2017年8月23日水曜日

恐怖!TOKYO GOOD MUSEUMとかいう謎のプロジェクト

「江戸しぐさ」がデタラメであることを先日の記事で取り上げましたが,その後,次から次へと芋づる式に出てきます.
今回は「TOKYO GOOD MUSEUM」という恐怖のプロジェクトについて.

これは前回の「整列乗車」の記事を書いている時に見つけました.
微妙にかっこつけたデザインのウェブサイトもあります.
TOKYO GOOD MUSEUM(Tokyo Good Manner Projects)

まだ「江戸しぐさ」みたいなものにシンパシーがあるのかもしれません.
懲りない東京人は,新たな「江戸しぐさ」を開発しているようです.

昨年の9月から始めたみたいです.
浮世への関心が低い私の目には止まっていませんでしたが,今回調べてみたら恐ろしいプロジェクトであることが判明しました.

TOKYO GOOD MUSEUMとは何か?
上記のサイトにはこうあります.
~東京をより魅力的な都市へ~
2016年9月、国際都市・東京を舞台とした新しいかたちのマナー向上プロジェクトの推進母体として、一般社団法人Tokyo Good Manners Project(略称TGMP)を設立しました。
(中略)
都市のマナー向上というと、世界の各都市で行われているような「ゴミを捨てない」、「交通規則を守ろう」といった公共マナー向上キャンペーンが思い起こされますが、本プロジェクトはこのようなマナー啓発をするものではありません。なぜなら、東京のマナーの良さは世界から認められ、評価されているからです。
この “書きぶり” からして,なんだか嫌な予感がします.
続きを読んでみましょう.
TGMPが実施した「東京のイメージ」に関する調査によると、「人のマナーが良い」と答えた外国人が全体の約7割(64.9%)に上りました。しかし、「人のマナーが良い」と答えた東京都民は3割以下(24.6%)にとどまり、マナーに対する東京都民と外国人の認識には大きなギャップがあり、都民の自己肯定意識が極めて低いということがみてとれます。
TGMPでは、東京で暮らす一人ひとりが自分たちのグッドマナーに誇りを持ち、東京を訪れる世界中の人々に文化としてのグッドマナーを楽しんでもらうために“TOKYO GOOD“というコンセプトを掲げ、さまざまなアクションを起こしていきます。
つまり,外国人からマナーが良いと言われているのだから,自信を持ちましょう.
そして,このマナーの良さを自覚しましょう,ということ.

意味がわかりません.
なぜ「自分たちが思っている以上に,自分たちはマナーが良い」からと言って,それを声高に宣言しなければいけないのか.
それこそ「マナー違反」ではないのか?

これが「経済」とか「工業力」「学力」「健康」といったものだったら分かりますよ.
測定そのものに妥当性や信頼性があり,その測定の評価にも客観的な意味があるのであれば.
でも,「マナー」という文化的で主観的な影響が大きいものの良し悪しを論じ,自覚することにどのような価値や意義があるのか.

さて,彼らは「さまざまなアクションを起こしていきます」というんだから,何をするのか気になります.
このコンセプトを具現化する施策が『TOKYO GOOD MUSEUM』です。これは、東京をかたちのない美術館に見立て、東京のグッドマナーやそれを構成するヒト・モノ・コトを「作品」と定義して収蔵することで可視化させ、世の中に発信する活動です。
自分たちがどれだけ優れているのかを美術館に見立てて発信するのだそうです.
キモい.キモすぎる.
この発想,私にはついていけません.

実際,この取り組みに対する世間の評判を調べてみたら,やっぱり批判的でした.
「TOKYO GOOD MUSEUM」とやらの評判が散々な模様(まとめサイト)
まだまだ常識的な人がいるようなので幸いです.

でも,一体どんな人がこれを喜ぶんでしょう?
思い当たるフシはあります.
近年,外国人から「日本のこんなところが凄い」という評価をテーマとした話題の是非を目にすることがあります.いわゆる「海外の反応」というやつ.
ネット記事を配信している側も,そういう記事に仕立てた方が閲覧数を稼ぎやすいとのことです.
外国人のなかには,仕事として日本を褒めている人もいるとのこと.
国際ジャーナリストがTV番組に「日本を褒める外国人枠」の存在を暴露(ライブドアニュース2014.10.8)

件のTOKYO GOOD MUSEUMも,そうした日本人のメンタリティに乗っかってる活動かもしれません.
外国人からおだてられるだけでは飽き足らず,自分達でやってるんだから世話ない.
なんだか反吐が出る話ですね.

