2014年6月18日水曜日

危ない大学に奉職してしまったとき「教員評価制度対策」

最近の大学には教員用の通信簿みたいなやつ,いわゆる「教員評価制度」というのがあるんです.
教育活動が何点,研究活動が何点,運営業務が何点,あなたはトータル何点でしたぁ,みたいな通信簿です.

これまでの大学教員は,何をやっても何をしなくても野放し状態でした.
さすがにそれじゃマズいだろう,教員自身も評価される時代になったんだ,ってことで教員個人を評価するため導入されたのが「大学教員評価制度」というものです.

さまざまな問題点を抱えながらも,お上や世間の圧力に抵抗する理由が見つからないからという理由で続けている活動です.
その議論はとりあえず横に置いといて,
今回の記事では,「危ない大学での教員評価」ということでお話します.

大学界全体のことですと,以下の様な,
http://www.niad.ac.jp/ICSFiles/afieldfile/2010/01/05/no9_16_shimada_no10_04.pdf
という資料も合わせて読んでもらうといいかと思います.

これを見ましても,教員評価制度がどれだけ無駄な努力なのかが分かります.
(上記の論文ではそのような論旨にはなっていませんが,データ自体をみる限り悲惨です)

一言で言うと,
苦労して取り組んでみたけど,・・で?っていう.
そんな感じなわけですね.

危ない大学では,これに輪をかけて大変になるのですが.

ここで注意しなければいけないのは,教員評価の評価基準や項目,結果の利用方法,意味付けといったものが,各大学によって非常にバラつきがあるということです.
危ない大学においても教員評価の位置づけはバラバラでして.

大きく分けると,以下の2つのパターンになると思うんです.

(1)教員評価制度で首が飛ぶ大学の場合
一にも二にも,まずは転職を考えておきましょう.
そういう大学に勤める先生方のお話しを聞いてみましても,大学に奉公する,学生のことを考える,なんてことをするだけ無駄であることが推察されます.
そもそも大学教員の評価や処遇を,定量化システムでやってしまおうとする組織が,まともな高等教育機関としての理念を持っているわけがありません(この詳細は過去記事をどうぞ).
ここは心を鬼にして,転職するためにJREC-IN(ジェイレックインって呼んでます)へ登録しましょう.
そして,■大学教員になる方法「強化版」なんかを読んでもらっても良いかもしれません.

当面の対策としては,経営陣からの不必要な圧力を受けないための「仕事やってますよアピール材料」を用意しておくことです.
この場合の「仕事」とは,学生募集につながるアプローチのことです.教育や研究ではありません.
あと,こういう大学では,学生からの評価なんて気にする必要はありません.だってどうせ貴方は近いうちに辞めるんだから.
学生からの評価なんて気にしていたら,次の大学には移れません.ただでさえ時間がないのです,無視に限ります.
授業や指導は二の次三の次.とりあえずは,ひたすら経営陣や上司の顔色を伺うことに徹します.
「そうは言っても学生のことが・・」という教員魂に火がつくこともありましょうが,残念ながらそういう大学では「貴方の代えはいくらでもいる」っていう前提とシステムで動いているので,その努力は永遠に報われません.
考えてもみてください.その「ねばらなない」とせかされてる学生への指導内容,大学でなくてもいいことじゃないですか?貴方がすることですか?今一度考えてください.
大学でしか出来ないことを伝えることが,我々の使命ではないでしょうか.


んで,きっと多くの大学が以下に当てはまるのではないでしょうか.
(2)教員評価制度=ダメ教員検索システムという大学の場合
某大学の元学長が,私にこの教員評価制度について語っていたことです.
「あれ,別にやりたいわけじゃないんだけどね.使えない先生に圧力をかけたいだけだから」
つまり,一つ上で紹介した「首が飛ぶ」ってほどではないんですけど,あまりに使えない教員に「ほれ,これを見ろ.お前はこんなにダメなんだ」って言いたいための材料として教員評価制度を用いている大学の場合です.

そういう大学では,得点が低い教員にしか目が行っていません.
というか,そもそも点数化して何か一喜一憂しようという気がないのです.
「だったら最初からダメ教員だけ呼び出して指導すりゃいいじゃないか」なんて言い出す人もいましょうが,はい,その通りなんです.でもまぁ,大学ってところには,いろいろあるんですよ.公平・平等,手続きを重んじるといいますか.
これについて,ちょっと詳細に説明しておきましょう.

