.

軍事技術の発展はその国の科学技術を押し上げます.
次期戦闘機の選定も,先を見越した決断をしなければなりません.
軍事アレルギーが著しい日本人ですが,こういったことにも目を向けておきたいものです.

2009年12月20日日曜日

新天地

今日は久しぶりに休日ということにしまして,来年の勤務地になるところまで自動車をとばしてきました.

いつなんどき向こうのボス達から「車で来ーい!」と言われるかしれないので,道を身体に染み込ませておこうと思いまして.
あと,引っ越す先の町並みを実際に見ておこうという意図もありました.
googleマップの機能で仮想ドライブするだけでは解らないですからね.

途中の高速道路はもの凄い暴風で,ハンドルをとられそうになる時もしばしば.
ペーパードライバーの私としては高速道路を走るのも慣れていないので,ちょうどいい練習になりました.

その時間,関西ではおなじみ『たかじんのそこまで言って委員会』をやっていましたが,この長距離ドライブのためリアルタイムで見ることは諦めました.
しかし今日は,安倍晋三元首相,櫻井よしこ女史が出演するということで,こりゃぜひとも見なきゃいかんとビデオ予約.久しぶりにVHS機を操作.

安倍・櫻井両氏を迎えるということで,当然ながら「保守」「皇室」「国防」をテーマにして重厚なトークが展開.ビデオを録っただけのことはありました.
「そこまで言って委員会」はyoutubeやニコニコ動画では流れないこともありますので重要です.

そんでまぁ,別にこの番組とは直接の関係が無い訳ではないんですが,この週末にかけて小沢イチローの傀儡政権であるポッポ内閣も終末を迎えているようで.
発足当時は75%あった支持率が57%にまで落ち込み,その無能さをいかんなく発揮しています.
私の当初の予想より早く崩壊が始まったようです.

民主党がどれだけバカ党なのかについては以前から何本か記事を書いていますが,私としてはこの党が政権をとったことは長い目で見たら悪いことではないと信じています.
日本国民が目を覚ますための犠牲として必要悪だったと考えています.

“人は経験したことでしか本当の意味で理解しない”
今回の民主党政権で,身をもって日本のリベラル政治が腐っていることを思い知ることが大切です.

案の定この数ヶ月の間,日本のメディアは気持ち悪いくらい民主擁護に必死でしたが,この度の「天皇陛下1ヶ月ルール騒動」でついに世論を操作できなくなりました.
なんといっても “日本の象徴” をないがしろにしたのですから,もう擁護しきれません.

とは言え,その対抗馬である保守・自民党にパワーがあるかと言えばそうでもなく.
まだまだ,政権交代までには時間がかかりそうです.

なるべく早めに政権交代がなされてほしいものですが,もう少し犠牲を出してもらわないとピリッとスパイスの効いた事象として記憶に残らないですから,ポッポ政権にはもう少しだけ日本の国益を損なわせていただいてから退陣してもらうのが望ましいでしょう.

その後,本当に国を念う人々によって日本を立て直し,真の意味での復活を遂げる日が来ます.
それまでの辛抱です.


んで,行ってきました新天地,そしてその町.
どうやら住むには良い街のようです(少なくとも今の町よりは).
駅,インターチェンジ,業務用スーパー,大型電器店,紳士服店,ユニクロ,コンビニ,マクドナルドと,教員生活をするには便利な施設が近くに揃っていて,この周辺に住めばとりあえず楽な生活はできそう.
あとはどの部屋に住むかですね.
近いうちに探しに行こうと思います.

2009年12月17日木曜日

シャンプーの匂い

一人の男子学生が恋をしているようです.

とある大学職員に気があるようで,今日も私の部屋に来てずっと彼女の話をしていきました.
もうメロメロです.いろいろな妄想を巡らしておりまして,こっちはやってられません.
恋の病を発症しています.

私もかつてそんな熱を上げる時代があったでしょうかね.もう忘れました.若さがあるのはいいもんですね.でも戻りたくはないですけどね.

すれ違い際に香る彼女のシャンプーの匂いに悶絶しており,はっきりいって気持ち悪いです.
シャンプーのメーカーをいろいろ予測して独りで盛り上がってました.
(エッセンシャルか椿じゃないかと言ってましたよ)
それだけでなく,彼女の裸体を想像してニヤついてまして.顔も赤らめちゃったりして,どーしょーもないです.
もうね,死ねばいいのに,と思います.


さて,
今日は大学の先生方と忘年会でして,さっき帰ってきました.
盛大な会になって,下っ端の我々としては大変ですけどとても楽しい時間を過ごさせていただきました.
普段は聞けない裏話を聞けますので,とてもためになります.

来年は私はこの大学を去りますし,大学の教員をやることになりますが.
こういった会で話に登る内容は本当に勉強になります.
次の職場で活かしていきたいと思います.

2次会はアダルトな雰囲気が漂うクラブに行かせてもらい,なかなか味わえない体験をさせてもらいました.これまた勉強になります,ありがとうございました.

機をみてササっと帰ってきましたが,今回もなかなかいいタイミングで若手を誘導して抜け出せたと思います.
こういった抜け出し方,誘導方法も学びました.私もずいぶん手慣れてきたものです.

しょーもないことですけど,やっぱり大事なことですよね.

2009年12月16日水曜日

薬物のおかげ

てっきり, 「今年の漢字」 は “薬” ではないかと思ったほど薬物蔓延が表沙汰になった2009年ですが,先日,私も久しぶりに薬物を使いました.

薬物と言っても,ホントに普通の薬でして,咳・タンを沈めるための薬です.

ここ数日ノドが痛くて気になっていたのですが,のど飴ではラチがあかないと考え,思いきって薬物に手を出しました.

するとどうでしょう.アッと言う間に咳が止まり,のどの痛みも消え,たちどころに気分が楽になったではありませんか.
あまりの効き目に驚きを隠せませんでした.
最近の薬は本当に効くんですね.ごまかしじゃない明確な効果が体験できます.

薬. 草冠に楽とはよく書いたものです.


しかしです,痛みも消え,楽になるのは良いのですが,どうやら頭の回転に影響がでているようで,目がトローンとなって言葉がテキパキ出てこなくなる副作用があるようです.
学生や同僚としゃべっている時も,自分でその状況が自覚できます.

なんかこう,水の中(プール)を走っているような感じというか,しゃべろうとしていることは頭の中で整理できているのですが,そこから先,言葉にして,口から出て行くまでがもの凄く遅い.
そのうち,しゃべること自体が面倒になってきてしんどくなってきます.

眠気も強烈で,仕事中も何度も落ちかけていますし.

きっと,痛みを消すための効能の一部として中枢神経にも影響があるんでしょう.
頭がボーッとするのはつらいですが,のどの痛みを気にするよりはマシです.

今回の件で,これからは薬を積極的に使っていこうと思い直しました.
だいたいが,これまで薬を使ってこなかったのも,お金を節約するためだったわけで,別に薬に抵抗があるわけではないのです.

賢く使えれば,適度な薬漬けでもいいかなと思います.

どこかで聞いた話によると,現代人は薬と火と電気がなければ生きていけないといいます.
薬を使わない生活は理想ですが,人間の生活にはどこかしらで薬物が関わっているのが現実です.
薬なしで生きていこうとすれば,世界の大部分の人類が死ぬことになるでしょう.実際,今も薬がなくて死んでいるヒトがどこかにいます.

生き残るためには薬物をうまく利用するようにしなければなりません.

2009年12月13日日曜日

富山

そして今週は富山でした.
さっき関西に戻ってきたところです.

ジュニア・テニス選手を相手に,テニスを全くやらない「体力トレーニング講習会」という企画で富山まで呼ばれまして.
選手にとっては迷惑な話でしょうが,指導にあたる私たちがテニス経験がないので仕方ありません.
途中,泣きながらトレーニングするジュニア選手もいたりで,結構ハードな内容だったようです.っていうか,そこのジュニア選手が体力無さ過ぎて笑けてくるくらいで.

テニス選手の体力不足を再確認した週末でした.


用意してくれたホテルも立派で設備もよく,大満足です.
一般利用時の料金を聞いてきましたが以外と安かったので,次に富山に来た時にはまた利用させてもらいます.

先週の名古屋の食事も良かったですが,富山もまた食べ物が良いところです.
富山は米所でもありますけど,海鮮物が特に良い.
昨日の夜は,向こうの接待を受けて地元料理を堪能しました.
太平洋側で育った私としては,日本海の幸はまた一味違って楽しかったです.

話に聞くに,今年は暖冬でブリが獲れていないんだそうですよ.
海水が冷たいとブリがたくさん獲れるんだそうですが,今年は暖かくてめっきりなんだそうで.
「この時期になっても雪が積もっていないのは珍しい」と言うほど暖かい日本海側です.

もしかすると今年のブリは高騰するかもしれません.

2009年12月9日水曜日

車の練習

車を購入してしばらく経ちました.
わたくし,完全なるペーパードライバーなので,運転の勘を少しでも取り戻そうと毎日ナイトドライブを敢行しています.

夜遅いので眠気に打ち勝つ訓練にもなりますし,一石二鳥です.


前進はいいんですよ,なんとなく雰囲気でできるんで.
ただ,バックができない.
緊張感を漂わせながら,恐る恐る駐車しています.

とは言えハンドルを握ればなんとかなるもんで,身体が覚えているというのはこのことでしょう.
自分でも不思議なくらい手足がついてきます.
目で見て頭で理解する前に行動に移れるというのは,ホントに運動学習というのは神秘的ですね.

こういうのもテーマにして研究してみたいなー,と考えながら運転しています.


直接的に関係はないのですが,この運動学習について私が所属している研究室の学生が面白い実験結果を出しています.
思いつきの実験デザインを学生にやってもらったのですが,以外にうまくいきまして,思惑通りの結果がでて喜んでいます.

どういう内容か簡単に言いますと,「運動学習には嗅覚が関係しているのではないか? 」 というものでして,そのうち例の大学院生の勉強会でも発表しようと思います.

嗅覚と記憶には強い関連性が指摘されており, 「プルースト効果」 という現象でも知られています.
嗅覚が記憶を強化する性質を運動学習にも応用したのですが,やはり関連性がある様子をみせました.

もう少し結果の解釈を磨いたら,出すとこに出してみようと画策しています.

2009年12月6日日曜日

携帯マナー


今日は名古屋から電車で帰ってきたわけですが,車内での携帯電話の取り扱いについてのアナウンスをしょっちゅう聞きながら乗ってきました.

日本で携帯電話が急速に普及し始めたころ私は高校生でした.この携帯電話の車内マナーについては,その時からずっと「?」があり,異議もあったのでここに取り上げてみようと思います.

まず,車内での通話.
それほどまでに神経質にならなければいけないことでしょうか.
電車内での会話はOKで,携帯電話での通話はダメというのは,あまりにも度量が狭いような気もします.

携帯電話はいつでもどこでも電話できるところに利便性があるのですから,電車の中での通話くらい良いのではないかと思うんです.
車内の通話が注意されるんなら,車内の会話も注意されてしかりだし,声を立てる癖や障害のある人は電車に載せてはいけません.でも,そんな社会はどうかと思います.


次に,「優先座席付近では電源もお切りください」 とのアナウンスです.私も,昔はなんで優先座席付近では電源を切らなきゃいけないのか,その理由がまったく不明でした.
てか,今でもこの理由がわかる人いますか?

明確な理由について定かではありませんが,多分,心臓ペースメーカーを装着している人への配慮ということなのでしょう.

ただ,心臓ペースメーカーを装着している人が優先座席に座っているのかどうかわかりませんし,携帯電話の電波ごときで誤動作起こすようなペースメーカー付けてるんなら,そもそも駅には来ないし,まして電車なんか乗らねーっつーの.

で,気になったんで調べてみました,携帯電話とペースメーカーについて.
どうやら,携帯電話の電波で誤動作を起こす機種というのは,非常に古いタイプのペースメーカーで,しかも30cm以内に近づけない限りは誤動作を起こす確率はないということでした.
30cm.つまり,満員電車で,しかも携帯電話を入れている場所とよほど密着しなければ,こういった状況になることはありません.

仮に,携帯電話所持率が限りなく100%に近い満員電車に,勇気あるペースメーカーを付けた人が乗るとして,こういう状況であれば優先座席付近もクソもあったもんじゃないですから,ほとんど無意味なアナウンスであることになります.
まあ,そもそも,現在取り扱われているペースメーカーは携帯電話の電波では問題ないのだし,どうしても不安なら電車にはのらないことで解決できます.しかし,実質上,そんな人は外出不可能のような気もしますが.

考えてみれば,「携帯電話」 のせいで迷惑した車内に出くわしたこと自体がありません.
携帯電話で大声だしていたとしても,それは「大声」であって携帯電話のせいではないですし,普通の通話であれば気になんてなりませんよね.ましてメールのやり取りなんて一切迷惑じゃない.


それより,逆に気になる注意があります.
新幹線や特急でよく聞くのですが,「お休み中のお客様に迷惑ですので,云々..」というアナウンス.

....,電車って寝るのが当たり前のところだっけ?
携帯電話のこと言うなら,イビキかいて寝てる奴のほうがよっぽど迷惑な客じゃないか?
それに,寝てる時に盗難なんて起きても誰も責任とれないでしょう?
極力,乗っている時は起きておくのがマナーのような気もするんですけど.

2009年12月5日土曜日

名古屋


今日は学会で名古屋にいます.

さきほどまで,この学会に同行している学生と居酒屋で飲んでいました.
最初は学会の懇親会で飲んでいましたが,なんだか しけた感じでしたのでソソクサと出て街の飲み屋で飲み直すことに.

お店をいろいろと探しておりましたが,なかなかいいところが見つからず.
そうこうしているうちに客引きのお兄さんと遭遇し,「ぜひうちの店に」 という言葉を一切無視して 「どこか名古屋らしいおいしいものを出すお店は?」 とずうずうしく聞いてみました.

別に自分ところのお店に呼び込めなくても大したことにはならないのでしょう.親切に教えてくれましたので早速そのお店に向かいます.

それがまた最高に情緒溢れる下町の居酒屋で,雰囲気抜群の老夫婦が営む味噌おでんを出してくれるお店です.

紹介がなきゃなかなか入れない場所にあります.
入ってからも,お店のおばあちゃんは私達をお得意さんのうちの一組かのように扱ってきてくれて,「どこの人でしたっけ?」 と,思い出そうと苦労していました.
「県外から来ました.初めてです.紹介で来ました」 というと安心したようです.

