2017年5月26日金曜日

「キャリーバッグのマナー」とか言い出す傲慢さ

最近,キャリーバッグ(キャリーケース,キャスター付きバッグ)に関するマナーを叫ぶ声がうるさくなってきました.
例えば,こんなウェブ記事があります.
キャリーバッグ、絶えないトラブル…100万円の賠償例も(IZA)

マナーやエチケットを批判するわけではないのですが,それを声高に訴える奴には嫌悪を覚えます.
ここは一つ,「正義は我にあり」とファビョっていきり立つバカに冷水をかけておく必要があると思うのです.

繰り返しますが,キャリーバッグ利用者の側に明らかな非のあるトラブルを擁護するつもりはありません.
ですが,キャリーバッグ使用方法のマナーやエチケットを,「非利用者」の感情と都合に合わせて拡大解釈されることが蔓延ることは避けたいところです.

例えば,以下のような無茶苦茶な話が成されています.
いずれも,ネットで出回っている「キャリーバッグ利用者への注文」です.
1)人混みでキャリーバッグを引きずるな
2)持ち手を長くするな
3)狭い場所(電車等)での使用は自重しろ
4)小さいキャリーバッグは不要だろ.
5)ファッションで使う奴が多過ぎ
6)日本にキャリーバッグは相応しくない
7)周囲の不快感に気づいていないのでは?

キャリーバッグにつまづいて危ない思いをしたとか,存在が邪魔だという類のコメントが出回っています.

私はキャリーバッグが行き交う場所をいつも利用していますが,どうやら皆さんより洞察力や判断力,危険予測能力や運動能力が優れているようなので,キャリーバッグ利用者を危ないと思ったことがないし,それによって迷惑を被った覚えも一度もありません.

ちなみに,私自身,キャリーバッグはよく使います.
最近は私もその「役回り」から外れてきたのですが,仕事で大きな荷物を運搬することもあって,キャリーバッグがないとやってられないという状況です.
あと,スノーボードやスキーの運搬にも専用キャリーバッグを使っているという背景があることを開示した上で,以下,私の主張です.

皆さん,ちょっと不寛容過ぎやしないでしょうか.
もちろん,キャリーバッグを利用している人すべてがそうとは言いませんよ.でも,キャリーバッグじゃないと搬送が大変な労力になるから利用しているという人は多いものです.っていうか,それがキャリーバッグを使う主な理由です.

つまり,そんな大変な思いをしているキャリーバッグを使っている人に対する配慮があってもいいのではないかという話なのです.
これは別に「キャリーバッグを使っている人が優先されるべき」などと言っているわけではありません.
キャリーバッグを使うような人なのだから,むしろその周囲の人達が気を使ってあげればいいだけではないか? と言っているのです.
これと似たような話に,ベビーカーの利用もありますね.あれも周囲の人達こそが気を使えば済む話です.

気を使ってあげてさえいれば,別に「迷惑」なものではないでしょう.キャリーバッグに迷惑を感じる,その感覚が私には危なく感じます.
こんなことにガミガミ文句を言うくらいだから,きっとストレスフルで不幸な日々を送っていることとお察しします.でも,自分の不満のはけ口を他人に向けていけません.
試しに,キャリーバッグを転がしている人を見かけたら,「大変そうだなぁ」と思うようにしてみましょう.それだけで,きっと心に余裕ができるはずです.ぶつけたり,つまづくこともなくなります.

それに,失礼ですが「キャリーバッグにつまづく」とか,どんだけマヌケなんだよと.
っていうか,そんなマヌケが街をほっつき歩いていること自体が危険ではないか?
認知能力に障害があるならまだしも,普通にしてて「キャリーバッグにつまづく」なんて,どこ見て歩いてんですか?

特に,大きなキャリーバッグ持って歩いているような人や,その他にも大きな荷物を背負っているような人であれば,周りに目が行きにくい状況下の人だということくらい分かりそうなものでしょう.だったら,こっちが注意してあげて,距離をとったり道を譲れば済むことです.

もっと言えば,そのキャリーバッグにつまづいたのにしても,あなたが歩きスマホしてたり,ボケてたからじゃないのか? キャリーバッグが通っている近くで図々しく立っていたんじゃないのか?

