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実需 第一部 誤診
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第一部 誤診
27,000
序章 置き場所
2031年3月/東京都北区十条
朝倉かえで(フーズネクスト内定者・22歳)
118
不動産屋の男は、玄関で靴を脱がなかった。
「どうぞ、上がってください。私はここで」
朝倉かえで(あさくら かえで)は靴を脱いで、フローリングに足を置いた。3月の午後で、床は冷たかった。北向きの窓から入る光が、部屋の奥まで届かずに途中で止まっている。
7.2畳。事前に図面で見ていた数字が、そのまま目の前にあった。壁際にベッドを置いて、窓側に机を置く。それで終わりだ。
「収納、開けてみます?」
引き戸を開けると、奥行き70センチほどの空間があった。ハンガーパイプが一本。上に棚板が1枚。
キッチンを見た。玄関からまっすぐ入ったところに、幅60センチのシンクとIHが一口。その左に、まな板を置けるかどうかという幅のステンレスの平面がある。冷蔵庫の置き場所は、シンクの向かいの壁際に四角く床が凹んでいて、そこだと分かった。
「調理台、狭いですけど」不動産屋が言った。「最近はこれで足りますって方が多いです」
かえでは頷いた。足りないとは思わなかった。
大学の4年間住んだ部屋は、キッチンがもう少し広かった。広かったが、コンロを使ったのは数えるほどだった。麦茶を沸かしたのと、鍋の素を買ってきて一度やったのと、それくらいだ。
「いつからお仕事ですか」
「4月1日です」
「新卒の方、多いですよここ。駅から近いので」
窓を開けた。線路の音が入ってきて、すぐに遠ざかった。
家電量販店は、駅の反対側にあった。
一人暮らしセットという看板が出ていて、その下に冷蔵庫と洗濯機と電子レンジが並んでいた。かえでは店員を呼ばずに、値札だけを順番に見ていった。
冷蔵庫は138リットルのものにした。二人用と書いてあるサイズだが、冷凍室が広いほうがいいと思った。43,800円。
洗濯機は縦型の5キロ。34,800円。
電子レンジは、迷った。オーブン機能のあるものと、ないもので価格が2倍違う。オーブンを使う予定はなかったが、あとから欲しくなったときに買い直すのは面倒だと思った。結局、温めと解凍だけのものにした。16,800円。
三つで95,400円。予算内だった。
レジへ向かう途中で、調理家電の島を通った。
ホットプレート、電気ケトル、トースター、コーヒーメーカー。棚を一つ曲がったところに、炊飯器が並んでいた。
上の段に、五台。すべて同じメーカーの上位機種で、いちばん左が126,000円、いちばん右が89,800円だった。土鍋の内釜とか、圧力とか、そういう言葉が値札に書いてある。
下の段に、三台。1合炊きと3合炊きで、2,980円、3,480円、4,980円。プラスチックの本体に、赤と白と黒。
その間の棚は、空いていた。棚板だけがあって、値札の差し込み口に何も入っていない。
かえでは通り過ぎた。
店員は声をかけなかった。
土曜日に荷物が届いた。
段ボールは四つで、三つは自分で詰めたものだった。服と、本と、大学のときから使っている電気スタンド。
四つめは母が詰めたもので、ガムテープの貼り方が違うのですぐ分かった。
開けると、上に手紙が1枚あった。「とりあえず送る」とだけ書いてある。
その下に、パックご飯が入っていた。
200グラムの容器が、6個入りのパックで四つ。24個。それと、レトルトのカレーが5袋と、インスタントの味噌汁が一箱。
かえでは容器を一つ手に取った。実家の食料棚にあったのと同じ銘柄だった。台所の右の吊戸棚に、いつも積んである。母が仕事帰りに買ってきて、そこに入れる。父が夜に帰ってきて、そこから取る。かえでも取る。減ると、また誰かが買ってくる。
小学4年生のときに、炊飯器が壊れた。
正確には、壊れたと母が言った。内釜のコーティングが剥がれて、ご飯がくっつくようになって、そのうち保温がきかなくなった。母はそれをベランダに出して、しばらくしてから捨てた。
新しいのを買う、という話は出た。出たが、母は交代勤務で、夜勤明けの日は昼まで寝ていた。父も帰りが遅かった。駅前に総菜屋があって、家の前の道を200メートル行くとコンビニがあった。
誰も何も決めなかった。決めないまま、1年が過ぎた。
かえでは容器を段ボールに戻した。
秋田には、年に一度だけ行った。
母の実家で、盆に1泊した。祖母が一人で住んでいて、家が古くて、廊下が広くて寒かった。
その家には炊飯器があった。羽釜でも竈でもなく、普通の炊飯器だった。台所の隅の、木の台の上に置いてあった。
祖母が蓋を開けると、音がした。ぷしゅ、という短い音のあとに、湯気が上がった。上がるというより、伸びた。細い柱みたいに一度上に伸びて、それから天井のあたりで散った。
かえではその横に立って、それを見ていた。祖母がしゃもじで切るように混ぜると、湯気の柱が崩れて、部屋じゅうに広がった。
味は覚えていない。
中学2年の冬に祖母が死んだ。葬式には行った。その次の盆から、秋田には行かなくなった。
それ以来、家で炊いた米を食べていない。
そういう事実として、かえでは覚えている。懐かしいとは思わなかった。思う理由がなかった。
日曜日に、内定者向けの資料をもう一度読んだ。
配属は商品開発部だと聞かされている。事前に送られてきたPDFのなかに、商品規格書の見本が入っていた。
「塩むすび」という商品の規格書だった。
炊飯米重量 100g 精米使用量 45g 水分 14.5〜15.5% 砕米率 5.0%以下 白度 39.0以上 整粒歩合 70%以上
その下に、具材と海苔と包材の規格が続いていた。産地欄には「国産(複数産地・年間契約)」と書かれていて、括弧のなかに秋田県、宮城県、山形県、新潟県と並んでいた。
かえでは秋田県という文字を見て、一瞬だけ、あの湯気を思い出した。
すぐに数字に戻った。
炊飯米100グラム。精米45グラム。水分14.5から15.5パーセント。砕米(さいまい)率5パーセント以下。
覚えられる分量だった。かえでは三回読んで、目を閉じて、頭のなかで再現できることを確認した。
なぜ100グラムなのかは、書かれていなかった。
その夜、かえでは電子レンジを使った。
段ボールから容器を一つ出して、フィルムの端を少しだけ剥がした。パッケージの裏に、500ワットで2分、と書いてある。電子レンジの表示を確認して、2分にセットした。
回転する音がした。ワンルームは静かで、その音がやけに大きく聞こえた。
電子音が三回鳴った。
かえでは容器を取り出した。熱かったので、指先で端をつまんで、シンクの横のステンレスの上に置いた。
フィルムを剥がした。
湯気が上がった。
細い柱みたいに一度上に伸びて、それから天井のあたりで散った。
第一章 十五度
2031年4月/大阪市此花区・丸中米穀
寺尾慎一(丸中米穀 調達部長・51歳)/西野(同 調達部)/田淵(同 精米工場長)/谷本(山陽フードサービス 購買部長)/郡司(福島の集荷業者・70代)
低温倉庫の扉を開けると、いつも一瞬、耳が詰まったようになる。
寺尾慎一(てらお しんいち)は分厚いカーテンを肩で押しのけて中に入った。壁の温度計は15.0を指している。設定通りだ。29年間、この数字を見てきた。玄米を穏やかに眠らせておくための温度で、ここより上がれば虫が動き、下がれば電気代が跳ねる。
フォークリフトが奥で動いていた。西野(にしの)が乗っている。荷役の音が、天井の高い空間に反響した。
寺尾は入口に立ったまま、パレットの列を見た。
3列。
以前は5列あった。奥の壁まで積み上がっていて、通路を確保するのに苦労した。今は奥の三分の一が空いている。コンクリートの床がむき出しになっていて、そこだけ照明が明るく見える。
今年は仕入を抑えたからだ、と寺尾は自分に言った。
言ってから、それが説明になっていないことに気づいた。抑えたのは自分だ。抑えた理由も自分が知っている。
「部長、伝票これで合うてます?」
西野がフォークリフトを降りてきた。
「ええよ。北陸の分やろ」
「はい。あと、山陽さんから電話きてました」
「あとで折り返す」
寺尾は温度計をもう一度見て、カーテンを押しのけて出た。
事務所は倉庫の隣にある。二階建てのプレハブで、寺尾の机は二階の窓際にあった。
パソコンを開いて、月次の集計表を出した。
令和12年産の販売期に入って五か月。数字は先月まで確定している。
売上は、前年同月比で98.2パーセント。ほぼ横ばいだ。
数量は、86.4パーセント。
寺尾は指でその数字をなぞった。
概算金(がいさんきん)は27,000円だった。60キロ当たり。庄内(しょうない)のはえぬきで、である。かつて7,000円台まで落ちた年があったことを思えば、4倍近い。産地はどこも高い。仕入値が上がっているから、売値も上げた。だから売上は落ちない。
落ちているのは、量だけだ。
前期の取扱は15,000トンだった。今期は、このままいけば14,300トンに届くかどうか。700トン。40キロの紙袋にして17,500袋。トラックにして70台ぶんくらいの米が、どこかへ行った。
どこへ行ったのか、寺尾には見えていない。
輸入だろう、と社内の何人かは言う。実際、増えている。341円の関税を払ってでも入れる業者がいて、去年は前の年の30倍という数字が出た。だが丸中米穀(まるなかべいこく)の帳簿から消えた700トンが、そのまま輸入米に置き換わったという確証はない。
競合に取られたのなら、それはそれで手の打ちようがある。
寺尾は集計表を閉じて、山陽フードサービスの番号を押した。
「あ、寺尾さん。すいません、こっちからかけ直すつもりで」
山陽フードサービスの購買部長は、谷本(たにもと)という男だった。寺尾より三つ下で、10年以上の付き合いになる。関西で弁当と惣菜を作って、スーパーの中と駅前で売っている会社だ。丸中米穀にとっては上から3番目の得意先で、年間で1,200トン近く動く。
「値段の話でっか」寺尾は先回りした。「来期の分やったら、そら産地の概算金がどうなるか次第ですけど、うちとしては——」
「いや、値段やないんです」
谷本の声が、少し止まった。
「数量なんですけど。来期、3割落としてもらえませんか」