出してくれる料理にはハズレがありません.
特に味噌おでん,中でも大根と豆腐が滅法うまくてたまりませんでした.
これはその辺の営利第一でやってるチェーン店では出せない深みのある味でしょう.

こういうお店ならと,お酒もあえて高いものは避けて “いいちこ” に.
生きててよかった,と思える時は数々ありますが,そのうちのひとつであったことに間違いはありません.

お会計も,いろいろ注文してあの(妙にキレのいい)お値段にはならないでしょう.適当に安くしてくれたようです.

お店の名前は覚えましたので,また名古屋に来たときは寄ろうと思います.



この仕事をしているといろいろな所に行けるのが面白いところです.
来週は富山.温泉宿に泊まれるそうです.
仕事は適当にやって,ついでの楽しみを満喫できたら幸せですね.

2009年12月2日水曜日

200回記念


今日で200記事目です.

肩肘張らずに書き続けてきましたが,まさか本当に1年間続くとは思いませんでした.

記事に対するご意見など頂戴することもあり,皆さんのお陰で綴り続けることができました.
ありがとうございます.
昨日の記事でも書きましたが,このまま続けられるところまで書き続けようと決めていますので,引き続きご覧いただけたらと思います.


さて,今日は原点に戻って書評などやってみようと思います.

管賀江留郎 著『戦前の少年犯罪』です.
「私たちの時代はこうだった...」
などと言い張る人たちがいますが,当時の統計調査やメディア・新聞記事を覗いてみると実際はどの時代でも同じような状況だったという切り口で検証していきます.

むしろ,戦前や戦後の40〜50年前の方が,凶悪犯罪が多発していたこと.特に少年犯罪においては奇異で残忍な手口が多かったことを示しています.

少年犯罪の凶悪化が取りざたされた近年では,“酒鬼薔薇聖斗” で有名な神戸連続児童殺傷事件,蘇生のためにレイプした光市母子殺害事件,“ネヴァダガール” で有名な佐世保小6女児同級生殺害事件が思いつきます.
これらをみて,「最近は少年犯罪が多発している」 と言われていましたが,実は総じて少年犯罪,凶悪犯罪は年々減少傾向にあるのです.

統計的データを出されて反論すると,それでも「最近は手口が陰湿化している」「近頃の少年犯罪は残酷」 などと言って粘る意見もあります.

ところが,戦前の小学生はいつもナイフを携帯するのが普通だったようで,よく斬り殺す事件が多発してました.
どうでもいいようなことで,すぐに斬りつけて同級生や先生,親を殺していたようです.

たしかに陰湿ではないのかもしれません.カッとなってぶっ殺すことが日常茶飯事だったようで,そう言う意味では気持ちのいい殺人ばかりが目立ちます.
小学生だけでなく,入学前の幼児もよくナイフで人を殺していたようです.やはり,戦前の子供はしっかり者が多かったのでしょう.

秋葉原連続殺傷事件が有名になりましたが,この犯人は地味なおっさんでした.
ところが,戦前ではそこら辺にいる小・中学生がよく頭が狂って殺しまくっていたようです.通り魔として27人を連続殺害した小学生もいたようですね.凄い猛者がいるもんです.

学校では硫酸をかけるイジメも流行っていたそうで,確かに硫酸でシュワッとさせるのは派手ですから,近年のような陰湿なイジメではないかもしれません.
木に縛り付けて足下に薪をくべて火あぶりにするイジメもありました.たしかに陰湿ではありませんし,すぐに先生にバレるわかり易いイジメだったようですね.

女子学生の援助交際も現代の比ではなく,お金ももらわず所構わず援助していたようで,ユニセフも真っ青なボランティア精神豊富な援助です.
さすが,昔の女性は気概が違います.

少年少女のストーカー殺人なんて当たり前の事件で,若い男女の恋事情という風流として取り上げられています.

萌え系・キモオタ男が引き合いに出されてバカにされる現代ですが,いやいや戦前の男も同じこと.
戦前,戦後は幼女レイプ&殺人が流行していました.
アニメやゲームに向かうだけの現代の男は根性がありません.リアルな幼女に手を出しまくっていた戦前の男を見習うべきなのでしょうか.

その他としても,好きだった女性の墓を掘り起こして内臓をえぐり出した男の子がいたり,銃で撃ち殺しまくる少年がいたりと,実に盛大に犯罪をしてくれています.

「犯罪発生件数」 が減少しているという情報だけだとパッとしませんが,実際どのような事件が起きていたのかを羅列されると,その凶悪性,残忍性がわかります.

現在の少年犯罪はまったくカワイイものです.
戦前のように賑やかになったらまた日本も変わるかもしれません.

2009年12月1日火曜日

師走に入って

いよいよ今年最後の月が始まりました.
アッというの1年間でした.

ブログを始めた日がつい最近のことのように思えます.
今年限りのつもりでしたが,自分自身でも書くことが楽しくなってきましたので,来年も続けることにします.

来年は...,と言わずに,これからも新しい自分のブログスタイルを模索しながら,書いていきたいですね.

本当にいろいろなことがあった2009年.
まだあと1ヶ月残っていますが,自分にとっては飛躍の1年だったように感じます.

自分でこのブログを最初から読み返してみていますが,めちゃくちゃ長くて読むのが大変です.そんなに面白いネタを続けているわけでもないので,読んでいてツライ部分もありますね.

次回はとうとう200回記念になります.

2009年11月29日日曜日

お得感

今日は大学主催の福祉関連のイベントがあって大阪・梅田まで出ていたのですが,いろいろと勉強になりました.

私としては,本学を退官された先生が基調講演をしてくれるということで,御挨拶にと駆けつけた意味合いが大きかったのですけど.その基調講演もさることながら,その他の発表も私にとっては新鮮で得る物がたくさんありました.
来年度からは福祉関連の仕事につきますので,ちょうど良い機会でした.

講演や発表が終わった後も,思いがけず “懇親会” というのが催されまして.
参加費無料だったので出された物をちゃっかりと食べて帰ります.

それに,全くの門外漢である福祉関連の先生方や,近くにいるけど以外と普段は話さない先生方ともお話しできたので,有意義な時間を過ごせたと思います.


ただ出席して帰るつもりだったのですが,以外にもたくさんの得るものを拾ってきた感があります.
アルコールも入っておらず,すっきりした気分で帰ることもでき,清々しく お得感の高い一日です.


さて,明日が高校の授業,最後の日です.
あっけなく2学期が終わってしまいます.
数えるほどしかやれてませんが,最後くらい印象に残る授業をやって終わりたいと思います.
3年生の授業ですから,明日が最後のつもりで臨まなければなりません.3学期はあってないようなもんですから.スケジュール等の都合で場合によっては3学期は授業がない可能性だってあります.

私のソフト面の未熟さを,本学のハードの良さをフルに活かして授業したいと思います.
やっぱりこの大学はお金持ってます.体育・スポーツ関係に,これだけ潤沢に投資できるのは凄いですから.
外の大学からの視点で見たら,やっぱり異次元の世界ですよ.
高校生には,「なんだかよく分からんけど,凄いことができる大学やなぁ」 と感じてもらえればそれでいいです.

2009年11月28日土曜日

なんとか

近畿縦断計画,なんとか無事に終わりました.

早朝から大学に行って荷物まとめて和歌山へ.
実験作業した後はすぐさま大阪・江坂へ北上.
ギリギリの予定はなんとか間に合いながらこなせました.
間に合わなかった時の言い訳を常に考えながら行動してましたけど,その心配もなかったようです.

大学でつくった荷物がべらぼうに重くて,しんどいったりゃありゃしない.
でも,それだけの価値はあったので報われたというものです.

でも,歩いて移動することは極力避けたくなるほどの重量だったので,駅からの移動手段はほぼタクシー.
総額4000円なり.
その分の晩御飯代はおごってもらったのでよかったですが.

「こんな時,車があれば便利だったろーなー」 と思いましたが,ペーパードライバーだし,土曜だったし道が混んでる可能性のほうが高いので電車がベターだったのでしょう.

ということで今日は一日,ウエイトトレーニングの日でした.
かなりのファンクショナル・トレーニング.日常生活に密着した筋力を鍛えることができたようです.

そう言えば,明日は車を納入する日になりそうです.
買って早々,事故らないように気をつけねばなりません.


さて,今日は一本の動画を紹介します.
ヴォーカロイド(初音ミクなど)が歌う作品の一つです.
ヴォーカロイドには初音ミク以外にもいくつかのタイプ・製品がでているのですが,そのなかの 「巡音(まわりね)ルカ」 に歌わせている作品で,ニコニコ動画にUPしている人のオリジナル作品です.
低音の歌声が特徴で,「ガーネットクロウ」 の声に似ているという評価があります.

で,この作品ですが,なんか訳も無く,
「ジーーン....」
とくる歌詞でして.
「うんうん,わかる,わかる」
と共感できる作品なのです.

この歌詞に涙腺が緩む人は少なくないのではないでしょうか.
何とも思わない人は,不肖な私よりもまだまだ苦労が足りてません.
もっとがんばりましょう.

2009年11月27日金曜日

今日の喜びと明日の不安


今日の喜び.
しょうもないことですけど,駅の有料自転車置き場の料金をタダにしてくれました.
なんとなく顔見知りになっている管理人の方だったんですけど,
「停めるの今日だけなんですよね.すぐ帰ってくるんでしょ.夜だし,もう料金はいいですよ」
ってな感じで.

今日は大学に他大学から先生が来ていて,先ほどまでその方々と呑みに行っていました.
その途中での出来事です.

やっぱり日頃からの挨拶,態度といったコミュニケーションは大切ですね.
こういうところでお得な出来事が起こります.


そして明日は.
けっこうな過密スケジュールなんですけども.

研究室のゼミの実験で,朝早くから県外に出張.
そこで20−30分の作業をした後,大学に戻って荷物の支度してセミナーのスタッフとして市内に出張.
間に合うかどうか不安です.
今,電車のダイヤを検索したら,予定ではギリギリになりそうです.

「朝の出張は行かなくてもいいか」 とも思いましたが,これが私の本来の職務であるし,セミナーは本来の職務じゃないという関係上,研究室の先生への配慮は重要だと思います.
なんで別のところの仕事してんねん,ということになるとやっかいですので.

「別に大丈夫」 と言ってくれるような先生ではありますが,でもしかし気にはするのが人間でしょう.
ここはしっかり 「研究室の仕事を最優先にしてますよ」 というアピールをしとかないと.

そういうのの積み重ねが大切です.

2009年11月25日水曜日

孤独に歩め


暖かい膝掛けを贈ってくれた人ですが,“つわり” が酷くて大変なんだそうです.
12月中旬頃になれば楽になると言っていましたが.
出産予定は来年の5月です.

男である私にはつわりの辛さはわかりませんが,気分が悪くて吐きそうな感覚が常にあると思うとやってられませんね.「毎日が二日酔い」 だとも言ってました.
よく耐えられるもんです.母は強しといいましょうか.

つわりの辛さ,旦那のこと.いろいろ言っていますが幸せそうでなにより.
ホットカーペットと膝掛けの存在が唯一の幸せである私としては羨ましい限りです.

その人からは かねがね,
「人生,1回は結婚したほうがいい」
と,忠告・警告にも似た勢いで言われていますが,独身生活に幸せを見いだしてしまった私としては当分 誰かと共同生活するのは勘弁してほしいと願っています.

昨日のブログ記事じゃないですけど,人生の黄昏を迎えた時,介護を必要とする時,孤独であることは辛いのではないかと.
50-60歳だったら何とも思わないかもしれませんが,さすがに高齢者になったら孤独はきついのかもしれません.
でも,介護を必要とするようになった時点で,自分で人生の幕引きをしたいと考える部分もあったりするわけで.
そうなった時に身近に家族がいることは,どうなんでしょうか.現時点の私では想像しがたいポイントです.

この先,人類の幸福観がどのように変遷するか,また世界情勢がどのようになっているかも不明ですので,考えるだけ無駄かもしれませんし.

結婚するにしても,適当に思いつきでできるようなものではないし.
私としては,結婚に対していろいろ条件付けが厳しいわけではないと思っています(まぁ,わかんないけど).
唯一,自分自身で設けている条件が
“面倒なことにならない”
ということ.それだけ.
ただこれ,唯一にして最大の条件付けなのかもしれませんが.

お釈迦様もおっしゃっております.

思慮深く聡明で真面目な生活をしている者を伴侶とできないならば,国を捨てた王のように,また林のなかの象のように,独り歩め.
愚か者を道連れとするな.独り行くほうがよい.
孤独に歩め,悪をなさず,求めるところは少なくあれ.
林のなかの象のように.

実は以外に思われるかもしれませんが,お釈迦様は結婚していて子供もいます.
さすが結婚している人の言葉は違いますね.違う意味でも悟りを開いていたのかもしれません.

欲を出さず,ただ誠実に生きることが幸せへの道だということなのだそうで.
その途中に,“思慮深く聡明で真面目な生活をしている人” がいたら また考えます.
思い立ったら早いタイプだという自覚はあります.
先日も自動車を即決で買いましたし.

なるべくなら,国捨て王や林のなかの象にはならないことを願って.

2009年11月24日火曜日

ホットカーペットと介護と実験結果


Amazonでホットカーペットを買いました.
さっそく職場の足下に設置しております.

毎年,足のシモヤケに悩まされていましたので満を持しての登場.
スイッチを入れて足先に暖かみが伝わった時,涙を流しかねないほどの感動がありました.

これで安心して冬が越せる...

先日いただいた膝掛けと共に今年の寒さ対策は万全.
この冬はすさんだ気分で過ごさずに済むようです.


ところで,
わたくし,来年からは福祉関係の仕事に就きます.
全然 専門じゃないのに,福祉の専門家を養成する立場に立つことになります.

世の中 間違っている気がします.
でも,そんなもんなのかもしれません.

大急ぎで福祉,介護,障害者関連の勉強を始めました.
Amazonでレビューの星がたくさんついている本を片っ端からあさって読んでおります.

そのなかでも,岡本類 著『介護現場はなぜ辛いのか』 は,著者が実際に介護の仕事をやってみた体験記で,非常に重要な示唆を含んでいます.
私も介護体験が全然ないわけではなく,学生時代に 「介護体験」 として授業の一環でやったことがあります.
その時に感じたことと同様の感想を著者も述べており,介護現場に対する感じ方に違いはないのだなと実感.作家ならではの観察眼と相まって文章として簡潔になっています.

