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忘れられない不思議な人々(15)伝説のスポーツ科学系大学教員

先日,我が国の体育・スポーツ科学系の研究者が,東京オリパラの開催の意義について,盛大にスルーしている件を指摘しました.

それを書いていて,ふと思い出した先生がいまして,自分のブログを読み返してみたんです.
今日はその先生の話.
事実,忘れられない不思議な人のひとりですから.

ブログを読み返してみたと言っても,記事投稿じゃなくて,固定ページで投稿している小説です.
ご存知無い方も多いと思いますけど,このブログで時々紹介している私の経験談について,それをまとめて小説にしたものがあります.
このページです.

そこで著したエピソードのひとつで,我々スポーツ科学系の学術業界では伝説的な研究者・大学教員のひとりをモデルにしています.
私の出身大学の教員でもあり,実は私,その先生の最晩年の助手を務めておりました.
ですから,その先生のことについては,それなりに詳しいんです.

該当する小説のページはこちら.
本編とは外れたエピソードとして書かれているので,短く単独で読めます.

「本編から外れたエピソード」ではあるものの,全ストーリーを通して重要な内容でもあります.
実際,私がこのブログでいろいろ綴っていることのベースとなっているものは,この先生の影響が色濃いです.

この先生をモデルにしたキャラが「大平先生」で,そこで対話相手になっている「梨田先生」っていうのは,私の指導教員がモデルです.
このエピソード自体,梨田先生(つまり私の先生)からお聞きした内容でもあります.

詳しくは小説を読んでもらうとして,とにかく破天荒なキャラクターとして学内外では有名でした.


とにかく飲み会が大好きで,特に焼き肉と寿司が大好物だったらしい.
バブル全盛期においては,夜の街を暴れまわっていたとのこと.
ただ,晩年はその無理がたたってか,体を壊してしまい,大人しく過ごしていました.

それでも,人と会食を楽しむこと自体は続けていて,私も助手時代によく食事に連れて行ってもらえたものです.

あと,昔の話ですから,とにかく飲酒運転の常習犯で,ベロベロに酔った状態で原付きに乗って帰るのが常だったそうです.
で,その際に若手教員を捕まえては,「せっかくだから僕が乗せてってあげるよ」と迷惑千万な命令を出してくる.
でさ,若手教員としては,断れないじゃないですか.
んで,その若手教員は次の日には包帯と絆創膏だらけの姿で出勤することになり,
「だから先生について行っちゃダメだと言ったじゃないか!」
と,先輩教員からたしなめられるのが日常風景だったとのこと.

とにかく,いろんな所に突っ込んでは,原付きを大破させてたらしいんですね.
現代なら即刻クビになるような話のオンパレードです.
まあ昔は,しかもちょっと郊外や田舎での出来事となると,警察や住民も結構甘かったりしたもんで.

とまあ,そんなことはどうでもよくて,この先生,どんなにベロ酔いフラフラになろうとも,話す内容,反応する話題はひたすら「研究」についてのこと.
小説内のエピソードも事実を元にしているもので,私の指導教員である梨田先生は,飲み会の際にこういう話を大平先生から提案されて,それで「一端の大学教員」として独立できたと感謝していました.

先日記事にしたものに,
っていうのがあって,そこでの内容ともリンクするんですけど,大学における「体育・スポーツ系」の教員って,学術活動に関心がない人が結構多いんです.
おそらく,他の分野よりそんな人は多いと思う.

なぜかって言うと,そもそも大学に雇われている理由の一つが「運動部・クラブ活動の指導者として」という場合が多いから.
でも,主たる雇用理由がそうであっても,大学教員である以上は,それなりにアカデミックな活動をしてもらわないと困るわけで.
そのバランスに悩んでいる教員,および大学当局は多いものです.

