2019年1月14日月曜日

私の遺伝子を調べてみた

母がですね,こういうの好きなんで買ってみたらしんですね.
で,実家の人間だけじゃなく,おせっかいにも私や弟の分も買ってきて,これを受けてみろと送りつけてきたんです.
「高いお金がかかってるんだから,必ずやれ」とのこと.

遺伝子検査のことです.
今回は,
ジーンライフ・ジェネシス2.0+10 special value(Genelife社)
を利用しています.
昨年12月にサンプルを送って,その結果が先日届きました.

生理医学的な身体上の特徴については,ほぼ当たっています.
その他の行動パターンや嗜好性についても,最近の研究で遺伝で説明できることが明らかになってきていますので,きっとこれが私という人間の特徴として捉えることができるのでしょう.

生理医学的な特徴としては,分かりやすいところで言えば,ずっと悩みのタネである副鼻腔炎や花粉症,そして乳糖不耐性(牛乳が飲めない)や,LDLコレストロール値が低いこと,ヘマトクリット値が低い,髪の毛が太いことなどです.

行動パターンとしても,夜型で睡眠時間が長いとか,協調性が高くないとか,報酬依存性が低いとか,どれも当たっています.

こういう遺伝子の研究が進むに連れて,私が気になるのは「教育」とか「社会秩序(法やマナー)」,「生活スタイル」との関連です.
私としては,
その人が本当にそうしたいと本能的に考える行動や生活スタイルをすれば,その人なりの幸福な生活が送れる
と考えており,なんだったらこれに準ずることを「健康スポーツ」に関する授業でも説いています.

例えば,ヒトや動物はその生物が本来生息している環境下でほったらかしにしておけば,肥満や精神疾患などは起こしません.
動物もケージで飼うと肥満になります.現代のヒトの生活も,ある意味でケージで飼われているようなものですし.
以前の記事でも紹介しましたが,狩猟採集生活をしていた頃のヒトの方が,農業や都市生活をするようになったヒトよりも豊かな暮らしをしていたことが分かっています.
Deus ex machinaな未来(4)

狩猟採集生活していた頃のヒトについては,常に飢餓や天敵に悩まされて,不安で危うい生活をしているかのような捉え方をしますが,実のところ,「不安で危うい生活」という評価は極めて主観的なもので,それを言い出したら現代も同じこと.

周囲の顔色をうかがい,社会的評価を気にしながらの生活は「ライオンに怯える」こと以上にストレスなようで,事実,精神疾患患者がたくさん発生しています.
それに,都市や国家などを形成して大規模集団生活をしているのでパンデミック感染や戦争,大災害による飢餓や暴徒などの危険性は常につきまといます.これらは狩猟採集生活をしているヒトには無縁のものです.

農業や科学技術の発達は,ホモ・サピエンスの人口を増やすことに貢献しましたが,同時に,人口を減らすことにも貢献しています.
かつてのヒトは,ちょっと増えてちょっと減るものでしたが,現在はどっと増えてどっと減るようになっただけ.
また,医学の進歩により治せる病気も増えてきましたが,それでも結局のところヒトの死亡率は100%です.どれだけ医学が進歩しようと,「諦めて死ぬ」ことからは逃れられませんし,それはどの時代でも同じです.進歩したが故に発生する悩みもありますしね.
そこにある「幸福感」は時代を経ても変化していないのです.

話を遺伝子に戻すと,勝手気ままに生きている今の私からすれば,合点のいく検査結果が結構あります.
例えば検査結果によると,私は炭水化物に比べてタンパク質と脂質を好んで摂取する傾向にあるそうなんですが,実際にそういう生活をしています.
しかも,体脂肪も付きやすい(太りやすい)体質のようです.
そして,運動能力は全体的に低めで,遅筋(有酸素性)タイプという結果から総合するに,現在のような少食で運動量を減らした生活が性に合うということでしょう.
こういう私が,筋肉ムキムキでエネルギッシュなスポーツ生活に「憧れ」て取り組むと,不幸になります.体質的に無理してるわけだから.
以前はウエイトトレーニングをガンガンやっていた時期もありますが,つまらないのでやめました.それもきっと遺伝子です.
実際,そうやって好き勝手な食生活を20年やってきて,体型や体脂肪率に変化はありません.