いろいろ拝見しましたが,やっぱり介護・福祉関連の問題点は “賃金が安すぎること” に集約されます.
肉体労働と精神的ストレスに曝された挙げ句に手取り15万円以下ではやってられません.

なにより問題なのは,「福祉は “金”ではなく“愛”」 という価値観が悪い意味で蔓延していること.
給料だけではなく,介護という仕事への “報い” が総じて少ないことが問題点である気がします.
これを岡本氏は「介護現場で “愛” に最も飢えているのは職員」だと述べます.

それこそ自殺でもしない限り,現代社会で生きる人間が必ず関わる(お世話になる)ことになる介護・福祉の世界.
そうした仕事にやりがいや特権を与えることが,現在の介護現場に必要なことなのかもしれません.
いっそ税金免除とか特別に社会保障を充実させるといった援助が効果的かもしれませんね.


今日はかねてより指導している学生の卒業論文の実験結果があがってきました.
予想通りの面白い結果が得られたようです.
これは外部雑誌の論文にできそうな予感.

内容は,センセーショナルではないにしても興味深いものでして,Excelを操作させながら次々と現れる面白いデータに興奮を隠しきれませんでした.
これだから実験はやめられません.

シンプルで雑な研究デザインだったとは思いますけど,そんなこと気にしてたら何もできませんので.
あくまで私が興味あることを興味のままにデザインして計画して,面白い結果がでたんです.あとは世間がどう思うかです.
それだけですが,何か?

2009年11月22日日曜日

大河ドラマと高知県


高知県出身の私としては感慨深いものがあります.
先ほど大河ドラマ 『天地人』 が最終回を迎え,次の大河ドラマの予告が流れました.

来年の大河ドラマは坂本龍馬です.

坂本龍馬もいいのですが,高知県出身の私としては土佐の武将,四国制覇を成し遂げた 「長宗我部元親」 を主人公にやってほしいものです.
実はNHKの番組でも,大河ドラマの主役をやってほしい武将ランキングで第1位を獲得しています.
長宗我部元親も大河ドラマにふさわしいドラマチックな人生を歩んでいる武将です.

幼少の頃は,色白で大人しく軟弱で女っぽい性格から,家臣からも 「姫若子」 と呼ばれバカにされていました.
元親の初陣は22歳と当時としては非常に遅いもので,父である国親や家臣が心底心配するダメ若殿だったのです.

しかし,その初陣となる「長浜の戦い」では自ら先陣を切って突撃し,元親自身も何人かを討取るなど武功を挙げ,「鬼若子」 と畏怖されるほどの存在になりました.
つまりキレたんですね,今風に言えば.
こうした息子の活躍を聞きながら,父・国親は安心して他界します.

その後,元親は着々と戦果を挙げ,土佐を統一した後,四国に覇を唱えます.

四国統一は時の権力者・織田信長に快く思われず,四国征伐が計画されます.この時の四国征伐は元親の勝利で終わりますが,後の豊臣秀吉による四国征伐では10万の軍勢を相手についに破れます.

慶長4年4月,京都伏見にて没します.享年61歳.
スケールのでかい出来事に関わった 「土佐の出来人」 と称される面白い戦国武将です.

2009年11月21日土曜日

当たり前のこと


昨日,民主政権が 「我が国の経済が緩やかなデフレに向かっている」 という発表をしました.
デフレ(デフレーションdeflation)というのは物価が下がる経済状態のことをいいます.
デフレ経済では 「デフレスパイラル」,つまり,物価が下がることで売り上げが下がり,それが収入(給料)の低下を生むことで消費が下がり,これに応じてさらに物価が下がる,という現象を生む恐れが指摘されています.

当たり前のことですが,民主党の経済政策では暗黒の時代が来ることは自明のことです.
目先のことだけの政策ですので,将来性がないのです.
行政刷新会議の事業仕分けが良い例です.

実際のところ,必要の無い事業も多く,政官癒着や天下りを抑えるという意味では有益ですので,やってること自体は悪くないのですが.
いかんせん新政権のパフォーマンスである部分が大きいですし, 「無駄な赤字」 と 「必要な赤字」 の区別がつかないバカが仕分け人をやっていることが致命的な悪夢なのです.

経費削減という “デフレ” を実施している政策ですので,その延長線上で日本経済がデフレに向かうのは当たり前のことです.でも,これをメディアは報道しません.


ただ,先のブログ記事でも取り上げた長谷川慶太郎氏がかなり以前から述べているように,日本,そして世界の経済はデフレの方向に向かうことは避けられず,むしろデフレ状態が普通になることが予想されています.
世界規模の大戦が発生しない現代では,経済はゆるやかな物価下落をまぬがれることはありません.
※これは,大規模な戦争がなければ軍事費の捻出が不可能であるため,経済は必然として不活性化することに起因する.アメリカがいろいろな国に戦争をふっかけるのは,経済の活性化を促したいからである.事実,戦争をした後はアメリカの経済状態は良好になる.

このため,一時的なインフレや物価高騰は起こっても,最終的にはデフレ経済に向かうことは,よくよく考えてみれば当たり前のことです.
長谷川氏は,これからはデフレ経済に慣れる必要がある時代と述べており,デフレを早い時期から経験している日本は,経済において世界をリードする可能性が高いとも予測しています.
『大局を読む』,『経済頭脳を持っているか』,『世界デフレで甦る日本』,田原総一朗共著『日本の大逆襲』といった著書において一貫して主張しています.


だいたいが,今の30代中頃以上の日本人が想い描く 「景気のいい状態」 というのは,1980〜1990年にかけてのバブル時代のことです.
残念ながら,バブルは夢物語です.
まともに経済を論ずれば,バブル経済は二度とやってきません.第三次世界大戦でも起きない限りは・・.

麻薬と一緒で,一度バブル経済の味を占めた我々よりも上の世代の方々は,これからも一生バブルを追いかけ夢見て生きて行くのでしょう.
彼らにとって現在の経済は,それこそ薬物中毒者がクスリが切れた状態のようには苦しいのでしょう.
あの時代に戻りたい,あの心地良かった生活をもう一度と.
そういった意味において,そんな時代を知らない我々はむしろ幸せなのかもしれません.

今の若者は,将来に希望を描けない.元気が無い.野心が無い.夢を持っていない.地味.などと評されますが,私からすれば “まともに生きて行こうとしている” と評したいものです.

いつまでもバブル経済を追いかけ,無駄な努力に勤しみ苦しむ先輩方をみると可哀想に見えますので.

ブッダの言葉です.
たとえ貨幣の雨を降らすとも,欲望が満たされることはない.
快楽の味は短く,苦痛であると知るのが賢者である.

2009年11月19日木曜日

いったんCMです


極度につまらなくなってきたTVのコンテンツ.

でも今日とりあげるのは,そのTVのCMのことです.

わたくし,ここ数年TVをめっきり見なくなって久しく.なので,たまに見るTVに気づくことがちらほら.
最近のTVを見てみると,CMに変化が起きています.

なんと言ってもパチンコのCMが増えたことには驚きと怒りが込み上げます.

昔はパチンコのCMなんて,タブーみたいなものだったはず.
パチンコなんて人間のクズの集まりですから,TV局に気品とプライドがあれば,パチンコ関係の会社からのコマーシャル依頼は断れるはずです.

あと,細木数子の携帯サイトのCMが流れているのを目の当たりにした時の絶句と言ったらありません.
日本の終焉を感じさせます.

そもそもは高金利金貸しの会社(アコムとか武富士とか)のCMを流し始めた頃から,こういった流れは避けられなかったのかもしれません.

金融会社で金を借り,その金をパチンコで擦って途方に暮れ,細木数子の占いにすがる.そういった流れができているのでしょうか.

いわゆる 「社会のゴミ」 である業界のCMが平然と流れるようになった現代.
TV業界の終わりの始まりですね.


なぜ社会のゴミのCMが流れるようになったのかと言うと,不況により大手企業,表企業がCMの予算を出す余裕が無くなり,押し出されるようにゴミ企業,裏企業のCMが出回るようになったことが考えられます.

あと,パチンコや高金利貸しなどの会社は中国・朝鮮半島系の人が経営しており,昨今の朝鮮半島問題や中国の悪態により客離れが起こっていることに対する引き止め行為なのかもしれません.

いずれにしても,人間のクズにまでおもねり始めたTVメディアの未来は,そう明るいものではないでしょう.

2009年11月18日水曜日

アンコウの肝


さっき誕生日プレゼントとしてもらいました.
アンコウの肝です.
アンキモってやつですね.

今ちょうどそれを食べながら,芋焼酎とともにブログを書いています.
豪華な晩酌になっています.

私の誕生日はだいぶ前に過ぎていますが,渡すタイミングの関係で今日もらうという展開になりました.
健康診断の結果,コレステロール値が低く,太陽に弱くてビタミンEが必要な身体の私を気づかってくれて,コレステロールとビタミンEが豊富な食材をChoiceしてもらいまいた.
ありがとうございます.

「肝」ということでエグ味や苦み,クセなどが強くて美味しくないかもしれないという不安もあったのですが,予想外の美味しさにとても喜んでいます.

以外とさっぱりとしていながら肴としての個性も強く,お酒によく合います.
大満足です.

「アンコウ」 は鍋料理等でよく聞きますが,実際のところ食べたことはありません.
肝が美味しさの秘訣だとも聞きます.
今年の冬は,どこかでアンコウ鍋を食べたいですね.


そうそう,今日はもう一つプレゼントをもらいまいた.
低血圧,冷え性で悩む私を気づかってくれて,赤い膝掛け毛布をいただきました.見た目にも暖かそうな色と感触の毛布です.
これで脚をモジモジさせながら仕事することもなくなりそうです.
ありがとうございます.


最近,仕事場のデスク周りを整理したいと思っているのですが全然できません.
授業で使うPowerPointのスライド用にと,さまざまな本にあるイラストや図表をスキャンしたいと思ってもいるのですが全然できません.
来年からは本気で大学の授業をしなきゃならないですし,準備は早めが良いでしょう.

明日は一念発起して朝からこれらの作業に取りかかりたいと思います.

ブログに書いたらには実行します.
そのための宣言ですので.

2009年11月15日日曜日

日本一の兵(つわもの)


さきほどNHK大河ドラマ「天地人」で大阪夏の陣と真田幸村の活躍を取り上げていました.

ドラマの主役である直江兼続は,この戦いでは蚊帳の外でしたので,結構あっさりと描かれていました.
ですので,真田幸村やこの戦いでのエピソードや蘊蓄をもう少し語りたいと思います.


まず 「真田幸村」 ですが,実は 「幸村」 というのは通称でして,本名を 「真田信繁(のぶしげ)」 と言います.
幸村というのは後世の小説や講談でつけられた名前です.

真田幸村の活躍は戦国ファンで知らない者はいません.
なんと言っても敗戦濃厚になった 「夏の陣」 の佳境でみせた徳川本陣への突撃はあまりにも有名.
幸村の決死の突撃は,徳川方の諸大名を蹴散らし,本陣にあと一歩の所まで迫りました.パニック状態になった本陣で家康に自害を覚悟させたと伝わっています.
とは言え,多勢に無勢の幸村はここで討死にしています.

当時,真田幸村は冬の陣でも活躍したのですがあまり名前は知られず,夏の陣の活躍で後世に名が残るようになりました.
真田幸村については島津忠恒という武将が有名な評価をしています.

真田 日本一の兵.古よりの物語にもこれなき由.


また,当時の民衆の間では,真田幸村は豊臣秀頼をつれて生き残ったと言う伝説があります.

花のようなる秀頼様を、鬼のようなる真田が連れて、退きも退いたり鹿児島へ

という童歌が民衆の間で流行したそうです.

真田幸村は猛将として有名なだけでなく,“影武者” がたくさんいることでも有名で,これがこの伝説を生んだ要因でもあるのでしょう.

実際のところ,影武者が多数いたとされる真田幸村の生死は不明ですが,秀頼と淀殿の死亡は確認されています.
二人は火薬庫に火をつけて壮絶に自爆死したそうです.

淀殿こと「浅井茶々」は信長の妹である「お市」と,戦国武将である「浅井長政」の娘で,豊臣秀吉の側室です.
秀頼を身ごもるために秀吉に近づいたともされ,実際,秀吉から寵愛されます.その若さと美貌で豊臣の権力を手中にしました.

豊臣秀頼については,先の童歌にあるように優男で華奢なイメージがありますが,実は身長190㎝以上,体重160kgの巨漢デブであったことが記されています.
ですので,小柄な体が普通だった時代においても,さらに小柄であった秀吉の血を本当に継いでいるのかどうか怪しいところです.
真偽のほどは淀殿しかしりません.

怖い話ですね.

2009年11月13日金曜日

寒空

今日は職場を途中で抜け出して,新天地予定地に赴きました.

でも結局,今日という日に私がそこに行かなきゃならなかったのかどうか不明なまま帰宅です.
用があってそこの設備であるトレーニング室の扉を開けたら,中で女子学生が上半身裸で立ってるし.
「あ,ゴメン」って言って閉めたけど,アレ,あとで問題にならないだろうかと不安です.
不審者が徘徊していると思われていたら大変ですからね.


暖かいなと思っていたら,あっという間に冬の寒空が戻ってきました.
いよいよ今年もクライマックスですね.

今 勤めている大学は学生時代からずっといますので,かなりの年月が経っています.
今日はこの大学の入学試験の日でもありました.

今から何年か前のこの日,私もこの高校生たちと同じように不安と期待のなかで試験をしていたのですね.
懐かしい想いがいっぱいです.

気温がコロコロ変わります。
風邪をひかないように注意しましょう。

軍事教育の喪失


長谷川慶太郎氏はその著書である 『軍事頭脳を持っているか』 で,日本の教育課程において一切の軍事教育がなされないことに触れ,「軍事頭脳がないことは国際関係が解らないことと一緒」とし, 「軍事頭脳の喪失は全ての頭脳の喪失」 とまで言います.

この長谷川氏というのは御歳82歳.
それでもまだ多数の著書を出版し,その先見眼は衰えることなく情報技術の先端を行く方です.
別に右の翼が生えている人というわけではなく,国際ビジネスを専門にされている経済学者です.

たしかにTVやニュースを見ていると軍事に関する短絡的な報道が目につきます.

例えば先の護衛艦とコンテナ船の衝突事故にしても,その報道姿勢が腐っていることは無視したとして,軍艦に関する知識の無さには私も驚きました.