私はべつに「日本人のマナーが悪い」と言いたいわけではありません.
外国人から「日本人のマナーが良い」と言ってくれていることに反抗するつもりもない.ですが,こういう「マナーが良い」という評価や認識は,話半分程度に聞くか,かなり疑ってかからなければ「気持ち悪い」ことになっていきます.

TOKYO GOOD MUSEUMのウェブサイトを見ていて気になったことがあります.
上述したように,このウェブサイトを作った趣旨が「東京のグッドマナーやそれを構成するヒト・モノ・コトを「作品」と定義して収蔵することで可視化させ、世の中に発信する」ということですから,(気味が悪いことに)そういう「作品」が並んでいます.
で,その中でもマナーに関する「作品」とやらが,
「整列乗車」
「銭湯のかけ湯」
「ゴミひとつない道」
「気配りのマスク」
「戻ってくる忘れ物」
「思いも運ぶ引越し屋」
とかなんです.
どれも「マナー」とは関係ないですね.

前回の記事では「整列乗車」を取り上げましたが,これらはいずれも「マナー」じゃなくて「ルール」や「仕事」です.
ウィキペディアの「マナー」のページでも指摘されているマナーを考える上での問題点,「マニュアル化されたマナー」を無自覚に誇ってしまっている.最もヤバイ状況です.
こんなもの喜んだって仕方ありません.
上記の「作品」にしたって,これらにはいくらでも反論の余地があります.

「整列乗車」は,前回の記事をどうぞ.
「銭湯のかけ湯」は,残念ですが “しない” 日本人だってたくさんいます.あと,水が豊富な日本だから成立していること.水不足で困っていたら,それこそかけ湯はマナー違反です.
「ゴミひとつない道」は,ボランティアや清掃業者のおかげです.日本は諸外国より道路清掃に注力しているだけで,一部の放っとかれたところはゴミだらけです.
「気配りのマスク」は気配りではなく自己満足.病気なら人前に出ないのが本当のマナーです.病気をおして仕事してますアピールでしかなく,病気でも表に出ることを要求される不寛容な国だとも言える.
「戻ってくる忘れ物」は,そこまで困窮している人が少ないのと,忘れ物でも事情によれば警察が捜査してくれるため,ネコババしてもバレる恐れが高いから.経済状態が悪くなったら,ネコババする人は増えますよ.
「思いも運ぶ引越し屋」なんて,たんなる引越し屋の営業努力じゃないか.

どれも「東京グッド・マナー」などと胸を張れるものではない.
無理矢理感が満載だし,恥ずかしいのでやめてほしいですね.

このウェブサイトを見ていて感じたのは,完全に私の推測でしかないんですけど,彼ら運営側にしても,当初はもっと「江戸しぐさ」の如くアピールできる具体例がたくさんあると思って始めたのではないでしょうか.
ところが,いざ始めてみると具体的なものが意外と思いつかないから困ってる.そんな気がするんです.
当たり前です.本当に大切なマナーとは「作品」などと呼んで具体的に示せるものではないからです.
だからこそ,こんな不気味なものは早くやめてくれ.

2017年8月22日火曜日

整列乗車はマナーではない

前回の話のついでに,電車の「整列乗車」についてです.

よく,「日本人は駅や電車内でのマナーが良い」と言います.
誰が言い出したのかわかりませんが,これデタラメですよ.
オーストラリアや中国,ヨーロッパを何カ国か回ったことのある私としては,少ない経験からではありますが,全然そんなことはないと思っています.
でも,やたらと「日本人はマナーがいい」という風聞がある.
どうしてこんなデタラメがまかり通るのかはさておき,「だって日本人は◯◯をするから」という具体的な行動について考察してみたいと思います.

例えば「日本人はマナーがいいから,電車では整列乗車する」「割り込み乗車する人は少ない」という話も,考えてみればマナーがいいこととは無関係です.
以下にその理由を述べます.

私も関西から東京にきて「整列乗車」をよく目にするし,「大阪では整列乗車する人は少ないですよ」というのを話のネタにしていました.
でも,これは東京が「整列乗車しなければならないほど混雑しているから」です.

