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第四部 出不足
第二十一章 越えた
2029年2月13日 〜 3月/立野目公民館・立野目ファーム
佐久間稔/佐久間弘美/土田涼太(27歳)/加賀谷忠(電話)
【図2 立野目地区 水系図(令和11年春)】
2月13日、立野目公民館に、去年より少ない人数が集まった。
地権者は34軒。去年より6軒減っている。減ったのは、亡くなった家が2軒と、田を売って宅地にした家が1軒、それから佐久間のほうから返した田が3軒ぶんだった。
佐久間稔(さくま みのる)は、資料を配りながら、その3軒のことを考えていた。
去年の春、彼は3軒に頭を下げて、地代を10アールあたり22,000円から下げてもらえないかと申し出た。
2軒は断った。
1軒は、下げるくらいなら返してくれ、と言った。
結局、佐久間は10ヘクタールを返した。返した田は、いまのところ誰も作っていない。
資料の2枚めが、令和10年産の損益計算書だった。
令和10年産 損益計算書(単位:万円)
| 科目 | 令和10年産 | 令和9年産 |
|---|---|---|
| 米の売上 | 24,830 | 21,460 |
| 大豆・交付金 | 3,200 | 2,400 |
| 作業受託 | 1,300 | 1,500 |
| 売上高 計 | 29,330 | 25,360 |
| 肥料・農薬・種苗・燃料 | 9,600 | 8,900 |
| 人件費 | 4,300 | 4,800 |
| 地代 | 3,150 | 3,520 |
| 土地改良区賦課金 | 1,260 | 900 |
| 減価償却費 | 6,100 | 6,800 |
| 修繕費 | 2,000 | 1,500 |
| 支払利息 | 1,300 | 1,400 |
| その他 | 1,800 | 1,600 |
| 費用 計 | 29,510 | 29,420 |
| 営業損益 | ▲180 | ▲4,060 |
佐久間は、いつもより早口で読み上げた。
読み終えて、こう言った。
「180万円の赤字です。去年が4,060万円の赤字でしたので、3,900万円ほど改善しました」
部屋の空気が、明らかにゆるんだ。
質問は少なかった。
いちばん多かったのは、なぜよくなったのか、という趣旨のものだった。
「三つあります」と佐久間は言った。
「一つめは、米の値段です。概算金が9,800円になりました。去年が8,900円、その前が8,400円ですから、2年で1,400円戻っています」
「なして上がったんだ」
「全国で、作る量が減ったからです」
佐久間は白板に線を引いた。
「一昨年、米が余りました。余ったから値段が落ちた。値段が落ちたから、去年、全国で作付けが減った。減れば、余りが解消する。値段が戻る」
「振り子だな」
「そうです」
佐久間はペンを置いた。
「値段が戻ったのは、誰かが作るのをやめたからです」
部屋が少し静かになった。
「二つめは、等級です。去年は猛暑で一等が3割5分でしたが、今年は6割まで戻りました」
「暑ぐなかったからが」
「暑くなかったわけではないですが、夜の気温が去年より下がりました」
「三つめは」
佐久間は、少し間を置いた。
「費用を削りました」
人件費が4,800万円から4,300万円に落ちている。これは、去年の秋に一人辞めたからだった。
辞めたのは50代の社員で、腰を悪くした。補充はしなかった。求人を出せば来るかもしれないが、出さなかった。
地代が3,520万円から3,150万円に落ちている。10ヘクタール返し、残った田の単価も1,000円下げてもらったからだ。
「削ったというより」と佐久間は言い直した。「減ったところを、埋めなかった、というほうが正確です」
賦課金の話は、誰も訊かなかった。
資料には、900万円から1,260万円に増えたと書いてある。10アールあたり5,000円が7,000円になったからだ。360万円の増加。
この4割の値上げは、去年の2月の総代会で議決されている。
佐久間はその総代会に出ていた。土地改良区の総代を、3年前から務めている。
議案が読み上げられて、加賀谷が説明をして、議長が採決を取った。
反対は、なかった。
質問も、二つだけだった。一つは、いつまで上がり続けるのかというもの。もう一つは、国の補助は使えないのかというもの。加賀谷はどちらにも正直に答えた。分かりません、と、2年から3年かかります、と。
それで終わった。
佐久間は、その静けさのほうが気になっていた。4割の値上げというのは、ふつう揉める。揉めなかったのは、みんながもう、そういうものだと思っているからだった。
総会が終わって、佐久間は事務所に戻った。
妻の弘美が、通帳とファイルを持ってきた。
「保険、今年は出ないよ」
「だろうな」
収入保険は、基準収入の9割を下回ったときに補填が出る。今年の収入は2億9,330万円で、基準の9割にあたる2億7,300万円ほどを上回っている。
出ないかわりに、掛金と積立金は出ていく。
この二つで、年に400万円ほどになる。積立金は使わなければ翌年に繰り越されるが、掛金は掛け捨てだった。
「今年は、保険に払っただけだね」
「そういう年もある」
弘美は通帳をめくった。
「現預金、5,200万」
「去年は」
「5,900万」
「700万減っただけか」
「うん」
佐久間は、その数字をしばらく見ていた。
2年前、銀行の沼田に言われたことを思い出した。
現預金が6,000万で、年に2,000万ずつ減れば、3年でなくなる。
あのとき、彼は3年と数えた。
2年経った。
減ったのは、初年度に2,000万。次の年は3,100万減って、短期の借入を3,000万増やして埋めた。そして今年は700万だった。
止まった。
佐久間は、そう思った。
思ってから、口に出しては言わなかった。言うと、逃げるような気がした。
3月に入って、育苗の準備が始まった。
今年の作付けは、去年と同じ150ヘクタール。返した10ヘクタールのぶんは、別の地主から借り増して埋めてある。
土田涼太(つちだ りょうた)が、26になった。