寺尾はボールペンを置いた。
「3割」
「はい」
「千二百が、八百四十」
「そうなります」
寺尾は窓の外を見た。倉庫の屋根が見える。その向こうに、精米工場の煙突が立っている。
「谷本さん」寺尾は言った。「原因、聞かせてもらえます? 値段が高すぎるいうことでしたら、うちも産地と話しますし、銘柄の組み替えでも——」
「そういうんと違います」
「ほな、どこか他所さんが」
「他所も入れてません」
寺尾は黙った。
「うちが、米を使う商品を減らすんです」谷本が言った。「弁当のカテゴリごと、来期から縮めます。かわりにパスタとサラダとサンドイッチを増やす。もう役員会は通ってます」
「……売れてへんのですか、弁当が」
「売れてます。売れてるんですけど、伸びてない。パスタとサンドイッチは伸びてます。棚の面積は決まってますからね、伸びてるほうに回すんです」
寺尾は、机の上の集計表をもう一度開いた。86.4という数字が目に入った。
「原価が合わへんのやないですか」寺尾は言った。「米が高いから、弁当の利益が薄なってる。せやから縮める。そういう話とちゃいますか」
「それもあります」谷本は正直に認めた。「でも、それが主やないです。うちの商品開発が言うには、若い層の弁当の購買頻度が落ちてるんです。米が高いからやなくて、そもそも買わへんのです。おにぎりは買います。でも弁当は買わへん」
「……」
「すいません。長い付き合いで、こんな話で」
「いや」
寺尾はボールペンを取り直した。
「わかりました。八百四十で組みます。銘柄と規格は、また詰めさせてください」
電話を切ってから、寺尾はしばらく座っていた。
一社の事情だ、と思った。
山陽フードサービスは大きいが、それでも一社だ。役員会が弁当を縮めると決めた。それはあの会社の判断で、あの会社の棚の話だ。
他所を当たればいい。
そう思ったところで、机の上の電話がまた鳴った。
「郡司(ぐんじ)です。福島の」
集荷業者の郡司は、70を過ぎていた。会津の南のほうで、農家から玄米を集めて丸中米穀に売る。30年やっている。
「毎度です」寺尾は言った。「どないしはりました」
「あんな、寺尾さん。来年の作付けの話やねんけど」郡司は関西弁ではないが、寺尾と話すときだけ語尾がうつる。「減るわ」
「どのくらい」
「うちが集めとる範囲で、15パーセントから2割」
寺尾は目を閉じた。
「値段、高いのに」
「高いから残ってる人もおるんよ。でも辞める人は、値段関係なく辞める。80過ぎたら辞めるんや。息子は帰ってこん。田んぼは誰も借りん。それだけの話でな」
「借り手、おらんのですか。この値段で」
「おらんな。借りるいうことは、機械買うか、人雇うかせんならん。今から買うか? 八十の人が辞める田んぼを、五十の人が借りて、機械買うて、何年で回収するんや」
寺尾は返事をしなかった。
「まあ、そういうことやから。来年、うちの分は減るで。値段は上がるやろけどな」
電話を切った。
寺尾は窓の外を見た。
得意先が3割減らすと言った。産地が2割減らすと言った。
二つの電話が、四十分のあいだに来た。
寺尾はその二つを、別々の紙に書いた。1枚は「需要」の欄に、1枚は「供給」の欄に。どちらも減る。だから値段は動かない。上がりもしないし、下がりもしない。高いところで止まったまま、量だけが細っていく。
それが同じ一つの話だとは、このとき寺尾は思わなかった。
昼を過ぎてから、精米工場に降りた。
倉庫と工場は連結していて、玄米はコンベアで直接送られる。石抜き、精米、色彩選別、計量、包装。ラインの端で、5キロの袋が一定のリズムで落ちてくる。
工場長の田淵(たぶち)が、包装機の前に立っていた。
「部長、2キロのライン、来月もう一本立てますよ」
「そんなに出るか」
「出ます。去年の同じ月と比べて、2キロが15パーセント増えてます。5キロは減ってます」
田淵が手元の集計を見せた。袋の規格ごとに、出荷数が並んでいる。
5キロ、63.1パーセント。 2キロ、24.8パーセント。 1キロ、6.4パーセント。 その他、5.7パーセント。
5年前は、5キロが8割を超えていた。
「小さい袋のほうが、手間かかるやろ」
「かかります。同じ100キロ流すのに、5キロなら20袋、2キロなら50袋。包材も倍要ります。人も要ります」
「単価は」
「キロ単価は上げてます。上げてますけど、手間ぶんは取り切れてません」
寺尾は包装機を見た。5キロの袋が落ちてくる。もう一本のラインでは、2キロの袋が2倍の速さで落ちてくる。同じ米が、二つの速さで流れている。
ラインの脇に立っている作業員は四人だった。四人とも、寺尾より年上だった。
夕方、寺尾は倉庫に戻った。
西野は帰っていた。フォークリフトは充電器につながれて、赤いランプが点いている。
温度計は15.0を指していた。
3列のパレット。その奥の、空いたコンクリート。
寺尾はそこまで歩いていった。
在庫を減らしたのは、自分の判断だった。
令和8年の6月に、相対取引(あいたいとりひき)価格が一か月で1,859円下がった。調査が始まった2006年以来、最大の下げ幅だった。その前の秋、寺尾は37,058円という平均価格を見ながら仕入を積み上げていた。足りないと言われていたからだ。誰もが足りないと言っていた。
翌年の5月末、民間在庫は223万トンになった。過去最大の水準だった。
丸中米穀は2,300トンを抱えていた。60キロ当たり5,753円、キロにして95円90銭。掛け算をすると2億2,000万円になった。純資産が7億から4億8,000万に落ちた。
死ななかった。それだけだ。
そのあとで、寺尾は在庫水準の基準を書き換えた。回転日数を45日から28日に。安全在庫を3割落とす。それを社長に説明して、通した。
正しい判断だった。
だから今、この床が空いている。
次に品薄が来たとき、丸中米穀は出せない。出せないときに、卸は必ずこう言われる。
寺尾は照明を落として、カーテンを押しのけた。
背中で、扉が閉まる音がした。
第二章 百グラム
2031年4月/東京・フーズネクスト本社
朝倉かえで(商品開発部・新入社員・22歳)/鵜飼千夏(同 課長・38歳)/岸本(同 原料担当)
配属の発表は、入社式の翌日だった。
会議室に87人が座っていて、前のスクリーンに部署名と名前が映された。営業推進が22人、店舗運営が31人、管理部門が19人。商品開発部は、五人だった。
朝倉かえでの名前は、商品開発部の3番目にあった。
配属先が読み上げられるあいだ、隣の席の同期が小さく息を吐いた。店舗運営だった。
「商品開発、当たりじゃん」
かえでは曖昧に頷いた。当たりかどうかは分からなかった。志望票には第一希望に商品開発部と書いた。理由の欄には、原価構造に関心があると書いた。それが通ったのか、たまたまなのかは分からない。
フーズネクストは、おにぎりと弁当と惣菜を作って売る会社だった。直営とフランチャイズを合わせて千九百店舗あり、自社の工場が五か所ある。コンビニエンスストア向けの卸もやっていて、そちらの売上のほうが大きい年もある。
商品開発部は本社の四階にあった。
鵜飼千夏(うかい ちなつ)は、席を立って迎えた。
「朝倉さんね。鵜飼です。よろしく」
38歳だと聞いていた。背が高くて、髪を短く切っていて、名刺には商品開発部の課長と書かれていた。
「一つだけ先に言っておくね」鵜飼は座らずに言った。「うちの部署、机で仕事する時間が半分もないから。工場と、店と、産地。見に行ける機会があったら全部行って。行かないで数字だけ見てる人が、いちばん間違える」
「はい」
「そのつもりで靴買っといて。革靴だと工場入れないから」
かえでは頷いた。
「じゃあ最初の仕事」鵜飼は自分の机からファイルを取って渡した。「規格書、全部読んで。米飯カテゴリの全アイテム。3日でいけると思う」
ファイルは四センチの厚さがあった。
「読んだら、質問があれば岸本(きしもと)さんに聞いて。岸本さん、朝倉さん」
隣の島から男が振り返った。30代の半ばくらいで、パソコンの画面に原価計算表を出していた。
「岸本です。よろしく」
3日はかからなかった。
かえでは2日で読み終えて、3日目の午前に、もう一度最初から読んだ。
米飯カテゴリのアイテムは、おにぎりが22種類、弁当が14種類、丼ものが9種類あった。それぞれに規格書があって、原材料と規格値と、原価の内訳が載っている。
いちばん最初のページが、塩むすびだった。
炊飯米重量 100g
かえでは指を止めた。他のおにぎりも見た。鮭が100g、ツナマヨが100g、明太子が100g。おこわの一部だけ95gで、それ以外は全部100gだった。
精米使用量の欄は、どれも45gだった。
かえでは岸本の島へ行った。
「岸本さん。すみません、炊飯米重量なんですけど」
「うん」
「全アイテム100グラムですよね。これは、100グラムに揃えることで工場のロスを減らしているという理解でいいですか。成形機の設定を一本にできるので」
岸本は画面から目を上げた。
「うーん、そういう面もあると思うけど。揃ってるのは結果じゃないかな」
「では、なぜ100グラムなんですか」
岸本は少し考えた。
「前からそうだから、っていうのが正直なところ」
「前から、というのは」
「俺が入ったときにはもう100だった。それより前は知らない」
かえでは頷いて、席に戻ろうとした。
「原価から逆算したんじゃないの」岸本が後ろから言った。「たぶん。売価を決めて、そこから握りの重さを出したんだと思う」
「精米が45グラムなのは」
「炊けば2.2倍になるから。45で炊いて、100になる」
「その計算の記録は残っていますか」
「残ってたら、俺が今ここで思い出してるよ」
岸本は笑った。悪意はない笑い方だった。
かえでは席に戻って、規格書のいちばん最初のページに付箋を貼った。
原価表は、規格書とは別のファイルに入っていた。
塩むすびの1枚を、かえでは机に広げた。
売価(税抜) 110円
原価内訳 精米 23円 塩・海苔 6円 包材 10円 製造労務・工場経費 26円 物流費 9円 店舗人件費・賃借料 30円 その他販管費 7円 合計 111円
いちばん下の欄が、赤い数字になっていた。
△1円
かえでは、しばらくその数字を見ていた。
それから鮭おにぎりの表を出した。
売価(税抜) 160円。原価154円。営業利益6円。
ツナマヨは売価145円、原価139円、利益6円。明太子は売価155円、原価148円、利益7円。
