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大学の授業でやってた「質問回答リスト」を読み返してみた

2〜3年前くらいから閲覧数が急激に増えた記事があります.
それがこちら.

これは5年前に書いたやつですが,特に今年になってさらに増えていまして,それに触れた記事も書きました.

たぶん,大学のオンライン授業とかが増えたことが原因なのかも.
教員としても,何かしらの提出物がないと「オンライン授業」が成り立たないと思っている人が多いでしょうし,かと言って本格的な分量(2000字〜5000万字)のレポートを提出させるのは学生に酷だという認識が働いちゃってて.
実際,大学のオンライン授業化によって,膨大な提出物に悲鳴をあげる大学生がいるっていうニュースがたくさん報じられましたよね.


さて,そんな「小レポート」「リアクションペーパー」ですが,
私の授業では,授業の最後のほうでこれを課していました.
ただ,私の場合は比較的自由度の高い「感想文」とか「小論」ではなくて,必ず「一問一答になる質問」を書かせていたんです.

授業の内容から多少外れてもいいから,とにかく「良い質問ですねぇ」と評価できるものを出してこい,という課題です.

同じ方法を,元名古屋大学の教員で小説家の森博嗣氏もやっていたそうです.
それを取り上げた書籍もあります.

こういうやつ↓

 


学生から受け取った質問を,すべてワープロソフトに書き写して,それに教員からの回答を書く.
それを次回の授業で「質問回答リスト」として配布する,ということを毎週続けるのです.

森氏は完全な「一問一答」形式でやっていたそうですが,私は回答が長文になることもままありました.
というのも,私にとってこの「質問回答」という授業方法は,授業内容を補完する(うまく伝わっていないところを補う)ために用いていた側面があるからです.


今日,PC内のファイルを整理していて,久しぶりにこの「質問回答リスト」のファイルを覗いてみたら,結構おもしろくて時間をかけて読んでしまいました.
大掃除をしていたら,昔の日記とか,新聞・雑誌を見つけて読み込んでしまうのに似ています.

そんな質問回答リストの一部を,ここにコピっておきますので,お暇つぶしにどうぞ.

あと,各「質問回答」のあとに,それを今現在の読んだ私の一言感想を付しています.

ちなみに,ここに掲載している質問回答の授業は,スポーツ科学に関するもので,具体的には体力トレーニング論とかコンディショニングについて扱っています.



Q:先生は、競技・ポジション別のトレーニング本を執筆する予定はありますか?一般の競技指導者では限界があると思うので、研究者の指導を仰ぎたいです。

A:現実的に不可能だと思います。理由は2つ。競技・ポジション別のトレーニングは星の数ほど考えられるので、それに逐一対応した「本・書籍」は非現実的です。書いたとしても、ブリタニカ百科事典みたいに何百ページのもが何十巻と必要でしょう。2つ目の理由は、この授業の第1週で話したように、科学研究をベースにしたトレーニング理論は、机上の空論であることが多いです。結局のところ選手ごとにトレーニング内容は変わりますし、コーチの経験と勘に頼った指導が結構な勢いで重要です。可能性としてあり得るのは、どこかに「トレーニングのアイデア・サイト」みたいなネットを立ち上げて、そこに玉石混交でもいいからトレーニング手法を詳細に掲載していく「ウィキペディアのトレーニング版」を作ることでしょうか。私が学生の頃、そんな野心を抱いたことがありましたが疲れました。もし興味のある学生がいたら、卒業後にビジネスにしてみてください。
※この「ウィキペディアのトレーニング版」ですが,結構いいアイデアだと思うんで,どこかの誰かが立ち上げてくれないですかね.
それなりに需要はあると思うんですが,今あるのは,どうしても偏った理論や利益誘導のための情報がメインのサイトばかりで残念です.
学会とかでそんなサイトを企画してもいいのに.



Q:VO2maxとVdotO2maxの違いは何ですか?