この男は、去年から集落の水利組合の作業に、ほとんど毎回出ている。日曜に出るので、代休を取らせている。
「社長、五十嵐さん、大豆にしたって聞きました」
「そうか」
「いいんですか、それ」
「いいも悪いも、あの人の田だ」
土田は少し黙った。
「あの人、水番やってた人ですよね」
「そうだな」
「帳面、59年つけてたんですよ」
佐久間はハウスの温度計を見ていた。
「一町一反だろう」
「はい」
「一町一反なら、そういう判断になる」
実際、この10年で同じことをした家は何軒もある。上流の3軒のうち1軒は、もう何年も前に大豆にしている。中流にも何軒かある。そのたびに何かが起きたわけではない。
佐久間はそう思った。
思ったことは、事実として正しかった。
3月の終わりに、加賀谷から電話が来た。
「佐久間さん、今年の江浚えなんですが」
「4月の8日でしょう」
「そうです。ただ、人数が」
「何人だ」
加賀谷は少し黙った。
「まだ、はっきりしません」
「去年は八人だったな」
「八人でした」
「今年は」
「……声はかけています」
佐久間は、その言い方を聞き流した。
このところ、加賀谷はいつも同じような言い方をする。薄いですね、とか、まだ大丈夫です、とか。この人は、悪いことを断定しない癖がある。
「うちは土田を出します」
「助かります」
電話を切って、佐久間は窓の外を見た。
雪が消えかけていた。田の輪郭が、黒く出はじめている。
あと1か月で、水が来る。
第二十二章 三人
2029年4月8日/立野目江(江浚え)
加賀谷忠/齋藤チカ/土田涼太
4月8日、朝の6時。
加賀谷忠(かがや ただし)は、分水工の脇に立っていた。
彼は本来、この場所にこの時刻に立つ必要がない。江浚え(えざらえ)は末端水路の作業で、土地改良区の管轄ではない。22年、彼は一度も出役に加わったことがなかった。
今年は、来た。
理由は、3月の下旬に、水利組合の総代から電話が来たからだった。
「加賀谷さん、悪いんだけども、今年、うちらだけだと厳しいんだわ」
6時15分。
齋藤チカが軽トラで来た。
6時20分。
立野目ファームの土田涼太が来た。
6時半になった。
誰も来なかった。
7時になった。
加賀谷は電話をかけた。
上流ブロックの、いちばん奥の家。
「ああ、加賀谷さん。悪いね、今年から俺んとこ、いいんだわ」
「いい、といいますと」
「大豆さ替えたんだ。去年の秋に届け出した」
「……そうでしたか」
「五十嵐さんとこも替えたべ。上が水入れねぇんだば、うちだけ入れでもしょうがねぇもの」
加賀谷は礼を言って切った。
次の家にかけた。
「うちの父さん、先月から入院してるんだわ」
次の家。
「今日、孫の入学式でな。出不足金、あとで持ってぐ」
次の家。
「悪ぃ、腰やっちまって。金で勘弁してけろ」
次の家は、出なかった。
最後にかけた家は、留守番電話だった。
7時20分に、加賀谷は電話を切って、二人のところへ戻った。
「三人ですね」とチカが言った。
「三人です」
「加賀谷さん、入れて」
「私も、やります」
チカは何か言いかけて、やめた。
加賀谷は、なぜ今年こうなったのかを、その場で理解した。
春の江浚えは、これまで集まってきた。秋の草刈りは減っても、春は減らなかった。理由ははっきりしている。
来なければ、自分の田に水が入らないからだ。
水路を浚わなければ、4月の下旬に幹線の水門が開いても、水は流れきらない。流れなければ、代掻きができない。だから、みんな来る。義理ではなく、利害で来る。
その利害が、今年、上流から消えた。
五十嵐源治が大豆にした。上流ブロックのもう1軒も大豆にした。この2軒は、もう水を必要としない。水路を浚おうが浚うまいが、彼らの畑には関係がない。
彼らは受益者ではなくなった。だから、出役の義務もない。出不足金を払う義務すらない。
制度としては、正しい。
ところが、水路のいちばん上流を通っているのは、その2軒の田の脇だった。
上流の区間を浚わなければ、水は下流に届かない。
浚う必要があるのは下流の人間で、浚う場所は上流にある。
いままでは、上流の人が自分のために浚っていた。その作業が、たまたま下流のためにもなっていた。
上流の人がいなくなると、下流の人が、上流まで歩いていって浚うことになる。
誰も、そういう約束をしていない。
三人で始めた。
加賀谷はジョレンの使い方を知らなかった。チカが教えた。土田も教えた。
「加賀谷さん、内側に立ってください」
「内側?」
「流れの、内側です。外に立つと、掻いた泥がまた戻ります」
「誰に教わったんですか、それ」
「源治さんです」
土田がそう言った。
加賀谷は、その名前を聞いて、ふと思い出した。
「あの、水利組合の会計って、いま誰がやってるんですか」
チカが手を止めた。
「……源治さんですけど」
「五十嵐さん、受益者じゃなくなりましたよね」
二人が顔を見合わせた。
水利組合は、受益者で作る任意の組織だ。規約があるわけでもない。何十年も、上流のいちばん年長の人が会計をやってきた。出不足金を集めて、記帳して、年度末に口座へ入れる。
源治は、その会計を40年やっている。
そして、53年ぶんの帳面を持っている。
「引き継ぎ、してないですよね」とチカが言った。
「たぶん」
「言ってないと思います」と土田が言った。「僕、2月に会いましたけど、そういう話は何も」
三人は、しばらく黙っていた。
浚えたのは、その日、600メートルだった。
去年、八人で1.4キロ。おととし、10人で1.6キロ。
三人で600メートル。
人数に比例している。当たり前のことだった。
残りは、1.8キロある。
「来週、やりますか」とチカが言った。
「やります」と土田が言った。
「加賀谷さんは」
「……日曜なら」
三人とも、来週の日曜のことを言っていた。
問題は、そこではなかった。
幹線の水門が開くのは、4月26日だ。今日から数えて18日。
そのあいだの日曜は、二回しかない。
三人で、1日600メートル。二回で1.2キロ。
残り1.8キロには、足りない。
夕方、加賀谷は事務所に戻って、引き出しを開けた。
二つに折った紙が、2枚入っている。
1枚めは、3年前の秋に書いたものだった。
2.4キロを春に浚うのに必要な人数、八人。
