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高校で得てほしいこと

前回は私の母校・黄柳野高校の宣伝のような文章でしたので,今回はそこで省略していた話をしたいと思います. 今月で高校を卒業する生徒,来月から大学生になる学生もいることでしょう.例えそうした皆さんであっても「高校で学ぶべきこと」を伝えておきたいのです. つまりそれは「高校を出た者が頭の片隅に置いといてほしいこと」です. 前回の記事では,私の母校・黄柳野高校で学べることはこれだ,ということで以下のようにまとめました. 自分にとって都合の良い事は,必ずしも他者にとって都合の良い事ではない.ということを実生活を通してその身に刻むこと.そして,「ルール」や「権利」といった建前論を振りかざした生活では八方塞がりになっていく「実生活」の中において,それでも自分が自由になるにはどうすれば良いのか? ですが,これは実のところ「学校」という場であればどんな学校でも学ぶべきことです.それは小学校であっても,中学,高校であっても同様です. ただ,ここ最近の学校現場の話を聞いておりますと,上記のことが学びにくくなっているのではないか,そういう危惧があります. ※それだけに,現在の日本に黄柳野高校の存在価値は高いというのが前回の記事. これをもうちょっと普遍的な形で言うと,学校ではある一定のルールのもとで勉強させ,自分達(生徒)に権利があることを謳いはします.しかし,こうしたルールや権利というのは必ずしも自分達にとってポジティブに機能するわけではなく,結局は他者との折り合いをつける中において用いる手段であり,道具なのだということを学ぶのが学校ということです. 「なぜ法律のとおりに事が進まないんだ」とか,「私には権利があるはずだ」という訴えをよく耳にしますが,そうしたことをあまり主張し過ぎる人のことをこの社会では何と呼ぶかというと,それは「ガキ」であり「子供」です. これはルールや権利に価値が無いと言っているわけではありません.そうした画一的なモノの見方を改めさせることが,少なくともこの国の学校が成すべき仕事だと思うのです.こうしたガキや子供を大人にするのが学校の重要な使命の一つではないでしょうか. “学力の向上” という知識の伝達も重要な学校の役割ではありますが,それは家庭教師や塾でも十分機能するでしょう.学校はそれだけのためにあるわけではない,つまりは,学校の存...

黄柳野高校で得られること,黄柳野高校が求める生徒

黄柳野高等学校というのは,愛知県新城市(旧鳳来町)にある私立高校です. 主に中学・高校において「問題を抱える生徒」を多数入学させることで一時期は知名度がありました(その認識は間違いだけど). ですが最近は少子高齢の影響を受け,大抵の高校が少しくらいの「問題」を抱える生徒であれば入学させるようになっていることと,通信制や専修学校に通う道を選ぶことが増えたためその特殊性が薄れつつあるのが現状でしょうか. 先日,故あって教職員やかつての学友,その保護者の方々と会う機会がありましたので,そこで懐かしい話や黄柳野高校の今後の在り方などを語ってきた次第です. 今日はその 黄柳野高等学校の存在意義 についての話です. これまでにも,本ブログの記事として取り扱ったことがあります. ■ 喫煙ルーム(黄柳野高校のこと) ■ お便りにお答えしたもの ここ数年は世間を騒がせるニュースが立て続けに発生したので「あぁ,あの高校かぁ」と思い出す人もいるかもしれません. 卒業生である私としては,「よくもまぁ内部の事情に配慮せず,しかも教育問題を合理的に考えてしまえるもんだなぁ」と,当時は怒りを覚えました(今は憐憫の情を覚えています). ですが今日は私の不平不満を語るのではなく, 問題を抱える生徒に携わる中学校・高校の先生や,その保護者の方々に向けた記事とします. 別にこの高校の宣伝をしたいわけじゃないんですが,黄柳野高校に代表される「問題を抱える生徒を受け入れる高校」を探している人にとっては,一つの参考になるのではないかと思うのです. 基本情報として,黄柳野高等学校ホームページは↓ ■ http://www.tsugeno.ac.jp (黄柳野高等学校HP) ウィキペディアは→: 黄柳野高等学校 1)荒れているか? 上述した記事でも紹介していますが,「荒れた高校」かどうかを心配する人もいるかもしれません.特に送り出す保護者としては最重要チェックポイントでしょう. 全くもって問題が発生しないとは言いませんが,荒れてはいません. 何をもって荒れているかという話でもありますが,黄柳野を「荒れている」と言い出したら,日本全国の半数近い高校が荒れていると見做せるかもしれません. 皆さんが「優良」だと思っている高校にしたって,生徒事情を聞けば黄柳野なんてかわ...

