2016年4月29日金曜日

左翼に友人知人が多いんです

不思議なことに,私の友人・知人・知り合いには共産主義者や社会主義支持者が多いんです.
私は反共産・反社会主義的な考えを持っている人間なのに,なぜか周りにはその逆の人が多い.

学生時代からの先輩・後輩,同級生は熱心な共産党支持者ですし,いつもお世話になっている先輩教員も社民党支持.ある時期二人三脚のように仕事をしたことがある人は本格左腕の共産党員で,そのお父様は共産党議員でした.
かなり左翼濃度の高い人間関係でしょ?

じゃあ私はいつも周りから虐められていたのかと言うとそうではなく,むしろ熱心に共産主義や社会主義が何故ダメなのかを彼ら/彼女らに説いていました.

日本共産党や社民党の人たちが嫌いなわけではないのです.
支持者の人達にしたって,普段付き合ってる分には何のわだかまりも害もありません.
あと,心の底から「この国が社会主義体制になればいい」と考えている人ばかりでもなく,とりあえず理想を掲げているだけのところもあります.

それに,共産主義や社会主義の考え方を好きになる気持ちも分からなくはないし,時と場合によっては日本共産党や社民党の方が良い提言をしていることもあります.
だから彼ら/彼女らを頭ごなしに否定することはしません.あちらの言いたいことはしっかり聞くスタイルです.
その代わり,やんわりと「共産主義や社会主義の発想が人間を滅ぼすのですよ」という趣旨の批判をします.
「こんなに共産主義に理解があるのに,なんで支持してくれないんですか?」と言われることもしばしば.理解することと支持することは別なのですけど,こういうのって難しいものです.

もしかすると,自覚していないだけで私は社会主義者じゃないのか? そんな疑問を自分に投げかけてみたこともあります.
まあ,これについては誰かからの評価を受けてみないことには分かりません.外部評価という奴です.
ただ,私としては「人は自由じゃないし平等でもない.世の中は合理的に動くわけではない」と考えているので,「そうなるはずだ.それを目指している」という社会主義や共産主義は受け入れられません.このブログ名もそうした想いからつけたものです.
これについての詳細は■『Deus ex machinaな日々』とは何かを読んで下さい.

逆に興味深いのは,上述した私の友人知人にも “左翼のくせ” に「自由」「平等」「博愛」「合理性」といったものに懐疑的な人が多い.これも結構不思議です.
私からすれば,「そういったものに懐疑的なのに,なんで左翼をやってるんですか?」と聞きたいくらいです.
むしろ,こういうのを最近の右翼・保守を自称する方々が好んでいるのが滑稽です.
八紘一宇の精神とか最近よく耳にします.

そう言えば,学生時代にエホバの証人が自宅に押しかけていました.まだ私もその時は時間もあったし,この人たちの相手をしてあげていました.
あぁいうの,巡回員っていうんですか? そういう人が定期的に来るので,玄関先で「ものみの塔」とか「目ざめよ!」という雑誌を広げながら,神は何をしたいのか,我々は何をすべきなのか,などという話を聞かされたものです.
そのうち,新約聖書も一冊無料でいただきました.貰えるものは貰うスタイルです.
ただし,なんかの集会とかイベントがあるから来てくれ,と誘われても行きません.
だからでしょうか,いつだったか「こんなに熱心に聞いてくれているのに,なぜ集会に来てくれないんですか,不思議な人ですね」と言われました.

社会主義思想を唱える人たちと,エホバの証人の巡回員は良く似ています.
安倍信者とかネトウヨと呼称される人は,それに輪をかけて酷い.
エホバの証人の方が,雑誌とか聖書をくれるだけまだマシです.

共通しているのは,いずれも宗教であること.
そして,相手に自分のことを理解してもらえたら,その考え方を受け入れてもらえると思っていることです.
受け入れてもらえると思っているということは,「相手の考え方を変えられる」と思っているわけです.自分の考え方を変える気はないのですから,かなり強引な手法や宣伝が用いられます.とても醜い.

私もブログを使っていろいろ言っていますが,世の多くの人に考え方を改めてもらおうという意図は,実はそんなに大きくありません.
例えば大学改革に反対する記事をたくさん書いてきましたが,
反・大学改革論
なぜ大学改革をやってはダメなのか(2)
これに賛同してくれる人の数は,有力者であるほど少ないでしょう.

なぜかというと,大学改革はどんな形にせよ「進むもの」だからです.
でも,それに皆してホイホイついていくことは避けるべきです.どうせ変わっていくものですから,変えないような力学を働かせるのが健全な在り方だと思います.

他の教育問題にしたってそうです.
大津いじめ問題で大衆の愚かさに絶望しています
ベビーシッター事件から考える保育
いずれ国民の多くが納得するように改革されていきます.そう遠くないうちに日本の子育て・教育は壊滅するでしょう.

そして,少なくない人々が「こんなはずじゃなかった」と嘆き,後悔することになります.
でも,改革を進めていく最中にあって,それを感じ取れる人は多くありません.残念ながらそれが人間社会です.だからそのことを現時点で分かっている人が抵抗勢力になる必要があります.
もちろん必ず負ける抵抗ですが,変革を遅くすることはできます.

こんなこと言ってると,「そんなチンタラやってたらだめだ!」といきり立つ人が現れます.
そして,「日本のあるべき姿を取り戻すのだ.改革の時だ」と勇ましく声を張り上げ,具体的にはデモ行進とか募金とかやり出します.
どこの左翼,社会主義者なのかな? と思って見ていたら,実は右翼だったという笑えない冗談が最近はブームのようです.
そう言えば,「西宮市,日本を変えたい!」と泣き崩れるほど熱心な人もいました.