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新型コロナ騒動についての認識を整理しておく
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まずは個人的見解を整理しておく
今回の新型コロナウイルスについて,その騒動の当初から私も個人的見解を述べてきました.
過去記事は以下のようなもの.
これらのタイトルを読んでもらうだけでも,騒動に対する私の姿勢や主張がだいぶ推測できるかと思います.
■新型コロナウイルス|こんな時こそ関連した映画を鑑賞してみよう
■新型コロナ騒動|どうせ死者1000人くらいになるんだから諦めて慣れていこう
■新型コロナウイルスの件|怯えたり怒ったりするより,まず落ち着こう
■コロナ騒動|やっぱり騒ぎ過ぎだと思う
■新型コロナ騒動が収束気味? 第二波が始まる?|いえ,もう放っておけばいいと思います
今日,昼飯を食べていたら,東京で100人以上の感染者が出たとニュース速報が入りました.
■東京都で新たに107人の感染確認 連日の最多更新、小池都知事が緊急会見へ(ヤフー・ニュース ABEMA TIMES 2020.7.2)
てっきり,緊急事態宣言の解除後2週間後には100人を超えると思っていので,やっぱり夏は,気温湿度と身体の代謝活性が関係しているのかなと.
この新型コロナ騒動ですが,私の個人的見解としては「無視」が一番だと思っています.
だって,ただの風邪でしょ.
病院の負担とか医療崩壊の危険性にしても,重症じゃなければ自宅に返す指示を出すよう,全国的に申し合わせるような対策で十分だと思うんですよ.
過去記事でも述べましたが,この新型コロナに「警報」を出せるレベルとしては,1年間あたりの死者が5000人を超えるようなものになってからでしょう(理由は過去記事をどうぞ).
ネットの意見や議論を見ていると,「死者1万人」くらいなら一般的な風邪ウイルスだという見解を出している人もいるようです(理由は,例年のインフルエンザがそれくらいの死者だからです).
まあ確かに,それくらいでも良いような気がするけど,私としては今回の新型コロナウイルス「一つだけ」を評価するのであれば,死者1万人は,ちょっと高い数値じゃないかと感じます.
私としては,1年間の日本国内における「肺炎による死者:約10万人」の誤差範囲と相対的な規模(つまり,5%くらい)に収まる程度であれば,というものですから.
なんにせよ,こういう意見はあくまでも「個人的見解」です.
じゃあ私が「政治家」「市長」「知事」だったら同じことが言えるかというと,やっぱりそれは違います.
日本だけでなく,既に世界的なヒステリック状態になっています.
そんな中で発する為政者としての意見として,「無視すればいい」と発言するのは勇気と覚悟がいりますし,市民・国民から反感を買ってしまい,いらぬ社会的混乱を招く危険性もあるでしょう.
そんな過激な言動は避けたいのが,私の性格です.
現在,新型コロナへの対応策については,大きく2つの意見に別れていると思われます.
すなわち,
これについて,今回「日本モデル」とされているのは,
私としては,これは単なる「国民イジメ」でしかなかったという解釈です.
もっと簡単に言えば,行政の責任放棄です.
日本国政府がこんな調子なので,こりゃマズいというわけで,「第二波」や「将来的な日常」への展望を含めて,今後の新型コロナへの政治的対応策はどうすればいいのか議論されています.
そこで出てきているのが,上記2つのタイプの対応策という話.
細かい論点はいろいろあるにしても,概ねこの2つのタイプに集約されると思います.
もちろん,私の「個人的見解」のように,「今後,新型コロナウイルスは無視すればいい」という意見も「第3の策」としてあるのでしょうが,これは世論的に受け入れられ難いので,この際脇に置いときましょう.
私は,(2)の方法に賛同したいところです.
一番シンプルでしょ.
個人的かつ将来的には,なし崩し的に「新型コロナを無視」の方向に持っていけるだろうし.
私にとっては都合がいい.
