2017年10月16日月曜日

最近の自宅周辺の外食事情

関東に移住してしばらくは味付けの違いに辟易しており,仕方なく自炊することも多かったのですが,ここ数年は自分好みの料理を出してくれるお店を見つけて安定しております.
自宅周辺と勤務先の間にある,うどん,寿司,ラーメン,中華をローテしているところです.
安定するまで2年かかりました.

もともと,外食に限らず同じ店に繰り返し足を運ぶタチではあります.
理髪店もずっと馴染みのお店ですし,衣服もずっと自宅近くのAOKI.毎朝・毎晩通うコンビニも,自宅前のセブンイレブンです.

同じ店を使い続けると,当たり前ですけど「常連客」になります.
常連客って楽なんですよ.きっと店側もそうです.
そういう関係がなにかと楽だし,楽だから「楽しい」.

理髪店なら「いつもの感じで」で済ませられるし,ちょっとした追加注文するにしても話が通りやすい.床屋談義は月に一度の楽しみになります.
服を買うにしても,いつもの店なら馴染みの店員が対応してくれるので,最近のファッション事情なんかをいろいろ教えてくれます.私は服選びで悩みたくないので,その店員に任せることにしています.そこらへんの詳細は,過去記事にしたことがあります.
若手研究者用:スーツの上手な買い方・着方

さて,外食の話ですけど,私は30歳を越えてから寿司屋に足を運ぶようになりました.
もちろん回転していない店です.独身貴族ならではの楽しみだと思っています.
私が通っている店はそんなに高級なところではなく,安くあげれば3000円くらいで満腹になります.
けど,腕は確かなようでして,いつも繁盛していて予約無しで入ることは難しいですね.

私はいつも予約して行っています.一人なので席を取るのは簡単です.
何回か通っているうちに私を覚えてくれて,注文もスムーズになりました.
そのうちこっちが何も言わなくても「次,玉子握りますね」とか「お味噌汁を出していいですか?」,最後は「お茶を出してもいいですか?」ってなります.

いつも混んでいる店ですが,たまにポッカリと空いている時があるものです.
私は普段口をきかないのですけど,こういう時だけですね,大将と話しをするのは.
私も高知の港町出身ですから,それなりに魚の話題では盛り上がれます.魚料理や寿司屋について,いろいろ話が聞けるのは楽しいものです.
混んでいる時は,脂ギッシュなオッサン達が次から次へと「ヘイッ大将!」ってな感じで喋りたがるので,私みたいな若輩者が口を出すのは控えているんです.
大将としても,混んでいる時は私とは二言三言話して,あとは一人にしてくれます.あくまで私が「夕飯を食べに来ている」ということを尊重してくれるんです.夕飯用のものを握ってくれるし.

あと,寿司屋が暇な時にはよくあることなんでしょうけど,本来なら出さないネタを握って出してくれたりします.
先日は熟成マグロを出してくれました.なんでも,大将が最も好きなネタなんだそうです.
私,マグロって好きな魚じゃないんです.関東の人は好んで食べますけどね.ブリとかカツオのほうが美味しいのにって思っていました.
でも今回,熟成マグロを食べさせてもらって,マグロをみなおしました.あれはたしかに旨い.
こういうところが常連客になるいいところですね.

その寿司屋から200mほどのところに,行列のできる不味いラーメン屋があります.
どうして行列ができるのか不思議でならないのですけど,そのラーメン屋の向かいに中華料理屋があります.
ここがメチャクチャ美味い.

中国人のオッサンが料理やってて,店員も中国の女の子.客にも中国人が多いんです.
案の定,エビチリが不味い.けど,その他のメニューはすこぶる旨い.
ここも足繁く通っているうちに店員に覚えてもらえました.
この1年くらいはずっと「ピーマンと牛肉の細切り炒め」か「ナスと豚肉の甘味噌炒め」を基本とする定食しか注文しなくなっているので,注文を取りに来た女の子が「キョーはナスが無くなったデスヨォ」って親切に教えてくれることがあります.
実は「キクラゲと玉子の炒め物」もかなり美味しいんですけど,そこは一つ「じゃあ,ピーマンで」って.もしかしたら厨房のオッサンも既にピーマンを炒め始めてるかもしれないし.
こういうところが常連客のいいところですね.