協調性が高くなくて,報酬依存性が低い,それでいて行動持続性が高いという検査結果も,それに応じた生活の方が幸福感を得やすいと最近になって強く感じているところ.
よく,「自分に報酬を用意しよう」とか「目標を見える化(数値化)してモチベーションを上げよう」とかいうビジネス書や自己啓発本がありますが,あれは私には当てはまりません.
一時期(学生の頃),こういうビジネス書や自己啓発本をたくさん読み漁っていましたが,どれも結局のところ私にはしっくりきませんでした.それもきっと遺伝的特徴なんですかね.
周囲の評価とか気にせずやれる仕事をするのが,私にとって幸せなんですよ.

そう言えば,このブログも「コメント欄」を用意しなくなりました.
最初の一時期つけていた時もあったのですが,そういうのが面倒になりましたので.
それに,これを読む人がどう感じようと,私は書きたいこと書いて,読みたい人が読めばいいというスタイルにしたかったんです.
このブログ記事を読んでどうしても言いたい事がある人は,メールをくれますしね.

あと,私は遺伝的に騒音による聴覚障害の発生リスクが高いということなんですが,だからでしょうね,私がノイズキャンセル機能のついたヘッドホンやイヤホンに執着するのは.
満席航空機と孤独なワンルームとノイズキャンセリングヘッドホン(イヤホン)
上記の記事でも紹介しましたが,ノイズキャンセルして音楽は聞きません.
きっと騒音に弱い体質だから,騒音を避ける行動パターンが惹起されているんだと思います,遺伝的に.

「幸福感の感じやすさ」という検査項目もあるようで,これは例えば幸せな映画を見た時にその雰囲気に浸りやすいというものだそうです.つまり,幸福感に共感できるかどうかということですね.
どっちかというと幸福感を感じやすい人の方が多数派のようですが,私は少数派.
そして案の定,私はそういう「幸せな映画」というのがどちらかと言うと嫌いです.無料とかアマゾンプライムになっていれば見ることもあるでしょうけど,お金払ってまでは見ない.映画館では尚の事見ない.
仕舞いには,ブログ記事でも
大学生用:時間をつくって映画を見よう
と題して,「共感するな,理解しろ」と主張しました.
大学生たるもの,勉強を兼ねて映画を見るなら「共感」ではなく「理解」しようとすること.
そう思って書いていたのですが,どうやら多くの人々にとって映画とは共感するもののようです.
共感させるつもりで製作されてもいるでしょう.
つまり,私はそういう「共感してほしい」と構える映画は見ない方がいいということです.きっとイラつくだけ.
逆に,理解を求める映画を見る方が,それこそ遺伝的に幸福感が得られやすいと思います.


2019年1月1日火曜日

最後の平成

明けましておめでとうございます.
今年も宜しくお願いします.

平成も今年が最後となるようです.
そんな平成最後のニュースとして,新元号の発表がやたらと遅いことが話題となっています.
4月1日に新元号公表 安倍首相、年頭会見で発表(産経新聞 2018.1.1)
安倍晋三首相は、天皇陛下の譲位と皇太子さまの新天皇即位に伴う新元号について、4月1日に閣議決定し、同日中に公表する方針を固めた。1月4日に伊勢神宮(三重県伊勢市)参拝後の年頭記者会見で正式発表する。首相は当初、4月11日の新元号公表を検討していたが、5月1日の改元に伴うコンピューターソフトのシステム改修が間に合わないため断念した。
発表が遅くなることで,企業内の文書で「元号」を使うことを取りやめるところも現れるのではないかと危惧されていますし,実際,それがもとで今年から社内文書を元号ではなく西暦に変えた,とのネットのコメントも見られます.

今上陛下がせっかく国民に配慮して御代替わりを「予定できるもの」にしてくれたのに,それを反映しないのが現代日本クオリティです.
平成の世を象徴する最後だったと言えるでしょう.
一言で言い表せば「KY」.
平成とは,忖度はすれど,KYの時代でした.
(もともと,忖度には悪い意味はありませんので,ようするにKYなのです)
KYとは,平成生まれの日本人から生まれた言葉でもありますよね.

もっとも,元号がいつ発表になろうと,私はどうでもいいと思っています.
ただ,元号を日本の伝統として守るつもりがないことは,この事態が物語っています.
その国の伝統や文化とは,守らなければいけないから守られるのではなく,守れるものだから守られるのです.
当たり前のことですが,これは民族主義者や国粋主義者には分かってもらえないことですね.