ただ,経済活動を活発に動かすわけですから,当然,ウイルス罹患者や死者は増加していきます.
それに,医療機関と従事者に対する負担も大きいですし,その他にも公共サービス(目下,学校とかインフラ整備とか)を充実させるためには,新しく準備しなきゃいけないことがたくさんあります.
これをどうにかする必要がありますが,そうなると結局は財政出動が求められます.
すると結局,どうせ財政出動するんなら(1)のように,所得補償して活動自粛でいいじゃないか,という矛盾を孕んでいるのが(2)の主張です.
では,(1)の方法はどうか?
こっちは将来性に問題があります.
それに,この半年間「新型コロナ」として大騒ぎしたコロナウイルス性肺炎の脅威ですが,最早この段階にきたら「新型」のウイルスとしての脅威はありません.
これまでずっと研究調査報告が出てきているし,だいたいの特徴はつかめているのです.
「新型のウイルスだから,まずは徹底的に安全策でいく方が良い」という段階ではありません.
実際,(2)の方策を推している人たちは,そういう研究データから,「もう大丈夫だろう」と踏んでいるわけですから.
これについては,「そうは言っても,まだワクチンが存在しない」とか「突然変異したら危険」という意見もありますが,そんな事を言いだしたら,他のウイルス感染症にも同じことが言えます.
明日にでも,どっかのウイルスが猛毒性へと突然変異して人類を襲うのかもしれないんだし.
それに,ワクチンを打っていても新型コロナ以上に死者を出しているインフルエンザをどのように捉えればいいのか?
これが(1)の方法の大きな矛盾です.
今シーズンはインフルエンザの死者が少ないというニュースがありますよね.
しかし例年では,インフルエンザの症状で約3000人,インフルエンザ由来の肺炎を含めれば約1万5千人が死んでます.
ということは,(1)の場合は,今後将来的に延々と,日本社会は活動自粛をし続けなければならないという理屈なんです.
今回の新型コロナだけ特別です,っていうのは,無理筋ってもんでしょう?
たしかに,今回の日本のように活動自粛を徹底すれば,新型コロナだけでなくインフルエンザも抑制できたわけです.
でも,「ウイルス感染症で人が死なないことを目指す」を採用してしまうと,これまでの人類の生活習慣を抜本的に改革しなければいけないのです.
卑怯くさい結論ですが,私はどっちでもいいです.
個人的には,今まで通りの生活様式を続けたいですね.
でも,最近の日本の流行りは「改革」ですから,
「この際,日本を新しい生活様式に改革しよう」
という発想と主張はかなり強力だと思います.
日本社会全体としては大変なことになるかと思いますが,やりたい人はやってください.
応援してます.
それに,別に嫌いじゃないです.新しい生活様式というやつ.
いっそ,人と会わないで済む慣習が奨励されるような社会になるのも一考かと.
近い将来にそうなるんじゃないかと考えていたんですが,この新型コロナ騒動はそれを加速させる起爆剤になりそうですね.
2ヶ月ほど前の記事の,
■アフターコロナとウィズコロナ|顔を見せない時代
でも述べましたが,今回の件で「顔を見せないコミュニケーション」が促進されるかもしれません.
なぜなら,そもそも「実物の顔」を見せる必要性を感じている人は少ないし,むしろ,避けられるものなら避けたい人の方が多いんじゃないかと考えられます.
現在の60歳代の人たちが経済活動の一線を退くと,バタバタとそっちの方向に向かう可能性は高いです.
それこそ,
「いやぁ〜,最近は感染症対策ってことで直接会うことも減ってきたんですけど,実際のところ,メールやビデオ電話でも十分ですよねぇ」
ってな感じの人は結構多いはず.
なんにせよ,私はそういった「新しい生活様式」をしなくてもいい生活環境を選ぶようにしてます.
こういった,旧来型のコミュニケーション習慣に基づく「改革」に付き合うのは面倒です.
っていうか,そういうライフスタイルを選ぶ人も増えてくるんじゃないかと予想されます.
