主な登場人物
少弐景資(しょうに・かげすけ)
再び蒙古を迎え撃つ九州防衛の現場指揮官。七年間の経験から、武士たちを無理に統制しない新しい戦い方を身につける。
少弐経資(しょうに・つねすけ)
景資の兄。戦況、損害、軍功を冷静に記録する少弐家の政務担当。複雑な勝利を最後には一枚の報告へまとめ上げる。
竹崎季長(たけざき・すえなが)
肥後の御家人。二度目の蒙古襲来でも戦場へ急ぎ、自分の働きを確実に残そうとする。「見たか」は今回も健在。
河野通有(こうの・みちあり)
伊予の武将。大胆な陣取りと積極的な海上戦で知られる豪胆な人物。成功してしまうため、指揮する側には非常に扱いづらい。
葛木頼成(かつらぎ・よりなり)
幕府の実務官。戦闘が激しくなるほど、軍功、捕虜、船、恩賞など新しい事務処理に追われることになる。
潮見弥六(しおみ・やろく)
船と潮を知り尽くした沿岸武士。海上戦では抜群に頼れる一方、命令については独自の解釈をするため景資を悩ませる。
城戸新三郎(きど・しんざぶろう)
筑前の在地武士。御家人かどうかを論じていた男も、蒙古が目前に現れると、自分の土地を守るため迷わず戦場へ向かう。
綱屋宗吉(つなや・そうきち)
蒙古襲来を商機にしてきた博多商人。しかし本物の大船団が現れた瞬間、「蒙古景気」の本当の意味を思い知る。
慶円(けいえん)
異国退散を祈り続ける僧。暴風が元軍を襲った後も、祈祷と天候の関係を簡単には断定せず、静かに事態を見つめる。
崔允(チェ・ユン)
高麗軍の軍官。二度目の遠征でもボロクと行動を共にし、日本側を観察する。戦況が悪化するほど、その言葉は現実的になる。
ボロク(ボロク)
元軍の敵情分析官。防塁、夜襲、小舟、民間人まで日本側のあらゆる行動を分析するが、最後まで一つの作戦にはたどり着けない。
陳子明(ちん・しめい)
旧南宋出身の船舶実務者。巨大な遠征船団を支える現場を知り、海が人間の命令では動かないことを誰より理解している。
第十五章 異賊再来について
一
弘安四年五月。
対馬から急報が来た。
蒙古が来た。
少弐家の書記は、まず目撃者を確認した。
少弐家書記「誰が見た。」
対馬使者「見た、とは。」
少弐家書記「漁師か。寺僧か。百姓か。」
対馬使者「守備の者です。」
少弐家書記「酒は。」
対馬使者「飲んでおりません。」
少弐家書記「船影だけか。」
対馬使者「上陸しました。」
少弐家書記の筆が止まった。
対馬使者「戦になっています。」
少弐家書記「本当に蒙古か。」
対馬使者「だから来たのです。」
数年間、異国船の報告を受けてきた。
漁船。
商船。
流木。
霧。
鳥。
今回は違った。
少弐家書記「蒙古です。」
少弐景資「誰が見た。」
少弐家書記「上陸しています。」
少弐景資「本当に蒙古だな。」
少弐家書記「はい。」
長いあいだ待っていた言葉だった。
待っていたからといって、聞きたかったわけではない。
二
東路軍は高麗の合浦を出発していた。
蒙古人、漢人、高麗人からなる数万規模の軍勢である。
さらに船を動かす水手や梢工がいる。
しかも、これが全部ではない。
江南からは別の大軍が来る予定だった。
少弐家書記「東路軍だけで四万ほどとの話です。」
少弐景資「江南軍は。」
少弐家書記「まだです。」
少弐景資「なら先に来た方を止める。」
少弐家書記「合流する前に。」
少弐景資「合流した後よりはよい。」
日本側の兵数が突然増えるわけではない。
使える時間の方を使うしかなかった。
壱岐からも報告が来た。
また戦になった。
次は博多湾だった。
異国警固番役の者が持ち場へ入った。
御家人。
非御家人。
少弐勢。
肥後勢。
伊予勢。
筑前の在地武士。
七年前とは違った。
まず、行く場所があった。
少弐景資「各勢、石築地の持ち場へ。」
少弐家書記「勝手に場所を変えるな、と。」
少弐景資「ただし、敵が別の場所へ来たら動け。」
少弐家書記「変えてよいのですか。」
少弐景資「敵がいない場所を守り続けるな。」
少弐家書記「以前より命令が曖昧ですね。」
少弐景資「以前より現実を知った。」
人間を一つにするより、戦場を狭くする方が早かった。
三
城戸新三郎も出た。
今度は、御家人かどうかを確認しなかった。
葛木頼成「城戸殿、人数は。」
城戸新三郎「十二。」
葛木頼成「前より増えました。」
城戸新三郎「娘婿の弟も来た。」
葛木頼成「兵力一名増。」
城戸新三郎「そういう数え方をまだしているのですか。」
葛木頼成「戦ですので。」
城戸新三郎「馬は十。」
葛木頼成「仔馬は。」
城戸新三郎「もう乗れます。」
葛木頼成「では十一。」
城戸新三郎「まだ戦には出しません。」
葛木頼成「なぜ。」
城戸新三郎「若い。」
葛木頼成「蒙古は待ちません。」
城戸新三郎「馬は待たせます。」
葛木は十と書いた。
城戸は防塁へ向かった。
城戸新三郎「ここで止めれば、うちまで来ませんな。」
葛木頼成「最初から申しております。」
城戸新三郎「前は実物を見ていませんでした。」
幕府の理屈が城戸を変えたのではない。
蒙古が一度来た。
それで十分だった。
四
六月六日、東路軍は博多湾へ現れた。
今度は、見間違える者はいなかった。
海の一部が船になっていた。
見張り兵「蒙古です!」
伊予勢兵士「本当に。」
見張り兵「本当に。」
伊予勢兵士「何艘。」
見張り兵「数えられません!」
伊予勢兵士「格付けは。」
見張り兵「上陸してから聞け!」
数年間かけて発達した蒙古目撃格付けは、この日をもって役目を終えた。
酒を飲んでいない漁師三人より、軍船九百艘の方が信用度は高かった。
綱屋宗吉も沖を見た。
店の手代「蒙古です。」
綱屋宗吉「見れば分かる。」
店の手代「米をもっと仕入れますか。」
綱屋宗吉「店を閉めろ。」
店の手代「売れるのでは。」
綱屋宗吉「来たら駄目だと言っただろう。」
蒙古景気は終わった。
蒙古が来たためである。
五
東路軍側も、七年前との違いをすぐに見た。
海岸に石の壁がある。
前回はなかった。
長く続いている。
場所によって高さも積み方も違う。
それでも壁である。
ボロク「前回の報告にはない。」
崔允「その後に作ったのでしょう。」
ボロク「統一規格ではない。」
崔允「国ごとに作ったのでは。」
ボロク「一つの防御線を。」
崔允「はい。」
ボロク「別々に。」
崔允「日本なので。」
説明になっているようで、なっていない。
しかし、壁は現実にあった。
元軍将校「上陸地点を変更しますか。」
ボロク「壁の薄い場所を探せ。」
元軍将校「壁のない場所にも倭兵がいます。」
ボロクは地図を見た。
七年前は、日本側の主力がどこにいるか分からなかった。
今回は、主力がどこにいるか分からないまま、防御線だけができていた。
日本側は、組織図を改善せずに地形を改善していた。
六
石築地の後ろでは、日本側の武士が待っていた。
上がる前に射る。
上がろうとする場所へ集まる。
上がった小勢は囲む。
元軍の騎兵を使わせるには、まず馬を陸へ降ろし、展開する空間を確保しなければならない。
そこまでさせない。
少弐景資「浜へ出すぎるな。」
伊予勢兵士「敵がいます。」
少弐景資「知っている。」
伊予勢兵士「前へ出れば討てます。」
少弐景資「壁のこちらでも射てる。」
伊予勢兵士「軍功は。」
少弐景資「敵を退ければ軍功だ。」
伊予勢兵士「誰が見ます。」
少弐景資「私が見る。」
七年間で、日本側の戦術は変わった。
軍功制度は、それほど変わっていなかった。
竹崎季長も防塁の近くにいた。
竹崎季長「前へ出たい。」
肥後勢郎党「壁があります。」
竹崎季長「見えている。」
肥後勢郎党「敵は向こうです。」
竹崎季長「それも見えている。」
肥後勢郎党「では。」
竹崎季長「壁が邪魔だ。」
防塁は敵のために作られた。
季長にも効いていた。
防御施設として優秀だった。
七
弓が飛んだ。
船から。
浜から。
防塁の上から。
文永の役で互いの武器を一度見ている。
未知の武器同士ではない。
だから別の部分が重要になった。
壁。
足場。
船。
潮。
元軍馬係「ここでは馬を降ろせません。」
元軍将校「なぜ。」
元軍馬係「壁があります。」
元軍将校「別の浜へ。」
元軍馬係「倭兵がいます。」
元軍将校「追い払え。」
元軍馬係「追い払ってから呼んでください。」
元軍将校「馬を使って追い払いたい。」
元軍馬係「その馬を降ろす場所の話です。」
元軍将校は黙った。
騎兵は、陸に上がれば騎兵だった。
海上では、馬と人を積んだ船だった。
日本側は、そのために石を二十キロ積んでいた。
八
元軍は志賀島や能古島方面にも展開した。
博多湾岸の本土へ大軍を一気に上げるのは難しい。
島なら上陸できる。
そこを拠点にする。
元軍として合理的だった。
日本側にも次の問題が生じた。
壁は本土にある。
島にはない。
少弐家書記「志賀島に敵が上がっています。」
少弐景資「船を出せ。」
少弐家書記「夜も。」
少弐景資「夜は出すな。」
少弐家書記「なぜ。」
少弐景資「味方同士でぶつかる。」
潮見弥六が話を聞いた。
潮見弥六「夜の方が近づきやすい。」
少弐景資「夜襲は禁ずる。」
潮見弥六「なぜ。」
少弐景資「今説明した。」
潮見弥六「私は聞いておりません。」
少弐景資「では今聞け。夜襲は禁止だ。」
潮見弥六「承知しました。」
景資は弥六を見た。
返事は正しかった。
景資は、それ以上の安心をしなかった。
成長していた。
九
元軍側では、日本軍の変化が分析された。
ボロク「前回より統制が改善している。」
崔允「そうでしょうか。」
ボロク「防塁がある。」
崔允「壁は統制されています。」
ボロク「守備兵も配置されている。」
崔允「持ち場が決まったのでしょう。」
ボロク「指揮体系も整備されたはずだ。」
崔允「それは分かりません。」
ボロク「七年あった。」
崔允「七年あれば、日本人が別の日本人になるのですか。」
その日の日本側では、壁から射る者、敵の上陸地点へ移る者、勝手に斥候を出す者がいた。
防塁は統一されていた。
その後ろは従来通りだった。
ただし、それで困らないように準備したのが、この七年間だった。
ボロク「倭軍は防御体系を作った。」
崔允「はい。」
ボロク「統一指揮の下で。」
崔允「そこはまだ分かりません。」
ボロク「壁は一本だ。」
崔允「海岸がつながっているからでは。」
実際には、思想が一本になったわけではない。
壁が一本になっただけだった。
十
戦闘は数日続いた。
東路軍は強かった。
数も多い。
船も多い。
日本側にも損害が出た。
それでも、数字は海岸へ均等に並んで戦うわけではない。
石築地の前。
島。
狭い上陸地点。
船と船の間。
実際にぶつかる場所では、全軍が同時に戦えなかった。
少弐家書記「西の区間に敵船が増えています。」
少弐景資「近くの勢を回せ。」
少弐家書記「担当が違います。」
少弐景資「今日は壁を作っていない。」
少弐家書記「警固区分が。」
少弐景資「蒙古は区分を知らない。」
少弐家書記「では移します。」
七年前なら、景資は担当区域を守らせることを優先したかもしれない。
今は、敵がいる場所へ人を動かした。
規則は戦うためにある。
戦うために規則を守って負ける必要はなかった。
十一
東路軍は、博多湾岸で思うような展開ができなかった。
上陸地点を得にくい。
得ても広げにくい。
石築地の後ろから兵が来る。
島へ上がれば、そこへも攻撃が来る。
江南軍はまだ到着していない。
ボロク「江南軍は。」
元軍将校「まだです。」
ボロク「このまま博多へ兵を出し続けるか。」
元軍将校「損害が増えます。」
崔允「壱岐へ戻って待つ案があります。」
ボロク「倭軍は追ってくる。」
崔允「来るでしょう。」
ボロク「なぜ分かる。」
崔允「前回から見ています。」
元軍将校「海まで。」
崔允「船を持っています。」
ボロク「大規模な水軍はない。」
崔允「それが来ない理由にはなりません。」
崔允は、少し別の結論へ近づいていた。
理解できなくても、来るものは来る。
それだけ覚えておけばよい。
十二
東路軍が博多湾から後退する動きを見せると、日本側では報告が飛び交った。
少弐家書記「敵船、一部北西へ。」
少弐景資「退くのか。」
少弐家書記「分かりません。」
少弐景資「追うな。」
少弐家書記「船を出している勢があります。」
少弐景資「命令は。」
少弐家書記「追うな、と。」
少弐景資「返事は。」
少弐家書記「承知した、と。」
少弐景資「そうか。」
少弐家書記「止めますか。」
少弐景資「戻ってくる道を空けておけ。」
少弐家書記「止めないのですか。」
少弐景資「止まると思うか。」
少弐家書記「思いません。」
少弐景資「なら、帰れるようにしておけ。」
景資の仕事は変わっていた。
全員を思い通りに動かすことではない。
思い通りに動かない者がいても、全体が壊れないようにすることだった。
七年前、日本側は蒙古が来てから戦い方を考えた。
今回は、七年間考えていた。
答えは、整然とした日本軍を作ることではなかった。
石の壁を作った。
持ち場を決めた。
非御家人まで呼んだ。
海を見る者を増やした。
そして、勝手に動く者がいることを前提にした。
蒙古は再び来た。
日本側も、同じままではなかった。
人間はそれほど変わっていなかった。
戦場の方を変えていた。