井戸端スポーツ会議 part 15「ドーピングを求める大学,あと日本も」

本ブログの記事,「危ない大学シリーズ」でも少し触れていることですが,経営難に陥った大学というのは体育会系のクラブ活動に焦点を当てて学生募集を狙います. つい最近まで「スポーツ」の名をつけた学部学科が流行っていました.その理由のほとんどが学生募集に有利だったからです. 「高校生活でスポーツに一生懸命取り組んだ生徒を優遇する.勉強に打ち込んだ生徒と同様,スポーツに打ち込んだ生徒には何かしらの魅力があるはずだ」 などという理由をつけて, 「しかも,体育・スポーツ系の学生は社会・企業からの評判も良い」 という出口(卒業時のスペックのこと)の強さもアピールしながら,スポーツ系の学部学科は増加の一途をたどりました. 最近は流行らなくなりましたけどね. ですが,特に経営難の大学においてはスポーツ系の学部学科,乃至,(誤解を恐れずに言えば)クラブ活動をするために入学してもらう学生は,未だ重要な資金源としての価値を持っています. 業界用語でいう「スポーツの学生」は,きちんと育てれば大化けすることが多いのですが,残念なことに経営難の大学,なかでも「危ない大学」におきましては,アカデミックな水と肥料を使って育てようという気概が弱く,逆にビジネスライクで自己啓発的な指導で誤魔化そうとするため悲しい結果を招くことが多々あります. 私はかつて,「スポーツの学生」に “ 経営手段として ” 頼ろうとする姿勢を強める大学に箴言したことがあります. 「むやみにスポーツの学生に頼ろうとするのは,大学にとってはドーピングみたいなものですよ」(立場上,箴言になってなかったと思いますけど) もちろん反論されました. 「いやいや,(私)先生,そんなこと言ったら先生の仕事無くすようなもんですよ」 と言われましたが,こういう状態になっていたらその大学は末期です. なぜスポーツの学生を入れることが大学にとって「ドーピング」なのか? ドーピングというのは短期間や即時的に著しく体力や心理状態を向上させ,スポーツの競技力を高めようとするものであり,その副作用として健康への害があることはご存知かと思います. 短期的には恩恵があっても,長期的には有害であるもの.むやみに用いれば,その個体を崩壊させることになるものです. これについて現在の少なくない大学は,学生数という体力を求め...

続・東京人と中国人はよく似ている

タイトルは「続」ということにしておきましたが,中国人については触れないかもしれません. 前回の, ■ 東京人と中国人はよく似ている を書いてから後,例の先輩教員と本件について再度議論することがありましたので,そこで出た話題を追記をしておこうと思ったからです. まあ,そんなに長く書きませんので暇だったら読んでいってください. 東京とその周辺(以降,「東京」とする)の食文化についてです. きっとこれは地方出身者は首肯してくれるはず. いきなり喧嘩をふっかけるようで悪いのですが,ぶっちゃけて言えば東京の食事は美味しくありません.やや不味いと言ってよいでしょう. ところがその一方で,東京名物の一つに「行列のできる飲食店」というものがあります. このような飲食店における行列現象と矛盾するのではないかと思われるかもしれませんが,私は以下のように捉えております. 「特定の飲食店に行列ができるほど,東京の平均的な飲食店は美味しくないからだ」 ということです. 「飲食店にとって激戦区である東京では,平均的な飲食店のレベルも高まるのでは?」 という意見もあるでしょうが,私が考えるに,東京は人口密度が高いため,そんなに味を良くしなくても客が入りやすいというアドバンテージがあると睨んでいます. 味が良くなくても客が入りやすい,固定客が多くなくてもある程度やっていける土壌があるということです. さらに言うなら,これは東京の方々は激怒するかもしれませんが,少なくない東京人の舌のレベルが低い,ということが言えます(皆とは言っていませんよ). こちらに移り住んで,「行列のできる飲食店」というものに興味があったので,ここ2年間にいくつか廻ってみました. そこで食した感想は,率直に言って「・・・,ま,並ぶほどじゃないな」というものです. たしかに他の店とは異なる味を出しています.とても新鮮な味わいです. が,それ以上のものが見当たらないのです. そこから以下のことが考えられます. まず,東京には元来,それほど美味しい店がないことから,ちょっとでも味が良い店であればそこに集中する.この要因はかなり大きいと思う. そこからさらに言うと,普段それほど美味しい物を食べているわけじゃないから少なくない東京人の舌のレベルは低い. そのくせ東京には美味...