かえでは電卓を出して、それぞれの売価に対する精米の比率を計算した。
塩むすび 20.9パーセント。 鮭 14.4パーセント。 ツナマヨ 15.9パーセント。
精米の金額は、どれも23円だった。同じ45グラムだから当然だ。
違うのは、その23円の周りに、いくらぶんの他のものが乗っているかだった。
そして、もう一つあった。
塩むすびは、いちばん安い。具材がないからだ。具材がないから売価を上げられない。売価が上げられないのに、包材も、成形の手間も、店舗の棚も、鮭おにぎりと同じだけかかる。
かえでは、その3行を書いた。
かえでは岸本のところへ戻った。
「岸本さん。塩むすび、赤字ですよね」
「そう」
「今期の話ですか。それとも前から」
「2年前から。米が上がってから、じわじわ」
「なぜ売っているんですか」
岸本は椅子を回してかえでのほうを向いた。
「客寄せ、っていう言い方もあるけど。うちの場合はもうちょっと単純で、これがないと棚が成立しないんだよ。塩むすびを置いてない店って、おにぎり屋に見えない」
「他の商品の利益で回収している、という理解でいいですか」
「そう。カテゴリ全体で見て、プラスなら置く」
「そのカテゴリ全体のプラスが、いま何パーセントですか」
岸本は、ほんの少しだけ間を置いた。
「3パーセント台」
「昨年は」
「4パーセント台」
かえでは礼を言って席に戻った。
米が23円で、店舗の人件費と賃借料が30円で、工場の経費が26円だった。
米は原価の五分の一だ。いちばん大きい項目ですらない。
そして、下げられるのはそこだけだった。店舗の家賃は下がらない。時給も下がらない。工場の減価償却も下がらない。包材は競争入札をやり尽くしている。
五分の一のところに、全部の圧力がかかる。
かえでは、そこでもう一つ気づいた。
米の比率が高い商品は、米をたくさん使っている商品ではない。どの商品も45グラムで同じだ。 比率が高いのは、周りに乗っているものが少ない商品——つまり、安い商品のことだった。
夕方、かえでは会議室の予約表を確認しに廊下へ出た。
戻る途中で、岸本と、もう一人の先輩が立ち話をしていた。中身は原料の調達の話だった。
「……で、来期からは二次の分も直で引くって話になってる」
「一次で足りるの」
「足りない年は足りない。そのときはまた買い足すことになるでしょ」
かえでは立ち止まった。
「すみません」
二人が振り返った。
「一次卸、二次卸というのは、段階が増えるほど中間マージンが上に乗っていく構造ですよね。だから直で引ける分は引いたほうが原価が下がる。そういう理解で合っていますか」
もう一人の先輩は、かえでの顔を見て、それから岸本を見た。
「まあ、そうだね」と、その人は言った。
「新人?」
「今日で3日目です」
「早いね。もう原価の話してる」
二人は笑って、話の続きに戻った。
かえではメモ帳に「二次卸 中間マージン」と書いて、閉じた。
会社を出たのは7時前だった。
十条の駅で降りて、部屋に帰る途中にコンビニがあった。かえでは自動ドアをくぐって、おにぎりの棚の前に立った。
自社の商品が3段のうち2段を占めていた。卸している棚だ。
いちばん左に、塩むすびがあった。税込119円。
かえでは一つ取った。
手のひらに乗せると、思ったより重かった。
炊いたご飯100グラムと、塩と、海苔と、フィルム。かえでは規格書の数字を全部覚えている。水分14.5から15.5パーセント。砕米率5.0パーセント以下。白度(はくど)39.0以上。整粒(せいりゅう)歩合70パーセント以上。
その数字が、この重さになる。
もとの米は、45グラムだ。
かえでは、それがどのくらいの重さなのかを、知らなかった。
米を持ったことがなかった。5キロの袋も、30キロの袋も、一度も。手のなかにあるのは炊いたあとの重さで、炊く前の45グラムは、まだ見たことがない。
レジに持っていって、119円を払った。
第三章 起案者
2031年5月/東京・フーズネクスト本社
佐久間稔(商品開発部 産地開発担当・53歳)/鵜飼千夏/沼田(税理士・39歳)
8万円の部屋だった。
京王線の駅から歩いて12分、木造二階建ての二階、6畳と4畳半。風呂は付いている。契約のとき、不動産屋は保証会社の審査に1日かかると言った。
1日で通った。
佐久間稔(さくま みのる)は、それが少し意外だった。
内見のとき、不動産屋は職業欄を見て「新しいお勤め先ですね」と言った。契約社員という文字にも、53歳という年齢にも、何も言わなかった。信用情報の照会結果は白紙だった。滞納も、事故も、代位弁済の記録も、何もない。
去年の11月に銀行が借換えを断ってから、半年が経っていた。
その14か月のあいだに、佐久間は農事組合法人(のうじくみあいほうじん)立野目(たてのめ)ファームの代表理事をやめ、解散決議を通し、清算人(せいさんにん)になり、乾燥調製(かんそうちょうせい)施設と機械を売却のリストに載せ、160ヘクタールの借地を47戸の地主に一斉に返した。
自宅も売った。
そのうえで、彼は破産していない。
沼田(ぬまた)と最初にその話をしたのは、2年前の冬だった。
「佐久間さん、保証債務、いくらでしたっけ」
「1億4,400万」
「個人保証」
「全部」
沼田は電卓を置いて、少し黙った。39歳の税理士で、立野目ファームの決算を6年見てきた男だ。
「破産、考えてます?」
「他に道があるんですか」
「あります」
沼田は鞄からファイルを出した。
「経営者保証に関するガイドライン、というのがあります。2013年からある枠組みで、裁判所を通さずに保証債務を整理する。金融機関と債務者の合意でやります」
「自己破産と、何が違うんですか」
「三つ違います」沼田は指を三本立てた。「一つ、官報に載りません。二つ、信用情報機関に事故情報が登録されません。三つ、手元に残せる財産の範囲が、破産より広く認められる場合があります」
「そんな都合のいい話が」
「都合はよくないです」沼田は即座に言った。「使えるのは、条件を満たした場合だけです。財務情報を隠さずに全部出すこと。早い段階で相談していること。財産を隠したり偏った返済をしていないこと。それと、破産した場合よりも金融機関の回収額が多くなること。この最後の一つが実務では大きい」
「回収額が多くなる、というのは」
「破産手続きは時間もコストもかかります。それを省いて、事業を早く畳んで、資産を早く換価したほうが、銀行の手取りが増える場合がある。そういうときに合意が成立します」
佐久間は自分の手を見た。
「自宅は」
「これは正直に言います」沼田は言った。「今回は難しいと思います。残せる可能性がある枠組みですが、佐久間さんの場合は借入額に対して自宅の評価が大きい。銀行は求めます」
「そうですか」
「その代わり——」沼田は言葉を選んだ。「事故情報が載らないというのは、53歳の人にとっては、たぶん自宅より大きいです」
佐久間は、そのときその意味が分かっていなかった。
分かったのは、就職活動を始めてからだった。
フーズネクストの一次面接は、東京の本社の五階の小さい部屋だった。
面接官は人事の男が一人と、商品開発部から一人だった。
商品開発部の男は、佐久間が出した経歴書を最後まで読んでから、顔を上げた。
「農事組合法人の代表理事を、14年」
「はい」
「作付160ヘクタール」
「最大で百八十です。最後は百六十でした」
「その法人は、今どうなっていますか」
佐久間はまっすぐ答えた。
「解散して、清算中です。私が清算人です」
部屋が静かになった。人事の男が何か言いかけて、やめた。
商品開発部の男は、姿勢を変えずに次を訊いた。
「乾燥調製施設は、ご自身で建てられた」
「2億4,000万で。補助が6,000万、借入が1億4,400万、自己資金3,600万です」
「稼働率はどのくらいでしたか」
「最後の3年は、6割を切っていました」
「その状態で、償還は」
「回りませんでした」
商品開発部の男は、ペンを置いた。
「なぜうちを受けようと思われましたか」
佐久間は、用意していた答えを言わなかった。
「五十三です」と彼は言った。「田んぼの仕事以外を、やったことがありません。ただ、田んぼを作る側の事情は、たぶん御社の中には分かる人がいないだろうと思いました」
「なぜそう思われましたか」
「求人票を読んだからです。産地開発担当、産地との数量および規格の折衝、と書いてありました。折衝と書いてある。折衝と書く会社は、まだ折衝しているつもりです」
商品開発部の男が、初めて少し笑った。
内定の通知は、4日後に来た。
なぜ自分が採られたのか、佐久間は入社してから理解した。
理由は簡単だった。
成功している経営者は、転職しない。
160ヘクタールを回して、乾燥調製施設を持ち、農協と土地改良区と県の普及センターと種苗業者と機械屋の全部と話せる人間は、日本にそれなりの数がいる。だが、そういう人間は自分の法人で忙しい。誰も五十三で東京に来ない。
来るのは、法人がなくなった人間だけだ。
そして法人がなくなった人間の大半は、信用情報に傷が付いていて、賃貸の審査すら通らない。
佐久間はそのどちらでもなかった。
倒産したから、採れた。
条件は事前に示されていた。
契約社員、年俸480万円。1年更新。肩書は商品開発部原料調達グループ産地開発担当。課長でも係長でもなく、担当だった。
社会保険と厚生年金がついて、毎月25日に振り込まれる。
立野目ファームの最後の3年、佐久間の役員報酬は月額30万で設定されていた。設定されていたが、実際に取れた月と取れなかった月がある。資金繰りが厳しい月は、自分の報酬を止めて職員の給料に回した。年間で200万を切った年が二回ある。
160ヘクタールを回していたときより、手取りが多い。
しかも、安定している。
その事実に気づいたとき、佐久間は自分がどう感じているのかが分からなかった。腹が立っているのか、安心しているのか。両方だという気もした。
夜、6畳の部屋で計算をした。年俸480万から社会保険と税を引いて、家賃8万を引いて、鶴岡(つるおか)に送る分を引く。
残る額を見て、佐久間は電卓を置いた。
これを、14年前の自分に見せたら何と言うだろうかと思った。
「佐久間さん、鵜飼です」
初日の午前に、直属の上司が挨拶に来た。
商品開発部の課長で、名刺には原料調達グループのグループ長も兼ねると書いてあった。38歳。佐久間より十五、下だった。
