注目の投稿

大学における働き方改革への懸念

大学の働き方改革に不安を抱いている人がいる


大学教員や研究員の仕事は,一般的な業務内容とは異なる性質を持っています.
その結果,いわゆる「働き方改革」の方針にそぐわない事態が発生するのです.

それを端的に示すニュースがこちら.
“勤務ではない研究” 大学教員の働き方を考える(NHKニュース 2019.8.20)
「土日に職場に出てきても『自主的な研さん』であれば、休日出勤には該当しない。大学も教員もそういう意識でした。好きでやっているのですから」
休日出勤の賃金が払われない”勤務ではない研究”を続けてきたある大学教員のことばです。
しかし、いま、こうした働き方は違法だとして労働基準監督署から是正勧告を受ける大学が相次いでいます。

先日,ブログのデザインを一新しました.
それに合わせて,各記事に「コメント欄」を設定したんです.

すると,早速コメントをお寄せいただけるようになりました.

で,そのなかの,
新・大学改革論|大学改革が好きな人たち
という記事において,大学における「働き方改革」に対し懸念を抱いている方からコメントを頂いています.

その方曰く,
大学を取り巻く改革の中でも最悪、事業仕分け以上に有害なのが「働き方改革」だと思っています。
私たちは大学院時代から朝早くから夜遅くまで土日もなく研究に打ち込んできました。
大学改革で雑務が増えても、持ち前の勤勉さで何とか雑務と研究を両立していくことも出来ました。
しかし、働き方改革はその「勤勉さ」を真っ向から否定するものです。
一部の民間企業では残業をさせないために18時になったら強制的にPCをシャットダウンするとか、ドローンを飛ばして残業をしていないかどうか監視しているようですが、このようなものを大学に持ち込まれたら研究はどうなるのでしょうか?
まして、大学改革に伴う膨大な雑務と研究をどうやって両立しろというのでしょうか?

ご存知の通り,大学などの特殊で専門的な能力を必要とする職業においては,
「裁量労働制」
という労働方式がとられています.

裁量労働制についての説明は割愛しますが,ウィキペディアから引用すれば,
労働時間と成果・業績が必ずしも連動しない職種において適用され、あらかじめ労使間で定めた時間分を労働時間とみなして賃金を払う形態である。
裁量労働制(Wikipedia)
というものです.

この裁量労働制を悪用すれば,ほとんど大学に出勤せずに遊んでばかりいても賃金が支払われます.
実際にそういう大学教員はいますので,それを取り締まろうと躍起になっている人たちもいます.

その一方で,大学というところは,この裁量労働制の悪用の仕方が特殊です.
つまり,前述したニュースやコメントにあるように,
「これ仕事や出勤じゃないですから」
と言って勤務時間超過になっているケースがたくさんあります.

前者のほうにフォーカスすると,「大学教員はきちんと取り締まらないと働かない」と文句が出ます.
きっと,ルサンチマンにまみれた世間一般の目も,そちらの方に向きやすい.

しかし実際のところは,前述したニュースにあるように,賃金未払い(残業代未払い)により労働基準法に違反するとして是正勧告を受けるケースも多いのです.
つまり,大学教員は放っておくと働き過ぎる傾向にあります.

その理由としては,
「研究や教育を『労働』だと捉えていない」
という言葉に集約されるでしょう.

私も助手時代は労働基準法なんて勉強していませんでしたから,
「大学教員や研究者は,時間を気にせず仕事ができる特権を得ている」
とすら思っていました.


さらに,ここ20年ほどで大学の職務状況は大きく様変わりしました.
研究活動や学生指導以外の業務に割く時間が膨れ上がり,冗談抜きで,
「労働時間を雑務に費やして,労働時間以外で研究と教育をする」
という状態になっています.






「賃金未払い」 × 「教育現場はブラック」 = 「仕事させない」


大学によっては,この「賃金未払い問題」にビビっています.

さらに,ここ最近ようやく問題視されるようになった,
「大学教員の仕事は,実はブラック(特に若手教員や研究員)」
「教育業界がオーバーワーク気味」
という指摘.


これに対し,資金繰りに苦しむ昨今の大学経営陣は何を考えたかというと,

「教職員に残業代を払うのがもったいない」

「一部の教員から『仕事が多過ぎる』と文句を言われる」

の両方を一挙に解決するため,

「じゃあ,教職員を規定労働時間以上に働かせないシステムにしよう」

ということになったのです.
これが,大学における働き方改革の方針と言えます.
見事な「これじゃない感」漂う一石二鳥ですね.

さらに,経営難に陥っている大学にとってこうしたシステムの導入は,
「給料分以下の仕事しかしない教員を炙り出し,ムチ打つことができる」
という意味でも有用です.
実は一石三鳥なんですよ.


その結果,最も困るのは,大学構内で研究・教育に関係する仕事をしたい教員です.
実際,私は前任校が似たようなシステムを採用していたので,休日出勤するためには面倒な書類手続きが必要でした.
大学なんて,365日24時間稼働しているものだというのが学生時代からの常識だったので,この仕組みは本当に面倒だったし,その意図通りに「仕事する気が削られる」んですよ.


この話は「大学」だけではありません.
他の教育業界,つまり学校においても類似した問題を抱えています.

それについて,このブログではお馴染みの和田先生が,『アゴラ』で記事にされています.
真の教員働き方改革実現に向けて(アゴラ 2019.4.28)

学校の先生の仕事も,労働時間や労働内容を明確に線引することが難しい職業です.
その結果,やはり最近は「学校の教師はブラック」だと言われるようになりました.

それに対し文部科学省は,
「残業時間の上限を原則『月45時間、年360時間』以内」
と定めて,それを順守するように学校に求めたんです.

「残業が多くて困っているのなら,残業させなければいい」
ということですね.

これに対し和田先生は疑問を投げかけます.
しかし答申は労働時間短縮の数値目標だけ決めて、どれ(どこ)を精選すべきかほとんど現場に丸投げしており、本来行うべき改革を意識的に避けているかのようです。まず先に学校の外から制度改革を実行しない限り内部からの改革が進むことはありません。
つまり教員の真の働き方改革の具体的方法は、まず「直接児童生徒に関わらない仕事」や、「教員がしなくてよい仕事」を具体的に指定し職務外と定め、そのことを他の法改正とともに全関係者に遵守させることです。

これを大学に当てはめれば,まずは,「大学」とそこに所属する教職員が,何を「成果」として働いているのか共通理解しておく必要があるでしょう.

そして,その成果を得るために何が不足していて,何が無駄なのかを決めていくべきです.

おそらくそれは,教職員における「学生と向き合う時間」や「研究に費やす時間」であり,表出されるアウトプットとしての「学生の学習量」「論文業績数」といった指標だと思われます.

もちろん,これ以外に大事なものを提示する人もいるでしょう.
ですが,ここで私が言いたいのは,まずはそうした共通理解の得られる「大学に求められている成果」の改善を目的として,「働き方改革」は為されるべきだということです.

ところが,現在進行している働き方改革や大学改革というのは,大学としての成果を上げるためのものではなく,大学経営上の都合なんです.


関連記事
新・大学改革論|大学改革が好きな人たち
「教職員用」危ない大学とはこういうところだ
2019年版:本当に危ない大学とはこういうところだ part 1

コメント