東京人と中国人はよく似ている

先日,タイトルにあるような話を関西在住の先輩教員とフェイスタイムでしておりました.「東京人って中国人みたいですよね」って. 私自身,2年前から関東に移り住んできて,当初から感じていたことです. 以後,盆正月の帰省後や地方出張から帰ってくる度,東京(品川)駅や羽田に降りる度にいつも感じていることです.「あぁ,ここは中国に似ているなぁ」って. 東京人と中国人はよく似ている.もっと言うなら,東京という地域と中国はよく似ている,と思うんです. 現在の風潮からして,こんなこと言うと東京の人達の心証が悪くなってはいけないので,「別に東京人だけじゃないんですよ」ということでもうちょっと広げて言いますと,少なくとも「大阪市内の人たちと東京人は,中国人とよく似ている」というところでしょうか. 雑談・談笑ではありましたが,我々としてはかなり確信ある話でして,しかも, 昨今,中国を不自然に蔑視する風潮が強いことと,「日本らしさ」を 不自然に前面に出そうとする風潮が強いと感じておりましたので, それに一石を投じる意味でブログ記事にしてみようと思った次第です. 別に中国擁護や関東批判を目的としているわけじゃないです. で,せっかくなのでこのテーマについて論じられた(比較的まじめな)書籍はないかなぁ〜,と思って探してみたんです. なんと,ありました. 與那覇潤 著『中国化する日本』 .もしかすると移民とか領土,思想の侵略が進んで・・・,などという類の本じゃないかと心配していたのですが,どうやら我々の談笑のテーマと同じ方向性を持ったものだったので参考文献としてオススメしておきます. (我々の居酒屋談義とはレベルの違う,きっちりした内容の本です) その中国についてですが,私は何度か研修や引率などで中国に滞在した経験があります.今になって思い出してみると,学生の頃から中国人研究者と話していたり,中国との共同研究なんかもやってたなぁって,けっこう中国・中国人との接点は多いものです. つい2年前までは,東京よりも中国の空気を吸っていた時間が圧倒的に長かったのです(幸いなことに呼吸器は無事です). そんなこんなで,関東に移り住んできたのですが,そこで感じたのがこの地域の「中国濃度の高さ」です. いえ,中国人の数が多いってことじゃないですよ.街の空気,人々が作り出す...

大学教育の質が低下している?

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こんなニュースが流れましたので,それについて論じてみようと思います. 講義は中学レベル,入試は「同意」で合格 文科省がダメ出しした仰天大学とは 記事を抜粋しますと,  「数学の授業は四捨五入から」「受験生と大学の『同意』で合格」「新入生が一人もいない」――。新設の大学や学部でこんな事例が相次ぎ、文部科学省が改善指導に乗り出しました。若者の減少とキャンパスの新増設で「大学全入」とも言われる時代。とりわけ知名度の低い地方大学で、教育の質の低下が懸念されています。 withnews:2月21日(土) とのことです. 過去記事でも繰り返し論じたり訴えたりしている点ですが,現在の大学経営がどのような方向性を持っているのか,今一度お話しておきます. 大学は今, 「教育の質を下げなければ淘汰される」 という事態に突入しています. このような事態へと突入させた犯人は,上記記事で “ダメ出し” している文科省と,あとは国民の要望です. ですが,一口に「大学における教育の質の低下」と言いましても複数の視点がありまして,今回のニュースはそれを論じる上で格好の材料なんです. 今回のニュースを読み解くためには,きちんと論点を整理していく必要があります. 論点は以下の通りです. 1)学力が低い者を大学へ入学させることは悪いことか? 2)大学で四捨五入やbe動詞を学ばせることは “教育の質が低い” ことなのか? 3)質の高い大学教育とは何か? 4)なぜ大学は教育の質を下げるのか? 上記の記事には気になる文章があります. 「大学の教育の質が低下している」 というところです. これについては,文科省や記者が考えている「教育の質」の認識が間違っていると指摘しておきましょう. 下がってきているのは教育の質ではなく,学生の学力です . 勘違いしてもらいたくないのは,私は別に「 学力が低い者を大学に入学させるな」などと言いたいわけではありません. 四捨五入や百分率,be動詞が分からない学生が増えてきているのですから,大学がそうした学生に応じて指導するのは当然ではないでしょうか. たとえ経営難大学とは言え(経営難大学だからこそ,だが),そこに入学した学生は四捨五入や百分率,ちょっとした英語を学...

