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『異国警固異状なし』 第一部 誰も準備していなかった戦争

主な登場人物

少弐景資(しょうに・かげすけ)
大宰府を守る少弐家の武将。西国から集まった癖の強い武士たちをまとめ、蒙古襲来に備える若き現場指揮官。

少弐経資(しょうに・つねすけ)
景資の兄。少弐家の政務を担い、複雑な現場を淡々と記録へ変える。「大筋」が合っていればよい実務家。

少弐資能(しょうに・すけよし)
景資と経資の父。長く九州の政務を担ってきた老練な武将。たいていの騒動には前例を知るが、蒙古だけは初めて。

葛木頼成(かつらぎ・よりなり)
鎌倉から来た幕府の実務官。規定と文書を重んじる生真面目な男で、複雑な日本の仕組みを整理しようと奮闘する。

竹崎季長(たけざき・すえなが)
肥後の御家人。勇敢であると同時に、戦功は証明されて初めて意味を持つと心得る現実派。「見たか」が口癖。

潮見弥六(しおみ・やろく)
瀬戸内の海辺を本拠とする武士。船と潮に詳しく、規則より現場を信じる。中央の役人とはしばしば話が噛み合わない。

城戸新三郎(きど・しんざぶろう)
筑前に土地と郎党を持つ在地の武士。幕府の御家人ではないため、蒙古以前に「自分は軍役の対象か」を気にしている。

慶円(けいえん)
博多周辺の寺に属する僧。祈祷だけでなく寺領や宿泊、救護にも目を配る実務派で、何事にもまず「根拠」を求める。

崔允(チェ・ユン)
高麗軍の軍官。元と日本の間で遠征に巻き込まれる側の事情を知る冷静な観察者。次第に日本の分析を諦め始める。

ボロク(ボロク)
元軍の敵情分析を担う軍官。極めて有能だが、敵には必ず統一された目的があると信じ、日本軍の行動を読み解こうとする。

李蔵用(イ・ジャンヨン)
高麗の重臣。海を越えた日本遠征の危険と利益の乏しさを早くから見抜き、元に慎重な対応を進言する。

白石通泰(しろいし・みちやす)
肥前の御家人。文永の戦いでは竹崎季長と行動を共にし、その働きを目撃する。季長にとって重要な証人となる人物。

安達泰盛(あだち・やすもり)
鎌倉幕府の有力御家人。遠く九州で戦った武士たちの軍功を中央で扱う立場にあり、竹崎季長とも深く関わる。


第一章 日本国王について



文永五年。

大宰府へ、一通の国書が届いた。

海の向こうから来た。

差出人は、大蒙古国皇帝。

宛先は、日本国王。

内容は、友好を求める形を取りながら、日本へ国交を迫るものだった。

問題は内容だけではなかった。

宛先だった。

大宰府役人「日本国王。」

葛木頼成「はい。」

大宰府役人「誰だ。」

葛木頼成「それを、これから確認します。」

国書は日本へ届いた。

日本国王だけが見つからなかった。

この国書が日本へ届く前年、高麗では別の問題が検討されていた。

蒙古の使者を日本へ案内するよう求められた高麗の宰相、李蔵用は慎重だった。

日本は海を隔てて遠い。

以前から中国王朝へ毎年朝貢していた国でもない。

服属させても得るものは大きくない。

放置しても皇帝の威光が直ちに損なわれるわけではない。

それでも国書を送れば、返事が問題になる。

無礼な返答が来て放置すれば威信に関わる。

攻めれば海を渡らなければならない。

李蔵用「国書を下さない方がよいと考えます。」

黒的「皇帝は日本を招諭するよう命じている。」

李蔵用「では、返答が傲慢だった場合は。」

黒的「その時に考える。」

李蔵用「海も、その時に考えることになります。」

高麗側は一度、風浪の険しさを理由に日本行きを途中で断念している。

海路を知る者ほど、海を渡る命令を簡単には考えなかった。

李蔵用の忠告は合理的だった。

国書も、予定どおり送られた。


当時の日本には、天皇がいた。

京都にいる。

朝廷もある。

国政上の権威を持つ。

ここだけ見れば、元側が「日本国王」と呼ぶ相手として分かりやすい。

しかし、武家の政務を行う幕府は鎌倉にある。

将軍もいる。

さらに、その将軍を補佐する執権がいる。

実際の武家政権では、北条氏の力が大きい。

葛木は紙を出した。

一番上に、

天皇

と書いた。

その下へ朝廷を書いた。

離れたところに、

将軍

と書いた。

さらに、

執権

と書いた。

大宰府役人「どれが国王だ。」

葛木頼成「外から見れば天皇が近いでしょう。」

大宰府役人「では天皇へ。」

葛木頼成「ただし、この文書への対応には幕府も関わります。」

大宰府役人「では将軍か。」

葛木頼成「将軍は当時四歳です。」

大宰府役人「四歳。」

葛木頼成「はい。」

大宰府役人「国王ではないな。」

葛木頼成「元側が年齢を知っているかは別です。」

紙の上では、候補が一人減った。

実際には減っていなかった。


将軍を補佐する執権は、北条時宗だった。

武家政権の実務上、極めて重要な人物である。

では執権が日本国王なのか。

そう書けば簡単だった。

日本側では、そうならない。

執権は将軍ではない。

将軍は天皇でもない。

天皇は鎌倉にいない。

鎌倉は朝廷でもない。

しかし、蒙古からの国書をどう扱うかについて、どこも無関係ではなかった。

葛木は線を引いた。

天皇から朝廷。

朝廷から将軍。

将軍から執権。

執権から御家人。

途中で止めた。

大宰府役人「大宰府は。」

葛木頼成「ここです。」

大宰府役人「そこから誰へ報告する。」

葛木頼成「鎌倉へ。」

大宰府役人「なら鎌倉が上では。」

葛木頼成「朝廷への奏聞も必要です。」

大宰府役人「では京都が上では。」

葛木頼成「一枚の上下関係にはしにくいです。」

大宰府役人「組織図だろう。」

葛木頼成「はい。」

大宰府役人「上下を決めるものでは。」

葛木頼成「今回は、決めない方が正確です。」

線が一本増えた。

組織図は、少し不正確になった。


鎌倉へ報告が届いた。

国書を受け取った幕府も、勝手に日本国王を名乗るわけにはいかない。

幕府には幕府の権限がある。

朝廷には朝廷の権威がある。

外交文書だから朝廷だけで決める、というほど単純でもない。

相手は蒙古である。

軍事問題になる可能性がある。

その場合、西国の武士を動かすのは幕府だった。

鎌倉奉行人「朝廷へ奏聞する。」

葛木頼成「はい。」

鎌倉奉行人「幕府としても内容を検討する。」

葛木頼成「はい。」

鎌倉奉行人「返答は。」

葛木頼成「朝廷の議も必要です。」

鎌倉奉行人「では朝廷が決める。」

葛木頼成「幕府の意向も伝えます。」

鎌倉奉行人「結局、誰が決める。」

葛木頼成「双方です。」

鎌倉奉行人「日本国王は双方なのか。」

葛木頼成「元側には説明しにくいですね。」

元の国書は、一人の国王を想定していた。

日本側には、複数の正しい回答があった。


京都でも議論になった。

大国から来た正式な文書を無視してよいのか。

返答すべきではないか。

礼を欠けば戦になるのではないか。

一方で、蒙古の文面には上位者から下位者へ語るような部分もある。

受け入れれば、その上下関係を認めることになりかねない。

朝廷文官甲「返書を作るべきです。」

朝廷文官乙「返す必要はない。」

朝廷文官甲「外交です。」

朝廷文官乙「服属を求めています。」

朝廷文官甲「拒絶する返書を。」

朝廷文官乙「返書を出すこと自体が関係を認める。」

双方に理屈があった。

誰も、蒙古が怖いから返事をしたくない、とだけ言っているわけではない。