A:この説明は本筋とは離れますし、ややこしいので授業では飛ばしました。どちらも同じ意味ですが、生理学的に正しい表記は、「VdotO2max(dotは、Vの上に・を付ける)」です。読み方は「ブイドットオーツーマックス」と読みます。VはVolume(量)のイニシャル。その上に打たれたドット(・)は、「1分間あたりの値」を意味する専門記号です。つまり、「1分間あたりの最大酸素摂取量」のことを差します。現在のパソコンのワープロ機能には、この「ドット(・)」を打つ機能がなく、わざわざ文字作成をするのも面倒ということもあり、少なくない書籍や論文では「VO2max」と表記しています。結局のところ、よほどの事情がない限り、酸素摂取量は「1分間あたりの値」を意味するものなので、「VO2max」でも意味は通じます。
※専門外の人にとっては,なんのことを話しているのかサッパリでしょうけど.
「Vドット」というのは,以下の表記方法です.最大酸素摂取量の説明をする際に用いられる表記なんです.

この「・(ドット)」の意味は何なのか?
だいたい,手書きならいざしらず,パソコン・ワープロソフトでどうやって書けばいいのか?
私自身,大学の運動生理学の授業で先生に聞いてみたら,上記の回答が返ってきました.
かつて「ワープロ」という機械がありました.「文豪」とか「書院」とか.
「Word」とか「一太郎」っていうのは,それをパソコンで使えるようにしたアプリケーションのことです,って言っても今の学生には通じない時代になりましたね.
で,その「ワープロ」であれば,特殊文字を自分で登録・利用することが簡単だったので,スポーツ科学系の研究者は,この「Vドット」を登録している人も多かったとか.
現在,そんなことまでして「Vドット」の表記を使う人もいなくなったのです.
まあ,書籍の場合だと出版社のほうで対応してくれるそうですが.



Q:スポーツ科学がコーチや選手にできることは、事実の確認ということでしたが、事実を見るだけならスポーツテクノロジーだけで十分だとおっしゃって、少し頭が混乱しました。

A:すみません、うまく伝わっていないようです。同じ疑問を持っている人が他にもいるでしょうから、ここで整理しておきましょう。
「スポーツ科学」は、スポーツを科学的に研究するための手法・技術を考案しました。そこで考案されたものを、ここでは一括して「スポーツテクノロジー」と呼びます。
これは例えば、「温度」の研究をするために、「温度計」を考案するようなのものです。
温度とは何か?を研究するのが科学で、温度計はそのためのテクノロジーです。
快適に暮らしたいと思っている人が、「温度」についての科学的知見を得ても、あまり役立ちません。「一般的には25度が快適」と科学的に言われても、その人が快適と思わなければ意味ないからです。実際に、快適温度に設定された空間であっても、皆が快適にならないことがそれを証明しています。
一方で、温度計というテクノロジーを持っていれば、「私にとって快適な温度」を知ることができます。自分が快適だと感じた温度は何度だったか、身体条件によって異なるのではないか、といったことを分析すれば、この人は幸せになれるでしょう。
温度を「科学」する人たちが一般の人たちに貢献できるのは、「人間にとっての快適温度」を伝えることではありません。それはあくまでトリビア・雑学みたいなものです。正確な温度計を使えば快適空間を自分たちで発見できるし、さらに湿度計があればより精密に分析できるよ、ということを伝えることが科学者の役目だと思います。
スポーツ科学もこれと同様で、スポーツ科学の研究をする上で生まれたテクノロジーを利用する方法を伝えることが大事です。また、そういう方向性でこの授業を進めていきます。
いかんせん、現場の人たちにも、「科学的に最も良い方法はなにか?」といった、科学万能の宗教的な態度で向き合う人もいますので、注意が必要です。
※えらく長文の回答ですね.
これは典型的な「授業内容の補完」のための質問回答だと思います.




Q:筋線維を「筋繊維」と書かないのはなぜか?