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第十六章 河野の後築地について
一
弘安四年六月。
博多湾岸には、石築地があった。
その後ろに日本側の武士がいた。
海から見れば、
海。
浜。
石築地。
武士。
という順番になる。
防御施設として自然だった。
敵は海から来る。
壁の後ろから射る。
越えてくれば迎え撃つ。
七年かけて、そのために作った。
ところが、伊予から来た河野通有は違うことを考えた。
河野通有「陣を海側へ出す。」
伊予勢兵士「海側。」
河野通有「そうだ。」
伊予勢兵士「築地の前へ。」
河野通有「そうだ。」
伊予勢兵士は石築地を見た。
次に海を見た。
もう一度石築地を見た。
伊予勢兵士「何のために築地を作ったのでしょう。」
河野通有「逃げないためだ。」
伊予勢兵士「敵が。」
河野通有「我々が。」
話が逆だった。
二
後世の軍記的な記録には、河野通有が石築地を自軍の背後に置いて陣を構えた、という話が伝わる。
蒙古が攻め寄せた時、味方が逃げられないようにするためだったという。
それが実際にどこまで史実通りだったかは、慎重に見る必要がある。
ただし、後世の人間が、
河野ならやりそうだ、
と思ったことは分かる。
少弐景資にも報告が来た。
少弐家書記「河野勢が築地の前へ出ています。」
少弐景資「敵が上がったのか。」
少弐家書記「まだです。」
少弐景資「ではなぜ。」
少弐家書記「逃げ道を断つためだそうです。」
少弐景資「誰の。」
少弐家書記「自分たちの。」
景資は報告書を置いた。
少弐景資「呼べ。」
河野通有が来た。
少弐景資「何のために壁を造った。」
河野通有「後ろにあります。」
少弐景資「そういう意味ではない。」
河野通有「敵を止めるためです。」
少弐景資「では後ろに置くな。」
河野通有「敵に背を向けた時、壁があります。」
少弐景資「背を向けるな。」
河野通有「だから前に出ました。」
少弐景資は少し考えた。
論理は通っていた。
防御施設の論理ではなかった。
三
河野通有は、戦う気が強かった。
これは珍しいことではない。
西国の武士の多くが戦いに来ている。
珍しかったのは、戦うために自分の退路まで減らしたことである。
潮見弥六が河野の陣を見に来た。
潮見弥六「本当に前に出ていますね。」
伊予勢兵士「はい。」
潮見弥六「戻らないのですか。」
伊予勢兵士「殿が戻りません。」
潮見弥六「では、お前たちは。」
伊予勢兵士「殿がいますので。」
潮見弥六「築地を越えれば戻れる。」
伊予勢兵士「それを言うと怒られます。」
潮見弥六「なぜ。」
伊予勢兵士「戻ることを考えるな、と。」
潮見弥六は石築地を見た。
高い。
丈夫だった。
潮見弥六「よい壁だな。」
伊予勢兵士「敵から守ってくれます。」
潮見弥六「後ろから。」
伊予勢兵士「そこが問題です。」
軍事施設は、配置する側によって意味が変わった。
四
景資は、河野勢を無理に戻さなかった。
戻すことはできる。
命令もできる。
ただし、河野通有が素直に戻るかは分からない。
そして前にいること自体が、ただちに敗北を意味するわけでもない。
少弐家書記「戻す命令を出しますか。」
少弐景資「敵が近づいたら。」
少弐家書記「今ではなく。」
少弐景資「今、戻せと言えば揉める。」
少弐家書記「敵が来てからなら。」
少弐景資「揉めている時間がない。」
少弐家書記「では従いますか。」
少弐景資「戦っている最中なら、敵の方を見るだろう。」
景資の指揮方法は、以前より現実的だった。
命令を守らせることより、
命令を守らなくても敵と戦う位置にいるか、
を重視するようになっていた。
河野勢は、敵と壁の間にいる。
少なくとも敵の方向だけは間違っていない。
景資は、それでよしとした。
完全な統制を諦めたのではない。
統制する対象を選び始めていた。
五
元軍側から見ると、さらに理解しにくかった。
海岸には防塁がある。
普通なら、その後ろに守備兵を置く。
ところが一部の倭兵が、壁の前にいる。
ボロク「なぜだ。」
崔允「何が。」
ボロク「壁の外にいる。」
崔允「いますね。」
ボロク「囮か。」
崔允「可能性はあります。」
ボロク「壁の内側へ誘う。」
崔允「自分たちも外ですが。」
ボロク「だから意図がある。」
崔允「意地かもしれません。」
ボロク「軍事上の理由を聞いている。」
崔允「軍事上、意地が理由になる人々もいます。」
ボロクは河野勢を見た。
旗がある。
陣がある。
退路は壁。
海側には元軍。
ボロク「退路を断っている。」
崔允「そう見えます。」
ボロク「誰が断った。」
崔允「自分たちでは。」
ボロク「なぜ。」
崔允「逃げないためでしょう。」
ボロクは黙った。
敵の防御施設を突破する方法は研究できる。
敵が自分から防御施設の外へ出てくる場合、別の研究が必要だった。
六
河野勢の陣取りは、周囲の武士にも知られた。
最初は驚かれた。
次に、感心する者が出た。
そして最も困る段階へ進んだ。
真似する者が出た。
少弐家書記「肥後勢の一部も前へ出たいと。」
少弐景資「なぜ。」
少弐家書記「河野殿が。」
少弐景資「河野は理由にならない。」
少弐家書記「筑前勢からも。」
少弐景資「戻せ。」
少弐家書記「河野勢は。」
少弐景資「そのまま。」
少弐家書記「不公平では。」
少弐景資「一人おかしいから全員おかしくするな。」
少弐家書記は記した。
河野勢、現状維持。
他勢、築地後方を守備。
命令としては不公平だった。
軍事としては公平である必要がなかった。
一つの奇策が成功する可能性と、
全軍が同じ奇策をすること、
は別だった。
少弐景資「河野が前へ出たからといって、全員前へ出るな。」
少弐家書記「そのまま伝えますか。」
少弐景資「少し整えて伝えろ。」
書記は整えた。
「各勢、所定の防御位置を保持すべし。」
一行になった。
河野の名前は消えた。
七
河野通有自身は、他勢が真似しようとしていることを知らなかった。
知っていても気にしなかった可能性がある。
彼が考えているのは、自分の戦だった。
敵が来る。
射る。
乗り移る。
討つ。
捕らえる。
働きを示す。
武士として分かりやすい。
石築地の後ろで待つ戦い方は、合理的だった。
河野には少し待ち時間が長かった。
河野通有「敵船が近い。」
伊予勢兵士「はい。」
河野通有「船を出す。」
伊予勢兵士「夜襲は禁止では。」
河野通有「今はまだ夜ではない。」
伊予勢兵士「夕方です。」
河野通有「夜になる前に出る。」
伊予勢兵士「帰る頃には。」
河野通有「夜だな。」
伊予勢兵士「夜襲では。」
河野通有「出た時は昼だ。」
命令の解釈には幅があった。
景資が恐れていた種類の幅だった。
八
志賀島周辺では、日本側の小舟による攻撃が続いた。
元軍の大船へ近づく。
矢を受ける。
石弓を受ける。
それでも接近する。
船へ取り付く。
乗り移る。
危険な戦いだった。
河野通有も戦いに加わった。
後世の記録では、一族郎党とともに敵船へ乗り移り、激しく戦い、敵将級の人物を捕らえたという勇戦が語られる。
その過程で、河野側にも大きな損害が出た。
伯父の通時は負傷し、のちに亡くなったとされる。
通有自身も傷を負った。
奇策は、奇跡ではなかった。
成功しても人は傷つく。
少弐家書記「河野勢、敵船へ乗り移った由。」
少弐景資「戻ったか。」
少弐家書記「戻っています。」
少弐景資「損害は。」
少弐家書記「あります。」
少弐景資「通有は。」
少弐家書記「負傷。」
少弐景資「敵は。」
少弐家書記「捕虜あり。」
景資はうなずいた。
成果はある。
損害もある。
奇策の評価が一番難しい状態だった。
失敗なら禁止できる。
無傷の成功なら推奨できる。
成功したが損害も大きい。
この場合、軍記だけが書きやすかった。
九
河野勢の働きが広まると、予想通り申請が増えた。
少弐家書記「前陣を許可してほしいとの願いが三件。」
少弐景資「却下。」
少弐家書記「河野勢の戦果を見て。」
少弐景資「だから却下だ。」
少弐家書記「成功しているのに。」
少弐景資「成功した者が一人いるから、全員やるな。」
少弐家書記「本人たちは、自分たちも成功すると。」
少弐景資「全員そう思って前へ出るから困っている。」
竹崎季長も話を聞いた。
竹崎季長「河野殿は築地の前だったそうだ。」
肥後勢郎党「はい。」
竹崎季長「よいな。」
肥後勢郎党「何が。」
竹崎季長「前だ。」
肥後勢郎党「そこですか。」
竹崎季長「働きが見える。」
肥後勢郎党「景資殿が止めています。」
竹崎季長「私だけなら。」
肥後勢郎党「皆そう言っています。」
季長は少し不満そうだった。
軍功制度と防御戦術は、最後まで完全には仲良くならなかった。
十
元軍側では、河野勢の行動が報告にまとめられた。
防塁外に陣取る一隊。
敵船への積極的接近。
小舟による乗船攻撃。
損害を受けても後退しない。
ボロク「精鋭部隊か。」
元軍斥候「分かりません。」
ボロク「特別な任務を持つ。」
元軍斥候「分かりません。」
ボロク「指揮官は。」
元軍斥候「河野という者らしいです。」
ボロク「上級将か。」
崔允「地方の有力武士でしょう。」
ボロク「全軍で同じ戦術を使うか。」
崔允「使わないと思います。」
ボロク「なぜ。」
崔允「少弐側が止めているようです。」
ボロク「では河野は命令違反か。」
崔允「そこまで分かりません。」
ボロク「命令違反なのに戦果がある。」
崔允「あり得ます。」
ボロク「処罰されるか。」
崔允「戦果があります。」
ボロク「なら英雄か。」
崔允「後世には。」
ボロクは崔允を見た。
崔允も、自分が何を言ったのか少し考えた。
戦争では、命令違反と英雄行為の境界が結果によって移動する。
これは日本だけの問題ではなかった。
日本では、移動する距離が少し大きかった。
十一
「河野の後築地」という呼び名は、後世まで残った。
壁を背後に置く。
退路を断つ。
一歩も退かない覚悟。
勇壮な話として非常に分かりやすい。
だから残った。
実務側の記録には、別の景色があったはずである。
誰をどこへ置く。
誰を止める。
誰が勝手に出た。
戻れる道はあるか。
負傷者をどう運ぶ。
捕虜をどう扱う。
次に真似する者をどう止める。
英雄的な行動が一つ起こると、管理業務が増える。
少弐景資「河野勢は戻ったか。」
少弐家書記「はい。」
少弐景資「築地の後ろへ。」
少弐家書記「前です。」
少弐景資「まだ前なのか。」
少弐家書記「陣が残っていますので。」
少弐景資「負傷したのだろう。」
少弐家書記「はい。」
少弐景資「なら後ろで休め。」
少弐家書記「『まだ戦が終わっていない』と。」
景資はため息をついた。
少弐景資「壁は何のためにある。」
少弐家書記「蒙古を止めるためです。」
少弐景資「河野も止められないか。」
少弐家書記「海側におりますので。」
壁は敵の侵入を防ぐ。
味方の突出を防ぐ設計にはなっていなかった。
十二
河野通有の働きは、後世には豪胆な武勇として語られた。
それでよい。
実際、危険な場所へ出て戦い、損害を受けながら成果を挙げたことを伝える記録はある。
ただし、すべての武士が同じことをすればよかったわけではない。
石築地の後ろで守る者がいる。
船を出す者がいる。
前へ出る者がいる。
補給する者がいる。
負傷者を運ぶ者がいる。
それぞれ別の仕事をする。
全員が河野通有なら、石築地はいらなかった。
そして、おそらく日本軍も長くはもたなかった。
少弐家書記は、この日の配置を書き残した。
多くの勢は築地の後方。
河野勢は前方。
文書にすると、一行で済む。
現場では、景資が何度も確認した。
なぜ前にいる。
戻るのか。
戻らないのか。
他の者が真似していないか。
捕虜は誰が預かる。
負傷者はどこへ送る。
後世は、このすべてを短くまとめた。
河野の後築地。
名前が付くと、奇妙な行動は戦術になる。
成功すると、戦術は武勇伝になる。
武勇伝になると、最初から正しかったように見える。
少弐景資にとっては、最後まで少し違った。
正しいかどうかは分からない。
勝ったから、止めなかった。
それで十分だった。
================================
第十七章 兵船について
一
弘安四年六月。
戦場は、海へ広がった。
石築地は陸上で役に立った。
そのため、元軍は博多湾の島々や船団を利用する。
日本側も、船で近づく必要が出てきた。
ここで新しい問題が起きた。
船である。
日本には兵船があった。
日本海軍があった、という意味ではない。
漁船。
商船。
輸送船。
武士が持つ船。
海辺の有力者が持つ船。
寺社に関係する船。
様々な船があった。
問題は、それらが一つの艦隊ではなかったことである。
少弐景資「使える船を集めろ。」
少弐家書記「誰の船を。」
少弐景資「使える船だ。」
少弐家書記「ですから、誰の。」
少弐景資は少し黙った。
船は物だった。
物には持ち主がいた。
軍事上は一艘。
法的には誰かの財産である。
戦争になると、この二つが同時に存在した。
二
潮見弥六の船は動いた。
弥六は海辺の武士である。
船を持つ。
水主も知っている。
潮も分かる。
今回の戦では、陸上の騎馬武者より便利な場面が増えた。
少弐景資「船を何艘出せる。」