この中華料理屋から100mほどのところに,行列ができない旨いラーメン屋があります.
行列ができないというだけで私のポイントは高い.極めて優秀な経営をされています.
麺,スープ,具,どれをとっても非常にオーソドックスなものを出してくれる店で,「私は今,普通にラーメンを食べているぞ」という気分にさせてくれるところです.

ひたすら黙々とラーメンを作り続けるオヤジ.無駄なことは一切しない.
私も昨年までは「麺は硬めで」と追加注文していましたが,最近は何も言わなくなりました.
「えぇっと,ラーメン」
「はいよ」
・・・
「はいお待ち」
それだけ.
こちらも食ったらすぐ帰る.
滞在時間およそ10分.
これぞラーメン屋.


2017年10月15日日曜日

パイナップルの食べ方

どうでもいい話ですけど,高知つながりでもう一つ.
毎年,実家からパイナップルが送られてきます.しかも,年に何回か.

母の園芸の趣味が発展してゆき,15年くらい前から実家ではパイナップルが栽培されているんです.

過去記事の■“日本一”の故郷を撮るでも紹介しましたが,こんな感じです↓

先日も「今年最後だから」などと言いながらパイナップルが3個送られてきました.
実際,これを処理するのが大変です.
大学院生だった頃は,院生室の皆で分け合って食べていたのですけど,今となっては「パイナップルを分け合う」ような環境にもなく.
私が家族持ちなら楽しく食べるイベントになるのでしょうけど,そうではないので「処理」という言葉がぴったりなのが哀しいですね.

パイナップルは新聞紙にくるまれて送られてきます.
高知からなので高知新聞にくるまれています.


冒頭の写真や見慣れたパイナップルと比べると果実が強いオレンジ色ですが,これが完熟したパイナップルの証拠です.
ここではキッチンの電球の色の影響もありますが,普通に売られているものと比較すると真っ赤です.

これを切っていきます.
まずは実の上下を切り落とします.


次に,側面の皮を削ぎ落とします.
遠慮なく大胆に切り落として構いません.「処理」なので.
「もったいない」からと細かく削っていたら面倒くさいことこの上ないですし.
あと,新聞紙の上で切れば,あとの片付けが楽です.


皮を削ぎ落としたら,次は「芯」の周りにある果肉を削っていきます.
これも大胆に切り落としていく感じです.
ここまでくると部屋中にパイナップル臭が充満し,トロピカルな雰囲気を漂わせます.
一旦部屋を出た後,また帰ってきた時の匂いが凄いです.


芯だけになりました.


普通はこの「芯」は捨ててしまうのですが,実はこの芯の周りにある果肉こそがパイナップルで最も美味しいところです.
さしずめ「マグロのなかおち」「ヒラメのエンガワ」みたいなもの.
なので,以下のように削っていきます.


一般に売られているパイナップルでは「芯」の周りは美味しくないかもしれません.
繊維質ばかりで食べられたものではないかと思います.
ここが美味しく食べられるのは,ちゃんと完熟したパイナップルだけです.
パイナップル独特の刺激性がなく,程よい上品な甘さが絶妙なところなんですよ.

皿に盛り付ければ完成.

気分はすっかり南国ハワイ,ではなく,南国土佐の実家の庭です.
これが実家の庭園↓


2017年10月14日土曜日

高知と映画(全体とは部分の総和以上のなにかである)

どうして高知の映画の話題なのかと言うと,私が高知出身だからです.
知らない人がいたらと思い,念のため.