最近,大阪在住の人から「大阪でも整列乗車が当たり前になっている」という話を聞きました.どうやら近年は整列乗車させなければならないほど混雑している駅が増えているようです.市内や,特に御堂筋線が凄いそうですね.
私が以前よく使っていた神戸の地下鉄三宮駅でも,ここは混雑するので整列乗車をしていました.

大阪人はマナーが悪いから整列乗車していないかったのではありません.
東京に比べて整列乗車する必要のある駅が少なかったから,そんな習慣がなかっただけのことです.

それほど混雑していなければ,整列乗車なんてしなくて済みます.
むしろ,整列するほうがバカバカしい.
ですから,冒頭に述べたように整列乗車は「マナー」ではありません.

もっと言えば,整列乗車しなければならない状態になっている時点で,都市計画の失敗です.
いつもの仕事先に行くのに,電車やバスで20分・30分もかけなきゃいけないような街づくりをしていることがそもそもダメ.
整列乗車している己を誇る前に,整列乗車しなきゃいけない町にした己を恥ずべきです.

事実,関東の駅・ホームでは鬱陶しいほど「整列してお待ち下さい」というアナウンスがしつこく流れ続けます.
あと,これは地方の人は驚くでしょうけど,実は東京では駅員がホームにたくさんいるし,時間帯によっては駅員とは異なる「管理係」みたいな人までもが配置されて指示を出しているんです.
つまり,大都市では乗客に整列乗車をマナーではなく「ルール」として課し,誘導する必要があるのです.
こんな状態,マナー云々する話じゃありません.整列するようにガミガミ言われているのですから,誰だって整列乗車します.

「東京の地域性」というのも怪しいですね.
東京一極集中という言葉を聞いたこともあるでしょう.東京圏への転入超過がずっと続いています.
東京へ一極集中、続く 人口転入超過、新人気エリアも(朝日新聞2017年2月)
東京は田舎者の集まりといいますよね.
転入理由は「就職」「仕事」「大学の下宿」などでが主ですから,ようするに東京近辺の公共交通機関を利用している人には,東京圏以外の人たちがたくさん含まれているのです.
つまり,整列乗車という現象は,東京圏の住民の民度や地域性の現れではありません.鉄道会社による利用者のコントロールが上手くいっているからなのです.

実際,整列乗車の発祥を紹介した,こんなネット記事もあります.
あたりまえになった整列乗車(Tokyo Good Manner Projects)
静かに列に並び、降りる人を待ってから乗車。日本では当たり前になった朝の光景だが、誰もがマナーを守る様子に海外からの観光客は驚くことも多いのだとか。その整列乗車は、いつ頃始まったのだろう。諸説あるけれど、有力なのは戦後すぐに銀座線渋谷駅で誕生したというもの。ホームに溢れた乗客を、駅員が列をつくるように一人一人説得、プラカードを体の前後に下げて呼びかけた。それから定着した整列乗車は、昭和22年に鉄道省(当時)から表彰されるほど。
ほらね.その記事を書いた人は「日本人のマナー」として誇っていますが,整列乗車はマナーじゃなくて,東京特有の交通機関の欠点により発生した混雑を解消する「ルール」なんです.
その後この町は「乗客は整列乗車させとけば大丈夫」とばかりに,これを改善することはなく,「高度経済成長」を言い訳にして,現在に至るゴミゴミした無計画な街づくりが推進されました.

それでも「指示された通りに整列して乗車するのは,日本人のマナーが良いからではないのか」と思いたい人もいるでしょう.
でも,整列乗車するのは「マナーがいい」からではありません.
その方が自分にとって得だからやっているのです.
事実,外国人の人だって整列乗車しているし,割り込み乗車している人の多くが外国人というわけでもない.
人間は,その場において「得だ」と考えられる判断をするものです.

逆に,「整列乗車をした方が得だ」と判断し,「割り込み乗車をしない」といった慣習が成立するためには,いくつか条件が必要です.
それは,「こうして待っていれば,目的地へたどり着く電車が来てくれて,私はそれに必ず乗ることができる」という見通しです.
それが破られた瞬間,この「マナーもどきの行動」は崩壊します.