これはちょうど,ダイエットと一緒です.体型をキープ(保守)するのは努力だけではどうにもなりません.年齢や生活環境によって出来ることと出来ないことがあります.
理想体型をキープできる人の目には,それをキープできない人が怠惰でずぼらな人間に映ります.でも,誰もが努力すれば理想体型を得られるわけでもキープできるわけでもありません.そもそも,その「理想体型」とは本当に理想的なのか? そこまでしなくても健康的で精神衛生上も充実した「体型」というのはあるのではないか?
その答えは一つではありません.

元号にしても同じです.
個人的には,元号を利用する価値は薄れてきていると思いますので,表立ってこれを活用する必要はないと思います.実際,私の仕事や生活のなかで元号は全くと言っていいほど使いません.年間,数回じゃないかな.いつも「今年は平成なん年だったっけ?」といちいちネットで調べなければいけないので,頼むから西暦で統一してくれというのが本音です.
まだまだ元号を文書フォーマットとして利用している企業は多いので「今年は平成なん年か?」を悩まなくていい人は多いと思いますが,今回の御代替わりでこんな調子なのですから,これから私みたいな人はどんどん増えるでしょう.

そして近い将来,元号を使うことが不便で生活の障害になってくることは火を見るより明らかです.

間違ってほしくないのは,元号をなくせと言っているわけではありません.元号という制度は残しておいて,普段の生活では使わなくてもいいのではないかという話です.
たまたま明治から平成にかけて安定した御代替わりが行われているから良かったものを,これが明治以前のように複雑な変化が起きたら,とてもじゃないですが現代日本の生活で利用できるものではなくなります.「守れる伝統」ではなくなるんです.
これは皇位継承にも同じことが言えますが,それはまた別の機会に.

「そんなんだったら,西暦の代わり皇紀を使おう」という話もありますね.
私は歓迎しますが,それこそコンピューター関係のプログラムの書き直しが大変ですし,これまで西暦で通してきたことがパーになってしまいますし.
なんにせよ,こだわりの問題ですね.

2018年12月31日月曜日

今年のおさらい

今年最後の記事ですから,2018年のおさらいをしてみたいと思います.

個人的には充実した1年でした.
来年に向けた展望を考える上で重要な期間になりましたし,だからこそ来年は私にとって分水嶺になるでしょう.
いろいろ考えていることはありますが,そういうのはまた追々話していこうと思います.

一番印象に残ったニュースは,やっぱり米朝首脳会談ですかね.
このニュースに限らず,今年は私にとって本格的に政治・国際関係のニュースから興味がなくなった年でもありました.
身近なところでは,このブログでも教育・大学に関する記事をずっと書き続けているんですけど,3年くらい前から「もうダメだ」と諦めていたところです.
大学教育を諦める
実際には5年前からです.
その時はまだ■こんなホームページの大学は危ないとか■「教職員用」危ない大学とはこんなところだなどと遊んでいましたが,もう諦めの境地にありました.

それ言い出したら,国内のニュースについても諦めていました.そんな記事を同じような時期から書いていました.
沖縄基地問題を諦める
ウヨクの知能を諦める
東京を諦める
オリンピック・レガシーを諦める
保育所問題を諦める
日本ブランドを諦める

結局のところは国外問題も,海外の政治も同じ状況なのだなと,そう考えるに至ったのが今年です.
米朝首脳会談はその象徴と言えるでしょう.
参考までに,その時のブログ記事がこちらです↓
歴史的ということらしい米朝首脳会談
歴史的ということらしい米朝首脳会談(の補足)

朝鮮半島で戦争が始まるかもしれない.
というか,「アメリカが北朝鮮を潰してくれるかもしれない」という期待を日本のタカ派やウヨクは論じていました.
アメリカが北朝鮮と戦争をしてもなんの特も無いのに.
下手に北朝鮮に手を出して,中国やロシアと軍事的にこじれる方がよっぽど嫌でしょう.

現状,朝鮮半島で大規模な戦争なんて起きようがないんです.
むしろ,どうやって北朝鮮を懐柔するかが隣国である日本をはじめとする中国,ロシア,韓国のミッションになっているはずです.

上記の記事でも書きましたが,日本と韓国は北朝鮮との戦争に耐えられません.
最終的に「勝利」することはできるかもしれないけど,その勝利を得るまでに被る犠牲があまりに大きい.戦争する場合,アメリカも介入するのでしょうけど,日本と韓国にそれだけの被害を出してまで開戦するほどの大義と利益がありません.
アメリカとしては現状維持が一番いい.むしろ,日本と韓国のアメリカ依存を強くする状況が理想的であることは論を俟たない,はずのことなのですが.