この大平先生は,世界のスポーツ科学の黎明期をリードしたキレッキレの研究者だったので,「大学教員たるもの,まずは一端の研究者であるべき」という人でした.
なので,大学に雇われてくる「クラブの指導者としての大学教員」に対しては,課外活動にしか興味のない,そしてその怠惰な教員生活に,憤懣遣る方無いといったところだったようで.
ただ,それを「怒り」に変えて出すのではなく,
「君は大学教員なんだから,研究者としての活動に全力を出しなよ」
「スポーツを科学的に捉えれば,もっと視野は広がるよ」
といって誘導する形でアプローチしていたようです.

皆が皆,そんな大平先生になびいたわけではありません.
しかし,梨田先生のように,「やっぱりそうだよなぁ」と改心して,学術活動に精を出すようになった人もまた多いのです.
「大平先生のことを,最初は鬱陶しいと感じていたが,今となっては大恩人だ」
という教員は少なくありません.

あと,これも口酸っぱく言っていたのが,
「『スポーツ』は重要な学術領域のひとつ.たかがスポーツとバカにしちゃいけない」
ということ.
せっかくなので,小説内のセリフから引用しときます.
「あのねぇ、一般の人はね、いや、君たちスポーツ指導者自身もそうですけどね、『人に身体の操り方を教える』っていうことが、どれだけ尊いことか分かってますか? それだけで、十分一つの領域ですよ。これを身体教育、つまり『体育』と呼ぶんです。しかしね、これをバカにしてる奴らが本当に多いですね。体育の奴ら自身が、自分たちをそんな目で見てますからね。だからですよ、研究をちゃんとしないんです。大学教員からして、体育・スポーツの人たちは研究しませんね。『研究してる』って言ってる人たちも、私に言わせれば、体育の研究をしていません。やれ、工学の人に褒められただの、やれ、医学の人に認めてもらえただの、生理学の人に引用してもらえた、なんて感じで喜んでますよね。そんな間借り、居候気分で研究してる人って多いですよ。ですけど、本来はサッカーならサッカーでガッチリ研究できるはずだし、サッカーのパフォーマンスをいかに高められるか? というテーマだけで十分に成り立つはずですよ。それを、他のメジャーな研究領域の観点から分析してみました、っていう態度で研究する人が多いですね。そこまで自分たちを卑下する必要はありませんよ」

実のところ,このセリフを言われた人物って,梨田先生じゃなくて私なんですよ.
先生いきつけの寿司屋に連れてってもらった際に,そこで聞かされたのがこれ.
たしか私が,
「スポーツというのは,研究対象としてどれくらい価値があるんでしょうかね」
みたいなことを,畏れ多くもこの伝説のスポーツ科学研究者に向かって吐いてしまいました.
そしたら先生,かなりヒートアップしてスポーツ科学の尊さを説いてくれたんです.

その当時はまだピンとこなかったですけど,先般の記事である,
でも紹介したように,いろいろな観点からスポーツって論じられるべきだし,そうやって研究しなければ「人間」を理解することはできないのです.


事実,例えば「オープンキャンパス」とか「大学説明会」みたいなところでは,特に高校生の保護者からそんな質問・相談を受けることがあるんです.
「うちの子はどうやらスポーツ系に興味があるらしんですけど,大変失礼かとは思いますが,正直なところ,大学でスポーツのことを勉強したとして,どんなメリットがあるんでしょう? うちの子はプロスポーツ選手になれるわけでもないし,アシックスとかナイキといった企業に就職しやすかったりするんでしょうか」
といった調子です.

「お母様,スポーツを学術的に捉えるということは,人間の存在そのものを理解することにつながります」

当然,保護者の頭には「?」が浮かぶ状態になっちゃうわけですが,まあ,そんなことオープンキャンパスや大学説明会で明快に解説できるんなら,大学4年間はいらないわけで.
実際,大学4年間じゃ足りんし.



ところで,この先生,折に触れていまだに私のところにメールをくれるんです.
もう,相当な高齢なのに.
助手をやらせてもらったご縁に感謝しています.

昨年,近況をお話しした際,実は大学教員を辞めて農業を始めましたって言ったら,
「君はどんなこともそつなくこなすタイプだから,きっと面白いことをやってくれると期待しています」
とおっしゃってくれました.
その期待に応えるつもりで,これまでに培ったスキルを農業に応用してみるつもりです.

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