2枚めは、2年前の夏に書いた図だった。面積が減れば単価が上がり、単価が上がればまた誰かが抜ける、という循環を矢印でつないで、丸くなった図。
加賀谷は、そこに3枚めを書いた。
今日の日付と、参加者の名前を三つ。
それから、こう書き足した。
——水利組合の会計・帳面の所在、要確認。
書いてから、しばらくその一行を見ていた。
書類の所在の話ではなかった。
53年分の記録を持っている人が、組織の外に出た。出たことを誰も止めなかったし、止める仕組みもなかった。彼は正しい手続きで、正しい判断をして、受益者ではなくなっただけだ。
加賀谷は紙を折って、引き出しに入れた。
引き出しには、3枚の紙が並んだ。
どれも、誰にも見せていない。
第二十三章 二百メートル
2029年4月中旬/立野目江・庄内町役場・齋藤家
齋藤チカ/土田涼太/五十嵐源治/加賀谷忠(電話)/齋藤克彦
4月15日の日曜も、三人だった。
加賀谷とチカと土田で、その日は580メートル進んだ。前の週より少し落ちたのは、コンクリートの継ぎ目が崩れているところがあって、そこに時間を取られたからだった。
合わせて、1.18キロ。
残りが1.22キロある。
幹線の水門が開くのは、11日後だった。
齋藤チカ(さいとう ちか)は、月曜の朝、役場に着いてすぐ、4月の勤務表を出した。
有給が7日残っている。3月に更新の面接があって、今年もフルタイムで来てくださいと言われた。17年目になる。
水曜と木曜に、休みを入れた。
「齋藤さん、田植えまだでしょ」と課長が言った。
「水路です」
「ああ、江浚え。まだやってるの」
「まだです」
課長はそれ以上、何も訊かなかった。
水曜の朝、チカは一人で水路に降りた。
6時20分。
土田は来られない。育苗のハウスが佳境で、平日は動けないと言っていた。加賀谷は仕事がある。
当たり前だった。二人とも、休みの日に来ているだけで、本来は関係のない人たちだ。
チカはジョレンを水路に入れて、泥を掬った。
冷たい。4月半ばの朝は、まだ手がかじかむ。
1時間やって、彼女は自分の進んだ距離を歩いて測った。
だいたい、40メートル。
1日8時間やれば、320メートル。休憩を入れて、実際には200メートルから250メートルというところだろう。
残りが1,220メートル。
一人でやれば、5日から6日。
水曜と木曜で、2日。日曜に三人でやって、600メートル。
足りない。
チカは計算をやめて、また泥を掬った。
昼に、土手に座って握り飯を食べた。
一人で食べる昼は、静かだった。
風が水路のなかを通っていく。まだ水がないので、乾いた音がする。
この2.4キロを、昔は31人でやっていた。源治さんがそう言っていた。31人なら、1日で終わる。
いま、三人だ。
三人でも、時間をかければ終わる。物理的には、終わる。
終わらないのは、水が来る日が決まっているからだった。
4月26日に、幹線の水門が開く。それは立野目の都合ではなく、平野全体の都合で決まっている。何千ヘクタールが同じ日に水を待っている。
その日までに浚えなければ、水は流れきらない。
午後、上流のほうから、軽トラの音がした。
五十嵐源治だった。
水路の脇に停めて、降りてきた。
「齋藤さん」
「源治さん」
源治は水路のなかを覗いた。それから、チカが今日やった区間を、上流のほうから下流のほうへ、目で追った。
「一人が」
「はい」
「そうが」
源治はそう言って、それきり何も言わなかった。
長靴を履いていなかった。作業着でもなかった。
彼は、もう受益者ではない。
チカは、来てください、とは言えなかった。言う筋合いがなかった。源治さんの田は畑になっていて、水を使わない。賦課金も払っていない。出役の義務もない。
義務がないのに来い、というのは、頼みごとですらなく、ただの厚かましさだった。
「わりぃな」と源治が言った。
「いえ」
「ほんとにな」
源治は軽トラに戻って、行ってしまった。
3時ごろ、土田が来た。
「ハウス、上のやつに任せてきました」
「大丈夫なの」
「たぶん」
土田はジョレンを持って、水路に降りた。
二人になると、進み方が変わる。一人が掻いて、一人が土手に上げる。分担すると、倍以上に速くなる。
「二人でやると、こんなに違うんですね」
「違うのよ」
チカは泥を上げながら言った。
「一人だと、掻いて、置いて、また掻いて、になるでしょ。二人だと、掻きっぱなしでいい」
「なるほど」
「三人だともっと速い。四人だともっと。……ある人数までは」
「ある人数まで?」
「水路の幅があるから、一度に入れるのは四人か五人までなの。それ以上は、区間を分けることになる」
土田は手を止めた。
「区間を分けるには」
「五人以上いないと、分けられない」
その日、二人で260メートル進んだ。
合計、1.44キロ。
残り、960メートル。
水門まで、あと10日。
木曜も、チカは一人で降りた。
午前中に130メートル。午後に120メートル。
合計250メートル。
夕方、上がったところで腰が伸びなかった。しばらく土手に座って、水路を見ていた。
浚えた区間と、浚えていない区間の境目が、はっきり見える。
境目の下流に、まだ710メートルある。
その先が、立野目ファームの42ヘクタールだった。
金曜、チカは役場で仕事をした。
昼休みに、加賀谷に電話をした。
「加賀谷さん、今日までで1.69キロです」
「残り、710ですか」
「はい」
電話の向こうで、加賀谷が何か計算しているのが分かった。
「日曜に三人で、600」
「足りません」
「……足りませんね」
しばらく、二人とも黙っていた。
「加賀谷さん」
「はい」
「これ、間に合わなかったら、どうなるんですか」
加賀谷は、少し時間をかけてから答えた。
「水は、来ます。ただ、途中で溢れます」
「溢れると」
「浚っていない区間で、水位が上がる。土手が低いところから外へ出ます。出た分は、下流に行きません」
「下流に、届かない」
「量が減ります。全部止まるわけではないですが」
チカは受話器を持ったまま、窓の外を見た。
役場の窓から、田が見える。もうトラクターが入っているところがある。あと10日で、この平野じゅうが水を張る。
「日曜、私、朝5時から入ります」
「齋藤さん」
「4時でもいいです」
加賀谷は、何か言おうとして、やめたようだった。