こんなこと言ってると,「ふざけるな! キャリーバッグを使っている方が気をつけるべきだろ!」とか言われるかもしれない.
はい,私はそれを否定するつもりはありません.何度も言うようですが,キャリーバッグ利用者の側に非のあることまで擁護するつもりはありませんし,キャリーバッグ利用者が優先されるべきと言っているわけでもない.

でも,多角的な配慮を欠いた議論をもって,ふんぞり返った態度で「俺が普通なんだから,お前が合わせろ」と断罪することは戒められるべきだと思うのです.

2017年5月25日木曜日

井戸端スポーツ会議 part 47「森友・加計学園問題と野球特待生」

森友とか加計について,やや無理矢理感がありますが,この話題を「スポーツ」で論じてみます.

その前に,この件に関する本日のニュース.
加計文書、前次官が感じた圧力 「黒を白にしろと」(朝日新聞2017.5.25)
加計(かけ)学園の計画を巡る文部科学省の文書が発覚して1週間あまり。同省の官僚トップだった前川喜平・前事務次官(62)が25日、公の場で舞台裏を証言した。(中略)「文科省の中で作成され、幹部の間で共有された文書で間違いない」。冒頭の発言で真っ先に切り出したのは、「総理のご意向」などと伝えられたと記された文書の真偽だった。「あったことをなかったことにはできない」などと会見を開いた理由を述べた。
前川氏がどこまで本当のことをしゃべっているのか定かではありませんが, 政治家の圧力によって「黒いものを白にしろ」と言われること自体は普通のことのはずです.
一般的に,こういうのを「政治家の口利き」と呼び,「民主主義の裏技」とされています.

政治家が,ましてや総理大臣がなんらかの形で意向を示せば,官僚としてはそれに従わなければ自身の身の保障が危うくなりますから「忖度」するものです.
通常,これはバレないように行われます.というか,普通はバレるようなものではありません.関係者が口裏を合わせればバレようがないものだからです.実際,前川氏も上記記事ではこう述べています.
 「加計学園ありきだったのか」との質問に、前川氏は淡々と答えた。「暗黙の共通理解としてあったのは確か。内閣府でも文科省においても議論している対象は、加計学園のことだという共通認識のもとで仕事している」「口に出して加計学園という言葉を使ったかどうか、そこは使っていない場合が多いと思う」
安倍晋三が「私はそんなこと言っていない」と反論したとして,おそらくそれは事実でしょう.
言っていないことは事実,だけど,何か別の形で「示す」ことによって相手に忖度させることはできます.
繰り返しますが,それが政治家の口利きです.

私が問題にしたいのは,そんなこと,普通の大人なら誰でも知っている「民主主義の裏技」であるにも関わらず,まるで今まで知らなかったかのようにカマトトぶってる連中が多いことです.

これと同じことが展開されたのが,何年か前にニュースとなった「野球部員の特待生制度」です.
本当に知らない人はこちらをどうぞ→■特待生問題(コトバンク)

2007年まで,日本では野球部員の特待生制度は禁止されていました.
でも,それまでにも日常会話として「あいつは野球部の特待生なんだよ」「◯◯君は△△高校に特待生で入学した」というのは普通にありました.
むしろ,当時のニュースによって「え!?  野球部に特待生で行くのって本当はダメだったの?」と知れ渡ったほどです.

それなのに,あたかも野球部の特待生がそれまで存在していなかったかのように,
「なんと!  野球部に入部することを条件に,学費を割り引いて生徒を入学させている学校がたくさんあるようです! まるで人身売買です.信じられません!」
などと騒いでいたメディアが結構ありました.
オイオイ,お前ら・・・,って感じです.
(ちなみに,事件発覚後,野球部の特待生制度は条件付きで解禁になりました.なお,他の種目(サッカーとか)の特待生制度は以前からありました)

今回の森友とか加計の話もそうです.
政治家の口利きは普通の話です.存在していて別に不思議ではありません.
もっと言えば,社会を円滑に進める上で重要なことだと言ってもいいものです.

あとは,劣悪でデタラメな野球部特待生が許されないのと同様,劣悪でデタラメな口利きであれば問題になり,当事者はその罰を受けるべきだという話です.