■新型コロナ騒動が収束気味? 第二波が始まる?|いえ,もう放っておけばいいと思います
今日,昼飯を食べていたら,東京で100人以上の感染者が出たとニュース速報が入りました.
■東京都で新たに107人の感染確認 連日の最多更新、小池都知事が緊急会見へ(ヤフー・ニュース ABEMA TIMES 2020.7.2)
都の関係者によると、今日、東京都が確認した新型コロナウイルスの感染者数は107人だということです。1日の感染者の数が100人以上になるのは、5月2日の154人以来、2カ月ぶり。
てっきり,緊急事態宣言の解除後2週間後には100人を超えると思っていので,やっぱり夏は,気温湿度と身体の代謝活性が関係しているのかなと.
この新型コロナ騒動ですが,私の個人的見解としては「無視」が一番だと思っています.
だって,ただの風邪でしょ.
病院の負担とか医療崩壊の危険性にしても,重症じゃなければ自宅に返す指示を出すよう,全国的に申し合わせるような対策で十分だと思うんですよ.
過去記事でも述べましたが,この新型コロナに「警報」を出せるレベルとしては,1年間あたりの死者が5000人を超えるようなものになってからでしょう(理由は過去記事をどうぞ).
ネットの意見や議論を見ていると,「死者1万人」くらいなら一般的な風邪ウイルスだという見解を出している人もいるようです(理由は,例年のインフルエンザがそれくらいの死者だからです).
まあ確かに,それくらいでも良いような気がするけど,私としては今回の新型コロナウイルス「一つだけ」を評価するのであれば,死者1万人は,ちょっと高い数値じゃないかと感じます.
私としては,1年間の日本国内における「肺炎による死者:約10万人」の誤差範囲と相対的な規模(つまり,5%くらい)に収まる程度であれば,というものですから.
なんにせよ,こういう意見はあくまでも「個人的見解」です.
じゃあ私が「政治家」「市長」「知事」だったら同じことが言えるかというと,やっぱりそれは違います.
日本だけでなく,既に世界的なヒステリック状態になっています.
そんな中で発する為政者としての意見として,「無視すればいい」と発言するのは勇気と覚悟がいりますし,市民・国民から反感を買ってしまい,いらぬ社会的混乱を招く危険性もあるでしょう.
そんな過激な言動は避けたいのが,私の性格です.
政治的な2つの対応策|どちらを選ぶか
現在,新型コロナへの対応策については,大きく2つの意見に別れていると思われます.
すなわち,
(1)感染の機会(経済活動・人の移動)を徹底的に抑えて,その代わりに潤沢な所得補償を行うというものです.
(2)感染の機会を低く抑える工夫をしつつ,経済活動や人の移動は極力通常通りにする
これについて,今回「日本モデル」とされているのは,
「感染の機会を徹底的に抑えるが,所得補償は控えて,自粛警察に頼る」という,とてもトリッキーなものでした.
私としては,これは単なる「国民イジメ」でしかなかったという解釈です.
もっと簡単に言えば,行政の責任放棄です.
日本国政府がこんな調子なので,こりゃマズいというわけで,「第二波」や「将来的な日常」への展望を含めて,今後の新型コロナへの政治的対応策はどうすればいいのか議論されています.
そこで出てきているのが,上記2つのタイプの対応策という話.
細かい論点はいろいろあるにしても,概ねこの2つのタイプに集約されると思います.
もちろん,私の「個人的見解」のように,「今後,新型コロナウイルスは無視すればいい」という意見も「第3の策」としてあるのでしょうが,これは世論的に受け入れられ難いので,この際脇に置いときましょう.
私は,(2)の方法に賛同したいところです.
一番シンプルでしょ.
個人的かつ将来的には,なし崩し的に「新型コロナを無視」の方向に持っていけるだろうし.
私にとっては都合がいい.
ただ,経済活動を活発に動かすわけですから,当然,ウイルス罹患者や死者は増加していきます.