「よろしくお願いします」佐久間は立って頭を下げた。
「座ってください。あの、先に言っておくんですけど」鵜飼は自分から椅子を引いて座った。「私、産地のことは全然わかりません」
「はい」
「相対価格と概算金の違いは知ってます。等級も知ってます。でも田んぼに行ったことがない。だから佐久間さんに来てもらいました」
「わかりました」
「逆に、うちの原価の組み立てと社内の通し方は私のほうが分かるので、そこは遠慮なく聞いてください。あと、うちの部は行けるところは全部行く方針なので、佐久間さんも新人連れて回ってもらうことになると思います」
「新人」
「4月に入った子がいます。朝倉って言います。まだ何も知らないですけど、覚えるのは異様に早い」
鵜飼は立ち上がりかけて、思い出したように言った。
「そうだ。前職、山形でしたよね」
佐久間の背中が、少し固くなった。
「はい」
「じゃあ庄内のことも分かります? うちの原料、山形もそれなりに入ってるので」
「……分かります」
「よかった。助かります」
鵜飼はそれ以上何も訊かずに、自分の席へ戻っていった。
佐久間は座ったまま、しばらく動かなかった。
立野目ファームという名前を、彼女は一度も口に出さなかった。
経歴書には書いてある。面接では話した。彼女が読んでいないはずはない。読んで、そのうえで何も言わないのだと思った。配慮なのだろうと思った。
そうではないという可能性を、佐久間はまだ考えていなかった。
1週間目に、佐久間は社内の共有サーバーへのアクセス権をもらった。
原料調達グループのフォルダには、過去の稟議(りんぎ)と決裁の記録が年度ごとに入っていた。産地との契約、単価改定、規格変更、切替。
佐久間は自分の仕事を覚えるために、過去3年ぶんを順番に開いていった。
四つめのフォルダに、それがあった。
〈令和10年度 業務用原料米 調達先構成の見直しについて〉
決裁日は令和10年の11月18日。件名の下に、目的と現状と提案が書かれていた。
現状の欄に、産地別の調達構成表が載っていた。
山形県庄内地区の行があった。数量と単価と、契約先の欄。契約先はJAの名前になっている。その下に、括弧書きで供給元の法人名が並んでいた。
七つ並んでいるうちの、三つめ。
農事組合法人立野目ファーム。
佐久間はスクロールした。
提案の欄には、3案が併記されていた。第1案が国産継続。第2案が国産の産地構成を組み替えて単価を下げる。第3案が輸入米への部分切替。
それぞれに試算が付いていた。第1案の試算は、いちばん細かかった。単価の推移予測、規格の許容範囲を広げた場合の効果、複数年契約にした場合の効果。二十行以上ある。
その最後の行に、こう書かれていた。
〈上記いずれの条件でも、目標原価に対して不足が生じる〉
結論は第3案だった。
佐久間は、いちばん下までスクロールした。
決裁欄の右端に、承認者の名前が並んでいる。部長、本部長、担当役員。
いちばん左に、起案者の欄があった。
商品開発部 鵜飼千夏
佐久間は、その四文字をしばらく見ていた。
事務所の音が聞こえた。誰かが電話を取る声、プリンタが動く音、給湯室でカップを置く音。
彼女は知らない。
読んでいないのではなく、覚えていない。
七つ並んだ法人名の三つめを、覚えている理由がない。彼女が見ていたのは産地の構成比と単価と、目標原価との差だった。決裁は年に何十本も出る。あの表のどこかに立野目ファームという六文字があったことを、彼女は記憶していない。
佐久間はマウスに手を置いた。
置いたまま、動かさなかった。
それから、ウィンドウを閉じた。
第四章 三十袋
2031年6月〜7月/庄内・立野目地区
土田涼太(農機具販売店勤務・兼業農家・28歳)/五十嵐源治(立野目の農家・81歳)/齋藤チカ(庄内町役場 会計年度任用職員・57歳)
6月の第2週に、代掻きが終わった田へ水が入った。
土田涼太(つちだ りょうた)は、畦(あぜ)の上から水口(みなくち)を見ていた。1.1ヘクタール。4枚に分かれていて、いちばん大きいのが42アール、いちばん小さいのが18アールしかない。4枚とも形がいびつで、南の1枚は台形をしている。
五十嵐源治(いがらし げんじ)が、そのいちばん小さい田の畦に立っていた。
「涼太。そっちの水、止めれ」
「はい」
「そんで、こっちさ回せ。今日は下から入れる」
源治は81になっていた。去年、右足の付け根を痛めてから、長く立っていられない。それでも週に4日は田に来る。来て、指示を出す。
土田は水口の板をずらした。水が音を変えて、細い水路のほうへ流れていった。
「順番、覚えたか」
「覚えました。上から2番目です、うちは」
「2番目。んだ。上は佐藤さんとこで、下は今、誰もおらん」
「誰もいないなら、こっち先に入れてもいいんじゃないですか」
「よくねえ」源治は畦に腰を下ろした。「誰もおらんくても、水路は下まで通っとる。上で全部取ったら、下まで水が来ん。今は誰も困らんけど、いつか誰か来たときに困る」
「来ますか」
「来ん」
源治はそう言って、笑った。
「来んけど、順番は守る」
帳面は、農協の茶封筒に入っていた。
大学ノートで、表紙に「水」とだけ書いてある。源治が二十六のときから付けていて、今年で55年になる。
1ページに1年ぶん。日付と、水を入れた田の番号と、時間。誰と誰が順番を替わったか。用水路の掃除の出役(でやく)に誰が出たか。
土田は最初のページを開いたことがある。1976年と書いてあった。その年の下流ブロックには、14戸の名前が並んでいた。
去年のページには、三つしかなかった。
「そのうちお前が書く」源治は言った。「今年は俺が書く。来年から書け」
「まだ源治さんが書いてください」
「んだな」
源治は帳面を閉じて、封筒に戻した。
土田の勤め先は、庄内町の農機具販売店だった。
4月に入った。整備と、営業の補助と、部品の受発注。農業大学校で習ったことが半分くらい使えた。給料は月に21万で、賞与が年に二回、合わせて年収は310万ほどになる見込みだった。
繁忙期に休みを取りやすいという条件で選んだ。田植えと稲刈りの2週間、店は逆に暇になる。
社長は64で、従業員は土田を入れて四人だった。
「涼太くん、これ見といて」
社長が持ってきたのは、コンバインの見積書だった。4条刈り、中古、5年落ち。
「これ、どこの」
「大江のほうの人が畳むんだと。買い取ってくれって言われてる」
「いくらで」
「向こうは300って言ってる」
土田は仕様を見た。使用時間が420時間しかない。ほとんど新品と変わらない。
「安すぎませんか、これ」
「安い。安いけど、売れねえんだ」
社長は椅子に座った。
「うちの商圏に、コンバイン買う人が今いない。畳む人はいる。畳む人から買い取ってくれって話は月に二件くらい来る。でも買う人がいねえ。だから引き取れねえ」
「県外に流すのは」
「業者に流すよ。流すけど、うちの利益はほとんど乗らねえ。運賃で消える」
社長は見積書を土田に返した。
「機械屋ってのはな、農家が増えてるときの商売なんだ」
齋藤チカ(さいとう ちか)が来たのは、6月の第3週の土曜だった。
軽トラで来て、助手席に大きな封筒を置いていた。
「涼太くん。名簿、持ってきた」
土田は作業場のテーブルを片付けた。
チカは57になっていた。役場の会計年度任用職員で、4月に更新の書類を出したところだと言った。
「30軒ぶんね」
封筒から出てきたのは、B5のノートだった。1ページに1軒。名前、住所、電話番号、袋数、送る時期、送り方。
土田はページをめくった。
「これ、いつからですか」
「私が始めたのが26年前。でも半分くらいは、うちの母がやってた頃からの人」
「26年」
「そう。だから、住所が変わってる人もいる。三回引っ越してる人もいる。全部そこに書いてある」
土田は最初のページを見た。
〈仙台市泉区 斎藤 誠一様(元同僚・ご主人の勤務先) 30kg×2 11月中旬 クロネコ 精米して送る〉
「精米して送るんですか」
「人による。玄米のまま欲しいって人もいる。そこに書いてある」
「値段は」
「30キロで13,000円。送料はこっち持ち」
土田は電卓を出した。
「30軒で、袋数の合計が」
「52袋」
「52袋で、676,000円」
「そう」
土田は計算を続けた。30キロで13,000円ということは、60キロで26,000円になる。
今年の概算金は、まだ出ていない。去年——令和12年産は、庄内のはえぬきで60キロ27,000円だった。30キロ袋にして13,500円。
「チカさん」土田は顔を上げた。「これ、農協に出したほうが高くないですか」
チカは、少し笑った。
「そうよ」
「じゃあ、なんで」
「値段、26年変えてないから」
チカは湯呑みを持ち上げた。
「昔はね、逆だったの。市場がすごく安い年があって、そのとき13,000円ってのはずいぶん高かった。だからありがたかった。私が。今度は市場が高いから、こっちが損してる。それだけ」
「上げないんですか」
「上げてもいいけど」チカは湯呑みを置いた。「上げたら、この人たちは買わなくなる。ううん、買ってはくれると思う。でも、買い物になっちゃう。今は買い物じゃないから」
土田は名簿をもう一度見た。
30軒。52袋。年間676,000円。
1.1ヘクタールで、見込みの収量が5,900キロほどだ。30キロ袋で196袋。そのうちの52袋が、この名簿で動く。四分の一を超える。
残りをどこに出すかは、まだ決めていなかった。
挨拶回りは、チカが同行した。
7月の初めに3日かけて、車で回れる範囲を回った。遠いところは電話と手紙で済ませた。
1軒目は酒田(さかた)市内だった。チカの元同僚の家で、70代の夫婦が二人で住んでいた。
「まあ、若い人が継いでくれるの」
「継ぐっていうか」土田は言った。「田んぼは別の方から借りてます。お米だけ、齋藤さんから引き継がせてもらって」
「じゃあお米が変わるのね」
「品種は同じです。はえぬきです」
「よかった。うちの人、はえぬきじゃないと駄目だから」
奥さんは笑って、そのあと、少し声を落とした。
「3袋のままでいいのよね」
「はい。3袋で」
「よかった」
2軒目は鶴岡の郊外だった。チカの親戚で、60代の男性が一人で出てきた。2袋。話は五分で終わった。
3軒目が、東京だった。
車では行かない。チカが電話をかけて、土田が代わった。
「はじめまして。齋藤さんからお米を引き継がせていただきます、土田と申します」
