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反省会として|その3「好きなことだけをやる/才能のあることをやる」
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ベーシック・インカムが稼働した世界では「才能」のある人しか就職できない
やっちまった講演会の反省会シリーズ,その3です.
もともとは,
「なぜ大学教員をやめて農業を始めたのか」
について講演したかったのですが,こちらの不手際で残念なものになってしまいました.
さて,タイトルの件ですが,以前,そんな話題をしたことがありました.
それを講演会でも話そうかと思っていたのですけど,見事にぶっ壊れてしまったのです.
言いたかったことは,
「私は現時点でそういうライフスタイルを選択したけど,そう遠くないうちに,この日本および世界も,自分がやりたいことをやりたいようにやる時代が,もうすぐ到来するかもしれないね」
っていうことです.
こうしたライフスタイルを考える上で,とても参考になるSF小説があります.
ジェームズ・P・ホーガンの『断絶への航海』です.
これも過去記事にしています.
実際のところ,この記事を読んでもらえれば,私の考えは伝わると思う.
もっと言えば,これをそのまま講演会で話せばよかったなと思いました.
SF小説っていうのは,
「もしこんなテクノロジーが誕生したら,人間社会はどのような変革を余儀なくされるのだろうか」
ということを考える上で非常に有益です.
『断絶への航海』では,この点について,
「個人および社会の利益を最大化する教育の徹底」
「人間が生存するために必要なエネルギー,食料,医療技術が確立した世界」
という状態になったら,人間はどのような生活をするのか思考実験しているものです.
著者のホーガンによれば,そのとき人間は,
「自分の才能を最も活かすライフスタイル」
を模索すると考えています.
現在,少なくない人々は「お金を得る」ことをライフスタイルの上位にもってきています.
その理由は,お金がなければ生存がままならないからです.
しかし,例えばそれが「ベーシック・インカム」などによって達成されてしまったら,「お金を得るために仕事をする」という人は減ってしまうでしょう.
むしろ,テレビゲームでハイスコアを目指す感覚で「どこまでお金を得られるか」を楽しむ人が,「ビジネス」に取り組むのかもしれません.
そんな時代になったら,上述した記事 ■ベーシックインカム ≒ とりあえず国民全員に生活保護を配っておくこと でお話したように,「お金を儲けることができる」という才能をもった人しか「就職」をすることができなくなる可能性が高いのです.
つまり,仕事は「お金儲け」の才能がある人しか参加できない業界となり,才能が無いと見做されたら,容赦無くクビにされる世界です.
現在,多くの就業者が才能が無くてもクビにされないのは,労働基準法というシールドに守られており,なおかつ日本型雇用の文化によるものだからです.
「うちをクビになっても,ベーシック・インカムで生活はできるでしょ?」
っていう世界では,首切りへのハードルは低くなります.
そんな時代になったとしても,おそらく人間は「仕事」をやめません.
仕事は,自分の存在意義を示す重要なものだからです.
たとえそれが「仕事」と称されなくなっていたとしても,本人にとっての「仕事」はなくなりません.
これは前回記事の,■反省会として|その2「ネコみたいな労働」 における話題とも重なりますが,才能が無い人,または才能を見つけられていない人は,とりあえず「好きなこと」で,しかも他人の役に立つことを,持ち出し・赤字状態のボランティアでやるようになるんじゃないかと思います.
つまり,お金を払って仕事をする時代の到来です.
これを作家の森博嗣は,『馬鹿と嘘の弓』において「働くことはスポーツになる」と述べました.
お金を払ってボールやシューズを買い,お金を払ってコートを借りてスポーツをするのと同様,これからの人間は,お金を払って仕事道具を買い,お金を払って職場で仕事をするのです.
その理由は,
「自分がなにか価値のあることをしていると,他者から認めてもらいたいのが人間だから」
です.
それを他者と一緒にやりたい人もいる.
それが「働くことがスポーツになる」ということです.
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