2016年5月13日金曜日

井戸端スポーツ会議 part 29「裏金くらいで騒ぐな:東京五輪について」

こんなニュースが飛び込んできました.
東京五輪招致巡り裏金報道 英紙「1.6億円支払い」

スポーツを専門とする身にもかかわらず,2013年に東京五輪招致が決まった際もこのブログでは完全スルーしていた私ですから,今回の裏金・賄賂問題もさほど気にしていません.

むしろ私は,招致決定後のエンブレム問題の方を興味深く眺めておりました.
井戸端スポーツ会議 part 23『東京五輪エンブレム問題に見えるスポーツの危機』
井戸端スポーツ会議 part 28「東京五輪のエンブレム」

実際のところ,五輪に興味無いんです.

たぶん我々の分野の仕事が増えるという恩恵はあるものの,それを言い出したらあらゆる領域に波及効果はあります.
むしろ,オリンピックはこれらの波及効果を主目的に行なうものです.

「オリンピックに乗じてバカな公共事業をやるんだろ!」などと熱り立っている連中をたまに見かけますが,バカはこつらの方です.
繰り返しますが,オリンピックなどの大規模スポーツイベントは,公共事業を円滑に進めるための大事なイベントです.
スポーツで土建国家を復活できる

今回ニュースになっている,裏金・賄賂についても,それを含めて「オリンピック」だというのが私の認識です.
あぁ,やっぱりやってるだろうな.って.

例えば,スポーツ選手のスカウトや勧誘には裏金・賄賂は当たり前です.
一時期大問題になりましたが,野球のドラフトでは選手やコーチ,親に裏金・賄賂を送るのは当たり前だった時代があります.
みんな知っていました.でも,「知らない」ってことにしてただけです.
高校野球にしても「特待生」という制度はありませんが,みんな公然と「彼は野球の特待生で入学してるから」などと話をしていました.

アイドルもオナラやウンコをします.脇毛も生える.
それを聞いて「うそ~.そんなこと初めて聞いた!」などと言う奴はよっぽどのアホです.それと一緒.

試合の勝敗にも裏金・賄賂はあります.
井戸端スポーツ会議 part 27「オープンスキル・スポーツ界での八百長」

こういうことは暗黙の了解です.
はっきり言って騒ぎ過ぎ.
ある程度「そういうもんだ」と思って見なければいけないのが現代のスポーツです.

むしろ,そこを割り切っている「プロレス」を尊敬してあげてください.もっと言うなら,カッコつけてるそこらのスポーツより,よっぽど「スポーツ」をしているのがプロレスだと思います.
井戸端スポーツ会議 part 20「プロレスはスポーツである」

誤解してほしくないのは,だから裏金・賄賂はOKなんだ.不正をするのがスポーツなんだ,と言っているわけではありません.
それはそれとして問題にしなければいけない.でも,この手の問題は当たり前のように起きます.人間のやることですから.

今回の件は,裏金や賄賂の証拠をおさえられるかどうか? が焦点です.
ですが,何かしらの形で裏金や賄賂はきっとあったはずです.無いほうがおかしい.
そして,ここで問題なのは,それがバレる工作だったかどうか.大多数の人から怒られる程度の工作だったかどうか.

例えば,スポーツ選手のスカウトでは,金銭を渡すと多くの人から怒られます.しかし,「食事に誘う」とか「物品を渡す」となるとどうでしょうか.
いずれも「お金を使っている」わけですし,当然ながらどれも違反なのですが,見逃されやすい,怒られにくいのは後者です.
そうやって指摘・糾弾の間隙を突くのが担当者の腕の見せどころ.

結局,今回の件も,そんな感じのことだと想像できます.
いろいろと前例を調べたり裏工作で理由をつけて「大丈夫だろう」という程度のことをしたつもりではないかと推察できます.

もちろん,証拠をおさえられなければ「裏金・賄賂があった」ことにはなりません.
ですが,スポーツ界もその他の人間の活動と同様,裏金・賄賂が当たり前です.
それは知っておいてほしいことですし,そういうもんだと思ってほしい.

その上で,スポーツをより良い形で扱う努力を我々はしなければいけません.

どこぞの記事でも書きましたが,スポーツはその社会の本質を映し出す鏡です.
スポーツに,その社会の縮図があります.もっと言えば,その時代のスポーツの有り様が社会に反映していくと言っても過言ではない.
東京五輪をめぐる騒動は,この日本社会の有り様を映していると私は思います.
むしろ,そっちを論考するほうがよっぽど興味深い話です.


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