コンテナ船とぶつかって,護衛艦の船首が大きく破損したのを見て,
「軍艦がこんなに脆くていいのか?」
などとバカ丸出し発言をするキャスターやコメンテーターが山ほどいました.

さすがに新聞ではそのような記事は目にしませんでしたが,コメントするにも笑われないような事を言ってほしいものです.
というのも,こういうトンチンカン発言も 数が過ぎると,これこそがスタンダードな意見になりかねないからです.

排水量5200tの護衛艦と7400tのコンテナ船,ぶつかるとどうなるのかなんて中学生でも解るでしょう.

でもまぁ,“北極の氷が溶けて地球の海面水位が上昇する” などというトンデモ科学が幅を利かせる世の中になったのですから,そんな報道も許されるのかもしれません.

それに,物理学的に考えなくても,それこそ軍事に関する知識があれば,なぜ今回の事故で護衛艦の破損が大きく見えたのかは推察できるはずです.

まるで軍艦ってのは超合金か何かで出来た装甲を持っているかのように思われていますが,最近の軍艦はこの「装甲防御」にウエイトを置いていないのが実情です.

なぜかって言うと,どんなに装甲を堅くしても,近代戦では火器の方が圧倒的アドバンテージを持っているので,つまりは “着弾=沈没” の図式が成り立つからです.

なので装甲防御よりも妨害電波や電子戦,ダミー射出といった 「回避」.そして,向かってくるミサイルや砲弾を「迎撃」するといった方法で防御します.
その能力がずば抜けて高いのがイージスシステムを搭載した 「イージス艦」 というやつです.

誘爆の恐れがある武器庫や,作戦指示を出すCICには強固な装甲防御が施されていますが,それ以外の部分は軽量化して巡航性や機動性を高めるために装甲は薄く施されています.

他にも,今の軍艦は大きな大砲は付けずに速射砲というのを付けています.しかも火器の主役はミサイルに取って代わられています.
船のサイズも巡航性・機動性を重視するために小型化しており,およそ150m前後です.昔のように200m級がぞろぞろいた時代は終わりました.
それに,潜水艦や駆逐艦といった船自体から攻撃よりも,空母からの航空機による攻撃が戦略上は重要ですので,各国の「空母」の存在と動向というのは軍事上非常に大切なポイントです.

ちなみに,中国は空母の建造に着手しています.けど,このこと報道する日本のメディアは少ないようです.


以前,現在の政権を担っている党の一人が,
「北の国からのミサイルを迎撃すると先制攻撃になりかねない」
とか,頭の中までファンタジーなこと言ってました.

ここまでくると末期症状ですが,少なくとも世界の常識である軍事学については日本人もアレルギーを起こさずに見つめ直す必要があるはずです.

2009年11月9日月曜日

救いのインフルエンザ


インフルエンザの猛威がまだまだ収まりません.
非常勤先の高校は今日も休みです.

2学期が始まってまだ3回しか授業をやっていないクラスもあります.
大丈夫でしょうか?

大丈夫,というか.
体育の授業は悲しいかな,それほど重要な授業ではないし,なんといっても2学期以降の成績や授業態度は彼らの将来に関係は薄いですから.

3年生の授業なので,彼らにとっては1学期の成績でこの1年は終了です.大学入試や就職のための成績書類は1学期までしか反映されませんので.

なんとか2学期も興味を持てる授業を展開しようと考えているのですが,いかんせん,やたらとこちらも忙しい.今日の学級閉鎖は私にとっては助かった部分もあったりで.


すっかり寒くなったと思っていたのですが,ここ数日は暑い日が続いています.
優柔不断な気候です.もう少しはっきりした方がいいと思います.
寒さに弱い私としては,地球の温暖化は歓迎されます.暖かいなら暖かいで,このまま続いてほしいですね.


そんな今日はベルリンの壁が崩壊して20年目の日です.
当時の記憶はあまりはっきりしていませんが,ニュースがあわただしかったことは覚えています.

小学生のときは,ベルリンの壁というとドイツを東西に分断するほどの巨大建造物だと思っていました.
だって 「ドイツを東西に分断する壁」 とかいう表現をするもんですから,そう考えてもおかしくはないでしょう.
でもこれは表現上の話で,実際は違います.

そもそもベルリンは東ドイツの首都であり,西ドイツの首都はボンであったことからも,ベルリンの壁を境界にドイツが分断されていたわけではないことがわかります.

「ベルリンの壁」 というのは,事情があって東ドイツ首都のベルリンにいた西側諸国の住人の居住区を分断するために作った 「壁」 なのです.

ドイツを分断してたらえらいことになります.万里の長城にならぶ巨大建造物になってしまいます.
ちなみに,ベルリンの壁の総延長は約150kmだそうです.

2009年11月4日水曜日

鏡は悟りの具ならず 迷いの具なり

『仏教聖典』 を買いました.
以前から買おう買おうと思っていたのですが,その度に忘れて結局今に至っていました.

ユダヤ教やキリスト教の『聖書』,イスラム教の 『コーラン(クルアーン)』,に並ぶ世界三大聖典の一つです.
残すは 『コーラン』だけとなりましたが,コーランを買うのは気が引けます.なんとなく.


聖典の中身はというと,主にお釈迦様(ゴータマ・シッダールタ)の発した言葉が記載されておりまして,個人的ではありますが聖書以上に日本人の心にグッとくる言葉が並びます.
聖書は言い回しがまわりくどくてイライラするのですが,仏教聖典ではストレートにズバッと言い切る感じが心地よいのです.

例えば,
我が愚かさを悲しむ者あり.この者すでに愚者にあらず.
自らを知らずして賢きと称するは愚中の愚なり.

ソクラテスの「無知の知」,孔子の「知るを知るとなし,知らざるを知らずとなす.これ知るなり」という言葉にも通じる表現ですが,お釈迦様の表現の方が明確で生活に役立つ言い回しのように思います.
この3者(ソクラテス,孔子,釈迦),生を受けた時代は同じですけど(紀元前500年ほど前),生まれた場所も違えば関わりもなかったはずなのに全く同じような考え方にたどり着いたようです.さすがですね.

私も悟りを開けるように精進して参りたいと思います.

ちなみに,この記事のタイトルは斎藤緑雨の言葉.
意味は不明ですけど,私なりの解釈としては,自分を客観視すればするほど自分を見失うことになるという意味ではないかと.
自らの感性,心の声を大切にして判断せよとということでしょうか?
スポーツ・体育にも同じようなことが言えそうです.

仏教の教えにも,
自らを灯火とし,自らを拠り所とせよ.他を拠り所としてはならない.法(真理)を灯火とし,法を拠り所とせよ
と言うのもあります.

この時期になって就職しようか大学院へ進学しようか,と猛烈に悩んでいる優柔不断な4年生がおります.
いろいろな人の意見を聞いて考え込むのもいいですが,結局は自らを灯火とせねばならないのです.他を拠り所としてはなりません.

     

2009年11月2日月曜日

増加と失望*冷え込んだ空気


いやいや,突然 寒くなりましたね.
いつも自転車通勤なのですが,寒さで耳が痛くなってしまいました.

寒いと言えば,この寒さを人一倍感じているであろう髪が薄い大学准教授がおりまして.
んで,その彼には増毛疑惑があるんですね.

私も教育職の端くれ.人のちょっとした変化を見逃さないように心がけています.
学生の表情や体格の変化に気を配ることは重要ですから.
学生の命を預かる体育系において,その重要度は増します.

そんな私が見る限り,彼の毛は増加しています.絶対です.以前はもっと薄かったんです.信じてください.
そして今日,その教員とトレーニング・ルームでお会いしたのですけど...,

貼っています.
彼は貼付(てんぷ)しています髪を.

間違いない.

運動中のムレた頭皮に,あきらかな “シール感” .
しおれることなくふんわりと主張してくる毛根.
さながら,“情けないようでたくましくもある” 生え際.

トレーニングルームからの帰路.急な冷え込みをみせた霜月の風は,彼の毛根(いや,むしろズラ)を駆け抜けています.


そう言えば,学生から誕生日プレゼントをもらったというのを以前書きましたが,そのプレゼントの中には,香川潤 編『官能メール投稿〜過激な性の体験〜』 という文庫本もありました.
学生からは,
「ぜひ読んでレヴューを書いてくれ」
とのことでしたので,さっそく読んでみました.

で,感想ですが,「まえがき」 を読んでいる段階で気づいてはいたのですけど,
まぁ,その,なんだ.

くだらない.

まったくもって,くだらない本です.

これ,どういうカテゴリに分類される本なのかわかりませんが,ちょっとしたエロ本なのでしょう.
この作品にどういう狙いがあるのか不明なため,どいうふうに楽しめばいいかわからない本.小説でもなきゃドキュメントでもHow to本でもないので,

何がダメって,とにかく “官能的になるように無理して書いた感” がありまして,ズラを貼付けた頭のように不自然な気持ち悪さがただよいます.
なんの感動も生まない,今どき珍しい本に出会えたと,逆に感動しています.
ここまで失望した本を手に取るのは5年ぶりです.

途中,鉛筆画の挿絵もあるのですが,その出来もイマイチ.
もう少し書き込んでくれればきれいになるのですが,中途半端さがぬぐえません.

全部 読むのはあきらめました.
読んでいてまさしく 「不毛」 だったので.

2009年10月30日金曜日

昨日の続きかもしれない2


今日は学生から誕生日祝いとしてリキュールをいただきました.
こうして祝ってくれる人がいること,幸せなことです.ありがとうございます.

「ゆずリキュール」
ゆずにはちょっとした思い入れがありまして,気分的にも味わい深いものがあります.
ちょうど今これを飲みながらブログを書かせてもらっています.


明日から福岡に行ってくるのですけど,昨日・一昨日とその県で起きた船舶衝突事件をテーマに記事を書いています.
ついでですから,もう少しこの件について触れておこうと思います.

昨日はメディアの腐敗を指摘させていただきました.
海上保安庁や自衛隊に落ち度が無いことがわかった瞬間,水を打ったように静かになるマスコミ.
静かになるならまだしも,いまだに一部メディアでは “なんとかして” 海自や海保にミスが無かったか,韓国船を擁護できるところはないか,と血眼(ちまなこ)になって探すという恥をさらしています.

これは日本の報道・マスコミといったメディアの性格であり,救いようのない欠陥です.
「真実を伝えよう」 というジャーナリズム精神が無いことが,日本のジャーナリズムの特徴なのです.
これは今に始まったことではないですし,むしろ最近はだいぶマシになってきたと言われています.しかし,ゴミ(マスコミならぬ,マスゴミ)は所詮ゴミでしかないので,これは自浄しようがないものだとも言われています.

「ゴミからはゴミしか出てこない」
統計学の世界の格言です.
ゴミが発する情報にはゴミしかないということと一致します.


では,そのゴミ達に共通するパターンとは何か? いくつか挙げてみましょう.
まず,韓国,中国に対する異常なまでのおもねり・偏り報道.
さすがに最近は北朝鮮には厳しくなりましたが,数年前までは拉致問題など取り上げもせず,むしろユートピアだと報道していました.

これはメディア関係者に共産主義・社会主義者が多いことに起因しています.
いい加減目を覚ませばいいのですが,いかんせんメディア関係者には間違いがわかっても頑固に主義を主張したがる人が多く,困ったことになっています.

アメリカやフランスの核武装についてはうるさいくせに,中国や北朝鮮が核武装することについては何も言いません.でしょ?不思議でしょ?
つい最近までは 「中国の核は良い核だ」 とぬかしていました.


次に公的機関への必要以上のバッシング.
論理的思考,法的根拠,状況把握といったところを一切おさえずに報じるという暴挙をよく行います.誤報と言っても差し支えないほどのウソ・妄想を平気で垂れ流す特徴があります.
今回の船舶衝突事件でもそれが顕著です.

国家,公,権力といったことに “とりあえず” たてつくことがカッコいい,と思っている節があり,このせいで政治,公務がうまくいかなくなっています.
「公務=悪務」 の図式でしか考えられず,元々頭が悪いからしょうがないかもしれませんが,まともな政治的思考に基づく報道ができません.
例えば税金について話をしようもんなら,発作を起こしたように時の政府を叩きます.なぜ税金を上げるような状況にあるのか,その説明なんて報じません.

そのくせ税金の使い道に関する “取材” を独自にしないので,税金が上がったら上がったでこの話題には一切触れなくなります.なのに「国民は税金の使い道に無頓着」 とか言い出す始末.もうね,アホかと.バカかと.
あの長妻議員(現厚労省大臣)が調べて公表するまで,自分たちでは何もしないのが日本のメディアです.日本のジャーナリストは面倒くさがりやです.

あと,靖国神社問題などで政治と宗教の分離について(例によって中国・韓国の話題を交えながら)報じるくせに,創価学会(公明党)については積極的に取り上げません.申し訳程度に話題にしますが,追求しません.
理由は簡単.メディア関係者には創価学会員が多いからです.自分たちの批判はできんのです.
他にも,アメリカの大統領就任時の宣誓で,大統領が聖書に手を置き牧師や神父に誓いの言葉を述べることには一切触れません.
理由は簡単.頭が悪いからです.そこまで頭が回らないのです.端的に言って末期のバカなのです.

そしてこのバカは事件を捏造します.
沖縄のサンゴにKYって文字を彫り,「サンゴに傷をつけるダイバーがいる」と報道します.
KYの意味は本来「朝日新聞」という意味でした.その後「空気読めない」に変わります.さらにその後,麻生総理を取り上げ「漢字読めない」という意味として広めましたが,これは最初のKYを隠すためにやっていることです.


ゆずリキュールのせいか,言葉が過ぎてしまいました.
まぁ,日本のメディアはこんなもんだ,ということが解ってくれたら幸いです.

2009年10月29日木曜日

この異常なメディアたち

一切しゃべらなくなったと思ったら案の定.
このザマですよ,日本のメディアは本当に腐っています.

昨日の自衛艦・コンテナ船衝突事件のことです.

調べてみたら,やっぱりコンテナ船の暴走操舵が事件の真相でした.
おまけに今日わかった事実が,コンテナ船が自衛艦の進行をほぼ横向きになって妨害していたこと.舵切り過ぎだっつーの.
やはり途方も無いバカだったのです.

