2016年11月25日金曜日

セクハラ教員と被害学生

さて,前回の続きです.
男子教員と女子学生
大学における教員と学生の艶っぽい事情について,具体例を挙げてご紹介してきましたが,これが何かのトラブルになると艶っぽいなんて言ってられない泥沼な話になっていきます.

教育現場での出来事ですから,たいていニュースとして,少なくとも週刊誌のネタとして世間様を騒がせます.
学校や大学は世間体を大事にしますので,教員と学生による男女関係のもつれは極力避けようとするものです.

教員と学生の間には「採点評価」を伴う力関係が働きますし,なによりその採点評価に「公平性」が求められますので,同じような主従関係と考えられる「上司と部下」「雇用主と雇用者」「依頼人と請負人」といったものとは質的に大きく違います.
例えば,「この授業で彼女の成績が良いのは,先生が彼女の彼氏だからだ」という目で見られてしまうのは避けられませんからね.
これは,「あの政治家が日本の国益を損なうことを提案し,中国に甘いのは,その政治家が中国国籍だからだ」という目で見られてしまうのと同様です.
教育や政治というのは非常にデリケートなのです.

「教員にセクハラなどの性犯罪が多い」という話があります.
これは間違いです.
「そんなバカな! 教員が生徒に手を出した.盗撮したっていうニュースがたくさん出てるじゃないか」などと本気で言ってる人は,もう手遅れでしょうが,まともな学術教育を受けることを強くお勧めします.

このブログでも紹介させていただいている和田慎市先生の著書でも「教員の犯罪率の低さ」は取り上げられていますし,毎年発行されている犯罪統計でも,教員は職業人口を分母とした比率でみても性犯罪(わいせつ)は低い職業であることが知られています.
平成24年の犯罪(警察庁)

もっと言えば,毎日大量の女子生徒や女子大生と濃密に接しているにも関わらず,これだけの性犯罪の低さを保っている事自体が凄いことだと思っていただきたい.
現在,教員を担う者の多くには,教育者としての資質が備わっていると考えるのが自然です.

ここで言う資質というのは,「性欲を我慢することができる」ということだけを指すのではありません.
私の場合は「色恋沙汰に極度に鈍感」という資質を持っているようですが,それ以外にもよく見られるパターンとしては,
1)女好きのくせに世間体をメチャクチャ気にする
2)マジでまじめに女子生徒を「教育対象」として見ている
3)栄誉や勝利よりも,地味で目立たないことを好む
という人達です.
これに,大学教員なら.
4)知識欲を前にすれば,性欲は二の次
が加わります.
一般人の感覚とはかけ離れた人達がホントにたくさんいるのです.
元来,学校の教師や大学教員というのはそういう人種が揃っています.
ようするに「民間感覚」ではないし社会経験も少ないから,ちょっと変わった人が多いのですね.

しかし,この「社会経験に乏しく民間感覚に欠ける」という評価には注意が必要です.
これをまるで悪しきことのように捉える節がありますが,私はそうは思いません.
学校教育や大学教育を民間感覚でやられたらたまったものではないからです.

事実,民間あがりの教員は,元来の教員よりもトラブルや犯罪を頻発させます.

驚異的な打率で不祥事を量産したことで有名なのが,大阪・橋下市政下での「民間出身校長」です.これはネットを調べればたくさんニュースが出てきます.
民間から教師を登用するからこんなことになる.当然の帰結です.

自己利益を最大化しようとする大人の論理,我田引水を是とする民間感覚にまみれた人間が,大量の「女子生徒」や「女子大生」,のみならず,母親や女性教員に溢れた場所で仕事を始めるのです.
それで問題が起きないわけがない.

彼らは自己利益を最大化し,巧妙に我田引水することに長けています.社会経験豊富で,民間感覚に優れるというのはそういうことです.
そんな彼らが,「教員と学生という絶対的な主従関係(©世間様)」を手中に入れる.
資質のない人間に,この「力」は危険です.

力に溺れ,暴力的で威圧的な態度をとり,卑猥な欲望をさらけ出すのは目に見えています.なぜなら,それが民間感覚だからです.
教師はたいていのことは許されるし,その気になれば生徒や保護者に圧力をかけて操ることもできます.けど,それをやらないのが一般的な教員です.
ところが,民間感覚の人間はこの状況で「自己利益の最大化」と「我田引水」をやってのけてしまいます.彼らの常識の中ではそうなのでしょう.

結果,気づいた時には問題教員,もしくは犯罪者になっている.
彼らの合言葉は「社会に出たらそれは通用しない」ですが,教育界という社会で自分が通用していないことは認めようとしません.

そもそも,彼らの言う「社会経験」というのも妙な話です.彼らにしたって今まで自分が生きてきた社会しか知らないのですから.お互い様でしょう.
だから民間出身の教師は,教育現場という社会に適合できずトラブルや犯罪を頻発させるのです.
これはちょうど,「俺は体力もあってスポーツ万能だぜ」と意気がってる野球少年が,卓球少女にコテンパンに負けるのと似ています.もちろんサッカーをやればサッカー少年にもボロ負けします.
野球で優秀な選手,イコール,全てのスポーツでも優秀である,とはなりません.これと同じことが教育業界の「民間出身教員」にも言えます.

もういい加減「教師は世間知らず」だとか「社会不適合者だ」とかいう侮辱はやめるべきです.
民間出身の教師を積極登用するという社会実験の結果,むしろ,これらの文句が壮大なブーメランであったことが実証されています.

大学教員にしてもそうです.
民間で働いていたことを理由に大学教員として採用することが,昨今のブームなんです.民間感覚を教育現場に入れなければいけない,みたいな風潮は大学が先駆けて取り組みました.
こうして大学業界に入ってきた人たちは,もちろん,皆が皆と言うつもりはありませんが,たいていタチが悪い.

私の知る限り,やっぱり女子学生とそっちの話でトラブルを起こすことが多いし,事務職員さんとも上手くいかない.
でも本人は至って有能なつもりでいて,「民間ではそれは通用しない」などと言い出し,職員をいじめます.
じゃあ肝心の教育・研究業績の評判はいいのかっていうと,全然ダメ.

これらのことは,元民間の教員に限った話ではありません.
むしろ,民間感覚に憧れている「普通の教員」はもっと危険です.
こういう教員は,自分が民間出身ではないというコンプレックスがあります.その代わりに,どうでもいい小規模な産学連携とか,企業との合同事業の経験を痛々しく誇ってみせたがるので判別が容易です.
そしてやっぱりセクハラオヤジとして学内で名を馳せており,セクハラするくせに本人は「学生目線」を大事にしています.で,それをこじらせ,己の手に余る大学改革プロジェクトに体をねじ込んで楽しんでいるのがこの手の教員の法則です.

おや? まるで東京と大阪の歴代首長を見ているようですね.
・・そう.教育界で起こっている問題とは,この国の中心で起こっている問題が投影されているものです.
都市部に溜まった膿が,「教育」を通じて地域に拡散していきます.

「この国を立て直すには教育が大事なんだ」
と声高に叫ぶ人がいます.
たしかにそういう側面もあるでしょう.
でも,「だから教育はこんなふうに改革すればいい」などと口出しするメンタリティが国民にある限り,教育は絶対改善しないでしょう.


関連記事