「……私も、4時に行きます」
土曜の夜、チカは克彦に言った。
「明日、朝4時に出るから」
「江浚えだべ」
「うん」
克彦はしばらくテレビを見ていた。それから、こう言った。
「俺も行ぐわ」
チカは顔を上げた。
「いいの」
「日曜だべ」
「うん」
「んだば、行ぐ」
克彦は、たぶんこの20年、江浚えに出たことがなかった。うちの受益者はチカの名前で登録されていて、出るのはいつも彼女だった。
「四人になるね」
「四人だば、区間分げらんねぇな」
チカは、少し笑った。
「五人からなの」
「んだが」
第二十四章 届かない
2029年4月26日 〜 8月/立野目ファーム 下流ブロック・本間家
佐久間稔/加賀谷忠/五十嵐源治/佐久間弘美/本間サキ/土田涼太
【図3 立野目地区 水系図(令和11年5月)】
4月26日、幹線の水門が開いた。
その日、佐久間稔(さくま みのる)は下流ブロックの水口に立って、水が来るのを待っていた。
例年なら、水門が開いた翌日には水が届く。2.4キロを流れきるのに、半日から1日かかる。
2日待った。
来た水は、細かった。
5月1日、代掻きを始める予定だった。
42ヘクタールに水を張る。1枚1ヘクタールの田を42枚。トラクターを3台入れて、4日で仕上げる。それが毎年の段取りだった。
水口の板を起こしても、田に入る水が上がってこない。
上の14枚には、なんとか入った。
下の28枚に、届かなかった。
佐久間は水路を上流へ歩いた。
浚えていない区間が、700メートル残っていた。
その区間で、水は溜まっていた。溜まって、土手の低いところから外へ溢れ、隣の畑に流れ込んでいる。
畑になったのは、五十嵐源治の田だった。去年まで水を張っていた一町一反が、いま大豆の播種を待つ乾いた土になっていて、そこに水路から溢れた水が入り込んでいる。
源治が、畦のところに立っていた。
「佐久間さん」
「……源治さん」
「水、入っちまってな」
源治は困った顔をしていた。
畑に水が入れば、大豆は播けない。彼は彼で、困っていた。
佐久間は加賀谷を呼んだ。
加賀谷は水路のなかに入って、水位を測った。それから、上流と下流を歩いて、戻ってきた。
「三つ、重なってます」と加賀谷は言った。
彼は野帳を開いた。
「一つめ。取水量が減っています」
「なぜだ」
「上流の2戸が転作しました。合わせて2.3ヘクタール。水利権は実際に使う面積で決まるので、その分は頭首工で取りません」
「2.3ヘクタールだろう。全体の4パーセントだ」
「4パーセントです。それだけなら、たぶん問題になりません」
加賀谷は次の行を指した。
「二つめ。浚えていない区間で、水が溜まって溢れています。ここで失っている量のほうが大きい。目分量ですが、2割から3割は外へ出ています」
「三つめは」
加賀谷は上流のほうを指した。
「畦です」
佐久間は、そちらを見た。
源治の田と、その隣の1枚。畑にするために、去年の秋に畦を崩している。畑では畦が邪魔になるので、均すのがふつうだった。
「崩した土が、雨で水路に落ちています。少しずつですが、去年の秋から半年ぶんです」
「詰まってるのか」
「詰まってはいません。断面が浅くなっています。同じ勾配で、同じ量を流そうとすると、水位が上がる」
加賀谷は野帳を閉じた。
「一つ一つは、たいしたことがないんです。4パーセントと、2割と、断面の1割。それが同じところに来ました」
5月3日、佐久間は仮設のポンプを手配した。
排水路に水がある。下流のブロックの脇を、京田川に向かって流れている。それを揚げて、田に入れる。
ポンプ4台と、ホースと、発電機。レンタルと工事で、980万円。
3日で入れた。
入れて、14枚のうち、さらに6枚に水が入った。
残り22枚には、量が足りなかった。
排水路の水は、そもそも上流から来た水の残りだ。上から来る量が減っていれば、下の排水路の量も減る。
当たり前のことだった。当たり前のことを、佐久間は980万円払って確かめた。
5月10日、佐久間は決めた。
42ヘクタールのうち、20ヘクタールに稲を植える。
残る22ヘクタールと、別の水系にあって作業が回らなくなった6ヘクタールを合わせて、28ヘクタールを、今年は作らない。
大豆に切り替えるには、播種の時期が近すぎた。田は水を含んで柔らかく、機械が入らない。
結局、28ヘクタールは不作付けになった。
地代の支払いは、6月だった。
弘美が計算して、リストを出してきた。
「28ヘクタール分、どうする」
「払う」
「そうだよね」
地代は、10アールあたり21,000円になっている。28ヘクタールで、588万円。
作っていない田に、588万円払う。
契約書には、収穫があった場合に払うとは書いていない。田を借りている以上、払う。それが賃借というものだった。
佐久間は、2年前の総会のことを思い出した。
本間サキが手を挙げて、地代は来年も同じですか、と訊いた。据え置きます、と彼は答えた。まばらな拍手が起きて、それが部屋じゅうに広がった。
あのとき上げた地代の通知書を、彼はいまも机の抽斗(ひきだし)に入れている。
令和9年産 賃借料について 10アールあたり22,000円(据置)
紙は少し黄ばんでいた。
6月の半ば、佐久間は本間の家へ行った。
本間サキの3ヘクタールのうち、1.8ヘクタールが、作らなかった28ヘクタールに入っていた。
「今年、作れませんでした」
「聞いだよ。水、来ねがったんだべ」
「そうです」
「大変だなあ」
サキは茶を出した。
「地代は、ちゃんとお払いします」
サキは湯呑みを持ったまま、少し驚いた顔をした。
「作ってねぇのに?」
「借りていますから」
「んだけど、あんた」
「契約です」
サキはしばらく黙っていた。それから、こう言った。
「うちの田、返してもらってもいいんだよ」
佐久間は顔を上げた。
「返しても、作る人がいません」
「……そうだな」
「返していただくと、荒れます。荒れると、隣にも来ます」
サキは頷いた。
「んだな。んだな」
彼女は湯呑みを置いた。
「弓には、言わねぇでな」
「なぜですか」
「あの子、気にすっから」
7月、水路の水は細いまま流れていた。