誰も、勇敢だから無視する、とだけ言っているわけでもない。

外交儀礼。

国内の権限。

軍事的危険。

相手国への認識。

すべてを同時に考えていた。

考える項目が多いほど、結論は遅くなった。


葛木は組織図を書き直した。

天皇。

上皇。

朝廷。

将軍。

執権。

評定。

大宰府。

西国御家人。

寺社。

それぞれを線で結んだ。

線には意味を書いた。

任命。

権威。

軍事。

所領。

命令。

奏聞。

報告。

一枚目に入らなかった。

二枚目へ続けた。

二枚にすると、今度は線が紙の端で切れた。

三枚目を足した。

鎌倉奉行人「できたか。」

葛木頼成「分からない理由が分かりました。」

鎌倉奉行人「何が。」

葛木頼成「誰も国王でないのではなく、国王に相当する働きが一人へ集まっていません。」

鎌倉奉行人「元へそう返すか。」

葛木頼成「説明から始める必要があります。」

鎌倉奉行人「国書への返事の前に。」

葛木頼成「日本の説明を。」

鎌倉奉行人「長くなるな。」

長くなる。

元側は、日本国王へ書状を出しただけだった。

日本側は、自国の統治機構の説明から始める必要があった。


国書は大宰府から鎌倉へ送られた。

鎌倉から朝廷へ伝えられた。

朝廷は検討した。

幕府も検討した。

どちらも、自分の権限を越えないように慎重だった。

後世から見れば、中央権力が二つあって混乱したように見える。

当時の制度としては、双方とも必要だった。

朝廷を無視できない。

幕府も無視できない。

だから両方へ回した。

正しい手続きだった。

その結果、文書はよく移動した。

返事はまだ動かなかった。

葛木の組織図には、最後に「日本国王」という文字だけが残った。

矢印をどこへ引くかは決まらなかった。

国書は、日本国王からの返事を求めていた。

日本側はまず、日本国王からの返事とは何かを考える必要があった。

この時点では、まだ蒙古は来ていない。


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第二章 返書について



国書を受け取った以上、次に必要なのは返事だった。

返す。

返さない。

返すなら、誰の名で返す。

何を書く。

どの形式にする。

誰に持たせる。

一つ決めるたび、次の問題が出た。

葛木頼成の机には、線の増えすぎた組織図がまだ残っていた。

鎌倉奉行人「朝廷では返書を作る話がある。」

葛木頼成「はい。」

鎌倉奉行人「幕府は。」

葛木頼成「返答に慎重です。」

鎌倉奉行人「つまり。」

葛木頼成「返書を作ることと、返書を送ることは別です。」

鎌倉奉行人は葛木を見た。

日本側は、返事を書く段階まで進んだ。

返事をする段階には、まだ進んでいなかった。


京都では、返書案が検討された。

蒙古側の威圧的な表現を受け入れない。

日本が元へ服属するとも書かない。

一方で、無用に相手を侮辱する必要もない。

外交文書として筋を通す。

朝廷文官甲「礼をもって返すべきです。」

朝廷文官乙「服属を拒むことは明記する。」

朝廷文官甲「戦を望むとは書かない。」

朝廷文官乙「当然です。」

全員が開戦を望んでいたわけではない。

むしろ戦は避けたい。

ただし服属もしたくない。

この二つは両立する。

外交は、その両立を文章にする仕事だった。

問題は、文章ができても送れるとは限らないことだった。


幕府には別の懸念があった。

返書を送れば、元との正式な外交往復が始まる。

相手が次に何を求めるか分からない。

使者の往来が増えるかもしれない。

返書の文言一つが、服属の意思と解釈される可能性もある。

鎌倉奉行人「返さなければどうなる。」

葛木頼成「元側は不満でしょう。」

鎌倉奉行人「返せば。」

葛木頼成「内容によっては、別の要求が来ます。」

鎌倉奉行人「どちらでも来るのか。」

葛木頼成「可能性はあります。」

鎌倉奉行人「では返す意味は。」

葛木頼成「こちらの意思を伝えられます。」

鎌倉奉行人「伝えた結果、戦になることも。」

葛木頼成「あります。」

鎌倉奉行人「伝えなくても。」

葛木頼成「あります。」

選択肢は二つあった。

危険も二つあった。

決断は簡単にならなかった。


大宰府にも指示が届く。

元側からの使者に何を言うか。

返書はあるのか。

いつ返すのか。

現場は答えを求められる。

大宰府役人「返書は。」

幕府使者「まだです。」

大宰府役人「作っているとは聞いた。」

幕府使者「検討中です。」

大宰府役人「いつ決まる。」

幕府使者「鎌倉と京都の判断によります。」

大宰府役人「使者には。」

幕府使者「待たせます。」

大宰府役人「どこまで。」

幕府使者「帰るまで。」

大宰府役人「返書を持たずに。」

幕府使者「そうなる可能性があります。」

外交使節を待たせることはできる。

結論まで待たせる義務はなかった。


慶円の寺でも、蒙古の話は広がっていた。

異国から大きな国書が来た。

返書を出すらしい。

いや、出さないらしい。

戦になるらしい。

ならないらしい。

寺には武士も役人も商人も出入りする。

噂は集まる。

慶円「返事をすれば戦にならないのですか。」

葛木頼成「分かりません。」

慶円「返事をしなければ。」

葛木頼成「分かりません。」

慶円「では何を決めているのです。」

葛木頼成「どちらが適切かです。」

慶円「結果ではなく。」

葛木頼成「結果が分からないので。」

慶円はうなずいた。

宗教では、結果が分からなくても祈る。

政治では、結果が分からなくても決める。

どちらも難しかった。

慶円「では祈祷はしておきます。」

葛木頼成「何の。」

慶円「異国が来ないように。」

葛木頼成「まだ来るとは決まっていません。」

慶円「来ると決まってからでは遅いでしょう。」

実務として正しかった。

幕府より判断が早かった。


返書案は存在した。

しかし、日本から元へ正式な返答は送られなかった。

後世には、

日本は元の服属要求を毅然として拒絶した、

と短くまとめることができる。

結果としては間違いではない。

ただし、その「拒絶」は一枚の勇壮な返書で行われたわけではない。

返書をどうするか議論した。

名義を考えた。

形式を考えた。

相手の要求を検討した。

軍事的危険を考えた。

朝廷と幕府がそれぞれ判断した。

そして送らなかった。

鎌倉奉行人「返書は。」

葛木頼成「案があります。」

鎌倉奉行人「送ったか。」

葛木頼成「送っていません。」

鎌倉奉行人「では返答は。」

葛木頼成「していません。」

鎌倉奉行人「拒絶したのか。」

葛木頼成「服属はしません。」

鎌倉奉行人「それは相手に伝えたか。」

葛木頼成「伝えていません。」

意思は明確だった。

伝達だけがなかった。


元側には、日本から返事が来ない。

国書を送った。

使者も送った。

返答がない。

元側官人「日本国王からの返書は。」

元側官人補佐「ありません。」

元側官人「受け取っていないのか。」

元側官人補佐「受け取っています。」

元側官人「では検討している。」

元側官人補佐「そうかもしれません。」

元側官人「拒絶か。」

元側官人補佐「返答がありませんので。」

元側官人「何が分かる。」

元側官人補佐「返答がないことです。」

元側にとって、日本側の国内手続きは見えない。

朝廷と幕府が何を議論したかも分からない。