潮見弥六「二艘。」
少弐景資「三艘あるだろう。」
潮見弥六「一艘は修理中です。」
少弐景資「いつ直る。」
潮見弥六「船大工次第です。」
少弐景資「急がせろ。」
潮見弥六「皆に急げと言われています。」
少弐景資「軍用だぞ。」
潮見弥六「皆、軍用です。」
景資はそれ以上言えなかった。
七年前なら、船大工にとって漁船と軍船は別だった。
今は、壊れた船が全部軍用になっていた。
使える船が増えたのではない。
軍用と呼ばれる船が増えただけだった。
三
船を出せても、誰でも乗せられるわけではない。
持ち主がいる。
水主がいる。
乗せる兵がいる。
積める量がある。
船は、陸上の広場ではなかった。
一人増えれば、その分だけ重くなる。
弓。
矢。
楯。
鎧。
水。
食料。
そして人。
すべて重量だった。
伊予勢兵士「あと五人乗れますか。」
船頭「無理です。」
伊予勢兵士「見たところ空いています。」
船頭「見たところで沈みません。」
伊予勢兵士「では三人。」
船頭「二人。」
伊予勢兵士「間を取って三人。」
船頭「海は間を取りません。」
二人になった。
陸上では人数が多い方が心強い。
船上では、増やしすぎると全員で海へ入る。
兵力には浮力の上限があった。
四
竹崎季長には、もっと直接的な問題があった。
船がない。
正確には、自分の兵船がまだ回ってこなかった。
敵は海にいる。
季長は陸にいる。
働きを立てるには、間にある水を越えなければならない。
竹崎季長「船は。」
肥後勢郎党「まだです。」
竹崎季長「敵は。」
肥後勢郎党「沖です。」
竹崎季長「見えている。」
肥後勢郎党「はい。」
竹崎季長「船は。」
肥後勢郎党「まだです。」
同じ会話が繰り返された。
軍功を立てたい。
敵もいる。
武具もある。
郎党もいる。
不足しているのは、海を渡る板だった。
季長の戦争は、船一艘の都合で停止していた。
そこへ、別の大船が来た。
竹崎季長「乗せてもらう。」
肥後勢郎党「誰の船です。」
竹崎季長「知らん。」
肥後勢郎党「大丈夫ですか。」
竹崎季長「敵の船ではない。」
判断基準は大きかった。
細かい問題は後から出た。
五
季長は、他家の船へ乗ろうとした。
最初から歓迎されたわけではない。
船側の人間「この船は、こちらの御手の者を乗せる船です。」
竹崎季長「沖で合戦がある。」
船側の人間「承知しています。」
竹崎季長「だから乗る。」
船側の人間「あなたの船ではありません。」
竹崎季長「日本の船だろう。」
船側の人間「そういう分け方はしていません。」
季長は止まらなかった。
竹崎季長「君の御大事に立つために乗る。」
船側の人間「降りてください。」
竹崎季長「端船をくれれば降りる。」
船側の人間「今、降りてください。」
竹崎季長「海へか。」
船側の人間「そういう意味では。」
押し問答になった。
最終的に季長は、その船に乗り込んだ。
戦場へ向かうことができた。
軍事的には、兵一隊が船を得た。
所有者側から見れば、予定外の客が増えた。
同じ出来事だった。
記録する立場で意味が変わった。
六
少弐景資のところにも、船の揉め事が届いた。
少弐家書記「他家の兵船へ勝手に乗る者がいます。」
少弐景資「誰だ。」
少弐家書記「複数です。」
少弐景資「竹崎もか。」
少弐家書記「はい。」
少弐景資「戦っているか。」
少弐家書記「沖へ出ました。」
少弐景資「なら後で聞く。」
少弐家書記「船主から苦情が。」
少弐景資「それも後で。」
少弐家書記「今、処理しなくてよいですか。」
少弐景資「敵船の前で所有権を決めるのか。」
少弐家書記「平時なら。」
少弐景資「今は戦時だ。」
少弐家書記「では軍が徴発したことに。」
少弐景資「勝手に決めるな。」
少弐家書記は筆を止めた。
戦時だから所有権を後回しにする。
だからといって、所有権が消えるわけではない。
この区別は重要だった。
戦が終われば、後回しにした問題が戻ってくる。
たいてい増えて戻ってくる。
七
船の持ち主が気にすることは、誰を乗せるかだけではない。
戻ってくるか。
壊れないか。
奪われないか。
沈まないか。
水主が死なないか。
櫂がなくならないか。
帆が破れないか。
船底に穴が開かないか。
武士は敵船へ近づきたい。
船頭は帰りたい。
両者の目的は完全には一致しなかった。
潮見弥六「もっと近づけ。」
船頭「近すぎます。」
潮見弥六「矢が届かない。」
船頭「向こうの矢は届いています。」
潮見弥六「なら同じだ。」
船頭「こちらは船を返さなければなりません。」
潮見弥六「私も帰る。」
船頭「では、なおさら離れましょう。」
潮見弥六「近づけ。」
船頭「帰ります。」
潮見弥六「近づけ。」
船頭「半分だけ。」
海上では、命令と操船の間に交渉があった。
船頭は武士の郎党とは限らない。
海を知っているという理由で乗っている者もいる。
武士が陸で持つ権威は、船の上では少し弱くなった。
沈む時は身分順には沈まない。
八
元軍側から見ると、日本側の船は小さかった。
大船を多数そろえた元軍に対し、日本側は小舟で近づくことが多い。
普通に考えれば不利である。
大船の方が人も武器も多く積める。
高い位置から射ることもできる。
ところが、小舟には別の利点があった。
速い。
小回りが利く。
浅い場所へ入れる。
数隻が別々に動く。
そして、指揮を無視しても全艦隊が混乱するわけではない。
ボロク「倭船の編隊がまた崩れた。」
崔允「最初から編隊ではないのでは。」
ボロク「三艘が同時に接近した。」
崔允「近くにいたのでしょう。」
ボロク「その後、二艘が離れた。」
崔允「矢を受けたのでは。」
ボロク「一艘だけ来た。」
崔允「乗っている者が違います。」
ボロク「目的は何だ。」
崔允「それぞれあるのでしょう。」
ボロクは図を見た。
日本側の小舟は、規則性なく近づいたように見える。
一艘は敵船へ乗り移りたい。
一艘は矢を射たい。
一艘は捕虜を取りたい。
一艘は軍功を立てたい。
一艘は船主に言われて深追いしない。
全体として統一目的がない。
敵対しているという一点だけは一致していた。
元軍にとっては、それで十分迷惑だった。
九
軍功の問題も、船でさらに複雑になった。
敵船へ乗り移った者。
矢を射た者。
船を出した者。
水主。
船主。
敵船を曳いて戻った者。
誰の軍功になるのか。
竹崎季長「私は敵船へ乗った。」
少弐家書記「どの船から。」
竹崎季長「借りた船だ。」
少弐家書記「誰の。」
竹崎季長「小田部の兵船だったと思う。」
少弐家書記「思う。」
竹崎季長「乗る時は忙しかった。」
少弐家書記「水主は。」
竹崎季長「知らん。」
少弐家書記「証人は。」
竹崎季長「いる。」
少弐家書記「そこは確認したのですね。」
竹崎季長「当然だ。」
船の持ち主は分からなくても、証人は確認していた。
季長にとって優先順位は明確だった。
少弐家書記「船主から、兵船使用について申立てが来た場合は。」
竹崎季長「私の軍功とは別だ。」
少弐家書記「そうでしょうね。」
書記は新しい紙を用意した。
戦闘記録。
船舶使用。
軍功申請。
同じ海上戦について、帳面が三つになった。
十
綱屋宗吉のところにも、船の需要が来た。
修理用の縄。
木材。
帆布。
釘。
油。
食料。
水樽。
船で使うものは多い。
店の手代「兵船用の縄が足りません。」
綱屋宗吉「警固用を回せ。」
店の手代「同じ縄です。」
綱屋宗吉「札を替えろ。」
店の手代「値段は。」
綱屋宗吉「同じだ。」
店の手代「蒙古備え縄より兵船用の方が高く売れます。」
宗吉は手代を見た。
綱屋宗吉「誰に教わった。」
店の手代「店で。」
宗吉は少し反省した。
綱屋宗吉「同じ値段にしろ。」
店の手代「分かりました。」
綱屋宗吉「急ぎなら少し上げろ。」
反省は短かった。
戦場が海へ移ると、町の需要も海へ移った。
蒙古景気は終わった。
戦時商売が始まっていた。
名前を変えると、少し正当になった。
十一
少弐景資は、海上戦の報告を整理した。
どの船が出た。
誰が乗った。
誰が戻った。
誰が乗り移った。
どの船が壊れた。
どの船が戻らない。
誰の船か分からないものまであった。
少弐景資「この船は。」
少弐家書記「所有者不明です。」
少弐景資「誰が使った。」
少弐家書記「肥後勢。」
少弐景資「誰が持ってきた。」
少弐家書記「筑前の水主。」
少弐景資「では筑前の船では。」
少弐家書記「『預かった』と。」
少弐景資「誰から。」
少弐家書記「分からないそうです。」
少弐景資「返せるのか。」
少弐家書記「誰に。」
景資は黙った。
敵船なら、奪えばこちらのものになる可能性がある。
味方の船は、奪うわけにはいかない。
しかし戦時には、使わなければ困る。
日本側の海上戦力を一つにまとめようとすると、敵より先に所有権と戦う必要があった。
景資はまとめることを諦めた。
正確には、全部をまとめる必要がないと判断した。
少弐景資「出られる船を出せ。」
少弐家書記「誰の船でも。」
少弐景資「持ち主の承知は取れ。」
少弐家書記「時間がない場合は。」
少弐景資「後で謝れ。」
少弐家書記「正式な命令ですか。」
少弐景資「書くな。」
制度は、書かないことで柔軟になることもあった。
十二
日本側には、大元のような巨大な遠征艦隊はなかった。
高麗のように国家が大量の船を造らせ、まとまった形で海へ送る仕組みもなかった。
あるのは、それぞれの船だった。
武士の船。
海民の船。
輸送に使える船。
漁に使う船。
借りた船。
乗せてもらった船。
勝手に乗った船。
その集合が、戦場では日本側の水軍に見えた。
元軍側の記録から見れば、倭船が攻撃してくる。
それで十分だった。
誰の所有かは見えない。
誰が許可したかも見えない。
竹崎季長が自分の船を待てず、他人の船へ乗り込んだ事情も見えない。
外から見れば、全部、日本軍の船だった。
内側では違った。
船には持ち主がいる。
水主にも事情がある。
乗る武士には軍功が要る。
景資には全体を守る仕事がある。
それぞれ別の目的で船を出した。
結果として、同じ敵へ向かった。
少弐家書記「本日の出船、何艘と記しますか。」
少弐景資「確認できた分だけ書け。」
少弐家書記「確認できない船も出ています。」
少弐景資「なら、確認できないと書け。」
少弐家書記「総数は。」
少弐景資「分からん。」
少弐家書記「元軍から見れば、全部こちらの船です。」
少弐景資「こちらから見れば、誰の船か分からん。」
同じ海を見ていた。
元軍には日本の水軍が見えた。
日本側には、他人の船が見えた。
================================
第十八章 志賀島沖における夜間の火災について
一
六月中旬。
志賀島周辺では、夜になると火が見えるようになった。
最初は一艘だった。
次の夜は三艘。
その次は九艘。
さらに次は、何も来なかった。
元軍側は記録した。
日本側も記録した。
記録の意味は違った。
元軍側は、
敵の夜間攻撃に規則性があるか、
を調べた。
日本側は、
誰が勝手に出たか、
を調べた。
少弐家書記「昨夜、三艘出ています。」
少弐景資「命令したか。」
少弐家書記「していません。」
少弐景資「一昨日は。」
少弐家書記「九艘。」
少弐景資「命令は。」
少弐家書記「していません。」
少弐景資「その前。」
少弐家書記「一艘。」
少弐景資「誰だ。」
少弐家書記「分かりません。」
景資は海を見た。
夜襲は禁止している。
夜は暗い。
味方同士で衝突する。
潮も見えにくい。
敵船と味方船を取り違える。
帰る場所も分からなくなる。
合理的な禁止だった。
守られなかった。
二
潮見弥六は、禁止命令を知っていた。
潮見弥六「夜襲は禁止だそうです。」
伊予勢兵士「では今日は行かないのですか。」
潮見弥六「日が沈む前に出る。」
伊予勢兵士「帰る頃は。」
潮見弥六「夜だ。」
伊予勢兵士「それは夜襲では。」
潮見弥六「出撃は昼だ。」
伊予勢兵士「攻撃は。」
潮見弥六「夜になるかもしれん。」
伊予勢兵士「では夜襲では。」
潮見弥六「結果として夜になっただけだ。」
命令違反には、解釈があった。
弥六だけではない。
肥後勢は、
偵察のため、
と言った。
筑前勢は、
漂流船の回収、
と言った。
別の一隊は、
敵船の位置確認、
と言った。
さらに別の一隊は、
別隊が出たので援護、
と言った。
景資は報告を並べた。
少弐景資「全員、夜襲ではないのだな。」
少弐家書記「本人たちは。」
少弐景資「では、なぜ敵船が燃えている。」
少弐家書記「結果として。」
景資は帳面を閉じた。
夜襲はなかった。
夜間の火災だけが増えた。
三
元軍側は、日本側ほど簡単には済ませなかった。
ボロクは、出撃時刻を並べた。
第一夜。
三艘。
第二夜。
九艘。
第三夜。
零。
第四夜。
二艘。
第五夜。
十一艘。
潮。
月齢。
風。
干満。
元軍の見張り配置。
船団の移動。
すべてを書き込んだ。
ボロク「規則がある。」
崔允「あるでしょうか。」
ボロク「三、九、零、二、十一。」
崔允「ばらばらです。」
ボロク「だからだ。」
崔允「何が。」
ボロク「単純な規則を隠している。」
崔允「隠していないと思います。」
ボロク「攻撃時刻も毎日違う。」
崔允「出た者が違うのでしょう。」