安倍晋三が罰を受けるようなことをしているかどうかは未だ不明ですが,きちんと調査はしてほしいですね.
安倍晋三としても,「私は無関係」などと稚拙な態度をとらず,正々堂々と政治家をしてほしいものです.
もっとも,根本的な話として,こんな人間が国のトップにいること自体が大問題だと思います.

2017年5月24日水曜日

森友学園とか加計学園問題なんて議論している場合だ

なんか最近,こんな話題が続いているようです.

私は安倍晋三を信用していませんが,別にこの問題で安倍晋三に「違法性があるのではないか?」とか,「不道徳な形で関わっているのではないか?」という観点から問い詰めるつもりはありません.

安倍晋三の存在そのものが違法的だし不道徳だと思っているくらいなので,むしろ,(安倍晋三氏にとって)いい意味でも悪い意味でも,どうでもいいと思っています.
以前,そんな記事も書きました.
森友学園問題をまとめてみた

問題なのは,どうでもいい事件をいつまでも引っ張る「安倍晋三」のことです.
そういう意味では,やっぱり安倍晋三が問題なのです.

よく,「北朝鮮や原発事故,種子法廃止といった重大問題が山積する中,こんなしょうもないスキャンダルに時間を割いている野党やマスコミが悪い」などという意見を聞きますが,これこそ意味不明です.

安倍支持者に言わせれば「しょうもないスキャンダル」とのことですが.
これについては珍しく私も同意するのですけど,そんなしょうもない話をさっさと片付けられない政権や首相に,まともな国家運営理念や判断力・決断力があるとは思えません.
そもそも,そんな「しょうもないスキャンダル」が飛び出てくるような政治家に,国のトップを任せられると考える方がおかしい.
これは常識的感覚の問題です.

まともなバランス感覚がある政治家なら,幼稚園児に教育勅語を合唱させ,田んぼに園児を突き落とすような教育者と懇意にするわけがない.どう考えても異常ですから.
もちろん,必然的にコネクションが広くなってしまうのが政治家だ,というところは認めるとして,「知り合いでした」というだけなら言い逃れできるでしょうが,親密な関係ではないというのは通らないでしょう.寄付金渡したり講演会を引き受けたりするのは「親密な関係」と言わざるを得ません.

類は友を呼ぶと言います.
「異常な思想に共鳴しているのが安倍や稲田だ」と受け取られても仕方がないし,実際そうだったのでしょう.
ところが,安倍晋三やその夫人,そして稲田朋美などは「私はこの学園とは深い関係にはなかった」という言い訳をしていました.
けど,いくらなんでもそりゃ無理があります.

こんな言い逃れを考えるような政治家が,北朝鮮や原発事故とまともに向き合えるわけがないし,そりゃあ種子法も廃止したり,日韓合意も取り付けたりするわけです.
どうせなら,森友学園のやり方を大見得きって支持するくらいでいてほしかったですね.
でも,それができなかった.それがどうしてなのかは深く追求しませんけど.

以前からネットでは話題だった加計学園問題も,最近になって日の目を見るようになりました.
これにしたって,どうでもいい話題です.

森友学園にしても加計学園にしても,このような「個人ブログ」という媒体なので敢えて言えば,安倍晋三の「忖度的な関与」はあったでしょう.そうとしか思えない.
もっと言えば,それが政治家ですから.
なので,別にそのことを追求するつもりはありません.

それだけに,どうしてこんな稚拙な言い逃れをするのか,というところが問われるところです.
いいじゃないですか.
森友学園や加計学園の教育方針に共鳴していると言えばいいのです.
堂々と「贔屓にしていますが,何か?」と言えばいい.
もちろん,そんな学園を贔屓にしていることは非常識だし,思想的に狂ってると思いますが,それをきちんと主張できない時点で論外です.

畢竟,安倍や稲田は思想的におかしいんです.(私にとって)普通に考えて,狂ってます.
実際,それはかなり以前から指摘されていました.
私としては,NHKの番組内容とか映画への助成金にイチャモンをつけている頃から,こいつら頭おかしいんじゃないの? と捉えておりました.