さらに「整列乗車」を後押ししているのが,日本の鉄道の特徴でもある,列車がいつもホームの同じ位置にぴったり停車する,というものです.
つまり,整列している乗客の前にドアがくるように,運転士の人が毎回きちんと止めてくれるというシステムになっています.
日本の鉄道・運転士には高い運転目標が課せられており,運行時間を少しでも狂わせたり,オーバーランしたら厳しい罰則がかけられます.そう言えば,その職場環境から発生したのではないかという鉄道事故が過去にありました.
JR福知山線脱線事故(wikipedia)

これは海外の電車には珍しいシステムです.
日本以外の全ての国や地域に言えることではありませんが,海外の多くの鉄道列車は止まる位置がアバウトです.
もちろん現地の利用者は「だいたいこの辺にドアが来るはず」っていう感じで待っていますけど,確証があるわけじゃないからホーム上でバラバラに待っています.

それに対し日本では,「ドアの位置」がホーム上に明記されていて,利用者はそこでドアが開くまで立って待っていればいいという状況ですよね.
もし電車のドアが毎回どこに来るのか分からないのであれば,整列乗車を続けようと思うでしょうか? 
整列して待機していても,5mくらいズレて止まってドアが開いたら,列の前の方で待機していても皆バラバラに入ることになります.
そんな状況下で整列乗車は難しいですし,そういう環境下においては整列乗車という行動に道徳的・倫理的な価値は見いだせません.
ようするに,日本人や東京人に整列乗車の習慣があるのは,鉄道会社が「整列乗車」するよう仕立てているから.

だから整列乗車は「日本人や東京人特有のマナー」ではないのです.
これはあくまで「鉄道会社の人が用意したルール」であり,目下,それに従っていた方が誰もが得をするから,「破る」ことに意味を見いだせない行動と言えます.
むしろ,住みよい町づくりを考えると,整列乗車しなければいけないこの状況は恥ずべきだと思います.

2017年8月21日月曜日

電車の中で化粧する女性について

前回取り上げた「江戸しぐさ」を書くにあたって,ネット情報を探していた時に見つけた話題にも触れておきたいと思います.
電車のマナーについてです.

昨年から東急電鉄のマナー広告が話題になっているんだそうです.
ずっと都内の電車を使っている身ですが,私はぜんぜん気づきませんでした.
電車で女性が化粧をするのは「みっともない」? 東急電鉄のマナー広告が物議を醸す(ねとらぼ)ポスター版がこれです↓
東急電鉄より
http://ii.tokyu.co.jp/tokyusendiary/
「別に(今現在の)電車内での化粧くらい,放っといていいんじゃないの」
というのが私の意見です.
私自身,「電車内で化粧する女(男も?)」に遭遇すること自体が稀で,遭遇することはあっても迷惑も不利益もないし,心象を悪くすることもない.
たまにとんでもないブスが頑張って化粧しているのを見ることがありますが,その時に気分が悪くなるくらいで,でもそれは「電車内での化粧」に対してではなく「ブス」の存在に対してです.

「化粧するのはみっともないから」とのことですが,それを言い出したら電車内でモバイル・ゲームをやったり新聞を読んでる奴の方が劣悪に映ります.
それに,女性に対し「みっともない」という理由でマナー広告にするくらいなら,
「車内で下着が見える座り方はご遠慮ください」
「車内で口をパックリ開けて眠るのはご遠慮ください」
などと他にもいろいろ書かなきゃいけないことはたくさんある.

これについて,参考になる書籍があります.私としては賛同できることが多いので,この記事だけじゃ納得がいかなかった人はこちらをどうぞ.
パオロ・マッツァリーノ著『日本人のための怒りかた講座』


パオロ・マッツァリーノ氏が著書全体を通して指摘されているのは,「マナー違反だと思う行動」には積極的に面と向かって注意するべきで,そうしないのであれば,それは「マナー違反の行動」として扱われなくなるというものです.
言い換えれば,面と向かって注意できない行動はマナー違反ではありません.

さて,そう考えますと,電車内で化粧する女性に対して「すみませんけど,化粧するのやめてもらえませんか」と指摘している人はどれくらいいるでしょうか?
いないですね.私は見たことがない.
いないから女性たちも悠々と化粧してるんです.
しかも,「電車内での化粧」は「喫煙」とか「大声での会話」ほどの迷惑行為ではありません.
「化粧のパウダーが不潔」だとか言う人もいますが,それを言い出したら化粧済みの女性はみんな不潔になります.不潔を理由にするなら,風呂に入っていない奴とか,洗濯していないジーパンや革ジャンの方がなんぼか汚い.
「化粧中に粉が・・」などと苦しい理由を捻り出す人もいますけど,今時「白粉(オシロイ)」をパタパタさせるような大正ババアは見かけません.