ボロク「それを意図的に変えている。」
崔允「誰が。」
ボロク「上位指揮官。」
崔允「その上位指揮官が夜襲を禁じている可能性は。」
ボロクは顔を上げた。
ボロク「なぜ禁止された攻撃が続く。」
崔允「禁止されているからでは。」
ボロク「説明になっていない。」
崔允「日本では、なることがあります。」
ボロクは地図へ戻った。
敵が合理的なら分析できる。
敵が非合理なら、非合理性を分析できる。
敵の各部隊がそれぞれ合理的だが、全体として規則性がない場合が一番難しかった。
四
日本側の小舟は、夜になると元軍の大船へ近づいた。
正面から乗り移る。
矢を射る。
火を放つ。
船体へ縄を掛ける。
敵兵を捕らえる。
何もせず戻る船もあった。
櫂が折れたからである。
肥後勢兵士「戻ります。」
肥後勢郎党「まだ敵船へ着いていない。」
肥後勢兵士「櫂が一本折れました。」
肥後勢郎党「予備は。」
肥後勢兵士「ありません。」
肥後勢郎党「夜襲だぞ。」
肥後勢兵士「だから暗くて見えませんでした。」
船は戻った。
元軍側の見張りは、それを観察した。
元軍斥候「倭船一艘、接近後に急速後退。」
ボロク「誘引か。」
元軍斥候「追撃していません。」
ボロク「追えば伏兵が。」
崔允「櫂が折れたのでは。」
ボロク「なぜそう思う。」
崔允「片側だけ漕いでいました。」
ボロクは黙った。
高度な退却偽装ではなかった。
物理法則だった。
五
別の夜。
一艘の日本船が、装飾の多い元軍船へ向かった。
旗。
幕。
灯。
遠目にも目立つ。
元軍側は、それを指揮船だと思われたと判断した。
ボロク「倭人は指揮船を識別している。」
崔允「そうでしょうか。」
ボロク「他の船を無視して、あれだけを狙った。」
元軍将校「司令部構造が漏れている可能性が。」
ボロク「倭人側に情報網がある。」
一方、日本船では別の会話があった。
伊予勢兵士「金色の物があります。」
潮見弥六「見える。」
伊予勢兵士「高そうです。」
潮見弥六「見れば分かる。」
伊予勢兵士「旗も。」
潮見弥六「持って帰れば証拠になる。」
伊予勢兵士「金具も。」
潮見弥六「先に敵を倒せ。」
伊予勢兵士「分かっています。」
目的は軍事だけではなかった。
軍功の証拠。
戦利品。
価値のありそうな物。
すべてが同じ船に見えた。
元軍側は、情報漏洩を疑った。
日本側は、目立つ物を見つけただけだった。
六
夜襲の成果について、翌朝から軍功申請が始まった。
少弐家書記「夜襲は禁止でした。」
伊予勢兵士「夜襲ではありません。」
少弐家書記「何をした。」
伊予勢兵士「夕方に出ました。」
少弐家書記「攻撃した時刻は。」
伊予勢兵士「暗くなっていました。」
少弐家書記「夜では。」
伊予勢兵士「帰ったのは朝です。」
少弐家書記「それは関係ない。」
伊予勢兵士「敵船一艘に火を付けました。」
少弐家書記「誰が見た。」
伊予勢兵士「三人。」
少弐家書記「禁止命令は聞いたか。」
伊予勢兵士「聞きました。」
少弐家書記「承知したか。」
伊予勢兵士「承知しました。」
少弐家書記「なぜ行った。」
伊予勢兵士「敵がいましたので。」
書記は額を押さえた。
命令違反。
戦果あり。
証人あり。
処罰するか。
軍功を認めるか。
両方するか。
景資へ回された。
少弐景資「軍功は記録しろ。」
少弐家書記「命令違反は。」
少弐景資「それも記録しろ。」
少弐家書記「両方。」
少弐景資「両方だ。」
少弐家書記「評価は。」
少弐景資「後で決める。」
行政は、判断できない時に記録することで前へ進んだ。
七
夜襲が続くと、元軍側の睡眠が減った。
昼に日本軍を見る。
夜も来る。
何時に来るかは分からない。
来ない夜もある。
そのため、来ない夜ほど眠れない。
元軍兵士「今夜は来ません。」
元軍将校「まだ分からん。」
元軍兵士「もう夜半です。」
元軍将校「昨日は夜明け前だった。」
元軍兵士「では朝まで。」
元軍将校「警戒しろ。」
元軍兵士「来なかったら。」
元軍将校「明日も警戒だ。」
日本側の異国警固番役と、よく似ていた。
敵が来ないことを確認するため、眠らず待つ。
違うのは、今度は日本側が海の向こうではなく、すぐ近くにいることだった。
ボロク「倭軍は我々の睡眠を削ることを目的としている。」
崔允「そういう効果はあります。」
ボロク「攻撃より、警戒疲労を狙っている。」
崔允「狙っている者もいるかもしれません。」
ボロク「いない者も。」
崔允「いるでしょう。」
ボロク「全軍の目的は。」
崔允「ありません。」
ボロク「またそれか。」
崔允「前からそう申し上げています。」
ボロクは少し疲れていた。
日本軍の戦術分析によるものか、睡眠不足によるものかは分からなかった。
陳子明は、別のところを見ていた。
船で長く働いてきた者にとって、夜襲の第一の問題は敵の思想ではない。
火だった。
陳子明「甲板に水を増やしてください。」
元軍将校「倭船の出撃時刻を分析している。」
陳子明「火は時刻を待ちません。」
ボロク「接近の目的を知れば対策できる。」
陳子明「船を燃やしに来ています。」
ボロク「その先の目的だ。」
陳子明「船が燃えた後では、その先はあまり重要ではありません。」
ボロクは陳子明を見た。
陳子明「こちらも同じです。船の上では、理屈より先に水を置きます。」
分析と防火は競合しなかった。
その夜から、元軍船の甲板には水桶が増えた。
八
元軍の一部は、沿岸の小さな漁村へ物資を求めて入った。
兵糧。
水。
薪。
使える物があれば取る。
戦争では珍しいことではない。
村側にも事情があった。
人は逃げていた。
残っている者もいた。
老婆が一人、魚と貝を籠に入れて近づいてきた。
元軍兵士「止まれ。」
老婆は止まった。
魚を見せた。
通訳がいない。
身振りで売り物らしいことは分かった。
元軍将校は銭らしきものを見せた。
老婆は近づいた。
最初に接触してきたのは老女だった。
元軍側は、これを魚介を売りに来たものと判断した。
この判断は、完全には間違っていなかった。
老婆は金を欲しがっていた。
ただし、それだけではなかった。
しばらくして、元軍将校一名が倒れた。
村の裏手から石と農具が飛んできた。
元軍側が振り返った時には、老婆はいなかった。
元軍兵士「老女は。」
高麗兵「いません。」
元軍兵士「どこへ。」
高麗兵「分かりません。」
元軍兵士「魚は。」
高麗兵「残っています。」
元軍兵士「金は。」
高麗兵「ありません。」
軍事的には、小規模な襲撃だった。
村側から見れば、侵入者から金と武器を奪っただけだった。
どちらの説明も、本人たちには正しかった。
九
その夜、老婆の娘が母親を叱っていた。
漁村の娘「少ない。」
漁村の老婆「何が。」
漁村の娘「銭。」
漁村の老婆「これだけあった。」
漁村の娘「腰の飾りも取れたでしょう。」
漁村の老婆「重かった。」
漁村の娘「剣は。」
漁村の老婆「持ってきた。」
漁村の娘「売れる。」
漁村の老婆「使う。」
漁村の娘「誰が。」
漁村の老婆「お前の兄。」
漁村の娘「兄は漁師です。」
漁村の老婆「だから刃物を使う。」
漁村の娘は納得しなかった。
漁村の娘「飾りは。」
漁村の老婆「取る暇がなかった。」
漁村の娘「次は私が行く。」
漁村の老婆「やめろ。」
漁村の娘「母さんが行った。」
漁村の老婆「だからやめろと言っている。」
ここに国家意識はなかった。
侵入者が来た。
物を取った。
家族が危険になった。
相手の物も取った。
生活の延長に戦争が入り込んだだけだった。
翌日、元軍側の報告書では、
「倭国民間人、老女を含め警戒を要す」
という趣旨の注意が加わった。
元軍が日本社会を理解するための資料は、また一つ増えた。
理解は、さらに難しくなった。
十
ボロクは、その報告を読んだ。
ボロク「老女。」
崔允「はい。」
ボロク「兵ではない。」
崔允「そうでしょう。」
ボロク「武器は。」
崔允「草刈り用の鎌と、石。」
ボロク「軍装は。」
崔允「ありません。」
ボロク「組織は。」
崔允「村人。」
ボロク「指揮官は。」
崔允「いないのでは。」
ボロク「目的は。」
崔允「金でしょう。」
ボロク「金。」
崔允「それと、我々を追い払うこと。」
ボロク「軍事目的と略奪目的が混在している。」
崔允「こちらも同じ時があります。」
ボロクは崔允を見た。
崔允「失礼しました。」
ボロクは表を作った。
倭武士。
高危険。
倭船乗り。
高危険。
倭漁師。
警戒。
倭僧。
情報活動の可能性。
倭百姓。
状況による。
倭老女。
警戒。
項目が増えた。
最終的に、
倭国民間人 概して警戒を要す
とまとめた方が早くなった。
分析は単純化された。
現実が複雑すぎたからである。
さらに、子どもも加わった。
海辺の村では、敵船を見た者が鐘や声で知らせ、足の速い者が近くの番所へ走ることがあった。
大人だけで行う必要はない。
道を知り、走れる者なら使える。
村の子供「船が動きました。」
警固兵「何艘。」
村の子供「たくさん。」
警固兵「どちらへ。」
村の子供「あっち。」
警固兵「方角で。」
村の子供「海の右。」
報告精度には改善の余地があった。
速度は速かった。
元軍側から見ると、沿岸の村で鐘が鳴り、その直後に別の場所でも人が動く。
ボロク「通信網がある。」
崔允「ありますね。」
ボロク「軍が整備したのか。」
崔允「子どもが走っています。」
ボロク「軍属か。」
崔允「たぶん村の子です。」
ボロクは表に一行足した。
倭子供。
伝令の可能性。
武器を持たない者まで戦力へ入れれば、倭兵の数はいくらでも増えた。
日本側では、その子どもを兵力に数えていなかった。
十一
夜襲は続いた。
三艘。
九艘。
零。
二艘。
十一艘。
その後は、さらに不規則になった。
元軍側は潮汐との関係を調べた。
月齢も見た。
風も見た。
日本側の警固交替時刻も推定した。
明確な規則性は発見できなかった。
日本側にも分かっていなかったからである。
少弐景資「昨夜は何艘。」
少弐家書記「六艘です。」
少弐景資「命令したか。」
少弐家書記「していません。」
少弐景資「前夜は。」
少弐家書記「一艘。」
少弐景資「誰だ。」
少弐家書記「竹崎殿の一行です。」
少弐景資「その前。」
少弐家書記「零。」
少弐景資「なぜ出なかった。」
少弐家書記「風が悪かったそうです。」
少弐景資「命令を守ったのでは。」
少弐家書記「違うようです。」
景資は納得した。
命令違反にも天候限界があった。
少弐景資「今夜は。」
少弐家書記「夜襲禁止を再度伝えます。」
少弐景資「出るだろうな。」
少弐家書記「出ると思います。」
少弐景資「では救援船を用意しておけ。」
禁止しながら救援を準備する。
矛盾ではなかった。
現実だった。
十二
元軍側では、日本船への対策が強化された。
見張りを増やす。
船を連結する。
小舟の接近を早く見つける。
灯を減らす。
装飾の目立つ船を避ける。
日本側は、それを見てまた別の方法を考えた。
元軍将校「昨夜は倭船二艘。」
ボロク「減った。」
元軍将校「対策が効いています。」
崔允「そうでしょうか。」
ボロク「何が言いたい。」
崔允「今夜増えるかもしれません。」
ボロク「根拠は。」
崔允「減った翌日に増えたことが何度か。」
ボロク「それが規則か。」
崔允「分かりません。」
ボロク「では言うな。」
崔允「はい。」
その夜、十一艘来た。
ボロクは何も言わなかった。
崔允も言わなかった。
分析結果としては、会話しない方が正確だった。
十三
日本側では、夜襲の軍功申請が積み上がった。
敵船へ乗り移った。
旗を取った。
火を付けた。
捕虜を取った。
矢を受けた。
船が壊れた。
櫂を失った。
勝手に出た。
命令を聞いた。
聞いた上で出た。
少弐家書記「この者は命令違反です。」
少弐景資「戦果は。」
少弐家書記「あり。」
少弐景資「次。」
少弐家書記「この者も命令違反。」
少弐景資「戦果。」
少弐家書記「なし。」
少弐景資「何をした。」
少弐家書記「敵船へ向かいましたが、潮に流されました。」
少弐景資「戻ったか。」
少弐家書記「朝、別の浜へ。」
少弐景資「軍功はなし。」
少弐家書記「本人は『敵を牽制した』と。」
少弐景資「敵は見たのか。」
少弐家書記「見ていません。」
少弐景資「却下。」
軍功制度には、最低限の線があった。
海に出ただけでは軍功にならない。
敵に見られていない牽制は、さらに難しかった。
十四
数日後。
元軍側の分析帳面には、日本側夜襲の特徴がまとめられた。
攻撃時刻、不定。
兵力、不定。
潮汐との関係、不明。
月齢との関係、不明。
指揮系統、不明。
攻撃目的、複数。
小舟の数、不定。
民間協力、あり。
ボロク「結論。」
元軍書記「倭軍は、規則性を隠した分散型夜襲を実施。」
崔允「隠していないと思います。」
ボロク「書き直すか。」
崔允「何と。」
ボロク「規則性なし。」
元軍書記「それでは対策が立ちません。」
ボロク「現実がそうなら仕方ない。」
崔允は少し驚いた。
ボロクは七年前から日本軍を分析してきた。
初めて、
分からないものを分からないまま記録した。
ボロク「ただし、目的はある。」
崔允「何です。」
ボロク「我々を休ませないこと。船を減らすこと。戦果を得ること。物を取ること。敵を殺すこと。捕虜を取ること。」