植えた20ヘクタールは、なんとか育っている。ただ、水口が最後にあるぶん、水温の高い水しか来ない。今年の夏がどうなるかは、まだ分からない。
作らなかった28ヘクタールは、雑草が伸びていた。
佐久間は、月に二度、ロータリーで打ち込むことにした。放っておくと種が飛ぶ。飛べば、隣の田に迷惑がかかる。
打ち込むための燃料と人件費は、当然、出る。
作らない田にも、金はかかった。
地代が588万円。管理が、年に100万円ほど。賦課金は、受益から抜けない限り払い続ける。28ヘクタールで196万円。
合わせて、880万円ほどになる。
一円も入ってこない土地に、880万円払う。
8月のある日、土田が事務所に来て、こう言った。
「社長、来年、あの28ヘクタール、どうするんですか」
佐久間は、しばらく答えなかった。
「水路が直れば、作れる」
「直りますか」
「浚えばいい」
「誰が浚うんですか」
佐久間は、その質問に答えられなかった。
答えられなかったので、こう言った。
「うちが浚う」
「うちだけでですか」
「そうだ」
土田は少し考えてから、言った。
「うち、去年まで出不足金払ってましたよね」
「払っていた」
「年に9,000円です」
「そうだな」
「今年、僕が三回出ました。三回とも、丸1日です」
佐久間は土田の顔を見た。
「2.4キロを、三人か四人で浚うと、4月まるまるかかります」
土田は言った。
「うちが全部やるとして、20日は要ります。人を二人出したら、40人日です。うちの人件費で計算すると、60万円くらいになります」
佐久間は、その数字を頭のなかで並べた。
出不足金、年に9,000円。
自分でやると、60万円。
67倍だった。
67倍の労働を、いままで、誰かが無償でやっていた。
第二十五章 仕様書から消える
2029年10月4日 〜 11月/東京・フーズネクスト本社
鵜飼千夏(36歳)/調達部長
10月4日、フーズネクスト本社の会議室。
鵜飼千夏(うかい ちなつ)は、調達部との合同会議に出ていた。36歳になっている。
議題は「主力おにぎり原料米の調達方針について」だった。
調達部の説明は、三つの数字から始まった。
一つめ。この3年で、契約数量が確保できなかった産地が四つある。うち二つは山形県だった。
二つめ。同じ3年で、玄米の仕入れ単価が、いちばん安い年といちばん高い年で1.6倍の開きがあった。
三つめ。等級のばらつきが大きくなっている。一昨年は業務用ロットの過半が二等以下だった。
「数量が読めない。値段が読めない。品質が読めない」と調達部長は言った。「この三つが同時に来ると、原価計画が立ちません」
鵜飼はメモを取った。
提案は、輸入米の比率を上げることだった。
現行の主力ブレンドは、国産で組んでいる。山形、秋田、宮城、新潟。
これを、2割から3割、輸入に置き換える。
「主食用として流通できる輸入米には枠があります。年間10万トンです」と調達部の担当が言った。「これはもう、ずっと満額落札されています」
「じゃあ、枠の外は」
「関税がかかります。1キロあたり341円」
鵜飼は電卓を出した。
「玄米60キロだと、2万円ですね」
「そうです。これが実質的な壁になってきました。ただ、5年前から、この関税を払ってでも入れる業者が出ています」
「採算が合うんですか」
「合う年があります。国産が高いときは」
そこから、担当は最近の動きを説明した。
国会で、この341円の引き下げが議論されはじめている。
きっかけは5年前の米不足だった。店から米が消えて、値段が2倍近くまで上がったとき、なぜ輸入しないのか、という声が一気に強まった。あのとき備蓄米が放出されたが、店頭に並ぶまでに何か月もかかって、値段が下がるころには騒ぎが終わっていた。
次にまた足りなくなったとき、政府に何ができるのか。
備蓄は、以前の半分ほどしかない。適正水準が100万トンとされているところ、50万トン台で推移している。しかもその半分近くが古い年産だ。
「放出できる玉が、前より少ないんです」
「だから、輸入」
「そういう議論になっています」
鵜飼は、その説明を聞きながら、少し不思議に思った。
いま、米は余っている。値段も戻ったとはいえ、5年前の水準には遠い。
余っているのに、輸入を増やす話が進んでいる。
「余ってるのに、ですか」
「余ってるときに決めるんですよ」と調達部長が言った。「足りなくなってからだと、間に合わない」
鵜飼は、その言葉が正しいと思った。
正しいと思ったうえで、少し引っかかった。
余っているときに輸入の道を広げると、余っているものがさらに余る。
足りないときに輸入が来ると、上がりかけた値段が抑えられる。
どちらにしても、下がる方向にしか働かない。
彼女はそれを口に出そうとして、やめた。自分の担当ではないし、それを言ったところで、うちの会社の判断が変わるわけでもない。
決まったのは、こういうことだった。
来春から、主力おにぎり5品のブレンドについて、輸入米を2割5分入れる。
残り7割5分は国産で、産地は引き続き複数県。
仕様書の記載を、こう変える。
(旧) 山形県産はえぬき 38% ほか
(新) 国産米 75% / 輸入米 25%
産地名と品種名が、仕様書から消えた。
「これ、店頭表示はどうなりますか」と鵜飼は訊いた。
「原料原産地の表示は要ります。国産と、アメリカ産と、両方書きます」
「お客様の反応は」
「たぶん、少し来ます」
調達部長は淡々と言った。
「ただ、5年前の騒ぎで、うちは一度、飯を減らしています。あのときのほうが反応は大きかった。値段を上げなかったので、収まりました」
鵜飼は自分がその判断をしたことを思い出した。
110グラムを104グラムにした。フードロス削減、と説明した。嘘ではなかった。
あれから5年、一度も戻していない。
会議のあと、鵜飼は自席で仕様書の改訂版を作った。
「山形県産はえぬき」という文字列を消すとき、少しだけ手が止まった。
この銘柄を、彼女は入社したときから見ている。粒が締まっていて、冷めても硬くならず、握っても崩れない。おにぎりのためにあるような米だと、先輩に教わった。
その米が、どこで作られているのかを、彼女は知らない。
山形県のどのあたりで、誰が、どのくらいの面積で作っているのか。一度も調べたことがない。調べる必要が、業務上、なかった。