でも,これと伝えるメディアがいない.
昨日は意気揚々と「自衛艦がー..」「海上保安庁がー..」とまくしたてていたTVや新聞も,今日はお通夜のように黙り・・・.
韓国側が絶対的不利な状況になったからでしょう.無視を決め込んでニュースにもしません.

これだから猛烈な勢いでメディアへの信頼が低下するのです.
まだ新聞やTVが真実を語っていると思っている人が多数を占めるからいいものを.あと数年もすれば日本の報道なんてすべてゴシップ記事だとバレちまいます.
NHKだけが信用できるニュースだと信じている爺さん婆さんはいますもんね.
残念!世界で一番信用できないメディアがNHKなんですよ,おじいちゃん.


今回の件で,そう言えばと思い出したので調べてみました.
「イージス艦衝突事件」
今から1年半前くらいのことです.
日本の最新鋭イージス艦「あたご」と漁船が衝突し,漁船乗組員である2人が死亡しています.
当時もイージス艦の不祥事をメディアが大々的に取り上げ,大臣をはじめ自衛隊幹部が何人か辞職した事件です.

で,あの事件,結局どうなったのか? メディアはやはり伝えていません.

事件は裁判となり,生きている自衛官側は 「監視不足による過失致死」 として裁かれましたが,最終的な解釈としてはイージス艦と漁船,双方の不注意による衝突とされています.
なんともメディアとしてはつまらない事件になってしまった,といったところでしょう.
船の常識で 「漁船側に回避する義務がある」 ということがメディア受けしなかったようです.

今回の衝突事件にしても,「海上保安庁の管制による指示が〜」 とかほざいてましたが,その “管制” の意味,そしてコンテナ船がとった行動の真相がどれだけ船舶関係者からバカにされる内容かに気づいたとき,これ以上 火に油を注いでも恥ずかしいだけだからと黙りを決め込んだのでしょうね.

せめて誠実に真実を伝えればいいだけだろうに.それすらできない今回の事件はメディアの腐敗を象徴するものです.

2009年10月28日水曜日

かんせん


インフルエンザが私の周りの人を襲っています.
この辺の地域でも感染が拡大していますが,皆様はいかがでしょうか?
気をつけないと大変なことになりますご自愛ください.

特にうがいと手洗いを徹底してください.
※しかし,インフルエンザに対する「うがい」について,その予防効果は懐疑的である.ただ,咳をしている人の前に立っていた等で唾液を吸い込んだ場合は至急(20分以内に)うがいをすると良い.それ以上は手遅れ.

アルコール消毒か30秒間の流水による手洗いが最も効果的です.
なぜかと言うと,インフルエンザ・ウィルスは飛沫感染経路なので,唾液などの体液を介して感染します.
どのように感染するかというと,ウィルスを含む唾液などが着いたドアノブやバーベル(?)を触ると,その手にウィルスが付着します.
で,このウィルスが手に着いた状態で目をこする.物を掴んで食べる等した際に口・目などの粘膜に入ってしまうからです.というか,インフルエンザの感染経路はこれによるものですから.

私はまったく感染する気配がありませんが,「かんせん」と言えば,自衛隊の艦船である護衛艦「くらま」と韓国のコンテナ船が正面衝突して大炎上したそうです.

事故ったところが,近々 出張予定である土地でもありまして,気になるところです.


どうやら,コンテナ船が幅600mの海峡で無理に追い越し操舵をしようとして引き起こした事故のようです.まったくの暴走行為と言えるでしょう.
が,今現在の最新ニュースでは海峡の管制をしている海上保安庁が暴走操舵を指示したとの報道もあります.

そのTVを見たら,キャスターが喜び勇んで 「海上保安庁のミスだ」 と報じていました.

バカ言っちゃいけない.指示があろうがなかろうが追い越し出来ない状況だったのだから,そこで追い越した奴が100%悪いに決まってる.
ニュースを見る限り,コンテナ船は当初,前の船の右側を追い越そうとしていたようですが,それを海上保安庁の管制は,右側は危険だから「左側で追い越せ」と指示しただけで,「すぐ追い越さないといけない」とは言っていない.

対向船がいるのに追い越そうとしたバカを棚に上げて,海保の管制官のミスだと騒ぐTVに呆れます.そろそろTVの報道も末期ガンのようです(合掌).

追い越すか追い越さないかは各船に任されているのですから,そこで事故ったかどうかは各船に責任があります.

だいたいが,関門海峡で追い越しをしようとする時点で相当なバカ.死ななかっただけ良かったと思った方がいい.


***************
産経新聞 2009.10.28 22:09
交信によると、事故直前、センターが船に「後ろから接近している船がある」と連絡。船から「左側を追い越して」と回答があった。センターはカリナ・スターに船の回答を伝え、「前方から護衛艦が接近している」とも連絡したところ、カリナ・スターは「了解」と応答した。 
カリナ・スターを運航する南星海運(ソウル市)によると、船長も「右側から追い越そうとしたが、左側から追い越すよう指示され、従ったところ(護衛艦と)正面から衝突した」と話しているという。
***************

なんてシュール.この記事読んで爆笑してしまったのは私だけでしょうか.
産経の記者が,笑いを誘うために無理矢理こんな記事にしたんじゃないかと思うほどです.
これ,事実なんでしょうか?
前から護衛艦が来てるよ.って言われたのに指示通り追い越したらぶつかった.とか話してるんだって.

バカの極み,ここに見たという感じ.
どうすればここまで圧倒的なバカになれるのか気になるところですが,その生い立ちはバカにしか解らない部分なのでしょう.
ここまで壮絶なバカだと,呆れを通り越してむしろ愛しさが溢れます.

指示を無視して右側を通って座礁してたら軽度のバカで済んだのですが,衝突して炎上してるんだから重度のバカです.救いようが無いのです.

それでもまぁ,賠償してくれりゃそれでいいのですが,かの国だけに賠償しない可能性もあったりで,バカな上に迷惑な事件となりそうです.

2009年10月25日日曜日

優先座席 再考


今日は電車に乗ってきたのですけど,「優先座席」なるものに座って帰ってきました.
自らのポリシーを自ら試す良い機会だと考え,思いきって座ってやりました.

座っている間,ずっと優先座席について再考.
以下にその考察を示します.


高齢者,身体障害者,ケガ人,妊婦を優先的に座らせるために設けられた座席,それが優先座席です.電車やバスに設置されています.
かつては “シルバーシート” と呼ばれていましたが,“高齢者専用座席” ととられかねないシルバーシートという呼び名は最近は改められています.そう言えばいつからか呼ばなくなりましたね.

私はこの座席システムに反対です.
座りたい人は言えばいいのです.「私,座らなければ大変なので譲ってくれますか?」と.

座らなければいけないほどの状況に追われている人は譲ってもらうようアクションをかけるでしょう.
「譲ってもらうのは気が引ける」などと,それができない時点で,座るほどのことではないのです.厳しいこと言うようですけど.立てる人は立ってればいいのですよ.

「あの人,大変そうだな..」と思えば譲も良し.「優先座席だから」と譲るのは気味が悪いですよ.

それにですね,
この優先座席,多くの場合,各車両に4〜6席ほど用意されていますが...,
7人以上高齢者や障害者が入ってきたらどーすんでしょう?

優先座席は6席しかないから残念!なんてことはないでしょう?
譲る時は譲るし,譲ってほしい時は優先座席に関係なく譲らせればいいのですから.

あとですね,
障害者 “だから” とか,ケガ人 “だから” 譲るという,この “だから” というのも私は気に入らんのです.
仕事に疲れ果てたサラリーマンと,馬鹿やって障害が残った “バカ障害者” や自爆した “バカケガ人”.
私なら前者を座らせたい.

結局は,「立てるなら立つ」「立ちたいなら立つ」 の精神がいいような気がします.

とにかく,私の目には欺瞞に満ちたシステムとしか映りません.
考えれば考えるほど破錠するんですから.
四の五の言わずに思いやりを持った社会をつくる方が先です.

2009年10月24日土曜日

特殊部隊


このまえ,大学院の特別演習にて米軍シールズ(Navy SEALs)のトレーニングをDVDで見る機会があり,その過酷な内容に, 「うちの大学のクラブもこれくらいやらんとな」 という,おバカな意見を交えつつ談笑したものです(授業しろって).

こういう威勢のいいDVDを見てしまうと面白がって指導してみたいと思うもんですが,やらされる側としてはたまったもんじゃありません.
サッカーとか野球をやりにきたのに,なんで浜辺を這いずり回ったり,放水されながら腕立てせにゃならんのだと.鬱になるでしょう.


ところで,シールズってのは米軍の特殊部隊ということで有名ですが,他にも “特殊部隊” と称する部隊はいっぱいあって,ざっと挙げても ・グリーンベレー,・レンジャー,・デルタ・フォース,・スワット(SWAT),・サット(SAT)などなど.

どれがどういう特殊部隊で,何がどう特殊なんでしょうか?
まず用語の定義ですが,特殊部隊というのは通常の歩兵部隊(小銃もってドンパチ騒ぐ部隊)には課されない特殊な任務を行う部隊のことです.
主にゲリラ戦,偵察,心理戦,隠密での水中や空挺,対テロ,破壊工作,人質救出といった特殊作戦を行います.たしかに普通の部隊では無理ですね.
よく似た用語にコマンド部隊というのがありますが,これは軍隊のなかで空挺や偵察,ゲリラ戦といった突撃作戦に特化した部隊のことをいい,一言で言い表せばシュワルツェネガーみたいな隊員がいっぱいいる部隊です.

そしてシールズですが,米海軍に属する特殊部隊で,正式にはNavy SEALsといい,SE(海),A(空),L(陸) をそれぞれ表しています.その名の通り陸海空問わず作戦行動がとれる部隊です.世界最強とも言われています.
もともとは,ベトナム戦争の時に苦戦した米軍が必要に迫られて作った部隊で,水中や隠密作戦が得意な人たちです.でも意外なことに通常の陸戦は得意ではないそうです.さすが海軍,陸には興味がありません.

よく似たのに米陸軍特殊部隊であるグリーンベレーがあります.シールズが陸戦が得意でないのに対し,グリーンベレーは陸戦が得意で,この部隊の有名人にジョン・ランボーという鬼神隊員がおります.ヘビを食べて石投げてヘリコプターを撃墜したりと,主にゲリラ戦を得意としています.
ほかにも米陸軍にはデルタフォースという特殊部隊があります.でもアメリカ政府は公式にはこの部隊の存在を認めず秘密にしています.秘密部隊という設定ですがバレバレです.対テロと人質救出を主任務とし,ヘビを食べたり弓矢を放つような任務はしません.

デルタフォースってのはイギリスのSAS(特殊空挺部隊)をお手本に作られました.SASは世界最初の特殊部隊でして,イギリスは他にもコマンドーというコマンド部隊も世界最初に作っています.第二次大戦のころです.

これら特殊部隊に言えるのは,「この任務にはこの部隊」 という指針がないということ. きっと各省庁で任務の取り合いという裏事情があんだろうな,と思います.

あと,レンジャーというのが自衛隊にありますが,実はレンジャー部隊と言う特殊部隊は存在しません.よく誤解されているそうですが(私も知りませんでした),レンジャーというのは特殊訓練に合格した隊員の資格のことで,日本の特殊部隊として有名どころは陸自のSFGp(特殊作戦群) と海自のSBU(特別警備隊)です.
以上が軍隊の特殊部隊.軍隊だけに,主に国外や外圧に対する仕事です.
一方,国内で起きる凶悪犯罪やテロ,ハイジャックなどへの対処は警察が管轄ですから,警察も特殊部隊をもっています.
日本はSAT(サット) ,アメリカではSWAT(スワット)が有名です.有名なこれらの部隊は警察管轄なのです.

北朝鮮の工作船は国外問題ですが,対処するのは海上保安庁のSSTという特殊部隊です,海自ではなくて.
ご苦労様です.

2009年10月20日火曜日

速読のこと


一時期,私も 「速読」 に興味を持ったことがあります.
「速読」 っていうのは読んで字のごとく,速く読む技術のことです.

今から6〜7年前くらいになるでしょうか,トレーニング指導などを大学のクラブチームを対象にやっていたのですが,提供するトレーニングのレベルアップであったり,それだけでなく 「知識の幅を広げなければいけないな」 と思い知る出来事があって,多方面の分野の知識を得なければいけないなと思うようになったのですが,なかなか勉強の時間がとれないものです.
「もっと多くの情報を速く処理しないと..」 と感じるようになり,そんな時に手に取ったのが速読を紹介する本の数々でした.

記念すべき最初の速読本は 中谷彰宏 著『超高速右脳読書法』.この本から私の人生が変わりました.
他には,西村晃 著『速読・速解の技術』,斉藤英治 著『べんり速読術』,寺田昌嗣 著『フォーカス・リーディング』,ポール・R・シーリィ 著『10倍速く本が読める』など.
速く勉強するためにと,栗田昌将 著『一夜づけ超スピード勉強法』,鷲田小彌太 著『スピードシンキング』,和田秀樹 著『受験は要領』,同『スキマ勉強法』,野口悠紀雄 著『超勉強法』とかに目を通してみたんですけど.

結局,身に付かなかったんじゃないでしょうか.

こういうHow to 本や解説書を読んでも身に付かないものなんじゃなかいと思うんです.
やっぱ実施あるのみ.

どこの誰だったか,雑誌か立ち読みした本だったかもしれませんが,「速読を身につける一番効果的な方法は,たくさんの本を読むこと,そうすれば嫌でも身に付く」 というのが印象的で,それ以来,手当り次第に本を手に取るようになり,今に至ります.


で,ある程度は読む速度が向上したんじゃないかと思っています.
「速読のコツは?」と言われるとなかなか「こうだ」とは言えないんですが.
でも,なんとなく掴んだものがある気もしますよ.

いつか学生から「速読って知ってますか?」 って聞かれたんでこう答えました.
「カップラーメンを作ったことあるやろ? 何度もカップ麺を作っていれば,新発売のカップ麺を作る時も,『お召し上がり方』の文の最初の “②かやくと粉末スープを...” の場所まで読んだだけで作れるようになるやろ? そういう感じや」

速読って,多分そんな感じです.

2009年10月18日日曜日

新幹線と疲労感


東京 2日目.

新宿に用事があったのですが,それは昼からなので時間が結構ありました.
こんなに暇なら今日の朝一で新幹線 or 飛行機で来た方がテキパキしてよかったかもとは思いましたが,たまにはゆっくりするのもいいものだと信じ込んでブラブラすることに.

