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昨今の大学問題について,久しぶりにお便りが来たので取り上げます
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もうこのブログ,閉鎖しようかとも思う今日このごろ.
なんだかここに来て,世の中について厭世的な気分がさらに強くなってきました.
そう思っていたら,先日こんなメールが届いたのです.
でも,まだまだ若手教員の中でもさらに若手の部類に入る私には,諸先輩方にお話できることはあまりありません.
「いやぁ,もうダメですよ」って言ってあげられるくらいです.
数年前からのブログ記事でも書いているように,これからの教育界と大学は堕ちるだけです.
この崩壊は止められません.
止められない仕組みと流れができているからです.
その崩壊する様を経過観察すること自体に,意味があるくらいかなって思っています.
そして崩壊しきった時に,ほらね,こんなに崩壊したでしょう?
って言ってあげることぐらい.
どっかの記事で書きましたが,直感的には2022年あたりから一気に進行するんじゃないかと.
むしろ,崩壊しちゃうわけですから,教育の新しい在り方を模索する方がいいと最近は思うようになりました.
その方が,皆がハッピーになれます.
崩壊させた張本人たち(政治家とか文科省とか,あと多くの国民)も,自分たち自身が崩壊させたことを認めたくないし反省もしないでしょうから,「教育の新しい在り方」というロジックにしてあげた方が前向きになれます.

話が逸れました.
メールについてです.
「教員が年度末で突然やめる」という件ですが,メールを頂いた先生にお応えすると,この時期(1月)はまだ年度末ではありません.
私がいう「教員が年度末で突然やめる」というのは,3月中旬から下旬にかけてを指します.
むしろ,この1月の時期に大学を移るのは非常に一般的です.
多くの場合,まず,春から夏にかけて,次年度着任に向けた大学教員用の公募(求人)が出始めます.
その結果が出るのが,夏から秋にかけてです.
だいたい9月〜11月くらいですね.
そこで,もしその着任が決まった人が現職の大学教員だった場合,その赴任している大学には空きができることになります.
それを受けて大学と学部学科は,その空きポストを埋めるべく,急ぎ10月〜12月くらい後任人事をすることになります.
その結果が出るのが12月〜1月です.
ですから,今回メールいただいた方については,とても一般的な人事で,特段,大学は困ったことにはなりません.
想定の範囲内ということです.
どうして「教員が年度末に突然やめる」と危ない大学なのかというと,その大学を辞めて移動することが赴任している大学にバレると,嫌がらせを受けるからです.
どうせいなくなる奴だからと,根も葉もない噂を学内で立てられたり,次に赴任することが決まっている大学に怪文書が回ったりします.
それを回避するために,別の大学に移ることをギリギリまで公表しないわけですよ.
でも,それをやられた方はたまったもんじゃないですけどね.
なぜこんな事態が発生するのかというと,実際のところ,こうした嫌がらせ行為は,辞める教員本人に対する処置ではなく,その目的はその大学における “みせしめ” です.
「うちの大学を辞めると,こういう目に合うぞ」という事を見せることで辞めにくくするという,ヤンキーとかヤクザの組織でよく見られる光景です.
他にも,有名なところではナチスドイツ,あとは東西冷戦時代のベルリン,最近は北朝鮮で目にすることができます.
事実,ブラック大学から他の大学に移る教員のことを「脱北者」と呼びます.
実際のところ,そのメールを拝読する限りでは「教員が抜けたあとの事情」を気にしているようです.
どうやら,抜けることになる教員が担当していた授業や業務を,今回のメールの著者が担当することになるらしい.
専門外の授業や業務をやらなければならないことに怯えているとのこと.
その場合,どっちかというと■「教職員用」危ない大学とはこういうところだで紹介した,「プロパーじゃない仕事(授業)が3つ以上ある 」の方が該当するでしょう.
以下にその部分を引用しておきます.
あと,これに関連して■「教職員用」危ない大学とはこういうところだ 其の二で紹介した「連携しようとする」というのもあります.
この「プロパーじゃない仕事」と「連携」については,ブラック大学のくせに,否,ブラック大学だからこそ「成果」や「効果」を検証しようとしません.
なんだかここに来て,世の中について厭世的な気分がさらに強くなってきました.
そう思っていたら,先日こんなメールが届いたのです.
「Deus ex machinaな日々」の先生これまでにも,こういったお悩みメールを頂いたことは結構ありまして,中には都内で一緒に呑みながら情報交換会をしたことがある人もいます.
突然メールを差し上げて失礼いたします。
さて、先生がブログに2014年4月18日金曜日にお書きになった、「危ない大学とはこういうところだ其の三」なかの「教員が年度末で突然やめる」という事態が弊学部で発生してしまいました。
(以降,内容が具体的で当事者の方々が特定されかねないので省略)
でも,まだまだ若手教員の中でもさらに若手の部類に入る私には,諸先輩方にお話できることはあまりありません.
「いやぁ,もうダメですよ」って言ってあげられるくらいです.
数年前からのブログ記事でも書いているように,これからの教育界と大学は堕ちるだけです.
この崩壊は止められません.
止められない仕組みと流れができているからです.
その崩壊する様を経過観察すること自体に,意味があるくらいかなって思っています.
そして崩壊しきった時に,ほらね,こんなに崩壊したでしょう?
って言ってあげることぐらい.
どっかの記事で書きましたが,直感的には2022年あたりから一気に進行するんじゃないかと.
むしろ,崩壊しちゃうわけですから,教育の新しい在り方を模索する方がいいと最近は思うようになりました.
その方が,皆がハッピーになれます.