いま、必要がないまま、消す。
鵜飼はキーを押した。文字列が消えて、「国産米」に置き換わった。
11月、リニューアルの発表資料を作った。
プレスリリースの文面は、こうなった。
——安定的な供給体制の構築のため、原料米の調達を見直します。
嘘ではない。
実際、この3年、数量が揃わなかった。品質もばらついた。安定させるための判断だった。
資料の最後に、鵜飼は一行だけ添えた。
——今後も、お客様に安心してお召し上がりいただける品質を維持してまいります。
これも嘘ではなかった。品質は、たぶん維持される。輸入米を2割5分入れても、ブレンドと精米の加減で、炊き上がりは揃う。それが卸と精米工場の技術というものだ。
食べる人は、気づかない。
その週の金曜、鵜飼は残業して、来年度の原価計画を仕上げた。
輸入米を2割5分入れることで、玄米の仕入れ単価は8パーセントほど下がる見込みだった。
年間の使用量が2,800トン。
2割5分だと、700トン。
700トンの国産米が、来年から要らなくなる。
鵜飼はその数字を、原価の表に打ち込んだ。打ち込んで、保存して、閉じた。
5年前にも、似た数字を扱った気がした。あのときは800トンだった。
二回で、1,500トン。
1,500トンがどのくらいの面積になるのか、鵜飼は知らない。
仮に反収が10アールあたり500キロだとすれば、300ヘクタールになる。
彼女はその計算をしなかった。する理由が、業務上、なかった。
同じ11月、庄内では稲刈りが終わっていた。
立野目ファームの令和11年産は、玄米で610トンだった。
122ヘクタールから穫れた量である。
水が届かなくて作れなかった28ヘクタールが、そこに入っていない。
第二十六章 戻った年
2030年2月10日/庄内中央銀行 余目支店
佐久間稔/沼田(同行 法人融資課長・38歳)
2月10日、庄内中央銀行の応接室。
沼田(ぬまた)は、まだこの支店にいた。38歳になっている。転勤族なので、そろそろ動くはずだと本人は言っていた。
佐久間稔(さくま みのる)は、令和11年産の決算書を封筒から出した。
令和11年産 損益計算書(単位:万円)
| 科目 | 令和11年産 | 令和10年産 |
|---|---|---|
| 米の売上 | 25,780 | 24,830 |
| 大豆・交付金 | 3,800 | 3,200 |
| 作業受託 | 1,000 | 1,300 |
| 売上高 計 | 30,580 | 29,330 |
| 肥料・農薬・種苗・燃料 | 8,800 | 9,600 |
| 人件費 | 4,300 | 4,300 |
| 地代 | 3,150 | 3,150 |
| 土地改良区賦課金 | 1,260 | 1,260 |
| 減価償却費 | 5,300 | 6,100 |
| 修繕費 | 2,400 | 2,000 |
| 支払利息 | 1,050 | 1,300 |
| その他 | 1,800 | 1,800 |
| 費用 計 | 28,060 | 29,510 |
| 営業損益 | +2,520 | ▲180 |
| 特別損失 | ▲4,200 | — |
| 税引前損益 | ▲1,680 | ▲180 |
沼田は、まず営業損益の行を見た。
「黒字ですね」
「黒字だ」
「4年ぶりですか」
「そうなる」
沼田は、そこから数字を追った。
「主食用米の作付が、150ヘクタールから122ヘクタールに減っています」
「水が来なかった」
「聞いています。28ヘクタール」
「そうだ」
「にもかかわらず、米の売上が去年より増えている」
沼田は電卓を叩いた。
「去年が26,000袋で2億4,830万円。今年が20,300袋で2億5,780万円。袋が5,700減って、売上が950万円増えています」
「概算金が12,800円になった」
「去年が9,800円ですから、3,000円上がったわけですね」
「上がった」
沼田はペンを置いた。
「これ、外から見たら、いい決算です」
「なぜ上がったんですか」と沼田は訊いた。
「全国で、作らなくなったからだ」
佐久間はメモ用紙を引き寄せた。
「5年前に米が余って、値段が落ちた。落ちたから、みんな作付けを減らした。減らした人のうち、何割かは、値段が戻っても戻らない」
「戻らない」
「やめた人は、機械を売る。田を返す。人を減らす。値段が戻ったからといって、それを買い直したり、雇い直したりはしない」
佐久間は線を引いた。
「だから、供給は減ったところで止まらずに、行き過ぎる。行き過ぎたところで、値段が跳ねる」
「振り子ですね」
「振り子だ。ただし、行って帰ってくるだけじゃない」
彼はもう一本、下向きの線を引いた。
「値段が高かった2年で、外食と中食が米を減らした。減らしたぶんは、戻らない。だから、次に振り子が戻ってくるときの位置が、前より下がっている」
沼田は、特別損失の行を指した。
「4,200万円。内訳は」
「二つある」
佐久間は資料をめくった。
「一つは、仮設ポンプだ。5月に、排水路から水を揚げようとした。ポンプ4台と、ホースと、発電機。工事も入れて980万円」
「効きましたか」
「6枚に水が入った」
「22枚には」
「入らなかった」
佐久間は次の行を指した。
「もう一つは、業務用の契約だ」
立野目ファームは、業務用の卸と、3年の複数年契約を結んでいた。年間で一定の数量を、一定の価格帯で納める。安定した販路になるかわりに、数量を割ると違約になる。
今年、数量を割った。
122ヘクタールしか作れず、しかも下流の田は水温の高い水しか来なかったので、等級も揃わなかった。
違約金と、来期以降の取引縮小に伴う引当てを合わせて、3,220万円を計上した。
「取引は、続くんですか」
「半分になった」
「来年から」
「そうだ」
沼田は何も言わなかった。
「もう一つ、修繕費が増えていますね」
「水路だ」
佐久間は言った。
「秋から、うちで浚っている。2.4キロのうち、下の1.2キロを、うちの人間でやった」
「土地改良区は」
「あそこの管轄は分水工までだ」
「じゃあ、地元で」
「地元が、三人しかいない」
沼田はペンを止めた。
「三人」
「今年の春の話だ。いまは、うちを入れて五人ぐらいになる」