それに,医療機関と従事者に対する負担も大きいですし,その他にも公共サービス(目下,学校とかインフラ整備とか)を充実させるためには,新しく準備しなきゃいけないことがたくさんあります.
これをどうにかする必要がありますが,そうなると結局は財政出動が求められます.
すると結局,どうせ財政出動するんなら(1)のように,所得補償して活動自粛でいいじゃないか,という矛盾を孕んでいるのが(2)の主張です.
では,(1)の方法はどうか?
こっちは将来性に問題があります.
それに,この半年間「新型コロナ」として大騒ぎしたコロナウイルス性肺炎の脅威ですが,最早この段階にきたら「新型」のウイルスとしての脅威はありません.
これまでずっと研究調査報告が出てきているし,だいたいの特徴はつかめているのです.
「新型のウイルスだから,まずは徹底的に安全策でいく方が良い」という段階ではありません.
実際,(2)の方策を推している人たちは,そういう研究データから,「もう大丈夫だろう」と踏んでいるわけですから.
これについては,「そうは言っても,まだワクチンが存在しない」とか「突然変異したら危険」という意見もありますが,そんな事を言いだしたら,他のウイルス感染症にも同じことが言えます.
明日にでも,どっかのウイルスが猛毒性へと突然変異して人類を襲うのかもしれないんだし.
それに,ワクチンを打っていても新型コロナ以上に死者を出しているインフルエンザをどのように捉えればいいのか?
これが(1)の方法の大きな矛盾です.
今シーズンはインフルエンザの死者が少ないというニュースがありますよね.
しかし例年では,インフルエンザの症状で約3000人,インフルエンザ由来の肺炎を含めれば約1万5千人が死んでます.
ということは,(1)の場合は,今後将来的に延々と,日本社会は活動自粛をし続けなければならないという理屈なんです.
今回の新型コロナだけ特別です,っていうのは,無理筋ってもんでしょう?
たしかに,今回の日本のように活動自粛を徹底すれば,新型コロナだけでなくインフルエンザも抑制できたわけです.
でも,「ウイルス感染症で人が死なないことを目指す」を採用してしまうと,これまでの人類の生活習慣を抜本的に改革しなければいけないのです.
結局のところ,私はどっちでもいいですよ
卑怯くさい結論ですが,私はどっちでもいいです.
個人的には,今まで通りの生活様式を続けたいですね.
でも,最近の日本の流行りは「改革」ですから,
「この際,日本を新しい生活様式に改革しよう」
という発想と主張はかなり強力だと思います.
日本社会全体としては大変なことになるかと思いますが,やりたい人はやってください.
応援してます.
それに,別に嫌いじゃないです.新しい生活様式というやつ.
いっそ,人と会わないで済む慣習が奨励されるような社会になるのも一考かと.
近い将来にそうなるんじゃないかと考えていたんですが,この新型コロナ騒動はそれを加速させる起爆剤になりそうですね.
2ヶ月ほど前の記事の,
■アフターコロナとウィズコロナ|顔を見せない時代
でも述べましたが,今回の件で「顔を見せないコミュニケーション」が促進されるかもしれません.
なぜなら,そもそも「実物の顔」を見せる必要性を感じている人は少ないし,むしろ,避けられるものなら避けたい人の方が多いんじゃないかと考えられます.
現在の60歳代の人たちが経済活動の一線を退くと,バタバタとそっちの方向に向かう可能性は高いです.
それこそ,
「いやぁ〜,最近は感染症対策ってことで直接会うことも減ってきたんですけど,実際のところ,メールやビデオ電話でも十分ですよねぇ」
ってな感じの人は結構多いはず.
なんにせよ,私はそういった「新しい生活様式」をしなくてもいい生活環境を選ぶようにしてます.
こういった,旧来型のコミュニケーション習慣に基づく「改革」に付き合うのは面倒です.
っていうか,そういうライフスタイルを選ぶ人も増えてくるんじゃないかと予想されます.
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