エクセル散布図で相関関係・相関係数を確認する便利な方法

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相関係数を確認するために,エクセル関数とかSPSSを使うのは面倒だと思っている人へ|それ,簡単に確認できますよ 以下の記事を読んでも不安がある場合や,元の作業ファイルで確認したい場合は, このリンク先→「 統計記事のエクセルのファイル 」から, 「相関係数を散布図を使って確認する」 のエクセルファイルをダウンロードしてご確認ください. しばしば,大量のデータを前にして相関関係の有無を探索的に確認しなきゃいけない作業というのがあります. 例えば以下の様なデータ. 上記の例では,テストA〜Eという5つしかありませんけど,場合によっては何十個もの列が並んでいるデータに出くわすことがあります. それについて以下のように2つの列(変数)を選択してから・・・, そして,下図のように【グラフ】から散布図を作成して,その散布図がどのようにプロットされるのか,ということから相関関係の有無を確認するというのが一般的です. (以下の図,テストAとテストBの間には相関関係は見られないようですね) これを, 「テストAとテストB.以下,AとC,AとD,AとE,BとC,BとD・・・」 という感じでずーっと確認していきたい,ということがあります. 今回の記事では,この作業をスムーズにする方法をご紹介しようというものです. ※ここでは「エクセルMac2011」を使って紹介していますが,全てのエクセルにおいて同じ操作が可能です.   早速その作業方法ですが, まずは散布図を作ってもらって,それを少し改造していきます. とりあえず,下図のようにグラフ右側に出てくる邪魔な「系列」の表示を削除(「系列」を選択してDeleteキーで消せる). 次に,散布図に プロットされる点々を右クリック して下図のようなメニューを出して・・・, そこに表示される 「 近似曲線の追加 」  をクリックします. するとこんなダイアログボックス画面が出てきますので, 「 オプション 」 を選んでもらって, 「 グラフにR-2乗値を表示する 」 にチェックを入れます. そうすると,下図のように散布図の中にR二乗値が表示されるようになりますので・・...

センター試験とか入試におけるアレコレ

今日の記事は,はっきり言ってどうでもいい内容です. 何かの問題提起をするでもなく,珍しい考え方を提唱するでもなく. なので,得られるものは何もないので,それを承知の上で読み進めてください. では. 私もこの仕事に就いて5年.センター試験とか大学入試の業務をやり始めて久しいわけですが,その内情はどんなものなのか?外部の人には珍しいのではないかと思いましたので記事にしてみました. センター試験や大学入試を控えている受験生にとっては,あの緊張感漂う入試会場の裏側で何が起こっているのか察しながら受けるのも楽しい(なわけないか)でしょうし,同じ大学人からすれば「あーっ,それあるある!」ってことで楽しんでもらえるんじゃないかというわけです. まず,センター試験とか入学試験において外部の人(つまり受験生)が目にするところと言いますのは,検問所(受験会場への入り口)と受験会場ですよね. で,その受験会場においては「試験監督」と呼ばれる人達がその場を取り仕切っているのですが,この試験監督も役割分担がされています. 大きく分けると以下の3つです. 1)監督主任 その試験場(部屋)を統括する役回りで,たいていその大学所属の教員が担当している.偉い役職についているから任される,というわけでは全然なく,適当に決められることが多いが,ことセンター試験においては「ヤバい」キャラの人は選ばれていないように思う.センターの場合は間違いが許されないので,少しでもマシな人選がされているはず. ちなみに,センターの主任をやりたがる人は稀で,そのプレッシャーと業務把握量の多さからして可能な限り避けたい仕事である. ご案内の方も多いだろうが,監督主任が発する言葉は99%が「監督要領(監督者の手引き)」に書かれていることの読み上げである.本人の意志や配慮から発せられる言葉は全く無いと言ってよい. 2)監督副主任(タイムキーパー) 監督主任を助ける役回り.試験時間や伝達事項,指示内容の読み上げなどを一緒に確認しながら進めるために配置されている場合が多く,センター試験においてはその役回り通りに「タイムキーパー」と称される.大学独自の入試や試験場の大きさによっては,この副主任を置かないことも多い. 3)監督者 監督主任以外の試験監督者は,総じて監督者と呼ばれることが多い...

厄介な教員は切り捨てても良いか?