分かるのは、返書が来ないという事実だけだった。

沈黙は、国内では複数の理由から生まれた。

国外では、一つの態度に見えた。


日本側は、その後も国書を受け取ることになる。

元側は返事を求め続ける。

日本側は、返事をしない。

この関係が続いた。

葛木は古い組織図を丸めた。

捨てはしなかった。

また必要になる可能性があった。

慶円「返事は出なかったのですか。」

葛木頼成「出ませんでした。」

慶円「では話は終わりですか。」

葛木頼成「相手が終わりだと思えば。」

慶円「思わなければ。」

葛木頼成「続きます。」

慶円は寺の予定を確認した。

異国退散の祈祷日は残した。

外交が終わったかどうか、寺側にも分からなかったからである。

日本は返書についてかなり詳しく検討した。

返事だけはしなかった。

この時点でも、まだ蒙古は来ていない。


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第三章 西国諸勢参着について



蒙古が来る可能性がある。

そう分かれば、兵を集める必要がある。

幕府は西国の御家人へ警固を命じた。

後世から見れば、

日本軍が九州へ集結した、

と書ける。

実際に来たのは、それぞれの家だった。

主人。

息子。

兄弟。

郎党。

従者。

馬。

荷。

それぞれ別々に来た。

少弐景資「何騎来る。」

少弐家書記「三十騎との届けです。」

少弐景資「三十人か。」

少弐家書記「騎です。」

少弐景資「郎党は。」

少弐家書記「別です。」

少弐景資「何人。」

少弐家書記「分かりません。」

少弐景資「三十騎とは何人だ。」

少弐家書記「少なくとも三十人よりは多いです。」

兵力調査は、最初の一行から概数になった。


「騎」は便利な単位だった。

武士を数える。

騎馬武者を数える。

家の軍事力を示す。

しかし、実際の戦場には一騎につき本人だけが来るわけではない。

郎党。

徒歩の従者。

荷を運ぶ者。

馬を世話する者。

それらを含めれば人数は増える。

逆に、名目上は出せても実際には来ない者もいる。

葛木頼成「総兵力を出したいのですが。」

少弐家書記「どこまで数えますか。」

葛木頼成「戦う者。」

少弐家書記「郎党は。」

葛木頼成「入れます。」

少弐家書記「荷駄を扱う者は。」

葛木頼成「戦いますか。」

少弐家書記「戦になる場合も。」

葛木頼成「入れてください。」

少弐家書記「人夫は。」

葛木頼成「武器を持ちますか。」

少弐家書記「場合によります。」

葛木頼成「……別欄で。」

数字を正確にするため、欄が増えた。

総数は、さらに分かりにくくなった。


潮見弥六は瀬戸内から来た。

海辺の武士だった。

小さな船も持っている。

景資は船の数を聞いた。

少弐景資「兵船を何艘出せる。」

潮見弥六「兵船はありません。」

少弐景資「船は。」

潮見弥六「あります。」

少弐景資「何艘。」

潮見弥六「三艘。」

少弐景資「では三艘。」

潮見弥六「漁の船です。」

少弐景資「人は運べるか。」

潮見弥六「運べます。」

少弐景資「弓は。」

潮見弥六「載ります。」

少弐景資「楯は。」

潮見弥六「載ります。」

少弐景資「兵船では。」

潮見弥六「漁にも使います。」

少弐景資「戦の時だけ。」

潮見弥六「戦の時だけなら兵船です。」

船の種類は、構造より予定で変わった。

所有者は変わらなかった。


馬も同じだった。

軍馬。

乗用馬。

荷駄馬。

名前は用途を示す。

馬自身は、その日どの用途に使われるか知らない。

城戸新三郎が馬を連れて来た。

葛木頼成「軍馬十一。」

城戸新三郎「十です。」

葛木頼成「十一頭います。」

城戸新三郎「一頭は荷を運びます。」

葛木頼成「馬は馬です。」

城戸新三郎「軍馬ではありません。」

葛木頼成「昨日は乗っていたと。」

城戸新三郎「昨日は軍馬でした。」

葛木頼成「明日は。」

城戸新三郎「荷が減れば軍馬です。」

葛木は帳面を見た。

数字は十一だった。

軍馬は十だった。

翌日には変わる可能性があった。

馬にも事情があった。


さらに、御家人ではない者がいる。

武装している。

土地を持つ。

郎党もいる。

戦えないわけではない。

しかし幕府との主従関係が同じではない。

城戸新三郎「私は御家人ではありません。」

葛木頼成「存じています。」

城戸新三郎「では、なぜ呼ばれました。」

葛木頼成「近隣の有力者ですので。」

城戸新三郎「命令ですか。」

葛木頼成「協力の要請です。」

城戸新三郎「断れますか。」

葛木頼成「蒙古が来ます。」

城戸新三郎「質問の答えになっていません。」

葛木頼成「こちらも難しいのです。」

幕府は御家人へは軍役を命じられる。

御家人でない者まで同じように扱えるとは限らない。

それでも、蒙古が相手を選んで上陸する保証はなかった。

城戸新三郎「蒙古は、私が御家人でないと知っていますか。」

葛木頼成「知らないでしょう。」

城戸新三郎「なら困りますな。」

城戸は残った。

幕府への忠誠ではなかった。

蒙古側の名簿不足によるものだった。


竹崎季長も来た。

若い。

所領は大きくない。

戦で働けば、軍功になる。

軍功が認められれば、恩賞につながる可能性がある。

だから働く必要がある。

そして、働いたことを誰かに見てもらう必要がある。

竹崎季長「軍功は誰が記録します。」

少弐家書記「働きがあれば報告します。」

竹崎季長「誰が見ます。」

少弐家書記「現場の者が。」

竹崎季長「その者が死ねば。」

少弐家書記「別の証人を。」

竹崎季長「先に決めておいた方がよいですね。」

少弐家書記「戦う前から。」

竹崎季長「戦った後では遅いでしょう。」

合理的だった。

戦争はまだ始まっていない。

軍功の証明方法は、もう検討されていた。


景資は各勢を配置しようとした。

東。

西。

海岸。

街道。

予備。

命令を書いた。

各家へ渡した。

少弐景資「これで分かる。」

少弐家書記「全員が従えば。」

少弐景資「命じれば分かる。」

少弐家書記「はい。」

ところが実際に陣を置くと、各家には都合があった。

水場が近い方がよい。

馬草がある方がよい。

知人の陣に近い方がよい。

逆に、土地争いをしている家からは離れたい。

船を持つ勢は浜へ近づきたい。

馬の多い勢は乾いた場所を欲しがる。

少弐家書記「配置が変わっています。」

少弐景資「誰が変えた。」

少弐家書記「各自です。」

少弐景資「戻せ。」

少弐家書記「理由があるそうです。」

少弐景資「命令にも理由がある。」

少弐家書記「双方にあります。」

景資は配置図を見た。

命令通りではない。

ただし、軍勢は来ている。

帰ってもいない。

戦うつもりもある。

この段階では、景資はまだ全員を正しい場所へ戻そうとした。

父の少弐資能は、配置図を見ていた。

少弐資能「人が命令通り集まらぬ話なら、前にもあった。」

少弐景資「蒙古相手でもですか。」

少弐資能「それは初めてだな。」

経験は役に立った。

初めての部分だけは、経験の外にあった。


兵を集めれば、食料が要る。

馬草が要る。

薪が要る。

水が要る。

宿が要る。

人が増えれば、警固の力は増える。

同じだけ負担も増える。

少弐家書記「米が足りません。」

少弐景資「何人分だ。」