崔允「多いですね。」
ボロク「それぞれ違う。」
崔允「はい。」
ボロク「全体の目的は。」
崔允「ありません。」
ボロクはうなずいた。
それで報告を終えた。
日本側では、その夜も夜襲禁止令が伝えられた。
武士たちは承知した。
船も準備した。
志賀島沖では、また火が上がった。
誰が命じた火かは分からなかった。
敵船が燃えていることだけは、よく見えた。
================================
第十九章 暴風について
一
弘安四年七月末。
鷹島周辺には、元軍の船が集まっていた。
東路軍。
江南軍。
別々に来た軍勢が、ようやく近い海域へ集まっている。
兵は多い。
船も多い。
それは強さだった。
同時に、場所を取った。
船には間隔が要る。
錨を下ろす。
綱を取る。
風向きを見る。
潮を見る。
隣の船と近すぎれば危ない。
遠すぎれば連絡しにくい。
陳子明は海を見ていた。
陳子明「詰めすぎです。」
元側役人「船団をまとめる必要がある。」
陳子明「まとめることと、接触することは違います。」
元側役人「風は。」
陳子明「強くなっています。」
元側役人「いつまで。」
陳子明「風に聞いてください。」
元側役人は黙った。
国家は人へ命令できる。
海には命令できない。
この点だけは、日本側と元側で平等だった。
二
天候は悪くなった。
空が低くなった。
波が高くなった。
船が揺れた。
大型船は、小舟より簡単には動かない。
その代わり、動き始めると大きな力になる。
錨綱が張る。
船体が軋む。
隣船との距離が縮む。
元軍船員「綱を増やせ!」
江南軍水夫「どこへ取る!」
元軍船員「陸へ!」
江南軍水夫「岩場です!」
元軍船員「隣船へ!」
江南軍水夫「隣も流れています!」
船をつなげば一体になる。
平時なら便利だった。
暴風の中では、片方が動けばもう片方も引かれる。
陳子明「切れ!」
元側役人「何を。」
陳子明「船同士の綱です!」
元側役人「隊列が崩れる。」
陳子明「もう崩れています!」
命令は正しかった。
少し遅かった。
三
風はさらに強くなった。
帆は降ろされていた。
それでも船は動いた。
水面そのものが動いていた。
錨が効く船。
効かない船。
綱が切れる船。
他船へぶつかる船。
岩へ寄せられる船。
浅瀬へ乗り上げる船。
船体が割れる船。
元軍は騎兵を連れてきていた。
兵糧も。
武器も。
矢も。
甲冑も。
陶器も。
水も。
馬具も。
印章も。
遠征軍が必要とする物は、すべて船の中にある。
船が沈むと、それらも沈んだ。
馬にも事情があった。
元軍馬係「綱を外せ!」
元軍兵士「どこへ出す!」
元軍馬係「甲板へ!」
元軍兵士「甲板も傾いている!」
元軍馬係「では何とかしろ!」
元軍兵士「何を!」
馬係にも答えはなかった。
海上では、騎兵の優秀さは使えない。
馬が泳げるか。
綱が外れるか。
船が残るか。
順番が変わっていた。
四
同じ頃、日本側も風を受けていた。
海岸の番兵は、船団の灯が乱れるのを見た。
少弐家書記「沖の火が動いています。」
少弐景資「攻撃か。」
少弐家書記「違います。」
少弐景資「こちらの船は。」
少弐家書記「出せません。」
少弐景資「当然だ。」
前月までなら、夜襲禁止を伝えても船が出た。
この夜は違った。
潮見弥六も船を出さなかった。
少弐景資「弥六は。」
少弐家書記「浜にいます。」
少弐景資「本当に。」
少弐家書記「船が出せませんので。」
少弐景資は少し安心した。
命令が守られた。
理由は天候だった。
少弐景資「夜襲禁止は。」
少弐家書記「伝えています。」
少弐景資「必要ないな。」
少弐家書記「一応。」
少弐景資「誰も出ない。」
少弐家書記「風が止めます。」
景資は沖を見た。
数年間、武士を止める方法を考えてきた。
暴風は一晩で解決した。
人間より強い命令権が存在した。
五
夜の海では、何が起きているのか正確には分からなかった。
灯が消える。
別の場所で火が上がる。
音がする。
船同士がぶつかる。
木が裂ける。
人の声。
風。
波。
どれがどれか分からない。
少弐家書記「敵船が燃えています。」
少弐景資「夜襲か。」
少弐家書記「出ていません。」
少弐景資「では火災か。」
少弐家書記「分かりません。」
少弐景資「敵同士でぶつかったか。」
少弐家書記「分かりません。」
少弐景資「何が分かる。」
少弐家書記「火が見えます。」
以前なら、元軍側が同じ報告をしていた。
日本船一艘接近。
目的不明。
倭兵の意図不明。
今夜は日本側が海を分析していた。
少弐景資「攻撃の好機では。」
潮見弥六「船を出せません。」
少弐景資「分かっている。」
潮見弥六「敵も出せません。」
少弐景資「それも分かる。」
潮見弥六「では見ます。」
人間ができることがなくなると、軍事会議は短くなった。
六
夜が明けた。
海の形が変わっていた。
船が減っている。
正確には、見える場所にいる船が減っていた。
海上に残っている船。
岸へ流された船。
浅瀬へ乗り上げた船。
横倒しの船。
壊れた船。
沈んだ船。
漂う木材。
樽。
縄。
帆。
荷。
人。
少弐家書記「敵船に大きな損害。」
少弐景資「どの程度。」
少弐家書記「分かりません。」
少弐景資「またか。」
少弐家書記「数えられる状態ではありません。」
景資は海岸へ出た。
前日まで、敵の船団は軍事力だった。
今は、その一部が漂着物になっている。
同じ木材だった。
用途が変わった。
潮見弥六「船を出します。」
少弐景資「救助か。」
潮見弥六「確認です。」
少弐景資「何を。」
潮見弥六「敵が残っているか。」
少弐景資「ほかには。」
潮見弥六「使える船があるか。」
少弐景資「誰が使う。」
潮見弥六「こちらが。」
景資は弥六を見た。
戦争はまだ終わっていない。
所有権の話は、もう始まっていた。
七
沿岸の漁師たちは、軍より早く海へ出た者もいた。
理由は単純だった。
海が仕事場だからである。
何が流れてくるか分かる。
木材。
縄。
布。
桶。
陶器。
武器。
金属。
食料。
場合によっては船そのもの。
博多漁師「これは拾ったものです。」
少弐家書記「敵船の荷だ。」
博多漁師「海に浮いていました。」
少弐家書記「戦利品になる。」
博多漁師「誰の。」
少弐家書記「幕府の。」
博多漁師「幕府が拾いましたか。」
少弐家書記「そういう意味ではない。」
漁師は縄を持っていた。
長くて丈夫だった。
少弐家書記「置いていけ。」
博多漁師「拾ったのは私です。」
少弐家書記「敵軍の物資だ。」
博多漁師「敵から取ったなら軍功では。」
少弐家書記「漂っていた。」
博多漁師「では敵の物ではない。」
少弐家書記「今、そこを決めている。」
暴風は元軍の編制を壊した。
同時に、日本側へ新しい分類作業を与えた。
少弐景資「漂着した敵船と荷を押さえろ。現場を勝手に動かすな。」
少弐家書記「どの現場です。」
少弐景資「海岸だ。」
少弐家書記「漁師がもう入っています。」
少弐景資「では人を出せ。」
少弐家書記「物ももう動いています。」
景資は海岸を見た。
現場保存の命令は、現場より遅れて到着した。
敵軍物資。
戦利品。
漂着物。
拾得物。
神社への奉納物。
誰かの私物。
海は全部まとめて岸へ運んだ。
人間が後から分けた。
八
綱屋宗吉にも話が届いた。
元船が壊れた。
荷が流れている。
木材が上がった。
縄もある。
鉄もある。
宗吉は店の外へ出た。
綱屋宗吉「買うな。」
店の手代「まだ何も言っていません。」
綱屋宗吉「拾った物を売りに来る。」
店の手代「安ければ。」
綱屋宗吉「軍の物かもしれん。」
店の手代「敵の。」
綱屋宗吉「それを軍が管理すると言い出す。」
店の手代「では買いません。」
綱屋宗吉「安ければ一度見せろ。」
店の手代「買うのですか。」
綱屋宗吉「見てから決める。」
商人として慎重だった。
慎重の向きだけが少し違った。
昼には、元船らしい板材が持ち込まれた。
綱屋宗吉「どこで。」
筑前百姓「浜です。」
綱屋宗吉「誰の。」
筑前百姓「海の。」
綱屋宗吉「元の船では。」
筑前百姓「今は板です。」
宗吉は板を見た。
確かに板だった。
戦争は、財産の形を変える。
船だった時には敵軍資産。
壊れると建材に見えた。
九
慶円の寺には、別の物が届いた。
碇石だった。
大きい。
重い。
運んできた者たちは汗だくだった。
慶円「なぜ寺へ。」
筑前百姓「蒙古船の碇です。」
慶円「見れば分かる。」
筑前百姓「奉納します。」
慶円「なぜ。」
筑前百姓「異国退散の証です。」
慶円「誰が運んだ。」
筑前百姓「我々です。」
慶円「誰の土地から。」
筑前百姓「浜です。」
慶円「誰の浜。」
筑前百姓「村の。」
慶円「では村で持てば。」
筑前百姓「重いので。」
奉納には宗教的理由があった。
運搬上の理由もあった。
慶円「ここへ置くのか。」
筑前百姓「はい。」
慶円「ずっと。」
筑前百姓「異国退散の記念に。」
慶円は碇石を見た。
動かすにはまた人が要る。
慶円「ここでよい。」
寺に新しい由緒が一つ増えた。
十
元軍側では、生き残った者たちが陸へ上がった。
鷹島。
周辺の島。
近くの岸。
船を失った者。
武器を失った者。
食料を失った者。
部隊から離れた者。
将がいる者。
いない者。
暴風は、軍隊を人間の集まりに戻した。
ボロクも、生き残った側にいた。
崔允「船団との連絡が切れています。」
ボロク「東路軍の主力は。」
崔允「確認できません。」
ボロク「江南軍は。」
崔允「同じです。」
ボロク「兵糧。」
崔允「一部失いました。」
ボロク「馬。」
崔允「多くが。」
崔允は言葉を止めた。
ボロク「分かった。」
地図があった。
兵数表もあった。
船数表もあった。
夜が明けると、その数字のかなりの部分が意味を失っていた。
ボロク「倭軍は来る。」
崔允「来るでしょう。」
ボロク「どこから。」
崔允「近いところ全部から。」
ボロクは、今回は否定しなかった。
十一
暴風の翌日から、日本側の船が動いた。
救助ではない。
少なくとも、主目的ではなかった。
敵兵を探す。
使える船を押さえる。
捕虜を取る。
敵の残存部隊を確認する。
漂着物も回収する。
作業が重なった。
伊予勢兵士「人がいます。」
潮見弥六「武器は。」
伊予勢兵士「持っていません。」
潮見弥六「捕らえろ。」
伊予勢兵士「板もあります。」
潮見弥六「後だ。」
伊予勢兵士「大きい板です。」
潮見弥六「人が先だ。」
伊予勢兵士「誰かに取られます。」
潮見弥六「では一人残れ。」
軍事行動と拾得作業は同時に進んだ。
優先順位は明確だった。
とまでは言いにくかった。
別の浜では、武士と漁師が同じ樽を引いていた。
肥後勢兵士「軍用だ。」
博多漁師「先に見つけた。」
肥後勢兵士「中身は。」
博多漁師「まだ。」
肥後勢兵士「なら軍用だ。」
博多漁師「何が入っていても。」
肥後勢兵士「敵の物だからだ。」
博多漁師「空なら。」
肥後勢兵士「……空ならやる。」
樽は開けられた。
水だった。
二人とも少し困った。
十二
後世、この暴風は「神風」として語られることになる。
寺社の祈祷が敵軍を退けた。
神仏が国土を守った。
そう理解する者がいた。
それは当時の社会では自然な説明だった。
慶円も祈祷を続けていた。
寺僧「風が吹きました。」
慶円「吹いたな。」
寺僧「祈祷が届いたのでしょうか。」
慶円「分からん。」
寺僧「認めないのですか。」
慶円「祈った。」
寺僧「はい。」
慶円「風が吹いた。」
寺僧「はい。」
慶円「その二つは事実だ。」
寺僧「つながりは。」
慶円「それを決めるのは、もう少し後の人間だ。」
慶円は海の方を見た。
戦はまだ終わっていない。
風で船が沈んだ。
だから、生き残った敵が陸にいる。
祈祷の成果を祝うには、少し早かった。
少弐景資も同じだった。
少弐家書記「大風で敵船多数沈没。」
少弐景資「残敵は。」
少弐家書記「鷹島に多数。」
少弐景資「なら終わっていない。」
少弐家書記「はい。」
少弐景資「兵を集めろ。」
神風という言葉は、戦後に便利だった。
戦中には、残敵処理の方が先だった。
十三
海岸には、さらに物が流れ着いた。
矢。
刀。
陶器。
木片。
漆器。
縄。
碇。
船具。
異国の文字が刻まれた物。
誰かの官職を示す物。
名のない物。
数百年後、鷹島の海岸からは青銅の「管軍総把印」も見つかる。
至元十四年、すなわち一二七七年に造られたことが刻まれ、元軍の中級将校級が用いた印と考えられている。
誰が弘安の船団へ持ち込んだかまでは分からない。
元軍側では、軍を統べる地位を示す印だった。
後世には、海から出た考古資料になった。
当時の浜で似た品を拾った者がいたとしても、まず価値を読めたとは限らない。
使えるか。
売れるか。
奉納できるか。
軍功の証拠になるか。
それが重要だった。
綱屋宗吉「この壺は。」
店の手代「元船から。」
綱屋宗吉「割れている。」
店の手代「半分はあります。」
綱屋宗吉「半分の壺に何を入れる。」
店の手代「記念に。」
綱屋宗吉「何の。」
店の手代「蒙古退散。」
宗吉は手代を見た。
綱屋宗吉「売れると思うか。」
店の手代「売れると思います。」
宗吉は少し考えた。
綱屋宗吉「洗え。」
戦争が終わる前から、記念品市場が始まりかけていた。
十四