電話の向こうは、六十代の女性の声だった。齋藤家の親戚で、20年以上、毎年3袋を取っている。
「あら、ご丁寧に。ありがとうございます」
「今年の秋から、私のほうから送らせていただきます。品種も値段もそのままです」
「そうですか」
一拍、間があった。
「あの、ごめんなさいね。今年から、半分にしていただけますか」
土田は、メモを持つ手を止めた。
「半分、といいますと」
「1袋半にするのは変よね。じゃあ、1袋で」
「3袋を、1袋にですか」
「そうなの。ごめんなさいね」
「いえ。あの、差し支えなければ、理由を伺ってもいいですか」
女性は、少し困ったように笑った。
「余っちゃうのよ」
「余る」
「うち、子どもが二人とも出ていって、主人と二人になったでしょう。それでね、去年の秋にもらったお米が、今ようやく2袋目なの。1年経つのに」
「そうですか」
「炊飯器は、あるのよ。あるんだけど、二人ぶんだと、なんだか面倒で。パックのを買ってきちゃうの。おいしいのよ、最近のは」
「はい」
「悪いわね。齋藤さんにも申し訳なくて、言い出せなかったんだけど。代替わりのときならいいかしらと思って」
「とんでもないです。ありがとうございます」
「1袋は、必ず取りますからね。お正月に子どもたちが帰ってくるから、そのときに炊くの。あれは、やっぱりね」
電話を切った。
チカが横で待っていた。
「1袋になりました」土田は言った。
「そう」
チカは、驚かなかった。
「去年、私が電話したときも、言いかけてた」
その晩、土田は名簿を開いた。
東京のページに、鉛筆で線を引いた。〈30kg×3〉の3を消して、1と書いた。
前のページに戻った。
4月に、仙台の人が1人減っていた。施設に入ったと娘さんから連絡があって、チカが引き継ぎ前に外していた。2袋。
もう一人、去年の秋に亡くなっている。庄内町内の人で、1袋。
土田は最後のページに、鉛筆で書いた。
26年前 30軒 52袋 今年 27軒 47袋
書いてから、消した。
数えるものではない気がした。
消したあとの紙に、鉛筆の跡が薄く残った。
第五章 二十五円
2031年9月/大阪市此花区・丸中米穀
寺尾慎一/片岡瑞希(新聞記者 経済部・39歳)/西野
9月10日の午後2時に、その記者は来た。
「片岡です。お時間いただいてすみません」
名刺には経済部と書いてあった。39歳だという。取材の申し込みのメールには、7年前の騒動を振り返る連載を準備している、と書かれていた。
寺尾慎一は応接室の椅子をすすめた。
「連載、いうことは何本か書かはるんですか」
「五本の予定です。生産、流通、小売、輸入、消費と分けて。流通のところで、卸の方に話を伺いたくて」
「うちみたいな中堅でよろしいんですか。全国的な話やったら、もっと大きいとこのほうが」
「大手さんには、もう当たりました」片岡はノートを開いた。「広報の方が対応されて、業界全体の話をしていただきました」
「なるほど」
寺尾は笑った。
「それやと、書けませんわな」
「はい」
片岡も笑った。
「なので、伺いに来ました」
「じゃあ、いちばん最初に」
片岡はペンを持った。
「読者から、いちばん多く来る質問をそのままお訊きします」
「どうぞ」
「米の流通には、二次卸、三次卸があって、多いところでは五次卸まで存在する。段階が増えるたびに中間マージンが乗るので、消費者は本来の価格より高いものを買わされている。この構造が米価高騰の原因ではないか、と」
寺尾は、湯呑みを持ち上げて、置いた。
「そう見えますわな」
片岡はペンを止めた。
「否定されないんですか」
「否定するとこ、一つもないんですわ、その文章」寺尾は言った。「五次卸まであった。これは事実です。段階が増えたらマージンが乗る。これも事実です。消費者が高いもん買うた。これも事実」
「では」
「順番だけです」寺尾は指を一本立てた。「順番が逆になってます」
「順番」
「段階が増えたから、品薄になったんやない。品薄やったから、段階が増えたんです」
寺尾は立ち上がって、ホワイトボードを引いてきた。
「平時の絵を描きます」
寺尾はマーカーを取った。
【図1 米の流通経路(平時)】
「農家。ここから系統——農協ですな。農協が集めて、県の経済連なり全農なりに集まる。そこから、うちみたいな卸が買います。うちが精米して、小売か、業務用の実需(じつじゅ)者に売る。以上です」
「段階は」
「二つです。集める側に1段、分ける側に1段」
「二次卸というのは」
「あります。ありますけど、平時は限定的です。たとえばうちが北陸の米を持ってて、九州の卸が急に必要になった。そのとき同業に横で売る。これが二次です。年に何回かはあります。全体の量からいうたら、数パーセント」
寺尾はマーカーの色を変えた。
【図2 米の流通経路(品薄時)】
「令和6年の夏から、7年の春先までの絵です」
寺尾は矢印を足していった。同じ図の上に、線が増えていく。
「まず、いつものルートで手当てできん業者が出ます。中小の弁当屋さんとか、町場の小売さんとか。この人らは系統から直で買う口を持ってません。うちみたいな卸から買うてる。そのうちが出せんかったら、どうします」
「他を探す」
「探します。ほんで、持ってそうなところに電話する。持ってるところは、売れます。高く売れる。せやから売る」
「それが二次」
「二次です。ほんで、そこから買うた業者が、また別の業者に頼まれて売る。三次です」
寺尾は矢印を書き足した。線が三本、四本と伸びた。
「五次まで行ったという話は、私も聞きました。実際に見たわけやないですけど、あってもおかしないと思います」
「なぜですか」
「品物がないからです」
寺尾はマーカーを置いた。
「探し回るから、経路が伸びるんです。逆やない。誰かが儲けようと思て段を増やしたんやなくて、足りんから、みんなが探して、見つかったところに線がつながった。その線を後から並べたら、五本になってた。そういうことです」
片岡はホワイトボードを見ていた。
「症状であって、原因ではない、ということですか」
「そうです。熱が出とるのは病気やからで、熱が病気を起こしとるんとちゃう」
「では」片岡はページをめくった。「平時の2段階については、どうですか。それも省けるのではないか、という意見があります」
「どういう」
「産地から実需者へ直接。あるいは産地からネットで消費者へ。中間を抜けば、その分が安くなる」
「一部は、そうです」寺尾はあっさり認めた。「実際、直販は増えてます。うちの取引先の小売さんが、産地と直接契約する動きもある。それは止められへんし、止める理由もない」
「では、なぜ卸が残っているんですか」
寺尾は椅子から立った。
「歩きながらでよろしいですか」
低温倉庫のカーテンをくぐると、片岡は肩を上げた。
「寒いですね」
「15度です。米が寝てる温度です」
寺尾は、パレットの列の前で止まった。
「四つあります」
「四つ」
「卸が何をやっとるか、いうたら、四つです。一つずつ言います」
寺尾は最初のパレットに手を置いた。
「一つ、分けることです。分荷(ぶんか)いいます」
「分ける」
「産地から出てくる単位、なんぼやと思います」
「……トン単位ですか」
「1,000トン単位です。うちが庄内から一本引くいうたら、それくらいの話になります。ほんで、駅前の弁当屋さんが使う量が、月に100キロです」
片岡は数字を書いた。
「1,000トンと、100キロ」
「1万倍です」寺尾は言った。「この1万倍を、誰かが埋めなあかん。埋めんと、物理的に届きません。産地が100キロずつ1,000軒に送ったら、産地が潰れます。運賃と事務で潰れます」
「それが卸」
「それが卸の一つめです」
寺尾は次のパレットへ歩いた。
「二つ、持つことです」
「保管」
「米は年に一遍しか穫れません。ほんで、毎日食います」
寺尾はパレットを叩いた。
「10月に穫れたもんを、来年の9月に食う。誰かが11か月持たなあきません。この倉庫が15度なんは、そのためです。電気代が年間で3,000万近う要ります。それと、この米は、うちが金払うて買うたもんです。買うた瞬間から、うちの金がここに寝てます」
「金利」
「金利です。うちの短期借入は15億あります。その大半が、この床の上に立ってます」
寺尾は次に進んだ。
「三つ、合わせることです。調製いいます」
「ブレンド」
「そうです。ここがいちばん誤解されます」
寺尾は片岡のほうを向いた。
「安い米を混ぜて誤魔化しとる、と思われとるでしょう」
「……そう書いている記事は、あります」
「逆です」寺尾は言った。「実需者が要求するんは、年間通して同じもんです。4月に納めたのと、10月に納めたのが、同じ炊き上がりにならなあかん」
「同じ品種でも変わるんですか」
「変わります。同じ品種、同じ産地、同じ年でも、田んぼが違えば変わります。乾燥の仕方でも変わる。夏を越したら、また変わります」
「経時変化」
「そうです。せやから、単一の銘柄で年間を通すのは、ほぼ無理です。無理やのに『同じもんを出せ』言われる。それを、複数の原料を組み合わせて成立させる。それがブレンドです」
「技能なんですね」
「技能です。うちの工場に、30年やっとる人間が二人おります。あの二人が辞めたら、うちは同じもんが出せんようになります」
寺尾は倉庫の出口へ向かった。
「四つめは、ここにはありません」
「といいますと」
「与信(よしん)です」
寺尾はカーテンの前で立ち止まった。
「弁当屋さんが潰れたら、その月の売掛は飛びます。飛んだぶんは、うちが被ります。産地には払わなあきません。うちの売掛が今、12億あります」
「12億」
「売上が85億で、売掛が12億です。50日ぶんくらいです。その50日ぶんのリスクを、誰かが持たんと、この商売は回りません。産地が持ちますか。持てません」
応接室に戻ってから、寺尾はファイルを持ってきた。
「これ、見はりますか」
「なんですか」
「前期の決算書です」
片岡は、ペンを置いた。
「……いいんですか」
「どうせ官報に載ってます」寺尾は言った。「載っとるのを誰も読まんだけです」
寺尾はページを開いて、テーブルに置いた。
「売上、85億」
「はい」
「売上総利益、5億9,500万。率にして7パーセント」
片岡が書き取った。
「販管費が、5億1,000万。人件費と、運賃と、倉庫の電気と、工場の減価償却です。従業員58人おります」
「差し引くと」
「営業利益、8,500万」