少弐家書記「人数が確定していません。」

少弐景資「騎数は。」

少弐家書記「あります。」

少弐景資「騎数で米は炊けないな。」

少弐家書記「はい。」

少弐景資「馬草は。」

少弐家書記「不足しています。」

少弐景資「馬は何頭。」

少弐家書記「軍馬と荷駄馬を分けますか。」

景資は少し黙った。

敵が来る前に、こちらの分類が敵になっていた。

西国の諸勢は集まり始めた。

後世から見れば、日本軍の集結だった。

当人たちは、自分の家ごとに来ていた。

命令。

所有権。

軍功。

馬草。

食料。

それぞれ別の理由で同じ場所にいた。

この時点では、まだ蒙古は来ていない。


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第四章 遠賀河原における狼藉について



蒙古が来る前に、合戦が起きた。

蒙古とは関係がなかった。

遠賀川沿いの河原だった。

原因は馬草である。

西国から集まった武士には馬がいる。

馬は草を食う。

軍勢が増えると、草が減る。

草が減れば、刈る場所が重なる。

伊予勢兵士「ここは昨日からうちが刈っています。」

筑前勢兵士「こちらの陣に近い。」

伊予勢兵士「近いだけでしょう。」

筑前勢兵士「馬が食う。」

伊予勢兵士「こちらの馬も食います。」

話は成立していた。

解決だけしなかった。


最初に押し合いになった。

次に棒が出た。

その次に弓を持つ者が来た。

弓が出ると、周囲の武士は合戦だと思った。

法螺貝を持っていた者が吹いた。

なぜ持っていたか。

戦のためである。

戦らしいものが起きたので使った。

法螺貝が鳴ると、少し離れた陣も動いた。

事情を知らない者ほど早かった。

伊予勢兵士甲「敵襲か!」

伊予勢兵士乙「分からん!」

伊予勢兵士甲「法螺貝が!」

伊予勢兵士乙「なら行くぞ!」

敵襲ではなかった。

味方だった。

ただし、行った時点ではもう味方同士が矢を射っていた。

分類上の問題は現場で解決した。


鏑矢が飛んだ。

音が河原へ響いた。

騎馬武者が走った。

旗が上がった。

勝鬨まで上がった。

見た目だけなら大会戦だった。

少弐景資が到着した時、両勢は河原を挟んで向かい合っていた。

少弐景資「何が起きた。」

伊予勢兵士「合戦です。」

少弐景資「誰と。」

伊予勢兵士「向こうです。」

少弐景資「向こうは誰だ。」

伊予勢兵士「筑前勢です。」

少弐景資「味方だ。」

伊予勢兵士「今は敵です。」

景資は反対側へ行った。

少弐景資「何が起きた。」

筑前勢兵士「伊予勢が攻めてきました。」

少弐景資「原因は。」

筑前勢兵士「草です。」

少弐景資「馬草か。」

筑前勢兵士「はい。」

景資は河原を見た。

草はまだ残っていた。

人間の方が先に減り始めていた。


止めろという命令が出た。

双方に伝えた。

少弐景資「矢を止めろ。」

伊予勢兵士「承知しました。」

反対側でも同じだった。

少弐景資「矢を止めろ。」

筑前勢兵士「承知しました。」

しばらくして、また矢が飛んだ。

少弐景資「止めたのでは。」

少弐家書記「向こうが先に射たと。」

少弐景資「向こうにも止めろと言った。」

少弐家書記「こちらが先だと。」

少弐景資「どちらが先だ。」

少弐家書記「最初は草です。」

景資は馬草を見た。

原因だけは明確だった。

責任者は増えていた。


潮見弥六も河原へ来ていた。

自分の勢を止める必要がある。

潮見弥六「戻れ。」

伊予勢兵士「向こうがまだいます。」

潮見弥六「向こうの陣だからな。」

伊予勢兵士「退けば負けです。」

潮見弥六「何に。」

伊予勢兵士「合戦に。」

潮見弥六「これは馬草の揉め事だ。」

伊予勢兵士「もう鏑矢を射ちました。」

潮見弥六「だから何だ。」

伊予勢兵士「始まっています。」

開始した形式が、内容を決め始めていた。

法螺貝を吹いた。

鏑矢を射た。

騎馬武者が走った。

なら合戦である。

当事者の理解は、かなり完成していた。

幕府側だけが認めていなかった。


死者が出た。

五人だった。

負傷者はそれより多い。

草を巡る争いとしては多い。

大会戦としては少ない。

この中途半端な規模が、処理を難しくした。

少弐経資が報告を読んだ。

少弐経資「狼藉だ。」

少弐景資「合戦でしょう。」

少弐経資「味方同士だ。」

少弐景資「死者が五人。」

少弐経資「大規模な狼藉だ。」

少弐景資「法螺貝も。」

少弐経資「狼藉だ。」

少弐景資「鏑矢も。」

少弐経資「狼藉だ。」

少弐景資「勝鬨も三度。」

少弐経資「回数は関係ない。」

行政分類は決まった。

遠賀河原合戦は、存在しないことになった。

大規模な狼藉は存在した。


さらに問題があった。

軍功を申請する者が出た。

少弐家書記「伊予勢から申請です。」

少弐景資「何の。」

少弐家書記「遠賀河原一番槍。」

少弐景資「ない。」

少弐家書記「本人は最初に突入したと。」

少弐景資「合戦がない。」

少弐家書記「本人は合戦だったと。」

少弐景資「狼藉だ。」

少弐家書記「一番最初に狼藉したことになります。」

少弐景資「それを軍功にするな。」

申請は退けられた。

別の者は負傷を届けた。

少弐家書記「戦傷として扱ってほしいと。」

少弐景資「蒙古と戦っていない。」

少弐家書記「軍務中です。」

少弐景資「馬草を取りに行ったのだろう。」

少弐家書記「軍馬のためです。」

理屈は通っていた。

採用はされなかった。

軍功制度には、敵が必要だった。


揉め事の原因になった草は、その後も残った。

両勢が争っている間、誰も十分に刈らなかったからである。

ところが、夜になって火が出た。

焚火が移ったのか。

故意だったのか。

記録ははっきりしない。

朝になると、問題になった一帯の草は焼けていた。

潮見弥六「草がない。」

伊予勢兵士「はい。」

潮見弥六「昨日、何のために戦った。」

伊予勢兵士「草です。」

潮見弥六「今は。」

伊予勢兵士「ありません。」

潮見弥六「では馬は。」

伊予勢兵士「別の場所で刈ります。」

争いは解決した。

資源がなくなったからである。

馬は人間の事情には付き合わず、別の草を食べた。


遠賀河原の件は、報告書にまとめられた。

諸勢間の争論。

死者五名。

負傷者あり。

原因、馬草。

処分、関係者を戒める。

再発防止、草刈場の調整。

法螺貝については書かれなかった。

鏑矢も重要事項ではなかった。

三度の勝鬨も消えた。

記録は、必要なものだけ残した。

少弐景資「これだけですか。」

少弐経資「十分だ。」

少弐景資「実際には合戦でした。」

少弐経資「狼藉だ。」

少弐景資「後で誰かが読めば。」

少弐経資「馬草を巡る狼藉があったと分かる。」

少弐景資「法螺貝も吹きました。」

少弐経資「必要ない。」

歴史は、音を消すことができた。


蒙古と戦うために集まった武士たちは、まだ蒙古を見ていなかった。

ただし、合戦の準備だけはできていた。

法螺貝。

鏑矢。

騎馬。

勝鬨。

一番槍までいた。

相手だけが違った。

少弐家書記「遠賀河原の処理、終わりました。」

少弐景資「次は蒙古だな。」

少弐家書記「来れば。」

少弐景資「来ない方がよい。」

少弐家書記「その場合、また味方同士で。」

少弐景資「言うな。」

遠賀河原では、馬草を巡って五人が死んだ。