実際,2007年の読売新聞調査では,電車内での化粧を不快に思う人は22.6%と少数派とのこと.
結局,ほとんどの人が「電車内での化粧には迷惑していない」のです.
だからツイッターとかフェイスブック,新聞の投書欄あたりでは「電車内での化粧がみっともない」とコメントしますが,実際の現場では「やめてくれ」と注意する人はいません.そこまでして「やめてほしい」とは思っていないんでしょ?

マナーは「その場」を円滑にする振る舞いによって成り立ち,そして継承されていくものです.
本当にやめてほしいなら,その場で注意・指摘するものです.
逆に,鉄道会社に任せているだけでは絶対にマナーとして成り立ちません.例のマナー広告にしたって,これが基で電車内の化粧が減ると思えない.
(私なりの「電車内での化粧を減らす方法」はあるんですけど,それはまた別の機会に取り上げましょう)

パオロ・マッツァリーノ氏も書籍で紹介していますが,この「電車内での化粧」は最近になって現れた現象ではありません.
それこそ大正ババアがお嬢さんだった頃から指摘されていたとのこと.「近頃の若い娘は電車の中で化粧をする」というお小言が,大正時代の新聞の投書欄にもたくさん載っているようですね.

昭和に入ってからは「電車内での化粧」を指摘する声は小さくなり,むしろ,「小型化した化粧道具を手際よく使えると女子力アップ」的な記事もあるくらい.
電車内での化粧が再び批判的になったのは90年代に入ってからとのことで,それはメディアが「電車内での化粧は見苦しい」というキャンペーンを展開したことによります.
つまり,それ以前の日本人は「女性が電車内で化粧をすること」について無頓着だったんです.

さらにパオロ・マッツァリーノ氏は「人前で化粧をするのは日本人女性くらいのもの」とか「海外では売春婦がすること」という話(そんな話があるの?)もガセであることを指摘しています.
結論から言えば,海外の女性も人前や電車で化粧をするんです.
アメリカの調査では「化粧直し程度ならする」が59%,普通に「する」は11%もいます.イギリスでは約70%の人が電車内での化粧をしているというアンケート結果が出ています.
アンケート調査「あなたは公衆の面前でメイクをしますか?」(temtalia.com)
私も何カ国か海外に行っていますが,アメリカやイギリス以外の国でも普通に化粧していますよ.
っていうか,外国人女性が日本の電車で化粧してるでしょ.

ただし,「化粧を人前でするこのはみっともない」という価値観は,日本も海外も一緒のようです.
会議中に口紅をひき始めたり,食事をしながらマスカラ塗りだす女性がいたら,私でもそりゃ注意します.それこそ丁寧に「気付かず申し訳ありませんでした.すみませんが,化粧室はあちらにございますので」って.
でも,「電車」であれば別に構わないだろうと.そういうことです.

そもそも,どうして「人前で化粧する」がみっともないのか? これがポイントです.
私見を言わせてもらいますと・・,少なくとも現代社会における女性の「化粧」というのは,人前に立つ上での身だしなみですよね.その身だしなみは建前としては「完成」された状態でなければいけない.「貴方様の前に立つために私はこういう姿になって現れているのです」というメッセージが化粧という身だしなみには込められている.
ファッションとは,総じて「自分のため」ではなく「他者のため」にするものですから.
それに対し,「化粧をしている」という状況とは,人前に立つ姿として「未完成」の状況を意味します.
つまり,人前で化粧をするというのは,人前に立つための「完成した姿」ではなく,「未完成の姿」で人前に立っていることになります.
すなわち,人前での化粧という行為には,「貴方は私の完成した姿を見せるに値しない人物です」というメッセージが込められているわけです.

では,そういうメッセージが込められた行為を電車内での女性に見せられた「貴方」は,どう思うのか? という点が「電車内での化粧論」の最大の争点です.