元軍にとって、暴風は軍事的惨事だった。
日本側にとっては、好機だった。
寺社には、神仏の加護に見えた。
漁師には、海が大量の物を運んできた。
百姓には、使えそうな木材が流れてきた。
商人には、扱いに困る商品が増えた。
幕府の役人には、所有権問題が増えた。
同じ暴風だった。
意味は一つではなかった。
少弐家書記「漂着物の扱いを決める必要があります。」
少弐景資「後にしろ。」
少弐家書記「すでに持って帰る者が。」
少弐景資「敵は。」
少弐家書記「鷹島に。」
少弐景資「なら敵が先だ。」
少弐家書記「戻った時には物がありません。」
少弐景資「誰が持っていく。」
少弐家書記「皆です。」
景資は海岸を見た。
敵船が沈んだ。
その瞬間、日本側の戦争は簡単になったわけではない。
海上の敵が、陸上の敵になった。
敵船の荷が、戦利品になった。
戦利品が、拾得物になった。
拾得物が、私有物になりかけていた。
暴風は元軍の秩序を壊した。
日本側には、別の秩序を作る仕事を増やした。
少弐景資「鷹島へ行く。」
少弐家書記「はい。」
少弐景資「拾い物は。」
少弐家書記「後で。」
少弐景資「残っていると思うか。」
少弐家書記「思いません。」
二人とも分かっていた。
海は一晩で元軍船を壊した。
浜の者たちは、それより早く片付け始めていた。
================================
第二十章 鷹島における残敵処分について
一
暴風の翌日。
鷹島には、元軍の兵が残っていた。
船を失った者。
部隊とはぐれた者。
武器を失った者。
食料を失った者。
負傷した者。
まだ戦える者。
指揮官がいる者。
いない者。
前日まで、彼らは大元の遠征軍だった。
船団があった。
命令系統があった。
兵糧があった。
帰る船があった。
一晩で、その多くがなくなった。
軍隊は、同じ服を着た人間の集まりに近づいた。
日本側から見ると、それでも敵だった。
少弐家書記「鷹島に残敵多数。」
少弐景資「数は。」
少弐家書記「分かりません。」
少弐景資「船は。」
少弐家書記「使えるものは少数。」
少弐景資「逃げる先は。」
少弐家書記「ありません。」
景資は地図を見た。
七年前、敵は海から来た。
この七年間、日本側は海から来る敵を止める準備をした。
今、敵は島にいる。
海を渡る手段を失っている。
戦場の条件は完全に逆になっていた。
少弐景資「囲め。」
少弐家書記「降伏した者は。」
景資はすぐには答えなかった。
戦う敵をどうするかは簡単だった。
戦わない敵をどうするかは、別の問題だった。
二
日本軍は鷹島へ渡った。
少弐勢。
肥後勢。
筑前勢。
伊予勢。
その他の西国武士。
船を持つ者が人を運ぶ。
船を持たない者は、また借りた。
誰の船か分からない船もあった。
戦場では、以前より問題にならなかった。
敵が逃げられないことの方が重要だった。
島へ上がった武士たちは、元軍の残兵を探した。
山。
谷。
浜。
集落。
林。
船の残骸がある場所。
兵糧が残っていそうな場所。
人が水を求めて集まる場所。
潮見弥六「井戸を押さえろ。」
伊予勢兵士「敵が来ますか。」
潮見弥六「水が要る。」
伊予勢兵士「我々も。」
潮見弥六「だから押さえる。」
戦術は単純になった。
船を失った軍隊は、水と食料を探す。
そこを待つ。
元軍の残兵が現れた。
戦う者もいた。
逃げる者もいた。
武器を捨てる者もいた。
言葉が通じなくても、武器を置いて両手を上げれば意味は分かった。
問題は、その後だった。
三
捕虜を取ることには利点があった。
生きている。
誰を捕らえたか確認できる。
身分を聞ける。
所属を聞ける。
持っている文書を調べられる。
敵の情報も得られる。
軍功の証拠にもなる。
欠点もあった。
食う。
水を飲む。
逃げる。
見張りが要る。
数が増える。
少弐家書記「捕虜二十七。」
少弐景資「見張りは。」
少弐家書記「八人。」
少弐景資「足りるか。」
少弐家書記「今のところ。」
少弐景資「明日は。」
少弐家書記「増えると思います。」
少弐景資「見張りも増やせ。」
少弐家書記「誰を。」
少弐景資「兵を。」
少弐家書記「残敵狩りから。」
少弐景資「そうだ。」
少弐家書記「捕虜を増やすほど、残敵狩りの兵が減ります。」
景資は黙った。
捕虜を取ることは軍事上の成果だった。
成果が増えるほど、次の軍事行動が難しくなる。
制度として少し困った。
四
武士側にも別の計算があった。
軍功である。
七年前から変わらない。
誰が敵を討った。
誰が負傷した。
誰が先に進んだ。
誰が見た。
誰が証明する。
鷹島では、その確認が大量に必要になった。
竹崎季長もいた。
竹崎季長「見たか。」
肥後勢郎党「見ました。」
竹崎季長「確かに。」
肥後勢郎党「はい。」
竹崎季長「次。」
七年前、季長の「見たか」は、自分の先駆けを証明するための言葉だった。
戦場で働いた者が、その働きを後で認めてもらう。
必要な行為だった。
鷹島では、同じ言葉の後に別の敵がいた。
疲れた兵。
逃げ遅れた兵。
武器を捨てた兵。
軍功を数える制度は同じだった。
対象だけが変わっていた。
肥後勢郎党「季長殿。」
竹崎季長「何だ。」
肥後勢郎党「これは合戦でしょうか。」
季長は少し黙った。
竹崎季長「敵がいる。」
肥後勢郎党「はい。」
竹崎季長「なら戦だ。」
答えは出た。
納得したかどうかは別だった。
五
現場では、軍功の数え方が各隊で少しずつ違った。
敵を討った。
捕らえた。
敵将らしい者を捕らえた。
旗を取った。
武器を取った。
文書を取った。
船を押さえた。
それぞれ価値がある。
正式な全国統一の点数表があったわけではない。
ただし、数が増えると、現場は整理方法を作る。
ある隊の書記は、帳面を早く処理するため、仮の印を付けた。
討取り、一。
生け捕り、二。
幕府の公式な軍功基準ではない。
その隊の帳面の目印にすぎなかった。
伊予勢兵士「生け捕りは二ですか。」
隊付書記「二と書いているだけだ。」
伊予勢兵士「討取りは一。」
隊付書記「比較するな。」
伊予勢兵士「数字は比較するためにあるのでは。」
隊付書記は帳面を閉じた。
翌日、その隊では捕虜が増えた。
見張りも増えた。
必要な水と食料も増えた。
仮の集計方法が、現場の行動を少し変えた。
制度として採用されていないものでも、数字になると制度のように働くことがあった。
武士は比較する。
誰が多く働いたか。
誰が危険を冒したか。
何を持ち帰ったか。
証拠は何か。
伊予勢兵士「生け捕りの方が確実では。」
潮見弥六「何が。」
伊予勢兵士「証拠です。」
潮見弥六「逃げるぞ。」
伊予勢兵士「首なら逃げません。」
潮見弥六「捕虜なら話す。」
伊予勢兵士「飯を食います。」
潮見弥六「どちらがよい。」
伊予勢兵士「相手によります。」
人間の処遇が、軍功と管理費の話に変わっていた。
誰も笑わなかった。
正しい答えがなかったからである。
六
降伏する者が増えた。
元軍側の統制が崩れている。
まとまった抵抗ができない部隊もある。
江南軍の兵には、元に征服された旧南宋の出身者が多い。
元のために日本へ来た。
本人が望んだかどうかは一人ずつ違う。
日本側には、その事情の全部は分からない。
ただし、言葉や服装、持ち物から、
蒙古人。
高麗人。
漢人。
旧宋の者。
と区別しようとする場面はあった。
通事が呼ばれた。
通事「どこから来た。」
捕虜「慶元。」
通事「江南だ。」
少弐家書記「蒙古人ではない。」
通事「元の兵ではあります。」
少弐家書記「違いは。」
通事「国が滅びました。」
少弐家書記「何の。」
通事「この者の。」
書記は捕虜を見た。
男は疲れていた。
武器は持っていない。
少弐家書記「どうする。」
通事「私に聞かないでください。」
また通訳の契約外だった。
後世の記録には、旧南宋系の捕虜が助命され、日本へ連行されたとする話が残る。
一方で、多数の残兵が殺されたとも伝わる。
現場で全員が同じ基準で処遇されたとは考えにくかった。
軍勢も違う。
場所も違う。
捕えた側も違う。
鷹島では、日本側の分散性が、敵の生死にまで影響した。
七
少弐景資のところへ、処置を求める報告が続いた。
少弐家書記「捕虜百余。」
少弐景資「増えたな。」
少弐家書記「別の浜にも。」
少弐景資「食料は。」
少弐家書記「こちらの兵糧から。」
少弐景資「足りるか。」
少弐家書記「長くは。」
少弐景資「船は。」
少弐家書記「博多へ送るには足りません。」
少弐景資「見張り。」
少弐家書記「足りません。」
少弐景資「鎌倉へ問い合わせる時間は。」
少弐家書記「ありません。」
景資は報告を見た。
これまで幕府の命令は遅いことがあった。
そのたび現場が先に動いた。
今回は、先に動いた結果が人命だった。
少弐景資「使える情報を持つ者は分けろ。」
少弐家書記「それ以外は。」
少弐景資「各勢の管理下に置け。」
少弐家書記「処分は。」
少弐景資「勝手に増やすな。」
少弐家書記「何を。」
少弐景資「死者を。」
書記は顔を上げた。
景資はそれ以上説明しなかった。
命令は出せる。
守られるかは別だった。
それでも出す必要があった。
八
別の場所では、命令が届く前に処置が進んだ。
捕虜を多く抱えることを嫌う隊もあった。
逃亡を恐れる。
兵糧を惜しむ。
見張りを割きたくない。
そして、討ち取った敵なら軍功として扱いやすい。
生け捕りは、その後の責任まで付いてくる。
筑前武士「生け捕り五。」
筑前郎党「どうします。」
筑前武士「一人は将らしい。」
筑前郎党「残りは。」
筑前武士は答えなかった。
帳面を持つ者が横にいた。
筑前郎党「証人はおります。」
筑前武士「そういう問題ではない。」
七年前なら、証人がいることは安心材料だった。
今は違った。
記録できることと、してよいことは同じではない。
しかし戦場は、その区別を丁寧に考える場所ではなかった。
結果だけが積み上がった。
殺された者。
捕らえられた者。
逃げた者。
海へ出た者。
島の奥へ隠れた者。
数字にならなかった者もいた。
後世には、大きな数字だけが残った。
個々の判断は、ほとんど残らなかった。
九
元軍側では、残兵をまとめようとする者もいた。
ボロクは、生き残った兵を集めていた。
地図はある。
しかし船がない。
命令を出す上級指揮官の多くは、すでに別の場所にいるか、退いている。
ボロク「残存兵力は。」
元軍書記「正確には。」
ボロク「分かる範囲でよい。」
元軍書記「数千。」
ボロク「食料。」
元軍書記「数日。」
ボロク「船。」
元軍書記「小船が少数。」
ボロク「全員は乗れない。」
元軍書記「はい。」
ボロク「倭軍は。」
元軍書記「増えています。」
崔允「島の各所に上陸しています。」
ボロク「目的は。」
崔允「今度は分かります。」
ボロクは崔允を見た。
崔允「我々を残さないことです。」
長く分析してきた。
夜襲の規則。
指揮系統。
小舟の目的。
民間人の行動。
最後だけは簡単だった。
敵が逃げられない島へ追い詰められた。
日本側は掃討する。
ボロク「交渉は。」
崔允「誰と。」
ボロクは答えなかった。
そこが最後まで分からなかった。
日本側には、全軍を代表して交渉する一人の将が見えない。
少弐家。
各地の御家人。
海上勢力。
それぞれが島へ来ている。
降伏するなら、誰に降伏するのか。
日本側が一つの軍隊に見えるのは、攻撃される側からだけだった。
十
崔允は海を見た。
壊れた船がある。
遠くに、まだ動く船もある。
戻れる者は戻る。
戻れない者は残る。
高麗では、この遠征に反対する声が以前からあった。
日本は遠い。
海がある。
船が要る。
征服しても統治が難しい。
その懸念は、今は説明する必要がなかった。
海岸そのものが説明していた。
崔允「李蔵用は正しかった。」
ボロク「誰だ。」
崔允「昔、日本遠征を諫めた者です。」
ボロク「今それを言うか。」
崔允「今だからです。」
ボロク「戻ってから言え。」
崔允「戻れれば。」
二人は黙った。
ボロクは、これまで日本軍を理解しようとしてきた。
崔允は、途中から理解することを諦めた。
最後に残った問題は、日本ではなかった。
船だった。
ボロク「使える小船に誰を乗せる。」
崔允「負傷者を。」
元軍将校「将を先に。」
江南軍兵「我々は。」
誰も同じ答えを持っていなかった。
元軍もまた、一つの目的を失い始めていた。
十一
日本側の掃討は続いた。
島を区切る。
浜を押さえる。
山へ入る。
水場を押さえる。
残兵を探す。
集団を見つければ包囲する。
戦う者には戦う。
降伏すれば捕らえる。
その後の扱いは、場所によって違った。
軍功を記録する仕組みも同じだった。
違ったのは、記録される戦場の側だった。
十二
その日の夕方、軍功を記録する場所には列ができた。
武士が来る。
郎党が来る。
証人が来る。
捕虜を連れて来る者もいる。
旗を持って来る者。
敵の武器を持って来る者。
文書を持って来る者。
少弐家書記「次。」
肥後勢兵士「敵兵三名を捕らえました。」
少弐家書記「証人。」
肥後勢兵士「二名。」
少弐家書記「次。」
伊予勢兵士「敵船一艘を押さえました。」
少弐家書記「使用可能か。」
伊予勢兵士「半分。」
少弐家書記「半分とは。」