大会戦に必要なものは、ほぼ揃っていた。

法螺貝が鳴った。

鏑矢が飛んだ。

騎馬が走った。

勝鬨まで上がった。

一番槍までいた。

合戦だけがなかった。

この時点では、まだ蒙古は来ていない。


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第五章 異賊来着について



文永十一年十月、対馬から使者が来た。

蒙古が来た、という知らせだった。

これまでにも蒙古は来ていた。

使者として。

今回は違った。

船だった。

しかも一艘ではなかった。

対馬からの報告は簡潔だった。

異国船多数。
兵多数。
上陸。
戦闘。

少弐景資「多数とは、いくつだ。」

少弐家書記「分かりません。」

少弐景資「船は。」

少弐家書記「多数です。」

少弐景資「兵は。」

少弐家書記「多数です。」

少弐景資「同じ字を三度読むために使者を走らせたのか。」

少弐家書記「急報ですので。」

急報は、正確さより速さを優先する。

その結果、早く分からないことが分かった。

続いて壱岐からも知らせが来た。

船が多い。
兵が多い。
敵が強い。

数については、報告が来るたび増えた。

最初は数千。

次は一万。

その次は数万。

葛木頼成「どれが正しいのでしょう。」

少弐景資「最後の報告が一番多いな。」

葛木頼成「はい。」

少弐景資「なら、次はもっと増える。」

葛木頼成「そういう予測でよいのですか。」

少弐景資「少ないつもりで待つよりはよい。」

軍事上、敵は多めに見積もった方が安全だった。

記録上は、そのまま残ることがある。

日本側が「多数」を数えられずにいた時、その多数を運ぶ船は半年前から高麗で造られていた。

文永十一年正月、元は高麗へ戦艦三百艘の建造を命じた。

工匠。

役夫。

木材。

その他の物資。

大きな負担は高麗側が担った。

動員された工匠と役夫は三万五百余人に達したと記録される。

期限は短かった。

高麗造船役人「三百艘です。」

高麗役人「まず大船が。」

高麗造船役人「まず。」

高麗役人「遠征全体では大小の船がさらに要ります。」

高麗造船役人「人夫は三万を超えています。」

高麗役人「足りませんか。」

高麗造船役人「船には足ります。」

高麗役人「では。」

高麗造船役人「田に足りません。」

造船は農繁期を待たなかった。

兵と農民が完全に別の職業ではない社会では、人を船へ回すと、その人間は田にいなくなる。

高麗側は、造船によって農事の時期を失うことまで元へ訴えた。

六月には、戦艦九百艘を造り終えたとの報告がある。

崔允は完成した船団を見ていた。

崔允「間に合いましたね。」

高麗造船役人「船は。」

崔允「人は。」

高麗造船役人「これから田へ戻る者と、日本へ行く者がいます。」

日本では、蒙古が来るので田を離れた。

高麗では、日本へ行くので田を離れた。

戦争は、海峡の両側で農繁期を尊重しなかった。


蒙古軍、と日本側は呼んだ。

便利な呼び名だった。

ただし、海を渡って来た者が全員蒙古人だったわけではない。

高麗の兵がいた。

漢人もいた。

蒙古系の兵もいた。

装備も言葉も、すべて同じではなかった。

日本側から見れば、船から降りてこちらへ武器を向ける者は、まとめて蒙古だった。

元軍側にも似た事情があった。

倭人。

倭兵。

倭軍。

少弐勢なのか。
肥後勢なのか。
伊予から来た者なのか。

元軍からすれば、全員こちらへ矢を射る。

まとめても大きな支障はなかった。

崔允は、上陸した兵の整理を見ていた。

元軍将校「倭兵の主力はどこにいる。」

崔允「分かりません。」

元軍将校「各所にいる小勢は、主力へ戻るだろう。」

崔允「戻る先が同じなら。」

元軍将校「同じ国の軍だ。」

崔允「そうですね。」

崔允は、それ以上言わなかった。

まだ上陸したばかりだった。


元軍が百道原周辺へ姿を現した時、日本側が驚いたのは人数だけではなかった。

動き方が違った。

馬の使い方が違った。

蒙古軍は、騎兵と馬を一つの軍事装置として扱っていた。

騎手は馬上で弓を扱う。

合図で進む。

合図で退く。

多数の馬を群れとして扱うことにも慣れている。

日本側にも騎馬武者はいた。

弓馬は武士の中心的な技術だった。

ただし、各家が自分の馬を持ち寄っている。

少弐景資は騎馬を並べさせた。

少弐景資「間を詰めろ。」

伊予勢兵士「詰めています。」

少弐景資「空いている。」

伊予勢兵士「これ以上は。」

少弐景資「なぜだ。」

伊予勢兵士「噛みます。」

少弐景資「どの馬が。」

伊予勢兵士「両方です。」

少弐景資「別の馬に替えろ。」

伊予勢兵士「隣も噛みます。」

少弐景資「お前の馬は全部噛むのか。」

伊予勢兵士「知らない馬にはだいたい。」

少弐景資「下げろ。」

伊予勢兵士「どちらを。」

少弐景資「両方だ。」

日本側の馬がすべてそうだったわけではない。

だが、各家が持ち寄った馬を、その日から一つの騎兵部隊として扱うには追加の問題があった。

人間だけ並べれば済む話ではない。

馬にも事情があった。


元軍の馬にも事情はあった。

蒙古高原や高麗から博多まで、馬が走って来たわけではない。

途中に海がある。

馬を戦場へ連れてくるには、まず船へ載せなければならない。

狭い船内。

揺れ。

水。

飼料。

積み下ろし。

大陸の草原では考えなくてよい仕事が増えた。

元軍馬係「この馬は外します。」

元軍将校「なぜだ。」

元軍馬係「餌を食いません。」

元軍将校「病か。」

元軍馬係「船かと。」

元軍将校「もう降りている。」

元軍馬係「馬にはまだ分からないのでしょう。」

元軍将校は馬を見た。

馬は返事をしなかった。

元軍は、日本側よりはるかに大量の馬を管理する技術を持っていた。

それでも海を渡せば、馬は少し面倒になった。

海は蒙古軍の編制を尊重しなかった。


弓にも違いがあった。

日本側の弓は長い。

元軍側の弓は短い。

ここだけ見れば、日本側の方が強そうにも見える。

そう単純ではない。

元軍の複合弓は馬上で扱いやすく、騎兵の移動と射撃を組み合わせるための武器だった。

日本側の長弓は、武士が十分に引けば重い矢を強く送り込める。

強さの方向が違った。

伊予勢兵士「短い弓です。」

潮見弥六「見れば分かる。」

伊予勢兵士「こちらの方が長い。」

潮見弥六「それも見れば分かる。」

伊予勢兵士「なら、こちらの方が遠くまで届きますか。」

潮見弥六「試してみろ。」

兵士が矢を番える前に、元軍側から矢が飛んできた。

伊予勢兵士「向こうから来ました。」

潮見弥六「射ち返せ。」

伊予勢兵士「近づく前に射ってきます。」

潮見弥六「なら近づくまで射られるな。」

伊予勢兵士「どうやって。」

潮見弥六「それを今から考える。」

軍事上の助言としては、途中だった。

元軍側でも日本弓を観察していた。

元軍兵士「倭人の弓は長いです。」

ボロク「見れば分かる。」

元軍兵士「船では邪魔でしょう。」

ボロク「相手は船に住んでいない。」

ボロクは日本の弓を軽視しなかった。

短いから弱い。

長いから強い。

戦争がその程度で決まるなら、帝国はもっと簡単に運営できた。


百道原周辺には、騎馬が動ける開けた場所もあった。

ただし、その先まで大草原が続くわけではない。

浜。

砂地。

松原。

集落。

川。

低い丘。

道。

湿った場所。

元軍の騎兵が隊形を作る。