先日,こんなニュースがありました.
「0.5ミリ」の安藤桃子監督が高知に映画館オープン(映画.com 2017.10.7)
安藤サクラ主演の「0.5ミリ」などで知られる映画監督の安藤桃子氏が企画・運営する映画館「ウィークエンドキネマM」が10月7日、高知市内でオープン。父で映画監督、俳優の奥田瑛二、エッセイストの安藤和津ら奥田ファミリーも応援に駆けつけた。(中略)安藤監督は外観、内装から、作品選び、配給まで全面プロデュース。映画館前の通りには出店で賑わう中、呼び込み、チケットのもぎり、上映前には作品紹介の“前説”も。「ザ・トライブ」の上映の際には、通りかかった10代の若者グループに丁寧に説明し、勧誘に成功。「目標は高知の映画人口を増やすこと。映画をきっかけに町が賑わいを取り戻せたら」と言葉に力を込めた。今後は、トークショーやイベントなども企画しているという。
映画そのものの凋落もありますが,過疎化が進む高知では映画館が軒並み潰れているのが現状でした.
なぜ安藤監督が高知で映画館を始めたのか? というと,以下のような理由なのだそうです.
安藤監督は13年、「0.5ミリ」を高知で撮影したことがきっかけで移住。その際、04年に廃館になった高知東映の存在を知り、復館できないものかとの思いを強くした。
なんと,高知に移住されていたんですね.
父、奥田は07年11月から約4年間、山口県下関市で自身のミニシアター「シアターゼロ」を運営しており、奥田ファミリーで映画館を経営するのは2館目となる。「シアターゼロ」の立ち上げも手伝った安藤監督は「父が下関の映画館で苦労する姿、喜ぶ姿を見てきた。独立プロで映画を作ってきた人間としては、映画の入り口から出口までやってみたいとの思いが最初からありました」と話した。
奥田は「僕は映画人として、監督をやって、興行もやり、全てを経験したけども、奇しくも親子で、新たに映画のシステム全体を経験する人が生まれることはうれしい。僕が下関でやってきたことを受け継いでくれたかなと思うと、感無量です」と喜んでいた。
お父様である奥田瑛二氏も,山口県で同じことをやっていたのだそうです.
私は体育・スポーツ科学の研究者・教育者・指導者をやっていますけど,安藤氏が語る「入り口から出口までやってみたいとの思い」というのは分かる気がします.
部分部分を突き詰めていくのも良いですし,今時,効率よく生きていくにはどうしても「部分」を扱わざるをえないという現実がありますけど,やっぱり「全体」を扱う楽しみはあるものです.研究は研究,教育は教育,指導は指導という具合いに分断させて活動している同業者は多いものですが,これらを連結させることは魅力的です.

高知新聞にはこんな記事も載っていました.
高知市街に10/7に映画館が開業 安藤桃子さん運営(高知新聞2017.9.21)
「街中に映画館を再興したい」との4年越しの情熱を実らせた。「何かが起きる劇場にしたい」と思いを膨らませている。(中略)桃子さんが代表を務める会社が運営し、上映本数は月6~8本が目標。東京からゲストを呼んだり、奥田瑛二さんが活弁士を務める無声映画を上映したりする構想もある。
「高知のお客さんが求める作品を探りながら、これぞという作品があれば上映したい」と桃子さん。「少々アバンギャルドな作品も挑戦します」と、いたずらっぽく笑った。
「何かが起きる企画にしたい」というのは,見通しの甘さからくる失敗フラグとも言えますし,一昔前の私なら「こりゃダメだな」と思っていたことです.
でも,大人になってからはそんな取り組みも有りかなと考えるようになりました.
この安藤監督ですが,年齢も私と違わない人ですし,いろいろと注目しておきたい人です.

ところで,安藤監督は「少々アバンギャルドな作品も挑戦します」とのことですが,高知ではアバンギャルドな作品を好む下地はあるようですので,挑戦のし甲斐はあると思われます.
実は今夏,高知で珍しい映画の取り組みがありました.
「神様メール」で知られるベルギー映画界の鬼才ジャコ・ヴァン・ドルマン監督が手がける『キス&クライ』を,日本で唯一公開したのが高知県立美術館だったんです.