とは言っても結局行く場所が思いつかず,駅前のビックカメラで家電をブラブラ見てまわることにしました.
研究に使えそうな機器とか,新しいPC,Macの展示とか,大型モニターとか,目ぼしをつけている携帯電話とか.
なかなか普段は見て回れないので一泊した甲斐はあったかも.
実際に見て触れる機会は貴重ですから.特に私のようにネットショッピングが主な者にとっては大事な行事です.

で,用事を適当に済ませて帰ることに.
ビックカメラでウィンドウ・ショッピングするために東京に来たようなものでした.


こういう日本縦断も慣れてきたもので,まったく疲れなくなりました.
以前は新幹線使ってホテル泊まって,ということをすると疲れていたのですが,慣れというのは凄いものです.
名古屋を通り過ぎても「あー,ここが名古屋か...」 なんて感慨にふけることもなくなりました.京都も今では普通の通過地点になっています.
けっこうな距離の往復のはずなんですけどね.

そもそも,この “大移動” の疲れって何なんでしょう?
考えてみれば,“ずっと座って,たまに歩いて” ,って,特に疲れる要素はゼロのはずですよね.むしろ疲れが取れそうなもんですから.
経路を間違えないように気を張っていたりだとか,大人数の前にずっといるだとか,そういうことが慣れていない間は疲れる要素なんでしょうか.
座り続けるよう強制されている感が原因の可能性もあります.


新幹線の車中では,行きは 村上春樹 著『パン屋再襲撃』を,帰りは 杉晴夫 著『現代医学に残された七つの謎』 を共にしました.
この2冊,かなり面白かったので時間が過ぎるのが早く感じました.この2冊が今回私が疲れなかった原因なのかも.
特に,杉氏の著書では生命科学への貴重な提言がなされており,また別の機会にとりあげようと思います.

あと忘れちゃいけないのが駅弁(車内弁).
行きも帰りも変に時間がなくて駅で買えなかったので車内販売を利用しましたが,どちらも当たりでして.
最近の駅弁は美味しいですね.昔と比べると,なんというか,ジューシー.パサつき感がなくなっています.

以前,大阪—岡山間の車内で神戸牛を使った 「すき焼き弁当」 なるものを食べたことがあります.
知ってますか? 発熱剤が弁当の底に入っていて,グツグツ湯気を出しながら食べることができたんですよ.
今でも売ってるんでしょうか.それを食べたのが10年くらい前ですからねぇ.
10年前ねぇ...
結構 昔の話になってしまいました.
あの日々が10年前だとは....


新幹線を楽しんだ東京出張でした.

2009年10月17日土曜日

東京へ

今日は大阪市内での仕事の後,わけあって東京へ出てきました.

新幹線で新大阪から東京へ.
夜の9時になるというのに活気のある街です.大阪もそうですけど.


この東京,ここ数年 何度か足を運ぶことも多く,街もだいぶ見慣れてきました.
ただ,少し思うところが一つ.

関西での生活が長くなってしまったからかもしれませんが,やっぱり東京の方が変な人が多いです.
電車に乗っていてもそう思います.見渡す限り奇人に見える人が多数を占めます.

目付きが異常です.普通じゃないような人がちらほら.というか,きっと普通じゃないんでしょう.
昔は “東京” と言えば田舎者が集まっているところと言われました.田舎から上京して一旗挙げようという人が多数を占めたからです.
今は異常者が集まっているところと言えるでしょう.異常者でも許されるような雰囲気が漂っているからです.さまざまな価値観が許される場所だとも考えられます.
能力のある人も多いけど,バカも多い街.それが東京です.


ホテルに着いてこれを書いています.
サービスでツインルームになりましたが,ベッドが二つになっても身は一つ.
あまり嬉しさはありません.

1階にあるコンビニでビールとリキュールを買って,わびしい夕食.
部屋のテレビで映画を見ています.VOD(ビデオ・オン・デマンド)なので好きなものが見れます.
こんなところでアダルトビデオを見るような趣味はないので,普段なかなか見れない洋画をお酒とともに楽しもうと思います.

やっぱり朝食付きがいいですね.
適当なレストランや喫茶店で食事と時間を潰すのが苦手な私としては,朝食付きのホテルが気楽でいいです.
明日はせっかくの休日.ゆっくり東京を楽しんでいきます.

で,明日はというと,新宿の近くで用事を済ませ,そそくさと帰る予定です.
ここは私にとっては,特に楽しめる街ではないですから.

2009年10月14日水曜日

銃について


借りて読んだので手元にありませんが,村上春樹 著『1Q84』に以下のような記述があります.
「物語に銃が出てきたら,そこからは弾が発射されなければならない」

たしかにね.

撃たれることがない銃がアイテムとして物語中に出てくる意味がないし,弾が発射されなきゃ銃としてのアイテムの価値がないというものです.
出てきたからにはどこで使われるんだろうという読者の期待もありますから,小説中では銃というアイテム,ギミックが出てきたら必ず発射されるシナリオにあるということです.

『1Q84』での銃の役割は結構大きいですし,その小説でも発射されたかどうかは実際に読んでみてください.


ということで,というわけではないですが,最近,星川武 編『図説 世界の銃』なるものを買って眺めてみました.
銃の歴史から,名銃,珍銃,未来の銃と,銃についての細かいところを解説した本(雑誌)です.

で,以下に銃のうんちくをいくつか...


印象深かったのはAK-47(通称・カラシニコフ)というアサルトライフルについての記述.世界で最もリーズナブルで性能の高い銃.史上,最も人を殺した銃でもあります.
AK-47ができるまでの開発秘話や開発者の想いが載っています.
これを全体的に読んでみて,“性能の高い銃” と言われているのは,破壊力や命中精度ではなく,「信頼性」 だということに気づかされます.

砂漠,寒冷地,ジャングルと,いかなる環境下でも弾詰まりや故障無く扱えることが重要な性能なのだそうです.

カタログスペックが通用しない世界.
野球で言えば,ブルペンエース(練習やW-UPでは最高の成績・パフォーマンスを発揮する投手)などではなく,内容はどうでもいいから,とにかくアウトを3つ獲れる投手が重要だということと一緒です.

拳銃で言えば,リボルバー(弾倉が回転する銃.お巡りさんが持っている銃)は弾数が少ないけど弾詰まり(ジャミング)を起こさないということで現在も重用されています.
あの世界最強の殺し屋・ゴルゴ13(架空の人物)やルパン三世の相棒・次元大介が携帯する銃もリボルバーです.信頼性が大切なのですね.

007ことジェームズ・ボンドが愛用する銃はワルサー・PPK(消音付き)が有名ですが,実は最近の作品ではワルサー・P99(上の写真)に変わってるそうです.
ワルサー社は人間工学的に扱いやすい銃を開発しているそうで,スパイであるボンドが愛用する銃としてふさわしいコンセプトです.
ちなみに,007はダブルオーセブンと読みます.ゼロゼロセブンは間違いです.

ダーティー・ハリーで有名になった銃にマグナム銃というのがありますが,“マグナム” というのは正式には銃の名前ではないそうです.てっきりマグナムという銃があるのかと思いきや,「マグナム」という弾(火薬量が多く,破壊力が高められた弾)を使用できる銃のことをマグナム銃というのだそうで,本来は弾の名前のこと.
ちなみにダーティー・ハリーが使っている銃はS&W・M29という銃です.

ちなみに,そのマグナム弾の中でも最強のマグナム弾(.50AE)を専用に使用できる銃ということで,実質世界最強の銃の名をほしいままにしているのがイスラエル製「デザートイーグル」.
気持ちよくぶっ放せるのでアメリカでは愛好家も多いんだそうです.アメリカ人は狂っているようです.

ワルサー,S&W,ベレッタ,H&K,コルトといった有名な銃の製造会社は全て海外.
では,日本製の銃の性能はと言うと,お世辞でも最低なんだそうです.
戦前の日本製の拳銃には「自殺銃」という,撃って殺した数より暴発で自爆死した数の方が多いという劣悪な銃も開発されていました.敗戦に一役かったようです.
戦後はだいぶマシになりましたが,それでもまともに撃てる銃はなく,自衛隊の訓練では弾詰まりが激しいからってんで,口で「ダダダダダダッ」で言いながら撃ち合っているそうです.マジです.
そんな訓練したくねー!
悲しくなってしまいます.

2009年10月13日火曜日

アイデアのしっぽ

両・手根部を負傷してしまい,パソコンのタイピングに影響が出ています.
昨日,自転車で回転・転倒し,大根おろしのように手を擦りおろしてしまいました.もみじおろし状態です.


夕方頃にいい研究のアイデアを思いついたんです.
これは結構いけるといい気になっていました.同僚の人と話し合ってみると,さっそく明日に予備実験をして,結果がどんな傾向になるか確認してみようということに.

ところが,よくよく調べてみると先に同じこと考えてる人がいて論文としても出ており,オリジナリティの高い発想だとは言えないことが発覚.
面白い内容だっただけに残念です.

が,ここで諦めたらもったいないのでデータ解釈の視点を変えてみるつもりです.
似たようなことであっても,視点が変われば別物になることだってありうるのですから.

わけあって実験&データ整理を今週の金曜日までにまとめようということになっていますので,ぐずぐずしてられません.

良いアイデアはなかなか生まれるもんじゃないですから,そのしっぽを掴んだら放さないようにしないと.


手が痛くてタイピングがしんどいので今日はここまで.

2009年10月11日日曜日

誕生日


本日・11日,横田めぐみさんが45回目の誕生日を迎えたそうです.


北朝鮮による拉致被害者横田めぐみさん(拉致当時13歳)の45歳の誕生会が11日、新潟市内のホテルで開かれ、両親の滋さん(76)、早紀江さん(73)がめぐみさんの同級生や当時の教諭ら約50人とともに、一日も早い帰国を願った。
新潟での誕生会は、めぐみさんが卒業した市立新潟小の当時の校長で、「救う会新潟」会長の馬場吉衛さん(88)らが主催し2回目。5日の誕生日から初めての日曜日に開かれた。
中学の同級生でプロバイオリニストの吉田直矢さん(45)が生演奏を披露。
滋さん、早紀江さんはケーキのろうそくに火をともし、めぐみさんの代わりに吹き消した。
早紀江さんは「めぐみは45歳になり、考えられない年月が過ぎてしまった」と振り返り、滋さんは「来年こそは(帰国した)お祝いの会を開かせていただきたい」と力を込めた。
2009年10月11日 読売新聞



13歳からですか...32年ですね.
たしかに考えられない年月が過ぎてしまったのでしょう.


32年ほどではありませんが,かくゆう私も今日,考えられない年月が経ってしまいました.
ホテルも生演奏もケーキもろうそくもありませんが,これからも元気に生きて行きます.

2009年10月10日土曜日

ハッブル宇宙望遠鏡


渡部潤一 監修『ハッブル望遠鏡で見る宇宙の驚異Solar System Simulator Project 著『太陽系シミュレーター』,そして,国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト 著『宇宙旅行シミュレーション』 という3作品をまとめ買いしてみました.

いずれもCDやDVDが付属している本でして,ちょっと値が張りますけど,それを補ってあまりある価値あるものだと感じました.

左上の写真はハッブル宇宙望遠鏡による「ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド」という作品.
尋常じゃない美しさ.
宇宙の広大さと神秘を一枚で語ることができます.どれだけの文字数を使っても,この一枚から得られる天文学への興味の喚起にはかないません.
思わず画面をボーッと見つめてしまいます.

ちなみに,ハッブル宇宙望遠鏡というのは人工衛星みたいに大気圏外にある望遠鏡でして,地球の外にあるので大気の影響を受けずに撮影することができる優れものです.
地球からは絶対に撮影できないような写真を撮ることができ,これまでにも上記のような想像を絶する高画質写真をたくさん撮ってきました.


やっぱり,小難しい活字を眺めるよりも,きれいな写真や映像を眺めている方が面白いですね.
スポーツ科学にも同じことが言えますけど,こういったきれいな映像で勝負する科学本がドンドン出るべきです.

以前,工藤光子 著『見てわかるDNAのしくみ』 というのを買ってみたところ,その映像による解りやすさに感銘を受けました.
ふとそのことを思い出したので,気になっていた宇宙についての解説本に手を出してみたのです.

買って損はありませんでした.同じように楽しむなら,活字だけより断然 映像・写真付きがお得だと思います.


スポーツ関係であれば,下手な解説本よりも映像付きの解説本を売り出してもらえると嬉しいですね.
高速度カメラとか多次元動作解析などが昔よりも格段に簡単になっていますし.
ヒトの動きの素晴らしさを映像やビデオ,シミュレーターをいじりながら解説する書籍が出ると面白いと思います.
サッカーとかのフォーメーションをシミュレートしたり,野球のピッチャーの配球を映像付きで分析したり.

こういうのがたくさん出回れば,生半可な解説・主観的な解説ではボロが出ますから,スポーツ科学の質を上げるためにも一役買ってくれそうな気がします.
やっぱりスポーツ科学は実際のスポーツ場面を対象にするのが一番楽しいですから.

何年後か...,どうしても出そうにないなら私が出版社と相談して書き(作り)ましょうか.

2009年10月9日金曜日

暗号解読


上巻ほどの面白さはなくなっていましたけど,それはどちらかというと私の側にこの本を読む熱がなくなってしまった面があるのでしょう.
サイモン・シン 著『暗号解読(下)』

以前この本を記事にしたのが3月のことです.
だいぶ経ちましたけど,やっと下巻に手をつけて読み終えました.
というか,時間かけるのが面倒なのでパーッと流し見たという方が適切かもしれません.

それより,この本を読んでいて思い出したのが岡嶋裕史 著『セキュリティはなぜ破られるのか』
本当に単に思い出しただけなので詳細なことを考えながら書いているわけではないですが,『暗号解読』で書かれていることをもっと具体的かつ日常的にしたような内容です.

中でもよく覚えていることが,「セキュリティは必ず破られるものである」,「“パスワード” という利用者にとって理不尽なシステム」,「セキュリティ突破は地味でアナログな作業」といったようなこと.

どんなことかというと,「セキュリティ」というのはそもそも,その気になればいつかは破られるものであり,なぜなら「セキュリティ」というのは価値のあるものを守ろうとする人の行為から成る営みであるからです.だから,セキュリティを高くするのはコンピュータでも金庫でもなく人の行動のとりかた次第なんだということだそうです.