佐久間は湯呑みを取った。
「うちの若いのが計算した。2.4キロを浚うのに、うちだけでやると40人日かかる。人件費で60万円だ」
「それは、去年までは」
「出不足金を、年に9,000円払っていた」
沼田は、しばらく数字を見ていた。
それから、貸借対照表を開いた。
令和11年産 貸借対照表(単位:万円)
| 科目 | 令和11年産 | 令和10年産 |
|---|---|---|
| 現預金 | 2,200 | 5,200 |
| 棚卸資産 | 2,600 | 3,000 |
| 売掛金 | 3,000 | 3,400 |
| 固定資産 | 9,900 | 14,400 |
| 資産 計 | 17,700 | 26,000 |
| 短期借入金 | 9,000 | 9,000 |
| 長期借入金 | 6,700 | 13,300 |
| 負債 計 | 15,700 | 22,300 |
| 純資産 | 2,000 | 3,700 |
| 自己資本比率 | 11.3% | 14.2% |
沼田は、電卓を出した。
「キャッシュフローを見ましょう」
彼は紙に書いた。
税引前損益 ▲1,680
減価償却費 +5,300
差引 +3,620
借入元金返済 ▲6,600
差引 ▲2,980
「2,980万円、通帳から減っています。現預金が5,200万円から2,200万円になった」
「そうだ」
沼田はペンを置いた。
「佐久間さん」
「なんだ」
「来年の元金返済は、6,600万円です」
佐久間は頷いた。
「現預金が2,200万円です」
「足りないな」
「足りません」
2年前、この部屋で、佐久間は同じ男から3年という数字を聞いた。
現預金が6,000万で、年に2,000万ずつ減れば、3年でなくなる。
あのとき彼は3年と数えた。
1年目に2,000万減った。2年目に3,100万減って、借り増して埋めた。3年目は700万で止まった。
止まったと思った年に、水が来なくなった。
4年目で、2,980万減った。
「三つ、申し上げます」と沼田は言った。
彼はいつになく、姿勢を正していた。
「一つめ。現預金2,200万円に対して、来年の元金返済が6,600万円です。返済1年分どころか、三分の一もありません」
「そうだな」
「二つめ。純資産が2,000万円です。この4年の平均損失は、年1,880万円ほどです。同じことがもう1年続けば、債務超過です」
「1年か」
「1年です」
沼田は三本目の指を立てた。
「三つめ。短期借入の9,000万円は、毎年、借換えで回っています。今年の更新は、9月です」
佐久間は、その意味を理解した。
「更新しないこともある、ということか」
「私は、更新したいと思っています」
沼田は、そう言った。
「ただ、私が決めることではありません」
「本部は、何を見るんだ」
「返済原資です。営業損益が黒字に戻っているのは、プラスに見ます。特別損失も、一過性なら説明がつく」
「じゃあ」
「問題は、水です」
沼田はペンで、資料の余白を叩いた。
「28ヘクタールが作れなかった理由が、天候なら、来年は戻る可能性があると書けます。相場なら、戻るかもしれないと書けます」
「水路だ」
「水路は、戻る根拠がないんです」
佐久間は、しばらく黙っていた。
「浚えば戻る」
「誰が浚いますか」
「うちが浚う」
「毎年ですか」
佐久間は答えなかった。
答えられなかった。
外に出ると、雪だった。
2月の庄内は、いちばん重い雪が降る。
佐久間は軽トラックに乗って、エンジンをかけて、しばらく動かなかった。
今年、米は戻った。概算金は12,800円になった。等級も6割が一等だった。全国では、足りないという話が出はじめている。
値段が戻った年に、うちは28ヘクタールを作れなかった。
2年前、彼は総会で、規模を保つと約束した。地代を据え置くと言って、拍手を受けた。あのとき、規模を保つことが、預けてくれた人たちへの義務になった。
いま、その義務を果たせていない。
果たせない理由は、経営の失敗でも、天候でもなかった。
2.4キロの水路を、三人では浚えなかったからだった。
佐久間はギアを入れた。
ワイパーが雪を払っていく。フロントガラスの向こうに、白く埋まった田が広がっていた。
この下に、うちの122ヘクタールがある。
その先に、作らなかった28ヘクタールがある。
間章四 土
2030年3月5日/新庄・農業大学校 〜 立野目・五十嵐家
土田涼太(27歳)/斎藤(農業大学校 教員)/五十嵐源治(79歳)
3月5日、土田涼太(つちだ りょうた)は新庄まで車を走らせた。
庄内から山を越えて、2時間近くかかる。雪はもう緩んでいて、道路の脇に黒く残っていた。
母校の農業大学校に呼ばれていた。
卒業を控えた学生に、現場の話をしてほしい、というのが依頼だった。断る理由もなかったので、引き受けた。
27歳になっている。卒業して、7年目だった。
控室で、恩師の斎藤(さいとう)と話した。稲作の実習を見ていた先生で、当時から白髪だった。
「土田、まだあそこにいるのか」
「います」
「大きいとこだべ、あそこ」
「150ヘクタールです」
斎藤は湯呑みを置いた。
「大変だなあ、いまは」
「大変です」
それ以上、聞かれなかった。庄内の事情は、たぶんこの人のところにも届いている。
「土田の代、稲作コース、何人だったっけ」
「12人です」
「12人か」
斎藤は指を折りはじめた。土田も、頭のなかで折った。
12人のうち、いま農業をやっているのは三人だった。
三人とも、実家が農家だった。親の経営に入って、そのまま継いでいる。一人は最上で、一人は村山で、一人は置賜。三人とも10ヘクタール前後の水田をやっている。
残る九人のうち、農協に二人。農業機械のメーカーに一人。資材の卸に一人。市役所に一人。県庁に一人。
あとの三人は、農業とまったく関係のない仕事についていた。一人は仙台で介護をやっている。一人は運送。一人は連絡が取れない。
「実家が農家でねぇのに就農したのは、土田だけだな」
「僕、就農じゃないです。就職です」
「同じようなもんだべ」
「違います」
土田は自分でも思ったより強く言った。
「僕、田んぼ持ってません。会社の社員です。会社がなくなったら、終わりです」