「キス&クライ」はただの映画ではありません.舞台でもあるのです.いえ,映画を舞台にしているとも言える・・・.と言っても難しいですね.
どういうことかというと,今まさにそこで舞台をしつつ,それを映画として上映するという奇妙奇天烈な作品だからです.つまり,観客は舞台を見ながら,同時にその舞台を映画として見ることができる.しかも,作品時間は90分間と非常に長い.

詳細は以下をどうぞ.
ホール事業:「キス&クライ」-KISS CRY-(ベルギー)(高知県立美術館)
全篇90分にも及ぶ長篇映画を創り出せるのは、計算し尽くされた緻密な動きの構成と、ドルマル監督率いる最高の映画スタッフの布陣の賜物。ミシェル・アンヌが考案した手の踊り“ナノ・ダンス”は、見えない主人公の視線や気配を感じさせ、優しく語りかけるナレーションが相まって、直感的な解釈を際立たせてくれます。メディアに“記録”して再生可能にする「映画」に対し、限られた時間に劇場へ足を運ぶ観客の“記憶”にのみ共有される「舞台」。相反した手法が見事に融合した珠玉のスペクタクルは、観劇する者のみに贈られる至上の時間となるでしょう。
こういうの,私は好きですよ.見れてないけど.
「舞台を映画にしてしまえ」っていう企画を本気出してしまった結果ですね.

この「舞台と映画の融合」の似た取り組みに,監督・三谷幸喜,主演・竹内結子の『大空港2013』というのがあります.
約100分の映画ですが,それを全てノンストップのワンカットで撮りきっているんです.これも非常に面白い.
最近話題になったものとしては,ドイツの『ヴィクトリア』っていう映画があります.

これらはどちらかと言うと「映画で舞台をやった」という趣旨ですが,前述のキス&クライは「映画を舞台でやった」というところ.
いずれも作品としては映画ではありますが,舞台の魅力も併せ持っているわけです.

舞台では視点や焦点,視野・画角といったものは観客に委ねられます.「見るところ」は見る側が決めているんです.一方,映画ではカメラに頼ることになります.カメラが撮っているところが「見るところ」なんです.
その点,「映画で舞台」をやったり,「映画を舞台」でやることによって,舞台や映画において前提となっている「見るところ」が観客の前で解体されてしまう.そこに,こういう手法の魅力があるのだと思います.


2017年10月8日日曜日

体育学的映画論「鬼龍院花子の生涯」

ちょっと前の話ですが,本学の野球部の数名が不祥事を起こしました.
当事者間での示談で済んだので表沙汰にはならなかったのですが,週刊誌あたりが嗅ぎ付けるとそれなりに危ない事件ではあったんです.

最近の大学では,初年次教育で担当しているクラス(主に「基礎演習」などと呼称される)を,学校で言うところの「ホームルーム担任」のように扱っているところが少なくありません.
学生生活の相談事や,今回のような学生の不祥事があったら,その担任の教員が対応するという次第です.
うちの大学もそうでして,私もその担任をやっています.

不祥事を起こした野球部の一人が私が担任をしていたクラスの学生でしたので,担任である私も呼ばれて「面談指導」をやることになりました.
知らない人は驚かれるのですが,今の大学はこういうことをやるんです.「学生課」とか「教務課」あたりが処理するわけじゃありません.

学科長と,当該学生たちの担任である私ともう一人の先生が面談を担当しました.
事の次第を聞き取り,彼らの反省の弁を聞くということだったのですが,私にはそのうちの一人がどうも反省しているように見えなかったんですね.
「はいはい,反省してるって言えばいいんでしょ」みたいな態度でふんぞり返って,薄ら笑いを浮かべる場面もあったりで.

さすがの私も,それにキレてしまったようなんです.
私と面識のある人は知っているかと思いますが,私はとても優しく心穏やかな人物です.私が怒るところはもちろんのこと,機嫌が悪いところも見たこと無いはずです.パワフルプロ野球なら「安定感」と「ピンチ◯」が必ずついているでしょう.