その最たる例が,「パスワード」というシステム.
これだけ利用者に安全レベルを丸投げするシステムが最も普及している,というかこのシステムしか普及していないという事実を直視するべき.
覚えられるパスワードしか覚えられない(?),という文章になっていない状況でしかセキュリティを構成できない状態なのです.

故に,セキュリティを破ろうと思ったら高度なコンピュータの知識なんかではなく,ひらめきや地道な単純作業,そして盗撮カメラや手鏡を使ってパスワードを盗み取る作業が主になります.
もちろん,高度な仕掛けを使ってキーボードのタイピング箇所を記録したり,ネットに罠をはることもあるのでしょうが,なんといってもセキュリティ突破は地味でアナログな作業がメインになのだそうですよ.


最近,私の勤めている大学では新型インフルエンザが猛威を奮っています.
中には受講者の半数が倒れている授業もあるそうです.
なのにクラブ活動は続けているようです.

マスクを義務づけているクラブもあるようですが,肝心のクラブ活動中(つまり練習,トレーニング中)は外しているとのことです.
彼らマスクの意味知ってるの?バカなの?死ぬの?


非常勤講師をしている高校ではこの一週間,学級閉鎖で授業がなくなっています.学園祭などと重なったりもしていて,もう3週間近く生徒と会っていません.

ヒトの免疫(セキュリティ)を突破するのも簡単なようです.
私たちが出来ることと言えば,マスク使う前に消毒を徹底することでしょう.
所詮 他人は信用できないのですから,自分だけでも感染しないように心がけることが大事です.

2009年10月7日水曜日

寒い


先日まで暑かったのに.
地球の奴が調子に乗って気温下げやがったせいで,あっという間に震えながら過ごす日々になってしまいました.
しかも今日は台風直撃の影響を受け,さらなる寒気が漂っています.

低血圧,冷え性の私としては苦痛以外のなにものでもありません.
この恨みはCO2排出しまくって晴らしたいと思います.

そのために最近は自動車の購入を検討していまして.
以前お世話になった町の自動車ショップの方を訪ねようと計画中.
ダイハツのムーブあたりを視野に入れております.

高速道路も無料化になることですし,寒い気候におさらばする日も近いというものです.
さすが民主党,冷え性対策はマニフェストに入っていませんがお金だけでなくCO2もバラマキまくっていただきたいですね.


政治学者である浅井信雄 著『日本の本当の順位』に興味深い一節がありました.

ブログ投稿数は日本語が第1位なんだそうです.
2位は英語なんですけど,言語使用者数の割合から言っても日本人が書くブログ数が圧倒的であることがわかります.
日本語使用者は世界に1億5000万人,一方の英語は5億人を超えると言いますからね.

しかも,その日本人のブログにはある特徴があるようでして,それは世界の多くのブログが「発信型」であるのに対して,日本人の書くブログは「独り言型」であるというもの.

たしかに,この私のブログも独り言ばっかりです.「これを伝えたいのだ」 という使命感があるわけではありません.
最近の気温とか自動車を買う予定とか,他人からすればどうでもいいことを記事にします.

そんなこと言われたら何か発信するようなことを書きたくなるという天の邪鬼の私ですから,たまには発信型の記事も書いてみようかと思います.

2009年10月6日火曜日

日本の最高神


米原万里 著『打ちのめされるようなすごい本』 を読んだのですが,打ちのめされませんでした.

いろいろな本のレビュー本です.米原氏がそれらの本を読んで打ちのめされたということでしょう.実際にそれらの本を読んでみんことにはわかりません.

でも,考えてみれば本を読んで “打ちのめされる” と形容されるほどの経験は私にはありませんから,打ちのめされたと言えるだけ幸せ(?)なのかもしれませんね.


さて,先日はカルト教団をネタにしましたので,今日は伝統的な神様について取り上げます.

世界にはいろいろな神話があります.日本神話を含め,北欧神話,ギリシャ神話,ローマ神話,エジプト神話などなど.
そしてキリスト教やイスラム教,ユダヤ教といった一神教.
神話にはさまざまな神様が描かれています.

でもそれら世界の神々の中でも,特に異質な神様がいます.
それというのが実は日本の神様でして.
「天照大神」
世界広しと言えどなかなか「最高神」が女神というのも珍しいのです.

その他,世界の最高神と言えば,ギリシャは「ゼウス」,ローマは「ユピテル」,エジプトは「ラー」,北欧神話では「オーディン」,インドでは「シヴァ」,世界最古の神であるメソポタミア神話では「ギルガメッシュ」.皆,例外無く男神です.
それに,キリスト教やイスラム教の一神教も男の神様です(男でも女でもないとされることもあるが,「神は自分の姿に似せてヒト(男)を作った」の節からして男であったとする説がある).

やっぱり古代の人々の間では男尊女卑の影響が強いのか,主神・最高神,唯一神は男をモデルとして描かれています.
しかし,日本では一転,最高神は 「天照大神(アマテラスオオミカミ)」 と呼ばれる女神で,エジプトのラーと同様,太陽を司る神様です.

彼女の住所は伊勢神宮です.
かなりガードが固い武闘派で,弟の須佐乃袁尊(スサノオ)といえど自宅前に来たからって剣とか弓矢を持って追い返そうとします.
でもすぐにふてくされる性格のようで,その弟に自宅をメチャクチャにされたからって 「もーいいし..」 ってな感じで岩穴にひきこもって下界を真っ暗にして困らせたこともあります.
そのうえ,鏡に映った自分の顔を見て「誰?この美人」と言ってみたりするナルシスト.

かなり やな感じの女です.


とは言え,よくよく考えてみれば日本人らしいじゃありませんか.
太陽のような暖かいものに女性を当てはめるとは.

季節豊かな地域に住む日本人にとって,太陽は恵みをもたらす象徴だったでしょうし,今でもそれを感じる日本人は多いでしょう.
冬のツーリングでの極寒キャンプ.死にそうな思いで朝起きて浴びる太陽は格別のものがあります.思わず手を合わせたくなるのもうなずけます.
さまざまな局面において,慈母の存在として女性の神格が与えられることには納得です.

それに,日本はなんだかんだ言って女性に権力を与えるというか象徴的存在になってもらう場面が少なくありません.
日本国の黎明期を支えた存在として,すぐに卑弥呼が思いつきますし.

ある説によれば,日本人が男性優位になってきたのは奈良時代以降,中国・朝鮮半島から儒教が伝来して以降だということで,特にその傾向が強まったのは江戸時代・明治時代以降からだとのことです.

ということで,それまでの日本の文化というのは物理的・肉体的優位性から男性が権力を握ることが多いながらも,女性を神聖視する(巫女や預言者は女性である)という,今の日本からすれば,さながらエキゾチックな文化を持っていたのかもしれません.

2009年10月4日日曜日

約束された場所などない


最近,村上春樹の著作で小説以外のものを読んでみました.
『アンダーグラウンド』『約束された場所で』という,オウム真理教が引き起こした地下鉄サリン事件にまつわるノンフィクションのインタビュー本です.

『アンダーグラウンド』では地下鉄サリン事件の被害者を,『約束された場所で』では当時のオウム信者を,それぞれ氏がインタビューしています.

大ヒットとなった氏の小説,『1Q84』は,オウム真理教がらみの裁判を氏が傍聴した後に世界観を構想して描いたもです.
村上氏はオウム事件に強い関心を持っているようで,『1Q84』に先立ち上記の2作を刊行していました.
『1Q84』については以前にも記事にしましたが,これだけ関心を寄せていたとは知りませんでした.
とにかく「真実が知りたい.生の状況をダイレクトに感じ取りたい」という一心で企画したのだそうです.


ところで,特に私の印象に残った一文は『アンダーグラウンド』にある次のようなもの.
“自分の置かれている立場は,好むと好まざるとに関わらず,発生的にある種の傲慢さを含んでいるものなのだ”
氏がインタビューという行為によって,対象である “インタビュイー” を傷つけてしまっているのではないかという危惧を告白するところの一文なのですが...

これ..,私の中にある天の邪鬼な感性をうずかせる言葉です.
“人は存在しているだけで迷惑を与えているものなのだ”
というのが私の持論ですので.だから上記の氏の言葉にもとても共感できます.

別に自虐的になっているわけではなくて,そういう気持ちで常に生きて行くんだという私の心構えのようなものでして.
このように考えれば,ある種の達観した物の見方が出来て,少しだけ生きるのが楽になります.

仏教について身の丈以上の御託を並べた記事も何本か書いたことがありますが,「諸法無我」ではないですけど,それを逆説的に意味するような概念だと考えています.
「諸法無我」 なんて言葉,聞き慣れないと思いますので以下にWikipediaから引用しておきます.


***********
一切のものには我としてとらえられるものはないという考え方を徹底して自己について深め,目に見えるもの見えないものを含めて一切の縁起によって生かされてある現実を生きることを教えている.
このような共々に生かされて生きているという自覚の中にこそ,他者に対する慈悲の働きがありうるとする.
***********(諸法無我)


話をオウム事件に戻します.
オウム真理教に入信した人には高学歴で聡明だったはずのエリートが多かったようで,それが当時は「なぜエリートである彼らが...」 という謎として扱われていました.

これについて私はこういう見方をしています.
“エリートだったからこそ入信したのだ” ,と.

これも氏が 『約束された場所で』 の “あとがき” で同じようなことを述べています.
氏の見解では,エリートが入信したのは自分の能力を簡単に活かせる場所をオウムが提供したからだとしています.氏がインタビューによって感じたのは,信者の多くが理想主義者であり,純粋だということ.それを,オウム真理教は解決してくれるものとして存在したのではないかというのです.

賛同できる見解です.
しかし,私はさらにこう付け加えましょう.
彼らは “真の意味でエリートではなかった” から簡単に入信という行為に走ったのだと.
彼らには意識できている・できていないに関わらず,不安と焦りがあったのではないでしょうか.自分の能力というものに.

本当に頭が良くて理想主義で聡明なら,オウム真理教のような教団に,少なくとも社会的にあの手の “イタい教団” に入信するという行為には至らないはず.

自分の能力に一抹の不安があったからこそ,それでも能力を買ってくれる・認めてくれる組織に安易に身を委ねたのではないのでしょうか.
宗教であれば断定的な物言いが安易に許されます.科学者の端くれであれば,言いたくても言えない,ある種のシンパシーを感じる 「断定的表現」 というものを宗教は可能にしてくれるからです.自分の価値を簡単に高めることができるのです.


これは宗教に限ったことではないし,オウム真理教に限ったことではありません.
故に,作品の最後で村上氏が語る,
“我々の社会において本当に怖いのはオウム真理教ではなく「オウム的なもの」だと言ってもいいかもしれない”.
という見解も考えさせられます.

2009年10月3日土曜日

続 トレーニングの研究

昨日の記事をまとめますと,
⑴ トレーニングの研究として 「役立つ研究」 というのは受取手次第であるということ.
⑵ トレーニングの研究が目指すべき方向性というのはトレーニングをする者の満足 (納得) を得る知見を示すこと.
の2点です.

トレーニングという行為は人類のみが有する特殊な文化であり営みです.
ゆえにその行為にはトレーニング(訓練:Training)されるべき営みが必然的に平行しています.
トレーニングは手段であって目的ではありません.つまり,トレーニング研究というのは手段の研究をしているのです.

トレーニングには常に意思があり目標があります.
その目標は個々人によって違い,その目標達成に至るまでに選ぶ道も異なります.
さらにそれはトレーニングする者が満足(納得)することに意味があります.
繰り返しになりますが,トレーニングは最終的な目標を達成するための 「手段」 だからです.

ですから,誤解を恐れずに言えばトレーニング研究は客観的な情報としてまとめられているものであれば,後は受取手次第なので,どのようなものであってもいいとも言えます.

しかし,どのようなものであっても良いとは言え,理解し,納得させることができなければトレーニング研究としては価値が低いということになります.

通常,科学では理論の解釈を 「理解」 することが至上となっていますが,トレーニングの科学研究ではさらに 「満足(納得)」 させることが必要です.
別の言い方をすれば,トレーニング研究というのは 『トレーニングのスタイル』 を開発し売り込む行為にほかなりません.

つまり,新しいトレーニング方法を提案したり,クラシックな方法を再評価したり,またはトレーニング・スタイルのニューウェーブを創造することが トレーニング研究 の本質なのではないでしょうか.

主観が客観に先行することもトレーニング研究の特徴です.
「なんか良い感じがする」といった,トレーニングする者の満足(納得)さえ得られれば科学的データの了解を待たずして成り立つ分野でもあります.

最後に,トレーニング研究としての評価と価値について書いておきます.
昨日書いたことと重複しますが,トレーニング研究だからといって臨床,つまり現場が絶対と言うわけではありません.そういう視点は大切でしょうが,それだけではないのです.

例えば,戦場を知らない者であっても,優れた銃を開発した研究者は評価されます.
しかし,その銃のトリガーを戦場で引いた者が評価されるわけではありません.その銃のトリガーを引いて評価されようと思えば,戦果を挙げなければならないのです.でもこれは “銃の研究” とは違います.
これについて別の角度からもう少し付け加えるなら,その銃を使った新戦術を考案すれば,それは研究結果として評価されます.しかし,新戦術を戦場で実践したからと言って “戦術の研究として” 評価されるわけではないのです.
これらの違いはわかってもらえたでしょうか.いずれも戦場における「手段」を研究したものです.トレーニングと同じです.

「手段」 を研究するのですから,「新しい方法」や「効果の検証」 を主張したり,「運用方法」 を主張をすることが基本になるでしょう.
もっと大事なこととしては,目的達成の手段として成り立っているかどうかを検証することです.
昨日の話に戻れば,『体力を高めれば競技力が高まるか?』『そのトレーニングで生活水準が高まるか?』 ということの検証です.

繰り返しますが,こうした主張,言い換えれば研究を 「役に立つ」 と判断するかどうかは別問題です.体力を高めることが競技力の向上に必要だと考えている人には,両者の関係性を検証する研究は役立ちません.具体的なトレーニング方法が役立つわけです.

旧日本帝国軍では優れた戦闘機を開発・研究していましたが,実戦では役に立たないとして自信のあった艦船に資源を注ぎました.
古代中国大陸では火薬・銃の研究が盛んであったにもかかわらず,役に立たないとして利用価値を低く見積もっていました.
旧日本帝国はアメリカの戦闘機によって艦船を沈められ,中国は優れた銃を開発した日本に圧されるという歴史を踏んでいます.

