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大学ベンチャーという名の高等教育切り捨て政策

国立大学に「ハイリスク・ハイリターン事業」をやらせるらしい


大学発ベンチャーへ出資解禁、指定国立大で期待される効果(Yahoo!ニュース|ニュースイッチ 2021.3.14)
ハイリスク・ハイリターンの大学発ベンチャー(VB)への出資が、ついに指定国立大学限定で可能になる。また施設・設備・知的基盤利用と、研究成果活用の事業は全国立大で可能だ。独自の出資金は必要だが、社会貢献と財務基盤強化のこれまでにない相乗効果が期待される。
(中略)
「VBなので失敗は当たり前だが、指定国立大なら体力がある」(文部科学省高等教育局・国立大学法人支援課)との判断で、全国立大を対象とすることは見送られた。指定国立大はメリットが少ないといわれる中、巨額の上場利益の可能性があるVB直接出資はインパクトがある。リスクはあるが、出資はいずれも寄付金など独自資金によるもので、自己責任での挑戦だ。 政府出資のベンチャーキャピタル(VC)子会社も、東大など4大学で動くが、企業だけに投資回収を考えると支援しにくい案件がある。そのためまず、大学自身が応援したい創業期VBに少額出資をし、成長段階に応じて子会社VCや他のVCの出資を増やす形が想定される。


私としては,過去記事で,
なんかを書いているように,ちょっとは大学ベンチャーに期待するところはあるんです.
でも,
「今の大学を取り巻く潮流」
を鑑みると,とてもじゃないけど賛成はできません.

上記のニュース記事を書いた記者も,そのコメント欄を見ても,大学を取り巻く現状認識が甘すぎると思います.


そもそも,
「大学ベンチャーって何?」
という人もいるでしょう.

コトバンクのニッポニカの解説にはこうあります(太字は筆者による).
大学の教員、研究者、学生が、開発した技術を用いて事業化する企業のこと。教員等が自ら会社設立して役員となり事業化するもの、技術を特許化して大学やTLO(技術移転機関:Technology Licensing Organizationの略称)に登録し、学外の企業に実施許諾(ライセンシング)して技術移転し事業化するもの、企業との共同研究の成果を企業が事業化するもの、教員等が企業に対して技術指導を行い、事業化するものなどが含まれる。
大学発の技術を応用して事業化した例は、第二次世界大戦前からみられる。山形大学発企業である帝人(ていじん)や、理化学研究所発企業などがその例である。しかし「大学発ベンチャー」として最先端技術の事業化が広く期待されるようになったのは、2001年(平成13)に発表された政策案「平沼プラン」以降である。当時の小泉政権が掲げた「骨太の方針」に呼応して、経済産業大臣であった平沼赳夫(たけお)が、プランの一つとして、大学発ベンチャーを2002年度から5年間で1000社にする「大学発ベンチャー1000社構想」を盛り込んだ。バブル経済の崩壊後、長期にわたる景気低迷を脱し、次世代を担う新産業を創出するため、大学発ベンチャーの創出が希求されたのである。
大学発ベンチャーが期待された背景として、大企業による研究開発費の削減により、リスクの高い先端的研究が大学に期待されていたこと、国立大学法人化により国立大学に社会貢献や地域貢献が求められるようになったこと、また自前の収益の確保を余儀なくされたことなどがある。

あと,「大学ベンチャーの課題」としてよく挙げられるのが,成功率が非常に低いということです.
まあ,この話はまた後ほどするとして,さしあたって大学ベンチャーの一番の問題点とは,
「国として大学・高等教育にお金をかけたくないから,君たちは自力で資金調達先を見つけてね」
っていう意図があることです.

もちろん,大学ベンチャーという政策そのものに,このことは明記されていません.
ですが,現在の日本政府が汚いのは,他の政策との抱き合わせで,結果的に「教育に関する国家・政府としての責任放棄」を巧妙に企むことです.

この大学政策にしても,最近は「大学ファンド」なるものを始めました.

大学・高等教育機関にお金をかけたくないから,なんとしてでもリーズナブルにしたいという思惑です.
さらには,「アメリカの有力大学は税金が投入されておらず,独自資金調達が優れていて,大学ベンチャーも活発だ」という主張を展開してきます.