私はどうも思いません.別に構わない.
私は貴女の前に立つ大事な人物ではないだろうし,私としても貴女に「完成した姿」で立ってもらおうとも思わない.
所詮,大都会でたまたま目の前に立った者同士.また次どこかで会うことなどありません.

電車というのはそういう場所です.会議室やレストランとは違います.
少なくとも,私は「電車の車内」という環境をそのように捉えています.
つまり,電車とは「完成した姿」で入り,他者と対峙する空間ではない.
(だから居眠りできるし,ゲームや新聞だって読めるのだろう)
そこには「他者」がたくさんいますが,それこそ「化粧室」と同じような公共空間としての位置づけだと思われます.

そして,そういうことを多くの人々も感じているのでしょう.日本だけでなく,多くの国々の人達が同じように感じている.
だから,電車内で化粧をする女性を「みっともない」と認識すれど,叱りつけたり注意する人はいないのです.

私はどっちでもいいけど,それでも電車内での化粧が不快だと思う人はいましょう.
結論としては,電車内での化粧を何が何でもやめさせたいのであれば,携帯電話の使用や,タバコ・飲酒などと同じく,「ルール違反」とみなせるだけの説得力をもった理屈がつくれるか否かにかかってきます.
おそらく,「マナー違反」で攻めてもダメだと思います.
上述してきたように,「電車内での化粧」は,現代社会においてマナーとして成り立たないからです.


オススメ書籍


2017年8月20日日曜日

井戸端スポーツ会議 part 49「江戸しぐさ」

先日,学生と2020年に予定されている「東京オリンピック」の話をしたんです.
開催地・東京の良さをアピールするにはどうすればいいのか? っていう話題だったんですけど,そもそも東京が良い所だとは思っていない私は,ちょっと上の空で話に付き合っていました.
そしたらその学生,「『江戸しぐさ』をアピールできたらいい」と言います.

「江戸しぐさ」ってなんぞ?
皆さんは知っていましたか? 私はぜんぜん聞いたことがありませんでしたので,てっきり大都市・江戸という土地柄から発生する「東京人」のような,醜いしぐさなのかなと思ったんです.
(「東京人」については,本文末のリンク先を参照のこと)

聞けば,「江戸しぐさ」とは東京・江戸に古くから伝わるエチケットとのことです.
実際,オリンピックを機に「江戸しぐさ」をアピールしよう,とかいう運動もあるのだとか.

江戸しぐさとはどういうものか.ウィキペディアにもありました.
実は結構メジャーなようですよ.
江戸しぐさ(wikipedia)

「江戸しぐさ」を紹介している団体もあります.
江戸しぐさ(NPO法人 江戸しぐさ)

ウィキペディアに掲載されている代表例を以下に転載しますね.
【傘かしげ】 雨の日に互いの傘を外側に傾け、ぬれないようにすれ違うこと。
【肩引き】 道を歩いて、人とすれ違うとき左肩を路肩に寄せて歩くこと。
【時泥棒】 断りなく相手を訪問し、または、約束の時間に遅れるなどで相手の時間を奪うのは重い罪(十両の罪)にあたる。
【うかつあやまり】 たとえば相手に自分の足が踏まれたときに、「すみません、こちらがうかつでした」と自分が謝ることで、その場の雰囲気をよく保つこと。
【七三の道】 道の、真ん中を歩くのではなく、自分が歩くのは道の3割にして、残りの7割は緊急時などに備え他の人のためにあけておくこと。
【こぶし腰浮かせ】 乗合船などで後から来る人のためにこぶし一つ分腰を浮かせて席を作ること。
【逆らいしぐさ】 「しかし」「でも」と文句を並べ立てて逆らうことをしない。年長者からの配慮ある言葉に従うことが、人間の成長にもつながる。また、年長者への啓発的側面も感じられる。
【喫煙しぐさ】 野暮な「喫煙禁止」などと張り紙がなくとも、非喫煙者が同席する場では喫煙をしない。
【ロク】 江戸っ子の研ぎ澄まされた第六感。五感を超えたインスピレーション。江戸っ子(江戸しぐさ伝承者)はこれで関東大震災を予知したという。
江戸っ子ってやべぇな.頭が逝っちゃってるんじゃないか? と思うようなものばかりですけど,ところがどうして,「江戸しぐさ」を紹介する書籍や啓発広告,学校の教科書がたくさん出ているそうです.件の学生も「これぞ東京が誇れるもの」と思っている.