イチャモンつけるにしても,やり方ってものがあるでしょう.
「内容が中立的ではない」とか言って,あんたらも“政治家” でしょ? って感じです.
ネトウヨ,バカウヨの類の主張を,大の大人が,ましてや政治家がやっている.やっぱりおかしいんです.
(そりゃ,ネトウヨやバカウヨは喜ぶでしょうけど)

森友とか加計の話,どんどん議論するべきです.
繰り返しになりますが,こんな話をズルズル引き伸ばしているような奴が,まともに政治家ができるとは到底思えません.
もっと言えば,こんな話をズルズル引き伸ばしているのも,他の話題,例えば北朝鮮ミサイルとか,種子法廃止とか,原発事故対応などについて触れられたくないから,という可能性が高い.姑息ですね.

いっそのこと,森友とか加計の話でレームダック(死に体)にしてほしいと願っているくらいです.
何も無いままで売国・亡国政策に加速をかけられるより幾分マシではないかと思います.

2017年5月23日火曜日

ミサイルを連射している件

2回続けてウンコとかキン◯マの話をしたので,今回はそういうの無しの話をしたいと思います.

北朝鮮がミサイル実験をたて続けに実施していますね.
おっかない話です.

北朝鮮が弾道ミサイル発射 中距離の新型か(朝日新聞2017.5.21)
北朝鮮は21日午後4時59分ごろ、西部の平安南道(ピョンアンナムド)・北倉(プクチャン)付近から東方向に向けて弾道ミサイル1発を発射した。高度約560キロまで上がって約500キロ飛行し、日本の排他的経済水域(EEZ)外の日本海に落下した
こうした情勢を受けて,こんな話も出ています.
首相は公邸に住むべき? 民進・野田氏と菅長官が応酬(朝日新聞2017.5.23)
相次ぐ北朝鮮のミサイル発射などに迅速に対応するため、安倍晋三首相は首相官邸に隣接する首相公邸に住むべきかどうか――。首相が東京・富ケ谷の自宅から官邸に通うことを民進党の野田佳彦幹事長が「危機管理上、あり得ない」と批判すれば、菅義偉官房長官は「政府の対応はまったく問題ない」と反論し、応酬を繰り広げた。
どっちでもいい話だとは思うのですが,野田議員の方にやや分があるかなと思います.
なぜなら,もし菅官房長官の言うことが正論だというのであれば,緊急時にも迅速な対応ができる設備が整っている首相官邸なんて,そもそもいらないじゃないか,という話になるからです.

もっとも,安倍首相がこういう状態であることをもって,日本政府としては「北朝鮮のミサイル実験は脅威ではない」と判断しているであろうことが分かります.
本当に危機感があるのであれば,いくら安倍晋三とは言え官邸に住むはずですから.

もっと言えば,そもそも本当にミサイルが飛んできたところで,現在の日本は何もできません.
何か主体的に動けるような状態ではないし,そんな肝の座った政権でもない.
官邸にいようがゴルフコースにいようが,できることなんてないのです.
総理大臣による迅速な対応なんて必要ありません.
やれることは地震の時と一緒,所轄・現場レベルでの被害確認と救助.
それだけです.

ちなみに,私としても北朝鮮のミサイルは脅威と感じていません.
否,脅威と感じたところで何もできないのですから,いっそのこと脅威と思わないようにしています.

むしろ,日本政府としても同じことを考えているのではないでしょうか.
つまり,「北朝鮮のミサイルを本当に『脅威』だと認識してしまったら,『脅威』だということで対処しなければならなくなるから,面倒くさいのでいっそのこと『まだ脅威じゃない』ことにしておこう」と,そんなところです.
こうすれば,仕事も増えないし.

気持ちは分からんでもない.
ただ,これって端的に言えば,「無責任」ということですよね.
国家とその政府としては落第点です.

じゃあ,どこまできたら「脅威」になるのか?
それを判別するための基準となる尺度がないことが,我が国における最大の「脅威」ではないかと思うのです.
つまり,どこまでいっても政府担当者の「主観的感覚」が基準となっている.

そう言えば,この国の中央都市では,たかが魚市場ひとつの移転で「安心(主観的感覚)」と「安全(客観的基準)」の違いについて,バカみたいな議論が展開されていますね.

もうダメかもしれません.