この記事は,ちょっと前に書いている ■ 危ない大学に奉職してしまったとき「厄介な教員対策」 の続編みたいなものです. 危ない大学ほど「厄介な教員」が増加する傾向にある ので,その傾向と対策をご紹介したものです. これについては,「だったら,そんな厄介な教員は切り捨ててしまえばいいじゃないか」と思われたかもしれません. でも,そういうわけにはいかないのが教育現場ですので,そこらへんのことを詳しく述べておこうというわけです. 厄介な教員は切り捨てても良いか? ダメです. もちろん,この手の記事では毎度毎度のことですが,「程度の問題」ではあります. ですが,そうした業務に支障が出るような教員であっても,「あぁ,こいつ邪魔だから」と言って切り捨ててよいかと言えば,それはやっぱりダメなのです. なぜか? 一番大きい理由としては,「大学教育」という場において,厄介な教員という存在が本当にネガティブな存在としてだけで評価されていいものなのか? これが甚だ疑問であるから,ということを挙げておきましょう. 大学という場には様々な学問領域にいる教員が集まっています. こうした様々な学問領域を研究する教員から,学生はモノの考え方を学ぶのが大学というところなのですが. 教育の難しいところは「学生をこういう状態にさせたら成功」というものが無い,乃至,卒業させる段階では未知数であるところにあります. ※これは大学教育に限らず,教育業界全般に言えると思います. それ故,大学の教員は,自分が研究してきたこと,その研究方法,その研究領域における哲学・思想を学生に伝えることしかできません. こういうのはよく, 「ノコギリや金槌を渡して,その使い方を教えることはできるけど,それで何を作ったら良いのかは教えられない」 というような比喩で表現されますが,まさにそれです. もちろん,師事している教員が作った作品をコピーして自分の手で作ってみる,というのもありでしょうし,実際のところそれがゼミと呼ばれる授業なのかもしれません. ですが,いつかは自分の手で自分だけの作品を作れるようになってもらうのが大学を卒業するということです. ※私個人的な現在の大学教育への不満を一つ言わせてもらうと,作品や完成品に関するウンチクはいろいろ勉強させているけど,道具の使い方や道具の...

偏差値45の大学選び パート2

ほぼ1年ぶりとなる続編です. パート1を見ていない人は, ■ 偏差値45の大学選び パート1 をご覧ください. パート1でも書きましたが,この記事で対象としているのはトップレベルの大学を目指している受験生ではなく, だいたい偏差値が40〜50くらいの枠の中で「大学のこと,あんま知らないし.どうしようかなぁ」「滑り止めとは言え,もしものために」と悩んでいる受験生 です. パート1でご紹介したのは, (1)自宅からのアクセス (2)図書館(パソコン室)まわり (3)貸出備品 (4)ゆるさ といったものでしたが,今回はこの中でも「(4)ゆるさ」について取り上げます. 良い大学において,なぜ「ゆるさ」がなぜ重要なのか,そこを解説してみたいと思うのです. その「ゆるさ」というのは以下の様なものでした. 1)学内でお酒が呑めるか?ゼミ中や研究室で呑んでる先生がいるか?飲み会が開かれたりしてるか? 2)開門時間以外でも入校可能か?つまり,事実上24時間営業か? 3)軽い暴力(身体的・精神的)をふるう教員がいるか?で,その教員は,ちょっとした名物教員(つまり,解雇されずに済んでいる)か? 4)図書館の隅や未使用教室などで寝ている学生がいるか? 5)なんでもない時期に,2日以上連続で(さも当たり前のように)学内に宿泊している学生(または教職員)がいるか? 6)購買コーナーのおっちゃん・おばちゃんが,「えぇよ,えぇよ,なんとかしといたるから」っていう感じの融通がきくところか?(この場合,「お金がない時にツケがきいたりしますか?」なんていう質問で切り出してもいいでしょう) 7)大学職員が怖いか?学生を怒鳴りつける職員がいるか? 8)受講者の99%が寝てる授業があるか? 9)授業に行ったら先生が来なくて,そのまま何事も無く休講になることがあるか? 10)テストが全然できていないと思ったのに,高得点で単位が取れたことがあるか? 上記の中でも,高校生が確認(理解)しやすいものを優先的にご紹介しましょう. ●開門時間以外でも入校可能か?つまり,事実上24時間営業か? 勉強したい学生,仕事したい教員は好きな時に好きなようにやってください.という状態です. 最近はこれをコンセプトとして公言し,(ほぼ)24...