もちろん,こうした「江戸しぐさ」はデタラメであるという記事や書籍もたくさん出ています.
まあ,デタラメでしょうね.

「江戸しぐさ」は1981年に初めて新聞掲載されたとされています.
どうして江戸しぐさが現代に伝わらなかったのかというと,なんとそれら「江戸っ子」たちが幕末の江戸開城にあたり,大量虐殺されたからなのだとか.
いわゆる「江戸城無血開城」というのは全くの嘘で,実は江戸は「江戸っ子」たちの血で溢れかえっていたというのです.
南京大虐殺みたいですね.

そんな断絶された伝承が,どうして現代に突如として現れたのか?
どうやら,大量虐殺をまぬがれた江戸っ子は「隠れ江戸っ子」として各地に潜伏していたそうです.
隠れキリシタンみたいですね.
そして,そんな隠れ江戸っ子がつくる秘密結社「江戸講」の子孫であるという小林和雄が,戦後日本のエチケットの荒廃を憂い,門外不出の秘技である「江戸しぐさ」を弟子に明かしたのが始まりなのだそうです.
どうして社会を円滑にまわすべく存在するはずのエチケットが「門外不出の秘技」になっているのかは不明ですが,これにより「江戸しぐさ」は,現代において「商標権(登録番号 第5274382号)」も得て日の目を見ることになったのです.

・・・うん,僕はついていけないッスよ.
この時点でお察しすべきことかと.

そうじゃなくても,上で紹介したものはどれもエチケットとしておかしい.

例えば【傘かしげ】とか【肩引き】なんかは,「普通そうするだろ」ってものでしょ? 何がどうエチケットなのか,まるで理解できない.
むしろこれらはエチケットとして落第点ではないでしょうか.私なら「自分は立ち止まり,『どうぞお先に』と言って相手を先に通しましょう」と教えます.江戸っ子にはそんな心の余裕はないらしい.
さすが江戸っ子,短気ですね.

次に【こぶし腰浮かせ】ですが,江戸で【こぶし腰浮かせ】をする機会はあるんでしょうか.
「乗合船などで・・・」と説明されていますけど,乗合船であれば「こぶし腰浮かせ」することもなく,船頭さんが「もっと詰めて」って言うでしょ.皆が乗らなきゃ出発できないんだし.船で立ち乗りなんてないんですから.立ち乗りしてたらシュールです.
この場合,船頭さんのためを思うのがエチケットってものです.私なら「乗船人数に合わせてバランス良く位置取りしましょう」っていう配慮を普及させます.
けど江戸っ子は「俺はここに座るんだ」と思ったらどうしてもそこに座りたいらしい.
さすが江戸っ子.頑固ですね.
でも,こんな客は船頭さんにとっては迷惑です.
特に渡し舟のような小舟であれば,ただもん席を詰めればいいわけじゃない.大きくて重い積荷や,時には馬も一緒に運ぶんです.電車やバスとは違います.
京都名所内淀川(歌川広重)
小型ボートを漕いだことがある人は分かると思いますけど,乗る人に適当に座られるとバランスが悪くなって漕ぎにくいし転覆の恐れがあります.
これは「座りたい」「座らせてあげる」という話ではなく,船頭さんの指示に従うべき事案です.
だから船頭さんに指示されるより先に,これから乗り込む人たちを見渡しておいて,体重や積荷などを推定して乗り込む位置取りを考えておくんです.あとになって「すみませんけど,そこの貴方,あっちに移ってくれませんか」などと言われること少なくするために.
っていうか,そもそも一般的な渡し舟に腰を浮かせるような「席」ってないよね.
東海道五十三次・見附宿(歌川広重)