寺尾は指でその行を示した。
「率にして、一パーセントです」
片岡は、その数字を見た。
「支払利息が2,500万あります。引いたら経常が6,000万。純資産は6億6,000万で、自己資本比率が20パーセントちょっと」
「……」
「片岡さん」寺尾は言った。「もし卸に価格を決める力があるんやったら、この数字にはなりません」
「もう1枚、あります」
寺尾は別の紙を出した。手書きの表だった。
「精米1キロ当たりで、分解したもんです。家庭用の、5キロ袋の話やと思てください」
仕入 530円 販売 570円 ──── 粗利 40円
「40円」
「1つ、先に言うときます」寺尾は言った。「この530円、玄米の値段そのものやないんです」
「といいますと」
「玄米を100キロ挽いたら、精米が90キロで、糠(ぬか)が8キロちょっと出ます。あれは捨てません。油の原料と、飼料に売ります。いま1キロ70円前後です」
「売れるんですね」
「売れます。その売却分を引いて、精米1キロあたりに直したのが530円です」
「引かないと」
「引かんかったら、570円を超えます」
寺尾は湯呑みを置いた。
「糠が売れんようになったら、うちの商売はその日に終わります」
「そこから引いていきます」
精米加工費 12円 物流費 11円 保管・金利 5円 人件費その他 7円
寺尾はペンで最後の行を書いた。
残り 5円
片岡は、その5という字を見ていた。
「5円」
「1キロ当たり5円です」
「5キロ袋だと」
「25円です」
片岡は電卓を出した。出してから、必要ないことに気づいて、そのまま置いた。
「店頭で、いま5キロ袋が3,458円ですね」
「そうです」
「そのうち、御社の取り分が」
「25円です」
部屋が静かになった。
「片岡さん」寺尾は言った。「これ、記事に書いてもろてかまいません。書いても、たぶん誰も信じませんけど」
「令和8年の話も、伺っていいですか」
「6月の話ですな」
「相対取引価格が、一か月で1,859円下がりました。調査開始以来、最大の下げ幅でした」
「はい」
「そのとき、御社は」
寺尾は少し黙った。
「2,300トン、持ってました」
「その前の秋に仕入れた分ですか」
「そうです。前の年の10月、平均が37,058円でした。あのとき、みんな足らん言うてました。うちの得意先も、来年ぶんを押さえてくれ言うてきました。せやから買いました」
「翌年の5月末の民間在庫が、223万トン。過去最大でした」
「そうです」
寺尾は指で計算するふりをした。実際には計算する必要がなかった。
「60キロで5,753円下がりました。キロにして95円90銭。2,300トン掛けたら、2億2,000万です」
「評価損」
「評価損です。純資産が7億から4億8,000万になりました」
片岡は書きながら訊いた。
「その年、儲けた業者はいたんですか」
「安いときに買うた人は儲かってます。それは商売やから、当たり前です。ただ——」
寺尾は言葉を切った。
「あの騒動で、高いときに仕入れた業者は、全員損してます。そして、卸いうのは、足らん言われたら仕入れる商売です」
「最後に、一つだけ」片岡は言った。「『消えた米』という言葉が、あの年よく使われました」
「ああ」
「21万トンが行方不明だと」
「あれは、消えてません」
寺尾は湯呑みを持った。
「農協の集荷が減っただけです。農家が農協に出さんと、集荷業者に売った。うちら卸にも直接売った。ネットでも売った。統計が拾えるのは系統に入った分やから、系統に入らんかった分が『消えた』ことになる。米は消えてません。ルートが変わっただけです」
「もう一つ、当時よく言われたのが、倉庫には米があるのに店頭にないのはおかしい、と」
「それは、正常です」
「正常」
「精米は、要るときにやります」寺尾は言った。「精米したら、劣化が始まりますねん。玄米やったら15度で1年持つもんが、精米したら一か月で味が落ちる。せやから、注文が来てから挽きます」
「つまり、倉庫にあるのは玄米で」
「玄米です。店に並ぶのは精米です。この二つの間に、うちの工場の能力が挟まってます。1日に挽ける量は決まってます。注文が2倍来ても、2倍は挽けません」
「その時間差が」
「その時間差が『米があるのに店にない』です」
寺尾はホワイトボードのほうを見た。図1と図2が、まだ残っている。
「あの絵、写真撮ってもろてもかまいませんよ」
片岡が帰ったのは、4時半だった。
寺尾は応接室を片付けて、ホワイトボードを消した。マーカーの跡が薄く残った。
事務所を出て、倉庫のカーテンをくぐった。
15.0。
パレットは3列だった。
あの取材で、寺尾は一つだけ言わなかったことがある。
在庫を減らしたのは、自分の判断だ。
令和8年の評価損のあとで、回転日数の基準を45日から28日に書き換えた。安全在庫を3割落とした。社長に説明して、通した。二度と同じことを繰り返さないためだった。
正しい判断だった。誰に説明しても、正しいと言われる。
そして次に品薄が来たとき、丸中米穀は出せない。
出せないとき、卸は必ず、こう言われる。出し惜しみしている、と。
寺尾はそれが分かっていて、それでも在庫を戻していない。
戻せば、次の暴落で会社が死ぬからだ。
寺尾は照明のスイッチに手を伸ばして、止めた。
もう一度、空いたコンクリートを見た。
それから、消した。
第六章 新米
2031年11月/東京・フーズネクスト本社
朝倉かえで/鵜飼千夏/山内(関東第二工場 生産技術課長・50代)
11月の企画会議は、毎年同じ議題から始まる。
「じゃあ次、新米フェアの実績と、来年の方向性」
司会は販売企画部の課長だった。会議室には14人いて、商品開発部からは鵜飼と岸本と、朝倉かえでが出ていた。かえでは議事録の担当だった。
スクリーンに、今年のフェアの数字が出た。
期間は9月20日から10月31日。対象商品は12アイテム。売価は通常品より20円から30円高く設定されている。
「対象アイテムの期間中売上、前年比106.8パーセント」
会議室から、小さく声が上がった。
「うち、おにぎりカテゴリが109.2。弁当が102.1」
「客数は」
「客数は99.4です。ほぼ横ばい。単価が上がっています」
「つまり」販売企画の課長がまとめた。「同じ人が、高いほうを買っているということですね」
「そうなります」
「じゃあ来年も同じ枠組みで。期間を1週間延ばす案があるので、そこは工場と調整して——」
かえでは手を挙げた。
会議室の視線が集まった。
「すみません。確認させてください」
「どうぞ」
「新米というのは、収穫年の12月31日までに精米して包装されたもの、という表示上の定義がありますよね」
「あー、そうですね」販売企画の課長が答えた。「うちの場合は、その年に穫れたお米を使っているという意味で使ってます」
「はい。それで、その、新しいお米を使うと、何がいいんですか」
会議室が、少しだけ止まった。
「何が、というのは」
「品質上の優位性です。何がどう違うのかを教えていただきたいです。POPの文言を作る必要があるので」
「ああ、なるほど」課長は少し笑った。「そりゃあ、おいしいでしょう」
「おいしいというのは、どの指標ですか」
「……指標」
「食味(しょくみ)計の値ですか。それとも官能評価ですか。うちの規格書には、水分と砕米率と白度と整粒歩合しか項目がありません。新米と古米で、この四つの数値に有意差はありますか」
課長は、隣の席の人を見た。
隣の席の人は、その隣を見た。
「みずみずしい、っていうか」誰かが言った。「ほら、香りが」
「香りの規格値は、うちにはありません」
「いや、規格の話じゃなくて」
「規格の話ではないとすると、どこで差がついているのかを知りたいです」
「朝倉さん」
鵜飼が口を開いた。
「はい」
「その質問、いい質問だから、答えを出そう。生産技術の人、今日来てる?」
「来てます」
会議室の後ろから、50代の男が手を挙げた。工場の生産技術課の課長だった。
「山内(やまうち)です。あの、答えられる範囲で」
「お願いします」
山内は前に出てきて、スクリーンの端に立った。
「まず、家庭で炊く場合の話をします」
「はい」
「収穫直後の米は、水分が高いです。うちの規格は14.5から15.5ですが、乾燥調製の直後だと15前後で、これが冬を越えて夏を越えると14を切ってきます。この差が、炊いたときの吸水と糊化(こか)の挙動を変えます」
「糊化」
「でんぷんが水と熱で崩れて、粘りが出る現象です。米が『炊ける』というのは、要するにこれです」
かえでは書き取った。
「水分が高い米は、吸水が早くて、糊化がきれいに進みます。だから、炊き上がりに艶が出て、粒が立って、香りが強く出る。これが『新米はおいしい』の中身です」
「では、事実として差があるということですね」
「家庭で炊く場合は、あります。はっきりあります」
山内はそこで、少し言い方を変えた。
「うちの工場だと、ほぼ消えます」
会議室が静かになった。
「消える、といいますと」
「うちは連続炊飯です」山内は言った。「家庭の炊飯器と違って、浸漬(しんし)の時間、加水率、蒸気の圧力、冷却の速度を全部こちらで設定します。原料の水分が変わったら、加水率を変えて合わせます」
「合わせてしまう」
「合わせます。合わせないと商品にならないので」
「合わせた結果は」
「新米だろうが、夏を越した米だろうが、同じ炊き上がりになります。それが工場の仕事です」
かえでは顔を上げた。
「じゃあ、うちの新米フェアの商品は」
「原料は新米です。それは本当です。ただ、炊いたあとの物性は、通常品と有意な差はありません。うちの検査データで、そう出ています」
「データがあるんですか」
「あります。3年ぶん」
「なぜ共有されていないんですか」
山内は、少し困った顔をした。
「共有はしてます。工場の品質会議では毎回出してます。ただ——」
彼は言葉を探した。
「聞かれたことが、なかったです」
会議は五分ほど、誰も何も言わなかった。
「じゃあ」販売企画の課長が口を開いた。「やめますか、新米フェア」
「いや」
答えたのは鵜飼だった。
「やります」
「え」
「来年もやります。期間も延ばしていいと思う」
「でも、今の話だと」
「今の話は、物性の話でしょう」鵜飼は言った。「私たちが売ってるのは、物性じゃない」
彼女はスクリーンを指した。
「106.8です。客数は横ばいで、単価が上がってる。同じお客さんが、20円高いほうを選んでる。これが事実」