日本側の小勢が下がる。

元軍が追う。

小勢は松原の向こうへ消える。

別の場所から別の小勢が出る。

ボロクは報告を聞いた。

ボロク「先ほどの一団か。」

元軍斥候「違う旗です。」

ボロク「では別働隊だ。」

元軍斥候「おそらく。」

ボロク「どの部隊の指揮下にある。」

元軍斥候「分かりません。」

ボロク「主力は。」

元軍斥候「分かりません。」

ボロク「何が分かった。」

元軍斥候「違う旗でした。」

情報としては正確だった。

役に立つかどうかは別だった。

さらに別の方向から、日本勢が出た。

崔允「また来ました。」

ボロク「散開している。」

崔允「崩れたのでは。」

ボロク「崩れた軍が、なぜ別の方向から来る。」

崔允「別の者だからでは。」

ボロク「同じ倭軍だろう。」

崔允「我々から見れば。」

分析上、倭軍という一つの軍を設定した方が便利だった。

敵も一つの軍として動いてくれれば、さらに便利だった。

日本側に、その予定はなかった。


日本側も集団で戦った。

一人で敵陣へ行き、一人ずつ順番に戦ったわけではない。

竹崎季長にも郎党がいる。

一人の武士の周囲には、騎馬の仲間、徒歩の従者、弓を持つ者がいる。

一家の者は一緒に動く。

問題は、その隣だった。

隣には別の家がいる。

さらに隣にも別の家がいる。

軍功の競争相手でもある。

遠賀河原で矢を射ち合った者までいた。

少弐景資「今日は蒙古だけを見ろ。」

潮見弥六「分かっています。」

城戸新三郎「こちらもです。」

少弐景資「なら、なぜ離れている。」

潮見弥六「馬が。」

城戸新三郎「こちらもです。」

少弐景資「人間の方は。」

潮見弥六「問題ありません。」

城戸新三郎「だいたい。」

少弐景資「だいたいをやめろ。」

双方は少し近づいた。

馬が一頭鳴いた。

別の馬が耳を伏せた。

再び少し離れた。

人間関係は改善した。

馬同士については、交渉が行われなかった。

一家の郎党までは、かなり確実に味方だった。

隣の家も敵ではない。

味方と言い切るには、軍功の帳面がまだ白かった。


元軍の戦い方を見て、日本側は苦しんだ。

合図で動く。

まとまって射る。

近づけば下がる。

追えばまた射る。

敵は、一人の勇気に一人で付き合ってはくれなかった。

竹崎季長「前へ出る。」

肥後勢郎党「敵が下がります。」

竹崎季長「追う。」

肥後勢郎党「また射ってきます。」

竹崎季長「なら追いながら射つ。」

肥後勢郎党「忙しいですね。」

竹崎季長「戦だからな。」

季長たちも適応した。

敵がまとまっているなら、まとまっているところへ射る。

下がるなら追う。

追いすぎれば郎党が止める。

止まらなければ郎党もついて行く。

日本側にも集団戦があった。

ただし、その単位が小さい。

その一団が突出するのを、ボロクが見た。

ボロク「誘いか。」

崔允「違うと思います。」

ボロク「なぜ。」

崔允「後ろの者も驚いています。」

実際、驚いていた。

少弐景資「誰が前へ出た!」

少弐家書記「肥後勢の一部です!」

少弐景資「命令したか!」

少弐家書記「していません!」

少弐景資「戻せ!」

少弐家書記「もう敵と接触しています!」

元軍側からは攻撃だった。

日本側からも攻撃だった。

作戦だったかどうかだけが違った。


さらに、音がした。

爆ぜる。

煙が出る。

馬が驚く。

人も驚く。

のちに「てつはう」と呼ばれる火薬兵器が描かれることになる。

初めて近くで聞いた者が驚いたことには、あまり無理がない。

伊予勢兵士「何です!」

潮見弥六「知らん!」

別の爆音。

馬が跳ねた。

隣の馬も跳ねた。

その隣は、跳ねた馬に驚いて跳ねた。

少弐景資「馬を押さえろ!」

伊予勢兵士「押さえています!」

少弐景資「走っているぞ!」

伊予勢兵士「押さえながら走っています!」

少弐景資「止まれ!」

伊予勢兵士「馬に言ってください!」

景資は言わなかった。

馬は幕府の命令系統に入っていなかった。

元軍側では、日本勢が爆音に乱れるのを確認した。

しばらくすると、日本側は音がするたび馬の頭を先に押さえるようになった。

さらに少し経つと、音がする前に敵の動きを見る者が出た。

崔允「慣れています。」

ボロク「早いな。」

崔允「一度目ほどは驚きません。」

未知の兵器は、一度使えば一度分だけ未知ではなくなる。

元軍の武器が弱くなったわけではない。

日本側の驚きが減った。


日が進むにつれ、双方は相手について少しずつ学んだ。

日本側は、短い弓が弱いわけではないと知った。

元軍は、長い弓が見かけだけではないと知った。

日本側は、敵の馬がよく統制されていることを見た。

元軍は、日本勢が一つの命令で動いているとは限らないことを知り始めた。

どちらが有利かは、場所によった。

距離によった。

人数によった。

地面によった。

馬の機嫌にも、多少よった。

戦争は、比較表の優れている側が自動的に勝つ仕組みではなかった。

元軍は、大陸で磨いた巨大な軍事システムを持って来た。

日本側は、それに比べれば小さく、ばらばらだった。

その小さな集団が、海岸、松原、川、低丘陵の間から次々に現れた。

ボロクは地図へ印を付けた。

一つ。

二つ。

三つ。

五つ。

七つ。

元軍将校「倭軍の主力ですか。」

ボロク「違う。」

元軍将校「では何です。」

ボロク「分からない。」

元軍将校「全部攻撃してきます。」

ボロク「それは分かっている。」

日本側でも、少弐景資が各勢の配置報告を受けていた。

少弐家書記「肥後勢、前進。」

少弐景資「命じていない。」

少弐家書記「伊予勢、右へ移動。」

少弐景資「命じていない。」

少弐家書記「筑前勢、丘へ。」

少弐景資「それもか。」

少弐家書記「はい。」

少弐景資「誰か、命じた通りにいる者はいないのか。」

少弐家書記「少弐勢が。」

少弐景資「それは私のところだ。」

少弐家書記「ですので。」

元軍は強かった。

数も多かった。

動きも整っていた。

それを迎える日本側は数が少なかった。

動きは整っていなかった。

それでも逃げてはいなかった。

それぞれが、自分のいる場所で敵を見ていた。

蒙古が来た。

今度は、本当に来た。


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第六章 文永合戦ならびに軍功について



文永十一年十月二十日。

元軍は博多湾岸へ上陸した。

日本側は迎え撃った。

後世、この一日を説明する時には便利な言葉がある。

文永の役。

当日、その言葉を知っている者はいなかった。

少弐景資にとっては、朝から次々に報告が来る日だった。

少弐家書記「赤坂で戦闘。」

少弐景資「兵は。」

少弐家書記「菊池勢が向かっています。」

少弐景資「鳥飼は。」

少弐家書記「敵が進んでいます。」

少弐景資「百道原は。」

少弐家書記「まだ戦っています。」

少弐景資「こちらの配置は。」

少弐家書記「変わっています。」

少弐景資「誰が変えた。」

少弐家書記「各自です。」

少弐景資は朝から同じ種類の報告を聞いていた。

命令した場所にいない。

命令していない場所で戦っている。

ただし、誰も帰ってはいない。

軍として統制されているかどうかと、戦っているかどうかは別の問題だった。

葛木頼成「全体を一度戻して、陣を整えますか。」