だから「キレた」と言っても,結構穏やかにキレたはずなんです.怒鳴り散らすようなことはしていません.
「君たちがやったことは,とても大変なことなんだよ.そんな態度でいると,今に取り返しのつかないことになってしまうよ.なめてかかってはいけませんよ」という趣旨のことを言ったと思います.

あんなに優しく朗らかな私がブチ切れたのですから,これが学生(だけでなく他の先生も)には衝撃的だったらしく,泣き出しそうな奴もいました.
以後,彼らは反省したようで,授業でも大人しくなったようですし,野球部内での素行の悪さもおさまったと聞いています.
中高生とは違い,さすがに大学生になったら聞き分けがありますね.

面談が終わって,同席していた学科長が言うんです.
「先生が高知出身だということを,あらためて知った気がします」って.
どういうことですか?って聞いたら,
「昔の映画にありましたよね.夏目雅子の『なめたらいかんぜよ!』っていうの.あれを間近でネイティブから聞けて嬉しかったです.やっぱり土佐弁は迫力がありますね」なんて言うんですよ.
どうやら上述した学生に諭した言葉を,私は高ぶる感情のなか「土佐弁(厳密には幡多弁)」でしゃべっていたんです.
東京の人たちには刺激が強かったかもしれません.

かつて,「なめたらいかんぜよ」というセリフが流行したらしいんですね.実際,私が高知出身だというと,これを話題にする人がたまにいます.
でも,それがどういう映画の誰のセリフなのか知らないままでいたんですが,この度,動画配信サイトで『鬼龍院花子の生涯』(1982年)を見たので「あぁ〜,これかぁ!」ってなりました.
「なめたらいかんぜよ」は,以下のユーチューブ動画で見ることができます.
夏目雅子「なめたらいかんぜよ」(youtube)
ちなみに,それまではなんとなく「スケバン刑事」あたりのセリフかなって思ってました.スケバン刑事も見たことないですけど.

「鬼龍院・・」なんてところから察せられるように,これはヤクザ映画,任侠映画です.
実は1984年にテレビドラマ化され,また最近になって観月ありさ主演(2010年)でテレビドラマにもなったらしいんですね.全部知りませんけど.

ヤクザ映画の面白さがずっと分からなかったのですが,ここ数年見るようになりました.
決して誉められた生き方ではないけれど,それだけに,だからこそ「自分の人生」として納得できるものにするため,必死に藻掻く人間の姿を描いているものが多いですね.

「鬼龍院花子の生涯」はその典型で,主人公の松恵の境遇がヤクザ映画の本質を見せているように思うのです.
主人公・松恵は鬼龍院家の実娘ではなく,望んでヤクザの家の娘になったわけでもないし,大人になってからも小学校の先生として生きようとしています.
とにかくヤクザの世界から逃げ出そうとしているのですが,それでも運命は彼女に味方せず,本人も結局は鬼龍院の娘であることを受け入れる.
例の「なめたらいかんぜよ」というセリフは,それを象徴するシーンで発せられます.

そんな松恵の視点から見ることによって,鬼龍院の実娘である花子への哀れみは格別のものとなります.
小説や映画のタイトルが『鬼龍院花子の生涯』となっていますが,一見,鬼龍院花子のエピソードやシーンは少なく,主人公であり語り部である人物も,その姉である松恵です.
でも,そんな境遇の松恵の視点から見るからこそ,ヤクザ者の世界の虚しさと,その中で必死に「良い生き方」を模索する人々の,なかでも「極道の女」である花子の生涯が際立つのでしょう.

ちなみに「極道のオンナ」と言えば,主人公・松恵の義理母であり鬼龍院政五郎の妻である歌役をした岩下志麻さんは,この映画で初めて極道の妻を演じたそうです.それまで岩下志麻さんは清楚で可憐な役柄で売っていたそうなので,そこから180度方向転換した体当り出演ということなります.
しかしこれが「岩下志麻=極道の妻」誕生の瞬間となりました.
私達の世代にとっては,岩下志麻さんと言えば,高そうな着物着てマシンガン撃ってるイメージしかありませんからね.