しかし,理想モデルとして示されることの多い「アメリカの大学」は,そもそも世界的にみても非常に特殊です.

まず,独自資金調達ですが,アメリカの有力大学は学費が半端なく高いです.
有名な話として,ハーバード大学では1年あたり約500万円します.
他にも,生活費や追加経費がかかるので,4年で卒業したとしても約3000万円かかります.

その一方で,州立大学などは日本の私立大学くらいだとされていますが,それでも1年あたり約100万円〜200万円します.
ただこれは,各州の方針によって差が大きいので,もっと安かったりしますけど.

さらに言えば,日本のご高齢の方は意外に思うかもしれませんが,「現在のアメリカ社会」は日本とは比べ物にならないほどの「超学歴社会」です.
大学に通ったか否かで,社会的地位や就職できるできないが決まります.

てっきり,昭和な日本人は,「アメリカは実力社会,日本は学歴社会」などと言いたがりますが,それは過去の話です.

ですから,アメリカ人の多くは「出来る限り有力・有名な大学を卒業したい」と考えており,無理してでも有力大学に通いたがります.
結果的に,アメリカの大学は経営が盤石化します.


次に,アメリカは上述したように「超学歴社会」ということもあって,「社会的に成功した卒業生」からの寄付金が半端ないです.
これまたハーバード大学を例に出しますと,こんな感じ.
ハーバード大学、1年間で14億ドルの寄付金を集めて米大学でトップに(フォーブス 2019.3.1)

日本の場合は,多くても数億円ですから,文字通り桁が違います.

「日本の大学は独自資金調達が弱い」
などとドヤ顔している奴は,自分の出身大学に毎年100万円くらい寄付しましょう.
話はそれからです.


あと,ベンチャーの成功率の低さについてですが,そもそも「デフレ不況下の日本」でベンチャーの起業はハイリスク・ローリターンです.
大学ベンチャーを画策をする前に,まずはデフレ不況をなんとかするべきです.

っていうか,まともな学者・研究者であれば,そんなことは百も承知なので,大学ベンチャーなんかに手を出したがりません.
このことを取り上げて「日本の大学はベンチャーの起業に消極的だ」などと言われても,バカじゃねーの? としか応えようがない.

「宝くじ」で生活費を賄おうとは思う奴はいませんよね.
それと一緒.
ハイリスク・ローリターンな大学ベンチャーに日本の大学が消極的なのは当たり前だし,ましてやこれを大学の資金調達元の一つにしようという魂胆は愚かとしか評せない.



大学ベンチャーそのものを否定したいわけじゃない


誤解してほしくないのは,大学ベンチャーという考え方そのものについて,私は賛成です.
むしろ今後,世界の大学業界は「大学ベンチャー」が主流になってくるとさえ考えています.
つまり,純粋な学術活動は(好むと好まざるとにかかわらず)徐々に下火になっていき,具体的な経済活動との連携が必然的に求められる時代になるだろうってこと.
それは理系・文系関係なく,です.

大学教員をやっていた頃は,私も大学ベンチャーを計画していたこともありましたし(もともと,私はサラリーマン体質ではないから).


「大学ベンチャー」を有益なムーブメントにしたいのであれば,政府や文部科学省が口を出さないようにすればいいんです.
コイツらがあれこれ注文を出すからダメになる.

もっと言えば,過去記事の「新・大学改革論」のシリーズでも述べたように,日本の大学ベンチャーは「民間主体」で,「大学のリソースを活用する」というスタンスが良いと思う.
「大学が主体となって,民間事業に乗り出そう」っていうのは,よほど条件が揃っていない限り厳しいでしょう.


なんによせ,ここで指摘しておきたいことは,
「高等教育に予算を割きたくないから,独自で資金調達させるためにも大学ベンチャーをやらせてみよう」
っていうのじゃダメってことです.

どうせ,今のまま進んでいったら,指定国立大学だけでなく,その他の大学にもこれを求めるようになります.
絶対なる.

大学ベンチャーが上手くいこうがいくまいが,「可能性は開かれた」とかなんとか言って,すべての大学に要求するようになるから.

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