「役に立つ」ということにこだわった話をすれば,トレーニング研究といった「手段」の研究としては,提示された研究がどのような場面や状況で役立つのかを再研究することも重要なことなのかもしれません.


まだまだ私としても主張がまとまっておらず散文で申し訳ないのですが,参考になれば幸いです.

2009年10月2日金曜日

トレーニングの研究


今日は大学院生の一人と
「トレーニングの研究とはなんぞや?」
ということについて,それこそトレーニングルームで論議をしてきました.
・・が,私がトレーニング中だったということもあって,流すように応えてしまっているので詳しい解答をしていません.
この場を借りて,そのことについて私なりの考えを述べてみようと思います.


スポーツやトレーニングといった分野に限らず,現実的な場面で利用できる研究,つまり役に立つ研究というのは 「制約が緩い研究」,別の言い方をすれば 「何にでも言い換えられる研究」 なんだと思います.

そういう意味においては,「体力トレーニングをすれば競技力が上がる」 という研究の主張があったとすれば,漠然としていますが役に立つ知見でしょう.なぜなら,スポーツ選手は押し並べて体力が高いものだからです.

ところが,ここに落とし穴もあります.体力と競技力について以前記事にしたことがありましたが,競技力が優れている人が体力も優れているとは言えないのです.
ガリガリで虚弱な人が,競技力が優れた選手になれるかと言えば望み薄でしょうが,それも程度の問題でして.
競技をするうえで最低限の身体能力さえあれば,あとはその身体能力を活かしたプレーをいかに磨くかで競技力が決定されます.

体力水準が低い人が体力トレーニングをすれば競技力が上がる,しかし,競技力が高い人がさらなる高みを目指すのであれば,また違ったアプローチを考える必要がある.というところです.
でもここで重要なのは,「体力トレーニングをすれば競技力が上がる」ということが否定されたわけではないということです.体力と競技力の関係が詳細には解っていない以上,体力の向上を目指すことはマイナスを生むことではないからです.

ところで,体力を調査すると言いますけど,体力テスト自体が疫学的な目的で行われるものですので,それで個人の競技力を評価することは不可能です.
そんなに競技力を測定したいなら,サッカー選手ならサッカーの試合をやらせてみればいいわけですから.

これは同時に,体力トレーニングの意義の限界を意味しており,何をどこまでトレーニングすればいいのかが解明されていない現在では,指導者やトレーナーの勘と手探りになっている部分でもあります.

では,トレーニング研究が向かうべき方向性は何か? ということになりますが,そこはやはり,「自己満足(納得)の追求」 というところに落ち着くでしょう.

トレーニングの最終的な目標は「競技力の向上」,または 「生活水準の向上」 です.しかし,その手段や道のりは人それぞれです.
競技力を高めるために効率的なトレーニング計画をすることも自己満足でしょうし,同様に非効率的なトレーニングをすることも自己満足です.
また,トレーニングをすること自体が自己満足になっているのであれば,それは生活水準の向上につながっています.アマチュア・ランナーなどに多く見られる現象です.

役に立つ研究の話に戻りますと,結局,「役に立つ」という表現自体がその人の「自己満足の追求」に沿うかどうかで判断されているものであると言えます.
役に立つ立たないの評価は個々人が決めることであって,価値のある研究であるかどうかということとは切り離して考えなくてはなりません.

研究者が 「役に立つ研究」 という価値観で研究に取り組むことは一つのモチベーションとしては意味をなすのかもしれませんが,その研究の価値や影響度を高める要素にはなり得ないのではないかということです.

ややもすると,現場に生きる研究というのは 「臨床研究」,つまり 「実際の現場での研究」 ということと同義に捉えられていますが,それは違うはずです.

逆に,臨床であればあるほど,現場から得られた研究ほど,現場に生きる知見や役立つ結果は得られません.
なぜなら,この手の研究は普遍性や法則性を追ったものではなく,目の前で起きたことの観察や記録をまとめたものだからです.
こういう研究を「実践研究」や「ケーススタディ」と言いますが,これは積み重ねがモノを言います.

<続く・・・>

2009年9月30日水曜日

一昨日の続きかもしれない


マルクス+エンゲルス 著『共産党宣言』 を読んでみました.漫画版だけど.

とても解り易く描かれていると思います.
共産主義の考え方と共産主義者の立場を明確に示している良書です.

変におもねらず,共産主義の暴力性がしっかりと明示されていることは評価します.
共産主義は血で血を洗う革命によって成り立つものなのです.
マルクスとエンゲルスの主張をダイレクトに受け止めればそうなります.

日本共産党なんかは平和主義のイメージが強いですが,ところがどっこい,共産主義というのは暴力と圧政による支配ですから.
一見きれいで理想的な政治体制や主張のようにみえますが,相当な覚悟を持たないと共産主義政治なんか受け入れられません.

ただ,一度 地球上の全世界が共産主義になれば非常に幸せな世界になることは間違いないのですが....
共産主義の悪いところは,その “過程” が現在の科学技術では実現不可能である点です.

共産主義を進めて行くにしてもその途中では必ず反対する勢力がいるわけで,それを鎮圧するには有無を言わさぬ超絶的な破壊力・殺傷力のある軍事力が必要になります.
共産主義国が軒並み崩壊したのは,地球上の人類が一気に共産主義になれなかったから.共産主義が成功するには資本主義,君主主義の隣国を許すわけにはいかないのです.
なぜかって? 人は皆,隣の芝は青く見えるものです.

共産主義以外の政治体制の良い点は,「頑張った人が報われる」 というところにあります.良い意味でも悪い意味でも.

私が思うに,共産主義が成功するには通信技術が半端無く発展した未来なのではないかと.
ありとあらゆる世界中の情報が個人を取り巻き,そして処理できるようなテクノロジーが全地球規模で整備された時に萌芽するのではないかと期待しています.

一昨日の続きではないですが,「みんな仲良し」 という価値観を共有しイメージできることがキーです.
今は 「日本の常識は世界の非常識」 と言われるような状態ですし,それは裏を返せば他の国にも言えることでしょう.

全人類が共通の話題をテーマにすることができ,共通の価値観を共有する可能性を得るだけの機会が当たり前になった時代に共産主義の出番が訪れるのです.
そしてその時初めて,共産主義という “政治” ではなく “現象” が人類に誕生するのではないかと予測しているのですが...,いかがなもんでしょうか.

そんな時代には私は生きていないとは思いますけどね.

それまで共産主義・共産党は気長に待っているのが得策ですよ.
今いくら頑張っても時間と命の無駄です.

2009年9月29日火曜日

昨日の続きかもしれない

昨日のブログを書き終えてふと思ったことがありまして.


大学とかで体育会系のクラブ活動に関わっておりますと,厳しい部則(クラブ内ルール)などで “仕事” などと称する下級生への活動典範みたいなものがあることを目にします.
本当にそのルールが “文章化” されているクラブもあるので驚くこともしばしば.

だいぶ前に関わっていたクラブでは,新チーム結成の時のミーティングとかで 「今後の部則」 みたいな感じで上級生がそのルールを読み上げ,下級生が一生懸命ノートに書き込んでいる姿がありまして,思わず笑いそうになりました(本人たちは必死ですけど).
もうね,アホかと,バカかと.

まるで新しい領主様を迎えた領民のような雰囲気.見てらんない.
(実際,そうなんでしょうけど)

こういうのには,概ね上級生やコーチ・指導者,クラブを訪れたお客様や対戦相手などへの配慮,マナーなどが盛り込まれているようです.

その根底に流れているのは,
「社会に出た時に困らないように」
とか
「みんなのために出来ることとは?」
とかなんですけど.


私,これが大嫌いです.


社会に出るために必要なことを学ぶために活動している....
昨日の続きではありませんけど,このメッセージではクラブ活動が破錠します.

素直に認めれば良いのです.年上であるという特権を満喫したいと.
別にそういう状況が悪いわけではないと思います.楽しくやればいいのです.
儒教の影響がある日本では否定される価値観ではないでしょう.

ただし,そういうクラブ活動なのであれば勝敗にはこだわらないでほしい.
勝敗にこだわらないというのはネガティブな意味ではありません.勝利よりも重要なことがあると信じて活動するのも重要な価値観です.
しかし,「みんなのために」 とか 「社会に出た時に」 だとかいう考えを埋め込むのであれば勝敗へのこだわりを盛り込むことは不可能です.
勝敗にこだわるのであれば,勝敗にこだわるという価値観を原点に活動する必要があります.


社会に出るために必要なことを学ぶのがクラブ活動なのでしょうか?

学べないこともないでしょうけど,クラブ活動でなくても十分学べるでしょう.
それに,「競技」 をやってるのにそんなことに注意してるのはなんだかなー.スポーツに失礼な気がします.感覚的なものですけど.

それと,
だいたいが...,
社会に出たことがないであろう上級生や先生・指導者がそんなこと言ってる状況が目も当てられないのですよ.

2009年9月28日月曜日

三十路前からの社会学


2日前にまた飲み会がありまして,フラフラで帰ってきました.
一緒に飲んだ人といつ分かれたのか記憶もまばらです.
でもまぁ,確実に気持ちよく酔う方法を身につけたようで,つらい飲み方はしなくなりましたので良しとしましょう.

それよりも最近は研究や実験について野放しになっているので今後どうするか焦ってきました.
明日はゼミの集まりがあります.学生が何か言い出してきて進展があるかもしれません.
私一人の 力 ではどうしようもない事なので,彼らにも頭回してもらいましょう.


宮台真司 著『14歳からの社会学』 というのをやっと読み終えました.
難解で時間がかかったのではなく,布団に入ってから読もうとしていたら,すぐに眠くなって本をワキに抱えて寝てしまうのです.気がついたら朝.それの繰り返し.
別に眠くなり易い本というわけでもないのです.眠たい時に,眠る時に読もうとしていた私の判断ミスです.
それを,かれこれ3週間くらい続けて,やっとさっき読み終えました.

なかなかよくできた本です.
現代社会学のことがなんとなく掴めたような気がします.というか,宮台氏の考え方が大掴みできる本と言ったところでしょうか.

この宮台氏ですが,わたくし,氏のしゃべり方や言い回しが嫌いで ついでに考え方も嫌いになっていたのですが,最近はそこらへんを無視して考え方だけ聞けるようになりました.
なかなか頭の良い人だと思います.
youtubeやニコニコとかで氏の討論番組なんかを見れるので暇な時にはどうぞ.

所々「?」とか「!?」という部分はあるにせよ,大雑把には賛同できる考え方で,やたら難しい表現を好む氏にしては,タイトル通り14歳に語りかけるような優しい言葉で語っており,そしてとてもじゃないけど14歳にこの内容は酷だろうという結果も生んでいます.さすがです.

氏の解釈として気に入ったのは 「みんな」 という言葉の範囲について.
私の中でも整理がついたのでなかなか気に入っています.
氏の主張を噛み砕いて言うと,最近は誰しもが “みんな” をイメージできなくなっている時代.昔は “みんな” と言えば共に生活をしている街のみんなだったし,それはすなわち地域の人だったし,つまりは日本人だった.
そんな時代の “みんなのために” といったメッセージはイメージが容易であったし共感を得やすかった.しかし,価値観の個別化や情報通信技術が高度化した現代で “みんなのために” といったようなメッセージを送っても受け入れられない,としています.

いまだに「みんな仲良し」という教育をしているのは日本だけだとも言います.
“みんな” という定義が曖昧ななかで「みんな仲良し」というメッセージは意味をなさないわけで,破錠をきたすメッセージだということです.

ならどういう教育をすれば良いか? つき合いたい人とだけ仲良くし,嫌いな人とはつき合わなければ良いのだそうです.寂しい教育ですけどね.
でも,ちょっとわかる気がします.
“みんな仲良し” はあまりにも正論のように聞こえるのに理想的過ぎて,現実的な人間関係の礎をつくる上で,つまりは大人の付き合いを習得する上でのハードルになってしまっているかもしれません.

これらについての詳細は,また別のテーマや題目の時に一緒に書きたいと思います.

2009年9月25日金曜日

いまさら蟹工船を読んだ


漫画ですけどね,小林多喜二 著『蟹工船』 を読んでみました.

原作は1929年に発表されており,過酷な労働環境にある “蟹工船(水揚げしたカニを洋上で加工する工場船)” を舞台に,資本主義の冷酷さとそこで働く労働者の群像を描く作品です.

そしてなにより昨年,意味不明なブームが起きた小説で有名です.
近年,日本共産党への入党者が増加していることと相関しているのではないかと噂されています.
というのも,蟹工船の新規読者が若者であることと,共産党への新規入党者も若者が多いことがその関連性を類推させるからです.

新規読者にはネットカフェ難民やワーキングプアが多いと推測されており,近頃の若者をとりまく社会情勢と蟹工船で働く労働者がだぶり,共感を得ているのではないかと言われています.

読んだ感想としては,
“バカは馬鹿をみる”
というのが素直なところです.

残念ながら,ワーキングプアの一角をなす私が読んでも,資本主義への嫌悪感や共産主義への期待感が現れることはありませんでした.

まともな労働者なら...,少なくとも考えの深い労働者なら,あのような(蟹工船のような)労働環境で生計をたてようと考えないし,上司への異議申し立てにしてももっと効果的な方法を考案するでしょう.

単純に言って,「ダメなヤツらが集まった組織はこうなる」 といった感じで,あきらかに労働者側の能力が欠如していることを描いたものとして捉えてしまいました.

なんというか,義務教育を含めた基本的な社会勉強の大切さと,労働に対するポジティブな啓蒙が必要であることを痛感する作品です.
大変な仕事であっても,生き甲斐を持って,希望を持って取り組めることが幸せなんだなと思います.


ところで,
調べてみましたが,実際の蟹工船は小説のような過酷な奴隷環境ではなく,ハードワーク・ハイリターンな格好の稼ぎ仕事であったようです.
短期間に儲けようと思ったら理想的な職だったようで,労働者の満足度も高く,だからこそ盛況したわけですし.
漫画の中では述べられていませんが,彼ら労働者も苦労してる分,ハイリターンな報酬を得てるんじゃないですか?原作ではどうなんでしょうか.
“蟹工船”.現代で言えば,いわゆる夜中の工事現場のような仕事でしょうか.

いつの世もハードワーク・ハイリターンな仕事はあるものです.それに身を投じるかどうかは個人の判断ですし.
その結果,どのような感想を抱いたかは個人の中で消化すべきもの.

ネットカフェ難民やニート達はどのような思いで読んでいるのでしょうか.