「それは、その、誤認では」
「誤認じゃないと思う」鵜飼は言った。「新米が原料なのは本当です。表示に嘘はない。うちが言ってるのは『新米を使っています』であって『味が違います』じゃない。……ただ、お客さんは味が違うと思って買ってる」
「それは」
「グレーだと思う」鵜飼はあっさり認めた。「でも、うちがやめても他所がやる。他所がやってるあいだ、うちだけ棚を空ける理由がない。それに、これは今、うちのおにぎりカテゴリで唯一伸びてる企画です」
彼女は資料をめくった。
「今期、米飯カテゴリの営業利益率は3パーセント台です。去年は4パーセント台でした。この1パーセントを、どこで取り返すつもりですか」
誰も答えなかった。
会議のあと、鵜飼はかえでを廊下に呼んだ。
「議事録、山内さんの話も全部残しといて」
「はい」
「消えないように書いて。あと3年もしたら、たぶん誰かが『なんで新米フェアやってるんだっけ』って言い出すから」
「3年ですか」
「わからない」鵜飼は壁にもたれた。「5年かもしれない」
かえでは、質問していいかどうか少し迷ってから、訊いた。
「鵜飼さんは、新米、分かりますか」
鵜飼はかえでのほうを見た。
「わかるよ」
「炊いたときの差が、ですか」
「うん。実家、新潟なんだよね。母親が毎年、秋に炊いて『今年のは立ってる』って言ってた」
「立ってる」
「粒が立ってる、っていう言い方。意味はあとで知った。子どものときは、母親が毎年同じこと言うなあと思ってた」
鵜飼は少し笑った。
「今も、家で炊けばわかる。年に何回かは炊くから」
かえでは黙っていた。
「朝倉さんは」
「私は」
かえでは、正確に答えることにした。
「炊きたてを食べたことが、記憶にある範囲で、一回もありません」
鵜飼は、驚かなかった。
「そうだよね」
「はい」
「うちの部で、あと何年かしたら、それが普通になる」
彼女は壁から背を離した。
「あと何年もつかね、あの企画」
POPの文言は、翌週にかえでが書いた。
販売企画から回ってきたフォーマットに、40文字以内で入れる。過去3年ぶんの文言が参考として添付されていた。
〈今年の新米、はじまりました。〉 〈新米の季節。ふっくら、つやつや。〉 〈収穫したての、いちばんおいしいお米で。〉
かえでは3年ぶんを読んで、それから、去年の実績データを見た。3案作れと書いてある。
一つめ。〈今年穫れたお米を使っています。〉
事実だけの文だった。かえでは書いて、そのまま置いた。
二つめ。〈新米の季節がきました。〉
季節の告知だ。品質の主張がない。かえでは書いた。
三つめ。
かえでは、しばらく手を止めた。
規格書には香りの項目がない。工場の検査データには有意差がない。山内は「合わせます」と言った。
でも、母親が毎年「今年のは立ってる」と言った家がある。
かえでは、キーボードを打った。
〈炊きたての、あの香り。〉
打ち終えてから、その一行を見た。
炊きたての香りを、かえでは知らない。祖母の台所で湯気を見た記憶はあるが、香りは覚えていない。味も覚えていない。何も覚えていない。
それでも、書けた。
書けてしまった。
かえでは3案を並べて、販売企画へ送信した。
採用されたのは、三つめだった。
第七章 要求仕様
2032年5月/秋田県大仙市・大仙アグリ
佐久間稔/朝倉かえで/佐藤(大仙アグリ 代表理事・61歳)
5月の秋田は、田植えが半分終わったところだった。
新幹線の窓から見ると、水を張った田が続いていた。仙北のあたりから、区画が大きくなる。30アール、50アール。畦がまっすぐで、進入路が舗装されている。
「整備、入ってますね」朝倉かえでが言った。
佐久間稔は窓から目を離さなかった。
「圃場整備。20年から30年前のが多いと思う」
「なぜ分かるんですか」
「区画の大きさ。今やってるところは、もっと大きい」
かえでは手帳に書いた。
「佐久間さんのところは、どのくらいでしたか」
佐久間の指が、少しだけ膝の上で動いた。
「最大で1枚が1ヘクタール」
「大きいですね」
「大きいのは、平野だからだ」
それ以上、彼は言わなかった。
1軒目は、大仙市(だいせんし)の農事組合法人だった。
大仙アグリ。作付が120ヘクタール。組合員が九名で、雇用が七名。代表理事の佐藤という男は、61歳だった。
会議室に通されて、資料が配られた。
「では、まずうちの取り組みからご説明します」
プロジェクターが立ち上がった。
1枚目は、圃場の写真だった。2枚目は組織図。3枚目から、品種の話になった。
「今年から、こちらの新品種を導入しております。県が12年かけて育成したもので、食味ランキングで3年連続の特Aを取っております」
スクリーンに、食味値のグラフが出た。
「食味値、八十六。これは県内でもトップクラスです。タンパクは六・二以下で管理しております」
4枚目は、粒の写真だった。
「粒厚一・九ミリ以上で選別しております。整粒歩合は八十を超えます。これはご覧のとおりで——」
5枚目は、炊いた米の写真だった。艶が出ていて、粒が一つずつ立っている。プロが撮ったものだった。
「つやが違います。実際に召し上がっていただければ」
佐藤は資料を閉じた。
「以上です。ご質問があれば」
かえでは手帳を見ていた。
食味値86。タンパク6.2以下。特A3年連続。整粒歩合80以上。粒厚1.9ミリ以上。
5枚のスライドのうち、4枚が食味の話だった。
「ありがとうございます」
佐久間が鞄を開けた。
「では、こちらの求める仕様をお示しします」
A4が2枚のホチキス留めだった。テーブルの上を滑らせて、佐藤の前に置く。
「2枚目から見ていただいたほうが早いです」
佐藤がめくった。
〈業務用原料米 要求仕様書(連続炊飯ライン向け)〉
水分 14.0〜15.0% 砕米率 4.0%以下 白度 38.0以上 被害粒・着色粒 合計0.3%以下 異物 検出されないこと
【炊飯後物性】 吸水率(30分・20℃) 規定範囲内であること 加熱後硬度 規定範囲内であること 加熱後付着性 規定範囲内であること 冷蔵24時間後の硬度上昇率 15%以下 冷凍解凍後のドリップ(離水) 2.0%以下
【供給条件】 年間数量 1,200トン以上 月別変動 ±8%以内 同一ロット単位 50トン ロット間の物性変動 規定範囲内であること
佐藤は、2枚目を二度読んだ。
「これ、あの」
「はい」
「食味の項目が、ないですね」
「ありません」
会議室が静かになった。
「食味値の欄も、ランキングの欄も、ないですね」
「ありません」佐久間は繰り返した。「うちの工場は連続炊飯です。浸漬から冷却まで、こちらで条件を設定します。原料に求めるのは、その条件で安定して同じものが出ること。それだけです」
「しかし、おいしいお米のほうが」
「おいしい米のほうが、いいです」佐久間は言った。「ただ、うちの商品の場合、それが商品差になって現れません。冷めた状態で、フィルムを剥がして食べます。そこで差が出るのは、冷蔵での硬度上昇率と、冷凍のドリップです」
「その二つは」
「食味ランキングとは、ほとんど相関しません」
佐藤は資料を置いた。
「うちの米は、その、その項目は測ったことがないです」
「測っていただければ、うちで試験もできます」
「……特Aが、意味がないということですか」
「意味はあります」佐久間は言った。「家庭用の5キロ袋を、量販店の棚で売るときは、決定的に意味があります。うちが買わないだけです」
昼を挟んで、価格の話になった。
「数量が1,200トンですと、価格は」
佐久間は電卓を出さなかった。数字は頭に入っている。
「玄米で、60キロ当たり19,800円です」
佐藤の顔が変わった。
「一万九千八百」
「はい」
「概算金が、今年、28,600です」
「知っています。庄内より1,200円高い」
佐藤が、少し目を上げた。
「よく見てますね」
「見ています」佐久間は言った。「あきたこまちと、はえぬきと、ひとめぼれで、毎年違います。同じ品種でも、県が違えば動きます。年によっては2,000円開きます」
「そこまで見てるんですか」
「うちが産地を7つ回るのは、7つとも値段が違うからです。同じ値段なら、1つ回れば済みます」
佐藤は、それには答えなかった。
「うちの生産費が、60キロで17,000円台です。それは、大区画で、直播も入れて、機械も共同で回して、そこまで下げてます」
「はい」
「一万九千八百なら、出ます。出ますけど」佐藤は言葉を切った。「そんな値段で出したら、農協に出したほうがいいという話になります。組合員が納得しません」
「そうだと思います」
「では、なぜその価格なんですか」
佐久間は、はっきり答えた。
「その価格でないと、輸入と並ばないからです」
「輸入」
「枠外の関税が、キロ当たり341円です。カリフォルニアの中粒種を、現地価格と海上運賃と関税を足して積み上げると、玄米キロで460円台になります。60キロにして、27,000円台です」
「じゃあ、国産と同じじゃないですか」
「同じです」佐久間は言った。「だから今、まだ切り替わっていません。ただ、うちが1,200トンを国産で買うためには、その27,000円台の平均に対して、どこかで下げる必要があります。ロットをまとめて、規格を絞って、複数年で契約して、19,800まで来ていただく。そういう提案です」
「それは」佐藤は苦笑した。「うちに、輸入と競争しろということですね」
「そうです」
「無理です」
佐久間は頷いた。
「そう言われると思っていました」
「じゃあなぜ来たんですか」
「言われるまで、こちらから切りたくないからです」
帰りの新幹線で、かえでは仕様書のコピーを膝の上に置いていた。
「佐久間さん」
「はい」
「今日の話、私の理解を確認させてください」
「どうぞ」
「産地は、いいお米を作る方向に努力してきた。ですが、私たちの要求仕様には、いいお米かどうかを測る項目がない。したがって、産地の努力は、私たちの購買判断に影響しない」
「そうです」
「つまり、いいお米を作れば売れる、というのは成り立たない」
佐久間は窓の外を見た。田が流れていた。
「それは違う」
かえでは顔を上げた。
「売れる」佐久間は言った。「売れるが、うちがいる市場では売れない」
「別の市場がある、ということですか」
「ある。5キロ3,500円の棚だ。あそこでは食味値が効く。特Aが効く。県のキャンペーンも効く」