少弐景資「戻ると思うか。」

葛木頼成「命令すれば。」

少弐景資「昨日までは私もそう思っていた。」

景資は一日で少し成長していた。


赤坂方面では、肥後勢が元軍とぶつかった。

菊池武房らの一団が敵陣へ入り、戦果を挙げて戻ってくる。

首級を伴っていた。

戦場で敵を討つことには、軍事的意味がある。

敵兵が減る。

同時に、首を持ち帰ることには行政上の意味もあった。

誰を討ったか説明しやすい。

竹崎季長は、戻ってくる肥後勢を見た。

竹崎季長「誰だ。」

肥後勢郎党「菊池武房殿です。」

竹崎季長「戦ったのか。」

肥後勢郎党「見れば分かるでしょう。」

見れば分かった。

戦場での成功は、外見に出る。

季長が気にしたのは、別のことだった。

竹崎季長「誰が見ていた。」

肥後勢郎党「何を。」

竹崎季長「武房殿の働きを。」

肥後勢郎党「我々が。」

竹崎季長「ほかには。」

肥後勢郎党「大勢おります。」

季長はうなずいた。

戦功には、働きが必要だった。

そして、働いたことを知る者が必要だった。

誰も見ていない場所で立派に戦うことはできる。

恩賞には向かなかった。

竹崎季長「私も前へ出る。」

肥後勢郎党「まだ行くのですか。」

竹崎季長「まだ私は何もしていない。」

肥後勢郎党「来ただけでも軍役では。」

竹崎季長「来ただけで土地をくれるか。」

肥後勢郎党は答えなかった。

答えを知っていた。


季長は小勢で前へ出ようとした。

止める者はいた。

竹崎季長「先駆けする。」

肥後勢郎党「待った方がよいのでは。」

竹崎季長「なぜ。」

肥後勢郎党「敵が多い。」

竹崎季長「だから先駆けになる。」

肥後勢郎党「少なければ。」

竹崎季長「ただの追撃になる。」

理屈は通っていた。

生存の観点では別だった。

季長は白石通泰の一団と出会った。

相手は季長より大きな勢を率いていた。

竹崎季長「これから先駆けします。」

白石通泰「そうか。」

竹崎季長「見ていてください。」

白石通泰「何を。」

竹崎季長「私を。」

白石通泰「戦を見に来たのだが。」

竹崎季長「その中に私もおります。」

白石通泰「分かった。」

竹崎季長「必ず見てください。」

白石通泰「敵も見てよいか。」

竹崎季長「私の近くなら。」

季長は満足した。

証人を確保した。

それから敵へ向かった。

順序としては合理的だった。

命を懸ける前に、事務手続きを済ませただけである。


季長たちは鳥飼方面で元軍と接触した。

敵の矢が飛んだ。

日本側も射った。

元軍側はまとまって動く。

季長側は小勢で近づく。

馬が射られた。

人も傷を負った。

後方から白石勢が近づいた。

季長はそれを確認した。

竹崎季長「見ているか!」

肥後勢郎党「誰に言っています!」

竹崎季長「白石殿に!」

肥後勢郎党「敵も聞いています!」

竹崎季長「敵は証人にならん!」

この判断も正しかった。

元軍側では、日本勢の一部が突出する様子を観察していた。

ボロク「また前へ出た。」

崔允「はい。」

ボロク「後続は。」

崔允「少し遅れています。」

ボロク「誘引か。」

崔允「前へ出た者が後ろを振り返っています。」

ボロク「合図か。」

崔允「誰かに見られているか確認しているようにも。」

ボロク「なぜ。」

崔允「分かりません。」

元軍側の分析には、一つ欠けている情報があった。

恩賞である。

日本側の武士は、目の前の敵だけを見ているわけではなかった。

後ろも見ていた。

見届ける者がいるか確認するためである。

戦場で後方確認を重視する理由としては、かなり珍しい部類に入る。


少弐景資のもとへも軍功の報告が入り始めた。

戦闘はまだ続いていた。

少弐家書記「菊池勢、敵を討ち取った由。」

少弐景資「分かった。」

少弐家書記「肥後の別勢、一番駆けを主張。」

少弐景資「今か。」

少弐家書記「今です。」

少弐景資「戦が終わってからにしろ。」

少弐家書記「誰が一番だったか分からなくなるとのことです。」

少弐景資「今は敵がいる。」

少弐家書記「本人もそう申しております。」

少弐景資「では敵を見ろ。」

少弐家書記「見た上で、自分が一番だと。」

少弐景資「後にしろ。」

戦場では、順位が重要だった。

一番駆け。

一番槍。

討取り。

負傷。

武士にとって、戦闘は集団の勝敗だけでは終わらない。

自分がどこで何をしたかも残さなければならない。

この制度は、勇敢な行動を促す。

同時に、景資が止めたい時に前へ出る理由も作った。

少弐景資「突出するなと伝えろ。」

少弐家書記「すでに伝えています。」

少弐景資「もう一度だ。」

少弐家書記「『承知した』との返事も来ています。」

少弐景資「誰から。」

少弐家書記「現在、最も前にいる勢から。」

返事は非常に早かった。

行動には反映されていなかった。


日本側は、元軍の集団的な動きに苦しんだ。

元軍も、日本側の小集団が次々に接近することを煩わしく感じ始めた。

一つを押し返す。

別の一団が来る。

それを退ける。

別の旗が現れる。

全体の攻撃を止めたつもりでも、全体がどこまでなのか分からない。

ボロクは斥候報告を並べた。

ボロク「赤坂の倭兵は退いた。」

元軍斥候「はい。」

ボロク「鳥飼では別の倭兵が前進。」

元軍斥候「はい。」

ボロク「百道でも戦闘。」

元軍斥候「はい。」

ボロク「三方向の攻撃は連動しているか。」

元軍斥候「分かりません。」

ボロク「同時刻だ。」

崔允「戦が始まれば、皆だいたい同じ時刻に戦うのでは。」

ボロク「それでは分析にならない。」

崔允「事実ではあります。」

ボロクは地図を見た。

敵の行動には、必ず理由がある。

これは正しい。

赤坂の武士には赤坂へ行った理由がある。

鳥飼の武士にも理由がある。

百道にもある。

問題は、その理由を一枚の作戦図にすると存在しない線が必要になることだった。

日本側でも、景資が似た図を必要としていた。

少弐景資「全軍の位置を出せ。」

少弐家書記「今のですか。」

少弐景資「そうだ。」

少弐家書記「書いている間に変わります。」

少弐景資「では早く書け。」

書記は書いた。

完成した時には、すでに過去の配置図になっていた。

正確な記録だった。

役に立たなかった。


夕刻が近づくにつれ、日本側にも損害が出た。

元軍側にも損害が出た。

日本側は一部で後退した。

元軍は博多方面へ進み、箱崎周辺にも被害が広がった。

どちらか一方が、一日を通して好きなように戦えたわけではない。

元軍は強かった。

日本側は苦戦した。

それでも日本側の各勢は戦場から消えなかった。

そして日が落ちる頃、元軍は船へ戻っていった。

理由について、当日の日本側が完全に把握していたわけではない。

日本側の抵抗。

元軍側の損害。

夜間に上陸軍を陸上へ残す危険。

船団との連絡。

補給。

複数の事情が考えられる。

後世には、文永の役についても暴風や「神風」が強調されることがある。

少なくとも、この時点で日本側が確認できたことはもっと単純だった。

少弐家書記「敵が引いています。」

少弐景資「どこへ。」

少弐家書記「船へ。」

少弐景資「追うな。」

少弐家書記「伝えます。」

少弐景資「必ず伝えろ。」

少弐家書記「はい。」

少弐景資「『承知した』だけではなく。」

少弐家書記「そこまで書きます。」

命令は伝えられた。

それでも何勢かは前へ出た。