A:ぜひ調べてみてください。結局、私はその真実に辿り着けませんでした。
※生物学で用いられる「筋繊維」という表記ですが,これを医学やスポーツ科学では「筋線維」と書くのです.
「fiber」だから「繊維」でいいのに,なんででしょうかね.
誰か知っている人がいたら教えて下さい.

※さっそく本件についてコメント欄で教えてくれた方(じゅうべいさん)がいました.
ありがとうございます.




Q:筋力発揮の3種類の名前が覚えづらいので、名前の由来や覚え方を教えていただきたいです。

A:等尺性筋力発揮は「尺(長さ)が等しいままの力発揮」。短縮性筋力発揮は「筋が短くなりながらの力発揮」。伸長性筋力発揮は「筋が伸びながらの力発揮」です。英語名の方は「アイソ(等しい)、メトリック(長さ=メートル)」。コンセントリックは、「concent=集中する=筋肉がかたまりながら」力を発揮する。エキセントリックは、「eccentric=奇妙な=伸びているのに縮んでいる」という筋力発揮。といった感じで覚えてはどうでしょうか。日本語の用語は、英語の直訳です。
※余計に分からんわ,ってか.




Q:統計上では、柔軟性が高くなるほどケガの可能性が高まるのに、柔軟性が高いことがポジティブに捉えられている背景は何か? 

A:そんな研究調査があるわけじゃないので、私なりの社会的背景を推測で述べますね。まず、「現代人」の多くは生活環境から発生する柔軟性不足になっているケースが多いです。つまり、柔軟性過多よりも柔軟性不足の人が多数派なのです。そうなると、柔軟性不足によるケガの発生が注目されやすいので、「柔軟性を獲得するためにストレッチ」「体が柔らかくなればケガしにくい」というキーワードばかりに目が向けられます。これはちょうど、「太っている人よりも痩せている人が魅力的」というのと一緒です。実際、太り過ぎだけでなく痩せ過ぎによる疾患もあるのですが、こちらは注目されません。
※本筋からは外れていても,学生にはこういう着眼点を養ってほしいな,というのが私の授業です.



Q:身体を通して理解するのが人間であるという点を踏まえると,様々な宗教の神様が人型をしていることが多いというのも関係があるのかなと思いました.

A:たしかにそうかもしれません.人智を超えた力を持つものを創造しようとしても,やはり人の形をしたものとしてイメージした方が多数者の理解を得られやすいのでしょう.
※この話は,ブログ記事にもしています.
あと,これを「ガンダムで例えると...」のシリーズにもしました.
さすがに授業でガンダムの話はしていませんが,ガンダムのような人型ロボットのエンタメが考案される背景については語っています.




Q:動物は運動していないといけないということですが,最近はE-learningなどで自宅でも勉強できる環境が整っています.でも人は歩いて学校へ行く必要性を感じました.

A:言わんとしていることは分かります.通信技術が発達することでアクセシビリティが高まることの利便性は認めた上で,それでも人は「移動」し,身体を動かして「行為」することで生きているのだと思います.学校や大学という場所に移動して行為するという活動は,学習にとって重要な意味を持っていると私は思います.
※どっかの記事にもしましたが,将来的に大学はオンライン化への道を突き進むでしょう.
でも,大学はオフラインこそが肝だと思っています.




Q:人間の心はどこにあると思いますか?

A:最近の哲学を引用すれば,自分と他者との「間」にあるという考え方があります.私もそうだと思います.その意味では,「人間」という字を考えた人は慧眼ですよね.
※授業を進めていくと,こういう質問が増えてくるんです.してやったりです.
これは体育・スポーツの授業を通して伝えるべきテーマだと思っています.



Q:(身体運動と思考について)人間の本能的なところに関係があるのではないかと思いました.動物や人間は動いていないと食を得られず,生きていくことができません(現代では狩りに出なくても食は得られますが).そういう意味で,「考えること」と「体を動かすこと」は密接につながっていて,両方使うことによって本来の力が発揮できるのではないかと思いました.