伊予勢兵士「浮きますが、進みません。」
少弐家書記「次。」
筑前武士「敵兵を討ちました。」
少弐家書記「数。」
筑前武士は答えた。
書記は記した。
少弐家書記「証人。」
筑前武士「おります。」
少弐家書記「次。」
作業は続いた。
人間が、欄に入っていった。
名前が分からなければ人数。
人数が分からなければ概数。
敵将なら特記。
捕虜なら別欄。
死者なら別欄。
戦争は最後まで帳面になった。
十三
捕虜の中には、旧南宋出身と分かる者がいた。
陳子明も日本側に捕らえられた。
通事が話を聞いた。
通事「名は。」
陳子明「陳子明。」
通事「蒙古人か。」
陳子明「違う。」
通事「高麗人。」
陳子明「違う。」
通事「では。」
陳子明「宋人だった。」
通事「だった。」
陳子明「国がなくなった。」
少弐家書記が顔を上げた。
少弐家書記「何をしていた。」
陳子明「船です。」
少弐家書記「兵士か。」
陳子明「船を動かしていた。」
少弐家書記「元のために。」
陳子明「元に命じられて。」
少弐家書記「日本へ来た。」
陳子明「船がそうしました。」
少弐家書記「あなたは。」
陳子明「船にいました。」
答えは逃げているようで、正確だった。
少弐家書記「船を造れるか。」
陳子明「直せます。」
少弐家書記「使えるな。」
通事「助命しますか。」
少弐家書記「私が決めることではない。」
実務技能は、人命の価値を変えることがあった。
陳子明はそれを理解した。
陳子明「こちらも同じです。」
少弐家書記「何が。」
陳子明「役に立つ者を残す。」
書記は返事をしなかった。
十四
夕方、ボロクと崔允の一隊も囲まれた。
兵は減っていた。
矢も少ない。
水も少ない。
日本側の武士が周囲にいる。
ボロク「突破できるか。」
崔允「どこへ。」
ボロク「海岸へ。」
崔允「船がありません。」
ボロク「奪う。」
崔允「日本船は小さい。」
ボロク「乗れる人数だけ乗る。」
崔允「残りは。」
ボロクは答えなかった。
これまで、大元の巨大な遠征軍を一つの体系として分析してきた。
最後には、小舟一艘へ何人乗れるかの話になった。
崔允「降伏しますか。」
ボロク「誰に。」
崔允は周囲を見た。
旗が違う。
鎧も違う。
家紋も違う。
少弐勢らしい旗。
別の武士団。
さらに別の一隊。
それでも全員こちらへ弓を向けている。
崔允「一番近い者に。」
ボロクは少し笑った。
ボロク「それが日本の統一指揮か。」
崔允「やめた方がよい。」
ボロク「何を。」
崔允「最後まで分析するのを。」
ボロクは武器を置いた。
崔允も置いた。
誰に降伏したのか、二人にもよく分からなかった。
日本側から見れば、捕虜二名が増えた。
十五
戦闘は終わりへ向かった。
元軍船団の多くは失われた。
帰還した将兵もいる。
島に残って殺された者もいる。
捕虜になった者もいる。
その数は史料によって大きく異なる。
十万という数字も、数千の捕虜という話も残る。
史料から正確な数を一つに定めることはできない。
ただし、暴風の翌朝に戦争が終わったわけではない。
日本側は島へ渡り、追撃し、捕らえ、戦闘を続けた。
少弐景資「島の残敵は。」
少弐家書記「大勢は処理しました。」
少弐景資「大勢。」
少弐家書記「残っている者はいると思います。」
少弐景資「捜索を続けろ。」
少弐家書記「はい。」
少弐景資「捕虜は。」
少弐家書記「数えています。」
少弐景資「死者は。」
少弐家書記「数えられません。」
少弐景資「軍功申請は。」
少弐家書記「数えきれません。」
景資は初めて、少し顔をしかめた。
敵の数より、こちらの申請の方が問題になり始めていた。
十六
数日後。
鷹島の浜には、壊れた船が残っていた。
島には墓が増えた。
捕虜はまとめられた。
使える者。
尋問する者。
送る者。
処置を待つ者。
日本側の武士は、自分の働きを記録した。
竹崎季長も記録を残す。
河野通有も働きを語られる。
少弐家も報告を書く。
寺社は祈祷の功を主張する。
漁師は拾った物を持ち帰る。
商人はそれを買おうとする。
戦争が終わると、勝利の所有権争いが始まった。
誰が勝ったのか。
神仏。
幕府。
少弐。
御家人。
非御家人。
海の武士。
石築地を作った者。
夜襲した者。
船を出した者。
風。
全員に理由があった。
元軍側から見れば、もっと簡単だった。
日本に負けた。
内部の内訳は必要なかった。
ボロクは捕虜の列にいた。
近くに崔允がいた。
遠くで、日本側の書記が何かを数えている。
ボロク「何を数えている。」
崔允「軍功では。」
ボロク「まだか。」
崔允「戦が終わったからでしょう。」
ボロクは少し考えた。
元軍では、戦が終われば損害を数える。
日本側では、戦が終われば働きを数える。
どちらも帳面だった。
目的だけが違った。
十七
竹崎季長は、証人を確認した。
竹崎季長「見たか。」
肥後勢郎党「見ました。」
竹崎季長「確かに。」
肥後勢郎党「はい。」
季長はうなずいた。
七年前と同じだった。
先駆けをした時も。
矢を受けた時も。
海へ出た時も。
鷹島で敵を追った時も。
働いたなら、見てもらう。
見た者がいなければ、働きは後で消える。
制度として正しい。
だから誰も止められなかった。
書記は記した。
敵兵。
捕虜。
軍功。
負傷。
証人。
数。
鷹島では、多くの人間が死んだ。
その中には、戦って死んだ者もいた。
暴風から生き残った後に死んだ者もいた。
降伏した後に殺された者もいたと伝わる。
助命され、日本に残った者もいた。
誰がどの運命をたどったか、そのすべては分からない。
ただ、日本側の勝利が暴風だけで完成したのではないことは分かる。
暴風が船を壊した。
日本軍が残った敵を処理した。
そして、処理したことを一件ずつ軍功に変えた。
七年前、
竹崎季長「見たか。」
という言葉は、武士が自分の働きを守るための言葉だった。
鷹島でも同じだった。
意味だけが、少し重くなっていた。
================================
第二十一章 異国警固異状なし
一
弘安四年八月。
元軍は退いた。
正確には、帰れる者が帰った。
沈んだ者は帰らなかった。
鷹島に残った者の多くも帰らなかった。
捕らえられた者は日本側に残った。
戦争は終わった。
少なくとも、その年の大規模な戦闘は終わった。
少弐家書記「異国船、確認されません。」
少弐景資「対馬は。」
少弐家書記「異状なし。」
少弐景資「壱岐。」
少弐家書記「異状なし。」
少弐景資「博多湾。」
少弐家書記「異状なし。」
景資はうなずいた。
七年前にも、同じ言葉を聞いた。
あの時は、敵が帰ったから戦が終わった。
今回は、敵を待ち、壁を作り、人を集め、船を出し、暴風が来て、鷹島まで追った。
それでも最後の報告は同じだった。
異国警固、異状なし。
戦争には勝った。
報告書だけを見ると、何も起きていない日のようだった。
この年、少弐資能は八十余歳で没した。
蒙古合戦で負った傷がもとになったと伝わる。
元使との折衝から九州防衛まで長く関わった老人は、三度目の警固を見ることはなかった。
少弐家では、戦後処理と同時に世代も一つ進んだ。
二
勝った後には、勝った者を決める必要があった。
最初に来たのは軍功申請だった。
討取り。
生け捕り。
敵船。
負傷。
証人。
七年前に見たものが、さらに大量になって戻ってきた。
少弐家書記「次。」
肥後勢武士「鷹島で敵兵七。」
少弐家書記「証人。」
肥後勢武士「三名。」
少弐家書記「次。」
伊予勢兵士「敵船一艘。」
少弐家書記「使用可能か。」
伊予勢兵士「修理すれば。」
少弐家書記「所有は。」
伊予勢兵士「敵の。」
少弐家書記「今は。」
伊予勢兵士「私が押さえています。」
少弐家書記「それを決めるのはこちらです。」
伊予勢兵士「では、誰のです。」
少弐家書記「今それを決めています。」
次。
次。
次。
列は続いた。
戦闘が終わっても、軍功は終わらない。
むしろ戦闘が終わってからが本番だった。
三
竹崎季長も、自分の働きをまとめた。
竹崎季長「見たか。」
肥後勢郎党「見ました。」
竹崎季長「鷹島も。」
肥後勢郎党「見ました。」
竹崎季長「よし。」
七年前と同じだった。
季長はもう、働きと証明が別の仕事であることを知っていた。
戦場が終わると、帳面の戦いが残った。
少弐家書記「季長殿の申請は多いですね。」
竹崎季長「多く働いた。」
少弐家書記「船の所有関係もあります。」
竹崎季長「それは船主へ聞け。」
少弐家書記「夜襲の件も。」
竹崎季長「昼に出た。」
少弐家書記「攻撃時刻は。」
竹崎季長「夜だ。」
少弐家書記「夜襲では。」
竹崎季長「前にも聞かれた。」
書記も前に聞いた気がした。
戦争は一度終わった。
言い争いは再演された。
四
軍功申請だけではない。
損害申請も来た。
馬が死んだ。
船が壊れた。
郎党が死んだ。
田畑を放置し、番役で収穫が減った。
石築地役で人夫を出し、警固で米を使った。
帳面の片側には功績が並んだ。
もう片側には損失が並んだ。
少弐経資「多いな。」
少弐景資「勝ちましたので。」
少弐経資「負けた時より。」
少弐景資「勝ったので申請できます。」
少弐経資「なるほど。」
少弐景資「納得しないでください。」
勝利は、請求する権利を増やした。
負ければ何も戻らない。
勝てば戻るかもしれない。
だから全員が記録を持ってくる。
幕府にとって、勝利とは支払う相手が増えることでもあった。
五
問題は、何を与えるかだった。
国内の合戦なら、敵方の土地を没収して功績ある者へ与える方法がある。
今回は違う。
敵は海外から来た。
撃退した。
日本国内に、新しく没収できる敵地が大量に増えたわけではない。
鎌倉奉行人「軍功は認める。」
葛木頼成「恩賞は。」
鎌倉奉行人「検討する。」
葛木頼成「土地は。」
鎌倉奉行人「どこの。」
葛木頼成「それを聞いています。」
鎌倉奉行人は黙った。
敵を追い返した。
だから敵の土地を取れない。
勝ったために、配る土地がない。
戦争としては成功だった。
恩賞制度としては扱いにくかった。
葛木頼成「では金銭。」
鎌倉奉行人「財源が。」
葛木頼成「所領。」
鎌倉奉行人「限りがある。」
葛木頼成「感状。」
鎌倉奉行人「出せる。」
葛木頼成「食えません。」
鎌倉奉行人「名誉だ。」
葛木頼成「馬も食いません。」
官僚として、言ってはいけないことまで言っていた。
六
御家人だけでも多い。
今回は非御家人だけでなく、船主、水主、人夫、寺社なども防衛を支えた。
誰もが同じ形の恩賞を求めるわけではない。
城戸新三郎「私は御家人ではありません。」
葛木頼成「知っています。」
城戸新三郎「しかし出ました。」
葛木頼成「知っています。」
城戸新三郎「戦いました。」
葛木頼成「記録があります。」
城戸新三郎「では恩賞は。」
葛木頼成「検討します。」
城戸新三郎「御家人でないから出さないとは。」
葛木頼成「申しません。」
城戸新三郎「では御家人になる。」
葛木頼成「それも別の話です。」
城戸新三郎「前から別の話が多い。」
葛木頼成「制度ですので。」
幕府は、御家人でない者にも防衛を命じるところまで権限を広げた。
恩賞制度の方は、それに完全には追いついていなかった。
動員は先に広がる。
報酬は後から考える。
組織としては珍しくない。
動員される側には不評だった。
七
寺社も動いた。
祈祷をした。
異国降伏を祈った。
実際に暴風が起きた。
元軍は敗れた。
ならば、祈祷の功もある。
慶円の寺にも、祈祷成就を示す話が増えた。
寺僧「当寺の祈祷も効いたのでしょうか。」
慶円「それを決めるのは後だ。」
寺僧「他寺は、すでに功を申し立てています。」
慶円「早いな。」
寺僧「遅れると不利では。」
慶円は少し考えた。
武士と同じだった。
働いたなら、見てもらう。
祈ったなら、記録する。
慶円「祈祷の日付をまとめろ。」
寺僧「回数も。」
慶円「書け。」
寺僧「暴風の前夜は。」
慶円「祈っていた。」
寺僧「証人は。」
慶円「寺中にいる。」
寺僧は帳面を開いた。
祈祷にも証人がついた。
宗教と軍功制度は、少し似てきた。
勝因の説明も一つではなかった。
寺社は祈祷の霊験を語る。
武士は石築地と戦闘を語る。
船を出した者は海上攻撃を語る。
漁師は、あの風ではどの船でも苦しかったと言う。
少弐家書記「報告には何と。」
少弐景資「起きたことを書け。」
少弐家書記「神風は。」
少弐景資「風は吹いた。」
少弐家書記「祈祷は。」
少弐景資「していた。」
少弐家書記「我々も戦いました。」
少弐景資「それも書け。」
一つに決める必要はなかった。
勝利には、別々の立場から見た複数の理由があった。
八
綱屋宗吉のところでは、別の精算が始まった。
米も縄も、兵船用品も売れた。
一方で、貸したまま戻らない物もある。
軍へ納めて支払いが遅れているものもある。
元船の漂着物を買った後で、役人に止められたものもある。
店の手代「この板材は。」
綱屋宗吉「保留。」
店の手代「壺は。」
綱屋宗吉「売った。」
店の手代「蒙古退散記念で。」
綱屋宗吉「そうだ。」
店の手代「桶は。」
綱屋宗吉「残っている。」
店の手代「蒙古備え桶。」
綱屋宗吉「普通の桶だ。」
店の手代「今さら。」
戦争が終わると、戦時商品は普通の商品へ戻る。