その手の大学の教員評価制度の特徴としましては,例えば研究業績とか教育業績が著しく高い評判がある教員であっても,それが教員評価へとダイレクトに反映されることを嫌います.
つまり,皆がなんとなく平均的な点数になる,もっと言えば,皆が高得点になるような評価基準設定になっています.
皆だいたい同じ能力なんだネ,っていう雰囲気にしたいんです.
それでもスコアが低い教員は出てくるわけですが,それがつまりは「糾弾対象の教員」ということです.

ですから,そういう大学において採点作業(たいてい,自己申告採点.そして猛烈に煩雑)をする場合,適当にやってしまえばいいのです.
私が実際にやらかしていた例で言えば,「授業改善」のところは空欄,「研究活動」は筆頭の主要論文を1件書くだけ.っていう感じです.

ただし「危ない大学」においては,ギャグなんじゃないかと思わされる展開もあります.
というのも,そもそも「危ない大学」には総じて真っ当な「大学教育者」っていうのが少ないわけでして.
論文を書いたことがないとか,まともに専門の授業ができないとか,講義じゃなくて実践だとか言って,アイスブレイクとロールプレイの成れの果てのような活動しかしていない人々がいるんです.

そんな大学では,一堂に会した教授会などで大学経営陣とか学長あたりが,
「(教員評価制度があるので)論文を年に1本は書きましょう.運営業務に積極的に手を挙げましょう.授業評価アンケートで指摘された項目を改善しましょう.学生を2人は獲得してきましょう」なんてことを言い出します.
もはや大学教員という仕事が,教員評価制度のスコアアップを目的とした活動になるんです.
つまり,各評価項目において及第点をそろえておけばOK,みたいな話が公然とまかり通るようになるのですね.
これも過去記事で書いた■人間はスポーツする存在であるなのかなぁ,と興味深いです.

中には,香ばしいほどの業績・業務や大学への貢献を網羅する教員もおりますが,それはそれとして憐れみの目で見てあげてください.
例えば,「定期的に相談相手になってあげている学生がいる」なんて特記事項を書く教員もいます.微笑ましいですね.

ですから,貴方がよほどのダメ教員でない限り,いい加減に申告して問題ありません.
あまりに酷いことになっていたら,向こうからなんか言ってきますから.

冒頭に紹介した論文にもありますが,この「教員評価制度」の結果を昇進とか待遇といったものに利用しようという大学は少ないんです.
教員としても,高得点を獲得したからって良いことなんて無いんですよ.
じゃあ何のためにやってんだよ!ってことになるのでしょうが,それは誰かから「やれ」って言われたからです.

まともな大学教育者なら分かってくれるかと思いますが,教育者を計量評価して,それによって待遇に差をつけたり昇進させたりすることは暴挙以外の何物でもありません.
そんなこと,危ない大学と言えど,やってるところは少ないと思いますよ.

例えば,私がかつて勤めていたことのある大学には,准教授や教授になるための条件が事細かく計量評価できるところがありました.
その基準でいくと,私は30代半ばにして教授になれてしまう,というものでした.
ろくな経験もない30代半ばの若造が,教授として大学に奉職できます?頼まれたってしませんよ.
もちろん,そんな大学とは言え,点数だけで昇進が決まるわけでもないんです.仮に私が申告したって,あれこれ理由がついて教授にはなれません.
そこはやっぱり教授に見合うだけの「格」ってものが,なんとなく要求されるわけで.

「いや,点数が高い人が昇進したり待遇が良くなることは望まれることじゃないのか?」
と言い出す人もいるかもしれませんが,教育現場ってそういうものじゃないんです.
出世したり昇進することが好きな人は気にするのかもしれませんけどね.
計量評価できるもの以外のところに,大学という組織を円滑に運営するための肝があったりするんです.

ですから・・・,
つまりは,そもそも「教員評価制度」っていうものが本来的に大学という場において機能しないし “機能してはいけない” ものであることが承知のはずなのに,取り組まなければいけないような事態が悲しい.
という話になってしまいました.

無理やりタイトルの話に戻ってまとめますと,
首とか糾弾対象にならない程度に手を抜いてアピりましょう.ハイスコアを出しても無駄なんだから.
ということになります.


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