「その市場は、大きいですか」
佐久間は答えるのに、少し時間をかけた。
「小さくなっている」
「では」
「二つに分かれている」佐久間は言った。「うちみたいに、大きい単位で、規格を決めて、安く買うところ。それと、小さい単位で、高くても顔の見える米を買うところ。この二つは伸びるか、少なくとも残る」
「では、真ん中は」
「真ん中が、いちばん多い」
彼はそこで言葉を切って、言い直した。
「いちばん多かった」
かえでは仕様書をめくって、供給条件の欄を見ていた。
年間1,200トン。月別変動プラスマイナス8パーセント以内。
「佐久間さん。この数量って、面積にするとどのくらいですか」
「単収が10アール540キロとして」佐久間は即答した。「約220ヘクタール」
「二百二十」
「今日の法人が百二十だから、あそこ一つでは足りない。二つか三つ束ねる必要がある」
「そんなに束ねられますか」
「昔は束ねられた」
かえでは、その「昔は」を書き取らなかった。
佐久間は窓のほうを向いたままだった。
10年、彼は食味で勝負していた。
つや姫を入れた年のことを覚えている。県の指導員と何度も打ち合わせをして、施肥設計を組み直して、収穫のタイミングを1週間ずらした。タンパクを6.0に抑えるために、追肥を減らして、その年は単収が落ちた。落ちたが、特Aが取れた。
取れた年の秋に、酒田の量販店で、自分のところの米が棚に並んでいるのを見た。
10年やった。
その10年ぶんの努力を測る項目が、今、彼が自分で作った仕様書のどこにもない。
作ったのは彼だ。
前任者の雛形を引き継いで、工場の生産技術と詰めて、去年の秋に改訂した。炊飯後物性の5項目は、彼が足した。足したほうが、産地に何を求めているかが明確になると思ったからだ。
正しい仕事だった。
大宮を過ぎたあたりで、かえでが言った。
「佐久間さん」
「はい」
「今日のあの法人は、来年から取引がなくなりますか」
「今のところ、契約は続いています。3年契約の2年目です」
「3年目のあとは」
「分かりません」
「分からない、というのは」
佐久間は仕様書を受け取って、鞄にしまった。
「更新のときに、また同じ話をします。あちらが19,800に来られるなら、続きます。来られないなら、うちは別を探すか、輸入に振ります」
「佐久間さんが決めるんですか」
「私は起案するだけです」
かえでは頷いて、それ以上訊かなかった。
佐久間は鞄のファスナーを閉じた。
金具が噛む音がした。
間章一 炊く
2032年8月/埼玉県・フーズネクスト関東第二工場
朝倉かえで/山内
8月の工場は、外より涼しかった。
フーズネクスト関東第二工場は、埼玉県の北のほうにある。おにぎりと弁当を作って、関東一円の直営店とコンビニに出す。24時間、三交代。
朝倉かえでは更衣室でつなぎに着替えて、キャップの中に髪を全部入れて、粘着ローラーを二回かけた。エアシャワーを抜けて、手を洗って、消毒して、もう一度洗った。
「初めて?」
案内は生産技術課の山内だった。11月の会議で新米の話をした男だ。
「はい」
「じゃあ、炊飯から行きましょう」
扉を開けた瞬間に、音が来た。
低い連続音だった。蒸気の音と、コンベアのモーターの音と、金属が擦れる音が混ざっている。会話は、耳元でないと聞こえない。
かえでが最初に見たのは、長さだった。
炊飯機が、ラインになっている。奥まで40メートル以上ある。
「これ、全部が炊飯器ですか」
「全部が炊飯です」山内が声を張った。「浸漬槽が手前で、そこから連続炊飯機に入ります。出口はあっち。米が入ってから出るまで、50分」
「バッチじゃないんですね」
「バッチもあります。少量の商品はバッチです。でも主力はこっちです」
かえでは入口のほうへ歩いた。ステンレスの樋を、白い米が水に浸かって流れていた。
「うちの家庭用の炊飯器、5合ですよね」
「そうですね」
「5合が、750グラム」
「はい」
「この機械は、1時間でどのくらいですか」
「精米ベースで、3.2トン」
かえでは、頭のなかで割った。
4,266回ぶんだった。
家庭の炊飯器を4,200台並べて、同時に炊いて、1時間ごとに全部炊き上がる。それがこの一本のラインの意味だった。
「工場全体では」
「このラインが三本あります。三交代で回して、1日で200トン近くやります」
制御盤の前で、山内が止まった。
画面に、数字が並んでいた。
「上から見ていってください」
原料水分 14.8% 浸漬時間 32分 浸漬水温 18.0℃ 加水率 138.0% 蒸気圧 0.05MPa 炊飯時間 21分 蒸らし 12分 冷却到達温度 20.0℃ 冷却時間 28分 pH調整剤 規定量
「今日の設定です」
「原料水分が変わったら」
「加水率を変えます。今日は14.8なので138。これが14.2まで落ちたら、140台に上げます」
「毎日測っているんですか」
「入荷ロットごとに測ります。1日に六回から八回」
かえでは書き取った。
「pH調整剤というのは」
「日持ちのためです。おにぎりは常温で16時間から24時間、店に置きます。そのあいだに酸敗しないように、炊飯水に入れます。米酢か、グリシン系か、商品によって違います」
「入れると味は」
「変わります。だから、変わったぶんを塩加減で戻します」
かえでは、ペンを止めた。
「山内さん」
「はい」
「これは、料理ではないですね」
山内は笑った。
「料理じゃないです。工程です」
「化学工程、という理解でいいですか」
「そうですね。でんぷんの糊化を、制御された条件で起こしてます。あとは酵素の失活と、微生物のコントロール」
「家庭の炊飯器も、原理は同じですか」
「原理は同じです。ただ、家庭のは原料が一定だという前提で作られてます。この機械は、原料が変わる前提で作られてます」
出口のほうへ歩いた。
炊き上がった米が、コンベアの上を流れていく。白い層が、幅1メートル、厚さ10センチくらいで、途切れずに続いている。
「湯気、出ないんですね」
「冷却してますから。ここで20度まで落とします。熱いまま成形すると、菌のリスクが上がるのと、握ったときに潰れるので」
その先で、コンベアが分岐した。片方は成形機へ、もう片方は別の建屋へ向かう。
「あっちは」
「冷凍ラインです。冷凍米飯と、冷凍の丼ものの具材付きご飯」
「冷凍は、別の設定ですか」
「全然違います」山内は言った。「冷凍は、凍るときに氷の結晶ができて、組織を壊します。解凍したときに、その壊れたところから水が出る。これをドリップと言います」
「離水(りすい)」
「そうです。ドリップが出ると、べちゃっとなります。だから急速凍結で結晶を小さくして、加水率も変えて、品種も変えます」
「品種を変えるんですか」
「変えます。冷凍に向く米と、向かない米があります」
「向く米は」
山内は少し考えて、言った。
「粘りが強すぎない米です」
かえでは顔を上げた。
「粘りが強いほうが、おいしいお米ですよね」
「家庭で炊いて、あつあつで食べるならそうです。冷凍には向きません。粘りが強いと、コンベアで団子になります。成形機でも詰まります。解凍したときのドリップも増える傾向があります」
「では、うちの冷凍ラインが求めるお米は」
「食味ランキングの上位ではないです」
山内は制御盤のほうを振り返った。
「多収(たしゅう)の品種で、粘りが中庸で、冷めても硬くなりにくいもの。そういう育種はされてます。ただ、量がない」
「量がない、というのは」
「作ってる人が少ないんです。単価が安いので」
包装ラインの見学が終わって、休憩室に通された。
山内が、トレーを持ってきた。
「試食、やってもらってます。今日のライン品と、参考品」
小さい容器が四つ並んでいた。番号だけが書いてある。
「1番と2番が今日の本ライン。3番が冷凍を解凍したもの。4番は、家庭用の炊飯器で炊いたやつです。同じ原料で」
「4番は、なぜ」
「比較用です。差を知っといたほうがいいので」
かえでは、1番から順に食べた。
1番。粒がはっきりしていて、噛むと弾力がある。塩気はない。
2番。ほとんど同じだった。かえでは二回食べ直したが、違いが分からなかった。
3番。少しやわらかい。水っぽいというほどではないが、輪郭が丸い。
4番。
かえでは、4番を口に入れて、噛んだ。
そのまま、しばらく動かなかった。
「どうですか」
かえでは答えなかった。
もう一口食べた。
香りがあった。1番から3番にはなかったものだ。噛むと、口の中で粒が崩れる速さが違う。崩れながら、甘い。甘いというのが正確かどうか分からない。甘さの前に、何かがある。
「朝倉さん?」
「すみません」
かえでは箸を置いた。
「4番が、おいしいです」
「そうですね」山内も頷いた。「そりゃそうです。炊きたてなので」
「炊きたて」
「15分前に炊いたやつです。うちの商品は、最短でも5時間経ってます」
かえではメモ帳を開いた。
書こうとした。
〈4番——〉
そこで止まった。
うちの規格書に、この項目はない。水分でも、砕米率でも、白度でも、整粒歩合でもない。炊飯後物性の5項目でもない。硬度でも、付着性でも、離水でもない。
いま口の中で起きたことに、社内で通用する名前がついていない。
「山内さん」
「はい」
「今の、4番。数値で表す方法はありますか」
山内は、少し困った顔をした。
「食味計にかければ、数字は出ます。でも、あの数字が今の感覚を説明してるかというと、たぶん違います」
「違う」
「食味計はタンパクとアミロースと水分を測ってるだけなので。あとは官能評価ですね。訓練したパネルが10人以上で、統計処理して」
「うちには」
「ないです」
かえではメモ帳を見た。
〈4番——〉
そのあとが、書けなかった。
かえでの仕事は、感覚を規格の言葉に置き換えることだ。おいしいを、歩留まり(ぶどまり)と原価と規格値に翻訳する。それができるから、この部署に来た。
いま、それができていない。
かえではペンを置いて、メモ帳を閉じた。
帰りは、工場の送迎バスで駅まで出た。
8月の午後6時で、まだ明るかった。窓の外に、県道と、コンビニと、その向こうに田が見えた。稲が伸びていて、色が濃い。
かえでは膝の上のメモ帳を開いた。
〈4番——〉
そのあとは、白いままだった。
かえではもう一度、ペンを持った。
持って、そのまま、駅まで何も書かなかった。
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