2015年1月22日木曜日

危ない大学に奉職してしまったとき「本気の高校訪問対策への対策」

前回の,
危ない大学に奉職してしまったとき「本気の高校訪問対策」
では,タイトル通り「本気の高校訪問」とはどのようなものか解説しました.

しかし,この「本気の高校訪問」というのは,実は考えものでして.
もしこの国の大多数を占めている「高校訪問が必要ない大学」ですら本気の高校訪問をしてしまうと,現時点で本気の高校訪問が必要な大学が高校訪問をしても学生が来なくなるという現象が起こるからです.

ですから,我が国の大学が採らねばならない方略としては,互いになんとか示し合わせて「学生募集」なる活動をしないことです.
そもそも学生募集なんかするから,学生が来なくなる大学が出てくるんです.

我が国の大学運営者がやるべきことはパイを奪い合う競争などではなく,国民の所得を上げる提言をしたり学費を抑えたり奨学金を充実させるロビー活動をするなどして,文字通りの「大学全入時代」をしっかり実現させることが「楽な道」なのではありませんか?

でも,それをしない.
という現実を見れば,そこには何か裏があると見るべきです.
どんな裏があるのかって?実は裏でもなんでもなくて,そりゃ「勝ち組大学」としては,こういう競争状態を維持したほうが自分たちにとって都合が良いからに決まっています.

自分たちは一切の競争努力をしなくても,学生募集の心配は全くありません.
周りが学生募集に必死になればなるほど,自身は安泰になるのです.
もっと言うと,学生募集を必死にやらねばならないような国内状態を作り出すことが,自身の大学経営が安泰になる方略だということなのです.

なので,いわゆる「勝ち組大学」の経営陣や先生方こそ社会の競争原理や自己責任の原則,弱肉強食の世界を好みます.
そうした世の中になるように政治・メディア向けの提言をしますし,学生に指導します.
なぜかって,そうした方が自身や所属する大学が安泰になるからです.
必ず勝てるゲームを前にしているのですから,そのゲームのルールや状況を変えようとするわけないじゃないですか.

間違っても
「どのような大学に入学しようと,学ぶべきことはモノの考え方であり,学術的な思考力と道徳倫理観を身につけることが優先されるのです」
などと言って,
「ですから,よほどの理由がない限り,その学生が通学するのに都合の良い大学に進学しさえすれば,それが実現できる高等教育システムを我が国は目指しましょう.それが国民の民度や技能を高めることになるのですから」
なんて提言をすることはありません.
それを目指してしまったら,自分たちの優位性が低下してしまうからです.

学生募集に必死の大学の皆様におかれましては,どうかそんな勝ち組大学の手のひらで踊るようなマネはしないでください.
そこから解脱することが「本気の高校訪問対策への対策」だと言えるでしょう.

現在の大学は,「入試倍率が高い奴ほど優秀ゲーム」というのをやっています.
そういうゲームにおける強者(勝ち組大学)の必勝パターンは,
1)大学に入学できる者が少ない社会のほうが良い
2)学歴で評価される社会のほうが良い
というものになります.
そうした社会が維持されていれば,現在の勝ち組大学が経営難大学に陥落することは絶対に有り得ませんし,経営難大学の経営が改善することも絶対に有り得ません.

大学に入学できる者を減らすにはどうすれば良いか?当然のことながら,国民の所得が上がってしまうと問題です.学生側に経済的な余裕が出てくると,何が何でも有名大を出とかなければいけない,なんて考える人は少なくなるからです.
そんなこんなで,経済的な格差が少なくなってしまうと,「有名大を出たって,そこら辺の大学を卒業した奴と変わりないじゃないか」という状況に直面することが多くなります.大学での教育というのは,元々そういうものだからです.

たしかに学力・偏差値が高い人のほうが有能であることが多いのですけど,人間的な深みとか職人的な技能という話になってくると,「どの大学を出たか?」ではなく,本人がどのような態度で高等教育を受けたのかによります.
学歴が重要視されない社会になることは,勝ち組大学としては避けたいですね.学歴で競争してもらっていないと困るんです.

それに,富裕層と貧困層ができてもらえれば勝ち組大学は得をします.富裕層を獲得できますし,その母集団のなかで勝負ができるからです.
貧困層から大学に通える数は少ないですし,なんせ貧困層の子供は全般的な教育全般も低下します.そんなこんなで「あぁ,やっぱり大学を卒業した人は違うなぁ」という状態が自動的に作られるのです.
つまり,学歴で評価される社会が維持されるわけですね.

もちろん,この状態を好むのは有名大の卒業生も含まれます.
あれだけ試験勉強に精進したんだから,その努力によって得られた地位は譲りたくないと考えるのが人の性ではないでしょうか.
有名大を卒業したことのアドバンテージを高めようとするのは,なにも大学だけではありません.卒業生もそれに加わります.
不況になればなるほど,格差社会になればなるほどに有名大学を卒業することのアドバンテージは高くなるのです.

「良い大学を出て,良い会社に就職する,という時代は終わった」などと言われることがありますが,本当にそうでしょうか?
たんに不況で「良い大学」を出ても「良い会社(目当ての会社)」に就職できる人の数が相対的に減っただけではありませんか?つまり,全体的に下方シフトしているだけではないかと思うんです.
実際,学生たちの就職状況(危険なのでデータとして示せませんけど)を見てみましても,有名大の卒業生の方が有利であることは変わっていませんし,むしろその学歴格差は大きくなっていると実感しています.
※学歴での所得格差についての調査データは,ググってもらえればいろいろ出てきますので悪しからずご容赦ください.

というわけで,多くの普通の大学が「危ない大学」へと変貌することを回避するためには,まず第一に我が国の経済状況が好転するように仕向けることと,
「どこの大学であろうとも,学生に学ばせるべきことは学術的な思考力ですよね」
という大学間での認識と,国民レベルでの共通理解が必要になるわけです.

ですから,危ない大学ほどではないけど,もうちょっとするとそっちに傾きそうな大学に奉職されている先生方におきましては,ぜひともポジティブな意味での「大学全入時代」を目指すことを願います.
それがご自身の大学教員としての幸せのためでもあると思うんです.

それに,これはつまり,強者が自分の地位に固執することを是としない社会をつくることも意味します.
大学教育とは,個人の欲望や感情,利益を優先することによって生じる社会の不安定性を回避するためのものです.

だからこそ,そんな人間・国民を教育する上で「体育」は重要な価値があるのだと思っているのですが,それについては以下の前々回の記事をご覧ください.
井戸端スポーツ会議 part 14「スポーツと資本論」



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