崩壊させた張本人たち(政治家とか文科省とか,あと多くの国民)も,自分たち自身が崩壊させたことを認めたくないし反省もしないでしょうから,「教育の新しい在り方」というロジックにしてあげた方が前向きになれます.

話が逸れました.
メールについてです.
「教員が年度末で突然やめる」という件ですが,メールを頂いた先生にお応えすると,この時期(1月)はまだ年度末ではありません.
私がいう「教員が年度末で突然やめる」というのは,3月中旬から下旬にかけてを指します.
むしろ,この1月の時期に大学を移るのは非常に一般的です.
多くの場合,まず,春から夏にかけて,次年度着任に向けた大学教員用の公募(求人)が出始めます.
その結果が出るのが,夏から秋にかけてです.
だいたい9月〜11月くらいですね.
そこで,もしその着任が決まった人が現職の大学教員だった場合,その赴任している大学には空きができることになります.
それを受けて大学と学部学科は,その空きポストを埋めるべく,急ぎ10月〜12月くらい後任人事をすることになります.
その結果が出るのが12月〜1月です.
ですから,今回メールいただいた方については,とても一般的な人事で,特段,大学は困ったことにはなりません.
想定の範囲内ということです.
どうして「教員が年度末に突然やめる」と危ない大学なのかというと,その大学を辞めて移動することが赴任している大学にバレると,嫌がらせを受けるからです.
どうせいなくなる奴だからと,根も葉もない噂を学内で立てられたり,次に赴任することが決まっている大学に怪文書が回ったりします.
それを回避するために,別の大学に移ることをギリギリまで公表しないわけですよ.
でも,それをやられた方はたまったもんじゃないですけどね.
なぜこんな事態が発生するのかというと,実際のところ,こうした嫌がらせ行為は,辞める教員本人に対する処置ではなく,その目的はその大学における “みせしめ” です.
「うちの大学を辞めると,こういう目に合うぞ」という事を見せることで辞めにくくするという,ヤンキーとかヤクザの組織でよく見られる光景です.
他にも,有名なところではナチスドイツ,あとは東西冷戦時代のベルリン,最近は北朝鮮で目にすることができます.
事実,ブラック大学から他の大学に移る教員のことを「脱北者」と呼びます.
実際のところ,そのメールを拝読する限りでは「教員が抜けたあとの事情」を気にしているようです.
どうやら,抜けることになる教員が担当していた授業や業務を,今回のメールの著者が担当することになるらしい.
専門外の授業や業務をやらなければならないことに怯えているとのこと.
その場合,どっちかというと■「教職員用」危ない大学とはこういうところだで紹介した,「プロパーじゃない仕事(授業)が3つ以上ある 」の方が該当するでしょう.
以下にその部分を引用しておきます.
(5)プロパーじゃない仕事(授業)が3つ以上ある
バスの運転もその一つではありますが,授業などでも全然プロパーじゃない科目をたくさん持っていたりします.「3つ」っていうのは私の適当ですけど.そんな感じやないかと思います.
パソコンが得意だから情報の授業,スポーツが得意だからスポーツ実技,プロパーじゃなくたって教員だったら “学生のために” やるもんだ,などとけったいな理由をつけて,学内の常勤教員や職員に担当させます.
まがいなりにも高等教育をやってる自覚があるなら,常勤の教員にプロパーがいないなら,“学生のために” も非常勤を雇うのが筋ってもんですが,出来ない理由がそれぞれにあります.
あと,これに関連して■「教職員用」危ない大学とはこういうところだ 其の二で紹介した「連携しようとする」というのもあります.
(5)連携しようとする
みんな一緒.やること一緒.職員室が一緒じゃなくても,同じ方向を向いて仕事してることには変わりがない.
そんな思想で大学教育をしている幹部教員や経営陣は,なにかっていうと各学科・各部署を「連携」させようとします.
なんのために学科や部署が分かれているのか,それは忘却の彼方です.
連携すれば,なんか強力な体制になる,フットワークが軽くなると言い出します.
この動きで特徴的なのは,お互い仲が良い,幹部・経営陣に都合がいい,もっと言うと,先日飲み屋で一緒になったという理由からです.もっと根源的には,殺伐とした職場において「寂しいから」という部分がなくはないわけでして.決して仕事が捗るからではありません.
表在する本音としては,自分だけでも楽できないか.自分の部署だけで責任をとりたくない.そんな思いの現れです.
この「プロパーじゃない仕事」と「連携」については,ブラック大学のくせに,否,ブラック大学だからこそ「成果」や「効果」を検証しようとしません.
なぜかって?
大学としての成果や効果を検証しちゃうと,自分たちがやっていることが悪行であることと向き合わなければならなくなるからです.
大学としての成果や効果を検証しちゃうと,自分たちがやっていることが悪行であることと向き合わなければならなくなるからです.
臭いものには蓋.力行より惰行.
ブラック大学がブラックたる所以は,成果や効果を検証できないからに他ならない.
故に「私はなんのために大学教員をやっているのだろう?」という気分に苛まれます.
その疑問への回答は簡単.
「大学をやるため,大学教員をやるために大学教員をやっている」
ということになります.
「大学をやるため,大学教員をやるために大学教員をやっている」
ということになります.
これに耐えられる人,いえ,これをこそ望んでいる人が一定数いるから,事態は改善に向かないのですけど,そういうことについては過去の関連記事で書き尽くしたので,そちらをご覧ください.
メールを頂いた方には,「諦めてください」としか言えません.
その大学に余裕があるのであれば,その授業や業務を断固として拒絶すれば他をあたってくれるので大丈夫です.
余裕がない大学ですと,理事長から業務改善命令や訓告が出たり,学内でいじめを受けるようになるので逃れられません.
どうしてもっていうのであれば,その大学を辞めることですね.