日本のアメリカ依存が強まったのが2018年だったように思います.
特に,右派タカ派の奴隷根性にさらに磨きがかかった年でした.
本来なら,こうした国際政治のニュースをみた「(あえて言えば)地球市民」であれば,アメリカへの追従はやめて,自主独立と民族自決に基づく国際協調路線をとろうとするものではないかと思うんですが,どうやら日本という国ではそうはならないらしい.
アメリカに全力で追従し,独立していないくせに隣国との関係を冷え込ませ,それなのにその隣国から移民をたくさん受け入れようとする.
これからは経済も冷え込ませて,さらにクールなジャパンになるつもりらしい.

意味が分からない,ということが決定的となった年でもありました.
来年はさらに意味のわからない年になるでしょう.
では,また2019年もがんばっていきましょう.

2018年12月29日土曜日

いわゆる「レーダー照射事件」についての率直な解釈

「お前は平和ボケしている」という批判を承知で,率直な感想を述べてみたい.
先日の「韓国海軍レーダー照射事件」です.

日本側からの具体的な反応とか説明が出てから書こうと思っていた記事ですが,それから1週間,たいした反応もなかったので書けず仕舞いでした.
ですが,ここにきて防衛省のホームページでレーダー照射時の映像が公開されました.
韓国海軍艦艇による火器管制レーダー照射事案について(防衛省2018.12.28)

本件を伝えるニュースはこんな感じでした.
韓国艦レーダー照射は2回、数分間「意図的な事案」(産経新聞 2018.12.22)
韓国海軍駆逐艦が石川県・能登半島沖で海上自衛隊のP1哨戒機に火器管制レーダーを照射した問題で、照射が2回にわたって行われていたことが22日、分かった。複数の政府関係者が明らかにした。防衛省は同日、レーダー照射に関し「極めて遺憾であり、韓国側に再発防止を強く求める」との声明を改めて発表した。
以前も中国軍とそんなことがありましたね.
中国海軍レーダー照射事件(wikipedia)

実のところ,こういう事件について私はそんなに重要視していません.
以前の中国軍との時も,記事にしようか迷いましたが,結局大した事ではないと思ってスルーした事件です.

これって,その場の反撃も,その後の政治的な報復もできない立場に置かれている現在の日本が,韓国におちょくられただけでしょう.
むしろ,どうして日本政府やマスコミはこんなに本件を騒ぎ立てるのか?
騒ぎ立てない方がおかしいって? いえ,この事件は水面下で片付ける性質のものじゃないのですか? 軍隊同士の索敵調査の話だし.

しかし,いわゆるウヨク的な発言が日本のネット上で湧き上がりました.
ウヨクみたいなメディアでも大々的に報じました.
「米軍なら即座に撃沈」レーダー照射、日韓関係さらに冷え込み(産経新聞 2018.12.21)
火器管制用レーダーは「FCレーダー」とも呼ばれ、ミサイルや火砲を発射する際、目標の距離や針路、速力、高度などを正確に捕捉し自動追尾する「ロックオン」に用いる。発射ボタンを押せば攻撃可能な状態だ。防衛省幹部は「米軍なら敵対行為とみなし即座に撃沈させてもおかしくない」と語る。
あのさぁ,「米軍なら・・」とか言ってるけど,自衛隊は米軍ではありません.そんなことは幼稚園児でも知っています.
日本の自衛隊ならレーダー照射しても反撃されないし,政治的にも劇的な変化を起こさないことが分かっててやっているんです.
どこのレベルでの嫌がらせなのかは分かりませんけど,これは韓国側からのメッセージが込められた行為と言えるでしょう.

それに,上記の記事でも「米軍なら撃沈される」って書いてるけど,もし本当にアメリカ軍が韓国軍からレーダー照射を受けた場合,本当に即座に反撃されて撃沈なんてことになるのか?
今回の海上自衛隊のように,レーダー照射している船が韓国籍のものだと確認できている時点で,米軍機は回避行動をとって事情確認をするんじゃないのですか?
現状,アメリカと韓国は交戦状態にあるわけではないし,その現場においては「何かの間違い」と判断して警戒態勢をとるのが,重大な意思決定をとるプロセスじゃないでしょうか.