【喫煙しぐさ】は絶対デタラメです.喫煙マナーについてゴチャゴチャ書いたことがある私が言うんだから間違いない(たぶん).
日本でタバコのマナーが取り沙汰されるようになったのは明治以降の話で,江戸時代においてタバコは極めてポピュラーな嗜好品だったことが知られています.
現代において人前でコーヒー飲んだりニンニク料理を食べてはいけない,なんてエチケットが無いのと同様,江戸時代は人前でタバコを吸うのは普通でした.
「火事と喧嘩は江戸の華」と言いますけど,江戸の火災原因として「タバコの不始末」はバカにならなかったんです.しかも,「よく売れるから」ってんで,米を作らずタバコを作る農家が後を絶たないため,防火と飢饉対策のため,徳川幕府は何度も禁煙令を出しています.
けど,さすがタバコの依存性は強かったようで,幕府が出した禁煙令が守られることはなく,むしろ高度な喫煙文化が花開いてしまい,江戸では老若男女がそこかしこでタバコを吸っていました.
さすが江戸っ子.無法者ですね.
詳細はこちら■日本の喫煙・江戸時代(wikipedia)
さらに,これはウィキペディアに掲載されているものですが,江戸時代の茶店や料理屋では,現代でいう「お冷(水)」を出すがごとく,来店客には「タバコセット(煙草盆)」を出すのが普通だったようです.
おせん茶屋(鈴木春信)

【時泥棒】に至っては,不可解極まるエチケットです.
どうやって江戸時代に「時間」を知れたのか?
「断りなく相手を訪問してはいけない」って,どういうこと? あらかじめアポでもとる気でしょうか?電話かメールでもするのかな?
それともあらかじめ訪問してアポとるのかな? でも,断りなく訪問しちゃだめなんですよね.
これじゃ八方塞がりです.
あ,もしかして大声かも.屋根に登って「おーい! 俺は明日の馬の刻に行くぞぉ〜!」って.
さすが江戸っ子.細けぇことは気にしないんですね.

【ロク】は意味不明です.超能力かな?
あ,そうか.時泥棒にならないように,テレパシーで訪問先とアポをとっていたのかもしれない.超能力で「刻」を見ていた可能性だってある.
さすが江戸っ子.ニュータイプだったんですね.

ところで,こんな疑問や批判を言おうものなら,「それは【逆らいしぐさ】だ」とか言われるんでしょうか.
年上の人が「かつて,江戸しぐさっていうのがあったの! 間違いないの!」って言ってたら,「はい,そうです」と返事をして逆らうなと.
なぜなら「年長者からの配慮ある言葉に従うことが,人間の成長にもつながるから」です.
さすが江戸っ子.意地っ張りですね.
でも・・・,(あ,「でも」って言っちゃダメなんだ)
いや,でもね,いくらなんでも「江戸しぐさ」は嘘っぱちですよ.
とてもじゃないけど,江戸しぐさを広めることが「配慮ある言葉」とは思えない.
デタラメですから.
しかも,そもそもの話として,エチケットになっていないし.
道徳的に考えて,捏造された歴史的背景を基にマナー啓蒙をしても,それは本当の意味で社会のためにはなりません.
たとえば第二次世界大戦を取り上げ,「戦争は恐ろしい」とか,「日本軍に愚行があった」というのは事実として扱ってもいいでしょう.でも,それを伝えるため「南京大虐殺」をでっちあげて良いことにはならない.これと一緒です.

なお,上記の例で唯一おもしろいのは,【うかつあやまり】です.
これ,たまに私もやります.たしかにその場の空気を和らげるためには効果的ですからね.
けど,これをやると図に乗って反省しない奴もいるから,そこは注意が必要です.
我々教員がよく使うのは,授業中に居眠りしてる学生を起こして,「眠たい授業をやってるこちらも悪いんだろうけどね」などと言ってあげるパターンです.
居眠りしてしまったことを悪いことだと思っている学生には効果的ですが,そう思ってない学生にとっては甘やかしでしかありません.
どっちかというと,「しぐさ」じゃなくて「ギャグ」みたいなものですかね.まじめな顔してこれを使ったら,逆に気色悪い人に映ります.
想像してみてください.ヤクザみたいな人の足を踏んじゃったとして,その人が「いやいや,踏まれた私が悪かったんですよ」とか言ってニコッと笑ったら,間違いなく殺されるフラグですから.

話を最初に戻しますと,東京オリンピックで江戸しぐさを広める必要はないってことです.
むしろ,「東京しぐさ」を早く是正したほうがいいのではないか.
そんなふうに思っています.


「東京しぐさ」はこちら↓
じゃあ,どれが一番いいのか?
俗物が俗物らしくしちゃダメ
じゃあ,どのラーメンが一番旨いのか?
東京人と中国人はよく似ている
「日本人」という居直り
やっぱり東京を諦める
築地市場土壌汚染問題今更何故報道