A:こういうのが大学教育を受けた者の学術的な視点です.さすが4年生だと思います.大切にしてください.私がこの授業を通して伝えたい本質的な部分がそれです.そういう趣旨のことをレポートで詳細に書いてもらえればSがつきます.
※回答になってないじゃないか!って怒らないでください.だって回答できないんだもん.
そういう,教員が「回答できない」質問をしてくることを,こっちは期待しているわけだし,そういう質問ができるよう授業で教育しているのです.
こういうレベルの高い質問は,4年生からよく発せられます(私の授業は全学年対象だったので).さすが,大学で教育を受けてきた効果はあるんです.



Q:身体運動とは,人が生きていく究極の理由のような気がしてきました.答えを見つけられたら,それは凄いことだと思いますが,これが見つかる可能性はありますか.

A:たしかに凄いことです.そして,たぶん見つかりません.
※授業の最後のほうだと,もはや宗教じみたものになってくる学生もいます.
適度に冷やしてあげることが大事です.


Q1:代謝が悪いと蚊に刺されにくく,お酒に弱いと聞きました.私はお酒に弱く蚊に刺されません.本当でしょうか?

A:「代謝」と一口に言っても様々なものがあります.アルコールへの代謝もその一つですが,蚊にさされにくいかどうかは分かりません.と言うか,君は1年生のようですけど,未成年じゃないですよね?
※次の週の質問のところに,「パッチテストで知ったので,実際には飲んだことはありません」っていう言い訳をしていました.



そんな感じでやってました.
また別の機会に掲載したいと思います.

コメント

  1. Q:筋線維を「筋繊維」と書かないのはなぜか?

    ネットで調べればいろいろ出てきますが、医学は以前は大量の漢字を書かなくてはならず、略字や字の置き換えが奨励された時期があったようです。頸→頚、震顫→振戦などがパッと思いつきます(振戦譫妄の譫妄”せんもう”はそのまま残りました)。そのときに、繊維→線維の置き換えもなされたと思われます。その後、”繊”も常用漢字になりましたが、医学会では既に”線維”が慣用化していたのもあり、筋肉及び神経の”線維”は食物繊維や衣服の繊維とは違うものだということを、異なる漢字を使うことで強調するようになったと考えられます。
    さすがにまだ現役の私は往事のことを知るよしもありませんが、全てを把握している方もおられないでしょう。推測・想像のみで失礼します。

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    1. じゅうべいさん いつもコメントありがとうございます.素晴らしい! そういう理由が考えられるのですね.推測であっても非常に参考になりました.私も高校時代からずっと疑問だったことなので,関連事情を含めて感謝します!

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  2. 喜んでいただけて嬉しいです。調子に乗って、追加を。

    Vdot の上の点は時間微分についてのニュートンの記法です。単位時間 (t) あたりの体積 (V) の変化を表したもので、ライプニッツの記法だと dV/dt とやや長くなります。手書きだと点を打つだけなのが楽なので主に物理学領域で普及しましたが、現在は Windows でも Mac でも入力困難で、Wikipedia English ver. では「V のあとに unicode 0307、Combining Dot Above」で表記していますが、英文論文でも Vdot で済ませてしまうものも多発しています。現状はルビで入力するのが一番っぽいです。

    等尺性収縮と等張性収縮については、等尺性収縮が分かりにくいですね。バネは引っ張ったら長さが変わり、長さを戻そうとして張力を発揮しますが、筋肉は”長さが変わらないまま張力を発揮する”ことがあり、それが感覚として理解しにくいのだと思います。長さが変化する方は、その変化の間は張力が変わらないので“等張性”となります。私の分野では”伸長性筋力発揮”はあまり馴染みがないので、言葉通りと言うしかありません。

    釈迦に説法でしたら失礼しました。

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