斎藤はしばらく黙って、それから、そうだな、と言った。
講義は50分だった。
学生は20人ほどいた。土田が学生だったころより少ない。
彼は最初、何を話せばいいのか分からなかった。
用意していったのは、立野目ファームの規模と、機械の話と、1年の作業暦だった。話しはじめて、10分で、それがまるで面白くないことに気づいた。
途中でやめて、こう言った。
「すみません。用意してきた話、やめます」
学生が顔を上げた。
「代わりに、去年の4月にあったことを話します」
土田は、江浚え(えざらえ)の話をした。
2.4キロの水路を、三人で浚おうとした話。1日で600メートルしか進まなかった話。4月26日に幹線の水門が開く日が決まっていて、それまでに間に合わなかった話。
水が来なくて、42ヘクタールのうち28ヘクタールに稲を植えられなかった話。
その28ヘクタールの地代を、会社が588万円払った話。
学生は静かに聞いていた。
最後に、一人が手を挙げた。
「それって、農業の話ですか」
土田は少し考えた。
「どういう意味ですか」
「いや、水路の掃除って、農業なのかなって」
教室が少し笑った。
土田は笑わなかった。
「僕も、3年目までそう思ってました」
彼は言った。
「農業っていうのは、耕して、播いて、水入れて、刈ることだと思ってました。水路の泥を上げるのは、農業のついでにやる、面倒くさい行事だと」
彼は黒板に、線を一本引いた。
「違いました。水が来ることが、先です。水が来るから、耕せる。水が来なければ、機械も、肥料も、品種も、全部、意味がない」
誰も何も言わなかった。
「うちの会社は、去年、出不足金を年に9,000円払っていました。出役に出られない人が払う金です。9,000円で、行かなくていいことになっていた」
土田は続けた。
「今年、その2.4キロを自分たちで浚うことになりました。計算したら、60万円ぶんの労働でした」
「67倍ですね」と、さっきの学生が言った。
「そうです」
帰り道、土田は庄内に入ったところで、軽自動車を立野目のほうへ向けた。
まっすぐ帰れば寮だが、少し遠回りになる。
五十嵐源治の家の前に、軽トラが停まっていた。
納屋の戸が開いていて、なかで音がしている。
「源治さん」
源治が振り返った。腰を伸ばすのに、少し時間がかかった。79になっている。
「おお。兄ちゃんが」
納屋のなかに、大豆が広げてあった。ブルーシートの上に、去年の秋に穫ったものを出して、選別している。手選りだ。虫食いと、割れたのと、色の悪いのを、指で拾っては別の箱に入れている。
「これ、全部手でやるんですか」
「機械で一回通したんだけどな。まだ入ってら」
「大変ですね」
「米より楽だ」
源治は言って、笑った。
「水、見に行がねぐていいもの」
土田は、土間のパイプ椅子に座った。
源治が茶を出した。
「今年、江浚え、どうだった」
土田は湯呑みを持ったまま、少し止まった。
「三人でした」
「三人」
「僕と、齋藤さんと、加賀谷さん」
源治は、しばらく黙っていた。
「そんげ、少ねぐなったが」
「少なくなりました」
「なして来ねぇんだべ」
土田は、答えられなかった。
答えられなかったのは、答えを知っていたからだった。
上流の2戸が水を使わなくなったからだ。使わない人には、来る理由がない。そして、その2戸のうちの1戸が、目の前で大豆を選っている人だった。
源治は、そのことに気づいていない。
気づいていないのは、当たり前だった。彼は一町一反を大豆に替えただけだ。59ヘクタールのうちの、2パーセントに満たない。2パーセントが抜けて水が止まるなどということは、誰も教えてくれない。
教える人がいるとすれば、それは水路の全体を見ている人だが、その人はこの村にいない。加賀谷は土地改良区の職員で、管轄は分水工までだった。
「みんな、年取ったんですかね」と土田は言った。
嘘ではなかった。嘘ではないが、それが全部でもなかった。
「んだな」と源治は言った。「年取ったな」
しばらくして、土田は思い出したように訊いた。
「源治さん、あの帳面、まだつけてますか」
源治は手を止めた。
「もう、つけでねぇ」
「いつからですか」
「去年の春だ」
彼は大豆を一粒つまんで、箱に入れた。
「水番でねぐなったがら」
土田は湯呑みを置いた。
「あれ、まだありますか」
「あるある。押入れさ」
源治は立って、奥の部屋へ行った。しばらくして、輪ゴムで束ねた大学ノートを持って戻ってきた。
6冊。いちばん下の1冊は、表紙が茶色く変色して、角が丸くなっている。
「捨てっぺかと思ってらった」
「捨てるんですか」
「誰も見ねぇべ、こんげもの」
源治は束を土間の台に置いた。
「息子も、要らねって言ってら」
土田は、いちばん上の1冊を取って、開いた。
去年の4月8日の頁が、最後だった。
丸が八つ。バツが三つ。
自分の字だった。2年前から、記帳は土田がやっていた。
その次の頁は、白いままだった。
今年の4月8日は、まだ来ていない。去年の4月8日は、三人だった。その三人は、この帳面に書かれていない。
書く人が、いなくなっていた。
土田は、しばらくその白い頁を見ていた。
「源治さん」
「んだ」
「これ、捨てないでください」
源治は不思議そうな顔をした。
「なして」
土田は、理由を言えなかった。
言えなかったので、こう言った。
「なんとなくです」
源治は少し笑って、束を押入れのほうへ持っていった。
帰り道、土田は水路沿いを走った。
3月の水路は空で、まだ雪が残っている。去年の秋に自分たちで浚った下流の1.2キロは、上流よりきれいに見えた。
その上流の、浚っていない区間に、崩れた土手の土が溜まっているのが見えた。
あと1か月で、また4月になる。
寮に着くころには、暗くなっていた。
土田は車を停めて、しばらくハンドルに手を置いたまま座っていた。
2020年に、この道を初めて通った。農業大学校の実習で、庄内の大区画を見に来たときだ。あのとき、1枚1ヘクタールの田を見て、すごいと思った。
あの田は、いまも同じ場所にある。
水が、来なくなっただけだった。
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