蒙古備え桶も、ただの桶へ戻った。
店の手代「次の蒙古は。」
綱屋宗吉「来ない方がよい。」
店の手代「商売は。」
綱屋宗吉「来ると言われる程度なら。」
手代は笑った。
宗吉は笑わなかった。
一度、本当に来るところまで見た。
蒙古景気の理想条件を、以前より正確に理解していた。
九
幕府は戦後も警固を解かなかった。
元が再び日本遠征を計画する可能性は残っている。
一度来た。
二度来た。
なら三度目もある。
それだけで十分だった。
少弐景資「番役は続ける。」
少弐家書記「戦は終わりました。」
少弐景資「前にも終わった。」
少弐家書記「また来ました。」
少弐景資「そういうことだ。」
少弐家書記「いつまで。」
少弐景資「分からん。」
七年前と同じ質問だった。
答えも同じだった。
警固は、敵がいない時に行う。
敵が来たら戦う。
戦が終われば、また警固する。
制度として完成していた。
終わりだけがなかった。
十
兵力についても整理が始まった。
敵は何人だったか。
こちらは何人だったか。
報告によって違う。
武士、郎党、非御家人、水主、人夫、警固要員。
どこまで足すかで数字は大きく変わった。
累計動員と同時に戦った人数も同じではない。
少弐家書記「味方兵力をまとめます。」
少弐景資「何人だ。」
少弐家書記「定義を。」
少弐景資「またか。」
少弐家書記「御家人のみ。」
少弐景資「少ない。」
少弐家書記「郎党込み。」
少弐景資「増える。」
少弐家書記「非御家人。」
少弐景資「さらに。」
少弐家書記「水主、人夫。」
少弐景資「戦った者だけにしろ。」
少弐家書記「石を積んだ者は。」
少弐景資「戦ってはいない。」
少弐家書記「その壁が戦いました。」
景資は少し考えた。
石築地を作った者を兵と呼ぶか。
兵ではない。
だが、その工事がなければ戦い方は変わっていた。
少弐景資「別に書け。」
少弐家書記「分類を増やします。」
少弐景資「正確になるなら。」
少弐家書記「数字は分かりにくくなります。」
少弐景資「それでよい。」
景資は、ようやく大きな一つの数字を欲しがらなくなっていた。
十一
鎌倉へ送る報告書が作られた。
異賊来襲。
対馬・壱岐交戦。
博多湾防衛。
石築地有効。
海上戦。
敵船損害。
暴風。
鷹島掃討。
捕虜。
軍功。
損害。
各項目が並ぶ。
少弐経資は読み終えた。
少弐経資「長い。」
少弐景資「長い戦でした。」
少弐経資「もっと短くできる。」
少弐景資「どこを。」
少弐経資「諸勢、力を合わせて異賊を退けた。」
少弐景資「合っていません。」
少弐経資「大筋は合っている。」
少弐景資「力を合わせていません。」
少弐経資「同じ敵と戦った。」
少弐景資「命令を聞かない者も。」
少弐経資「敵と戦った。」
少弐景資「勝手に夜襲した者も。」
少弐経資「敵と戦った。」
少弐景資「築地の前へ出た者も。」
少弐経資「敵と戦った。」
少弐景資は黙った。
少弐経資「ほら、大筋は合っている。」
報告書には、少し整えた文章が入った。
現場の矛盾は減った。
勝利は読みやすくなった。
十二
外から見れば、もっと簡単だった。
元は日本へ遠征した。
日本側が抵抗した。
元軍は敗退した。
誰が御家人か。
誰が非御家人か。
誰の船か。
誰が夜襲を命じたか。
誰が祈ったか。
誰が石を積んだか。
元軍には関係がない。
全員が「倭」だった。
ボロクは捕虜のまま、日本側の警固を見る機会があった。
崔允もいた。
ボロク「まだ海を見ている。」
崔允「また来ると思っているのでしょう。」
ボロク「我々は負けた。」
崔允「一度目も負けました。」
ボロク「それで二度目が来た。」
崔允「はい。」
ボロクはしばらく黙った。
ボロク「なら合理的だ。」
崔允「何が。」
ボロク「警固を続けることだ。」
崔允「日本を理解しましたか。」
ボロク「少し。」
崔允「どの部分を。」
ボロク「分からなくても対処できる。」
崔允は笑った。
七年前から続いた分析の結論としては、かなり実用的だった。
十三
秋。
海は静かだった。
見張りと石築地は残った。
軍功、恩賞、捕虜の処理も続いた。
城戸新三郎は自分の土地へ戻った。
次の番役が来れば、また出る。
城戸新三郎「まだ御家人ではありませんな。」
葛木頼成「はい。」
城戸新三郎「しかし次も出る。」
葛木頼成「お願いします。」
城戸新三郎「お願いなのですか。」
葛木頼成「命令です。」
城戸新三郎「そこは戻りましたな。」
制度は平時へ戻った。
権限は戻らなかった。
蒙古襲来に対応するため広がった幕府の命令は、そのまま残った。
戦争は、敵が帰った後も国内制度の中に残った。
十四
その日の警固記録が作られた。
対馬。
異状なし。
壱岐。
異状なし。
博多湾。
異状なし。
志賀島。
異状なし。
鷹島方面。
異状なし。
少弐家書記「全部なしです。」
少弐景資「よし。」
少弐家書記「戦が終わりましたね。」
少弐景資「その言い方はやめろ。」
少弐家書記「なぜ。」
少弐景資「また来るかもしれん。」
少弐家書記「では何と。」
景資は少し考えた。
少弐景資「今日は来なかった。」
書記はうなずいた。
その方が正確だった。
七年間、異国警固を続けた。
敵は来た。
撃退した。
再び海は静かになった。
幕府は勝った。
武士たちも勝った。
寺社も自分たちの功を主張した。
石築地も役に立った。
漁師も船を出した。
商人も物を供給した。
誰か一人が日本を守ったわけではない。
全員が同じ理由で戦ったわけでもない。
自分の土地。
家。
軍功。
名誉。
商売。
寺領。
港。
船。
それぞれを守ろうとした。
それらを外からまとめて見れば、一つの国が抵抗していた。
日本側の報告書にも、最終的にはそう書かれることになる。
諸勢、力を合わせ、異賊を退く。
細部には少し問題があった。
大筋は合っていた。
その日の最後の一行には、いつもの文字が入った。
異国警固、異状なし。
七年前は、何も起きていないという意味だった。
今は違った。
何も起きていない状態を維持している、という意味になっていた。
================================
終章 岩門合戦
一
弘安八年。
蒙古は来ていなかった。
異国警固は続いていた。
海を見る者もいた。
石築地も残っていた。
幕府は、三度目の襲来を警戒していた。
少弐景資も同じだった。
その年の十一月、鎌倉から別の知らせが来た。
少弐家書記「鎌倉で合戦です。」
少弐景資「蒙古か。」
少弐家書記「違います。」
少弐景資「誰と誰だ。」
少弐家書記「安達泰盛殿と、平頼綱方です。」
景資は黙った。
蒙古なら、やることは分かっていた。
海を見る。
兵を集める。
壁を守る。
上陸させない。
今回は海と関係がなかった。
敵は鎌倉にいた。
しかも、どちらも幕府の中にいた。
二
安達泰盛は敗れた。
霜月のことである。
鎌倉で始まった争いは、鎌倉だけでは終わらなかった。
泰盛に近い御家人たちは各地で追討された。
九州にも命令が来た。
安達泰盛の子、安達盛宗は西国にいた。
少弐景資も安達方と見られた。
兄の少弐経資は、反対側についた。
少弐家書記「追討の命令です。」
少弐景資「誰を。」
少弐家書記「安達方を。」
少弐景資「私は。」
書記は答えなかった。
答える必要がなかった。
少弐景資「兄上は。」
少弐家書記「追討する側です。」
少弐景資「そうか。」
七年前なら、景資は敵の数を聞いた。
四年前なら、船の数を聞いた。
今度は聞かなかった。
敵軍の編成を確認しても、意味はあまりなかった。
敵は少弐家だった。
こちらも少弐家だった。
三
安達盛宗は博多で敗れた。
景資は筑前国岩門へ入った。
山城である。
海は見えない。
蒙古船も見えない。
石築地もない。
異国警固のために整えた防御線から離れた場所だった。
少弐家書記「兵は集まります。」
少弐景資「何人。」
少弐家書記「まだ確定していません。」
少弐景資「御家人だけか。」
少弐家書記「今回は、その区別に意味がありますか。」
景資は少し考えた。
少弐景資「ないな。」
かつて幕府は、蒙古に備えるため御家人でない者まで動員した。
敵が外にいる時、身分の境界は広がった。
今度は敵が内にいる。
誰がどちらにつくかで、境界が引き直された。
昨日まで同じ警固に出ていた者でも、今日は敵になる。
同じ家の者でも、敵になる。
蒙古は、日本の制度を理解できなかった。
日本人にも難しかった。
四
少弐経資方の軍勢が岩門へ向かった。
法螺貝が鳴った。
弓が用意された。
騎馬武者もいた。
旗も立った。
遠賀河原とよく似ていた。
あの時も、味方同士だった。
馬草を巡って争った。
法螺貝が鳴った。
鏑矢が飛んだ。
騎馬が走った。
勝鬨まで上がった。
死者も出た。
それでも行政上は、
狼藉、
とされた。
今回は違った。
少弐家書記「岩門合戦、と記しますか。」
少弐景資「合戦だろう。」
少弐家書記「はい。」
少弐景資「相手は。」
少弐家書記「少弐経資殿の勢です。」
少弐景資「分かっている。」
遠賀河原には、合戦に必要なものがほとんど揃っていた。
合戦だけがなかった。
岩門には、それもあった。
蒙古だけがいなかった。
五
経資方から使者が来た。
降るように、という話だった。
少弐経資本人が来たわけではない。
兄弟の話は、使者と文書で行われた。
元の皇帝と日本国王の間でも、似たことをしていた。
違うのは、双方の所在が分かっていることだった。
少弐家使者「降伏すれば、命については取り成すとのことです。」
少弐景資「誰に降る。」
少弐家使者「幕府方へ。」
少弐景資「こちらも幕府の御家人だ。」
少弐家使者「今は安達方です。」
少弐景資「昨日までは。」
少弐家使者「昨日までは同じ側でした。」
少弐景資「便利だな。」
少弐家使者「何が。」
少弐景資「一日で敵が分かる。」
蒙古の時は、もっと時間がかかった。
国書を読んだ。
返事を考えた。
使者を斬った。
軍が来た。
それでも、誰がどこまで日本側なのかは曖昧だった。
今回は命令一枚で決まった。
六
合戦は始まった。
その経過を細部まで追える記録は多くない。
岩門城は攻められた。
景資方は敗れた。
景資は死んだ。
蒙古軍を博多湾で迎えた男だった。
文永の役では、統制の取れない武士たちに命令を聞かせようとした。
弘安の役では、聞かないことを前提に戦場を作った。
石築地を使った。
持ち場を決めた。
勝手に出る者には帰る場所を残した。
夜襲を禁じながら、救援船を用意した。
そうして異国の軍勢を退けた。
四年後、その経験は岩門でも役に立ったはずだった。
ただし今回は、相手も同じ経験を持っていた。
少弐経資も蒙古と戦っている。
経資方の武士も異国警固を経験している。
日本側が七年間かけて強くなった。
その日本側同士で戦った。
軍事的には、条件が公平になった。
七
岩門合戦の後、景資方は敗者になった。
敗者の所領は処分の対象になる。
ここで、元寇とは違う点が一つあった。
配る土地があった。
蒙古を追い返した時、幕府は恩賞に苦しんだ。
敵地を征服していないからである。
国内の敵を倒した場合、その問題は小さくなる。
岩門合戦の後、景資や安達盛宗側の所領は没収され、恩賞の原資にもなった。
敗者の土地を配ることができた。
葛木頼成が以前、
「土地は。どこの。」
と尋ねたことがあった。
今なら答えられた。
国内にある。
勝ったために配る土地がない戦争より、
日本人同士で戦う方が、恩賞制度には扱いやすかった。
制度としては筋が通っていた。
その筋の通り方には、少し問題があった。
八
竹崎季長にとっても、霜月騒動は他人事ではなかった。
文永の役の後、季長は自分の軍功を認めてもらうため鎌倉へ赴いた。
その訴えを受け、恩賞へつながる道を開いた人物の一人が安達泰盛だった。
季長は働きを残した。
証人を取った。
絵にも残した。
その絵には、少弐景資も描かれることになる。
軍功を記録したため、彼らの姿は後世へ残った。
安達泰盛は死んだ。
少弐景資も死んだ。
竹崎季長は生きた。
誰が正しかったかを絵巻が決めるわけではない。
絵巻ができるのは、
誰がそこにいたか、
何をしたと本人が伝えたかったか、
を残すことだった。
戦場では証人が必要だった。
歴史にも、少し似たところがあった。
九
しかも同じ弘安八年、海の向こうでは別の準備が進んでいた。
十月、元は征東行省を置き、阿塔海らを任じて、もう一度日本を攻める準備を進めた。
第三次日本遠征である。
日本では、蒙古が三度目に来るかもしれないので異国警固を続けていた。
その最中に、霜月騒動が起きた。
景資は蒙古と戦わずに死んだ。
翌年、元は日本遠征を中止した。
『元史』には、連年の日本遠征で百姓は憂え、官府は騒がしく、停止を知った江浙の軍民が雷のような歓声を上げた、と記される。
日本へ行きたくない者は、海の向こうにも大勢いた。
第三次蒙古襲来は起きなかった。
異国警固は続いた。
国内の合戦も起きた。
弘安四年、西国の武士たちは異国の軍勢を退けた。
外から見れば、彼らは一つの日本軍だった。
弘安八年、彼らは再び戦った。
今度は相手も日本軍だった。
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