景資は、もう驚かなかった。

一日の経験があった。


夜が明けると、元軍の船団は博多湾から離れていた。

日本側にとって、それが撤退なのか、一時的な後退なのか、別の場所へ向かったのかはすぐには分からなかった。

戦場には、昨日まで敵がいた。

今日は少なかった。

少弐景資「斥候を出せ。」

少弐家書記「すでに出ています。」

少弐景資「誰の命令で。」

少弐家書記「各勢が。」

少弐景資「……そうか。」

便利なこともあった。

敵船が遠ざかっているという報告が重なった。

すぐに戻ってくる様子はない。

そこで、戦争は別の段階へ入った。

軍功の確認である。

昨日までは、敵が何人いるか分からなかった。

今日は、自分たちが何人敵を討ったかについて非常に詳しい者が多数現れた。

少弐家書記「申告が来ています。」

少弐景資「何件。」

少弐家書記「まだ数えております。」

少弐景資「昨日の軍勢より多くならないだろうな。」

少弐家書記「一人で複数件あります。」

少弐景資「なぜ。」

少弐家書記「先駆け、負傷、討取りが別です。」

戦功は、一人一件とは限らなかった。

軍勢の人数を数える時より、数字の伸びがよかった。


軍功審査には証拠が要る。

首級。

負傷。

証人。

現場を見た者。

大将の確認。

方法はいくつかあった。

竹崎季長は自信があった。

見ていた者がいる。

竹崎季長「白石殿が見ています。」

少弐家書記「何を。」

竹崎季長「先駆けを。」

少弐家書記「負傷は。」

竹崎季長「見れば分かる。」

少弐家書記「それは確認します。」

竹崎季長「敵中へ入ったことも。」

少弐家書記「白石殿が。」

竹崎季長「見ています。」

少弐家書記「敵を討ち取ったのは。」

竹崎季長「そこまで行く前に馬を射られました。」

少弐家書記「では分捕りは。」

竹崎季長「ありません。」

少弐家書記の筆が止まった。

竹崎季長「何です。」

少弐家書記「いえ。」

竹崎季長「先駆けです。」

少弐家書記「はい。」

竹崎季長「見ています。」

少弐家書記「白石殿が。」

竹崎季長「そうです。」

少弐家書記「書いております。」

季長は帳面を覗こうとした。

少弐家書記「見ないでください。」

竹崎季長「私のことです。」

少弐家書記「だからです。」

季長は下がった。

自分の働きについて、他人が文章にする。

軍功とはそういうものだった。


負傷者の確認も始まった。

戦で傷を負うことは不幸である。

同時に、奉公の証拠でもある。

少弐家書記「この傷は。」

西国武士甲「蒙古の矢です。」

少弐家書記「腕ですね。」

西国武士甲「はい。」

少弐家書記「こちらの古い傷は。」

西国武士甲「それも蒙古です。」

少弐家書記「古く見えます。」

西国武士甲「治りが早いので。」

少弐家書記「遠賀河原にいたそうですが。」

西国武士甲「国難に備えていた時の傷です。」

少弐家書記「蒙古の傷ではないですね。」

西国武士甲「広い意味では。」

少弐家書記「狭い意味で申告してください。」

別の男が来た。

少弐家書記「その額は。」

西国武士乙「馬に蹴られました。」

少弐家書記「戦場で。」

西国武士乙「はい。」

少弐家書記「敵の馬。」

西国武士乙「味方です。」

少弐家書記「軍功になりますかね。」

西国武士乙「蒙古と戦っていなければ蹴られていません。」

少弐家書記は少し考えた。

理屈は通っていた。

軍功になるかは別だった。

味方の馬に蹴られた傷は、敵矢より査定が難しかった。

帳面にも事情があった。

十一

文永の戦いは、これで終わったわけではなかった。

次の襲来がない保証はない。

蒙古が何を考えて引いたのかも、日本側には分からない。

幕府は警戒を続ける必要があった。

しかし、戦場にいた武士たちには別の問題もあった。

恩賞である。

防衛戦では、敵の土地を奪って配ることが難しい。

働いた者は多い。

与えられるものには限りがある。

その問題は、まだ表面化していなかった。

竹崎季長は、自分の軍功が正しく記録されると考えていた。

白石通泰が見ている。

自分は負傷している。

先駆けもした。

必要なことはやった。

それでも、戦功が自動的に鎌倉まで届くわけではなかった。

地域で認められること。

記録に載ること。

鎌倉へ注進されること。

恩賞を決める者の前へ届くこと。

すべて別の段階だった。

季長は、まだそれを全部は知らなかった。

竹崎季長「私の申告は済みましたか。」

少弐家書記「受け付けました。」

竹崎季長「認められましたか。」

少弐家書記「それはこれからです。」

竹崎季長「いつ。」

少弐家書記「分かりません。」

竹崎季長「見た者はいます。」

少弐家書記「存じています。」

竹崎季長「では。」

少弐家書記「見たことと、恩賞が出ることは別です。」

竹崎季長は黙った。

戦場では、見てもらうことが難しかった。

戦が終わると、見てもらっただけでは足りなかった。

季長は待ち続ける方を選ばなかった。

のちに鎌倉まで赴き、自分の軍功を直接訴える。

その訴えを聞いた中心人物の一人が、幕府の有力御家人、安達泰盛だった。

竹崎季長「先駆けました。」

安達泰盛「記録は。」

竹崎季長「十分ではありません。」

安達泰盛「証人は。」

竹崎季長「おります。」

安達泰盛「誰だ。」

竹崎季長「少弐景資殿にも尋ねてください。」

季長が戦場で繰り返していた準備が、ようやく役に立った。

見た者がいる。

誰が見たかを言える。

その者へ確認できる。

軍功は戦場から鎌倉まで、自分では歩かなかった。

季長が運んだ。

建治二年、季長は恩賞として肥後国海東郷の地頭職を得る。

働きが認められた。

同時に、働きを認めさせるため鎌倉まで行かなければならなかったことも残った。

安達泰盛「次に大事があれば。」

竹崎季長「また先に出ます。」

安達泰盛「そこは確認しなくても分かる。」

十二

鎌倉へ送る報告書が作られた。

敵船多数。

敵兵多数。

対馬・壱岐で被害。

博多湾岸で戦闘。

諸勢奮戦。

敵、海上へ退く。

少弐景資は文面を見た。

少弐景資「諸勢奮戦。」

少弐経資「違うか。」

少弐景資「奮戦はした。」

少弐経資「ならよい。」

少弐景資「下知に従い、と書いてある。」

少弐経資「問題か。」

少弐景資「従っていない。」

少弐経資「全員か。」

少弐景資「少弐勢は従った。」

少弐経資「なら嘘ではない。」

少弐景資「兄上、範囲が広すぎる。」

少弐経資「鎌倉へ全員の移動を一人ずつ書くのか。」

少弐景資「書きたくはない。」

少弐経資「私もだ。」

文面はそのままになった。

報告書の目的は、十月二十日に誰が何歩動いたかを再現することではない。

異国軍が来た。

西国の武士が戦った。

敵は退いた。

大筋は合っていた。

細部を知っている者ほど、大筋に不満があった。

十月二十日の戦いは終わった。

日本側は勝ったのか。

元軍は負けたのか。

当日の記録だけから、一言で決めるのは難しい。

ただし、元軍はそのまま九州を占領しなかった。

日本側の武士は戦場に残った。

そして翌日から、自分がどれだけ働いたかを説明し始めた。

戦争には勝敗が必要だった。

武士には査定が必要だった。

敵がいなくなったため、ようやくこちらに集中できた。


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