ともあれ,今回の騒ぎっぷりが逆に興味深かったので,他の国同士のケースだとどうなのか調べたくなったんです.
そしたら,やっぱりこういう記事がヒットしました.
中国軍艦のレーダー照射への日本政府の対応は整合性を欠く――海上事故防止協定では禁止せず(週刊金曜日 2013.2.28)
幸いすでに六七年も戦争や軍事的対決を経験していない日本では、照準用レーダーの照射を受けただけで、まるで武力紛争が始まったように一面トップで報じられたが、冷戦時代の米ソ海軍は格段に激しい嫌がらせや威嚇行動を日常的に続けていた。
(中略)
米ソの海上でのチキンゲームは一歩誤ると核戦争にもなりかねないため、両国は七二年に海上事故防止協定(INCSEA)を結び、英、仏、独、伊、加などもこれに続いた。日本も九三年にロシアと同様な内容の協定に調印した。この協定は互いの監視行動を認め、衝突防止の方法や事故の場合の情報交換、危険な行為の禁止を定めている。艦船が他方の艦船、航空機に「砲、ミサイル発射装置、魚雷発射管、その他の武器を指向することによる模擬攻撃」や艦橋などへの探照燈の照射、乗員、装備を害するレーザーの使用、意図的通信妨害などが禁じられたが、火器管制レーダーの照射は禁じていない。対決に慣れた米ソはさほど危険と認識しなかったのだろう。
つまり,火器管制レーダーの照射というのは,軍隊同士が合同演習ではない時にみられるヤンキー達のメンチの切り合いみたいのものということですね.
もちろん,メンチ切るのは無礼だし,それが元で殴られても法的にはメンチ切ってきた奴の方が悪いんだろうけど,だからってこれが発端で戦闘行為になるようなことはほぼ無いと,そういうものです.
韓国軍としては,さしずめ「最近いろいろ見栄はった言動をしてるけど,俺らを舐めてんじゃねぇぞ.そこんとこ夜露死苦」というものではないでしょうか.
で,日本は見事にそれに対し「うえ〜ん,あの人が睨んでくるよぉ.怖いよぉ」って騒いでると.
どおりでこの件について日本はカッコ悪いわけだ.挙げ句には「韓国は世界から信用されない」とか「アメリカが黙っていないぞ」などと報じだす.
まるでどっかの金持ちのボンボンではないですか.

で,やっぱりというか,この事件を率先しておおっぴらにしたのは金持ちのボンボンだったようです.
今回の現場における映像の公開も安倍晋三の指示があったからみたい.
渋る防衛省、安倍首相が押し切る=日韓対立泥沼化も-映像公開(時事通信 2018.12.28)これは防衛省の方が常識感覚があります.当たり前ですよね.こんな事件を表に出す必要などありません.
多分,極東における外交で蚊帳の外になっている安倍政権が,マウントとってきた韓国に対し,マウントし返すつもりで事態を公表したのかもしれない.
でもそれってのは,学校の廊下でヤンキーにツバ吐きかけられた金持ちのボンボンが,ヒステリックに怒りだしているようなものです.別に殴りかかるわけでも,ツバを吐き返すわけでもない.その代りに「こんなこと先生が許さないぞ」とか「お父さんに頼んでお前の会社に圧力かけてやる」とか言ってるようなもの.
これを外から見てたら,同情こそしくてれるかもしれませんが,カッコ悪いんですよ.
「やっぱりあいつは情けないボンボンだ.可哀想に」と思われるだけ.

じゃあ,こういうヤンキーへの対処はどうすればいいかというと,もしもの時の暴力沙汰に屈しないよう普段から体を鍛えておくこと(国防軍の強化)と,「今度やったらわかってるな」という無言の圧力を見せることです.
表立って騒ぐのは逆効果.それによってヤンキーが更生するわけないし,騒いだ奴がバカにされるだけ.

ところが問題なのは,今の日本は体を鍛えるつもりもないし反撃するつもりもないくせに,「俺が憲法の呪縛から開放されて本気出したらヤバイんだぜ」と中二病かましてるところです.

別に私は韓国軍がしたことを褒めているわけでも,自衛隊に落ち度があると言いたいわけでもありません.
水面下で圧力をかけてればいい話を,わざわざ表に出して政治的に報復するだけの能力が日本にあるのか? ということを問いたいのです.
それが無いのに大見得を切って騒ぐことは,恥の上塗りになるのでやめましょうということです.